銀髪の少女と白い勾玉
マスター名:滝 仙寿
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/23 20:51



■オープニング本文

 神楽の都――開拓者ギルド――
 その日の早朝、ギルド勤めの職員が窓を開けると、そこに銀色の髪の少女が立っていた。見た目の年齢は12〜3歳前後。少し吊り目の大きな瞳が印象的だ。
「あのぅ」
 その瞳は真紅で、おどおどと職員を見ている。思わず職員は声を失った。
 人を魅了するような、視線を惹きつけて離さないようなその瞳は、吸い込まれそうな程に美しかった。
「人を探しています‥‥助けてください」
 少女は、名を狐毬(コマリ)と名乗った。

 狐毬は五行の国にある、小さな集落に住んでいる。神楽の都と五行とを繋ぐ街道沿いにある集落で、首都・結陣に向かうより神楽の都に来る方が距離的には近いのだそうだ。
 狐毬の暮らす集落は元はひとつの一族だったらしいが、アヤカシ被害等で一族はすっかり衰退し、今となっては少ない親類縁者のみの寂しい集落と化している
 その中で狐毬は、母と二人で開拓者として戦う父を想いながら、貧しい日々を暮らしていたという。

●狐毬の涙●
 ギルドの室内に通された狐毬は、俯いたまま湯のみの中の茶を見つめていた。
「――それで、誰を探しているんだい? 何か事情があるようだが、よければ話を聞こう」
 若い男性職員は、狐毬の向かいの椅子に腰掛けた。
 狐毬は湯のみから視線を上げると、ぽつぽつと話し始めた。
「母上が‥‥亡くなってしまいました」
 ほろりと、狐毬の大きな瞳から涙が零れ落ちた。
「母上の最後の言葉を、父上に伝えたいのに‥‥父上はこの都から依頼に出たまま、もう2年も戻らないのです‥‥」
 か細い声が、一層悲しみを誘う。
 真向かいに座っていたギルドの職員も、なんとなくその気に当てられてスンと鼻をすすった。
「最後の父上からのお手紙で、お国の大事を収める為に五行の西の辺境へ向かうと伝えてきました‥‥詳しくは判りません」
「グスッ‥‥ゴホン。そ、そのお父さんは開拓者なんだね?」
「はい‥‥」
「では、お父さんの名前、それから職などを教えてもらえるだろうか。そうすれば、いつ頃こちらを発って、どこへ向かったか履歴が判るかもしれない」
 職員はそっと紙と筆を差し出すと、ついでに自分の手ぬぐいも渡した。狐毬は涙を浮かべたまま僅かに微笑むと、その手ぬぐいで目元を拭った。
 その仕草は素直で愛らしく、職員は柄も無く照れながら頭をかいた。
 父の名、職、そしてわかる範囲の特徴を狐毬は書き記し、紙を職員へ返す。
 すぐ様、職員は過去の帳簿を調べるべくギルドの奥へと向かった。

 しばらく後――

「狐毬ちゃん、だったね」
 人の気配に顔を上げた狐毬は、戻ってきた職員の青い顔に‥‥目を見開いた。
「父上は‥‥どこにいるのですか?」
「狐毬ちゃん‥‥お父さんは‥‥」
 幼い少女の瞳から、大粒の涙が溢れる。
「すまない、君のお父さんは、五行の西の広大な森で‥‥行方不明になっておられる‥‥」
「‥‥」
「同行した者達も傷を負って帰還したらしい。お父さんは、仲間を逃がす為に森に最後まで残られたようだ」
 すうっと、音も無く腕が伸び、真横に立つ職員の袖を細い指が掴んだ。
 崩れるように椅子から身体は滑り落ち、項垂れた首を銀の髪が零れ落ちた。

 その後。
 ギルド職員の計らいで、2年前に行方不明になった狐毬の父親を探す為、当時同行した仲間が呼び出された。
 多くは死亡していたり、引退していたりと集まらなかったが、当時同行した初老の志士が最後の姿を見たという話をした。
 狐毬の父親は、負傷した仲間を庇い自身も右足を負傷。その足では逃げ切れないと察し、自らが囮となったのだという。
 おそらくは生きてはおるまい――初老の志士はそう語った。
 「では‥‥」と狐毬は言葉を紡ぐ。
 せめて、父の形見だけでも見つけて貰えないだろうか、と。
 それは父と母が揃いで肌身離さず持っていたという、白い勾玉の首飾りだという。
 それをせめて母親の墓前に届けたいのだと、狐毬は語った。

 しかし。
 ギルドの職員は、唯ひとつ狐毬に嘘を吐いた。
 最近になって、行方不明になったと言われている狐毬の父親を、その五行の西の森で見かけたという情報が入っていたのだ。
 だが、それを狐毬に言うわけにはいかなかった。
 何故なら、その姿を見たという場所が‥‥西の森を覆う「魔の森」の中だったからだ。
 「魔の森」で2年もの月日、志体持ちの開拓者と言えども‥‥生き延びることは不可能だろう。
 とすれば、父親を喰らったアヤカシが、その死した身体を乗っ取っているのかもしれない。
 いずれにせよ、狐毬には教えられない。依頼を受ける開拓者達にも、狐毬には言わぬように頼まねば‥‥。

 職員は銀色の髪の幼子の頭を撫でた。
 哀れな――
 静かに涙する狐毬の頭を、職員はしばらく優しく撫で続けた。


■参加者一覧
有栖川・優希(ia0346
28歳・男・サ
百舌鳥(ia0429
26歳・男・サ
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
越智 玄正(ia0788
28歳・男・巫
風雲・空太(ia1036
19歳・男・サ
不動・梓(ia2367
16歳・男・志
星風 珠光(ia2391
17歳・女・陰


■リプレイ本文

●それぞれの思い●

 狐毬の父・狐源の消息を追う為編成された開拓者達は、ギルドを無事出発し五行西の魔の森へと向かっていた。
 事前に五行のギルドにて職員より狐源の目撃された位置などの詳細を聞き出した越智 玄正(ia0788)は、あらかたの内容を仲間達に説明する。
「‥‥と言うことで、職員曰く、目撃された場所は魔の森の入り口付近ということだ。割と境界から近いらしい」
 その説明に、香坂 御影(ia0737)は顔を歪ませた。
「魔の森か‥‥いくら僕が植物好きだからって、あそこは勘弁だ」
 どうやら魔の森に嫌な思い出があるような口振りである。
「危険な場所ですが、何としても任務は遂行しなくてはなりませんね! ふっ、それに‥‥捜索など、この風雲にとっては御手の物です!」
 一際元気な声を上げたのは、風雲・空太(ia1036)。
 逞しい腕を振り上げ歩く空太の隣で「しかし‥‥」と杞憂を呟いたのは、やはり逞しい筋肉質な身体の有栖川・優希(ia0346)だった。
「親父さんが行方不明になって、2年か‥‥こりゃ、あまり期待はしない方がよさそうだな‥‥」
「そうですね。2年‥‥常識的に考えればほぼ絶望的ではありますが‥‥さて?」
 優希の隣で、青嵐(ia0508)の手元の人形の口から同様の危惧。青嵐は、基本的には自身で会話をせず、腹話術で操る式神人形を介している。
 狐源が行方不明になって2年経過している。ほんの入り口とはいえ魔の森で、2年の月日を人が生きているとは考え難い。

 生きているとすれば「どうして」。
 死しているならば「それは狐源か否か」。

 確かめる方法はなくはない。しかし、状態を確認するには骨が折れそうだった。
「アヤカシになっちまってたなら、どうするかってぇ‥‥野暮な話は抜きにしとこうや。力づくで連れ帰るとすっぜ?」
 飄々とした声。サムライの百舌鳥(ia0429)である。生きていることを信じているようにも聞こえるが、しかし気は引き締めている。
 生と死。戦いと平穏の狭間に生きる彼らだからこそ、生きる・生きている事の難しさをこんな時に痛感する。彼らだからこそ楽観できない‥‥それが「魔の森」なのだ。
 物腰は飄々としていて、よく笑顔を浮かべている不動・梓(ia2367)ですら、この切ない現実の前に笑みが浮かばない。
 そっと、目を伏せる。
(「‥‥生きているとは信じていない‥‥しかし‥‥」)
 銀色の髪をした幼子。母を亡くし、ひとり父を待つあの少女の、泣き腫らした赤い瞳が脳裏に浮かぶ。
「ともかく‥‥狐源君がどんな姿であれ、ちゃんと調べて狐毬ちゃんに伝えてあげなきゃね」
 星風 珠光(ia2391)は緋色の髪を揺らして玄正に近寄った。手元の地図を覗き込み、周囲の環境を確認する。魔の森は広大な森の中に入り口があるようだった。

 様々な思いを胸に抱きながら、一行は五行西の魔の森へと急ぐのだった。


●魔の森に佇む影を追い●
 一行が到着したのは、五行の国の中でも大きい部類にあたる魔の森であった。首都・結陣より西方に広がる大山脈地帯。その裾野に広がる森に覆いかぶさるように存在する、魔の森。
 ギルド職員から聞き出した、この魔の森の大まかな形と入り口の場所を頼りに、一行は森へと足を踏み入れた。
 森をしばらく進むと「魔の森」との境界に至る。少しずつ、辺りは暗いどんよりとした気配に包まれ始めた。

 一行は、まず2つの班に分かれた。
 2つの班は声の届く範囲で、互いの距離を保ちながら魔の森の中で捜索することになる。
 壱班、弐班と分け、更に2人1組で探索を行う。組や班はそれぞれ、視認できる距離を保ちつつ声を掛け合い、何があってもすぐ対処できるよう配慮された。
 魔の森との境界が近づく中、一行は武器を構えた。

 魔の森の中は、思った以上に静かだった。
 境界を越えて、しばらく。禍々しい気配や重苦しい空気の中を、一行は進んでいた。

「むむむ、あっちが怪しい! ‥‥気がします」
 梓と共に捜索を続けていた空太は、太刀で茂みを払いながらずんずんと進んでいた。
 目撃情報は曖昧である。それもそのはずで、目撃した者も別で依頼の遂行中だった為、記憶も位置も判然としないのである。
 しかし、この広大な森の中で、目撃情報が魔の森入り口に集中していることは幸いだった。

 カラカラカラ‥‥

「んん!?」
 空太はピクリと動きを止めた。梓は咄嗟に他班の姿を探す。
 数歩先には百舌鳥、珠光の組がいる。やはり物音に気付いたようで、空太と梓を見つめていた。
 黒髪の頭が茂みの向こうで頷く、玄正だ。しーっと指が口元を指し、声を立てぬようにと無言で促す。

 カラカラ‥‥カラカラカラ‥‥

 乾いたような金属音である。時折、コンと何かに当たるような音が混じっているようだった。
 近くに、何か動くものがあるのは間違いない。一行は音を立てないよう慎重に合流した。
「‥‥一体、なんでしょうかね」
 ひそひそと玄正は呟きながら、霊木の杖を手に構えた。
「行ってみようぜぇ‥‥確かめなきゃぁ、埒あかねぇ」
 百舌鳥はにやりと笑み、進路を音のする森の奥へと向けたのだった。

●それは人の命か、それとも忌むべき瘴気か●
 一行が音のする方へ進んでいると、茂みの途切れた道に行き当たった。地面が剥き出しの、舗装されていない乾いた土の上である。
 両側を茂みに挟まれた地面の先には、蛇行する道が続いている。大きくゆるい狐を描くように右へと道は曲がっており、その先は見えない。
 音が聞こえるのは、その見えない道の先からだった。
「皆さん‥‥少しお待ちを」
 梓はそっと瞳を閉じ、心眼を発動した。
「‥‥!」
 かっと目を見開く。空太は梓の傍に寄り、声をかけた。
「如何で?」
「‥‥反応、1つ。1つです」
 梓の答えに、皆ぐっと息を呑んだ。
 心眼の察知には、死した者は含まれない。アヤカシか、生物か、そのどちらかである。
 この先に何かがいるのは間違いなかった。

 カラカラカラ‥‥

 道の先には、人の姿をしたものが歩いていた。
 ぼさぼさの髪は長く、銀色。ぼろぼろに崩れた羽織が申し訳程度にぶら下がる身体は、細身。どうやらどちらかの足を負傷しているらしく、引き摺るように歩いている。
「あれは‥‥!」
 優希はハッと気付いて足を止めた。
「‥‥どうやら、我々は目的の方に出会えたようですね」
 玄正は地図に印を付け、それを懐に仕舞う。そして杖を両手で握り締めた。
「おい!」
 先頭に立つ優希が、前方の人へと声をかける。
「あんたが、狐毬の親父さんの狐源かい? 俺は有栖川。あんたの娘さんに頼まれて探しにきた!」
 そこで、珠光が自分の役割と言うように前へ一歩出た。
「ボクに任せて。様子がおかしかったら、すぐ下がるよ」
「‥‥気をつけな」
 百舌鳥は手の届く位置に下がり、珠光と狐源の様子を見守った。
「ボクは星風 珠光! 狐源君、聞こえますか!?」
 少し声を張り上げる。距離がやや開いている為、そうしないとよく聞こえないのだ。
「‥‥‥」
 珠光の声に、返答はない。

 カラカラ‥‥

 動く度に鳴るその音は、どうやら太刀のようだった。太刀を地面に引き摺っているようで、その音が聞こえていたのだ。
「そういやぁ‥‥親父さん、行方不明になった時‥‥太刀1本持ってたってぇ、話だったな」
 百舌鳥はそろりと足を忍ばせ、優希の隣に並ぶ。更にその隣に並びながら、空太は厳しい顔で前方を見据えた。

 カラカラカラ‥‥

 何をするでもなく、数歩歩いては止まりを繰り返す。
 目撃情報に酷似している風体からして、恐らくはそれが狐源だと思いつつも、一行にはまだ判断出来ないことがあった。
「狐毬ちゃんに頼まれて探しに来たんだ! 君は狐源君だよね?」
 根気強く珠光は声をかける。
 その間、珠光の後ろに構える3人はいつでも動けるよう武器を構え、更に後ろに青嵐、玄正は待機した。それを両側で護るように梓と御影が挟み込む。

 カラ。

 音が止んだ。ぴたりと、狐源と思われる者の動きが止まる。
 一行は固唾を呑む。
 すうっと、顔が一行へと向くと、伸び散らかった前髪の隙間から、左頬に2つの爪跡のような傷があるのが見えた。
「やはり‥‥狐源殿で間違いなさそうです」
 空太の囁きに、一同頷く。しかし――
 その身体を動かしているのは、果たして狐源の命か、はたまたアヤカシか。

「狐源君!」
 張り上げる声は、空しく森に響いた。顔を向けたままの身体は、微動だにしない。
 玄正は、珠光の肩をぽんと叩いた。
「頬の傷、足の負傷痕、そして容姿の特徴‥‥あれが狐源であることは間違いないと思う。‥‥だが、残念ながら俺はあれを生者と判じることは出来ん」
 厳しい玄正の眼差しが、狐源の姿を捉えている。
「俺は僻地の山村で医者のようなことをして糧を得ていた‥‥心情の問題ではない、あれを生者と判ずるには難しい」
 巫女一族の末裔であり、術の研鑽、書物の読解などを得意とする彼には、そう言うしかなかった。
 いや、その場の誰もが恐らくは覚悟し、違和感を覚えていたはずである。
 身体のあちこちには大小様々な傷跡。そして部位の欠損。生気のまったくない青白い肌。見ただけでも死人と思える状態だった。
 なによりも、近づくにつれ明らかになったその異様な姿。腐敗した部位が地に落ちた後、それがアヤカシである証拠か瘴気の中へと霧散したのである。

 そして、カラカラという音の訳。
 引き摺っている太刀‥‥それを持つ腕は、すでにない。もう片方の手は、どういうわけか拳を握り締めたまま布と縄でぐるぐる巻きにされており、太刀は握れない。
 その拳を封じるように巻かれた縄の先に、太刀がぶら下がっているのだ。
 アヤカシが、そのような施しをするわけがない。これは、狐源の意思で成されたことと考えてよいだろう。

 何を意味するのか‥‥
 彼が前線で戦う開拓者であったこと。
 この森で生死を賭け戦って居た事。
 仲間の為に囮となり、最後までこの森に本人の意思で残った事。
 そして、あの姿。

 一行は、無言で武器を構えた。
「‥‥狐源殿」
 酷く切ない胸の痛みを覚えながら、梓はそっと目を伏せた。
「あんたの望み‥‥しかと受け取った」
 優希は斧を振り上げる。
「風雲‥‥推して参りまする!」
 空太は太刀を掲げた。
「さあ、帰ろう狐源殿。娘御が待っておられる‥‥」
 玄正は杖を、
「こんなところ‥‥一刻も早く連れ出さないと」
 御影は刀を構え、強打を発動し、
「正しき輪廻に戻すのもまた慈悲でしょう‥‥薙ぎ払え、斬撃符:風姫!」
 青嵐は式を呼び出し、
「娘にゃぁ、ちゃんと伝えてやるよ‥‥安心しな」
 百舌鳥は短刀と木刀を両手に構え、
「狐源君の身体、返してもらうよアヤカシ。無に‥‥帰りなさい!」
 珠光の指先には式として打ち出した緑色の鬼火が生じ、

「‥‥ウ‥‥ア‥‥」
 口元をだらしなく広げ、飢えた唸りを上げ始めた狐源の身体。それに向かって、一斉に攻撃を仕掛けた。
 彼の肉体と魂を、アヤカシの手から取り戻す為に。

●護る者の宿命と己の始末●

『開拓者殿
 私は、五行を故郷とする開拓者、狐源と申す者で御座います。
 恐らくは、ギルドよりの要請で私を探しに参られたと推察致します。
 生憎、私は依頼遂行中に負傷し、仲間を生きて帰す為に森に残り申した。今も、アヤカシに追われておりまする。

 私は、ここで命を散らす事でしょう。
 開拓者となった時、それも覚悟の上でありました故、死するのはさだめと思うております。
 しかし、死して屍になり朽ちるなら良いが‥‥万一、その屍をアヤカシに奪われ、貴方方に刃を向けたらと思うと、死に切れぬ。
 同じ戦いに明け暮れる仲間の貴方方に、そんな事は耐えられぬ。
 どうせ死して朽ちるか、アヤカシに奪われる身体。
 これより私は、自らの拳の腱を切り、布と縄で封じた跡、もう片方の腕を切り落とそうと思うております。
 何、封じた拳に太刀を結わえ、それを木に刺し、身体の重みでどうにかなりましょう。
 アヤカシに奪われても、これならば貴方方に刃を向けることも出来ますまい。

 心残りは、妻子の事。
 どうか、父はよく戦ったと娘に、愛しておると妻に‥‥お伝え下され。
 封じた拳には、妻と揃いの首飾りを握り締めておりまする、それが私が遺してやれる最後の品で御座います。
 ご面倒をおかけ致しまするが‥‥宜しくお頼み申します。狐源』

 打ち倒した狐源の肉体の懐から、転がり落ちた文。雨風に晒される事に配慮したのだろう、竹の水筒に「文」と血文字を書き、その中に隠していた。水筒は腰に縄で巻かれ、落とさぬようにしてあったようだ。
 遺言――
 壮絶な最後というに相応しい彼の生き様に、一行は言葉もなかった。

 魔の森を抜けた静かな森の中に、狐源の遺品を埋めた一行は、静かに手を合わせる。
 墓標の代わりに太刀を打ったその場所は、魔の森から出てくるアヤカシを見据えるように設けた。
「これで‥‥良かったんだよな」
 手を合わせる優希は、複雑な気持ちで言った。
「ええ、それが狐源さんの最期の意思ですから‥‥」
 青嵐は腹話術用い、手元の式神人形の口を上下させては答えた。
「‥‥戻りましょう。娘御に伝えてやらねば」
 玄正はそっと呟いた。皆を促し、静かにその場を後にする。

 もう、ゆっくり眠らせてやらねばならない。
 彼はやっと、安息の日を迎えられたのだから。

●父の想い、受け継ぐ娘●
 無事に五行のギルドへと帰還した一行は、職員によって出迎えられた。
「娘さんはどこだ?」
 職員は、優希の問いかけにすぐ様奥へと向かった。小部屋で待っていた狐毬を連れ、戻ってくる。
 連れられて出てきた狐毬は、随分と憔悴した顔をしていた。
 御影は服の袖で少し汚れを拭うと、手の中にある物を狐毬に差し出した。
「これを‥‥」
 手の中には、狐源が遺される家族への形見として握り締めていた白い勾玉の首飾りがあった。
 狐毬の父譲りの赤い瞳が、みるみる涙に溢れていく。
「その‥‥狐源さんはご立派でした!」
 なんと言ったら良いか悩みつつも、空太は狐毬の肩を叩き力強い言葉をかけた。
 震える小さな手が、御影の手の中の首飾りを持ち上げる。
「父上‥‥」
 ほろりと涙が頬を伝う様子に、百舌鳥は一言だけ言葉をかけた。
「おめぇの親父は最後まで戦ってたんだ、誇りに思え。けして泣くな。悲しむぜぇ、親父さん」

 狐毬は父の形見を握り締め、玄正から遺言の文を受け取った。
 今は幼い狐毬には難しい内容だとしても、いずれ狐毬が成長した時‥‥その文は狐源の意思として娘に解される日が来るだろう。
 たったひとり遺された幼い娘の行く末を案じながら、ギルドを去る狐毬の後姿を一行は見送るのだった。