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■オープニング本文 「うー。寒っ。今日は冷え込むなぁ‥‥」 ぶるぶると身を震わせニーナは曇り空を見上げた。 このあたりでは今年は雪がやや遅いが、長老の話ではあと一週間もすれば大雪が降るらしい。 例年ならば、それも来たるクリスマスを前にうきうきした気持ちになる要因ではあるのだが、今年は問題があってそういう気分にはなれない。 ないのだ。肝心のアレが。 いつもならもっと早くから村の広場にどんと聳える大きなクリスマスツリー。 クリスマス・イヴまでもう幾日もないというのに。 村の周りにも家庭サイズの小さなもみの木ならばある。 だが、村の中心を飾るに相応しい大きいものは村から離れた森にしかなく、困ったことにその付近でアヤカシの目撃情報があって誰も切り出しに行く者がいないのだ。 被害がまだ出ていないのは幸いであるが。 問題がもみの木だけなら村の子ども達はがっかりするかもしれないが最悪、小さな木で間に合わせることも仕方ないかもしれない。 だが、雪に閉ざされる冬の間はともかく林業も生業の重要なひとつであるニーナの村としてはアヤカシの跋扈が長期化するのは死活問題だ。 「それに‥‥やっぱり村の中心にどーんと大きいのもみの木がなくっちゃ景気が悪いよね」 この村のツリーは界隈でも音に聞こえていて、よい宣伝にもなっていた。 それがないと何やら新年への勢いがつかない気がする。 村長たる父も頭を痛めている。 早く何とかしないと大雪になってしまうし、何よりイヴに間に合わない。 子ども達が今年もツリーに飾りたいとたくさんのオーナメントを作って待っているのだ。 「よし!!」 父に進言して開拓者ギルドに依頼を出すのだ! |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
アリア・レイアロー(ia5608)
17歳・女・弓
宴(ia7920)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 ■ジルベリアのとある村 「最初に変だと思ったのは獣たちが姿を消したことでした」 立派な髭を蓄えたニーナの父ボリスが言った。 今は黒々としているこの髭も来るクリスマスには粉をはたいて真っ白になる予定である。‥‥予定がどうなるかは開拓者たちの活躍如何にかかっているのではあるが。 「姿を消した?」 と問い直した恵皇(ia0150)にボリスは肯いた。 「はい。村人や家畜を襲う狼たちがいなくなるのは歓迎すべきことだと喜んでいたのです。が、いなくなったのが狼だけではなかったとなると‥‥」 この村では貴重なたんぱく源である兎や鹿、森林の愛嬌者である栗鼠までがいつのまにか姿を見せなくなっていた。 全くいなくなったわけではないだろうが、息を潜めて隠れている、といった感じなのだ。 「それでアヤカシの仕業だと思われたのですね」 白野威 雪(ia0736)に続き仇湖・魚慈(ia4810)も尋ねる。 「ですが、被害は出てはいないのでしょう?」 「確かに村人にはまだ。ただ、村の外にあるいくつかの放牧地で羊がやられてしまいました」 最初は森で、やがてその気配はじわじわと村に近づきつつあるような気がする。 まるで村人たちの恐怖を煽るように。 「アヤカシの姿を確認した村人は?」 「怖ろしくてとても森には近寄れませんが遠目から見たという若者ならおります」 (「田舎の住民にとっては、見慣れない物はなんでもアヤカシですからなぁ」) 風鬼(ia5399)としては今回の『アヤカシ』がケモノである可能性もあると考えている。 だが何にせよ、村人が困っているのなら退治しなくてはならないだろうが。 その辺の見極めのためにも今回は先行して探索する役を買って出ていた。 「確かに見ました。あれは狼なんかじゃなかった」 怖ろしい光景を思い出したのか身を震わせて若者は証言した。 「どんな感じでした? 大きさは? 形は?」 「大きさは狼とそう変わりはなかったような‥‥。ただ、その体の妙な場所から角のような鋭い牙のようなものが出ていたんです。そんな狼なんて普通じゃないでしょう?」 狼は怖ろしいが獣ならばこれまでも村人たちだけで何とかしてきた。 「数は? 群れていましたか?」 「俺が見たのは数頭ですが、本当のところはわかりません。放牧地の周囲の足跡を見るともっと多いかもしれない」 開拓者たちは顔を見合わせた。 どうやら森に巣食うのはアヤカシで間違いなさそうだ。 「お話中、お邪魔します」 ニーナが湯気のたつカップを運んできた。 依頼人である彼女は開拓者たちがこの村に滞在する間その接待をする係でもあるらしい。 「まずは温かいものでも召し上がってください、それから、防寒具を持ってきました。この辺りの寒さは慣れていない方には堪えますから」 ニーナと村の娘たちが抱えてきた毛皮の帽子やコート、内側に毛皮を施したブーツを借り受けると開拓者たちはそれを身につけた。 「ケモノだといくらか楽だと思ったのですがね」 風鬼と共に先行して森を探索することになった紅鶸(ia0006)が傍らの葛切 カズラ(ia0725)に話しかけた。 「そうね、大体の形状は確認できたわけだし、あとは数かしらね」 ニーナに借り受けた毛皮のコートに顔を埋めながらカズラは少し離れた森の方角に目を向ける。アヤカシは生身の獣の形をとっているらしい。 「もみの木の森はあっちの方角なのよね。でもどの辺りを中心に探索するべきか私達にわかるかしらね」 ああ、それならとニーナがついでいたポットから顔を上げた。 「今年切り出す予定の木は夏のうちに幹に印をつけてあるのでわかると思います」 「あら、どんな印?」 「5cmくらいの幅の黄色のリボンなんです」 「じゃあ、それを目印にして周囲から始めればいいわね」 「まずはアヤカシの痕跡探しですね」 アリア・レイアロー(ia5608)は村の広場で遊ぶ子ども達に目をやる。 昨夜のうちにうっすら積もった雪に子ども達ははしゃいでいる。 「ここにもみの木を立てるってわけかァ。で、あの家の扉に飾ってあるものは?」 物珍しそうに村の家々を見渡す宴(ia7920)にニーナはにこやかに説明する。 家のドアには柊の葉を連ねたリースが飾ってあった。 「柊は聖なる木と言われているんですよ」 「へぇ、噂に聞いたことァあるけど、くりすますって実は良く知らねェんだよなァ。こりゃあ、見聞を広めるためにも、一丁頑張りやすかァ!」 「はい! よろしくお願いします」 「皆様、くれぐれもお気をつけて!」 出発した先行班、紅鶸、葛切、アリア、風鬼を見送ったニーナに魚慈は心配ないと笑いかける。 「大丈夫ですよ。こう見えても私ら強いですから」 魚慈の笑顔にはニーナと子ども達の笑顔を守らねば、という気概が滲み出ているようだ。 「そうそう、任せておけ」と恵皇も肯いた。 先行班が森を探索している間、村ではもみの木を切り出すための人手が集められていた。 匠とその弟子二名、そして運搬を手伝う男たちである。 「もふー、もふっもふっ」 久しぶりの出番のせいか、もふらさまも興奮状態のようだったが 「怖くありませんから。もふらさまは私達がお守りします」 と、白野威になでられると落ち着きを取り戻したようだった。 「ある程度安全が確認されたら出発だ」 アヤカシの数がはっきりしない以上、一掃されるのをずっと待っているわけにもいかない。明日はクリスマス・イヴなのだ。 「曇ってきやがったな」 恵皇が空を見上げる。 「あと一日もてばいいが」 少々の雪ならば問題ないが、深く積もれば動きがかなり制限される。 ■攻 「この辺り、餌場としてかなり荒らされたようですな」 風鬼はかがんでその痕跡を見つめた。 このサイズから見ておそらくは猪。 昨日のうちにもみの木を切り出す現場周辺を調べた結果、五頭の狼型のアヤカシを退治することが出来た。 だが、足跡や彼らの痕跡からまだ数頭は残っているのではないかと思われた。 別の群れかもしれない。 「特に気になるのがこの一回り大きい足跡ですね。群れのリーダーかもしれない」 今日もこうして先行して森の警戒に当っているが、まだ出くわしてはいない。もうそろそろ村から切り出し班が出発する頃だ。 アヤカシにすれば手練の開拓者よりも村人を狙うほうが容易く食料を口にすることが出来る。 「もみの木の切り出し現場からあまり離れないほうが良策かもしれません」 紅鶸が一人ごちたとき遠くで呼子笛が鳴った。 「こっちです」 音する方角を聞き分けて風鬼が走った。 カズラの吹いた笛の音は森に木魂していった。 もみの木から少し離れた場所である。 念のためにとカズラとアリアが痕跡のあまり無かった辺りを見て回っていたところ遭遇したのだ。餌場が変わったらしい。 あきらかに普通の狼とは違う、体から不気味な短剣のようなものが突き出ていた。 その牙とも角とも見えるモノは個体によって生えている場所も違えば本数も違うようだった。 「戦意を削ぎますっ!」 アリアが放った矢が素早く一匹の眼に突き刺さった。 ぎゃんっという悲鳴をあげ転がった仲間を見てか『狼』たちは唸り声をあげつつ二人との間合いをとった。 「各個撃破していくわよ! 急ぎて律令の如く成し、万物尽くを斬り刻め!」 カズラの元から式が飛び出し鋭い触手のようなものが素早くアヤカシを斬った。 「援護します!」 アリアが弓を番えたときうおーっという大きな雄たけびがした。 「紅鶸さん!」 斧を携えた風鬼と紅鶸の二人の登場にアヤカシたち形勢の不利は明らかだ。 そのとき、遠吠えが聴こえ、アヤカシたちがそちらに耳をそばだてた。 と、同時にまた呼子笛が鳴った。 「おっと、行かせやしねぇって!」 「紅鶸さん、切り出し班が」 「早く片付けて合流すんのよ。風鬼さんに先に助けに走ってもらったらどうかしら」 カズラがそう言い終わらないうちに風鬼の足はもう地面を蹴っていた。 ■守 「これがもみの木? おおう、でけー! すげー! かっけー!」 思わずはしゃいでしまった自分に気付き魚慈は顔を赤らめて咳払いした。 村を出るとき今日も自分たちを案じながら見送ってくれたニーナに心配しないでクリスマスの準備をしていてくださいと安心させたのだが、実のところ魚慈自身、結構ジルベリアで過ごすクリスマスを楽しみにしている。 「こほん。では、周囲を調べてみますね?」 心眼で周囲を見渡すも怪しげな獣の気配は感じられない。 「今のところは大丈夫なようです」 匠と弟子たちは今のうちにと手早く作業の準備にかかった。 魚慈がそれを見守る。 恵皇、宴は皆から離れた場所で警戒に怠り無い。 白野威は運搬に携わる村人ともふらさまのそばに陣取っていた。 うっとりともふらさまを撫でている自分に村の若者がぽかーんと見とれていることには勿論気付いていない。 匠と弟子が交代でノコギリをひく掛け声が響いている。 この分なら切り倒すまでは問題なさそうだ。 昨日の先行班が退治してくれた分でこの辺のアヤカシは一掃されたのかもしれない、と村人たちは明るい表情で言い合った。 「油断はできないが、とにかく切り出しには成功した。あとは無事村まで運ぶことだ。力仕事なら手伝うぞ」 恵皇は村人たちに混ざってもみの木をソリに積みこんだ。 宴も木をソリに縛り付けるのを手伝っている。 「何かあったら手筈どおりに」 村人、もふらさま、ソリと守るべきものは多い そして村への道はずっと森の中を通っており、アヤカシが近づこうとすればいくらでも身を潜める場所がある。 「さぁ、出発ですよ。もふらさま、がんばって」 白野威がもふらさまを促しソリが雪の上を滑り始めた。 まだ雪が少ないのでときどき木の根や岩にひっかかるのを開拓者たちは村人と力を合わせて前に進んだ。 「少し、休みませんか」 やっかいな段差を乗り越えて息を切らした村人がそう言った瞬間、魚慈に緊張が走った。 「いけない! 急いで前に進むんです! アヤカシが近づいてくる」 宴が吹く呼子笛の音色が響き渡った。 「俺が囮になってひきつける。皆、先を急げ」 恵皇の体から湯気のようなものが立ち上った。 「宴様、魚慈様、皆さまをお願いします」 白野威が列を離れた。 「恵皇様、援護します」 もし仲間が怪我をすれば精霊の力を借りその傷を癒す。 いざとなれば空間を歪ませてアヤカシを捩らせてしまうつもりだ。 「わかりやした!」 今は村人ともふらさまををアヤカシから遠ざけることが大切だ。 宴はもふらさまを宥めながら先を急いだ。続く匠たちの傍は魚慈が守っている。 「さぁ、来いよ。おまえの相手は俺だぜ」 ソリがスピードを上げたのを確認して恵皇が不敵に笑った。 ■もみの木、飾ろう 「おかえりなさい、風鬼さん。今日もご苦労様です」 村に帰るとニーナと子ども達が皆嬉しそうに迎えてくれる。 あの日、囮となって時間を稼いでいた恵皇と白野威の元にまず風鬼が、ついで五匹のアヤカシを退治した紅鶸、カズラ、アリアが駆けつけた。 リーダー格とは言え、六人もの開拓者を相手にしたのではたまったものではない。 アヤカシは瘴気となって消えた。村に戻った彼らは、魚慈と宴によって守られ無事に帰り着いていた村人たちに歓声でもって迎えられた。 広場にはさっそくもみの木が立てられ、例年に増す立派さに子ども達は嬉しそうに目を輝かせた。 おそらくもうアヤカシの心配はないだろうが用心の為、開拓者たちはあと何日か森へ見回りに出かけるつもりでいる。 アヤカシが消えたせいか姿を隠していた獣たちも戻ってくるに違いない。 すでにその兆しは見えていた。 あとはジルベリアのクリスマスを子ども達と一緒に楽しむつもりだ。 「なるほど、クリスマスとはそういうものなのですか‥‥」 子ども達とともに綺麗なガラス球や星を飾りつけながら紅鶸はしげしげと大木を見上げた。 「はい。昔から続く一年間の感謝と新しい年の幸運を祈る行事だと聞いています。この村では干した果物入りのお菓子を作るときにお金を入れるという伝統があったりするんです」 「え、そんなことをするんですか?」 「はい、クリスマスの朝それを切り分けて皆で食べるのですがケーキからお金が出てきた人は新しい年、幸運に恵まれると言われています」 「なるほど‥‥面白い風習ですね」 その向こうでは 「この星、もっと高いところにつけたいよぉ」 「よし、兄ちゃんが肩車してやるから高いところに飾り付けろ」 悔しそうに背伸びする子どもを恵皇がひょいと肩車してやっている。 「これでどうだ?」 「うん、兄弟の中で僕のが一番高いところについたよ」 「よかったですね」 白野威が白い羽根の生えた人形をどこに飾ろうかと掲げながら微笑んだ。 「流石にジルベリアのクリスマスは本格的ね〜〜」 「神楽の都ではどんな感じなんですか、カズラさん」 この人が身につけると毛皮がいっそうゴージャスに見えるようだとニーナは思いながら訊ねた。 「そうねぇ、まだあまり身近じゃないかもしれないわね。あら、アリアさん、何を作ってるの?」 「子ども達にあげるプレゼントにと思って」 アリアの手によって木や紐を使ったかわいらしい人形が完成しつつあった。 彼女の傍の敷物の上には笛など他にも細工物が並んでいた。 「素敵。子ども達、きっと喜びます」 「こっちのほうがもっと喜ばれるかもしれません」 ふふふ、とアリアは笑うと甘剣を取り出した。 「拙者の短冊も飾ってくれやァ!」 立派な筆文字で『世界平和』と書かれた短冊をひらひらさせ宴がツリーに近づくとアリアが「まあ」と目を丸くした。 「え? 七夕の笹とは違ェのかい?」 「宴さん、それ、飾りましょう! 世界平和、いい言葉です。これ以上クリスマスに相応しい言葉はありません!」 「そうですね、それがいいです」 「優しいなァ、二人とも」 「そんな。皆様には村民一同、本当に感謝しているんです」 「拙者こそ、この依頼を出してくれたニーナちゃんに感謝してるんだ。キミのお陰でくりすますっつーのが楽しめたよ、有難うなァ」 「よっしゃーっ! 飾りつけ、終了! 火を灯すぞー」 「ご馳走もできましたよー」 「みんな、雪合戦をしませんかー!?」 子ども達と一緒にはしゃぐ魚慈をよそに開拓者たちはそれは立派なツリーを様々な思いを籠めて見上げた。 ‥‥それぞれ一番気に入った角度から。 |