【未来】はじまりの終焉
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: イベント
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/26 02:08



■オープニング本文

※注意
このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。
年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

※後継者の登場(不可)
このシナリオではPCの子孫やその他縁者を登場させることはできません。


 天儀歴1020年。
 春を迎えた理穴国で人事異動があった。
 表向きは護衛関係の部署にいる羽柴梢一の昇進、もう一つは理穴監察方の昇進移動。
 理穴監察方は表向き存在していない部署。
 知っているものは一部の政務官や役人のみ。
 監察方副主席だった梢一が五年前に羽柴家へ婿養子になった時に彼は護衛方の部署へ栄転となり、それから空席であった。
 ようやく、その開いた席を埋めるのは四組主幹であった上原柊真。
 四組もこの五年で人事移動があった。
 最たるのは麻貴だろう。
 三年前に男児出産し、一年で復帰。
 子育てもあるので、五組へ移籍する事になった。
 主に遊軍である四組の面子の行動管理をしている。
 それなりに悪事があったりしているが、五年前まで追いかけていた火宵の件と比べればまだまだ緩いほどだと皆は言う。
 色々と落ち着いてきたので、柊真の昇進が認められた。

 事務仕事は慣れた麻貴であったが、書き物ばかりしている身体は鈍るが、麻貴は子育てという戦場で戦っていた。
 事務方で残業というのが殆どなく、あっても麻貴は子供を役所に連れて行って空き部屋に子供部屋を作って遊ばせている。
 話を聞いた別の部署の者達も自分の子供を連れて預からせている事もある。
 子供達の面倒を見るのは事務方が持ち回りでやっていたり、時折開拓者を呼んだりしていた。
「ははさまー」
 よたよた歩く子供に麻貴はおいでと手を広げる。
 今日の面倒を見ていたのは武天から来た折梅だった。架蓮もお供で着いてきている。
 昇進祝いと曾孫の顔を見に来たようだった。
「柊誠、明日は開拓者の皆が来るぞ」
 わが子を抱き上げる麻貴はとても嬉しそうであり、まだあどけない柊誠もつられて喜ぶ。
「まぁ、お父さんがちゃんと間に合いばいいのだがな」
 ふーっとため息をつく麻貴に柊誠はきょとんと母を見つめた。


■参加者一覧
/ 鷹来 雪(ia0736) / 御樹青嵐(ia1669) / 紫雲雅人(ia5150) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / 叢雲・なりな(ia7729) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 溟霆(ib0504) / 叢雲 怜(ib5488


■リプレイ本文

 もう、五年は経っていた。
 風は温かく、これから咲く花の香りを届けようとしていた。
 顔を上げるととても眩しい春の陽光が差している。
 開拓者ギルドはとても賑やかで、その空気は変わらない。
 馴染みの受付員を探したが、今日はいないのだろうか、その姿はなかった。
 五年も顔を出していなかったのだ。あの受付員とてもう妙齢の年であるし、結婚をして職を退いているのかもしれない。
 受付所には人が沢山いたので、手近にあった紙に入りたい依頼と登録している名前を書いて依頼人と話している受付の横に紙を差し込んだ。
 目的を達成するまでもう少しなのだ。
 依頼人が席を立った後、その受付員が見た名前は「輝血(ia5431)」とあった。
 その名前を先輩受付員から聞いていた受付員はそのまま名を連ねていく。

「依頼に入りたいのですが」
「あ、こんにちは」
 受付員が笑顔で応対すると紫雲雅人(ia5150)は麻貴が出した依頼に入る旨を伝えた。
「わかりました」
 日時と場所を告げられて雅人はそれを覚えてギルドを出た。
 出入りする人は多少変わったかもしれないが、ここの空気は変わらないと雅人は思う。
 そして彼の仕事も変わってない。
 真実を伝え、言葉で人を護る読売屋の仕事を続けている。
 今抱えている仕事は終わっていなく、雅人は神楽の都の雑踏の中に消えていった。


 某所研究員と開拓者の二束のわらじを履いている御樹青嵐(ia1669)は現在、研究所の方に篭っていた。
 女装の機会があったかは分らないが、美貌は衰えることはない。
 それなりの縁故もあり、それ故に縁談もよく舞い込んだ。
 しかし、彼はうまい事を言って断っている。
 そこはかとなく疑惑が生まれるも青嵐は気にしないし、分ってる人達は多い。
 皆、口にしないのだ。
 彼の心の中に今だ住む人を。
「ギルドに理穴の依頼が出ているようだけど」
 研究員仲間が声をかけると青嵐は「では行ってきます」とだけ言って理穴へと向かう。
 今回の依頼は監察方の事件の事か、子守なのか。
 勿論、彼の料理は監察方に通う子供達の大好物である。


 神楽の都の某所ではとある開拓者夫婦が子育てに奔走していた。
 夫婦共に美形であり、産まれた子供は男の子と女の子の双子。
 出産後、奥さんである紅霞は育児へ集中し、開拓者家業は主に旦那様である溟霆(ib0504)が行っていた模様。
 旦那様がお休みの日は仲睦まじい夫婦の姿がよく見れるので、男女問わず、いい目の保養となっていた。
「紅霞、理穴に行かないかい?」
「参ります」
 旦那様のお誘いには相当な事がない限りは断らない。断るにしろ、きちんと理由を述べて話し合って解決方法を見出す。
 常に言葉を掛け合い、話すことで信頼関係を築いていく。
 この夫婦の円満の秘訣なのかもしれない。
「紅霞が必要なほどの依頼がありましたか」
 憂うのは理穴にて監察方の仕事をしている麻貴達一家の事。
「大事な事だよ。柊真君が副主席に昇進したようだ。折梅殿も沙桐君夫婦も行くようだよ」
「まぁ!」
 妻にとって鷹来家が大事なのは今でも変わらないのを分っての事。多分、柊真の昇進より、折梅に会えるのが嬉しくて仕方ない模様。
「雪様とお嬢様は行かれるのでしょうか?」
「勿論だよ、ウチの子たちも連れて行くと喜ぶよ」
「はい!」
 一層喜んだ様子で紅霞は子供達に報告していたが、幼い双子は母が喜んでいる事が嬉しくて笑顔となっているようだった。

 そのもう一方では子供を寝かしつけた後、沙桐と鷹来雪(ia0736)が夜の冷えを防ぐ為、熱いお茶を飲みつつ理穴へ行く時の話をしていた。
「あんまり覚えてないのになぁ」
 くすくす笑う沙桐はお茶を啜る。
「私がおばあ様の事が大好きですから、通じるものがあるのですよ」
 繚咲における折梅の異名の文字を一つ貰った娘は健康に育ち、母である雪も子育てに追われながら元気である。
「沙桐様、おばあ様の体調は‥‥」
 ふと、表情を曇らせる雪に沙桐は眉を寄せてしまう。
「年が年だから、無茶しないで欲しいんだけど」
 ふーっとため息をつく沙桐だが、あの祖母をどうこうできる人間などいるわけがない。
 きっと、今回の移動も一般公用の飛行艇があるから何とでもなりますとでも言いくるめたのだろう。便利な世の中であるが、それなりの疲労もたまるのも事実。
 なんつう胆力だとも思えてしまう。
「まぁ、ばぁさまが笑顔でいてくれればそれでいいかなって思うけどね。それよりも、心配なのは青嵐君だけどね」
 五年経っても何一つ話は入ってこない。
 彼はただ、待ち続けている。
「大丈夫です。輝血様は戻ります」
 雪の断言に沙桐は目を瞬く。
「うん、雪ちゃんが言うんだからそうだよね」
 二人が笑顔で頷きあう。


 当日、夫たるリューリャ・ドラッケン(ia8037)に誘われて現れたのはヘスティア・V・D(ib0161)だ。
 もう一人の奥方より送り出されてしまい、今に至る。
「いいんだけどさ」
 皮肉屋であるが、面倒見がよい奴だと彼女は想う。
「何か言ったか?」
 ちらりと妻の顔を見やるリューリャに「いいや」と返してヘスティアは笑う。年齢は重ねているものの、若さがあり、年齢相応の艶も出ている。
 こういう日があってもいいだろうと思うからだ。
「遅咲きの梅もあるのだな」
 リューリャの視線には散りかけている梅の木があった。
「早咲きの桜があるって言ってたよな。春は色んな花が咲くからいいよな」
 儀の春はジルベリアよりも早い。
 今でも戦場に身を置くヘスティアであるが、花はいいものだとは思う。
 花を見やる妻の横顔を見つめてリューリャは柔らかい笑みを浮かべている。今、彼女がどんな表情をしているのか当人は気づいていないだろう。
「どうかしたのか?」
 夫の視線に気づいたのだろうヘスティアがきょとんと見つめている。
「花とは心を和ませるよいものだな」
「そうだな」
 夫婦で頷きあっていると、甘酒屋の屋台を見つけて温かい甘酒を飲みつつ花を愛でる。

 二度目の事であるが、重たいものは重い。
 命の重さだから重たいのだ。
 叢雲・なりな(ia7729)は腰を摩りつつ、料亭へと向かっている。傍らには夫である叢雲怜(ib5488)がなりなの手をとって気遣っていた。
「なりな、ゆっくりでいいから」
 夫の気遣いが嬉しくてなりなはつい、笑みがこぼれてしまう。
 最初会った頃は自分より小さかったはずなのに、いつの間にか背は追い越されて自分が怜に抱きしめられればすっぽりと包まれてしまうほど。
 元服も済ませており、もう子供ではない。大人の顔を見せる青年の姿だ。
 少年の成長とは気がついたら終わってしまうもののようにも思える。
「怜!」
 頭上から怜の名を呼ぶ声が聞こえた。
 二人が顔を上げると二人の前に着地した青年がいた。
「キズナ! 久しぶり!」
 ぱっと怜の表情が明るくなる。
「久しぶり! えっと」
 挨拶もそこそこにキズナは怜が気遣うなりなが気になるようだった。
「奥さんのなりなだよ」
「こんにちは、怜から聞いてます」
 怜が紹介してなりなが挨拶をすれば、キズナは驚く。
「だ、大丈夫‥‥?」
 キズナが気にしているのはなりなの身体。
「平気、二人目だし、安定してるし」
「二人目!? 一人目は?」
「親に預けてもらったんだ」
 同年代の怜に恋人がいる話はキズナは知っていたが、子供の存在は知らなかったようで驚いている。
「キズナは恋人できたのか?」
 無邪気な怜の問いにキズナは目をそらす。
「‥‥全く気づいてもらえてない」
「‥‥押すしかないぞ?」
「分ってるんだけど、気がついたらすぐ帰るんだ‥‥」
「大変だね‥‥」
「うん‥‥」
 怜となりなに激励をしてもらいつつ、キズナは一度監察方へと戻った。

「‥‥っくしゅんっ」
 花粉の所為か、噂でもされたのか、往来でくしゃみをしてしまったのは珠々(ia5322)だった。
 五年間のうちに上原家の娘となった珠々であるが、今でも開拓者業を続けている。
 遠方の依頼を受けており、見聞を広げているようであった。
 上原家の仕事は受け入れているが、両親の計らいもあり、今の所は免除されている模様。
 自分としては平気であるのだが、両親曰く、監察方の人間でもないのに上原家の仕事をさせるのはいけないと言う。
 そんな両親はあまり理穴から動く事はないので、せめて自分が見聞きしたものを土産話として聞かせることにしている。
 今はまだ昼。きっと麻貴は役所の方にいるだろう。
「ただいま戻りました。おかあさん」
 ひょこり顔を出せば、やはり麻貴は仕事をしており、娘の帰還を喜んだ。
「お帰り、珠々」
「ねーたま」
「帰りましたよ」
 姉まっしぐらの柊誠に珠々は猫かわいがり。
「おとうさんは間に合うのでしょうか」
 おとうとを抱きしめ、珠々は麻貴に問う。
「さぁ、もう一人の副主席殿からの仕事の受け渡しもあるからな。間に合わなければこっちで楽しめばいい」
 肩を竦める麻貴に珠々はくすくすと笑う。
 五年前にようやく笑う事が出来た珠々は今は感情を表情に出す事が出来ている。
 麻貴と柊真にとってそれが何より嬉しいのだ。
「ばあさまと一緒に先に行っててくれ」
「わかりました。間に合うといいですね」
 ふんわりと笑う珠々はとても綺麗になった。
 その美しさに縁談を持ち込もうとする者も多いが、柊真が睨みを利かせているのか、珠々に舞い込んだことはなかった。


 料亭には皆が集まっていた。
 一人足りないと感じるのは五年経っても変わらないと雪は青嵐を見て思う。
「雪さん、お久しぶりです」
「青嵐様こそ、お元気そうで何よりです」
「忙しいですけどね」
 彼の口から彼女の名が出る事はなかった。
 忘れるわけがないのは分っている。言葉を重ねられない事がもどかしくも思う。
「主役のおとうさんが来なくてもお花見なのではじめましょう」
 珠々が声をかけると皆で乾杯して宴が始まる。
 柊真の姿がないのでまだ役所にいるのだろう。
「ほう、丁度よく桜が見れるのだな」
 リューリャが声を上げると、皆が窓の方を見た。会場は料亭の二階であり、窓を開ければ五分咲きの桜が間近に見える。
「いいね、こういうのも」
 ヘスティアが珠々に酌をしてもらった天儀酒を呷りつつ頷く。
「たまにはゆっくりしてください」
 穏やかに珠々が声をかけて溟霆と紅霞に酌をする。
「ありがとう、珠々君」
「恐れ入ります」
「どういたしまして」
 にっこり笑う珠々は雅人の方へと席を立つ。
「紫雲さん、お久しぶりです」
「これはどうも」
 麻貴の愛娘となった珠々より酌を受ける雅人は時の流れを感じざるを得ない。
 最初出会った時の鉄皮面の面影はなくなって今は大人の女性の表情も見せていた。
「人参は食べられるようになったのですか?」
「‥‥それはないしょです」
 悪戯含みで雅人が尋ねると珠々はそっと目を反らす。
「今夜はそれを忘れておとうさんのお祝いをしてください」
「そうします」
 笑い声を隠して雅人は酒を呷った。
 続いて珠々は身重のなりなを気遣い、大判のひざ掛けをなりなの腰周りに巻く。
「ありがとう」
「温かくして下さいね」
 ひざ掛けは絹と羊毛を混ぜた布地で軽くて温かい。
「あ、キズナ、お疲れ様」
 怜が入って来たキズナに声をかける。
「遅くなったけど、柊真さんはすぐ来るよ」
 少し遅れてきたキズナは走ってきたのか、顔が赤かった。
「とりあえず、お茶で水分補給してください」
「う、うん‥‥」
 珠々にお茶を渡されたキズナはどこか緊張した様子でもあり、怜はあれっと、首を傾げる。
 そうこうしている内に柊真が現れた。
 皆で柊真の昇進と花見に興じ、酒と料理を楽しむ。

「俺の前に姿を見せるのはいつぐらいだ?」
「さぁて、年を数えるのはもうやめました」
 柊真が雅人に酒を注ぐと彼はにやりと笑って杯の酒を呷る。
「麻貴には顔を見せているようだが」
「随分と狭量ですね」
 監察方全体を見る者となった柊真であるが彼が麻貴に対しては狭量な所があるのは雅人はこっそり知っている。
「どこが狭量だ、許容だろう」
 雅人の言葉を返す柊真に彼はくつくつと笑う。
「俺は、麻貴さんの友人ですよ。分っているじゃないですか」
「いいさ、また麻貴に会いにきてやってくれ」
 むすっとした様子の柊真はあまり見られるものではない。十分な収穫と見て雅人は杯の酒を舐めた。
 男達の会話の向こうで何も気づかない麻貴は溟霆と紅霞夫妻と話していた。
「うん、紅霞が望むなら、堅い職も考えてるんだ」
 内容は今後の溟霆一家の生活だ。
 現在は開拓者稼業を中心としているが、それも若い内である。
 子供が手を離て自立すれば夫婦でどうともなるが。
「紅霞はどう思うんだ」
「私は今のままでもよいと思います。溟霆様が私達の為を想っているのは今でも十分なくらいです」
 紅霞にとって溟霆がどれだけ家族の為に尽力しているのか知っている。
 開拓者稼業は何かと危険がつきものだが、紅霞は溟霆が無事で帰ってくる事を信じて待っている。
「溟霆君、もし堅い職を考えるなら理穴においで。繚咲ではやりにくいだろう?」
「気持は受け取っておくよ」
 溟霆もまた、紅霞の想いと努力を知っている。
 どう転ぶかはまだわからない。
 溟霆達の隣では折梅を交え、雪と沙桐夫婦と話していた。
「繚咲に戻りますの?」
「うん、陽香も大きくなったし、三人で戻れるなら戻ろうと思ってる」
「一番可愛い盛りをあの家で過ごさせるのは酷ですね。沙桐さんの小さい頃は一年の半分は天蓋で過ごさせておりましたし」
「聞きたいです‥‥」
 折梅の言葉に雪が目を輝かせてしまう。
「いいものじゃないよっ」
 心当たりでもあるのか、沙桐は大慌てで止める。
「あれは五歳の時です‥‥」
「ちょ、ばぁさま!?」
 驚く沙桐に折梅は構わず話を続ける。

 この宴は無礼講であるし、きちんとしなくてもいい、身体を優先するようにと言われたなりなだが、やはりある程度は気疲れも出て、こっそり息をつく。
「大丈夫かぁ?」
「うん、平気」
 怜がなりなの様子に気づいて妻の後ろに座り、座椅子宜しく背を凭れさせる。
 人前では恥ずかしいかもと照れるなりなであるが、酒宴ともあり誰も気づいていないようだった。
「結構飲んだ?」
 怜の酒精に気づいてなりなは見上げると彼の頬は赤く上気している。
 目も上機嫌でとろんとしているようにも思えた。
「うん、いい酒だし、楽しいし」
 ふざけてなりなの頬に擦り寄って甘える怜になりなはくすぐったくて仕方ない。
「愛してるなりながいるんだからいつだっていい酒だし、酒がなくっても楽しい」
 そっと怜の大きな手がなりなのお腹を優しく撫でる。
「いつ産まれていいように俺達は楽しみに待ってるんだからな」
 お腹の中の子供に怜が優しく語り掛ける。
「怜‥‥そうだね‥‥きっと、この子も会いたがっているよ」
 なりなが怜の言葉にゆっくり頷く。

「理穴の酒は如何ですか?」
 折梅がリューリャとヘスティアに声をかける。
「いい酒だな」
「料理も美味いし」
 二人の言葉に折梅は嬉しそうに微笑む。
「なりなさん、お疲れのようですね」
 ふと、目線を外した折梅がなりなを案ずる。
 向こうではなりなが怜に背を預けている姿が見えた。
「二人目とはいえ、キツイだろうな」
「怜が付いているし、心配には及ばぬ。気遣い感謝する」
 リューリャが一度二人の方を見やってから折梅に言葉をかける。
 折梅は何かあればこちらも助力すると告げて席を立った。
「怜が父親かぁ」
 ヘスティアが愛息子を見やり、ちびりと杯の酒を舐める。
「なんだ、寂しいのか?」
「寂しいものか。家族が増えるんだ、嬉しい事はない」
 リューリャのからかいを含んだ言葉にヘスティアは真正面から返し、手近にあった銚子を手に取る。
 その反動でヘスティアはリューリャの肩にしなだれ、空いた左手を夫の腰に回す。
「家族が仲がいいのはいいものだよ」
「そうだな」
 銚子を傾けた先はリューリャの杯。澄んだ天儀酒が彼の杯を満たす。
 妻が満たしてくれた杯をリューリャはゆっくりと味わう。
「今度は、彼女と行ってこいよ」
 にやっと、悪戯心たっぷりに笑うヘスティアにリューリャはそっと息をつく。
 怜とは血が繋がっていないのにどこか似た笑い方をする。
 それもまた愛しく思えた。


 折梅に弄られた沙桐はどこかぐったりしており、雪が「まぁまぁ」と慰めていた。
「私には記憶がありませんので、こうして沙桐様の記憶を共有したいと思います」
 そっと雪が沙桐の手を包み込む。
「俺は雪ちゃんとのこれからの未来を刻み続けて生きたいよ」
 沙桐はそっと雪の手を自身の唇に寄せて掠めるように手の甲に口付ける。
「雪ちゃん、陽香と一緒に繚咲に来て欲しい。来年の春には出発を考えている。答えは今すぐじゃなくていい。少し考えて」
「分りました」
 こくりと雪は一つ頷いた。


「しかし、珠々君は綺麗になったね。女性は恋をすれば美しくなるとはいえど、これは麻貴君達の愛情の賜物名かな?」
「ふふ、それはありますね」
 くすくすと口元を隠して笑う珠々はとても淑やかだ。
「恋もすれば艶も出てくるでしょうが、柊真さんが許す事か」
 ため息混じりに青嵐が呟けば皆はそれは難しいなと笑う。
「おかあさん、いいひといますか?」
 茶目っ気で珠々が尋ねれば麻貴は何かを言いたそうである。
「いるのですか?」
 雪が目を瞬く。
「珠々につこうとする虫は僕が退けてます」
 追加の酒を頼んできたキズナが襖を開けると同時に言い切った。
 開拓者達が目を丸くして視線を向けられているのに気にせずにキズナは珠々を見下ろす。
「珠々に粉をかけようとしてる奴は徹底して僕が遠ざけている。僕より弱い奴が珠々に近寄るなんて許せないから」
「ほ、本当なのですか、麻貴様」
 こっそりと雪が問うと、麻貴は無言のままこくこくと頷く。頭を抱えていることからもしかしたら麻貴を困らす種なのかもしれない。
「人の婚期を遅らせる気ですか」
 ちらりと珠々がキズナを見上げる。
「へたな奴なんかにやれるか」
 大人になったとはいえ、にらみ合う様は黒猫と茶猫のままである。
「‥‥キズナ君もしかして」
 溟霆がある答えに気づく。
「どうやら、ずっと前からだそうだ」
 ぶすっとした様子の柊真が答える。
「火宵の知るところではなさそうですね」
 おやおやと杯を飲み干す雅人に気づいた青嵐が彼の杯に酒を注ぐ。
「多分、この場に居れない事を悔しがっていそうですが」
 面白い事大好きな火宵が知ればきっと楽しみを見つけたといわんばかりに引っかきまわすのかもしれない。

「読売屋、柊真と何を話していた?」
 柊真が席を立ったと入れ違いに麻貴が雅人に声をかける。
 手には銚子と自分の杯を持っていて、麻貴は雅人の杯に酒を注ぐ。
「野暮な話ですよ」
「ふぅん」
 雅人が麻貴より銚子を取り、彼女へ酌をする。
 この五年、雅人は年に数回は麻貴の下へ顔を見せに行っていた。
 つかず離れずという形を続けていたが、ここの所は落ち着いた様子だった。
 ある開拓者が姿を消した頃は気丈に振舞っていたが、落ち込んでいた事を知っている。
 どこにいるかはあえて探していない。
 きっと、どこかで道草を食っているのだろうと思っている。
 自分が顔を出せば麻貴は笑顔になる。
 それだけで十分だ。
「読売屋?」
 きょとんと麻貴が雅人を見つめると、彼は含んだように笑う。
「また、来ますよ」
「ああ、来てくれ」
 嬉しそうに麻貴は笑った。

 青嵐は柊真と杯を交わしていた。
「とりあえずは昇進おめでとうございます」
「ありがとう。そちらの研究はどうなんだ」
「順調ですよ」
 近況を話しつつ、青嵐は珠々とキズナの方を見やる。
「あの二人は本当によい方向へと向かいましたね。キズナさんを火宵の下に預けてしまった時はどうなるか分りませんでしたが‥‥」
「全く、いい子に育ってるよ。珠々の事もわき目振らずに珠々だけを想ってるんだからな。血は繋がってはいないが、火宵の影響をしっかり受けている」
 柊真の言葉に青嵐が思い出すのは火宵が愛し続けた女‥‥満散だ。
 十年以上、火宵は愛した女の為に罪にと血にまみれ続けていた。
 自分だって、同じだと青嵐は揺るがない。

 ふらりと料亭の廊下に桜の花びらが迷い込んだ。
「あらあら、もう散る枝があるのかしら?」
 仲居さんが追加の銚子を盆に乗せて運んでいるところ、風で舞い込んだ桜の花びらに視線を落としていた。
 宴会会場はとても賑やかであり、すんなりと中に入れた。
 いつも通りの空気で、とても楽しそうだった。
 珠々が最後に見たときよりとても大人びていた。
 最後に見た珠々はいたずらがばれて人参を食べさせられてぐったりした姿だった。
 とても綺麗になったが、人参は食べられるようになったのだろうか。
 あの年になってまでそんな事はないだろうと思う。
 雪も紅霞も幸せそうだ。
 旦那に幸せにしてもらっているのだろう。
 青嵐は柊真と話していた。

「私にも、忘れられない人がいます」

 青嵐の重い声が鼓膜を叩く。

「それ、あたしでいいの?」

 自信過剰にもほどがある。
 あれだけ待たせていたのに。

 全員の視線が一カ所に集まった。
 名を呼ぼうとしたが、自身が知る名を呼んでいいのか言い淀む者もいる。
 自分達が知る彼女はそんな表情をしていただろうか。
 とても柔らかい笑顔を見せたであろうか。

 青嵐がこちらを見ている。
 ただいまと言っていいのだろうか。
 疲労から来る目眩だろうか、青嵐に会えて気が緩んだのだろうか、彼女が足を取られてふらりと上体を崩した。
 あっと声があがったが、青嵐が慌てて抱きとめる。
 誰かに抱きしめられて嫌な思いをしなかったのは二人目だ。
「おかえりなさい。疲れたでしょう?」
「ただいま。ごめんね、待たせて」
 謝れば、彼は穏やかに微笑んで首を振った。
「‥‥ねぇ、あたしのこと、紹介して」
 ようやっと名乗れるようになったのだ。
 彼女が青嵐に言えば彼は頷く。
「皆さん、紹介します。彼女は私の大事な人、「あやめ」さんです」
 少し強めの風が吹いて皆の髪を遊ぶ。
 風に押された桜の花びらが部屋の中に入り込み、ようやく共に生きれるようになった二人を祝福するように舞い踊った。