恩返しの宴
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: やや易
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/06 22:21



■オープニング本文

 開拓者ギルドは夜もやっている。
 いつ、いかなる依頼が入るか分からないからだ。
「依頼の件、畏まりました」
 静かに馴染みの受付嬢が言うと、すらすらと依頼書を書き出した。
「それともう一つ」
 夜遅くに現れた沙桐はにこやかに付け足した。
「何かあるのですか?」
 受付嬢が言えば、沙桐は首を横に振る。
「一応は別件」
「別件ですか」
 鸚鵡返しに受付嬢が言うと。沙桐は頷く。
「祝言の後に宴を開くんだけど、橘家と薬師寺家の意向で、開拓者の皆にも出てほしいなって」
「宴ですか?」
「うん、開拓者の皆にはお世話になっているからね」
 にこにこ笑顔の沙桐が言うと、受付嬢はこっくりと頷いた。
「開拓者のおかげで二人は結婚できると言っても過言じゃない。二人を知らない人でもいいから皆でぱーっと、宴を開きたいと思ってる」
 少し、受付嬢が表情を曇らせると、沙桐も察したように頷く。
「蜜莉ちゃん、開拓者を信じているからね。それにどんな結果でも、ただ単に綺麗な格好をして、美味しい酒や料理をたんと食べて飲んで楽しんでほしいんだ」
「分かりました」
 微笑んで受付嬢が頷くと、沙桐が思い出したように口を開く。
「君もおいでよ、ばあ様も会いたがってるから」
「はい」
 折梅を思い出し、受付嬢は嬉しそうに頷いた。


 祝言の日は見事な晴天。
 優しい優しいそよ風が吹く穏やかな日和。
 美しい花嫁は白無垢に身を纏う。
 白であるが、それは四つの柄が入っていた。
 初桜の打ち掛け、流水の帯、紅葉の着物、雪花の綿帽子‥‥
 新しい年月を新たな家族と過ごすという決意。
 誰もが美しい花嫁に振り向くだろう。
 その花嫁を迎える花婿は誰よりも果報者だろう。
 祝言の儀を終え、皆の前に夫婦となった二人が宴に姿を現す。
 そして、振舞われるのは美味なる酒と料理。
 唄い踊れば更に楽し。

 知らぬ者は今日知ればよい。
 知る者は再び合う喜びを分かち合えばいい。
 自分の好きな格好をしたり、とびきりのお洒落をしてわぁっと楽しもう。
 さぁ、祝いの宴を楽しんで。


■参加者一覧
/ 音有・兵真(ia0221) / 玖堂 真影(ia0490) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 天宮 蓮華(ia0992) / 御樹青嵐(ia1669) / 珠々(ia5322) / 楊・夏蝶(ia5341) / 輝血(ia5431) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 和紗・彼方(ia9767) / 劉 那蝣竪(ib0462) / アル・アレティーノ(ib5404) / 叢雲 怜(ib5488) / 計都・デルタエッジ(ib5504) / 緋那岐(ib5664) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / アムルタート(ib6632) / フレス(ib6696) / 氷氷炎(ib6740


■リプレイ本文


 とてもよく晴れた日にその祝言は行われた。
 見合いではあるが、この世界では珍しい話ではない。
 愛がない結婚も多々あったが、この夫婦は愛のある結婚だった。
 それはこの世界ではとても幸福な事であり、そんな幸せを手に入れた夫婦は誰もが羨む幸福だった。

 晴れの日に相応しくないほどに憂鬱そうに溜息をついたのは輝血(ia5431)だ。
 今までの自分を省みて、悔いは無いが、自分がここにいていいか戸惑ってしまう。
「輝血様?」
 緒水が輝血を探しに来たらしい。
「どうしたの?」
 輝血が尋ねると、探しに来たという。
「ほら、輝血様、いきましょ」
 緒水に声をかけられ、輝血は腰を上げ、中に入る。

「綸さん」
 ぼうっとしている綸に話しかけているのは和紗彼方(ia9767)だ。
「大丈夫?」
 首を傾げる彼方に綸は苦笑する。
「少し休んでいただけです。行きましょ」
 こくんと彼方が頷いて綸に付き添った。

 宴に参加‥‥会場の手伝いもしますとメイド姿のセフィール・アズブラウ(ib6196)が料理の飾り付けに参加していた。
 庭での宴との事、散らかさないように食べやすいようにと工夫をする。
「お客様なのに申し訳ありません」
 橘家のお手伝いさんの一人が言えば、セフィールは性にあっているのでと淡々と答えた。
「こういう日は少しでも人手が必要ですから」
「正直、助かります」
「お互い様ですのでお構いなく」
 頼もしいお手伝いに橘家のお手伝いは深々と頭を下げた。 

 女性の着替え用にとあてがわれた部屋では華やかな声が部屋を満たしていた。
「天南さん、何着せたらいいかしら?」
 着付けに回る楊夏蝶(ia5341)は皺になっていいように小袖を着ていた。
「花嫁の白を引き立ててあげたいから、濃い目の色物がいいな。白い花の柄が入ってても大丈夫よ」
 てきぱきと天南と夏蝶が天南が持ってきた着物を仕分ける。
 ちょこんと座って珠々(ia5322)がその様子をみている。
「淡い色の服はダメ‥‥」
 記憶中の珠々に御幸がくすくす笑って隣に座る。
「特にそういうのはないのよ。普通の着物を着たっていいのよ」
「そうなのですか?」
 首を傾げる珠々に天南が頷く。
「そうよ。新郎は家によっては着る服が決まっているのよね」
 ひょっこり顔を出したのは緋神那蝣竪(ib0462)だ。
「今日は折梅様が綺麗な格好を好きにしようっていう話なのよ」
「どうして綺麗な格好をしようという話になるのですか?」
 更に分からなくなっている珠々に那蝣竪がくすくす笑う。
「今までタマちゃんは綺麗にお洒落をした皆がどんな顔をしてたか覚えている?」
「嬉しそうな顔をしてます」
 今までの記憶上、青嵐や沙桐といった女装をされた人たちを除いて、女性陣はお洒落をしたらいつも嬉しそうな笑顔を見せていた。
 珠々の言葉に那蝣竪がうんうんと頷く。
「綺麗な着物を身に纏うというのは嬉しいのよ。だって、自分を綺麗にさせてくれる道具の一つだから」
「そうなのですね」
 いまいち自分が綺麗になるとどうなるか理解していない珠々は自身を納得させた。
「納得したなら、タマ、やるわよ!」
 タマの為に見繕った着物を持った夏蝶が声をかける。御幸はいつのまにか着付けてもらっていた。薄紅色の山茶花柄の着物だ。あれ?と珠々が柄が髪にも飛んでいる事に気付いた。
「その簪は」
「うん、敦祁が買ってくれたの」
 嬉しそうに御幸が笑う。
 どうやら、剣術カップルの恋の道は順調そうだ。
 てきぱき夏蝶に着付けて貰ったのは那蝣竪が用意していた鈴蘭の簪と同じように鈴蘭柄の可愛らしい着物。
「珠々ちゃん、お化粧よ」
 那蝣竪に手招きされて促されるままに珠々が化粧を施してもらう。
「白粉はむずむずするのです」
 ぽつりと珠々が言うと、那蝣竪が珠々に頬紅をそっと乗せつつくすくす笑う。
「今に慣れるわ」
 那蝣竪が伏せられた小さな器を手にしたのを見た珠々が妙な顔をする。器の内側が玉虫色の塗料が塗られている。
「これは紅よ」
 水を含んだ紅筆が玉虫色に触れると、縁がじんわり紅色に滲む。
 そっと紅色を滲ませた筆を珠々の唇に乗せると淡い紅がそっと移った。
「うん、可愛いわよ」
 満足そうに那蝣竪が頷くと、鏡で珠々に確認させる。
「ばっちり、覚えました」
 真面目そうに珠々が言うと、那蝣竪が頷いた。
「フレスちゃんもおいで」
 夏蝶が手招きをしているのは同じ華夜楼のフレス(ib6696)だった。
 色とりどりの着物は天儀に着てからよく目にするが、自分が着るとなると妙に緊張する。
「突き抜けたものより、無難なものにする?」
 夏蝶が助言をしてきたが、困った顔で見返すのが精一杯だ。
「じゃぁ、赤に小花が流れる柄にしましょ」
 夏蝶がささっと、着物を決めると、色鮮やかで可愛らしい柄にフレスは嬉しそうに笑う。


「えーっと、誰と誰が結婚するという話しになってたんだ?」
 冗談かといわんばかりの音有兵真(ia0221)の言葉が本気である事を理解しているのは同じ拠点の華夜楼の御樹青嵐(ia1669)だ。
「沙桐さんの幼馴染の祝言ですよ」
 兵真のマイペースに溜息をつきつつ、青嵐が言うと、兵真はどんな相手か見るのが楽しみだと言っている。
 楽しそうな依頼に心引かれてきたのは柚乃(ia0638)と緋那岐(ib5664)双子。
「あれ、麻貴?」
 見知った顔を探していた緋那岐は以前、理穴の護衛依頼と言う名の役人捕獲依頼と化してしまった張本人らしき人物を発見した。
「ギリ残念」
 笑顔で間違いを指摘している沙桐はとても上機嫌だ。
「麻貴を知っているの?」
 緋那岐に沙桐が尋ねると、麻貴が山賊を追いはぎしていた話を聞いて頭を抱える。
「あいつ、そんな事ひとっことも書いてなかったぞ!!」
 頭を抱える沙桐はそんな悲鳴を上げる。
「もしかして、双子か何かか?」
 そっと緋那岐が言うと、沙桐は緋那岐の隣にいる柚乃を見て勘付く。
「うん、双子。事情あって離れてるけどね。そっちもだよね?」
「まぁな、そっちみたいに瓜二つじゃないけどな」
 ちらりと柚乃を見て言う緋那岐に沙桐はくすりと微笑む。
「一緒にいれるって事は、イイコトだよ」
「‥‥そっちの事情はよくわかんねぇけど、一人よりはいいよな」
 緋那岐が言うと、柚乃はきょとんと首を傾げた。
「折梅様っ」
 可愛らしい呼び声に振り向いた折梅は久しぶりに会う顔を見て綻んだ。
 嬉しさのあまり折梅に抱きついてきたのは天宮蓮華(ia0992)だ。
「蓮華さん、いらしたのですね。嬉しいですよ」
 よく顔を見せてくれと一度蓮華を離して元気そうな蓮華の顔を見て折梅が微笑むと、蓮華を抱きしめる。
「これは、あの時のお嬢さんか」
 再会の喜びも束の間、蓮華に気付いたのは折梅と一緒にいた男が蓮華に話しかけた。
 折梅より離れると、蓮華はその相手が誰なのか気付いた。
「蜜莉様のお父様」
 まあと、指先で口元を押さえる蓮華に薬師寺は穏やかに微笑む。以前会った時はどこか、張り詰めた印象が強かったが、今はとても優しい様子だ。
「あの練切を貰ってから随分と考えさせてもらった。君達と出会ってから蜜莉は前向きな性格になってね。私もあの子が内向的にさせてしまう原因があったかもしれないと反省した。二人でよく話し合い、あの子の気持ちも何度も確認した。本当にありがとう」
 薬師寺が蓮華に頭を下げて礼を言うと、蓮華もつられて頭を下げるた。
「私も、蜜莉様と永和様の祝言が行われて嬉しく思います」
 思ってもみなかった言葉に蓮華はじんわりと涙を浮かべる。
「蓮華さん、雪さんがあちらよりいらしてますよ」
 仲良しの白野威 雪(ia0736)を見つけた折梅が蓮華に声をかけると、蓮華は二人にお辞儀をしてから雪の方へと向かった。
「おばあちゃま!」
 立て続けに折梅を呼ぶ声は玖堂真影(ia0490)のものだ。
「あらあら、真影さんに羽郁さんも。お久しぶりですね」
 嬉しそうに玖堂羽郁(ia0862)にも声をかける折梅は初めて会った色艶やかな対の姿に見惚れる。
「やはり、対でいらっしゃるととても華やかですね」
 折梅が誉めると、二人は少し顔を見合わせて微笑む。
 近くにいた薬師寺にも二人が礼儀正しく挨拶をした。
「あっれ、羽郁君。来てくれたんだ‥‥って」
 沙桐が羽郁に気付いて声をかけるが、沙桐の視線は隣の真影の方へ。
「紹介します。俺の大事な対の真影です」
 彼女と対である事を誇らしげに紹介する羽郁に沙桐は優しく微笑む。
「よく似ているね。はじめまして、鷹来沙桐です」
 先ほどの緋那岐達の事も思い出し、沙桐は一緒に居れる双子達が末永く一緒に居れる事を心に祈り、微笑んだ。

 結婚式というめでたい事は遠慮せずにあやかるべきと思うのはアル・アレティーノ(ib5404)だ。
 華やかな宴に心がふわふわ浮かれる気持ちになる計都・デルタエッジ(ib5504)は何だか見ている方まで心を浮かれさせそうな気がした。
 二人とも怜と仲がよく、怜と一緒に参加していた。
「そろそろ集まりきった感じかな‥‥あ、天南だ」
 元気よく手を振る怜を見た天南が叢雲怜(ib5488)の方へ歩いてくる。
「怜君、元気だった?」
「うん、蜜莉も綸も元気になってよかったんだぜ」
 にこにこ笑顔の怜に天南も嬉しそうに笑う。
「ほら、そろそろ出てくるわよ」
 天南が言えば、婚礼衣装を身に纏った新郎新婦の姿が見えた。
 蜜莉の手をとり、ゆっくりと歩く永和という二人の姿はとても幸せに見える。
「ほう、綺麗だな」
 黒を基調とした白いレースやリボンをあしらったワンピースを纏っているのはからす(ia6525)だった。外見年齢とは裏腹な大人びた表情をよくするからすもこの日だけは穏やかに新しい夫婦を見守っていた。
 近くにいたアルムタート(ib6632)も楽しくなって「おめでとー!」と声をかけると、新郎新婦は嬉しそうにアルムタートに微笑んだ。
「皆、笑顔です。笑顔はいい事。‥‥おめでたいというのはやっぱりいい事なんですね」
 周囲の様子を見て、珠々は学習したようだ。

 宴が始まり、皆でお酌し合い、料理を食べる。
 まずは新郎新婦に祝福と祝杯をと酒を取り出した者達が多い中、まず先に新郎新婦に酌をしに行ったのは怜だ。
「結婚おめでとうなんだぜ!」
 怜が元気よく声をかけると、二人は笑顔でありがとうと返えし、酌を受ける。
「俺はまだ飲めないけど、きっと、皆がお酌しに来るからたくさん飲んでほしいんだぜ」
 怜がいうと、確かにと皆が笑う。
「お久しぶりです。折梅さん」
 兵真から挨拶と酌を受け取っていたのは折梅だ。
「ご無沙汰ですね。元気でしたか?」
「ええ、そちらも元気そうで何よりです」
 雪と蓮華、セフィール、女装した青嵐といった一部違うが華やかな女性陣に囲まれて酌を受けている折梅を見て、兵真は心の中では羨ましいと思いつつも、違和感の無さに恐れ入る。
「華やかな女性陣に囲まれて羨ましい限りですな」
 兵真の感想に折梅は楽しそうにころころ笑う。
「美しい女性陣に囲まれてお酌していただくのは目の保養になりますし、なりよりお酒が美味しくいただけますわ」
「まぁ、折梅様ったら」
「誉められるのは嬉しい事です」
 くすくす笑う蓮華と雪にセフィールが粛々と誉め言葉を受け止め、青嵐はどうしてくれようかと硬直。
 別の卓では、アル、怜、計都が三人で仲良く酒を飲んだり料理を食べていた。
「れーちん、けーちゃん、好みのタイプってどんな人?」
 何気なく出されたアルの質問に二人はうーんと、首を傾げる。
「私は、自由に生きるのが性に合っていると思います〜。好きなタイプも自由でいさせて下さる人かもしれません〜。変わるかもしれませんが〜」
 おっとりとしているが、自分の今までの状況を思い出しつつ、計都が先に答えた。
「私は好きになったらその人がタイプかなー」
 こくんと、杯の中の酒を飲み干してアルが答える。
「うーん、俺は‥‥うーん、姉ちゃんみたいな感じの子?」
 散々悩んでいた怜だったが、閃いたのは郷里の姉のような人。しかも疑問系だ。
「こらこら、そんな曖昧じゃ、将来苦労するぞー。ねっ」
「確かにね」
 アルに話しかけられ、くつくつ笑うのは酌に回ってきた沙桐だ。
「だって、わっかんないんだもん! でも、苦労はしたくないんだぜっ! 沙桐はどんな人がいいんだ?」
 怜の言葉に沙桐はふとぶつかった遠い席にいた赤い瞳に沙桐はおずおずと逸らす。
「麻貴と似た感じかな‥‥」
 やっぱりお前もかと周囲から白い視線を受け、沙桐はほうほうの体でその場から逃げ出した。

 粗方のお酌が終わると、玖堂姉弟が立ち上がり、祝いの舞を踊る。
 二人が現しているのは陽と月。
 真影が力強く煌く陽を顕し、羽郁が繊細で輝く月を顕している。
 優美な舞にそっと華を添えるのはからすの横笛だ。
 その舞は夫婦を顕すかのような舞だった。
 二人の舞が終われば、夏蝶、珠々、那蝣竪、架蓮といったシノビ達が揃って舞を見せた。
 闇に生きる彼女らが舞う密やかな舞はとても美しく、可憐な舞だ。
「彼方様はいいのですか?」
 同じシノビである彼方を気遣うのは綸だ。
「いいよ。綸さんと一緒に居る」
 おせっかいにならないように、綸が寂しくならないようにと気を遣う彼方を分かっている綸はそっと彼方の手に自身の手を重ね合わせる。
「私の為にありがとうございます。まだ寂しいのはありますが、彼方さんをはじめ、皆さんが私に心を砕いて下さっているのは分かっております。ただ、まだ余裕がないのですが、でも、蜜莉ちゃんの笑顔でいるのは本当に嬉しいんですよ」
 微笑む綸に彼方は心のどこかで引っかかっている何かを落としてくれたような気がした。
「そう言えば、彼方様には想う方はいらっしゃるのですか?」
「ぼ、ボク? ボク、そういうのわかんないんだ。でも、すごく楽しそうって思う時もあるけど、大変だなって思う時があるんだよね。もうちょっとこのままでいたいなって思うよ」
「そうですか。優しい彼方様ならきっと、よき人と巡りあえると思います」
 にこやかに言う綸に彼方はそうなのかなぁっと思案する。
「そいや、沙桐兄様のお相手さんと麻貴様ってなんか話を聞いてるだけじゃ似てる気がする」
 ふと思い出して彼方が言うと、綸が首を傾げている。
「外見とかぱっと見の性格は全く違うけどね」
 くすくす笑いながら中に入ってきたのは天南だ。
「例えて言うなら梨かしらね」
「皮と実は違うけど芯が似てる感じだよね!」
「そうそう。所詮は、ババコンのシスコンだから仕方ないわ。おばあちゃまと同じ事を言い出す娘だから当然よね」
 肩を竦め、悪戯っぽく微笑む天南に彼方がこっそり笑った。

「よい舞でしたよ」
 折梅が玖堂姉弟に声をかけると、二人は笑顔になる。
「やっぱり、祝言っていいなぁって思いますね」
 眩しそうに真影が新郎新婦を見やる。
「いつか、真影さんにもそんな日が来ますよ」
 折梅が言えば、真影は少し寂しそうに首を振る。
「女が当主になる場合は花嫁にはなれない掟があるんです」
 その掟を踏まえて真影は当主になった。それが幸福な事とは真影にはどうしても思わなかった。
「今まで、女性が当主になる事は前代未聞の事だったのでしょう?」
「ええ‥‥まぁ」
 問い尋ねる折梅に真影が頷く。
「女性が当主になるという前例を真影さんが作ったのならば、女が当主になっても花嫁になれるという前例を作ればいいと思います」
「そうだよ。姉ちゃんも花嫁になれるよ。俺も‥‥そういう嫁さんほしいし‥‥」
 羽郁の脳裏に浮かぶのは可愛らしい恋人の姿。自分が可愛い花嫁を望むように姉にも花嫁となってほしいと切に願っている。

 シノビの舞が終わると、兵真が立ち上がる。
「見目麗しい舞と音もいいが、太神楽を披露しよう。失敗したらご愛嬌で」
 ばさりと鉄傘を開いた。
「枡や鞠を回しましょう。子供は回しません。はっ!」
 軽い気合と共に放り投げたのは鞠だ。ころころと軽やかに回る鞠は傘から出る事も無く、ひたすらに回り続け、一度、鞠を降ろしてから回しだしたのは一升枡だ。
 くるくると枡を回していくと、もう一つ枡を回し、更に五合枡を回し、計三個を回す。
 見事な回しに皆が手を叩いた。
 ぱっと、兵真が傘から枡を離すと、空に放られた枡は徐に差し出された兵真の指にそれぞれかけられた。
 最後まで見事な兵真の曲芸に更に拍手が沸いた。

 緒水と注ぎ合いつつ、酒を飲んでいるのは輝血だった。
 こんなめでたい席に自分がいていいのだろうかとまだ自問自答をしていた。
「輝血様、はい」
 銚子を持っているのは隣の緒水だ。
 緒水との付き合いのきっかけは結婚話だった。
 今はまだ結婚する気はなく、世間知らずだったのもあり、色々と見聞し日々勉強をしているという。
「やっぱり、緒水も結婚する日が来るんだよね」
 輝血が言えば、緒水もそうですねと言う。
「あたし、緒水の結婚、祝っていい?」
 いつも通り不敵というにふさわしい表情の輝血だが、紫の瞳に翳るのは不安の色。
「以前、輝血様は仰っていませんでしたか? 私が結婚する人は輝血様の目に適う人だって。私は輝血様が認めになる方はきっと、素晴らしい人と思います。そんな人と一緒に居るには色々と経験が必要と思います。ですから、日々、色々見聞しております。いつかの為に」
 輝血を誇らしく思う緒水の言葉に輝血はどう返していいか困ってしまうが、確定的なのは緒水がこんな自分を信じてくれる事。
 信じるという事がどういう事かよく分かっていない輝血にとって、緒水の感情はまるで赤ん坊のようなものだと思った。
 まっすぐに自分を信じる麻貴や沙桐にも緒水と同じ目をしていると思った。
 だが、緒水の旦那は半端な男では許されないと輝血は一人心の中で決意した。
「輝血さん、飲んでますか?」
「当たり前だよ」
 青嵐が声をかけると、輝血は「遅かったね」と声をかけて空の杯を出す。
「はい、どうぞ」
 喜んでとばかりに微笑みを見せる青嵐が輝血に酌をすると、輝血は勢いよく酒を飲み干した。
「輝血様は青嵐様がお注ぎになられるお酒は美味しそうに飲まれますね」
「‥‥緒水、酔ってる?」
「はい♪」
 酒で紅潮した顔で上機嫌で緒水に頷かれて二人は黙って緒水を見た。

 青嵐、折梅、セフィールが席を外し、雪と蓮華だけが席に残った。
「あ、の‥‥蓮華ちゃん‥‥」
「はい」
 緊張している雪に蓮華は穏やかに待っている。
「私がお慕いしているのは沙桐様です。まだ、思いは告げてはおりませんが‥‥私は少しずつ変わられたあの方を見守りたいのです」
 表情を強張らせる雪に蓮華はそっと抱きしめる。
「打ち明けてくださってありがとうございます」
「蓮華ちゃん‥‥」
「沙桐様なら私は安心できます。大事な雪ちゃんを大切にすると信じられます」
 そっと、雪を離す蓮華に雪は大切な蓮華をもう一度抱きしめ、「ありがとうございます」と呟いた。
「沙桐様の元へ行って下さいませ」
 蓮華が言うと、雪は頷いて蓮華から離れて沙桐の方へと向かった。
 雪の後姿を見つめていた蓮華の隣に折梅が戻ってきた。
「雪さんは?」
「あちらです」
 沙桐の方へ向かっている雪の方を見て折梅はふふっと、楽しそうに笑う。
「あんな孫でいいのですか?」
「沙桐様、雰囲気が変わられましたね」
「貴女の大切な方のおかげですよ。私達もあの子の事は心配していたんです。あの氷の心を溶かす方をずっと私達は待っていました」
 微笑む折梅に蓮華は沙桐の雰囲気が変わった理由に勘付き、微笑む。
「そうだったのですか‥‥」
「嬉しい反面、あの子には素敵な殿方であるよう躾し直さねばと思いますね」
 溜息を付く折梅に蓮華は首を横に振る。
「沙桐様ならきっと、大丈夫です」
「蓮華さんの太鼓判は嬉しいですわ」
 ふふっと、二人が微笑み合う。

「次は私だよ!」
 ぱっと、出てきたのはアルムタートだ。同じジプシーと勘付いたフレアにも声をかける。
 おろおろしていたフレアだが、兵真に「こういう時は遠慮せず、一緒に楽しめばいい」と言われ、アルムタートが差し伸べた手を握る。
 二人揃って発動されたバイラオーラの舞はより魅惑的ではあるが、祝いの舞ともあり、情熱的でもあった。
 伴奏に入ったのは柚乃の琵琶とからすのフルートだ。
 情熱的なダンスに二人の伴奏者は軽やかに楽器を奏でた。ふと、からすがアルムタートの視線に気付くと、奏でたまま立ち上がり、踊りの中へと入っていく。
「そういえば、ジルベリアの結婚式って皆で輪になって踊るのよね」
 思い出したように夏蝶が声を上げると、アルムタートは了解したとばかりに踊りの雰囲気をがらりと変える。
 率先として音を変えたのはからすで、柚乃も聞いた事があるのか、からすに合わせて曲調を変えた。
「折角だから皆で踊りましょ」
 那蝣竪も行儀正しく料理を食べていた珠々を引っ張り出して踊りに参加する。
「羽郁! 折角だから行きましょ!」
「え、ちょ、姉ちゃん!」
 ずるずると真影に羽郁が引きずられる。
「折梅さんも」
 夏蝶が手を伸ばすと折梅はその手をとり、振り向いて蓮華にも声をかける。誘いに驚いた蓮華だが、その声に乗った。
「輝血様、行きましょ♪」
「緒水、酒が回るよ」
 呆れる輝血だが、酔った緒水には妙な迫力があり、どこか天南に甘い輝血はそのまま輪の中へ連れて行かれてしまう。
「彼方様、踊られませんか?」
「へ?」
 綸の誘いに彼方はきょとんとしてしまう。
「幼少の頃、小さいながらどうでもいい事で困って悩んでいた事があったんです。その時に叔父が無理やり遊びに連れ出されて、思いっきり走り回ったら、悩む暇も無くて最後にはどうでもよくなった事があったんです」
 叔父の名前が出てきて、彼方が目を見張る。
「頭を空っぽにしてみようと思います。一緒に踊ってくれますか?」
「うん、踊ろう!」
 ぱっと、彼方が笑顔になって、綸の手を引いて輪の中に入ろうとすると、どうやって踊るか分からなく、彼方が混乱すると、夏蝶が踊りを教えてくれた。
「あたし達も踊るわよー!」
 アルが怜と計都を連れて輪の中へ入る。
「わ〜。足が縺れます〜」
「アル、上機嫌すぎ! ぶつかるんだぜ!」
 アルに引っ張られ、怜が近くにいる人にぶつからないか心配する。
「あたしがリードするから大丈夫よ!」
 アルムタートが計都の手をとって、くるっとターンをし、からすも計都の近くでフルートを吹きながら器用にくるくると踊っている。

「沙桐様」
「嬉しいな。つけてくれたんだ」
 沙桐から貰った簪をつけた雪を見て、沙桐は嬉しそうに微笑む。その笑顔を見て、雪は脳裏に覚え描くのは理穴で手伝いをしていた依頼で出会った許婚同士で結婚したあの夫婦の事。
 ちくりと胸を刺した棘がどんどん膨らんできている。
 話に寄れば、目の前の想い人は豪族の当主。武天のどこかに本来彼が統治する土地が、一族があると聞く。
 当主が駆け落ちをして双子を授かり、当主が死んだら必要な男児だけを引き取り、女児を殺そうとした。そんな厳しい家で許婚が用意していない可能性は低く感じた。
「‥‥傍にいていいですか」
 そっと、沙桐の手に自身の手を重ね合わせる。
「いてよ」
 そっと沙桐が握り直して雪に告げる。

 輪の外では新郎新婦や良家の親や家族が輪の踊りを見守っている。
「いつか、柚乃も結婚とかすんのかなー」
 輪の外にいる緋那岐がもしゃもしゃ料理を食べながら見つめているのは、楽しそうに琵琶を奏でる双子の片割れ。からすと合わせているのが楽しく、笑顔で琵琶を奏でている。
「お前はどうなんだ?」
 同じく料理を食べている兵真が声をかける。
「今ん所予定なしだな。そっちは?」
「俺もまだ先だな、やりたい事があるし」
 のんびりと食べながら食べ盛り二人が話している向こうでは、青嵐が新郎新婦に緋那岐が贈ったお菓子である言い伝えをする。
「ジルベリアでは誓いとしてお菓子を食べあう風習があるんですよ」
 それを聞いた永和が乗り気になる。生涯共にする人を食べるに窮させたくない気持ちがあるかららしい。蜜莉も一生美味しいものを食べたせたい気持ちがあるらしいので乗り気なようだ。
 ぱくりと食べさせ合い、新郎新婦は幸せそうに頷いた。

 そろそろ日が傾きかけて来た。
 新郎新婦にまたと言って客人達は橘家を後にした。
 様々な想いを胸に秘めて‥‥