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■オープニング本文 「大叔父さん? そんな人いたっけ?」 利吉は頬張っていた餅をもぐもぐさせながら母親に聞き返した。 たまたま帰った実家でのことである。 地道に田畑を耕せば家族みんな食うには困らないが、利吉は三男、小作とは言え田畑を継ぐのは兄だというので町に出ようと腰を上げたのはいいが、いまだいい職にはありついていない。 「長く音信不通だったんだけど、あんたのお爺さんの弟にあたる人なんだよ」 母が言うにはその大叔父が亡くなり、なんと神楽の都に宿を一軒、利吉の父に遺したのだという。 「収穫はあらかた終わったけど冬支度で忙しいし、あの人も今更、宿なんてする気はないしね」 「売ればいいじゃん」 「それがねぇ‥‥」 母が言うにはその遺産相続にはある条件がついているのだという。 「宿を売ってはいけないんだって。繁盛しなくて潰れるのは仕方ない。でも最低二年は宿として営業して欲しいんだって」 「へぇ‥‥」 他人事の生返事の息子に母は業を煮やしたように続けた。 「だからさ、あんたがやってみたらいいんじゃないかって思ってね」 「ええ〜〜〜!!」 あんたは商売に向いてると前から思ってたんだよ、などという母親の口車に乗せられ、利吉は神楽の都にやってきた。 開拓者ギルドのあるこの都はさすがに活気があり、利吉もやるゾという気にさせられる。 大叔父がなんでこんな都に宿を所有できたのかは知らないが、ここなら旅人も多かろう。 母に渡された住所をもとに大叔父の宿を探すこと丸一日、足が棒のようになった頃、利吉はようやく都の外れにそれらしき建物を発見した。 「ここ‥‥? うっわ〜」 思わずげんなりした悲鳴があがるのも無理は無い。 周囲の町並みから激しく浮いているほどその宿はボロいのだ。 これでは今夜、泊まることも無理である。 途方に暮れている利吉を気にしてか、一人のおじさんが声をかけてきた。近所の人らしい。 「あんた、この家に何か用かい?」 かくかくしかじかと訳を話すと近所のおじさんは気の毒そうな顔で言った。 「なるほど、利助さんの兄さんの孫ねぇ。あー、でもここで商売するのは無理だと思うよ。利助さんが体を悪くしてから長いこと放ったらかしでこの通りボロボロだしなぁ」 大工仕事なら結構得意だ。 利吉がそう言ってもおじさんの心配顔は晴れない。 「それになぁ、なんか棲みついてるみたいなんだよな、ここ」 「住みつく‥‥。野良猫か鼠かなんかでしょうか」 「うーん、ま、今夜は、うちに泊まりな」 おじさんの親切に甘えその夜は泊めてもらい、翌日、利吉は思い切って宿に足を踏み入れた。 「う、うわあ!」 暗闇で何か紅いものが光る。 それもたくさん。一目では数え切れないほどである。 素早い動きでそれらの中のいくつかが自分に向ってくることに気付き、利吉は慌てて宿から逃げ出した。 「な、なんなんだ、あれは」 鼠かと思ったが、確実に尋常ではない大きさのものもいたような‥‥。 「ああ、やっぱりいたか」 「おじさん」 おじさんの話では宿代を節約しようとこの家に泊まろうとした旅人や、廃屋をたまり場にしようとした若者たちがアレに襲われたことが何度もあったという。 「入り込んで死んでしまった人間もいるんじゃないだろうかねぇ。ありゃあアヤカシじゃあなかろうか」 旅先のこと、この宿で不幸に遭い行方不明ということになっている者もいるに違いない、とおじさんは言うのだ。探す者も証拠もないので公にはなっていないが。 「利助さんは変わったものを集めるのが趣味だったなぁ。宿代を珍しい物で払ってもらってたりもしていたし。アヤカシと何か関係あるかもなぁ」 「どうすりゃいいんだー」 とんだ遺産である。 売ろうにもこのままでは買い手がつかないだろう。 しかも二年は宿屋として営業しないといけないのである。 頭を抱える利吉におじさんはいい知恵を授けてくれた。 「アヤカシなら俺たちの手には負えない。開拓者ギルドにいきな」 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
ルーシア・ホジスン(ia0796)
13歳・女・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
黒森 琉慎(ia5651)
18歳・男・シ
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
宴(ia7920)
20歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●開拓者たち 「どんなヤツだったって? 俺、暗くてはっきりとは見てないんですが‥‥」 藤村纏(ia0456)の問いに利吉は気味悪い光景を思い出したかのようにぶるっと身を震わせた。 ただ暗闇の中、無数の小さなケモノのようなものが蠢いていたのだという。 雨戸の隙間から入る光を受けてか、目、らしき光が紅くて、それがいたるところにぎらぎらと光っていた。 「そうか、どんなヤツが棲みついてんのか、なんか対策でも立てられたらと思てんけどなぁ」 「たぶん鼠かなんかじゃないかな、とは思うんですが、中には尋常でない大きさのヤツもいて‥‥」 蠢いた物体の感じでは中には30cmはありそうな気がしたのだという。 「30cmの鼠か。そりゃあ、確かに鼠とすれば珍しい大きさだよなァ」 どうやらアヤカシらしいねェと宴(ia7920)が呟いた。 宴と仲の良い綾羽(ia6653)がボロい宿を見上げ不安そうに言う。 「うぅ‥‥、それでなくともお化け屋敷みたいです」 宿の大掃除と聞き、てっきり本当に掃除をするのだと思ってきた綾羽にとっては寝耳に水な話である。元来、怖いものは苦手なのだ。 が、何やら前の持ち主の趣味が珍品集めと聞いて妙に張り切っている宴を放ってはおけない気がひしひしとして、綾羽はとにかく受けた依頼はやり通そうと決心していた。 「とにかく人家に棲みついた人外のモノとあれば、むざむざと放置するわけにはいきませんね。付近の人が安心して暮らすため、何より利吉様が無事に商売ができるよう、腕を振うと致しましょう」 「私も宿開業までお節介しちゃいますぅ」 と話す高遠・竣嶽(ia0295)、ルーシア・ホジスン(ia0796)に北条氏祗(ia0573)も力強く肯いた。彼は宿に巣食う生物に興味がある。ぜひ成敗して名を上げんと腕が鳴るというものだ。 頼もしい面々に利吉は気持ちが明るくなった。 ふと猫の人形を抱いた小柄な少女に目が行く。 「あの、あなたも開拓者さんで?」 少女はおっとりと肯くとのんびりとした口調で答えた。 「奏音(ia5213)は〜おんみょ〜じ〜‥‥です。奏音は〜人魂で〜お店の中を〜て〜さつするの〜♪」 すっかりたまげた。利吉は故郷の村でまだ開拓者に会ったことがない。 だから開拓者のことは良く知らなかった。 だが、そうものなのだろう、と一人で感心すると、予め、近所の人に頼んで用意した松明を二本、開拓者たちに渡した。 「何卒よろしくお願いします」 この利吉、今まで仕事運にはあまり恵まれなかったがなかなか気の利く男なのである。 「じゃ、行くか。開拓者として方々回る者としちゃァ、宿ってのァ重要なとこだかんなァ。一つでも増えてくれんのァ嬉しいモンよ! 協力してやんねェとなァ! 」 宴の言葉に開拓者たちはいよいよ宿の中に足を踏み入れた。 ●探索開始 時刻は昼間。だが、雨戸の所為で室内はかなり暗い。 「宿は二階建てか」 外観でと予想したとおりだと北条は暗い室内を見回した。 手筈どおり二班に分かれて探索を進めることにする。 「どうやら二階のほうが手狭なようだ。早く終わらせて合流することにしよう」 利吉の言うとおり部屋の隅で蠢いている紅い目の生物に目をやりながら言う。 手帳を持ったルーシアがささっと宿屋の上がり口の間取りを書き留めた。 「ここが宿の入り口、と。スタート地点ね〜、がんばろーっと」 補修に必要な箇所も書き入れているのは後のことを考えてだ。 「みんな、柱だけは叩き斬ったらあかんで」 纏の警句に皆は一応、肯いた。確かに建具や壁なら少々傷はついても補修は可能だが、柱を折ってしまうと大変だ。このボロ宿が崩壊する恐れもある。 「とにかく足元に気をつけてどんどん雨戸を開けてしまいましょう」 高遠は階段を踏み抜かないように気をつけながら二階へ上がった。 その後にルーシアと綾羽が続く。 「うぎゃ。何かが足元を走りましたぁ」 ぎゅっと手帳を握り締めてルーシアが辺りを見回す。 がさごそという何かが蠢く物音がする。 高遠が松明を翳すと鼠らしきモノが素早く動くのが見えた。 大きさはまちまちのようだ。 「い、います。数え切れないくらい」 結界を張りアヤカシの瘴気を探っていた綾羽がぞっと身震いした。 個々の瘴気はごく弱いのだが何せ数が多い。 「ここにアヤカシが集まる原因はなんでしょうね」 高遠には利吉の大叔父である利助の珍品収集癖が気になる。 「物品にアヤカシが住み着いていたり、それ自体がアヤカシであったりすることはままあるようですから、見た目にアヤカシがおらずとも、そこにある品々は慎重に調べていきましょう。でもとりあえずは目の前のこの鼠らしきモノたちの始末でしょうか」 「気合、入れちゃうよっ! 」 ルーシアがぐいと喉を鳴らしてとれたてみったんじゅーすを一口飲んだ。 「うおおおおおっ」 ルーシアの咆哮に蠢いていたモノたちが一斉にこちらに向って集まりだした。 高遠の刀が赤い炎に包まれる。 「天井は私にお任せください」 綾羽が言うと、天井付近の空間が揺らぎ鼠が打ち落とされてきた。 「やはりアヤカシ‥‥」 ゆっくりと散っていく鼠らしきものを見て高遠が呟いた。 「弱っちぃのが救いだね。面倒だけど!」 ぷちぷちと確実に一匹ずつ仕留めながらルーシアがうんざりしたように言う。 なるべく宿を壊さないように配慮すると大技は使えないので仕方がない。 「この部屋のを一掃したら雨戸を開けて次の部屋に移りましょう。早く済ませて下の皆様と合流しないと」 「一階のほうが広いですものね」 「あーあ、でも全然骨董品らしいものはないよね〜」 傷んだ箇所を書きとめながらルーシアが少しがっかりしたように言った。 「どうやら二階は客室ばかりのようですから」 一方、一階担当の四名はというと上の三人と同様に各部屋で無数の鼠のアヤカシと格闘していた。 二階と違うのは、建てつけの悪くなった雨戸は中々開かず、釘で打ち付けられている箇所までありそうなところだ。 薄暗い建物の中、古くなって置き去りにされた家具が散在している。 仲間たちと死角がないよう気をつけながら、一匹一匹を確実に仕留めながら北条は進む。 宴はアヤカシの眼を狙って手裏剣を放った。 「びょ〜ぶの陰に〜人みたいのが〜倒れているの〜」 猫人形を抱いた奏音がゆっくりと部屋の向こうにある屏風を指した。 小さな蝙蝠が屏風の周囲を飛びまわっているのが見える。 「犠牲者だ」 近づいてみると穴だらけの屏風の陰に男の骸が転がっていた。 残された服装から見てどうやら旅人のようだ。 しかも亡くなったのは随分前のことらしい。 「寝てるとこをやられたらしいな」 屈んで纏が骸に手を合わせる。 「えらいとこへ迷い込んで気の毒に」 このアヤカシは一匹一匹は大して強くも無いが眠った隙に群れで襲われたらひとたまりも無かったのだろう。 たゆまず退治し続けたおかげで鼠のほうはだいぶ片が付いた。 こじ開けた雨戸のおかげで日の差す部屋が多くなり鬱陶しさも減ったというものだ。 だが、まだ手付かずの部屋もあった。 宿の奥は住み込みの従業員や主の居住空間になっているようだった。 「皆様、ご無事ですか?」 お疲れ様です、とばかりに高遠たちが仲間に加わり、さらに探索が続いた。 「上のほうはもう片が付いたのか?」 尋ねる北条に高遠は肯いた。 「下と比べるとそう広くはありませんでしたから」 「そうなのよねー。しかもなぁんにもなかったのよね」 とルーシアがいかにも残念そうに言った。骨董の一つでもあれば面白かったのに。 「こっちもまだめぼしいモンなんか全然無いんだよなァ」 でもな、と宴はにんまりとする。 「まだ手付かずの部屋は先代の部屋だと思うんだよねェ。さっさとお宝探し、じゃない、アヤカシ退治を済ませて、掃除やら修繕やらに取り掛かろうぜィ」 「宴さんたら」 困ったように綾羽が言ったそのときだ。 「部屋の奥〜。何か〜あるみたい〜」 「鼠ではないのか?」 奏音がきゅっと猫人形を抱いたまま首を振る。 「四角い〜、大きな箱なの〜鍵みたいなのが〜ついてるの〜」 「鍵付き! きっとお宝でィ」 飛び込もうとする宴を仄かな光を発していた綾羽が急いで止めた。 「待ってください、宴さん。居ます。鼠じゃないアヤカシが」 刀の柄に手をかけた纏と、両手で巨大な斧を構えた北条、炎を剣に纏わせた高遠が慎重に前に進み出る。 「鼠のアヤカシだけではありませんでしたか。この宿は人のもの。人に害為すものであれば、一体残らず退治して明け渡してもらいましょう」 ●失われた鍵 「掃除か、拙者の苦手分野第一号なのだが‥‥」 北条はそういいながらも利吉と一緒に邪魔な古道具を外に運び出していた。 彼らが通る部屋では綾羽がパタパタとはたきをかけている。 一枚の布巾を頭に被りもう一枚で口元を覆った纏が箒をせっせと動かしていた。 刀より重いものを持ったことがないというルーシアと奏音は腐った床板を取り替える近所のおじさんに釘を渡すお手伝いだ。 あの旅人らしい男性には誰も心当たりはないらしい。 利吉や近所の人たちが懇ろに弔うと約束し、開拓者たちも彼の冥福を祈った。 「やはり開きませんか」 通りかかった高遠が長持(ながもち)の鍵をがちゃがちゃしている宴に話しかけた。 幽霊が守るようにあった長持には頑丈な錠前が付いていて、残念なことに鍵がどこにも見当たらないのだった。 おそらく鍵を失くしたまま亡くなり、どうにも諦められなかった利吉の大叔父の思念があのアヤカシを呼び寄せたのかもしれない。 開拓者たちにあえなく退治された幽霊だったが、こうなると遺された長持の中に何が入っているのか気になるところだ。 が、頑丈で複雑な錠前は開きそうも無い。 後は長持を壊すという方法もあるが、幽霊の話を聞いて恐れをなした利吉にはその勇気がまだ出ないということだった。 宿を再生するにあたって気味の悪いものを遠ざけたいくらいなのだが、これも大叔父の遺品。粗略に扱うこともできず頭を悩ませ中である。 「他にお宝らしいもんはねェし」 と、残念そうな宴に今度は盆を手にした綾羽がお茶とつきたての餅を差し出した。 「宴さん、そう仰らないで、休憩にしましょう」 湯飲みを手に他の開拓者たちも集まってくる。 「それにしてもぐっといい感じになりましたね」 皆は宿内を見回した。 気味の悪い宿のアヤカシを一掃してくれた開拓者たちへの感謝か近所の人たちも色々協力してくれて、おかげで営業とまではいかないが随分部屋らしくなった。 利吉も長持以外のことではやる気を出しているようだ。 まだ二階部分は手付かずだが、とりあえず雨漏りだけはしないように修繕したし、この分なら営業できるのも早いかもしれない、と高遠は思った。 利吉を思い依頼料の辞退も考えた高遠だが、利吉は有難く思いつつも受け取って欲しいと言い張るのだった。 「それに皆様にはぜひ第1号のお客さんになってほしいんです」 もっともまだ料理人を雇っていないので利吉の素人料理しか出てこないのだが。 でもさっそく親しくなったご近所さんもおかずを差し入れてくれると言っているし。 「じゃあ、俺は色々と準備がありますんで! 」 今度こそ上手くできるかも、という希望に利吉の足は自然と軽くなる。 料理の材料やら今夜の夜具やらを手配するために町に飛び出す利吉を見送ってルーシアはうんうんと肯いた。 「やる気だけはあるみたいね〜♪ 利吉さん」 いろいろ難しいこともあるだろうが、この神楽の都の片隅で利吉の宿が開業できる日もそう遠くはないかもしれない。 |