【負炎】筋違いの礫
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/06 23:17



■オープニング本文

 理穴監察方の一人である羽柴麻貴は一枚の紙を見せられてきょとんと、緑の瞳を瞬かせて紙を見ていた。
 紙にはお世辞にも上手いとは思えない文字がのたくり、こう書かれていた。

 森による利穴の混乱は全てお前の所為

 簡素に言えばそう書かれている。
 おまけに金品を持って保障しろだの筋違いもいい所だ。
「なんだよこれ!」
 元から保存がよくなかったのだろうか、皺になっていた紙が麻貴の手によって更に皺くちゃ以上に破かれてしまいそうだった。
 慌てて同僚が麻貴を止めようとするが麻貴は怒りを顕にする。アヤカシによる攻撃で自身の運命を悲観しているものの反応ではないだろうかと同僚が言いつくろうが、麻貴はとても不満顔だ。
 今は同僚の手にある紙を睨みつけている。
「にしては悪意あるようだけど?」
 儀弐王は力なき民の為に森を焼き払おうとしている。国の主として勇ましく前線に立ち、アヤカシと戦っているのだ。
 町の治安のよさも王の尽力の賜物。
 確かに今は苦しいだろう。だが、魔の森を退ける事が出来れば平和が来るのだ。
 儀弐王を尊敬している麻貴にとって腹ただしい事この上ない。
「そいやさ、これはちゃんと飛脚とかで来たのか?」
 思い出したように麻貴が首を傾げる。同僚は首を横に振った。
「毎日投げられているみたい。掃除のおばさんが見つけたの」
「毎日ってのも嫌だな。ちょっと上と話してくる」
 上司との話し合いの結果、人員が避けられないから開拓者を雇えという話になった。
「開拓者か。ちょっと楽しみかも」
 噂に聞く開拓者に会えるのかと思うとにんまりと口元を緩める麻貴だった。


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
八重・桜(ia0656
21歳・女・巫
天寿院 源三(ia0866
17歳・女・志
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
黒森 琉慎(ia5651
18歳・男・シ


■リプレイ本文

●まだいえない
 依頼に応じた開拓者達は理穴監察方の方へ赴いた。案内をしてくれた役人が部屋を出る際にすれ違った役人に役職名を使って依頼主はどこだと言う言葉が聞こえる。
 依頼主にあたる羽柴麻貴は細身であるが、中性的な容姿をした人物だった。
「私は理穴監察方、羽柴麻貴。開拓者の皆さん、依頼に応じて頂き感謝する」
 まだ若いその役人は静かに開拓者達に頭を垂れた。
「このおいらがいるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれや」
 中原 鯉乃助(ia0420)が不敵に笑う。
「野乃宮涼霞(ia0176)と申します。手紙を見せてはいただけないでしょうか」
 礼儀正しく涼霞が言えば、麻貴は手紙を開拓者達に差し出す。
「これで全部?」
 出された手紙は六枚だ。依頼書には五枚とあったが、一枚の分は今日の分だろう。念を押すように言ってきたのは楊夏蝶(ia5341)に麻貴は一つ頷く。
「毎日投げられていて放っていたの?」
「恥ずかしい話だが、これまではいたずらだと思っていたらしい。だからこちらまで報告が上がっていなかったんだ」
 元は役人ではない下働きの女性の発見だったのだが、外の者から見て下働きだろうとも役所に勤めているものは一括りとみなされるから麻貴は黒森琉慎(ia5651)の言葉に言い訳はしなかった。
「こちらの見解は大人の文字で一人の人物に見せかけるようにしているようだ。投げ込まれる時間は見回り時間ではない時間帯を狙っているとみている。宛先は儀弐王宛だと見ているが、ここに投げ込まれるのはここが一番街に近い場所だからなんともな‥‥」
「恨みを持つ人物は?」
 恐れもなく言う天寿院源三(ia0866)に麻貴は頭を軽く横に振った。
「基本は諜報活動で、所属で名声を上げる事はない。あくまで秘密裏で動いているからな。あるとするなら、個人だろう」
「羽柴さんには?」
 紫雲雅人(ia5150)の言葉に麻貴の緑玉の瞳が冷たく細められる。
「あるだろうな。外である奴は死体か檻の中だが」
「内では?」
 開拓者の視線が麻貴に集まる。
「‥‥妬みならそれなりに」
「妬みですか?」
 八重桜(ia0656)が言えば、当人は困ったような呆れたような表情となった。
「そういう人物については今の場では言うものではないな」
「確かに、そのナリじゃそうだろうな。後、はぐらかす理由も」
 若い姿で役職名で呼ばれるという事を見越した黎乃壬弥(ia3249)が人差し指と親指で顎をはさむようにさすりながら誰もいないだろう部屋の出入り口を見つめている。
 だが、麻貴を妬む者であれば、この事が公になれば元も子もないだろう。
「察してくれて助かる」
 苦く笑うように麻貴が礼を言うと、源三が口を開く。
「あの、本当に必要な方はいると思います。寛大な処置が出るようにしてはもらえませんか?」
「保障をするなり何かしらの形は出来ませんかね」
 雅人も源三の後を押すように言えば、麻貴はそっと溜息をついた。
「確かに私も賛同する。だが、実状は今の民の生を保つという所だ。戦が終わるまで難しい。どれだけこの戦が大変か‥‥申し訳ない‥‥」
 大アヤカシとの戦いは酷いものだ。大きな怪我を負ったものも少なくはないのだ。それを思い返してなお言おうとするものはいなかった。
「この件に関して、随時質問には応答する。この件が片付くまで私はここにいる。私の名を出せばここに入れるように話は通しておこう。どうか、宜しく頼む」
 もう一度、麻貴は頭を深く下げた。

●平和の影
 街に出た夏蝶は古びた着物を着て髪を結い上げ、旅人という装いで歩いていた。
 治安がよく、貿易都市となっている奏生は活気があった。まずは食事処に入り、様子を伺う。店の中は明るく、至極普通の食事処のようだ。
「あれ、お客さんは旅の人?」
「ええ、村をアヤカシにね‥‥」
 沈んだ声で答えれば、店員が気遣うような表情となる。
「ここは大丈夫なのかしら? 治安とか」
 顔を上げて夏蝶が訊ねれば、店員はにこっと笑う。
「戦争はいやだけど、王様はちゃんと戦っているからね。自分の店は自分で守るさ」
 近くにいた客も耳に入ってきたのか、話に加わる。
「大丈夫だよ、街は王様がきーっちり纏めているからここの店もまもってくれるって」
 これが全員の意見ではないだろうが、治安のよさからくるものだと夏蝶は思った。
 別の店に訪れていた涼霞は酒を飲んで管を巻くものを探していたが、そこにいたのはやたらといい気分で酒を飲んでいる男。作業着姿を見て、職人と思わしきその男は楽しそうに酒を飲んでいた。
「おおお、別嬪だなぁ! 何だ、俺の話が聞きたいのか」
 目が酔っている男が嬉しそうに涼霞を見る。誰もそんな事は言ってないが、男は随分と嬉しそうだった。
 賭場の借金が返せたという事であったが、賭け事で借金を作るなどとは思ったが、仕事をして返したという事ではあったのがまだマシだと涼霞は思った。
「おう、これからちょっと行ってくるぁ。別嬪さん、またな」
 片手を挙げて男が去ってしまった。
 一方、桜は麻貴お勧めの食事所にいた。
 粉をまぶし、カリッと揚げ焼きにした鶏肉と甘辛く煮た玉葱とその煮汁をかけた焼き物は随分と食欲をそそるものだった。
「んー! おいしいっ」
 幸せそうに白いご飯をかきこむ桜。話は夏蝶とそう大差がないものだったが、分かったのは儀弐王が街の民の為に治安を安定させている事が分かった。

 源三と琉慎は観察方の下働きの女性の所にいた。元気のいい下働きのおばさんは気持ちよく質問に答えてくれた。
「あたしも最初はいたずらかなと思ってほっといたんだけど、毎日のように届くでしょ、気味悪くって」
 話によれば、最初の三日間はほっといたが、四日目で気味が悪くなり、五日目で報告したらしい。
「その間、紙は持っていたの?」
「すぐ捨ててたんだけど、羽柴様がいるというんで、漁って戻したんだよ」
「ふーん、でも、見張りの人がいるのにちょっと変だよね」
 何気なく琉慎が言えば、おばちゃんも頷く。
「ああ、見張りの時間をかいくぐっていると聞いたね。内通者でもいるんじゃないかって。あくまでも噂だから名前も挙がっちゃいないしね」
 肩を竦めるおばちゃんに二人は顔を見合わせた。
 壬弥、雅人、鯉乃助は投げ文が見つかった場所にいた。
「これくらいならまだ普通に投げれるな」
「そうですね‥‥黎乃さん?」
 塀の外にいる鯉乃助が言えば、雅人が頷くが、壬弥の姿がない事に気づく。壬弥は少し離れた路地をぷらぷら歩いていて、曲がってしまうと姿が見えなくなってしまった。
「あれ? どこですか?」
「ん、俺は見えてるよ」
 雅人が曲がった方向に歩けばすぐそこに壬弥がいた。
「死角ですか」
「みたいだな。ここの曲がり角はそうらしい。後、あそこに丁度いい隠れる場所がある」
「ここで隠れてりゃ、大丈夫だな」
 とりあえず、夜見張る為の隠れ場所は決まったようだ。

●迎い撃つ
 最初は雅人、琉慎、麻貴以外が見張りに立つ事になる。
「見回り組には話を通している。冷えには気をつけて」
 そう言って麻貴が六人を見送った。
 そろそろ冬へと入るので、夜はやはり冷え込む。動きやすくかつ、温かい格好をしても身に凍み込む寒さは辛いものだ。
「うう、寒いーっ」
 小声で寒さを訴える夏蝶の両手が包んでいるのは懐炉だ。麻貴が全員にと持たせていた。とはいえ、やはり全身を襲う寒さには負けてしまう。
「寒いですね‥‥」
 涼霞と夏蝶が手を握り合って指先の暖を分け合う。
 それを横目でちらりと見た壬弥が女の子はいいもんだと眺めながら酒をちびりと。流石の寒さ、支障にならない程度に酒を舐める。ちらりと涼霞の視線が冷たかったが。懐の懐炉を頼りにやり過ごした。
 その間、待機時間であった琉慎は一人、酒場の方へ赴いていた。
 アヤカシに村を襲われた青年を装い、琉慎が文句を言い連ねている。近くに座っていた男が気だるげに顔を上げて琉慎を見て、猟を手伝わないかと話を持ちかけてきた。仕事を求めて愚痴っているのかと思い、親切心からのもののようだ。この店にはどうやらそれらしきものはいないと見切りをつけ、話を濁し、琉慎は戻った。
 琉慎が戻る頃には一回目の交代が始まる頃であり、壱班の鯉乃助、源三、桜はいそいそと中へ戻っていった。
 それからまた交代し、三回目の交代の時には空が白み始めていた。
「まだ出てきませんね」
 雅人が投げ込まれた方向を見ている。
「今、見回りが行った頃だな」
 視界を掠めたのは見回り役の姿。あくびを堪えて歩くのは誰もが一緒だと鯉乃助は思った。
 遠くから歩く音がするのに気付いたのは涼霞だ。
「静かに」
 緊張が走り、全員が息を殺す。投げ込まれる場所に立ったのは一人の男。
「あの方は‥‥!」
 姿に見覚えがあったのは涼霞だった。昼に酒場で見た借金を返したと言っていた男だ。
「知っているのですか?」
 源三が聞けば、涼霞が酒場で会ったと言う。
 懐から丸まった何かを取り出した時、夏蝶と琉慎が早駆けで男の方へ走る。
「そこまでよ!」
 琉慎が取り押さえ、夏蝶が地面に転がった手紙を拾い、紙面を広げた。書いてあったのは紛れもなく、監察方へ投げ込まれていた手紙そのものだ。
「放せ!」
「穏便に終わらせたいんだよ」
 朝方の冷えた空気よりも琉慎の声は随分と男の鼓膜を冷えさせた。状況次第では琉慎は男に対して容赦する気はないようだ。
「仲間を呼んでもらおうか」
 冷ややかに壬弥が言えば、男は首を振るだけだった。
「し、知らない! 俺は賭場の奴に言われただけだ! やれば借金がチャラになるって!」
「こんな事、いけないことなのです!」
 叫ぶように男が言うと、桜が叫び、鯉乃助が男の前にしゃがみ込む。
「ひえ!」
「んな、とって食ったりしねーよ。んで、その賭場って所に案内してくんねーか?」
「わ、わかった!」
 呆れた声で鯉乃輔が言えば、男は恐怖で裏返った声を上げた。
 案内された賭場は廃寺を改装したものだった。所々の床が抜けていて、木が腐っていた。壷振りが行われていただろう赤布は皺くちゃになっており、荒らされたような形跡があった。
 雅人と壬弥、麻貴が奥の勘定の所へ走れば、やはり漁られていて、閉じられていたはずの帳面が部屋中にばらばらに撒かれていた。
「拾いますか‥‥」
 雅人が言えば、三人は腰を屈めて帳面を拾い出した。続いて拾おうとした源三が顔を顰める。
 帳面に隠れた床に走る一閃の血。

●わがままでごめんね
 一度監察方に戻り、皆は麻貴が用意した部屋で予め懐炉にて温められた布団を被って体を休めた。日が昇りあがった頃に起き上がった涼霞が一番に起きた。似たような頃合に壬弥と雅人が部屋から出てきた。
「あら、お酒を召してたので、こんなに早く起きるとは思いもよりませんでした」
「‥‥頼むから言わないでくれ」
 前にもこんな事を言ったような気がすると思いながら壬弥が涼霞にお願いをする。向かう先は麻貴の部屋だ。
「羽柴様、野々宮です。入ってもよろしいでしょうか」
 部屋の中からどうぞと、聞こえたので涼霞が部屋に入れば、そこにいたのは不機嫌な顔をして帳面を整理いる麻貴の姿。その向かいには寝転がっている投げ文の男。
「‥‥おはよう。よく眠れたか?」
「ええ、お気遣いありがとうございます‥‥お休みになってはいないのですか?」
 涼霞が尋ねると、麻貴はこっくり頷いては眠そうに目を擦っている。
「ずっと帳面を?」
 手にしている帳面を見つめて雅人が言う。
「手伝ってもらってた‥‥」
 どうやら本当に眠いらしく、声もふやけたようなものになっている。寝る前の子供のようだと思いながら壬弥が麻貴を見つめると、何か違和感を感じた。昨日の硬質な中性的美形のイメージとは少し違う‥‥ああ、胸元が少し肌蹴ているからかと納得をした。
「あれ? 羽柴殿は女だったのか?」
「壬弥さん、失礼ですよ」
「気づかなかったんですか?」
 涼霞に睨まれ、雅人に呆れられ、壬弥はしどろもどろになってしまう。勿論、麻貴の方を見るのも怖い。
「あっははははは!」
 当人は大きく口を開けて笑い出した。三人が呆気にとられていると、他の面子も麻貴の部屋に来た。
「あー、起こしたか悪かった。こう見えて女だよ。ウチの王様は女だけどさ、やっぱり男社会なんだよな。ナメられたくないしさ。まぁ、褒め言葉として受け取っとく」
 にやりと笑う麻貴は悪戯っ子のようだ。

 その後、帳面と借金の為の証文、文を投げ入れた男の証言を元に借金が多い者を当たれば、人数分が出てきた。誰もが、借金をチャラにしてくれるという条件の下で書いて投げていた模様。
 指図したのは隣の部屋にいたので分からない模様。だが、声は二人分だったという。
「‥‥そいつが犯人か‥‥」
 鯉乃助が悔しそうに呟く。空っぽの賭場を思い出せば手がかりが少なすぎる。
「いいや、君達は十分な働きをした。本当に助かった」
 首を振って麻貴が礼を言えば、夏蝶や桜が悔しそうな表情となる。
「‥‥また、君達を頼りにする事になると思う。憶測で物を言いたくない為に君達には不信に思えざるを得ない事をするやも知れない。だが、私を信じてほしい」
 静かに麻貴が言うが、緑玉の瞳は言葉よりも雄弁に思えた。