玉兎のいたずら
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/02 19:32



■オープニング本文

 火宵と満散の処刑が執行されてから麻貴は気落ちしていた。
 丁度いい時に麻貴の祖母である鷹来折梅が尋ねてきており、麻貴は理穴で祖母と一時期暮らせるという幸せをかみ締めていた。
 とはいえ、火宵達の処刑が終えてから祝言を挙げると決めていたので、麻貴と柊真は仕事と式の準備で忙殺されるのが現状だったが、そこは折梅が程よく助力を出していた。
 師走に入った頃、麻貴と仲のよい役人達から祝言の話を聞きつけたのか、麻貴を祝いに飲みに行こうと声をかけてきた。
 嫁入り前の麻貴が仲間達と飲みにいくというのは醜聞にも近い事ではあるが、「たまには羽を伸ばすのもよいことです」と折梅が背を押してくれた。
 仲のよい友人達と飲むのはいい羽伸ばしなのは折梅が一番よく知っているからこその助言。
 祖母の言葉に甘え、麻貴は飲みに行く事にした。

 役人達とよく飲み、よく喋り、麻貴にとってよい気分転換だった。
 麻貴達の祝言は小規模の家族と親しい人たちとで行う事になっており、彼らなりに祝おうとしていたのだ。
「あー、おいしかったなぁ」
 次行くときは柊真達を誘おうなどと考えつつ、麻貴は夜風に当たりながら家路を歩く。
 今宵は月明かりが少なく、暗い夜道だった。
 ふっと、思考回路が持っていかれたそのとき‥‥

「あっ」

 膝から転んでしまった。
 志体持ちとはいえ、痛いものは痛い。
「血が出てしまったなぁ、まぁいいや」
 自覚症状がないとはいえ、飲んだものは飲んだ。日ごろの疲れもあっただろう。
 気を抜くのはよくない事だ。
「ただいま帰りました」
 かなり夜更けの帰宅の場合は正門ではなく、勝手口から入ることにしている。
「あ、お嬢様」
 台所で朝食の下拵えをしていた板前が声をかけると、麻貴の膝に声をかける。
「お怪我を?」
「ああ、転んでしまったよ」
「今晩は月が細いですからね。葉桜様を呼びましょうか?」
「あー、そうしてほしい。結構痛いから」
 明日も仕事なので、痛む膝を抱えるのは窮屈だ。
 しかし、麻貴の目論みは外れ、葉桜に嫁入り前なんだからと叱らてしまった。
「ば、ばあさま‥‥」
 横でお茶を啜る折梅に助けを請う麻貴だが、「ほどほどになさい」と葉桜の味方をされてしまった。
 とはいえ、麻貴の怪我をそのままにしておくわけにもいかず、手当ての心得を持つ葉桜と架蓮に手厚く手当てされて寝室に放り投げられた。
 なので、三日ほど麻貴は休みを言い渡された。


 一方、神楽の都の開拓者ギルドにある依頼が届いていた。
「輸送依頼ですか」
 依頼人は鷹来緑萼であり、届け先は理穴国の羽柴家だ。
 内容物は麻貴に着て貰う白無垢一式。
 汚れ一つつけるような事がないようにと注意書きもそえて。
「麻貴さんの白無垢姿、綺麗でしょうねぇ」
 うっとりとギルド受付員の真魚が胸の前に両手を組んで想像にふける。
 自分が着たいという欲求はまだないようだ。
「いかがされました?」
 真魚に声をかけたのは開拓者の紅霞だ。
「わ、紅霞さん! 今日は緑萼様から依頼が入ってますよ!」
「え!」
 書きあがった依頼状を真魚が紅霞に見せると彼女は何度も文字を追う。
「緑萼様の依頼ならば私に直接言ってくだされば‥‥!」
「紅霞さんはもう開拓者ですからね」
 生真面目な緑萼らしい判断に真魚が微笑んだ。


■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ


■リプレイ本文

 繚咲につくと、緑萼と紅霞の両親が出迎えてくれた。
 紅霞の幸せそうな様子に両親は嬉しそうな表情を見せる。
「そなたも元気そうで何よりだ」
 珠々(ia5322)の頭を撫でくりつつも真顔の緑萼が溟霆(ib0504)に声をかける。
「今回は麻貴君の婚礼衣装の運搬と」
「全く、あの子は‥‥」
 麻貴の転倒の事を知っているのか、緑萼はため息をつく。嫁入り前だというのに、飲みに歩いて転ぶというのは情けない話だ。
「仕事漬けですし、少しは休めた方が良いかと」
「そう言って頂ければ何よりです」
 もう一度ため息をつく緑萼を見つつ、溟霆は仲間内開拓者を思い出す。
 自分の予想が正しければ、今頃麻貴の元に走っていることだろう。
 世間話をしていると、品物が溟霆達に届けられた。
 衣装は葛籠に綺麗に仕舞われており、上下に綿をくるんだ布の間に白無垢が入っているという。
 雑に扱わなければ基本的には壊れたり汚れたりはしないそうだ。
「重要な任務です‥‥!」
 今日の珠々の意気込みは並々ならぬものであった。
「溟霆さん、よろしくお願いします!」
 きらりと輝く珠々の黒曜石の瞳はやる気に満ち溢れ、燃えに燃えている。
「珠々様、がんばりましょう!」
「はい!」
 紅霞もまた気合いを入れて、珠々と意気投合をしている。
 その様子を微笑ましく眺めているはずの溟霆であったが、彼はじっとその様子を見ていた。
「いかがされましたか?」
 香陽の言葉に溟霆は何かを言いかけたがすぐに微笑へと変える。
「微笑ましくてね。珠々君は麻貴君の祝言を心待ちにしていたから」
「そうですね、麻貴様は鷹来に認知されてから祝言を挙げたいと仰っていたと窺ってます」
 溟霆はその場にいた全員を見やる。
 誰も気づいていないのだろうか‥‥
「溟霆様、参りましょうか!」
 愛しい妻と本格的な依頼を遂行するのは初めてであり、少々気を張ってはいるが、それは彼女を守りたいという気合の現われだ。

 少し遅れた頃、理穴国首都にある羽柴家の屋敷に御樹青嵐(ia1669)と輝血(ia5431)が現れた。
「あら、ようこそ、いらっしゃいませ」
 出迎えてくれたのは葉桜だ。
 顔なじみである輝血と青嵐の姿を見て笑顔となる。
「麻貴、いる?」
「奧にいます。さ、中に入って」
 葉桜に誘われるままに二人は麻貴の部屋へと案内される。
「麻貴、輝血様と青嵐様がいらっしゃったわよ」
 帳面を眺め、余白に書きものをしていた麻貴は二人の顔を見て少しばつの悪そうな表情を見せた。
「麻貴、鈍ったね」
 ふふりと笑みを浮かべつつ、麻貴を見下ろすのは輝血。
「面目ない」
 当の麻貴は帳面を膝の上に落として肩を竦める。
「ともあれ、柊真さんはいませんが‥‥祝言を挙げるとのこと、おめでとうございます」
 麻貴を宥めるように話を変えて祝言の祝いの挨拶を述べるのは青嵐だ。
「嬉しいが、それは当日に言ってくれ」
「柊真さんはこの事は存じては?」
 青嵐の質問に麻貴はゆっくりと頷いた。
「ああ、知ってるよ。義姉上が怒っていたものだから、早々に逃げ出した」
「情けない」
 思いっきり輝血が切り捨てるのも仕方ないレベルの情けなさに青嵐は深いため息をつく。
 淑女という言葉が似合う葉桜が激昂したら柊真ですら逃げ出す程なので、詮索は不要だろう。
「まっ、今まで散々働いてきたんだから、暫くは大人しくしていることだね。花嫁さん♪」
 輝血が怪我をしている膝をつんつんとつつき、忠告をする。
「ぁっ! いっつ!!」
 どうやら、まだ痛みは取れてなく、麻貴は布団の上で悶える。
 そんな麻貴の反応を見て、輝血はとても楽しそうだ。
「せ、青嵐君‥‥治癒符を‥‥」
「命が惜しいのでゆっくりしてください」
 怪我をしても即治る術を持つのが志体持ちの特権。
 しかし、治癒の専門である巫女の葉桜がやらないのであれば、従うのが生きるための正解だ。
「青嵐君までも〜〜。って、珠々はいないのか?」
 今思い出した麻貴が言えば、青嵐が答えた。
「もう少ししたら来ますよ。溟霆と紅霞さんと一緒に」
「そうなのか」
「まー、今頃は山賊とでも戦ってるんじゃない? あの辺はよく出るし」
 少し思案した様子で輝血が言えば、麻貴は目を瞬いた。

 輝血の予想通り、珠々達は此隅へと向かう真っ最中。シノビの足で日暮れには此隅につくという算段の時だ。
 三人を取り囲むのは山賊達。
 志体を有しているかは分からないが、若夫婦一組と娘一人という図を見て、彼らが屈せると信じるに十分。
 こちらは六人もいるからだ。
「その包みと有り金をよこしてもらおうか」
「そっちの姉ちゃんもな」
「たっぷり可愛がってや‥‥」
 お約束の台詞が並べられる前に一人が蹴りとばされた。
「さっさと退くのです‥‥!」
 蹴り飛ばした着地と共に珠々がじろりと山賊達を睨みつける。
「な、なんだこいつ‥‥!」
「切るという事はとても縁起が悪いので蹴り飛ばします」
「成る程、縁起は重んじなければ‥‥!」
 珠々の姿勢に紅霞は手にしていた小太刀を納め、蹴りの主体の構える。
 葛籠を抱えている溟霆は心の中でそれは違うとツッコミを入れる。
 喧々囂々と山賊達と言い合い、揉めあうシノビ二人は痺れを切らせて山賊達の駆除という選択肢をとった。
 山賊の短気さを越える二人の女シノビにとって、溟霆が抱える葛籠を丁寧に、早く届けるのは何より優先されること。
 山賊達は志体を持っていなく、珠々と紅霞の手によって叩きのめされた。
「溟霆様、お怪我は!」
 夫の下へ駆け寄る紅霞に溟霆はくすりと微笑む。
「大丈夫だよ。葛籠もね」
「よかった‥‥ありがとうございます」
 ほっとする紅霞に溟霆は妻の手を取る。
「君も怪我がなくて何よりだよ」
「はい」
 頬を朱に染めて紅霞が頷く。
 そんな二人を珠々はじっと見やるが、それとなく視線を外す。
 そういえば、おとうさんとおかあさんも仲はいいが、あまりああいった事はしていた覚えがなかった気がすると珠々は思案する。
 祝言を挙げれば変わるのかなぁと珠々はぼんやりと理穴がある方向の空を見つめた。



 羽柴家の台所では青嵐の登場で大盛り上がりだった。
 青嵐が祝言の時に出す祝いの料理を提案してきて、板前達が食材やうつわ等を持ってきて話し合っていた。
「味付けはいかがしましょう」
「その辺は適宜でいいと思います」
 一度作ってみようという所にひょっこりと顔を出してきたのは折梅だ。
「あら、青嵐さん」
「これは、お戻りで」
 折梅は外に出ていて、今帰ってきたようだった。
「ええ、白湯を一杯、頂戴しようとして」
 そう言うと、一人が白湯の用意を始める。
「外は冷えますからね。ここでは竈の火でしか暖められませんが‥‥」
「それで十分ですよ」
 突っ掛けを足にかけた折梅が台所に下りて竈の前にしゃがみこんで暖を取る。
「ようやっとですね」
 青嵐が音を立てて燃える薪を見て呟く。
「ええ、これも皆様のおかげですよ‥‥来て下さいね‥‥沙桐さんの時のように」
 折梅がとても小さく見えたが、本当に彼女は安心しているのだろう。
 青嵐は本当によかったと心から思い、微笑んだ。

 さて、一方の輝血は少々手持ち無沙汰。
 麻貴で構うのも飽きてくるので、他の事がないか探していたがないようだった。
 こうして騒がしいと祝言が近いんだなと輝血は思う。
 花嫁になるというのはどんな気持ちなんだろうか‥‥
 自分が着れるような人間じゃないが、なんとなく気になってしまう。
 ひとりでぼんやりする事が最近妙に増えてきたら今まで考えた事もないようなことを考えてしまう。
「なんだ、暇そうだな」
 中庭をぼんやり見ていた輝血に声をかけてきたのは柊真だった。
「暇なら手伝わないか?」
「仕事?」
「ああ」
「ふぅん、いいよ」
 立ち上がった輝血は玄関の方へと向かい、葉桜に声をかける。
 柊真の後ろについていけば、奏生郊外へと連れて行かれた。
「何、力仕事?」
「まぁな」
「いいよ、暇だし」
 二人の目の前にあるのは一軒の屋敷。少々荒れており、無人のようにも思える。
「行きましょうかね」
 最近、平和で身体がなまりそうだし、結婚について色々と考えてしまいそうになるので、いい運動だった。

 祝言の日に出す料理の試作品が出来たので、青嵐は輝血に味見をしてもらおうと思い、輝血を探していたが姿が見えない。
「輝血さんは?」
 麻貴の部屋に行けばいるだろうと思ったが、麻貴は首を振った。
「いや、いないが‥‥」
 二人が顔を見合わせて輝血はどこに行ったのだろうかという顔をしていると、麻貴の部屋へと向かう足音に気づき、青嵐が顔を出すと、柊真がいた。
「青嵐。すまない、輝血を借りたい」
「輝血さん、いらっしゃらないんですよって、何か‥‥?」
 不穏を感じ取った青嵐が尋ねると、柊真は今他の組で追っている貴族を今日、取り押さえるのでシノビの戦力を借りたいと言ったのだ。
「ああ、それでしたら、確かに輝血さんが必要ですね‥‥」
「今いる面子でも十分だが、念には念をと思ってな。いないなら仕方ないし、怪我をさせるのも可哀想だな」
「手伝うか?」
 麻貴が膝に負担をかけないように部屋から這出る。
「葉桜や青嵐に治癒させてもらえない奴は寝てろ」
 冷たくいう柊真に葉桜が声を上げる。
「どうしたの? あなた、輝血さんを仕事に連れて行ったでしょう?」
「待ってくれ、俺は今、監察方の役所から出てきたんだぞ?」
 柊真が嘘を言ってるとは思えないし、輝血と葉桜が見たのは‥‥
「まさか‥‥」
 呆然と四人が呟く。

 その場にごろつきが倒れて気を失っていた。
 笑う柊真が出るぞと声をかけるが、輝血は動かない。
「あんた、柊真じゃないでしょ」
 その言葉に彼は口端を上げる。その笑みは柊真のものではない。
「よくわかったな」
 それでも『柊真』は声を変えようとせず、表情も先ほどの笑みを最後に柊真に戻っている。
「あいつは保険をかけるからね」
 輝血の中でその笑みだけで確信した。
「やっぱり、ウチに来ないか声をかけたいな」
「タマが孫になるじゃん。そんな調子なの? あんた達」
 呆れる輝血に彼は「まぁ、楽しかったよ」と言ってその場を去った
 麻貴達はあまり言っていなかったが、彼がそうなのだろう‥‥
 理穴監察方 主席 上原柊禅。
「抜け目ないわー‥‥」
 それだけ呟くと、輝血はいつの間にか差し込まれた紙の地図に記されている方向へ走っていった。



 その後、輝血が監察方の捕り物に参加して分ったのが昼間に輝血と柊真を名乗った人物が叩きのめした奴らは捕り物相手である貴族の用心棒集団。
 速やかな捕縛を必要としていたので、用心棒連中が乗り込まれたら捕り物どころではなかったそうだ。
 帰り道に溟霆達が現れた。
「おじいさまが‥‥!」
「柊真に変装してたよ」
 愕然とする珠々に輝血が頷く。
「どうしようもないですね‥‥」
 じろりと青嵐が柊真を見やると、当人は自分の格好をしてうろついているという事を知り、怒りがこみあげているようだった。
「とりあえず珠々君、届けるまでが依頼だよ」
「はい!」
 溟霆に促されて珠々は羽柴家へと向かう。
 後片付けもしようということで、輝血と青嵐は残る事にしたが、二人は呆然と三人の後姿を見ていた。
「ねぇ、青嵐‥‥」
「ええ‥‥」
 呆然として二人が呟いたのは溟霆と同じ事だ。
「柊真!」
「どうかしたのか?」
 鋭く叫ぶ輝血に柊真が反応する。
「今すぐ羽柴の屋敷に戻るんだよ!」
「いや、現場が‥‥」
「ここは私達に任せて、これから檜崎さんが来るんでしょう、いいから珠々さん達を追うのですよ」
 青嵐も加勢し出したので、柊真は言われるままに珠々を追った。
 二人になり、輝血はふと溟霆が抱えている白無垢を思い出す。
 自分は着れないと日々思っている。
 血塗れた自分が着るなんて『蛇』が笑うに違いない。
 裏の世界に戻るかと思案がよぎる事もある。
 男ははやり、白無垢を着る事を望むのだろうか‥‥青嵐は‥‥
「いかがされました?」
 青嵐に顔を覗かれ輝血は反射で首を振った。
「な、なんでもない。これから、のんびりするのも悪くないかなって‥‥」
「私ものんびりしましょうか、輝血さんと一緒に」
 青嵐が微笑むと、輝血は何ともいえない気持になって、体の芯がぎゅっとなるような気がした。


 珠々達が急ぎ足で羽柴家に着けば、麻貴の部屋に案内された。
「はい」
 溟霆より葛籠を渡されて珠々は力強く頷く。
「おかあさーーん!」
 珠々が麻貴の部屋に入るが、葛籠が飛んできたように見えて麻貴が肩を竦めた。
「!? 珠々か!」
「やりとげました!」
 葛籠の向こうから顔を出した珠々の表情を見た麻貴は固まってしまった。
「おかあさん?」
 固まってしまった麻貴にきょとんとなる珠々だが、麻貴は珠々を抱きしめようと膝立ちになり、手を伸ばす。
「え、おかあさん? 怪我は?」
「お前の笑顔が見れたんだ。もっと見せてくれ」
 母に抱きしめられた珠々は素朴な疑問を投げるが、返された答えは自分にとって思いも寄らないものだ。
「え?」
 笑った?
 信じられないような様子を見せた珠々に麻貴は涙を零した。
「ああ」
「私、笑いましたか?」
 夜春も使ってないのに‥‥
「ああ。可愛いよ‥‥笑ってなくても笑ってても可愛い可愛い私の娘‥‥」
 ぎゅっと抱きしめられて珠々はよくわかってない。
 無我夢中だったのかもしれない。
 でも、おかあさんがとても喜んでくれたのが珠々にとって嬉しい事だった。
 泣かすつもりはなかったが‥‥
「笑ったのか!」
 後から入って来た柊真が驚くと麻貴は何度も頷いた。
 邪魔をしてはいけないと溟霆と紅霞は廊下で待っていたが、紅霞は涙が止まらなかった。
 珠々の生い立ちはそれとなく気づいていた。彼女が訓練によって顔の表情を奪われた事を。
 シノビとは時として道具となる。彼女は正しく生きる兵器として訓練を受けた。
 そんな彼女が笑うということが出来たのは何より嬉しい事。
 紅霞は溟霆の肩を濡らし、すすり泣いていた。
「‥‥紅霞」
「はい‥‥」
「よかったよね」
「ええ‥‥」
 小さな声で二人が囁きあう。
 溟霆も輝血も青嵐も気づいていた。
 珠々の表情の変化に。
 もしかしたら、笑えるのかもしれないと思っていたのは長い間、共にいたからかもしれない。
「道中、君と珠々君が一緒にいるところを見て、子供っていいよねって思ったんだ‥‥」
 ぽつりと溟霆が呟いた。
 今まで自分がこんな気持ちになった事はあっただろうか。
 未来を見据えるという事を。
「紅霞、君は子供、好きかい?」
 そっと耳打ちをすれば、紅霞は涙に濡れた瞳を細めて頷いた。
「溟霆様の子供ならもっとです‥‥」
 答えを聞いた溟霆は少し照れた様子だが、嬉しそうに妻を抱きしめる。


 後日、繚咲に住まう紅霞の両親に珠々からの手紙が届いた。

『溟霆さんと紅霞さんはとってもらぶらぶでした!』