夢のままで
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/24 22:47



■オープニング本文

 ここは武天は此隅。武天の首都に当たる。
 此隅は武天を治める巨勢王の居城があり、街には活気があふれている。
 巨勢王配下に市原家という武家がある。
 そこの当主さんは美人な奥さんと娘さんがいるよくあるお武家だった。
 その娘さんはとても美しいことは知る人ぞ知る話。
 一目見た悪い役人が当主さんを罠に嵌めて濡れ衣の汚名を着せて取り消す代わりに娘を嫁によこせと言い出したのだ。
 汚名を着せられてもそんな男に娘をやるわけにはいかないと突っぱねたが、誘拐同然で連れ去られた。
 話を聞いたちょっといい所の御隠居さんが開拓者を雇って娘さんを救出した。

 娘さんはとても内向的であったが、開拓者を目の当たりにし、随分と社交的かつ、前向きになってきた。
 どんどん外に出て、勉強をしている。
 友人だって作った。
 心配していた親御さんは大層喜んでいた。
 そんなある日の事‥‥


 市原家の娘さん‥‥緒水はお茶のお稽古の帰りに甘味処に行こうと歩いていた。
 白玉が美味しい甘味処で、三京屋の天南がお勧めしている縁で緒水も常連となりつつあった。
 最近、仲のいい某ご隠居の折梅や、天南が此隅から離れてちょっと寂しくなっている緒水にはちょっとした慰めだった。
「娘さん、すまねぇ」
「はい?」
 振り向いた緒水は即座に鈍い痛みを喰らい、気を失った。



 緒水が目を覚まし、視界に入ったのは見知らぬ天井。
 起き上がり、部屋をでると、強面の男と目が合う。
「おう、起きたか」
 男は緒水に声をかける。
「目が覚めたら仕事をしてもらおうか」
「ここはお店ですか」
 緒水の問に男はそうだと頷く。
「着物はそこの部屋の中にあるものを使え」
「わかりました」
 部屋は衣裳部屋なのか、沢山の着物があった。上質とはいえなく、ただ派手な柄。
「どんなお店なんでしょう?」
 首を傾げつつ、緒水が適当に見繕っていると、女の声が聞こえた。
「ようこそ」
 にっこり微笑む女は婀娜っぽい。切れ長の瞳に派手な化粧をしている。
「私はどのような仕事をするのでしょうか?」
「ああ、うちは飲み屋だ。客のお酌をすればいい」
 淡々と話す女は緒水に化粧を施す。
「暗い店内だからね。白粉はたいて肌の白さで酌女がいる事を教えなきゃね。客は酔ってるんだからわからないときがあるのさ」
「そうなのですか」
 繁華街にいる事に気付いた緒水はそうなのかと納得する。
「アンタ、名前は?」
「市原緒水と申します」
 女が紅を筆に取りつつ尋ねると、緒水はあっさり答えた。女は黙り込んだ。
「いかがされました?」
「いや、市原家と言えば武家だろ? 意外だなと思ってね」
「私も気を失ってしまって‥‥恥ずかしい限りです」
 しゅんとする緒水に女は「そうかい」と優しく微笑む。
 店に出て、女の指示で奥の個室にいる男の酌をするように言われた。
 その男は薄明かりでも分かる美形だった。ただ、左のこめかみに傷があったのが気になった。
「別嬪さんじゃねぇか、酒とお茶、どっち飲む」
「あ、お茶で‥‥」
 女の話では、店主の付き合いのある商人との事。
 身形もよく、気風のいい男だ。
 だが、少しだけ‥‥危うく感じる。
 世間話をしつつ、どうして店に出る事になった経緯を緒水が話せば男は笑う。
「なぁに、一日二日ここでちょっと働いていけばいい。やな思いはするだろうが、笑って吹き飛ばせばいい。すぐに迎えが来るから。布団を貸してもらった恩返しと思えばいいからよ」
「そうですね。お客様はどこの商人様で?」
「理穴だ」
「そうなのですか、私、他に国に行った事ないんです」
「そうかい、一度来るといい」
 その話はそこで打ち切って、男から店での客のあしらいを教えて貰っていた。
 終始、緒水は笑顔だった。


 店が終わり、緒水は仕事をした充実感を抱きつつ、薄っぺらい布団で眠った。

「可愛い娘さんだったじゃねぇか」
 店の外で緒水が相手をした男が二階で眠る緒水を思う。道の影から現われたのは緒水に化粧を施した女。
「ギルドには近くの子供に使わせ、至急依頼を立てるようにしております」
「ったく、あの店もとんでもないモン拾ってきやがって‥‥」
「しかし、先に救出した方がいいのでは‥‥」
 女の言葉に男は困ったような顔をする。
「俺たちが訳分からんまま連れ出して怯えさせるだけだ。それなら開拓者に盛大に大暴れしてあいつ等が何してるか白状させればいい。開拓者と多少交流あるから近くにいれば怖さも感じないだろう」
「キズナといい麻貴といい、昔からああいうタイプに弱いですね。寝る時も笑顔でしたよ」
 女があと一人の名前を出さなかったのは男への配慮。
 それでも、男の古傷が疼いた。

 緒水が朝起きると、自分の世話をしてくれた女が消えた‥‥


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志


■リプレイ本文

 武天の開拓者ギルドに集った開拓者達はそれぞれ険しい表情を見せていた。
「しかし、どうして緒水さんはそんなところに‥‥」
 口に出したのは滋藤 御門(ia0167)。
「依頼をしてきた奴からの手紙には近道をしようと繁華街に入ったところで攫われたようですね‥‥」
 溜息混じりに依頼をしてきた者が書き示した手紙を読みつつ、真亡雫(ia0432)が答える。
「うら若き女性を、拉致し強制労働させるなど‥‥現時点では市原のお嬢様の身に差し迫った危険はないようですが、早急に手を打ちましょう」
 ぴんと、背筋を伸ばし、凛としてよく通る高音の声は御簾丸鎬葵(ib9142)のもの。白野威雪(ia0736)は鎬葵の澄んだ金瞳の中にある情熱と優しさの色を見て頷いた。
「まずは甘味屋さんを探すのが先決なんだよ!」
 ぐっと、拳を握るのはフレス(ib6696)だ。
「やってもいいよね‥‥」
 ぼそりと呟くのは壁際に背を預けて立っている輝血(ia5431)。いつも通りの様子をしているが、腕を組み、どこか遠くを見ている。たった一言で分かったのは怒り焦りを無意識に閉じ込めた感情。きっと、輝血は気付いてない。
「いいと思います」
 即座に返したのは珠々(ia5322)だ。キリッと、効果音すら聞こえる。
 珠々も人参以外は基本、冷静沈着ではあるが、彼女達シノビがこうも感情を出しているという事を興味深くも見ているのは溟霆(ib0504)だ。
 被害者である緒水が現状を把握していなさそうだ。なんだか今後が面白そうだと思案する。
 視界を動かすと、フレスに「気をつけて」と声をかけている御門を見て溟霆はそっと口元を緩める。
 人とは成長していく姿が面白いのだ。



 とりあえずは証拠集めというのは全員の一致。
 雫は緒水が攫われた所から探そうとしていた。
 此隅にだって甘味屋が多々あるが緒水は天南という名前を出していた。受付嬢から三京屋という店に行くといいと言われ、店に行くと、天南は朱藩に行っているという事だったか、番頭が雫に丁寧に接してくれた。
 教えてくれたのはすぐ近い甘味屋で、手伝いだろう子供達が元気よく呼び込みをしていた。
 看板娘がひょっこり顔を出すと、雫は緒水の事をそれとなく聞きだし、娘は笑顔で頷いた。また後で来ますなどと言いつつ、その場を辞して道なりに歩く。
 すぐに繁華街の入り口があり、聞き込みを始める。

 フレスは目的の店の中心で聞き込みをしていた。
 あまり評判はよくないらしく、時折男の怒号や女の泣く声が聞こえたりすると聞いた。
 親分の後ろ盾があるせいか、誰も何もいえないらしい。
 客に対する詐欺はないとの事。
「どうして聞くのって? ちょっと働いてみたいんだよ」
 にこっと笑うフレスに全員が「それならウチで」と言ってきたが、今はそれどころではないので、笑顔でかわしていた。

 ある種ダイレクトに店の軒下に潜り込んだ珠々は掃除をしている音に耳を澄ます。
「頑張るな」
「はい、今日もよろしくお願いします」
 聞こえたのは緒水の声だ。楽しそうで元気そうだ。
 連れ去られているのを知っているのなら掃除をする余裕などはない。本当に緒水は知らないのだ。
 更に珠々は奥へと入り、他の娘たちの様子を窺がう。
 やはり、帰りたいと声を殺して布団の中に蹲って泣き啜っている。
 男達の部屋の方へいくと、売り上げの話をしているようだ。
 素人の別嬪ばかり集めているので客引きも上々、また娘達に金を渡してないのでその分儲けが自分達の方へと入るので上機嫌のようだ。
 また引っ張り込もうと男が立ち上がった。
 路地裏の影で御門もまた人魂で中に潜入させて珠々と同じものを見聞きした。
 親分にばれないようにしないとなと、品のない笑い声が部屋に響いた。

 店の前で様子を窺がっているのは溟霆。
 どうにも動き出すのは昼のようで今頃店の中が動き出したようだ。
 緒水が出てきて、店の前を掃除し始めた。あまり手馴れていない所を見ると、自宅の女中の見よう見真似なのかもしれない。入口付近に男が監視しているが、逃げないように監視しているだけのようで、緒水が自らやっているようなものだ。
「楽しそうだねぇ」
 くすりと溟霆が笑えば、別の男が店から出て、そのまま後を追った。

 緒水が掃除を終えて上に上がったのを見計らって、輝血が店の前をうろつく。
 溟霆の姿がない事からきっと誰かが行ってしまったのだろう。
「お? 姉ちゃんどうした?」
 男が輝血に声をかけると、輝血はしょんぼりと俯いてしまう。
「‥‥どこか、働かせてもらえるお仕事はないかと‥‥」
 瞳を伏せてから一度輝血は男を見上げる。儚げに縋るように。
「俺のところで働くか? 結構貰えるぜ?」
 見ているのは輝血の顔ではなく、身体であったが‥‥

 雪は此隅の街をうろつきながらどうしようか思案していた。
 市原家に事情を伝えると、両親は雪をはじめとする開拓者達を知っており、酒場での緒水の様子も知るとどこか困ったように微笑み、自分達を信じてくれた。
 これからどうしようかと考えて路地裏に入ろうとした瞬間、出会い頭に男が出てきた。
 額から頭に突き抜ける衝撃に雪は眩暈を覚えた。視界の奥に目を見張る溟霆が見え、雪はそのまま意識を手放した。
 男は雪を路地裏に連れ込みその向こうに置いてあった荷車に乗せて荷車引いて戻っていった。
 隠れていた溟霆はなんともいえない確率に呆然とするしかなかった。
 丁度雫も聞き込みの途中だったのか、それに居合わせていた。
「今のは‥‥似たような男がああやって連れて行ったと、聞きました」
 雫が言えば、溟霆が頷いた。
「‥‥あの二人が此隅にいなくてよかったと思うよ。うん」
 二人がいたら死確定したなと溟霆が呟いた。


 鎬葵は親分に先に会っていた。
 女一人、任侠者の拠点に乗り込むというのは中々度胸がいるものだ。
 店の者達に怒りを静かに燃やす鎬葵は一家の者達を黙らせる程の美しさを出していた。
「ウチの者達がか‥‥」
 ふむと親分が思案する。初めて会う鎬葵が嘘をついているとは思えないが、寝耳に水も同然。
「詳細、裏付けは現在仲間が調査中です。此方としては親分さん御自身でも実態を把握していただく」
「カタギのお嬢さんにそんな事をさせていたとすればウチの面汚し。そんな事があってはならねぇ。こちらの方でも調べましょう」
「話を分かってくださり助かります。他所者の開拓者が一方的に処断する事は親分さんの面子を汚す事になります。私としても避けたい事です」
 そっと鎬葵が瞳を伏せると、親分が一人の方を見た。一人の男が立ち上がり、外へ出て行ったが、すぐに戻って来た。
「開拓者ギルドから依頼を受けた開拓者さん達が‥‥」
 鎬葵が振り向けば、御門や雫達がいた。
 まず、口を開いたのは御門だ。
「店の二階に女性を四人監禁しております。全員合意を得た者はおりません」
「手口は女性に声をかけて気を失わせて路地裏に引っ張り込み、荷物に偽装して運んでます。周囲の証言もあります」
 次には雫が手口について話した。
「周囲のお店から女の人に怒鳴っている声とかが聞こえるって言ってたんだよ」
 フレスの言葉に親分の顔が険しくなる。
「まだまだ話は出てきそうだが、こんな事はさっさと終わらすに限る。行くぞ、おめえら!」
 さっと立ち上がった親分は鎬葵に頭を下げる。
「疑ってすまねぇ」
「私は仲間を信じただけです」
 鎬葵はそっと瞳を閉じた。


 少し時間を巻き戻し、店に入った輝血は緒水と二人きりになった瞬間を狙う。
「緒水、あたしは今、ギルドの依頼で来てるんだ。ここに重要な人が来るって話でね。今、緒水とあたしは知らない人同士。わかった?」
「お、隠密ですねっ。わかりました。頑張ってください」
 キラキラと目を輝かせた緒水に輝血はどうツッコミを入れようか悩んだが、納得してくれたようで一応は安心した。
 なんというか、本当に退屈だったんだろうなと輝血は思う。緒水は今とても楽しそうだから。
 屈託のない緒水の笑顔に輝血の毒気も抜かされてしまう。
「こいつの世話も頼むぞ」
 男に言われたのは雪の世話。
「よ、よろしくお願いします」
 ぺこりと雪が二人に頭を下げた。
 雪の額の赤みに輝血の眉がひきつった。
 他の娘達は男達に対してびくびくしており、緒水はそんな娘達に笑顔で声をかけていたりしていた。
「本当、よい方ですね」
 小声で呟く雪に輝血はちょっと呆れつつだが、放って置けないんだよなぁと、緒水を遠巻きに見つめた。
 開店時間となった夜頃、緒水はちょっとだけそわそわしつつ、入口を見ていた。
 どうしたんだろうと、輝血と雪は思ったが、仕事には支障がなかった。
「あ、親分、いかがされて‥‥」
 男の一人が親分の登場に気付き、他の男達が娘達を隠そうと駆け出して緒水の腕を掴もうとした瞬間‥‥
「汚い手で緒水に触んないで」
 一般人と早駆を使ったシノビの早さなど一目瞭然。輝血はさっと、男の腕を返した。
「いでぇ!」
「その娘さん達はなんなんだ、娘を隠そうとしてどういう了見だ」
 ぎろりと親分が睨みを聞かせると男達はおどおどしながら言い訳を口にする。
「娘達が働きたいと‥‥」
「何故、俺に言わない」
「そ、それは‥‥」
 更に突っ込まれてどう言い返していいか悩む男に溟霆が娘の一人に近づき、にっこり笑う。
「痛い目にはあわせないから」
 そう言って、叩き過ぎの白粉を手拭いで拭う。
「これは昨日今日出来たものだよね」
 溟霆が言って見せたのは娘の頬に出来た赤み。
 日焼けではない。叩かれてできる赤みだ。往復でやられたのか、両の頬がはれているのだ。
「女性の顔になんて事を‥‥親分さん、これは店の取り潰し、彼等を一家から追放し、娘さんの家の謝罪くらいの事はしないとなりませんよ」
 雫が厳しく言えば、親分が頷く。
 ふと、御門が見つけたのは雪の姿。彼もまた気付いた額の赤みに。
「親分さん、鷹来折梅という方は存じておりますか?」
 御門の静かな問いかけに親分は頷く。
「此隅の繁華街ではまだ存じている方もいると聞きました。その方の大切な御友人‥‥いえ、いずれは孫となる方の額に傷をこさえた話を耳にされたら如何されるかは理解できますよね」
 親分の顔から血の気が引くのが誰から見ても理解できた。
「‥‥やっぱり恐ろしいのです」
 ふるふる震える珠々の隣で鎬葵が「どんな人でしょう」と呟く。
「怒らせたら怖い天女様です‥‥」
 珠々の意見は全員一致だったようだ。



 無事に娘さん達は家に帰してくれる事になり、店は取り潰しで店の男達は全員一家を追われ「落とし前」をつけさせられた。
 親分の落とし前も恐ろしいが、その後ろで睨みつけている美しい蛇に射抜かれたかのように震えていた。
 緒水はというと‥‥久々に会う人達、新しく会う人達に喜んでいたが、親分の怒鳴り声で自分が浚われた事を知った。
「でも、全く恐ろしくなかったんです」
 娘さん達の怯えっぷりには違和感はあったが、よくわかっておらず、今納得していた。
「特に無事でよかったですよ」
 苦笑しつつ御門が緒水に微笑みかける。
「緒水ってほんと脳天気なんだから。まぁ、そいうところがいいんだけどね」
 輝血にとっての緒水は渇きを癒す水のようなものかもしれない。輝血のほの暗いところも知らず、日の光の下で微笑む緒水は輝血にとってなくてはならないものかもしれない。
「危ない所を歩いて心配する方はたくさん居りますよ」
「緒水ねーさま、悪い人にいそうなところにいっちゃダメなんだよ! でも、今回で勉強したし、これからは大丈夫だよね」
 鎬葵とフレスが言えば、緒水はしゅーんとうなだれてしまう。
「すみません‥‥あの甘味屋さんの近道だったんです」
 悲しそうに謝る緒水に溟霆が仕方ないなと、微笑みかける。
「一緒に甘味屋さんに行こう。僕達は折梅君達の代わりはできないけど一緒に甘味を食べることはできるからね」
「そうですよ。私も御一緒します」
 雪が緒水に微笑みかけると、緒水はあっと思い出す。
「皆さんに甘味をごちそうします!」
 勿論、自分が働いて貰ったお給金で。
「しかし、そういうわけには‥‥」
 困ったように言う雫だが、緒水は奢る気満々。
「ごちそうされましょう!」
 遠慮なく言ったのは珠々だ。
「珠々ねーさま!?」
「こういうものは心意気、その人の気持ちを優先しなくては」
 驚くフレスに珠々がきっぱりと言い切る。
「そうだね。けど、緒水君の分は僕が払うからね」
「え、それでは意味がありません」
 溟霆の言葉に緒水が声を上げる。
「そうだね、頑張ったから好きなの頼むといいよ」
 輝血も言えば、緒水は可愛らしく唇を尖らせた。


 日を改めて、甘味屋へと皆で向かう。
 緒水がお気に入りの甘味処に行くと、看板娘と小さな子供達、親父さんが出迎えてくれた。
 皆がそれぞれ頼むと、ふと雪が思い出して緒水に声をかける。
「緒水様、今回のお勤めはお疲れ様でした。働いてみてどうでしたか?」
「分からない事ばかりで戸惑いましたが、初めてのお客様がとても良い方だったのですよ」
 ちょっと不安そうだった緒水もその客を思い出すと笑顔となる。
「どんな方だったのですか」
 鎬葵が餡蜜の抹茶入り白玉を頬張る。
「とても優しくて、お話し上手な方でした。よく見えなかったのですが、薄い茶の髪のとても格好のいい殿方でした。髪が一房だけ長くて、左のこめかみに傷がありました」
 最後の言葉に何人かが心当たりがあった。
「それって‥‥」
 雫の呟きに輝血がため息をつく。肯定のため息だ。
「あと、随分武家に詳しい方がいました。私の家の名前まで存じてたようで。次の日にはいなくなってましたが‥‥」
 外見の様子を緒水が言えば、珠々が頷いた。
「お仕事中はどんな事をそのお客さんと話してましたか?」
「えと、酔客のあしらい方や理穴の方だったので、理穴の草木染めのお着物のお話をしてました。後、ちょっとだけ折梅様にお会いできない事が寂しいと‥‥」
「その方はなんと仰いましたか?」
 御門がフレスの口についた餡を拭きつつ尋ねる。
「今日の出来事を書いて手紙を出してみればいいと」
「優しい方ですね」
「はいっ」
 雪の言葉に緒水は満面の笑顔を見せた。屈託なく笑うその横顔を輝血は眩しそうに見つめている。

「火宵‥‥ですね」
 甘味所を出て、御門が呟いた。
「もしかしたら、折梅さんや沙桐さんの周囲を調べている可能性があります」
 ずっと真直ぐ見つめる珠々の言葉に溟霆が同意する。
「彼は何をしようとしているのでしょうか」
 雫の記憶に残る、抜け出した遊女と男の敵討ち依頼で会った男の姿。緒水の話を聞けば、合致しているのだ。
「何を持って信念とするか、それは僕達の信念とはすれ違うところにあるんだろうね」
 溟霆が見つめるのは楽しそうに前を歩いている緒水とフレスと鎬葵の姿。

 後日、緒水は出来事を手紙にしたためて繚咲の折梅へ手紙を送った。