ちょっくら狩ろうぜ!
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/17 20:25



■オープニング本文

 神楽の都の一件より、武天の羽衣館へ移動した麻貴と沙桐は先に行っていた架蓮と滞在していた折梅と合流し、一年に一度の団欒を楽しんでいた。
 その後に、沙桐の幼馴染の天南や麻貴と沙桐の両親の友人である倉橋葛も現れた。
 天南からの贈り物である毎年恒例の新しい浴衣を着て双子はぐーたら過ごしていた。
「暑いなぁ‥‥」
「さっき、西瓜で涼をとっただろう」
「お前は涼しいだろうな」
 じろりと沙桐が自身の膝に目を落とすと、そこには同じ顔がある。沙桐の右手は忙しく緩やかに動いており、持っていた団扇より風が麻貴に送られている。
「うん、涼しい」
 きっぱり言う麻貴に沙桐が膝を立てた。
「うわ!」
 ごろんと、麻貴が沙桐の膝から転げ落ちる。
「何するんだっ」
 麻貴が言えば、沙桐は無言で団扇を麻貴に渡し、自分は麻貴の膝に頭を乗せる。交代だという事に麻貴は少々憮然としつつも、大人しく従う。
 くすくすと笑い声が聞こえ、二人が振り向くと、馴染みの仲居さんがいた。
「すみません、あまりにも仲がよろしくて、微笑ましいので‥‥本題を‥‥本日の夕食はいかがなさいましょうか」
 仲居の一言で二人はどうしようかと悩む。
 最初の頃はあれやこれやと注文していったが、長く滞在すると、どうしてもネタにつまる。
「どうしようか‥‥」
 くじ引きにするか? お任せするか。
「ばあ様達に聞いてみるか」
 二人が後で伝えるとだけ言って、二人は祖母の下へ。
「ばぁ様、今日の夕食は何にしましょうか」
 二人の祖母である折梅は物語を読んでいたようで、書物から目を離す。
「何読んでいるのですか?」
 麻貴が折梅の傍らに座る。
「これは開拓者の活躍を物語にして綴ったものです。山に潜伏しているアヤカシを見つける為、何日も山に入り、自分で食料を得てアヤカシを倒すというお話です。中々面白いですよ」
「あ、この作者、知ってます。理穴にも売ってて、義姉上が読んでいるんです」
「まぁ、葉桜さんも愛読を?」
 麻貴が住まう理穴の家には麻貴の姉がいる。本来は従姉に当たるが、麻貴は姉と呼び、母のように姉のように慕っている。
「このお話の開拓者の中には砲術士と呼ばれる方もいらっしゃって、見事な遠距離射撃で鳥を打ち落とす描写もあるのですよ」
「そういやばぁ様、砲術の狩猟に興味持ってたよね」
 沙桐も後ろからひょこっと折梅の書物を覗く。
「ええ、ちょっと面白そうでして」
「狩猟なぁ‥‥」
 ぼんやりと麻貴が天井を向くと、にゅっと、葛の顔が現れる。
「あ、葛先生」
「どうしたの」
「晩御飯どうしましょうか」
 麻貴がそのままの姿勢で言えば、葛も考える。
「話が聞こえたけど、自分達で捕って来て、作ってもらったら?」
「それだ!」
 麻貴と沙桐が顔を合わせる。
「どうしたの?」
 天南と架蓮もやって来て、麻貴から事情を聞く。
「面白いじゃない。いっちょ捕って来るわ!」
 腕まくりする天南に麻貴も一緒に行くと立ち上がる。
「お待ちなさい。今日は美味しい川魚が入っていたと聞いております。本日はそちらにして、後日猟をしましょう」
 折梅が言うと、子供達は「はーい」と返事をする。もう成人となっているが、折梅にしては葛すらも子供同然。
「あなた達、誕生日でしょ。ついでにお祝いして貰いなさい」
 折梅が懐より一通の手紙を取り出す。麻貴と沙桐が見覚えのあるものにあっとなる。
「別に祝ってもらうというよりは‥‥」
「労いたいよな」
 二人が顔を見合わせると、横から鋭い視線が突き刺さる。
「つべこべ言わず、一筆書いてきなさい」
 もにょる双子に折梅から厳しい声が響くと、二人はぱたぱたと走っていった。


■参加者一覧
/ 滋藤 御門(ia0167) / 音有・兵真(ia0221) / 劉 天藍(ia0293) / 俳沢折々(ia0401) / 鷹来 雪(ia0736) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 黎乃壬弥(ia3249) / 紫雲雅人(ia5150) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / 沢村楓(ia5437) / からす(ia6525) / 玖堂 紫雨(ia8510) / 和奏(ia8807) / 和紗・彼方(ia9767) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 不破 颯(ib0495) / 御鏡 雫(ib3793) / 黒木 桜(ib6086) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / 羽紫 稚空(ib6914) / 笹吹 雅(ib6968) / 羽紫 アラタ(ib7297


■リプレイ本文


 開拓者達が羽衣館に着き、それぞれが挨拶と双子への祝辞と挨拶を済ませていた。
 初めての出会いも再会も楽しいもの。
 一際異彩を放つのは玖堂紫雨(ia8510)。
「折梅殿や片翼つがいの鷹には我が氏族の緋蒼の双子がお世話になっております」
「兄上殿‥‥ですか?」
 妖しくも美しい時雨は麻貴の問いに艶笑を崩し、扇で優雅に口元を隠す。
「【句倶理の民】、第十二代当主・紫雨と申します」
「では、双子の‥‥」
 折梅が言えば、紫雨は微笑む。

「狩るからにはやはり大物狙いよな!」
 寛ぎの一時にそう言ったのは黎乃壬弥(ia3249)。きゅっと、冷酒を喉に流し込む。
「狩りってのはなぁ、仕込みに始まり、連携から仕留めるまでが戦ってもんだ!」
「大きいものを狙うと大掛かりなのですね」
 酔っ払いの話に付き合うのは同じく酔っぱ‥‥いえ、少々酒を嗜んでいる折梅。
「それはそうだ。大きい分、暴れられると大変だからな」
「森の景観を壊さない為に効率よく獲物を仕留めるのは大事な事だ」
 音有兵真(ia0221)と劉天藍(ia0293)も話に入ってくる。
「森を守る為に速やかに将をいるのですね」
「将を射るにゃ、馬を射よってぇ、昔の人はいい事を言ったもん‥‥むぐ!」
 ノリノリで更に語ろうとする壬弥の肩の上に足をかけ、子猫宜しく着地したのは黒猫‥‥珠々だ。
「一狩いってきます」
 もそもそと珠々が装備しているのは鉄爪「三毛猫」。
「黒猫が三毛猫?」
 麻貴がひょっこり顔を出す。
「金猫さんがこれないから二人分なのです」
「たしか、犬とか勢子衆に追ってもらって、姿を見せた所を射ると‥‥記憶しております‥‥」
 幼少の頃、お座敷犬と一緒に狩りを眺めていた記憶を頑張って思い出しているのは和奏(ia8807)だ。筋金入りの箱入りとわかる。
「君は?」
「俺? 剣術の山篭りの一環で鷹来の山に連れて行って貰った事があるよ」
 からす(ia6525)が沙桐を振り向けば、沙桐はあっさりと答える。
「ボクは麻貴様と一緒に行く。みかどんは救護班だし」
 和紗彼方(ia9767)が言うと、麻貴は彼方を抱きしめ、沙桐に質の悪い笑みをよこす。妹のように可愛がっている彼方が麻貴に付くのが悔しい模様。そんな様子を白野威雪(ia0736)がはらはら見守る。
「さぁさ、今晩は名残惜しい所でお開きにしましょ」
 手を叩いて葛がお開きを宣言する。
「確かに」
 琥龍蒼羅(ib0214)が頷いて席を立つ。
「もうちょっといいだろー?」
「睡眠薬仕込むわよ」
 壬弥が言えば、葛はちろりと壬弥を見やる。
「明日は新鮮で美味しいご飯ゲットするよー!」
 麻貴達から暫く会わない内になんだか大人っぽくなったと評された俳沢折々(ia0401)だが、中味は美味しいご飯大好き、面白い事大好きは変わらない。
 明日は早くから狩りである。

●軽やかに
「まずはあまよみで本日のお天気確認です!」
 そう言い出したのは礼野真夢紀(ia1144)。目を閉じて、あまよみ開始。むむーっと、顔を顰めつつ、真夢紀が天気を読む。
「っぷは!」
 一気に天気を読みきった真夢紀が眼を開ける。眼を閉じていたついでに息を止めていたようだ。
「空の様子はどうだ?」
 真夢紀のあまよみの終了を待った御鏡雫(ib3793)が尋ねると、真夢紀はにっこり笑顔で快晴を伝えた。
「それは良かったです」
 雫と一緒に架蓮が皆に持たせる為の生姜蜂蜜水を作っていた。
「蜂蜜の糖分があるから、通常で作り、俺達の氷が溶けたら疲れた身体に丁度良いと思うんだ」
 巫女の弖志峰直羽(ia1884)も一緒に作っており、真夢紀と力を合わせて氷を作っている。
 一方、滋藤 御門(ia0167)、雪、黒木桜(ib6086)、セフィール・アズブラウ(ib6196)、天藍、葛、折梅は御樹青嵐(ia1669)の指揮下で皆のお弁当作りを行っている。
「お塩は少し多めに。疲れている時は水分も大事ですが、塩分も大事です」
 刻んだ青菜入りの玉子焼きを青嵐が焼いている。
「天藍、すみませんが、落し蓋をしている煮しめの様子を見てください」
「分かった」
 摘めるちょっとしたお弁当をという事で、俵結びにインゲンの胡麻和え、煮しめに青菜入りの厚焼き玉子という献立。麦茶と蜂蜜生姜水を持たせる。
 輝血(ia5431)、珠々(ia5322)、紫雲雅人(ia5150)が飲み水を探しに出ているので、更に安全は整えられるだろう。
「煮しめは折梅様の味付けを教わりました」
 煮しめの味付けはセフィールが昨晩行い、味が濃くも懐かしい味わいだ。
「珠々さんのお弁当がどうなっているか楽しみですね」
 ふふっと、笑う折梅に山の奥で三毛猫もどきの黒猫がくしゃみをした。

「こんなもんかなぁ」
 山の入り口付近で罠の道具になりそうなものを集めていた不破颯(ib0495)が戻ってきたシノビ達に声をかける。
「お、早かったねー」
「ええ、ここは猟師の出入りも多く、道も分かりやすかったです」
 秀麗な容姿に反してへらっとした颯に穏やかに答えるのは雅人だ。
「いい匂いがするね」
 調理の匂いに気付いたのは輝血だ。
「女性陣がお弁当を作っているようだよ」
「お弁当は開けるのが楽しみなのです」
 珠々が言えば、麻貴が皆を迎えに来たようだ。

 朝食を終え、狩り班は支度を整える。皆に弁当が配られた。
「弁当か。助かる」
 思いがけない差し入れに蒼羅が礼儀正しく頭を下げる。
「お気をつけてください」
 母のように微笑む折梅にあまり表情を崩さない蒼羅もつい、口元を緩ませる。
「健康的な朝なんざどれくらいぶりだぁ」
 準備運動に身体の筋を伸ばしつつ、壬弥が言う。
「飲んだくれだねぇ。シャキッとしなよ」
 雪から弁当を受け取った天南が壬弥に言う。
「狩り班の皆は頑張ってね!」
「直羽さんは行かないの?」
 片目を瞑り、直羽が見送ろうとすると、沙桐が首を傾げる。
「草食系男子だもの、狩りとか怖いし☆救護班で頑張るネ♪」
 右人差し指と中指を開き、目に合わせて直羽がポーズを取る。
「ああ、悪さして青嵐さんに狩られるのが嫌なんだ」
 麻貴が呆れた風に言えば、青嵐がほほうと、呟き、直羽が慌てている。その向こうでは羽紫稚空(ib6914)にお弁当を一緒に食べようと誘っている桜の姿があった。
「朝、姿が見えなくなってたのって、作ってたからか」
「うん‥‥‥‥一緒に食べたいなって‥‥」
 想いが通じ合って色々と頑張ってきた稚空には嬉しいもの。
「三人で仲良く食べような♪」
 いつの間にか、稚空の肩を抱き、羽紫アラタ(ib7297)が会話に参加する。
「三人分もあるから、アラタもね!」
 まだまだ恋愛発展途上の桜に先ほどの発言は恥ずかしく、顔を赤くして誤魔化すように笑う。

●山に躍りて
「うっさぎさんー♪ うっさぎさんー♪」
 楽しそうに山道を入っていくのは笹吹雅(ib6968)。
「楽しむのもいいが、気をつけろよ」
 あまりにも浮かれているのが気になったのか、蒼羅が声をかける。きょとんと雅が蒼羅を見て、嬉しそうに頷く。
「うん! あ、うさぎさんだー!」
 頷いたのも束の間、雅は遠くの兎を見つけ、走り出した。頭を抱える蒼羅に麻貴が肩を叩く。
「私も行く。何かあれば連れ戻すよ」
 苦笑する麻貴に蒼羅が頷く。
「何かあれば声をかけてくれ」
「じゃ、おっ先ー!」
「行きます」
 オトモ? と突っ込みたくなるように彼方と珠々が走り出した。
「二兎を追わなければ何とかなるだろう」
 麻貴と蒼羅達のやり取りを見つつ、からすが罠をかけているようだ。
「雅の行った方は安定ある方だから大丈夫だよ。何かとデカブツがいそうなのはあっち」
 今朝の下見と共に輝血が指を差す。
「猟犬代わりに飛ばしましょう」
 召喚したのはジルベリアにいるような猟犬だ。
「壬弥さん、こっちに足跡がある」
「木に糞の跡があるから、野鳥が飛ぶ経路だな」
 足跡を確認した沙桐と木を見ていた兵真が壬弥に声をかける。
「大きさからして、猪っぽくない? 新しいから多分、この辺にいるね」
 更に天南が言えば、壬弥が不敵に笑う。
「猪ならいう事ねぇな。この四人なら何とかなるか」
 ずかずか壬弥が歩き出し、三人もそれに従う。
 野を駆けるのは雅人だ。
 昔の勘を取り戻すにはありがたい話でもある。早駆けを使い、障害物を飛び避け、三角跳を使用せずにしなやかな竹を伝って高さを取り、更に高い所を飛ぶ野鳥めがけて苦無を投げた!
「え!」
 確かに苦無は野鳥に当ったが、同時に矢が突き刺さったのだ。
「あ、読売屋」
 着地場所を確認していると、少し遠い所の竹薮から弓を構え、少し呆けた麻貴の顔が見えた。
「いたんですか」
「二人とも命中だね、さっすが!」
 麻貴に勘を取り戻す姿を見られ、何だか気恥ずかしく、麻貴達に声をかけたが、彼方が、二人で射た野鳥を拾って二人を誉める。
「‥‥どうも」
 やっぱり気恥ずかしい模様だ。
「殆ど音もなかったから、仕事に支障はないな」
「‥‥まだまだですよ。貴女は普段刀使っているのにその腕で射たほどなんですから」
 ほら、腕を出して下さいと雅人が言うと、がっしりと麻貴の怪我をした方の腕を掴む。
「いっっ!!」
「架蓮さん、和紗さん、この怪我人を救護班まで!」
「はい!」
「畏まりました」
 雅人の勢いに彼方と架蓮が麻貴の両脇をがっちりガードして、麓の救護班まで下ろしていく。
「麻貴さんは怪我をしたのですか?」
「ええ、今、連れて行かせました」
 ちょっと離れていた所で狩っていた珠々が雅人に声をかけた。
「私、少し奥で狩ってますね」
「分かりました」
 珠々が言うと、雅人が頷き、二手に分かれる。

「これは‥‥蝉?」
 きょとんと呟くのは和奏だ。昔読んだ本を呼び起こしつつ、色んな生き物を見て回っていたようだ。
 箱入りだった窮屈な世界から飛び出した和奏にとって、外遊びは初めてなので、楽しいようだ。
「凄いな、外って」
 眩しそうに和奏が空を見上げた。少し休憩をとって、和奏は更に奥へと進む。
「うわああああ!」
 叫び声が聞こえ、和奏は走り出した! その方向へ向かうと和奏はぽかんと、見上げる。
「楽しいの?」
「楽しくない!」
 和奏の問いに即座に返したのは大きな網から叫ぶ壬弥だ。
「随分大物がかかったな。熊の様なものじゃないか」
 物陰から現れたのはからすだ。
「からすちゃんが仕込んだの?」
 沙桐が言えば、からすが頷く。
「不破が通りかかったんで、一緒に手伝ってくれた。しかし、もじゃもじゃだな。毛や皮を剥げば食えるか?」
「そのままボケを続けるなー!」
「ちょ、壬弥さん、変なとこ触んないでよ!」
 網の中でもがく壬弥の後ろから天南の声がする。どうやら、一緒にからすが仕掛けた大網にかかった模様。
「でこぼこしてないから分から‥‥痛でぇ!」
 天南に太股を抓られた模様。これは痛い。斧を持った沙桐が網を切り、二人を乱暴に降ろす。
「この辺り、猪がいるようだ。手伝ってくれるか?」
「ゼロ距離射撃でいいなら」
 兵真が声をかけると、からすが不穏な発言を口にし、和奏は頷く。大物狩りに参加できるのはちょっと胸が高鳴る。


 救護班の拠点近くではセフィールが猟銃を手にしている。
「まぁ、セフィールさんは砲術をなさるのですね」
「本分にございます」
 手早く銃の準備をしているセフィールが言う。
「実際に見るのは初めてなんです」
「それでしたらこちらをどうぞ」
 セフィールの手の平にあるのは耳栓。セフィールが折梅の耳に耳栓を入れて、鼓膜を守る。
「念の為、耳をふさいでください」
 身振り手振りでセフィールが言うと、折梅は頷く。
「では、参ります」
 少しの沈黙の間、ばさっと、羽ばたく音がした。距離がかなりあるが、鳥銃「遠雷」には丁度いい距離だ。
「逃がしません」
 その一言と共に放たれた弾丸は見事命中した。
「まぁ、お見事です」
 無邪気に笑う折梅にセフィールは「恐れ入ります」と丁寧に頭を下げる。野鳥を回収した後、折梅はそっと手を合わせる。
「命の恵み、あり難く頂きます」
 折梅の姿勢にセフィールは温かい気持ちになった。


「麻貴様、無茶をしないで下さい」
 溜息交じりで治癒符を行使するのは御門だ。
「‥‥鳥を射ようとしたら、応急手当するつもりだったんだよ」
「逃げ出そうとしたくせに?」
 しっかり雫に見張られている麻貴は何も言うまい。
「みかどん、ごめんねーっ」
「黒い着物だから気付かないのは仕方ないよ」
 麻貴がにっこりと微笑むと、折梅に睨まれて麻貴が恐縮する。
「火照りにどうぞ」
 真夢紀が氷水で絞った手拭いを彼方に渡すととても冷たくて火照った肌には嬉しいもの。
「本当に麻貴ちゃんって、無茶するんだね」
 葛や雪と一緒に山菜と薬草をとってきた直羽が現れる。
「まぁ、麻貴様、大丈夫なのですか?」
 心配そうに雪が駆け寄ると、大丈夫と麻貴は笑う。
「薬草も取ってきたの?」
「ええ、葛先生や御鏡様、弖志峰様もとてもお詳しいので、勉強になりました」
「可愛い女の子に言われちゃうと照れちゃうなー☆」
 雪に誉められて直羽は上機嫌だ。雫と葛が薬草のより分けを行っている。
「沙桐に斬られない様にな」
 麻貴が言えば、直羽はたらりと、背中に冷や汗をかいた。
 そんな様子を紫雨と折梅がくすくす笑いながら眺めていた。

 釣り班は上流でのんびり天藍が釣りを楽しんでいた。先ほど、上手い事に鮎が何匹か釣れて釣果が取れて嬉しそうだ。
「今度は山女魚だね!」
 ぱしゃんと、水を跳ねて天藍の下に来たのは山女魚。天藍が振り向くと、人数分のみずなを取ってきた折々がいた。
「そっちも大量だな」
「うん! 働かざる者食うべからずだからね!」
 みずなを抱え、折々が笑う。少し天藍と話して救護班拠点に戻る。
 穏やかな下流では羽柴アラタ、稚空双子と桜が釣りをしていた。最初はアラタが桜が釣りをする事に大丈夫か? と言っていたが、稚空がゆっくりと教えてくれるので、何とか形だけは整った。
「うーん、中々釣れないのです‥‥」
 落ち込む桜に稚空は優しく慰めるが、稚空はアラタと一緒に競い合うように釣っていっている。
「やっぱり、私も釣りたいので‥‥えっ」
 桜の釣り糸がくいっと、糸が引いている。
「やった! ようやっと‥‥え」
 最初は軽い糸引きだったが、段々強くなっている。
「桜、良かった‥‥桜!」
「きゃぁ!」
 糸引きは強くなり、あまり力を入れてなかった桜はそのまま川の中へと引っ張られる。
 大きな水しぶきを立てて桜が落ちてしまう。
「桜!」
 稚空が叫び、川の中へ入る。いきなりの事で桜は川の上でじたばた暴れている。さっと桜を抱きしめようとする稚空だが、恐慌状態の桜には更にパニックにさせてしまう。
「いいから落ち着け!」
 ぎゅっと、稚空が桜を抱きしめると、桜はようやっと我に返る。
「大丈夫か」
 稚空が抱き上げた桜を見下ろすと、桜は呆然と稚空を見上げている。
「見事な溺れっぷりだ」
 アラタが苦笑すると、稚空に手を差し伸べる。手をとり、稚空は桜を抱きかかえ川から上がる。
「おい、大丈夫か!」
 上流から騒ぎに気付いた天藍が走ってきた。
「ああ、大丈夫だ」
 アラタが言えば、敷物代わりにしていた稚空の上着を桜に被せる。
「ずぶ濡れだな。折梅さんに言えば、着替えを貸してくれるだろう」
 天藍が心配すると、稚空が頷いて桜を抱きかかえていった。
「ったく本当になんでこう見事に溺れるんだよ」
 抱きかかえられている桜は申し訳なさと、稚空と密接している事にまた頭の処理が追いつかない。
「‥‥す、すみません‥‥助けて頂いて、有難うございました」
 ようやっと言えてほっとした桜に稚空がこっそり微笑む。
「わ、如何されたのですか!」
 真夢紀がずぶ濡れの稚空と桜に気付き、慌ててしまう。
「着替えを借りたいんだ」
「まぁ、大変でしたでしょう。着替えなら沙桐さんのと天南さんのをお使い頂ければ」
 折梅が二人を労わり、宿へと戻る。

「うっさぎさんー♪ うっさぎさんー♪」
 雅がお弁当のインゲンの胡麻和えをウサギに与えつつ、お弁当を食べる。一緒に出くわした珠々も一緒に食べる。
 作った人物が自分に過去何度も「仕掛けてきた」ので、ついつい、警戒心が高まる。恐る恐る珠々が弁当箱を開けると‥‥
 弁当箱を掲げ、勝利をアピールした。
 俵お結び、インゲンの胡麻和え、青菜入りの卵焼き、煮しめは椎茸、里芋、こんにゃく、蓮根。
「いいこと あった?」
 おずおず雅が尋ねると、珠々はもくもくお弁当を食べながら頷く。
「あい、あうぃまふぃた!」
 食べながらだったので、イマイチ分からなかった雅だが、珠々が嬉しそうなので、よしとした。

 治療のあと、再び突貫した麻貴と彼方は大捕り物に出くわす。
「壬弥さんだ!」
「沙桐兄様もいるね」
 捕り物をしているのは猪と鹿。どうやら、こっそり仕掛けて失敗したようだ。
「しかたねぇな! 力押しだ!」
 壬弥がそう言い出したからには失敗だろう。和奏に突っ込もうとする猪に麻貴が弓を引く。瞬時に猪の両目と眉間に矢と苦無いが投げ込まれた。
 彼方と思った麻貴だが、彼方は和奏を助けていた。
「やるな」
 ウサギを持った蒼羅が苦無を投げたようだった。眉間は颯の矢。彼も兎を肩に背負っている。
「お見事だねぇ」
「そっちこそ。しかしこの苦無はいいな」
「架蓮の予備の苦無を借りたのだったな。苦無を作る専用の職人が鷹来家にいるそうだ」
「ほう」
 手裏剣を持って来なかった蒼羅は狩りに参加しない架蓮の苦無を借りていた。
「鹿が向こうに逃げたようだよ」
 颯の言葉に麻貴が追おうとすると鹿が罠に嵌り、転倒した。猟犬が飛び出し、鹿を押さえて輝血が止めを刺す。
「見事だな」
 蒼羅が呟くと、聞こえていたらしい輝血は「当然」と言う。中々生き生きしているので、かなり楽しんでいる模様。後から出てきた青嵐は輝血がとっただろう、野鳥二匹を担いでいる。
「麻貴、これ、あんた達の贈り物だよ」
 輝血が宣言すると、麻貴は嬉しそうにありがとうと言うと、輝血はちょっと口を尖らせてそっぽを向いた。
 猪ではまだ格闘が行われており、壬弥が先陣切って槍を猪の右前足の付け根に鎌を突き刺す。
「今だ!」
 全員が一気に猪に止めを刺す。遠くから颯も参加している。
「‥‥食べられる所残しているんだろうな」
「切り分けるからいいのではないですか」
 ぽつりと、蒼羅が呟くと、やっぱり呆れた雅人が合流し、答えた。


 宿の前では、直羽が氷の塊と格闘中。
 何かを削っているようだ。
「‥‥何作ってるんだ?」
「氷の彫刻だよ! つがいの鳥をイメージしてるんだよ」
 呆れた天藍が言うと、直羽がてへっと笑っている。
「‥‥」
「らぶだけはめいっぱい込めているんだよ!」
 直羽が言っても中々信憑性が出てこない。首らしきものがごりっと、削れた。
「‥‥手伝うから貸せ」
 呆れつつもやはり天藍は面倒見がいい。

 狩り組が戻り、直羽は双子を呼び出す。
「らぶだけはいーっぱいいれたからね!」
 出来上がったのは寄り添う鳥の彫刻‥‥とギリギリわかるもの。仕上げは天藍の器用さに掬われた。
 思いがけない贅沢な贈り物を二人で一緒に見れるということに双子はとても喜んだ。
「ありがとう、直羽さん」
「一緒に、自由に飛べる時が来るように俺もこの世界を守るからね」
 双子が礼を言うと、直羽が答えた。
「‥‥その時が早く来れるように研鑽します」
 真摯に沙桐が言うと、人の感情をしっかり読み取れる直羽ははっとなる。
「思いつめたらダメだよ。何かあれば、俺達が力になるから」
 直羽が優しく言えば、沙桐は小さく頷いた。兄弟のような二人を見て、麻貴は目を細めた。 

 天藍が作った冷やし飴を飲んで一息つく。材料まで持ってきてくれたが、勿体ないと宿の方から供された。
「命の糧に感謝を」
 からすの一言を代表として、捕ってきた獲物を弔ってから下処理が出来る面子が捕まえた獲物達の血抜き作業を行う。
「内臓どうする?」
「捨てるものじゃないのか?」
「新鮮なら食える。あまり美味くはないが」
「食える奴が食っちまえばいいんじゃねぇの?」
「味噌か塩に漬け込むか?」
「干すのもいいぞ」
「見た目がアレだからな。食う時に食える奴で網囲って食えばいいんじゃないか」
「ハツ食いたい」
「小腸を味噌でつけるとばあ様が喜ぶ」
「何でも食べるんだね」
「早くしないと日が暮れますよ」


「ただいまもどりましたー」
「おかえりー」
 ひょっこり戻ってきた珠々に血まみれ割烹着姿の沙桐が声をかける。
「これ、狩ってきました」
 ばっと、珠々が取り出したのは綺麗な芙蓉の花。
「わー、ありがとう! 麻貴! 珠々ちゃんからこんな大輪の芙蓉を貰ったよ!」
「おお! ありがとう、珠々ちゃん」
 双子に頭を撫でられたり抱きしめられたりと珠々は忙しかったが、笑顔に出来でみっしょんこんぷりーとと、ぐっと、拳を握った。

●塒出の鷹
 血抜きが終われば、皆でざっと昼の汗を流す為に温泉に入る。
「‥‥‥」
 呆然と兵真が見上げるのは断崖絶壁。多分、建屋二階分はあろう高さだ。その上に女湯がある。
 汗を流して風呂上りの雫が冷たい蜂蜜生姜水を貰う。
「はー。美味しい」
「理穴の養蜂所を訪れた時に特別に教えてもらったんだよ」
 麻貴が言えば、真夢紀の髪を拭いている雫がなるほどと頷く。

「わー! ごちそう!」
 ぱぁあああっと、一段と楽しそうに叫ぶのは折々だ。
「食べごろにございます」
 給仕をしているセフィールが天ぷらだの山賊焼きだの所狭しと並べている。
 皆で捕ってきたものを皆でわいわい食べるのが何よりも美味しい。
「揚げびたしがたくさんです!」
 真夢紀が一番楽しみにしていた茄子の揚げびたしもしっかり入っていて、嬉しそうに頬張る。
「沢山あるんだから、慌てなくていい」
 隣に座る雫が優しく言えば、真夢紀はこくりと頷く。
「新鮮はいいな。美味い」
 アラタが食べていると、着替えた稚空と桜も頷く。
「麻貴様、沙桐様。僕と彼方ちゃんからの贈り物です」
 去年貰った根付けは二人とも愛用しており、今年は矢車菊の外套留だ。きょとーんと、双子は顔を見合わせ、くすくす笑う。
「ありがとう。二人とも」
 二人の贈り物が切欠で、贈り物を持ってきた面子が次々と渡しだし、わいのわいのと皆でおしゃべりをしている。

 託された贈り物を渡し終え、若い者の輪を抜けた紫雨は折梅と二人で語り合っているのはここにはいない蒼緋の双子の事。
「まさか、来られるとは思いも寄りませんでした」
 くすっと微笑む折梅に紫雨は折梅の杯に酒を注ぐ。
「一度、貴女に御礼申し上げたかったのですよ」
「私は句倶理の氏族の掟を変えよと唆した狸と思われていたと思っておりましたのよ」
 折梅が微笑むと、とんでもないと紫雨は笑う。
「貴女のような礎があるからこそ、我が娘は走り出したのです」
「彼女にもその対にも幸多からん事を私は祈る事しかできません」
 杯に目を落とす折梅に紫雨は彼女の若かりし頃がどんなに苦労をしてきたか、我が娘を重ね見た。

 沙桐を呼び出した雪は緊張した面持ちで沙桐に差し出したのは雪花柄の鍔。
「か、簪のお礼です。私もこの桐の簪のように‥‥貴方を護る者でありたいと思います」
「‥‥刀は傷つけるものだ。君に血を浴びせる事になる」
 静かに沙桐が言えば、雪ははっとなる。
 場所によっては人の命が食べ物より価値が低くくなるこの世。刀とは血を浴びるものだ。そして、沙桐の過去に勘付いたのはこの羽衣館だ。
「私は傍に居させてほしいと願いました」
 凛と言い切る雪に沙桐は苦笑する。
「君にはいつも感心させられる。君のような人がいて嬉しい」
 鍔を受け取った沙桐はぎゅっと、握り締め、「ありがとう」と言った。

 なんだか落ち着かないのは彼方だった。
「どうした?」
「沙桐兄様のお邪魔できないなって」
 麻貴が尋ねると、彼方が少し拗ねたように答える。
「兄ならば、甘えたっていいだろ。ま、今日は彼方ちゃんを私が独り占めできて嬉しかったけどな」
 ふふふふんと不敵に笑う麻貴に彼方がくすくす笑う。
 珍しく輝血がお酌しているのは葛の杯。
「葛先生って、麻貴達を取り上げたんだよね」
「そうよ」
「ちっちゃかった?」
「あのまま出てきたら嫌」
 無垢な輝血の問いかけに葛が丁寧に答えていくのが面白くて、青嵐がこっそり笑う。

「沙桐兄様!」
 戻ってきた沙桐と雪の姿を見つけ、彼方が声をかける。
「彼方ちゃん、食べてる?」
「うん」
「彼方様は昼間、架蓮様と共に怪我をした麻貴様を連れてきて下さったんですよ」
 雪が言えば、沙桐がぎょっとする。
「彼方ちゃん、大丈夫? 麻貴暴れなかった?」
「大丈夫だよ」
「ありがと、連れて来てくれて」
 沙桐が優しく彼方の頭を撫でると、嬉しそうに笑う。
 やっぱり、甘えたかったようである。


「あの双子は一筋縄じゃいかねぇようだな」
 壬弥が折梅の傍に来てお酌をすると、折梅は微笑む。
「皆様あって、あの二人がおります。本当にありがたい事です」
 壬弥はくつりと笑い、葉も火もない煙管を咥えた。