【堕花】陰から日向へ
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/27 18:46



■オープニング本文

 理穴首都より少し離れた所にある温泉地。
 温泉が湧き出て、湧き水が流れ、緑豊かな村だ。
 山の奥には養蚕なんかをしており、絹糸も作っている。
 最近では梅の実が膨らんできており、梅酒作りには丁度いい時期でもある。
 平和な村にちょっと異変が起きた。
 温泉が止まってしまったのだ。
 原因が分からなく、困り果てる従業員や村人達。
 確かに財源の一つではあるが、現在、貴族の人達が来ているのだ。
 村を統治している氏族に縁故ある貴族らしく、下手がばれたら怒られてしまう。
 慌てた所にその貴族の人に見つかってしまった。
「もももももももうしわけありませんっ」
 その場で平伏し、地面に額が擦れんばかりに頭を下げる宿の主達にその貴族は困った顔をし、頭を上げさせる。
「そう怯えないで下さい。あるものはいつかなくなります」
「ですが、ぴたりと止まるのはおかしいのです‥‥」
 貴族の人はあまり立ってられないのか、膝を付いて屈み込んでしまう。今回の貴族の逗留はこのご夫人の為にあるのだと聞いた。元から病弱であり、今回もようやく回復した為、気分転換に湯治へ連れて来て貰ったとの事。
「そうなのですか‥‥では、ウチのシノビに調べさせてみましょう」
「え?」
 きょとんとなる宿の主は顔を上げると、その場には小袖姿の少女がご夫人に控えていた。
「お願いね」
「はっ」
 まるで少女のように無邪気にお願いするご夫人の言葉は少女にとって絶対の命。
 瞬時にその場から消えてしまった。

 早駆けで源泉の方に向かうと、何かその方向で水音にしてはおかしい音がした。
「何?」
 顔をしかめる少女が更に向かうと‥‥
「な、何アレーーーー!!!」
 絶叫してしまった少女が見たのは‥‥
 それはそれは見事に紅い尾頭付き鯛に見事な脚線美が生えていた!!
 しかも、獲物を狙っているのか、温泉を楽しんでいるのか、泳いでいる。複数が!!!
「あ、アヤカシ‥‥だよね」
 結構何でもあると思っていた少女だが、これはナイと思った。
 呆然としていると、次は何かがざばりと水面から出てきた。
「な!」
 蚕だ。それも巨大蚕。
 そいつは少女に気付き、ふっと、口から何かを走らせる。
「わ!」
 慌てて飛び退る少女のすぐ脇を何かが走りぬけ、確認したらそれは白い糸。蚕は一匹ではなく、三匹も!
 もう一匹が少女を狙おうとした瞬間、苦無が蚕に刺さる!
「蔓君、行くぞ!」
 叫んだのは美青年だ。顔を知っている少女‥‥蔓はその美青年の方に走る。
「麻貴様、危ないです!」
「気にするな、アレはアヤカシだな」
「はい」
 走りながら二人が現状を確認する。
「柊真と沙穂が私達が使っている源泉の方を確認したが、どうやら、土砂崩れのようなものが起きたようだ」
「じゃぁ、あのアヤカシたちが?」
「土が支えきれなく、地崩れみたいなものを起したのかもしれない」
 蔓の言葉に麻貴が頷く。
「あんなデカブツじゃちょっと相手にしきれない。開拓者を呼ぶ。今、沙穂が向かっている」
「分かりました」
 きゅっと、顔を険しくする蔓が頷いた。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
志宝(ib1898
12歳・男・志
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲


■リプレイ本文

 開拓者達はとりあえず里に着くなり、現場へと向かった。
「‥‥脚線美なら負けません」
 そう呟いたのは御樹青嵐(ia1669)だった。
「男が先に言う台詞ではないだろう」
 きっぱりツッコミを入れたのは柊真だ。楊夏蝶(ia5341)の相棒である蒼風を撫で撫でして可愛がっている。
「青嵐さんの為にまるごとおかしらつきと網タイツを用意するべきだったな」
「そういう張り合いは美しくないよ」
 麻貴が本気なのか冗談なのか分からない事を言い出すと、冥霆(ib0504)が軽く窘める。
「じゃぁ、女装ならいいって事?」
 首を傾げる夏蝶に冥霆が頷く。
「女装をいうのは欺く為のものだよ。出来が良ければ良い程穏便に相手を夢へ誘う事ができるじゃないか。当然、本当の女性の方がいいけどね」
「その考えは好きよ」
 青嵐の肩に乗っている管狐の白嵐を可愛がっているのは沙穂だ。可愛がって貰っている白嵐は上機嫌だ。
「しかし、輝血。いつの間に子供を? 相手は青嵐さんか?」
 本気のボケをかますのは麻貴だ。言われた輝血(ia5431)は冷めた目を麻貴に向ける。
「人妖だよ。挨拶しな」
 輝血の後ろに控えている人妖の文目に声をかけると、ぴょこんと、文目が前に出てぺこりと麻貴に一礼。
「はじめまして、いつも輝血様がお世話になってます!」
「世話してるのはあたしだ」
 奇妙なボケとツッコミが確立しているようだ。
「おお! 噂の人妖か!」
「文目といいます」
「初めて見た! 本当に可愛いな! む、カズラさんの傍にいるのももしや!」
 猫可愛がりする麻貴に文目はどうしていいものか主の輝血を窺がうが、主は知らん振り。一方、葛切カズラ(ia0725)が自分の人妖を紹介する。
「そうよ、初雪というの」
「麻貴 ボクが来たからもう大丈夫だ」
 クールに決めるのはボーイッシュな容姿の初雪だ。
「あ、狛!」
 志宝(ib1898)が忍犬の狛がいなくなっている事に気付き、きょろきょろ見ていると、ちょうちょを追いかけていた模様。
「ほら、お仕事だよ」
 当の狛はなんのこと?といわんばかりに首を傾げている。
「情報通りのアヤカシの数ですね」
 人魂で偵察をした滋藤御門(ia0167)が意識を戻すと、溜息をつく。
「それなりにアヤカシは見てきたと思ったのですが、中々面妖ですね‥‥」
 人魂を通して面妖なアヤカシを見たのか、御門の頬が心なしかげっそりしており、白野威雪(ia0736)が労わっている。
「温泉を阻むものは、たとえ友達といえど容赦しませんっ!ましてやアヤカシなんて、ぺいっと殺っちゃいます!」
「前にウチの新人、フルボッコにするくらい執念あったよな」
 ぐぐぐっと、意気込む珠々(ia5322)に柊真が水を差せば、珠々の背中がつぅと、冷ややかになる。
「とにかく、そろそろ目的地になるよ」
 案内をしている蔓が言う。一緒に歩いているレティシア(ib4475)はニンジャの蔓に興味津々。愛犬のミルテが見ている為、ミーハーな所は封印の方向で。
 開拓者のシノビもいるが、蔓のように主を持ち、仕えるニンジャが興味あるようである。
「もうそろそろ、でしょうか」
 セフィール・アズブラウ(ib6196)が言えば、全員に緊張が走る。色んな意味で。



 現場に着いた開拓者達は愕然とするしかなかった。
「あれ、何」
 呆れたような現実を放棄したような声で呟くのは夏蝶だ。
 本当に立派な尾頭付きの鯛に足が生えている。多分、開拓者に気付いているのかもしれないが、自身の足を誇示するかのように温泉を泳いでは足を見せびらかしている。
「これ以上のさばらせてはいけない」
 前に出た沢村楓(ia5437)は温泉荒ぶるもう何も怖くないポーズを決めている。しなやかな両腕を上げ、右手に持っている桶には相棒が入っている。風呂に入る気満々だ。
 巨大蚕が楓に気づき、ふっと、糸を吐くが、全員がさっと散る。
「きゅーべぇ、君に決めた!」
「白嵐、頼みましたよ!」
 振りかぶって楓が相棒のきゅーべぇを投げつけ、青嵐が白嵐に風刃による攻撃を頼む。
『きゅー☆』
『きゅっ』
 きゅーべぇが温泉の中に飛び込むと、身を捩り、バリバリと雷を走らせた。その雷を更に押すのは白嵐の風刃。雷と風の刃の二重攻撃に動きは弱まったものの、まだ蚕は動く!
「ふう、連携で行くわよ!」
 夏蝶が蒼風に声をかけると、蒼風は主の信頼に応える為に一吠えした。
 雪が紫苑に無茶をしてはいけないと声をかけると、一歩前に出て舞うのは神楽舞「武」。夜の如く黒い杖を振り上げ、杖の名の通りに埋め込まれている七つの宝珠が淡く輝き、振るえば、輝きが流れ星のようだ。
 まず走るのは蒼風だ。巨大蚕から見て犬は小さいものだろう。そのまま蚕の方に走り、飛跳躍で跳び、前足に装備している「氷裂」で蚕の身体を引き裂こうとする。冷やりとした冷気に身を捩じらせ、蚕は蒼風に糸を吹き付けようとするが、蒼風は見事に跳躍しており、糸を喰らうことなく、向こう岸へ降りた。
 蚕の意識が蒼風に向いている間に奔刃術を発動させ、雪の神楽舞の加護を受けた夏蝶が蒼風に糸を吐いている蚕に向かって夜宵姫を振り上げ、そのまま斬りおとす。
 ざぶりと一匹が倒れると、もう一匹が夏蝶に糸を吹きかける。
 気が付いたが、避けるには遅すぎる!

 ぱしゃ  ん

 微かな水音と共に黒の風が夏蝶を攫う。
「無防備な女性に漬け込むのはいい傾向ではないね」
 肩越しから蚕に嘲笑うのは冥霆だ。
 蚕を掠めた冥霆の動きを見極め、矢を番えるのは志宝だ。放った矢は改心の矢となり、口を貫き、糸を吐かせるのを阻止させる。
「頭にならもう糸は吐けないだろ‥‥って、まだ動く?!」
 蚕は頭を貫かれてもまだ動いている。
「ふん、図体でかいだけあるね」
 鼻を鳴らすのは輝血だ。
「全くだな。志宝君、援護を頼む。」
 偵察時と装備を変え、複数の矢を番えた弓を構えるのは麻貴だ。志宝も矢を番え、二人が一気に矢を放つと、蚕に当たり、蚕は身体の違和感に身を捩じらせ、暴れているが、動きは鈍っている。
「上出来だね」
 輝血の跳躍と共に脚絆「瞬風」の中の宝珠が発動し、空中を駆ける様に跳躍し、影を発動させ、そのまま刃を振り下ろした。
「輝血様、すっごいです!」
 文目が目をキラキラ輝かせているが、輝血は白けた眼差しをしている。
「自分で回復できるからいいか」
 至極、主は冷たい。
 他の蚕を呪縛符で捕縛したのは御門だ。
「援護します」
 淡々と遠距離援護をするのはセフィールだ。
 相手は一発で仕留められるものではないと学習し、動きを鈍らせ、他の近距離攻撃者がきちんと仕留められる様に弾丸を撃ち込む。
「銀河! 今です!」
「クロさん、お願いします」
 クロさんが蚕を睨み付けると、鎌鼬が発動され、蚕の身体を切り刻む、翼を広げて御門に応える銀河が強射を発動してから飛翔し、握っている桜の枝を突き刺した。それが留めとなり、三体目が倒れた。
 最後の一体は青嵐が呪縛符で動きを鈍らせ、柊真と沙穂が雷火手裏剣で体力を削っている。
 ぐらりと巨体が揺れたその隙に嶺渡の身体が輝き、珠々の大風車に力を与える。最後の抵抗とばかりに糸を吹くが、蔓が風神で吹き飛ばした。
「行きます」
 思いっきり大風車を珠々が投げつけると巨体が倒れた。
「いくらちびっこズでも、金猫さんと歌を歌って飛びさてさせては一大事です」
 謎な決め台詞を珠々が決めた。

 問題は蚕が倒されても我関せずと泳ぎ続けている鯛‥‥うん、魚類。
「あ、あんなふうにおみ足を出すだなんて‥‥っ」
 顔を赤くして窘めるように言うのは雪だ。
「敵ながら中々の脚線美です。乙女として負ける訳には行きません」
 鯛と対峙しているのはレティシア。皆が蚕と戦っている間、鯛が逃げ出さないようにカズラ、志宝の相棒の狛が見張っていたのだ。
 レティシアは黒を基調としたブラック・プリンセスのスカートの裾を持ち上げた! クリスタルハイヒールで足元を飾り、たくし上げたスカートより露になる細く、太陽の光よりも眩しいレティシアの美脚!
 より魅惑的に見せるため、レティシアが足の向きを斜め四十度左に向ける!
「五度正面である事が大事です」
 蚕との戦いを終えた男性陣がその勝負に勘付いた!
「レティシア様! は、破廉恥です!」
 美脚勝負に持ち込もうとするレティシアに雪が叫ぶ。
「‥‥でも、ここは人として競うべきでしょうか‥‥」
 ぐっと、巫女袴を掴む雪に男性陣数名が反応する。
「そ、そのような訳には‥‥!」
 一人葛藤する雪に輝血がむぅと唸る。
「脱げば沙桐を羨ましがらせられるのに」
「尚更ダメです!!」
 沙桐の名前に雪が真っ赤になってしまう。
 今はそこじゃないだろう。
 美脚であろう夏蝶、輝血は勝負には乗らないらしい。
「ま、巨大なカタツムリが出ないだけマシかもね〜」
「ではどうぞ」
 青嵐がタコ糸に括りつけた海老数匹をのんびり鯛の様子を見ていたカズラに渡す。
「昔の人は面白い事を本当に良く気づくわ〜〜」
 のんびりとした言葉とは裏腹にカズラが糸を投げると、レティシアとの美脚対決中の鯛達が海老に勘付いた!
 所詮はアヤカシ、食べ物に反応し、一匹ずつがぱくりと鯛に飛びついた!
「ああ! 海老が!!」
「後で用意しますから!」
 嘆く麻貴に青嵐が叫ぶ。
 鯛の癖に隙を見出せなく、苦心していた珠々がようやっと動き出した!
 貯めていた奔刃術を発動させる為に早駆で鯛の方へと走り出す。
 ぱらりと手を開いた珠々の指に挟まれていたのはいつもの獄道ではなく、符「稲荷神」。
 符を飛ばすと、青白く発光し、鋭い風が鯛達を源泉に叩きつける!
「源泉って結構熱いわよね‥‥何で動けるのかしら‥‥」
「アヤカシだからじゃないですか‥‥」
 呆然と呟く夏蝶の疑問も確かであるが、御門の答えもまたそれしかないだろう。
「お約束は守らないとね」
 くすっと笑うカズラは慎重に式の動きと周囲の物を計算し、火炎獣を呼んだ!
 炎の狼を召喚し、珠々を通り抜け、炎が魚達を撫で、弄る。
 見事にこんがり焼けた魚達がぷっかり源泉に浮かんだ。
「しかし、復活しないだろうか」
 ぽつりと呟く楓の不穏発言に全員がアヤカシが消えうせる様を眺めていたとか。


 綺麗にアヤカシが消えた後は宿でのんびりする事になる。
 開拓者達がアヤカシ退治をしている最中に村人達が温泉の修復工事を行っており、宿に戻って、茶を一服していた。
「皆様、温泉の前にお茶を一服して下さいませ」
「お疲れ様です」
 金子家の奥方と東家の若奥方が茶と茶菓子を用意しており、麻貴と沙穂と蔓が大慌てで自分達がすると言って騒いだりしている。
「奥方様も東家のご夫妻も元気になられて良かったです」
 御門が声をかけると、三人が笑顔で頷く。
「やっぱり、元気が一番よね!」
 蒼風に労いの肉を与えているのは夏蝶だった。他の面子も相棒に御褒美を与えている。
「輝血様‥‥」
 文目だけが主ではなく、麻貴から貰っている。輝血は知らん振りで茶を飲んでいる。
「そういや、温泉は相棒連れてっていいんだよね!」
 ぱっと志宝が尋ねると、麻貴が頷く。
「修復とはいえ、突貫工事にも近くてな。本来相棒ダメだが、今日は特別だと言っていた」
「クロさんは入れるんですか?」
 セフィールが尋ねるとクロさんはふいっと、そっぽを向く。気分次第という事かもしれない。
「ウチの紫苑もそのようですね」
 くすくす笑う雪の膝の上で紫苑がくあっと、あくびをする。

 温泉は温浴ではない事を教えて貰ったが、どうにも落ち着かない御門は温泉を桶に組んで銀河の身体を洗う為、龍達がいる場所にいた。
「あれ、冥霆さんに麻貴さん」
「御門君に習おうと思ってね」
「手伝おう」
 三人が二匹の背中を流している。
「麻貴様、ちゃんとお休み貰ってますか?」
 思い出したように御門が麻貴に尋ねると、麻貴は貰っていると答えた。
「この間も、大きな捕り物に借り出されてな。二徹してしまったから、柊真に家に放り投げられてしまった」
「カタナシ君ももう少し色気のある送り方をしてもいいだろうに」
 苦笑する冥霆だが、仕事忙しさがどれほどのものか察しがついてしまう。
「この機会にのんびり甘えるのもいいと思いますよ。杉明様や柊真様もいますし、僕だっていいんですよ」
 御門が言えば、麻貴は驚いたように目を見張る。
「いつも御門君に甘えているぞ? 御門君は気付いていないだろうが、君という風ががいなければ私は飛べず、今の結果はありえないと思っている。君だけじゃない、冥霆君達がいるからこそだ」
「それは嬉しいね」
 独穿の背中を流し終えた冥霆が笑う。
「君達は時折、沙桐が出している依頼に入っていると聞く、より沙桐を近く感じられて嬉しいんだ」
 笑顔の麻貴がどれだけ嬉しそうなのかすぐに分かる。本当にあの片翼を想っているのだ。

 先に温泉を楽しんでいる組は一服の後、温泉に入った。
「うっふふ〜。初雪、成長したかしら〜〜?」
「ぼ、ボクは人妖なんですーー!」
 主自ら人妖の身体を洗うと言い出したカズラが濡らした手拭いで石鹸を泡立てて初雪の身体を洗いつつ、身体検査を始めている。
 そんな様子を文目がじっと見つめている。限度が無いとはいえ、主に構ってもらえるというのが同じ人妖としてちょっと羨ましいようだ。
「文目さん、一緒に飲み物を飲みませんか」
 いそいそと珠々が用意したのは生姜のはちみつ漬けを氷水で割ったものだ。
「あら、氷? 雪さんが用意したの?」
 夏蝶が言えば、雪は首を振る。
「里には氷室もあるの。分けてもらったのよ。大人には蜂蜜酒もあるわ」
 沙穂が言えば、セフィールが人数分を用意していた。
「へぇ、いいね」
 どうやら輝血は蜂蜜酒に興味がわいた模様。
 広い湯船で女性陣がのんびりと浸かる。
 レティシアは風呂上りのミルクを頼んでいるらしく、それを飲む為に小さな氷を口の中に放り込む。
 ちろりと珠々が気になるのは蔓の体型だ。
 話を聞けば、一つ年下らしく、背もあまり変わらないが、胸はまだぺたんこだが、背が珠々より高いが、体型全体は蔓の方がしなやかな細さで手足が長い。
 胸だけの部分では珠々が心の中で安堵する。背丈では一つ年上のレティシアよりも上だったりする。
「蔓は将来、細身で背が高くなりそうだね」
 珠々の心の中を察知したのか、輝血が言う。
「に、人参で背が大きくなるなんて都市伝説です!」
「何でも丁度良く食べるのが大きくなるのよ」
 程よい背丈に豊満な肉体のカズラが言えば、珠々はうっと唸る。
「むー、満遍なく食べているとは思うんだがな」
 楓の呟きにきゅーべぇが首を傾げる。
 菜食にして小食な雪は少々心苦しいのか、誰にも気付かれずに蹲ってしまう。
「雪さん、どうした」
「きゃぁ!」
 ひょっこり麻貴に顔を覗かれて雪は驚いてしまう。
「麻貴、遅いわよ」
「すまん、御門君と冥霆君の相棒の背中を流していた」
 夏蝶が軽く窘めると、麻貴は笑いながら謝り、背中を流しに行った。
「なぁんだ。カタナシと逢引でもしてるのかと思った。麻貴、折角なんだから、自分から夜這いとかかけたら?」
 輝血が爆弾発言を言えば、麻貴からは嫌そうな声が聞こえる。
「何を言うか! 折角皆と過ごすのに、がぁるずとぉくなるものをする機会を失うではないか!」
「大丈夫よ。兄上、ああみえてちゃっかりしてるんだから。金子の奥方も東家の美鈴様も楽しみにしてるのよ」
 沙穂が言うと、全員が呆れた。
「全く、仕事ばっかりなんだから、こっちが気を使うんだよ」
「その心配を少しはボクに‥‥」
 輝血が言えば、文目が涙ながらに訴える。
「あたしは心配してない」
 一刀両断だった。

「そういえば、レティシア様の相棒様は?」
「ミルテは自分が男の子だから男湯の方へ自分から行きました」
 酒は飲まないセフィールが生姜はちみつ漬けの水割りを飲みつつ尋ねると、レティシアは藁壁で遮られた男湯の方を見た。
 男湯では志宝が奮闘していた。
「もう、狛! 大人しくして!」
 白い毛並みはすぐに汚れがついてしまうので、志宝はよく狛を洗っているようだが、中々にやんちゃっ子だ。同じ白い毛並みのミルテは大人しく柊真に洗われている。
「柊真様が洗っているんですか?」
「ジルベリアでいう所の騎士道精神から来るものかもしれないな。自ら男湯に来た」
 ざっと湯でミルテを流した柊真が御門の問いに答える。狛が泡をつけたまま身体を振ってしまう。
「わ、だめだよーー!」
 大慌てで志宝が狛の泡を流すが、皆にかかってしまい、ミルテも流し直し。
「男なら女性の艶やかな姿を見てみたいと思うものだが、侮れないな」
 くつくつ笑いながら冥霆が湯に浸かっている。
「ほらほら白嵐、しっかり浸かるんですよ。この湯は美髪の湯らしいですよ」
 青嵐が白嵐に言うと、本気になって湯の中に入り、中々頑張っている。
「そんなに頑張ってはかえって毒ですよ」
 からかわれた事に気付いた白嵐が抗議しているのも青嵐は笑いながら宥める。
「さ、私はお先に。美味しいご馳走を用意しますよ」
 先に上がった青嵐が言い残すと、男性陣は美味なる宴を確信した。


 セフィールも先に上がり、青嵐と共に食事の用意をするが、戦いと温泉は意外に体力や気力を削るもの。
 何もないところでセフィールがこけてしまった。何も手にしてなかったのが救いだった。
『やれやれ』
 ふぅと縁側でクロさんが尻尾を振る。
 風呂から上がったレティシアは綺麗な毛並みになったミルテに満足し、風呂上りの一杯をきゅっと流し込む。勿論、片手は腰に当てて!
 宴に出されたのは鯛尽くしの海老尽くし。昼間のアイツを思い出してちょっとげんなりしかけたが、麻貴は大好物の海老を見て喜んでいる。
 海老の掻き揚げの中に人参が潜んでいる事に気づいた。珠々がどう回避しようか箸で摘んだまま硬直している。
「おなかの中に入れば同じだよ」
 横から蔓が口を出してきて、掻き揚げをぱくりと食べてしまう。
 どうやら、蔓に好き嫌いはないようだ。
「珠々にもいい刺激が出来たかな」
 ふむと小さなシノビ達を見ているのは輝血だ。
「そうですね」
 白嵐を宥めながら青嵐が輝血にお酌をしている。
「先日の宴はお疲れ様でした」
 セフィールが言えば、麻貴は首を傾げるが、何の事なのか思い出す。
「永和君の祝言に出てくれたのか?」
「ええ、いらっしゃったの‥‥し、失礼しました」
 よく似た顔があったのでいたものだと思ってしまったのだろう。間違われた当人はとても嬉しそうな顔をしている。
「沙桐は元気だったかい」
「はい、好みのタイプは麻貴様のような人と仰ってました」
 素直すぎるセフィールの答えに麻貴、柊真、沙穂がくすくす笑う。
「あのシスコン、まだ言っているのか」
「筋金入りだからね。苦労させなければいいけどね」
 笑い合う兄妹が見る先は雪だ。麻貴も雪の方を見ると、目が合い、顔を赤くして御門の後ろに隠れてしまう。
「沙桐め、何したんだ。果報者め」
「今度、焙烙玉投げつけよう」
 行儀悪く舌打ちをする麻貴に更に楓が不穏な言葉を吐き出す。
 宴ではレティシアが音楽と語らい、皆を大いに楽しませた。
「狛、よく食べなよー」
「ふぅもね」
 相棒達は座敷に上がれないが、縁側近くで食事を与えられてとても喜んでいた。龍の相棒も庭先に下りて行儀よくしている。
「ところで雪さん、沙桐とはいかがなのかな?」
「あ、麻貴様?!」
 こっそり麻貴に心中の名を言われ、雪は焦ってしまい、うろたえてしまと、更に沙穂が被せてくる。
「後で色々と話をしてもらうわよ」
 どうやら、この為にガールズトークをやりたがっているようだ。
 気抜けが復活しつつあるセフィールがどんなお菓子を用意しようかと考えつつ、台所へと向かった。
 いつもは静かな夜なのに賑やかに里の夜は更けていった。