【影目】暗き一角
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/06 01:40



■オープニング本文

 理穴監察方第四組主幹、羽柴麻貴が現場に復帰した。
 彼女が倒れていた時に一つ山場があったのだが、副主幹の現場臨場と開拓者の力によって事なきを得た。その影である男の姿があった事は監察方の誰もが知らなかった。
 開拓者の真の依頼人の事を知った麻貴であったが、彼女はある線に気づいた。
 その依頼人はカタナシという男であり、麻貴とは随分縁が深い人物。麻貴だけではなく、養父や義姉とも既知であり、義姉の旦那である真神副主幹とは親友の間柄。
 麻貴の容態を知ったのも副主幹がカタナシに告げていたからだろう。今までカタナシは麻貴に会いもしなかったのに。まさかと思い、義姉にも言った所、泣かせてしまい、彼女も知っている事が判明した。
 彼を今まで匿っていたのは養父の手が回っている可能性がある事を示唆された。
 自分ばっかりお留守番だった事に随分と悔しがったが、理由とカタナシの居場所を吐き出そうと時間のある間、麻貴は副主幹をひたすら追っていたが、見事に隠れてしまっている。
 今日も外から戻ってきた麻貴は副主幹の執務室へと向かったが、もう一人の副主幹に声をかけられた。
「真神ならお前の父上に連れて行かれたぞ」
 養父に連れて行かれたとなれば、麻貴にとってはお手上げだ。
 諦めて戻ろうとした時、麻貴の部下が走ってきた。
「主幹! 牢の宿屋の主人が殺されてました!」
「なんだと!」
 麻貴が走って牢の方へ向かうと、部下や見知った顔がばたばた騒いでいた。
「羽柴!」
 檜崎が言えば、麻貴が彼の足元に転がっているそれを見た。
「‥‥即死ですか」
 死体を見るのは初めてではない。麻貴が目で確認したのは、宿屋の主だった。
 麻貴が取り調べても、主は口を割らなかった。
「首を切られたか。切り口は剃刀か。最後に主を見たものは?」
 ふむと考えた後、麻貴が辺りを見ると、一人の見張り役が手を上げた。様子は顔を蒼白にしていて、麻貴は労るように何か不自然な点はなかったか尋ねる。
「最後に見たのは半刻前でございます。その時は別に何ともなかったようですが‥‥あ」
 思い出したように見張り役が声を上げた。
「その前に面会がありました」
「面会?」
 見張り役の男が言うには、上級役人らしき振る舞いと上質な着物を着た男が尋ねてきたとの事。
「帰りは?」
「私は休憩に入ってまして、もう一人の者にその旨を伝えてましたが‥‥」
「帰りは見てませんでした」
 もう一人の見張り役も首を振った。
「‥‥そいつの特徴を教えてはくれないか?」
 麻貴が言えば、見張り役は特徴を述べた。

 男の特徴は茶髪に短髪、右のこめかみに傷のある男。目の色は菫色。
「こめかみの傷だと武官だろうか‥‥沙穂はいるか」
「ここに」
 一歩前に出たのは黒髪を一つに纏めた書生風姿の女性。まだあどけない表情ではあるが、着飾れば美しいというのを示唆される。
「いたのか‥‥」
「気づかなかった‥‥」
 誰ともなく呟かれるのは沙穂の存在感。
「この特徴の男は見た事あるか?」
「城内ではないわ。たまにそういった姿の男の話が聞こえてる」
 淡々と話す沙穂に麻貴は十分と頷く。
「沙穂、今の仕事は一段落着いただろう。今回は開拓者と組め」
「了解」
 そうとだけ言うと、沙穂は人ごみに紛れ、その場を辞した。
「相変わらず存在感ないな‥‥」
 呆れる檜崎に麻貴が笑う。
「だが、情報収集能力は監察方随一だ。シノビとしての志体もあるしな」
「女は怖い」
 肩を竦める檜崎に麻貴はじろりと、檜崎を見た。


■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
水波(ia1360
18歳・女・巫
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
楊・夏蝶(ia5341
18歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ


■リプレイ本文

 まだ落ち着きを取り戻せてないような理穴監察方の役所へ赴いたの開拓者が案内されたのは監察方四組の大部屋。そこに麻貴が数人と話していた。
 振り向いた四組主幹を見た水波(ia1360)は目を見張った。記憶にある人物より目の前の人物は数倍厳しい表情をしていた四組主幹、羽柴麻貴は水波の顔を見て優しく微笑む。
「厭きないね」
 輝血(ia5431)が言えども麻貴は気にする気もなくにこにこしている。
「厭きているのは輝血だろう?」
 にやっと、笑う麻貴に輝血は少しだけ目を細めた。
「麻貴様、先日のお話、聞きましたよ」
 溜息をつくように言うのは滋藤御門(ia0167)だ。
「ああ、珠々ちゃんが人参を食わされて大変な目にあった話か」
 茶化すように麻貴が言うと、珠々(ia5322)がびくっと肩を竦め、楊夏蝶(ia5341)の後ろに隠れこむ。鬼や蛇が出るのはまだいい。アレが出てくる方がよっぽど嫌らしい。
「人参がイヤなの?」
 珠々の様子に気づいた柚月(ia0063)が首を傾げる。
「あ、あんなの、なくったって世界は滅びませんっ」
 人の背中に隠れて大見得を切る台詞ではないが、本当に嫌らしい。
「本当に‥‥御身を大事にしてください。僕、泣いてしまいますよ」
 御門が言えば、麻貴は珍しく困ったようにたじろぐ。
「う。御門君みたいな美人に泣かれるのは困るな‥‥」
「なら、大事にしないといけませんね」
 八嶋双伍(ia2195)に言われて、麻貴が観念したように両手を挙げた。
「さて、仕事の話をしようか」
 麻貴が一度瞳を瞬くと、切れ長の瞳が厳しく開拓者を見回す。
「依頼書を見てもらった通り、監察方で管理している牢屋内にて人殺しが起きた」
「迂闊だったね」
 ぽつりと呟く輝血の瞳は仕事の眼差しだ。他の面子も仕事の雑さを気にしているような者も多かった。
「そこはこちらの不手際だな」
 麻貴は言い訳も言わずにそっと目を伏せる。
「殺されたのは以前、捕縛した宿の主だ。その者は宿を経営していると見せかけて裏では始末屋の口入れをしていた」
「それって、口封じってやつ?」
 柚月か問うと、麻貴は直ぐには答えなかった。
「それについて明言を避けたいところだな。名前は紋次郎という名で通っていたようだ」
「麻貴様、監察方以外に犯行の情報を洩らしましたか?」
 水波の問いに麻貴は首を振る。
「余計な混乱を招く必要はないし、知っているのは監察方内部とその犯人だ」
「緘口令は敷いていると。了解しました」
 にこっと、水波が言えば、一歩前に出たのは俳沢折々(ia0401)だ。
「緘口令を敷いているという事は、立派な『密室』だね」
 不敵な笑みを浮かべる折々に全員の視線が集まる。
「謎は解けたよ。そして、犯人はこの中にいる!」
 虚空に人差し指を向けて折々が見得を切る。
「それは誰なのですか!」
 ほぼ明確な情報がないというのに折々は犯人を割り当てたという事なのか! 御門が勢いよく言葉にする。
「刀ではなく、剃刀で正確に首を切るという芸当はサムライや志士じゃ不可能だよ、シノビの仕業だと思うよ」
「手先の器用さというなら、シノビの方が一日の長だよねっ」
 うんうんと、折々の言葉に柚月が耳を傾ける。
「明らかというか、陽動に近いような特徴的過ぎる容姿だって、シノビには朝飯前だよね。変装によって作り出すのは簡単だよ」
「つか、そういうので飯を食ってるわけで」
 壁に背を預けて話を聞く体勢の輝血が言葉を添える。
「更に実行後、疑われない存在‥‥そう! 沙穂ちゃん、犯人は君しかいない!」
 ビシイ!っと、擬音をつけるように折々が指を差したのはいつの間にかに輪の中にいた沙穂だった。

 しいんと、した大部屋内。
 なんでやねんとばかりに麻貴が手の甲で折々の側頭部を軽く叩く。
「冗談だってばっ」
「わかってるよ」
 ぶぅと、頬を膨らませる折々を見て麻貴が微笑む。
「というか、私を見つけたという事が驚きだけど」
 自分の存在の薄さには気づいているようで、沙穂が驚いたように言うが、そんなに驚いていないように見えれる。
「皆、紹介しよう。ウチの組にいる沙穂だ。今回君達と一緒に仕事をする事になった」
「宜しく」
 麻貴が紹介すると、沙穂が淡々と挨拶だけをした。
「沙穂さん、宜しくね」
 どうやら、沙穂に興味があるのか、夏蝶がにこにこと笑いかける。
「では、調査に入りましょうか」
 水波が言えば、全員がそれぞれの持ち場へと行こうとした。その際に輝血が麻貴の前に立った。
「麻貴、男一人で行動を起こした訳じゃないと思うし、他にも目を光らせておくべきなんじゃない?」
 輝血が麻貴に声をかけると、麻貴が頷く。
「あの人が表立つように出てきたから、そうするよ」
「なら、いいけど」
 そっぽをむくように輝血が大部屋を出た。
「麻貴様、宿の事ですが、もう引き払われてしまいましたか?」
「いや、まだ手は付けられてはいない」
「では、中を改めてよろしいでしょうか」
 残ったのは御門と水波だ。御門が問うと、麻貴は懐から鍵を出す。
「一応は鍵がかけられている。こちらを使えば裏口から入れる」
「ありがとうございます」
 大事に包み込むように御門が鍵を握り締め、大部屋を出た。


 一言で茶屋といっても種類がある。
 今回潜入してもらう茶屋は甘味が置いてある対面式の甘味処と多種多様な客の要望に応える事が出来る個室のある料理屋というところだ。人目を憚っての密談や密会などにも柔軟に対応し、店主が切り盛りをしている。
「まず、守る所はお客様に他のお客様の情報は一切伝えない事。お客さんの様子は随時他の店員に伝える事。いいね」
 恰幅のいい店主が言うと、夏蝶は頷いた。新しく入った店員として茶屋の中へ潜入していて、店主から丁寧に説明を受けている。
「ウチは二つ入り口があるんだけど、大きな通りに面する方が甘味を扱っている所で、こっちだと、他の客の顔も分かるからあまり気にしなくてもいいけど、通りから一本奥にある玄関から入るのは大抵、個室を使用する事が殆どだ。こちらの方が気をつけておくれよ」
「はい、わかりました」
 にこっと笑う夏蝶を見て、店主は絆されるようにつられて笑う。
「じゃぁ、とりあえず甘味屋の方へと入ろう」
 店主に言われて夏蝶はその後ろを歩いて行った。
 甘味屋の方には折々が向かっていた。
「みたらし団子と、ごま餡大福ね」
 店員に注文をすると、まずは店内を見る。特に変わった所はないが、奥の方で囁く声がする気がする。折々が心もとないように見上げると、一瞬だけ衣擦れのような音が上からしたような気がした。
 折々の予想は当りであり、折々がいた店内の天井裏には珠々がいた。折々の見上げた視線に気付き、そっと移動した。
 異常聴覚から聞こえるのは女中達の打ち合わせる声だ。常に客の様子を確認しあっているようだ。その中に夏蝶や沙穂の声も確認できた。二人とも無事に潜入できたようだ。
 もう一方の入り口から入ってきたのは輝血と双伍。麻貴の口利きで入れたようだ。二人共上質な着物に着替え、密会の素振りをしている。
 双伍が人魂を発動させて式神を呼ぶ。小鳥の姿をしたそれはふんわりと飛んでいった。
「失礼いたします」
 障子の向こうに沙穂の声がし、輝血が声をかける。沙穂がお仕着せの甘味を持って中に入る。
「例の男は?」
「まだ見てない」
 輝血が問うと、沙穂は首を少し振る。
「そう、まだこっちにいるつもり、何かあったら頼むよ」
 頷いた輝血が言えば、沙穂は静かに頷いた。

 休憩に入った夏蝶は何人かの女中と一緒だった。
「私、初めてだから、どんなお客さんが来るかちょっと不安」
「いい所の役人とかも来るよ」
「そっかぁ、最近あそこの宿が閉まったようだけど、何かあったの?」
 核心を訪ねると、全員が首を傾げる。
「いつの間にかにああなってたよね」
 どうやら、監察方が動いたという事は知られてはいなかったようだ
「そだ、おたつ、何か知らないのかい?」
 一人に話を振られたおたつと呼ばれた女は惚けていたのか、何事かとこちらの方を見たが、夏蝶にはそれが演技である事を気付いた。
 どうやら、目星はついたようだ。


 水波は麻貴と一緒に犯人と思わしき男が門番に告げた役所に現れた。武官と思われたが、吟味物調役の役人であった。
「監察方の方達でしょうか」
 随分生真面目そうな男が二人に声をかける。
「私は監察方四組主幹、羽柴麻貴と申す。彼女は水波君。開拓者であり、私達の協力者である」
 先輩役人の名は沖村幸成と名乗った。
「そちらに牧野清四郎という方はいらっしゃるか?」
 牧野という者は犯人と思われし男が使った名だ。世間話の続きで聞き出すものと考えていた水波は驚いた。
「身元を知られているならこそこそする必要はないよ」
 にこっと笑う麻貴に水波は少しハラハラしたように見ている。
「牧野ならば、十日ほど前から遠くの町へ物調べに出ており、まだ戻ってはきてません」
「‥‥牧野様ではない‥‥?」
 水波が麻貴の方を向くと、麻貴はあまり動じてないようだ。
「牧野殿は茶の髪に紫の瞳でこめかみに傷かある方だろうか」
「確かに、茶の髪ですが、目は黒いです。傷は分かりません。彼は髪を伸ばしてて、こめかみの部分を隠すように垂らしているゆえ」
 少し考えた後、沖村が首を振った。
「ありがとうございます」
 麻貴がそれだけ言い、頭を下げると、彼も倣った。麻貴が水波を促すと、彼女は困ったような顔をして沖村の方を振り向けば、彼は随分思いつめたような顔をしてこちらを見ていた。

 紋次郎の宿と茶屋の情報を集めようとしていた御門と柚月はまず、宿に赴いていた。
「綺麗になってるね」
 辺りを見回した柚月が感想を述べる。
「監察方の手が入ったのでしょう」
「あ、紙の束がまだあるね」
 一角に纏められた紙の束。二人が手に取ると、宿帳や売り上げや支出の帳面のようだ。
「‥‥特にないか‥‥あれ」
「どうかしましたか?」
 ぱらぱらと宿帳を見ていた柚月がある点に気付く。
「名前の上に赤く印がついてる」
「全部というわけではありませんね。こっちの人は下の方に黒い点がありますよ」
「宿について詳しいわけじゃないけど、なんかおかしいよね」
 首を傾げる柚月に御門は頷く。
「これ、麻貴にお土産で持ってくよ」
 可愛らしい柚月の表現に御門から笑みが零れる。
「では、もう少し調べてから茶屋の方に行きましょう」
 御門が提案すると、柚月が笑顔で頷いた。
 その後、宿の中を探してもあまり見つからなく、茶屋の方へ向かう事にした。


 甘味屋の方にいた折々はこちらからの侵入はなさそうだと思い、引き上げる事にした。代金は監察方から貰おうと思い、代金を支払い、外に出た。一応、裏の入り口を見てから戻ろうと、曲がり角を曲がると、折々はきょとんと、目を瞬かせて凝視した。
 女が一人、もう一つの方の門の前をウロウロとしている。見た目は美人であるが、着ている物はいたって普通の質素な着物だ。表情は何だか思いつめたようなもの。
「‥‥あの、この茶屋になんか用なの」
 恐る恐る折々が背後から尋ねると、女は背を伸ばして驚いている。少し混乱しているのか、あまり上手くしゃべれないようだ。
「どうしかたのですか?」
 女の背後から声をかけたのは御門だった。更に女は声を上げてまた肩を竦めた。
「困ってるの?」
 じっと柚月が女の方を見ていると、女はゆっくりと竦めていた肩を落とす。
「い、妹を探してるの」
「妹?」
 折々が言葉を返すと、女は頷く。
「もう、一月前から妹がいなくなって‥‥ここでよく男の人と会ってたようで‥‥」
「どんな男なの?」
「一度見たんだけど、茶の髪に紫色の目の男で‥‥え?」
 特徴を聞いただけで三人の表情はさっと変わった。

 一方、個室の方にいる双伍と輝血だが、輝血は着物を脱ぎ、動きやすい服装となると、屋根裏部屋に忍び込み、珠々と手分けして間取りを調べる。
 個室の一室の話し声に気付いた輝血が止まる。
「理穴監察方の牢で殺すとは‥‥」
「見せしめの為だ」
「まぁ、牧野自体に類が及ぶ事はない。何とかなるだろう」
 それからの会話特になく、輝血はその様子だけを覚え、その場を去った。店を出る際に珠々と夏蝶に伝えればいいと思ったからだ。
 部屋に戻ると、双伍も人魂を使って姿を確認した模様。
「戻りましょう」
 後の事は夏蝶と珠々、沙穂に任せ、二人は店を出た。


 折々達が連れてきた女性はお初といい、近くで草木染をしている工房の娘。監察方に連れて行くより、近くの別の宿に入り、麻貴と水波を呼んだ。監察方の名を告げていいのか悩んだので、麻貴の指示を仰ぐ事にした。
「私達は開拓者で、茶の髪に紫の目の男を探しています」
 確かに麻貴もまた開拓者であるので、嘘ではない。
「何か困ってた事はあったのでしょうか」
 御門が尋ねると、お初は首を振る。今までそんな素振りもなく、困った事があれば、すぐお初に声をかけるらしい。
「なんか、可能性ばかり出てきて、確定ができてないよね」
「確定はありましたよ」
 折々が言えば、戸の向こうから声が聞こえ、双伍と輝血が戻ってきた。
「待って待って!」
 わたわたと柚月が言えば、二人は一般人がいる事に気付いた。監察方から一人女性の護衛を呼び出してお初は帰宅する事になった。

「確定したのは、犯人と思しき男は牧野という方の名を語り、見せしめの為に殺したと‥‥」
「牢の中には共犯者の殺し屋達もいたし、それ以来、連中の口は堅いんでしょ」
 水波が確認のために紙に書き記している。その横で輝血が口を出している。
「お初さんの妹さんの話もなんだか突発的といいますか‥‥」
「話によると、彼女は妹の件について役所に訴えていたそうだ」
 困ったように呟く双伍はどうにも調子が出てないようで、麻貴が言葉を付け足す。
「沖村殿のあの様子はもう少しそっとしておくか」
「どういう事?」
 よく分からないと柚月が首を傾げる。
「多分、彼は何らかの不正を知り、苦しんでいるんだよ。無理に聞き出す事はない」
 茶を啜る麻貴に御門が思い出したように声をかける。
「違法売買をしていた拠点の件は何か分かりましたか?」
「‥‥今、武天の方に問い合わせている」
 ろくな事にならないだろうと、麻貴が不機嫌そうに呟いた。

 茶屋に潜入している珠々と夏蝶は情報交換をしていた。異常聴覚を使用できる二人は小声で十分会話が成立できている。
 中庭の方から声が聞こえ、二人は意識を集中させる。夏蝶が壁に背をあわせ見た先にいたのは、宿と縁があると言われたおたつだった。他に男が一人。
 夕暮れともあり、夕日が髪を塗りつぶしていたが、黒には見えなかった。
「危ない橋は渡らないでよね」
「大丈夫だって」
 そう言うと、男は今晩空けとけと言って、その場を離れた。
 二人は顔を見合わせると、頷き、珠々がその後を追った。男が入ったのは物調吟味役の役所だった。