枝垂桜を病む瘴気
マスター名:滝 仙寿
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/06/22 21:03



■オープニング本文

●―天儀―●
 壁に囲まれた浮遊島、天儀。
 空に浮かんでいる天儀本島やその他諸国の島(儀)は、飛行手段を持ってしか行き来は出来ない。
 島が浮いていながら引力を有する天儀。その力の源は精霊力とも、古代文明の遺した力とも諸説定かでない。
 
 大きく区分すること、6国1王朝。それが天儀の中で最も巨大な儀に存在する国々である。
 その他、泰国、ジルベリア帝国という、独自の文化を持つ国がそれぞれ存在する2つの儀があり、儀や島ごとに独自の文化を築いていた。
 
 それら全てが共通する事は、アヤカシによる被害。
 これは、生存をかけた戦いとも言える事であり、長い歴史の中においても我々の最重要事項とも言えた。
 
 脅威、宿敵、恐怖、瘴気、生まれ変わり、危機、天敵、威圧、悪夢、使い魔‥‥などといったさまざまな単語で表現されている、アヤカシ。
 我々を「食料」として捉えており、捕食することを前提で我々と同じ大地を有している。
 アヤカシは『魔の森』と称される毒された地帯から頻繁かつ唐突に、瘴気が固まることで発生し、人々に害をなす。
 彼らアヤカシとしては、我々は食料以外の何者でもなかった。共存する意思は、ない。

 我々に残された手段は、アヤカシに対抗しうる力を有すること。そしてそれを継いでいくこと。
 その為に、天儀王朝は特殊な力を有する者を束ねる機関をつくり天儀各地へ派遣することによって統制した。
 それが『開拓者ギルド』であり、それに属する者を『開拓者』と呼んだ。

 現在では、『開拓者』とはそれのみで『アヤカシに対抗する者』として理解されている。

●神楽の都と開拓者ギルド●
 天儀本島南東部に位置する神楽の都。
 神楽の都は元々は集落だったという。それを利用して大きく広げ、時代や年月の流れるうちに巨大な都に発展した。
 この都は、現在「開拓者ギルド」がある事で大変賑わっている。理由は、ギルドに所属する開拓者がこの都に居を構えることを命じられているからである。
 開拓者は管理と依頼の斡旋という点で、神楽の都に居を構え、依頼に備えている。修練を行う場所もあれば、食堂、歓楽施設、商店、交流の場など、様々な開拓者向けの施設があることでも有名だ。
 とはいえ、元は集落。長年この都に住む一般の人間ももちろん多く住んでいる。その中には、開拓者向けの店や施設を運営している者もいる。
 
 アヤカシというものは、常に一箇所に沸いて出てくれる親切なものではない。
 比較的出現率が高いアヤカシの巣窟「魔の森」や宝珠の産出地「遺跡」などはもちろんのこと、突然街のど真ん中に出現したりもするので非常に厄介である。
 そういった厄介さ故に、各国もアヤカシの被害は食い止めようも無い深刻な悩みの種であるが、それを解決する手段はやはり開拓者の人外の能力以外にはない。
 ギルドが各国にあるのは当然と言えば当然で、天儀本島のみならずジルベリア帝国や秦国にもギルドは存在していた。

●枝垂桜を病むもの●
「はあっ‥‥はあっ‥‥」
 夜の道を息を切らして駆ける影があった。頭の両側で結い上げられている長い藍髪が、背で跳ねている。
 年の頃は17歳くらいの少女で、切りそろえられた前髪に隠れた丸い大きな瞳が恐怖に涙している。
 腰帯は大きな蝶のような結び、着衣は転びでもしたのだろうか、薄紫色の着物が少し汚れていた。
 少女は息も絶え絶えに走り続け、大きな屋敷の角に周り込んで足を止めた。
 もたれかかる壁にぴったりと背をつけ、息を整える。
「‥‥なんて、不気味な化け物‥‥っ」
 苦しげに息を吐きながら、震える手をぎゅっと握り締めた。

 彼女の名前は柳屋瀬菜(ヤナギヤ セナ)。神楽の都に住んでいる。実家は歓楽区域にあり、夜毎賑わう街の一画にある料亭だ。
 古い伝承や伝記を読むのが好きな彼女は、学問を学ぶ傍ら本を読むのがとても好きである。
 この日は、神楽の都にある古書店を巡り、神楽の都に程近い集落に住む知人宅を訪問した帰り道だった。
 すっかり帰りが遅くなってしまい、夜道を歩いて都へ戻る途中、ふいに違和感を感じて瀬菜は辺りを見渡した。
 丁度、道の遠く向こうに都の明かりが見え始めた頃のことである。辺りは整備された道と、その脇は青草の香る茂みである。
 道を逸れた茂みの奥に何かの祠が建っていた。それは広さ一畳程度の小さいもので、いつからあるのか大層古い。
 道から石畳を敷いてはいるが、草花に覆われて良く見えなくなっているようだ。
 祠には不釣合いな程に大きな枝垂桜の大樹があった。樹齢何年になるのか判らないがとにかく大きい。
(「えっ――」)
 枝垂桜が少し、もやもやした何かに煙っているような気がした。
 違和感の元は、それではないかという気がしてきて、少し近寄ってみる。
 そこで、瀬菜は気がついた。
 長い間ずっと、人々の往来を見守ってきたであろう枝垂桜の根元に、黒いような藤色のような判然としないもやもやとした瘴気が渦巻いている。
 瘴気は間近にある枝垂桜の大樹に侵食するように伸び、それが触れている枝が所々黒ずんでいるような気が‥‥。
 そして人の姿をしたものが佇んでいる。
 頭や肌にぺったりと貼りつく黒髪は不気味で、その姿から女性の形をしていると判る。
 胸元が大きくはだけた白い襦袢のような格好をしていて、足元は裸足。
 それがすうっと、顔を上げた。
(「ひっ‥‥‥!」) 
 貼りつく黒髪の隙間から覗く目。眼球があるはずの場所には何もなく、ただ暗い穴が開いている。
 ザッ――
 思わず後退りした瀬菜の足元で、草履が音を立てる。
 ぼんやりと渦巻いていた瘴気が、急にふわりと人の姿をしたものの体を覆った。
 その瘴気は渦を巻き地を這い始め、そして分裂した。
 分裂した瘴気はみるみる巨大化し、やがて‥‥またも人の形を成した。
 
 アァ‥‥アアアアアアァアァァ‥‥‥――

 ふたつの瘴気の渦は同じように女の姿で、瀬菜の存在を捉え、動き始めた。
 音もなく、振動もなく、歩く素振りもなく‥‥腕を伸ばしてそれは近づいて来ようとしている。
「きゃあああああああああっ!」
 瀬菜は張り裂けんばかりの悲鳴を上げ、買ったばかりの本を取り落とした。
 そしてそれには気付かぬまま、一目散に駆け出したのだった。

「ついてきて‥‥ない?」
 壁から顔を出し、瀬菜は道を確認した。
 走ってきた通りには、暗闇が落ちているばかりである。
 このまま進み、中心街まで出れば開拓者ギルドがあったはず。
 瀬菜は暗闇に恐れを抱きながらも、何度も辺りを確認して飛び出した。
(「あれをなんとかしてもらわなきゃ‥‥! 都に近過ぎて、危ないわ‥‥!」)
 アヤカシは、人を捕食する恐ろしい魔物である。早くしなければ、都の人々が危険に晒されてしまう。
 額に浮いた汗を拭いながら、瀬菜は懸命に走りギルドを目指したのだった。


■参加者一覧
鷺ノ宮 月夜(ia0073
20歳・女・巫
六道 乖征(ia0271
15歳・男・陰
シュラハトリア・M(ia0352
10歳・女・陰
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
羅夢(ia0762
13歳・女・サ
山城 臣音(ia0942
22歳・男・陰
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ


■リプレイ本文

●深夜に集う者達●
「枝垂桜に纏わり付くアヤカシ、ですか‥‥」
 ギルドの内部で仲間達と合流した鷺ノ宮 月夜(ia0073)は、整えてもいつの間にか胸元が開く襟を直しながら言った。
 何事にも冷静。忠義心厚く、礼儀を重んじる生家に生まれ育った彼女は、やはりここでも美しい仕草で仲間達に一礼し挨拶を済ませていた。
 彼女の周りには、依頼を同じくする数名の仲間が集っており、それぞれ準備や情報の交換などを行っていた。
「桜の木の下にぃ、祠があってぇ‥‥そこに居るぅ‥‥ヒトガタのアヤカシ、かぁ‥‥」
 媚びを含んだ、甘ったるく間延びした口調で呟いたのはシュラハトリア・M(ia0352)である。アヤカシを「純粋な存在」と認識する傾向にある彼女は、その存在をもっと知りたいという気持ちから陰陽師の道を選んだ。
 今回の依頼に興味を引かれたのも、祠の枝垂桜と出現したアヤカシとの関連性について調べてみたいと思ったからだった。
「あわわ‥‥大事にならないうちに‥‥早く解決、しませんと‥‥」
 極めて人見知りが激しい那木 照日(ia0623)は、言葉に詰まりながらおろおろと顔を伏せた。「あわわ」というのが口癖の彼は、出立が近づき緊張しているのか、着物の袖で顔を隠して俯いた。これも、癖のひとつである。
「人と相容れぬ存在であることだけは明白。場合によっては桜ごと始末する他あるまい」
 筋肉質で鍛えられた腕を組み、呟いたのは大蔵南洋(ia1246) 。
 古き良き侍の典型といった雰囲気を持つ彼は、少々強面‥‥というより、他者が怖がる類の面相である。そのせいで誤解されることもあるが、実際はとても律儀で誠実な侍である。

 一方、椅子に腰掛ける依頼人・柳屋瀬菜の周囲で待機している者達は、彼女からアヤカシと遭遇した場所の確認や、アヤカシの様子などを聞き取っていた。
 アヤカシの大まかな特徴を聞いた後、
「放っておくと‥‥人通りが出てくる‥‥」
と、黒衣の少年がポツリと言い、厳しい表情を見せた。
 とある氏族の傍系血族に生まれ、出生直後からアヤカシの襲撃が続いたことで近しい家族を次々と失ったという悲しい過去を持つ、六道 乖征(ia0271)。
 自分は凶事を呼ぶと教え込まれて育った為に、表情に乏しく人と一線を引いて接する傾向がある彼であるが、実のところ感情は豊かであり、気を許した相手には献身的な態度をとることがある。
「実害が出る前に発見できたのは幸いというべきか‥‥ともあれ、早々に対処する必要がありそうだな」
 長身で均整の取れた筋肉質な肉体。そして特徴的な金の髪と瞳の 泰拳士 ・ラフィーク(ia0944)は、乖征の言葉に頷いて答えた。
 ジルベリア帝国出身の彼は、無口ではないが、静か。風貌は冷厳さに満ちているものの、読書家で騒がしいのが非常に嫌いという一面を持つ。現在はどこかの氏族に雇われて動いている。
 彼らの会話に耳を傾けながら、恐怖からか不安からか身を震わせる瀬菜に、そっと寄り添っているのはサムライの羅夢(ia0762)だった。
 瀬菜の肩にぽんと手を置くと、
「柳屋さん、安心して、ね。羅夢、皆、精一杯、頑張る。ね、ばび」
と言って、うさぎのぬいぐるみに語りかけた。
 腹話術が大得意な羅夢。様々な人形を様々な口調で操る少女の様子に、瀬菜は愛らしさを感じて笑みを見せる。彼女が僅かに緊張を解いて笑った事で、羅夢も嬉しそうに笑った。
 さて、と声が上がる。一行は自然とそちらに振り向いた。
「柳屋さんから情報も頂いた事ですし、すぐに出立といたしますか。これから向かうとなると‥‥周囲がまだ暗いので提灯等を借り受けてきましょう」
 そう言ってギルドの職員に頼みに向かったのは、陰陽師の山城 臣音(ia0942)だった。
 髪は伸ばし放題でぼさぼさ、服はまめに洗うようにしているが年中同じものを着ておりぼろぼろという態の彼は、五行の出身。家督争いを避ける為に家を出たという下級陰陽師の家の次男である。

「では、参りましょうか」 
 どこにでもある普通の提灯を人数分借り受けて戻った臣音は、皆にそれを配ると瀬菜に言った。
「では、行って参ります」


●薄紫色の空の下●
 一行はギルドを出ると、瀬菜から聞いた場所を目指して徒歩で移動した。
 話によると、神楽の都から徒歩15分程度の場所。周囲に人家などのない、静かな道沿いとのことだった。

 各地の精霊門の開門が毎夜24時。ギルドは自然、その時間帯は開拓者で賑わうことになる。
 瀬菜がギルドに駆け込んだのが丁度23時頃。職員の手で正式に依頼として開拓者が集められ始めたのが、精霊門の開門とほぼ同時刻の事だった。
 ギルドが賑わう時間だったのが幸いしたのか、開拓者達の集まりは良く、こうして明け方を迎える前に現地へと彼らは向かう事ができた。
 
「そろそろ、でしょうか」
 提灯の明かりで足元を照らしながら歩くこと、15分。月夜は周囲を警戒し始めた一行の様子に辺りを見渡した。
 緑深い茂みや田畑の望める道沿い。確かに人家の類は見当たらない。大きく蛇行した道の先を行くと、瀬菜が訪問していた知人の集落があるということだが。
「あれ‥‥か」
 ラフィークがふと気付いた。
 大きく蛇行している道の中程で、異様な重さの気配を感じる。
 茂みの少し奥は僅かに拓けているようで、そこが件の祠がある場所のようだった。
 それよりも目を引くのが、小さな祠に不釣合いな程の枝垂桜の巨木だった。
「ふむ。随分と立派な桜でありますな」
 南洋は徐々に見え始める現地の全景に頷きながら、そっと腰元の太刀の柄に手をかけた。


●忌まわしき怨霊●

 アァ‥‥アアア‥‥――
 オォオォォォ‥‥――

 一行の気配にまだ気付く様子のない人型のアヤカシは、情報どおり確かに女性のような姿をしていた。
 しかし、それはあまりに人間の根源的恐怖感を煽る‥‥醜悪かつおぞましい姿をしており、一行は思わず足を止める。人の恨みや妄念、執念などが集まった瘴気から生じる、「怨霊」と呼ばれるアヤカシのようだった。
「ひっ‥‥!」
 照日はびくりと小さく震えた。怨霊の顔がふいに上がり、形相の異様さを目の当たりにして恐怖を感じたようである。
「うふふ、何でそんな姿になったのかぁ‥‥興味あるなぁ‥‥♪」
 その照日とはまるで対照的な反応をしたのはシュラハトリアである。少女特有の甘い声に艶を含んだ言葉が、暗闇にとろけていくかのようだった。
「‥‥あそこ。桜、瘴気‥‥侵食、黒い」
 瀬菜が気に入っていたうさぎのぬいぐるみを口元に構え、羅夢は片手でそっと枝垂桜を指差した。
 指し示されたところは、確かに枝に瘴気が絡みつくように煙って見えた。
「真っ暗で見えないということは、なさそうですね」
 大きく開いた襟元を軽く整え、月夜は長い黒髪を背中へ払いのけた。
 各自の提灯を利用すれば、足元や進路上の光源の確保は出来そうである。

 一行は、いよいよ枝垂桜と祠のある茂みへと歩を進めるのだった。

 楕円状の、祠のある空間。向かって中央奥がその祠である。祠より手前、向かって左側に枝垂桜。その根元に女性型怨霊が2体である。
 一行は道中で配置についての相談を終えていた。その為、彼らはお互い頷きで確認するのみで、実に段取り良く配置につく。
 道の上で待機するのは、羅夢、ラフィーク、乖征の第一班。
 照日、シュラハトリアは第二班で第一班と共に2体のうちの1体を確実に仕留める。
 南洋、月夜、臣音は一、二班が攻撃に突入した際、残りの1体を足止めする役割を担う第三班だ。

 各自は、それぞれの武器を静かに構えると、うろんな動きで這い回る怨霊へと進み出でた。

 第一班の3人は一斉に飛び出す。第二班のシュラハトリアは、一班が向かう怨霊に向けて式を打った。
「うふふぅ‥‥♪ 縛ってあげるよぉ‥‥♪」
 シュラハトリアの式はタコの足『だけ』の姿で出現し、ぎゅうぎゅうと怨霊に絡みつく。動きが鈍った怨霊は、暗穴の双眸を恨みがまし気に一行へ向ける。
 その動きに、もう1体の怨霊が両腕を上げて唸りを上げた。
「そうはさせぬ!!」
 第三班の南洋は、月夜、臣音と共に即座に右へ移動し、枝垂桜の根元で戦う第一、二班の元からもう1体の怨霊を引き剥がす為に咆哮を使う。
 大地を響かせるような雄たけびを上げた南洋に、ぐるんと怨霊は顔を向ける。
 その隙にシュラハトリアにより呪縛されていた怨霊へと羅夢は向かう。
「羅夢、行く!」
 小さく声を上げると、強力を使用し筋力を上げ、構えていた斧を大きく振りかぶった。
 仲間の動きをちらりと確認した羅夢は、
「引きつける。回り込む、お願い」
と言って突き立てた斧を戻した。
 その声に、斜め後ろに陣取った乖征は陰陽符を眼前に掲げる。指先に印を結び、符に念を込める。
「‥‥幽霊は‥‥ただ突っ立っていれば良い‥‥人を襲うのは幽霊失格」
 静かな深淵の青炎を思わせる淡々とした声は、続く言葉で式となり怨霊を襲う。
「‥‥さぁ‥‥喰い砕いて‥‥」
 少年の指先から放たれた式は能面の様な形をしたモノに姿を転じた。魂に直接ダメージを与えるという砕魂符を叩き込まれた怨霊は、呪縛されたままもがく。
 班での連携を優先し、やや動きを遅らせていたラフィークは、これを好機とばかりに前方に踊り出でた。
「‥‥参る!」
 カッと目を見開き、バランスを崩す一撃・空気撃を怨霊に放つと、大きく体勢を崩した怨霊はぐらりと揺らぎ、シュラハトリアの式を残して‥‥黒い瘴気となり霧散した。

 1体目の怨霊は滅された。
 今度は羅夢が隙を作るための引き付け役として、咆哮を使用する。2体目のアヤカシを引き付けていた第三班は、それを合図に攻撃を開始した。
 月夜は後方から泰弓を用いて矢を打つ。
(「桜に当てないように、アヤカシに傷つけさせないようにしなければ‥‥」)
 枝垂桜から怨霊を引き剥がしたい月夜は、逃げる方向を誘導するように慎重に矢を放っていた。
 咆哮により狙いを羅夢へと定めた怨霊に、第二班の照日が地断撃を発動し、大地を割くほどの衝撃波を放った。
「あの‥‥あの‥‥そっちへ行っては、だめです‥‥!」
 オオ‥‥オオオオオ‥‥ッ!――
 僅かに身体を逸らせた怨霊は、両断を逃れたものの苦悶の声を上げる。
「参りますよ‥‥!」
 臣音は素早く陰陽符を指で顔の前に捧げ持つと、抜いた刀を構え走る南洋の姿を視界に捉えたまま、呪縛符を発動し式を放った。
「南洋様!」
「合い判った!」 
 抜刀の構えで走り込んだ南洋は月夜の声に応えると、刃を返して呪縛された怨霊を一閃した。

 ヒィアア‥‥アアアアッ‥‥――

 甲高い悲鳴を上げた怨霊は、斬られたところを瘴気に侵食されるかのように崩れ、大気に解けるように霧散していった。

●朝日に輝く枝垂桜●
 一行は、件の怨霊を仕留めた後、瘴気に蝕まれていた枝垂桜を調査することにした。
 偶然に枝垂桜の根元にアヤカシが出現したのか、他に何か理由があるのか、それを探るのである。
「ふむ‥‥煙って見えていたところはアヤカシが消えるとなくなりましたね」
 黒ずんで見えていた枝をそっと手に取ると、臣音は「なるほどね」と呟いた。アヤカシを討伐した今は、特に目立った変色はないようである。
「もしかしてぇ‥‥祠の『何か』に瘴気が惹かれた、のかなぁ‥‥?」
 知的好奇心が疼くのか、臣音の隣で彼の手元を眺めていたシュラハトリアは、熱の篭った瞳で「うふふ」と微笑むと、祠を指差した。
「祠は‥‥特に破壊された様子はないですね」
「一応、見てみるか」
 ラフィークは臣音と共に祠の周囲を探った。

「あ、あの‥‥」
 道沿いから祠へ至る石畳の上に立っていた照日は、おずおずと声をかけると草むらの中を指差した。
「何か‥‥ありました、か?」
 羅夢と共に照日の元へ向かった乖征は、照日の指し示す所を覗き込んだ。そこには、厚手の本が一冊転がっていた。
「柳屋さ、ん、買ったばかり‥‥本」
「そういえば‥‥依頼人‥‥何か落し物を‥‥」
 3人はもしや、と気がついた。確か、ギルドで状況を聞きだした際に瀬菜が「本を取り落とす程驚愕して逃げた」というような話をしていなかったろうか。
「失くす、勿体、無い。柳屋さ、ん、笑顔、見たい」
「特に‥‥問題、なさそうだから‥‥後で‥‥返しておこう‥‥」
 本を草むらから取り上げた乖征の様子に、照日は「よかった‥‥」と小さく微笑んで俯き、羅夢はうさぎのぬいぐるみで万歳をして喜んだ。

「ふむ‥‥祠も特におかしな点はない、か」
「そのようですね」
 一通り探索し終えたラフィークと臣音は、くるりと周囲を一周して祠の前に戻ってきた。古びた小さな祠には黄ばんだ注連縄が吊るされている。世話をする者があまりいないのだろう、随分長く放置されていたようで土埃や汚れが目立つ。
 なんとなく寂れたその様子に、ラフィークはふと思い立った。
「何が祀られてるかは、知らないが‥‥」
 そう呟いて、荷物の中から天儀酒を取り出した。枝垂桜の前に一滴清めで垂らし、残りを祠へ捧げる。
 御前の前での騒動の謝意の証として、両の手を合わせて目を閉じた。
「‥‥敬う気持ちが大事なのだよ」
 そう言って祠へ敬意を払うラフィークの姿に、皆も倣って手を合わせた。

「あ‥‥」
 照日が枝垂桜を見上げ、声を上げた。
「おお‥‥」
「綺麗ねぇ‥‥ふふふ♪」
 怨霊を取り祓ったからか、はたまた祠への皆の敬意が通じたのか、枝垂桜は弱弱しいながらも桃色の鈍い光を放っていた。
 それは、昇り始めた朝日が照らしていたからそう見えただけかもしれない。しかし、皆にはそれが瘴気の呪縛から解き放たれた枝垂桜の息吹に感じられた。
 生命力を取り戻した枝垂桜。
 その美しい輝きを見上げながら、羅夢はそっとうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。

「来年。綺麗、桜。皆、一緒、観る、したい、ね」
と、呟きながら。