【堕花】陰に芽吹く
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/28 19:34



■オープニング本文

 理穴首都奏生の閑静な住宅街の中にあるとある屋敷の中からの発端だった。
「茜さん」
 女中仲間に呼び止められた茜と呼ばれた女性は呼ばれた方向を振り向いた。小柄で可愛らしい姿であるが、綺麗な立ち姿に厳しそうな眼差しで新人女中や使用人には恐れられている。
「なんでしょうか」
「美鈴様よりお手紙ですよ」
 きょとんとする茜は手紙を巻いた和紙を裏返すと、美鈴とあった。
 美鈴とは半年以上前に祝言を挙げた茜が仕えていたここの屋敷の姫君だった人だ。
 時折、手紙を貰っていたが、その度に女中風情が返事を出してよいものかと返事を躊躇ってはいたが、姫君の父親からも気晴らしに頼むと言われ、文通をしていた。
 姫君の結婚は家同士が決めたものであったが、姫君の嫁ぎ先‥‥旦那様となる相手が姫君に何一つ不自由が無いように配慮をしており、何よりも姫君を愛している。姫君もまた、旦那様の優しい気遣いに心の底から慕い、愛している。
 政略結婚と言えばそれまでだが、とても仲睦まじい夫婦だ。
 手紙でも旦那様への愛に満ち溢れているのがよく分かるほどに。
 以前貰ったときからあまり時間が経ってはいない。
 茜は自室に戻り、手紙を開いた。
 手紙の内容は本当につい最近十日ぐらいの事だった。
 旦那様が日に日に具合を悪くしていき、今では床に伏しているとの事。
 衰弱も酷く、医師もよくわかっていないようだ。
 そんな事もあってか、自分もまた、床に伏してしまったという内容。
「姫様‥‥」
 呆然と呟く茜であったが、彼女が仕えるべきなのはやはり美鈴姫。すぐさま姫君の父親に目通しを願い、事の次第を伝えた。
「なんと‥‥」
 美鈴の両親もまた、衝撃だったらしく、気落ちしてしまう。
「旦那様、羽柴様にお目通りは願えませんか」
「杉明殿に?」
 いきなりの茜の提案に父親は目をぱちくりと瞬かせる。
「羽柴様は改方等に人脈が広いお方。どうか、調査に詳しく、知識に長けた方を美鈴様の下へ向かわせてください。本来ならば、私が行きたいのですが‥‥」
 普段は深慮な女性である茜がこんな事を言うのはまず無い。
 美鈴を思っての事は茜の本来の主である父親もまた、理解していた。
「‥‥わかった」
「ありがとうございます!」
 重々しく頷く父親に茜は畳に額をつけるほど頭を下げた。美鈴の両親は感情を露にする茜が差している石楠花の簪を見つめていた。

 美鈴の父親の友人である羽柴杉明はあっさりと了解した。
 杉明はその話をそのまま家へ持っていった。義理の息子である梢一に話を持ちかけた。
「確か、美鈴殿は以前、芝居小屋に呼ばれた際に護衛方をつけた方でしたが」
 思い出した梢一に杉明は頷いた。
「妙な話ですね‥‥医者も分からないとは‥‥」
「美鈴殿と陽光殿の間にはまだ子がいない」
 元は大きな家同士の結婚となれば、繁栄を意味する。そして、その家同士は政治にも関係する。
「芝居小屋の時と同じ連中とは限らん」
「‥‥わかりました。四組を使わせます」
 こくりと、梢一が頷いた。


 後日、梢一が久々に遅くまで仕事をしていたら、小腹が空いてしまった。
 この時間なら夜鳴き蕎麦の屋台がいるはず。財布を握り締め、梢一が屋台へ行くと、先客がいた。
「まだ仕事か」
「まぁな」
 ずるずると先客‥‥四組主幹上原柊真が蕎麦を啜っている。
 彼のどんぶりには衣たっぷりの海老天が三本入っていた。
「たまに家に帰れよ」
 まだ丼を出されていない梢一が箸を持ち出して柊真の海老天を一本食べてしまう。
「お前の義妹に言えよ」
 嫌そうに柊真が言っていると、お待ちと梢一に出された丼には刻んだねぎがたっぷり入っていて、箸を差し込んでかき混ぜると、崩れた黄身がかかった蕎麦とねぎが顔を出し、それを箸でつまむ。
 食べながら梢一は杉明から頼まれていた事を柊真に話す。
「基本はお姫様の実家の者と称して行くんだろ」
「ああ、沙穂が行けばいいとは思うが」
「こっちもちょっと手が足りなくてな‥‥」
 困った顔の柊真が項をかく。
「この間の義父上を襲った連中か」
 以前、杉明が狙われた件の事だ。護衛方と連携して拠点がわかった。
 相手がシノビだったらしく、何をしてもはかなく、足で稼ぐしかなく、結局年を越してしまった。
 護衛方の方もいつまでも人員を割けないとのことで、監察方が受け取る事になった。
「とりあえず、調整を頼む」
「開拓者呼ぶわ」
 ふーっと、食べ終わった柊真は立ち上がってそのまま役所に戻った。
 梢一はリベンジを誓いながら二人分と口止め料として余分に出した。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
エルネストワ(ib0509
29歳・女・弓


■リプレイ本文

 東家に向かう事となった開拓者は先に茜と顔合わせという事で羽柴家へ沙穂と一緒に向かう事になった。
「ねぇ、柊真さんは大丈夫なの?」
 楊夏蝶(ia5341)が案内役の沙穂に言うと、にこりと微笑む。
「なんとかね。皆のおかげよ。母上達も安心してたわ」
 あまり笑う事が無い沙穂が言うと、白野威雪(ia0736)が微笑み、珠々(ia5322)がほっとしたように息をついた。
「本来、シノビが熟睡なんておかしいけどね」
「でも、眠るという事ができてよかったと思いますよ」
「ありがとう」
 雪が言えば、沙穂は礼を言った。
 羽柴家に到着すると、葉桜が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました」
 はたと、変装をした夏蝶を見つめる葉桜だが、変装に気付き、にこやかに微笑む。
「茜様はそろそろ到着致します。先に此方にて待っていてください」
「分かりました」
 部屋に通され、四人は茜の到着を待つ。
 葉桜の言う通り、程なく梢一に案内されて茜が到着した。
 出かけ用の華やかさはあっても控えめな着物を身に纏う茜は侍女としての立ち位置をよく分かっている者だと夏蝶は感心した。
 茜は改方の者にしては、年若い娘達ばかりで少し戸惑っている。
「此方のご婦人方は開拓者です」
「まぁ、左様でしたか」
 開拓者の話は茜の耳にも届いているようであり、納得したらしい。
「この事は東家にも美鈴殿にも内密に」
 梢一が釘を刺すと、茜は確り頷いた。
「どうか、美鈴様‥‥東家の事をお願い申し上げます」
 深く頭を下げる茜にとって、もう藁を掴む如くの状態なのだと開拓者達は痛感した。

 一方、別働隊を追う事になった開拓者達は監察方四組の大部屋にいた。
「随分と前の事件が出てきたものだな」
 意外そうに言うのは沢村楓(ia5437)だ。
 今までの報告書を確認し、地図にて事件が起きた場所に印をつけていくが、何だかばらばらでもあったが一本だけ道がある。
 奏生、三茶、柊真が火宵にやられた山間部。
「繋がってますね」
 滋藤御門(ia0167)が言えば御樹青嵐(ia1669)が頷く。楓より筆をとったのは柊真だ。東の理穴国境近くに印をつけた。
「ここが火宵の根城だ」
 全員が息を呑んだ。
「何でそこで捕まえないの?」
 単刀直入に言うエルネストワ(ib0509)の言葉は間違いではない。罪を犯したのだ。乗り込んで捕まえるのだって可能だ。監察方の立場を考えなかったら。柊真は自分が印をつけた場所を指で叩く。
「捕まえるのは容易じゃない。奴はここでは裏で随分な力を持っている」
「この街の物流を火宵が握っているのだったか」
 楓が思い出すように言えば、柊真が頷く。
「その状態で容易ではないという事は、街の人達から信頼されているという事かい?」
 逆の発想を口に出したのは冥霆(ib0504)だ。その言葉に柊真が唇をにやりと引いて肯定した。今回の話を聞いた冥霆は中々に愉しそうな話と思い、興味が向いているようだ。
 凶を吉と変える過程は難しいが、その課程の先にある結果が自身が望むものであれば最高のものを得られるだろう。
「そういえば、護衛方を襲撃した者達に火宵の部下らしき者がいましたね」
 思い出した青嵐はその時の襲撃者の言葉の食い違いを思いだす。
「その者は火宵の使いに言われて襲撃をしていたと言っていた」
「火宵の仕業じゃないの?」
 麻貴が言葉を出せば、エルネストワが目を瞬かせる。
「襲撃時に火宵自ら襲撃者を捕まえてこっちに渡したんだ。火宵は自分の仕事ではないとはっきり言っていたそうだよ。夏蝶君が戻ってきたら聞いてみるといい」
「どういう事なのかしら」
 冥霆の助言にますます顔を顰めるエルネストワに柊真が苦笑する。
「火宵の父親が火宵の知らない所で火宵の名前を使って護衛方を襲わせていたという可能性がある」
「僕達は火宵の面しか見ていません。火宵は随分仲間に慕われているという感じがしました。火宵を主とする人達ばかり見れば一枚岩に思えますが、父親の事を考えれば、もしかしたら内部分裂している可能性もあります」
 柊真の言葉に続いて御門が今までの見解を口にすると、何人かが頷いた。
「別働隊の目的って?」
 話が振り出しに戻ると、麻貴は肩を竦める。
「捕まえた連中の大半は知らない奴に雇われた。金がほしいからやったと言い張っているが、中にはシノビもいたからどうにもな‥‥」
「杉明さんを監察方関係者として狙っていた可能性は?」
 ちらりと麻貴がエルネストワを見た。
「火宵が監察方関係者として羽柴様を狙ったという事はないだろう」
「じゃぁ、杉明さんの交友関係を図にしてみましょうか」
 ばさっと、エルネストワが紙を広げた。

●花の意味
 東家に向かった茜と開拓者は丁重に案内された。
「あ、茜‥‥」
「美鈴様‥‥」
 ほっとしたように心細く笑みを浮かべるのは美鈴だった。東家の侍女に支えられ、布団より起き上がった。
「ごめんなさい‥‥このような姿で‥‥」
「大丈夫です。美鈴様」
 気丈に言う茜に美鈴はころりと、涙を零した。
 すすり泣く美鈴に茜が支えている間、沙穂がそれとなく東家の侍女に席を外して貰った。
「あ、すみません」
 筆談を予定していた珠々が沙穂に礼を言うと、彼女は衝立をさっと美鈴と障子の間に置いた。
 後ろの様子に茜が察知し、雪に目配せをした。
「美鈴様、失礼いたします」
 雪が微笑んで解毒の術をかける。淡い光に包まれたが、すぐに消えてしまい、美鈴の顔色は特に変わった所は無かった。
「茜様の石楠花の簪は美鈴様からの贈り物ですか」
 どうしてと驚く二人に雪が微笑む。
「美鈴様から頂いたものです。使用人の身分の私には過ぎたものですが‥‥」
「二人で侍女頭のおせきに随分絞られましたね」
「本当です」
 微笑み合う二人はまるで姉妹のようでもあり、微笑ましい。
 夏蝶が障子を開けると、庭に石楠花が咲いており、とても目を癒す見事な花である。部屋に花が無かったのは庭に花が咲いているからだろう。
「今は、石楠花がとても綺麗な時期なんです」
 微笑むのは先程、美鈴に付いていた侍女だった。お茶を持ってきてくれたらしい。
「ええ、本当に綺麗。近くによっても構わないかしら」
「大丈夫ですよ」
 夏蝶が庭に降り、花に近づき、愛でる振りをして毒を確認するが、特に異変は無い。
「石楠花には毒がございます。口にすればその可愛らしいお姿が台無しになりますよ」
 はっとする夏蝶に侍女が微笑む。そのやり取りを見た雪が石楠花の花言葉の一つを思い出した。
 侍女が辞した後、珠々が美鈴の湯飲みで素早く毒味をするが異変は無い。
「奥様、旦那様がいらしてます」
 侍女の声がし、全員がはっとなる。
「お通しして」
 寝間着姿が気になるようだが、待たせる事はなく美鈴が了承すると、青年が入ってきた。
 壮健の頃ならば、きっと、爽やかな美丈夫と思われたのだが、今はその影は無く、頬が痩せこけて肌も日に当たっていないせいか青白い。
「茜殿。御無沙汰であるな」
「陽光様‥‥勿体無きお言葉にございます」
 頭を下げる茜に陽光は首を振る。
「いや、此度は私が不甲斐無い所為で美鈴を弱らせた。せめて、侘びでもと思ってな」
「そんな‥‥!」
 声を荒げ、言葉に詰まらせる茜と寂しい表情の夫妻を見て、雪が茜の手を自身の手に重ねた。
「そちらの方は‥‥」
 陽光が雪に気付くと、茜が説明をする。
「但馬家縁の医師に新しく付いた者にございます。旦那様がお二人を見てほしいと言うことで‥‥」
「そうでしたか‥‥お願いしよう」
 茜の機転に雪達がほっとしつつ、雪は解毒を陽光に唱える。美鈴より長く陽光に光が纏わり、ゆっくりと光が消えていくと、少しだけ陽光の顔色に赤みが差してきたようだ。
 毒が消えたが、くらりと、陽光はめまいがしたようだ。身体を蝕むものがなくなった反動で目が回ったのかもしれない。
 ゆっくり深呼吸をするようにと夏蝶が陽光を支える。
「お話を聞いてもよろしいでしょうか」
 雪が言うと、珠々は出入口となる障子の前に座る。
 夏蝶と雪が主に聞き出していた。
 何を食べているのかとか、どんな薬を飲んでいるのか。
 夫妻はきちんと覚えていたらしく、どんな事にも答えてくれた。
 お互いをきちんと見て想い合う二人は恋愛をして結婚したような夫婦のようであり、政略結婚とは思えない程だ。
 そんな二人を見て、雪と夏蝶は何だか優しい気持ちになり、珠々が「あれがふうふ‥‥」と呟いた。

●空を置く
 今回分かった拠点が置屋だった。
 身を売る遊女ではなく、芸を売る芸妓の店。
「聞いてませんよ、麻貴様」
 呆れる御門に麻貴がわたわたと麻貴が書付を取り出すと、肩を落とした。
「すまん‥‥」
 後で記録人シメとくと、麻貴が不穏な事を言っている。
「置屋ですか‥‥そういえば、以前の芙蓉さんは知っているのでしょうか」
 ふと、思い出したように青嵐が言うのは、麻貴と初めて会った時に一緒にいた芸妓。業者関連の調査を考えていたからその流れで思い出した。
「情報くらいは知っているだろう‥‥顔出しついでに行くか」
 楓を残した開拓者達は外に出る事になった。
「ところで上原殿」
 雑然とした大部屋の一角で楓が柊真に声をかけた。
「以前の武器流通の件はどっちになるのだ」
 どっちとは、火宵と父親のルートの二択だ。
「それは火宵が現場監督をして、父親の部門と分けているかもしれん」
「火宵の仕事でいいのだな」
 楓が確認すると、柊真が頷く。
「前回の演劇小屋の件の宿屋は火宵達の手のものなのか?」
 更に楓が尋ねると、柊真はややこしいんだよと言う。
「裏取引の件は確かに火宵の仕事なんだが、美鈴殿の暗殺は父親の方と考えている」
「何だと」
「正確に言えば、父親と手を組んでいる者だ。元は俺はそいつが誰なのかを追っていたんだ」
「政治関係者か」
 楓が言うと、柊真が頷いた。
「一応は目星は付いているが、確証はない。それじゃダメだからな。美鈴殿を狙った奴と火宵の父親は一緒くたで考えていいだろう」
 柊真が言えば、楓は立ち上がった。聞き込みに行く為に。

「あら、久しぶりだね」
 微笑むのは麻貴と仲のいい芸妓の芙蓉だ。青嵐の事も覚えていた。
「お聞きしたい事がありまして」
 礼儀正しく御門が言うと、芙蓉が嬉しそうに微笑む。
「こんな綺麗な子にそんな風に言われたらなんでも答えちゃうね」
 あがりなさいと、芙蓉が中に誘う。
 お茶とお菓子を供された青嵐と御門と麻貴が話を聞こうとしているのは置屋の話だ。
「あの置屋ね。そこにいる芸妓は揚屋や茶屋にあまり現れないし、現れる事はあるけど、あまり話さないわね」
「どのようなお客さんが多いですか?」
 青嵐が尋ねると、芙蓉は首を傾げる。
「そうだね‥‥特定のお客さんしかやってないみたいだよ。随分な御大尽みたいだけど」
 それ以上は特に情報は無く、その場を辞すすることになった。
「また、呼んでおくれよ。柊真さんが戻ったそうじゃないか」
 ひらひらと手を振る芙蓉を背で受け、御門が柊真とも知り合いかと言えば、麻貴はどう言っていいかわからないような顔をする。
「昔の女だと思ったんだが、どうやら違うようでな。よくわからんが、モテる事はモテる」
「まぁ、惚れた女に昔の影などは見せたくは無いでしょうからね」
 気遣う青嵐に麻貴は柊真の事で傷ついたから美味しいご飯作ってと強請るが、青嵐につれなくされて子供のように口を尖らせる。そんな様子を見て御門がくすくすと笑う。

 一方、麻貴を囮に外を歩かせた事を提案したエルネストワと冥霆は置屋周辺の聞き込みに入っていた。
「飛脚?」
 きょとんとしたように子供の話を促せるのは手品を見せながら子供達から話を聞いている冥霆だ。少しくらい過剰な反応の方が子供は喜ぶものだ。驚くという顔と笑顔は最たるもの。
「何日に一回かはわかんないけど、よく来るよ」
「そこの人達って、何人いるのかしら」
 エルネストワの隣に座るのは女の子だ。
「あたちがみたのは‥‥ん、と、んと‥‥」
 両手の指を折って数えると、どうやら八人程度。
 男が二人に残りは女らしい。
「お姉ちゃん達、やさしいの」
 女の子がにこっと笑うと、エルネストワがそうなのと、頷いて微笑む。
 粗方話を聞き終わった二人はその場を離れ、麻貴から教えて貰った監察方の拠点に向かう。
 置屋の刺客になるような場所にあり、出入口が間逆になっており、丁度よく離れた場所で潜伏して張り込むには丁度いい。
「ああ、檜崎君か。久しぶり」
 家の中には檜崎と樫伊がいた。
「今日は椎名君は別かい?」
「今回は欅と一緒に別部署に出した。ちょっと精神的衝撃が酷くてな」
「何かあったのかい?」
 すっと、目を細める冥霆に檜崎は違うと手を振る。
「この前に黒猫が椎那に何らかの精神攻撃を加えたらしい。温泉の恨みは怖いな」
 なんとなく分かったような気がする冥霆は何も言わなかった。目の前の男はきっと、こっぴどく黒猫を叱ったのだろう。
 麻貴達も拠点に入り、御門と青嵐が人魂をそれぞれ飛ばした。
 片翼の無い鳥と烏の濡羽色の羽に紫の瞳の鳥。
 庭から見えるその家人は何やら、囲碁をしたり、読み物を読んだりしているが、遊んでいるというよりは勉強しているようだ。
 芸妓とは芸の他に文化教養が必要となる事もある。
 一見すれば、普通の置屋と代わらない。
 だが、一人だけ人数が合わない。きっと、以前、杉明を襲った芸妓の数だろう。
 二人が式を通じて見た事を伝えると、麻貴は十分だと頷いた。

●逃がさぬ声
 珠々と夏蝶が食事を毒味したが、特に異変は無かった。
 雪の解毒に陽光が確かに反応したのだから、毒が入っているはず。
 不思議に思う三人だが、徐に沙穂が陽光の箸を口につけると、彼女の表情が険しくなった。
「沙穂様」
 即座に雪が解毒を唱えようとするが、沙穂は待ってくれといい毒の症状を確認し、解毒を唱えて貰った。
 夏蝶が習って椀の縁を見ても特に無く、毒物は箸のみだったようだ。箸だけ変えてもらい、膳を出す事になった。
『徹底的に陽光さんだけを狙っているのですね』
 珠々が筆談で言えば、全員が頷いた。食べ物に毒を仕込んでも、陽光が食べ残しをして、うっかり使用人がつまみ食いをしたら毒が回り、大騒ぎとなる。
 あくまでも狙いは陽光であり、相手は玄人である事が窺われる。
 久々に食事を平らげた陽光は食べられる事を心から感謝した。

「見つかったか‥‥」

 苛立つ言葉に気付いたシノビ三人がその声の方向を向くが、すぐ近くの声ではなく、とても低く、普段の声では判別が付かない、超越聴力で何とか聞こえる程度だ。
 きっと、相手は台所にいるのだろう。奥の部屋であるこの部屋から行っても間に合わない。
『もう一度、茜さんにここに来るように頼むわ』
 表情を殺して沙穂が紙に文字を書いた。
 その紙を見ながら雪が庭に下りた夏蝶に助言した侍女のやりとりを思い出す。

 石楠花にまつわる言葉の一つがある。
 その言葉とは

 『危険』