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■オープニング本文 秋口に入った頃、理穴首都と武天首都のとある場所で処刑が行われた。 本来は市中引き回しの上、磔の刑であったが、繚咲と羽柴家の方から、繚咲での魔の森の働きも考慮してほしいと言うことで、首切りとなり、弔いも許された。 理穴、武天両方とも腕のいい剣士が斬ることになった。 「良いのか」 「手間をかけて申し訳ないわ」 両膝をつき、縄と鎖で縛られた満散の横に立つのは繚咲が小領地天蓋の領主、蓮司。 満散が指名したのだ。 「儂でいいのか」 彼にはお見通しだった。 本当は別な人で罰せられたかった。剣士ではないけど。 「私に生きてほしいと願った人に斬らせるなんて酷だわ」 「そうか」 賛同のため息をついて蓮司は集中する。 一方、理穴では、羽柴家養女、否、羽柴家が直系の娘、麻貴が痛みを我慢するように処刑上に現れた。 麻貴の両脇にいるのは従姉夫婦の葉桜と梢一。 万が一、麻貴が暴れない為にいるのだ。 「悪いな」 「全くだ」 静かに謝罪するのは火宵。その傍らに立つのは柊真だ。 「お前になら、殺されてもいいと思っている」 「腹が立つ男だな。俺は、」 柊真は悪態をついて言葉を切った。俯いた柊真の表情を盗み見た火宵は頭を垂れて首を晒す。 「早くやってくれ。満散に置いていかれたくねぇからな」 「くそっ」 柊真が悪態をとってもどうすることも出来ない。 彼は罪を犯しすぎた。 「‥‥満散とキズナと一緒に過ごしてみたかったな」 日が、てっぺんだ。 夕暮れ、打ちひしがれていた旭とキズナが対面したのは首の皮一枚繋がれ、眠ったように絶命した火宵の亡骸。 己がなすべき罪を息子に押しつけた旭が泣いて亡骸を前に詫びる。 「火宵さま、かよい、さま!」 泣くことがなかったキズナが火宵の名を叫び、涙を零す。 彼が何をしていようが、キズナにとって彼は父親と思える男だった。 「柊真、何をしているのです」 上原家の正妻、美冬が息子を叱咤する。 「火宵の遺言は当然だけど、今、貴方が傍にいるべき人は別なんじゃない」 ここは私に任せてと、強い母の言葉に柊真は従う事にした。 柊真が向かうのは婚約者である羽柴麻貴の下だ。 処刑時はとても気落ちした状態だったので、従姉夫婦に支えられて帰ったと記憶している。 柊真自身、衝撃が抑えきれなかったのは言い訳が出来ない。シノビとして、理穴の闇を見据える監察方の役人として鍛えられていたが、それを越える衝撃は近親といえない血の繋がりが齎すものか。 羽柴家に行けば、門の外より騒がしさが柊真に伝わった。 右往左往している侍女に声をかければ、麻貴がいなくなったと言われた。柊真の来訪に気づいた葉桜が麻貴がいつの間にか目を離したと肩を落とした。 「柊真、すまない。こっちの落ち度だ」 「気にするな。探してくる」 踵を返して柊真は奏生の街へと飛び込む。 超越聴覚を使って柊真は麻貴を探し出すも奏生の中心部にはいなかった。 開拓者ギルドに行けば何か分かるかもしれないと顔を出したら、馴染みのギルド受付員である白雪はいなく、通りかかった別の受付員が白雪が郊外にいる学者の家に行ったと伝えた。 方向を教えてもらえば、火宵が一時期奏生に潜伏していた先であり、麻貴が自主的に監禁されていた屋敷。 白雪も腕の立つ志体もちであるが、柊真は急いでその家の方向へと走った。 四半刻ほどで屋敷につけば、話し声が聞こえる。 声をかければ、着流し姿の男が現れた。柊真の姿を見て「ほう、似てるな」と呟く。火宵から話を聞いていたのだろう。 男についていけば、いたのはギルド受付員の白雪と麻貴だった。 「柊真‥‥」 何故、ここにいることが分かったのかと麻貴は驚いているようだった。 「葉桜が心配していた」 「すまない」 しゅんと、肩を落とす麻貴に着流しの男は話を続けると声をかけた。 彼の名は空木。この屋敷の主であり、火宵の既知というのは監察方でも調べはついていたが、火宵が当時に潜伏したいたとき、彼は旅に出て留守状態。勝手に上がって住んでいた。 犯罪に加担はしていなかったので、放置していた。 今になって戻ってきた彼は火宵たちの里を立ち寄っていたという話。 「ずいぶんと派手にやられていたようだったな。そっちの働きかけもあり、中々綺麗に片されていたが、知らない者がいたようだった」 空木の話に寄れば、火宵の命令で長期の調査任務に出ていたシノビが焼け野原となり、瓦礫を片された里を見て呆然としていたとの事。 遺体は丁寧に埋葬している。 「して、そのシノビは?」 「気がついたらいなくなった。正直、あんなところにいさせるのは心苦しいので、探して欲しいとこの白雪嬢に依頼しようとしていた」 お嬢さん扱いをされた白雪は嬉しそうに微笑み、実年齢を知る柊真の表情は浮かなく、白雪の肘鉄を食らう。 「依頼は承りました」 「待ってくれ、私も依頼に行かせてはもらえないだろうか」 麻貴が声をかけると、空木が頷く。 「あいつはもういないだろう。髪の一部でも、眠る彼らと共に埋めてやってくれ」 麻貴の様子に勘付いた空木は慰めるように優しく依頼をした。 理穴東部のとある里だった場所にて、ひとり呻く声がする。 体の芯から何かを求め、自身の理性を奪おうとする。 自分以外の人間がいないのはある種の幸運か。 「おなか‥‥すい、た‥‥」 大きく息を吐いて地にころがる。 確かに空いているのだ。 まっとうに何も食べてないのに平気でいる。 けど、おなかが空いた。 どんなに空腹でも、殺してでも食おうとと思ったことがなかった。 食べてはいけないと理性で制されている事が分る。 今、自分がその理性が何処かに行ってしまいそうになる。 おなか‥‥すいた。 ひとがたべたい。 |
■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 開拓者達に伝えられた死は穏やかなものだった。 「彼が、逝きましたか」 静かに言葉を紡いだのは御樹青嵐(ia1669)。 本来ならば、そのような最期を終える事が許されない者だった。 その場にいた開拓者達ならば知っている。 理穴の豪商の息子と、力あるシノビの里の長という立場を利用し、様々な悪事に手を染めていたから。 しかし、一つの面だけで人を評価できるのであれば簡単な事。 開拓者達はもう一つの面を知ってしまった。 目の前にいる白皙の少年、キズナ。 キズナが悪事に手を染めずに強さと優しさ、生きる知恵を与えたのは彼の意向。 そして、理穴ではない国に巣食う大アヤカシの討伐を目指していた事。 彼が間違っている事は変わらないが、彼は己が生まれた時に課せられた使命を終えて罪を認め、刑を受けた。 最後の最期までちゃっかりした奴だと輝血(ia5431)は瞳を伏せる。 続いて伝えられたのは今回の依頼の事だ。 薄暮というシノビの捜索と保護。 キズナの表情は暗いが、薄暮のことを何より気にかけて心配していることがわかる。 「お願いします、薄暮を助けたいんです。手伝ってください!」 頭を下げるキズナに頷いたのは溟霆。 「わかったよ。早く行こう」 応える溟霆(ib0504)の言葉に一同は向かった。 皆の背を見つめて珠々(ia5322)が思案するのは着いた先の事。 「珠々、いくぞ」 柊真が娘を、仲間を呼ぶ。 「はい」 行かなくてはならない。 止めなくてはならない。 どんな光景が薄暮を傷つけようとも。 ◇ おなか、すいた‥‥ 視界の中に入って来た異形のものと化した手を引っ込めた。 自分の手ではない。 認めてしまうわけにはいかない。 ひとが たべたい。 ● 理穴東部といえば、突如現れた炎と氷の大アヤカシの討伐。 今いる開拓者にとっては、更に東方にある里の方にも因縁があった。 初めて踏んだ時の地は焼け野原で、木と人の脂の焼けた匂いが里に入る前からしいた。 そんな匂いはなくなっていた。 瓦礫は取り除かれてあの時の悲惨の状況はなくなっていた。 二手に分かれて薄暮を探す事にし、分かれる。 青嵐が複数の黒い小鳥の式を空に飛ばして鳥達の目を通して視覚を増やした。 見つけるのは周辺に人里がないかの確認。そして、キズナから聞いた薄暮に似た娘の姿。 空気が重く感じた輝血は周囲を見回した。 本来は人が住まっていた場所であり、キズナにとっては、初めて「生活」が出来た場所‥‥ 「周辺に人がいる様子はないようですね」 意識を戻した青嵐が報告すれば、柊真はそうかと頷いた。 「この辺は木が多いしな‥…足で稼いでで探すか」 「そういえば、柊真さんは薄暮さんを知ってるのですか?」 柊真が促して歩き出すと、青嵐は思い出したように尋ねた。柊真は一時期、潜入捜査で火宵の部下として動いていた。 「いや、俺はあまり里の子供と接していなかった。火宵自体が早々に俺の正体に気づいて次々と俺に里を離れる仕事を回していたからな」 その後、柊真の正体に気づいた火宵が柊真を始末しようとしていた。 「実質、薄暮の顔を知るのはキズナだけだね」 まだ日は天辺を越えたくらい、里が健在ならば、子供が薄着のままでも駆け回っていただろう。 ふぅと、輝血がため息をつくなり、冷気を纏った風が輝血のさらさらな黒髪を撫でた。 飢えに苦しむ声はまだシノビ達の耳に届かない。 シノビというものは色々と仕込まれている。 その中のひとつに方向感覚がある。 いくら瓦礫が片付けられた状態でも、家を確認するのが人の本能だ。 珠々達は民家を探し、足跡を確認する。 風に晒される土地になってしまったので、足跡があれば薄暮、ないし、空木のものと判断してもいいだろう。 「ありますね。足跡」 大きさから見ても、女のものと見ていいだろうと珠々は判断する。 「‥‥動揺していたんだろうね。足元が随分あやうい」 ため息混じりに溟霆が分析する。 「‥‥おうち、なくなっちゃったですし‥‥おかあさん?」 珠々が麻貴の方を見やると、麻貴は歩き出していた。 「火宵の家が向こうにあったはずだ。前に、火宵が言っていた。火宵の家はよく里の子供が来ていたそうだ」 「頭領の家に?」 きょとんとする珠々に麻貴は頷く。その様子に珠々と溟霆は驚いたように目を合わせる。 溟霆は麻貴を注意深く見ていた。 今まで、麻貴は火宵に監禁されていたときの話をしなかった。 麻貴にとって火宵は恩を感じている者だろう。 自身の悲願を果たさせてくれた人物の最期を彼女を愛している者が終えさせた。 衝撃的だったことだろう。 程なく火宵の屋敷だろう跡地に出た。 一番燃えたので、ろくに残っていなかったが、溟霆は目を細め、凝視する。 崩れた塀に滲む血痕。 火宵と旭は里のシノビ達にとても慕われていたという。 絶対的な強さを持っていた火宵は里のシノビ達にとって揺らがないもの。 揺らがないものがなくなれば、立つ事もままならない。絶えられた望みは崩れた塀に当てつける事しか出来なかったのだろう。 ◇ 声が聞こえる。 「薄暮ー!」 その声を知ってる。 たべたら みたされる。 こっちにこないで。 あいたい。 あいつらが動く。何とかしてあげたいのに動かない。 でも、 たべたい。 ● もう一度、複目符を発動させていた青嵐が意識を戻したと同時に反応したのは輝血と柊真。 キズナにはまだ聞こえてなく、三人の様子で何かに感づいたようだ。 「足音がする」 「四本足が複数」 薄暮を見つけたわけではないが、四人に迫るのは四本足で走り、人の方向へと向かう存在がいるということだ。 「全く、空気を読まずに出てくるもんだね」 「同意です。早く片付けましょう」 この里が焼けたのは里の人たちにとって罪がないものだ。 早く片付けてちゃんと眠らせなくては。 「珠々、溟霆。アヤカシがいるみたい。大丈夫だろうけど、そっちも気をつけて」 輝血が声をかけると、向こうにもアヤカシの足音が聞こえてきているようだ。 「足音は五匹、まずはあたしとカタナシで片付ける」 前に立つのは輝血と柊真だ。 一方、珠々と溟霆、麻貴はアヤカシに襲われていた。 餌となる人間を見つけた狼型アヤカシは歓喜の唸り声を上げて開拓者達へ駆けていく。 「確かに、非業の死を遂げた者が多くいるこの場所にアヤカシが引き寄せられるのも頷けるね」 そっとため息をついた溟霆が囁く。 滑らかな動作で溟霆が腕を振るう。放たれた暁色の苦無が狼の口腔をえぐり、血しぶきと共に突き抜けた。 どす黒い血を纏いざるを得ない刀身は暁色の美しい色と真円の月にかかる虹は輝いているようだ。衝撃に耐え切れなかった狼は地を転がり、再び立ち上がろうとする前に胴を切断される。 更に奥から骸骨型のアヤカシが三体視界に入ってくる。 「来る方向は同じですね」 「ならば、その方向へ行ってみるか」 狼の首を落とした麻貴が提案すると、二人は頷いた。 「麻貴君、向こうには何がある?」 溟霆の問いに麻貴は一度言葉をおく。珠々が反応し、振り向く。 「ここで死んだ者たちの墓がある」 重たい言葉に二人はしっかり受け止める。 輝血達も次から次へと向かってくるアヤカシ達の方向が一カ所であることに気づき、青嵐が式を放った。 小鳥が見つけたのはいくつもの墓の前でうずくまる娘の姿。 「薄暮さんかはわかりませんが、アヤカシに囲まれています」 青嵐の言葉にキズナは心を焦らせる。 まだアヤカシは残っているが、まずは薄暮の安否が先だ。 「どきな‥‥っ」 風を切り、輝血が跳躍すると、軽やかに足を伸ばして鎧を着た骸骨ごと蹴飛ばす。 いくつもの音を立てて骸骨型アヤカシが崩れていき、輝血は気にもせずにその上に着地して駆け出す。 向かうは里の皆が眠る墓‥‥ 先に墓についた青嵐達はそこがアヤカシ達の巣であることを理解した。 八体の狼と骸骨がまだいたのだ。 その奥で地に落ちてうずくまる人間がいたのを確認した。 「薄暮‥‥!」 悲鳴のようなキズナの声に人間は身体を揺らすように反応する。 「キ‥‥ズナ‥‥」 静かに小さくつぶやく声は掠れて随分苦しそうだ。アヤカシ達が輝血へと向かう。 「蛇を喰らうというの」 嘲笑う輝血が紫の瞳を見開き、アヤカシ達を射竦める。 一体ずつ、動きが止まり、身体を痙攣させて地の上で悶えていく。 輝血は薄暮の方へと向かう。 年の頃は自身と同じくらい。シノビならばもう、任務に出てもおかしくはない。 彼女が思い出すのは火宵にだまされた娘達。苦しんだ者もいれば、死して救われた者もいた。 助けてあげたい。あんな大莫迦野郎の因果から離してやりたかった。 「薄暮‥‥」 輝血が手を伸ばそうとしたとき、風が起こり、輝血の上碗から鎖骨、顎に赤い鮮血が走る。 顔を上げた薄暮は頬が痩せこけて、目が‥‥目の焦点が人のものではない。 開拓者だからこそわかる警鐘。 「輝血さん!」 青嵐の傍らまで間合いを取った輝血が叫ぶ。 「カタナシ、キズナを守れ!」 輝血の言葉の前に柊真がキズナを引き寄せた。 「ち‥‥おいしい‥‥あ‥‥あああ」 輝血の鮮血が薄暮の顔に唇にかかり、舐めてしまったようだ。 「薄暮‥‥! どうしたの!」 キズナはまだ気付いていない。 「‥‥キズナさん、彼女をよく見てください」 低い声で青嵐がキズナを促す。 「見ないで‥‥」 震える薄暮はうずくまる。 「ちが、おいしい‥‥食わせ‥‥あああ!!」 駆けだした薄暮が輝血を襲おうとすると、暁色の奇跡が輝血へと伸ばされた手を弾かせる。 「‥‥食事にはさせないよ」 溟霆が呟きと同時に青嵐が何かを再構築し、禍々しいそれを薄暮へと放つ。 肩を竦め、震えた薄暮が膝をつき、苦しむ。 珠々の視線は薄暮の後ろ、恐慌と自棄で荒らしてしまったのだろう。 無表情の珠々より感情を読んだのか、薄暮は自身の行いを否定するかのように首を振る。 「誰もいなかった‥‥! なぜ、皆がここにいるの‥‥!」 火宵の父親の本妻が旭を殺さんがために火を放ったのは開拓者達は知っている。 「悲しい‥‥さみしいよぉっ!」 叫ぶ薄暮に開拓者達は気づいてしまった。その寂しさゆえに、アヤカシに乗っ取られたのだろう。 「皆さん、薄暮を助けてください!」 悲痛なキズナの声に応えられない。その助けては「人間に戻して」という願い。 「アヤカシに侵された人間が元に戻れるということは出来ない」 その言葉を発したのは溟霆だ。 真実を伝えるのも開拓者の役目。 「そんな‥‥」 呆然と呟くキズナは人として苦しみ、もがく薄暮を見つめる。 開拓者はアヤカシを倒す者。 自身を助けてくれた人たちが自分の仲間を殺す‥‥ 悪夢のような光景を見ているようなキズナを見て輝血が振り切るかのようにキズナと薄暮の前に立つ。 「あたしを恨みな」 死して尚、何故、苦しむ者がいる事に腹が立つ。 「一緒ですよ」 優しい声音で輝血の隣に立つのは青嵐だ。恨まれるなら一緒に恨まれると覚悟を決めたのだ。 「‥‥平気だよ」 ふいっと、輝血がそっぽを向く。苦しむ薄暮は二人へと向かう。彼女の異形のと化した右手が鎌のような刃を形成していた。 奔刃術を使っているのだろう。速度が桁違いだったが、かわすことも可能だ。 振り下ろされる薄暮の狂刃を受け止めたのは珠々。受け止めたときの衝撃が真空の刃となり、珠々の白い頬に赤い猫ひげが一筋滲む。 「おとうさん、おかあさん、恨まれてきます」 微かに薄暮が肩を震わせて動きを鈍らせていく。薫りが自身の動きを鈍らせている事に気づいたのだろう。 「キズナ君の想いと薄暮君の苦しみを受け止めるさ」 薄暮の背後を取るように溟霆がすれ違うように駆け出す。 「これ以上、苦しめさせないよ」 がくりとひざを落とす薄暮の腹にはいつのまにか斬られており、赤い血が垂れ流されていく。溟霆の暁色は血に染まっていなかった。 「あいつにこれ以上苦しめられる奴を見たくない」 再び輝血の瞳が蛇の瞳へと変化する。 「ひ‥‥っ」 暗い瞳の蛇に射すくめられた薄暮は息を飲み込んで短い悲鳴をあげた。 「恨んで、いいよ」 輝血は気づいているのだろうか、自分が慈悲の感情を交えた言葉を向けている事に。 「ころして‥‥」 瞳に涙を滲ませて囁くように訴えたのは薄暮。 言葉を終えた瞬間、人のものとは思えない雄叫びをあげた。人としての理性が壊れたのだろう。 人肉に餓えたアヤカシが開拓者達と対峙する。 アヤカシが手近な珠々を狙い、右手を振り下ろした。剣で受け止めると、アヤカシの足が珠々のわき腹を蹴り上げる。 痛みを堪え珠々が力を流そうとすると、軽い身体を振り投げられた。 「珠々!」 麻貴が叫び、強射をアヤカシの頭に打ち付ける。額より上の一部分が血と共に吹き飛ぶもアヤカシは動き続ける。 アヤカシは青嵐の術により、視界を奪われていた。 溟霆が苦無を投げ首の骨を砕く。アヤカシの首はあっさりと折れ、頼りなく揺れている。 尚も人を喰らおうと動くアヤカシに輝血が真っ向から刀を振り下ろすと、アヤカシは両の腕で刀を受け止めた。力と力のぶつかり合いに更に開拓者の力が加わる。 奇声のような、雄叫びを上げたアヤカシは力の限り腕を身体を振り、開拓者達を振りほどく。 体勢を立て直しそうとする開拓者達へアヤカシは素早く腕を振り降ろす。 腕を交差して防御の構えをとる珠々の脇を一陣の風が走った。 「薄暮、だめだ!」 下段に構えた忍刀を間合いに合わせて振り上げたのはキズナ。 刀を甘んじて受けたアヤカシは動きを一瞬だけ止めたが、本能を取り戻したかのようにキズナに浅く斬りつける。 その瞬間だけでも立て直す時間は十分だ。 止めを刺すためにアヤカシの刃がキズナへと突き立てられようとしている。青嵐が暗影符を再び発動させ、溟霆がキズナの盾にならんがために狂刃を受ける。 その隙に柊真がキズナを遠ざけた。 駆け出すのは珠々と輝血。 一気に首と胴を離し、胴を更に真っ二つにした。 開拓者達は荒らされた墓を直し、薄暮と火宵の遺髪を埋葬した。 薄茶の髪の男は色んな人間を狂わせていった。 自身も愛した女を追いかけてた。手段を選ばずに。 青嵐は彼のようにならないと誓う。 自分は愛する人と共に生きる事を決めたのだから。 「‥‥青嵐の作った料理が食べたい」 「作りましょう。きのこ料理や人参料理を」 ため息混じりに輝血が呟くと、青嵐は微笑む。人参と聞いて、珠々がぴくりと震えたが、わき腹をやられて柊真におんぶされて動けない。 皆、傷を受けてしまって奏生へ帰還すると、旦那を追って奏生に現れた紅霞に心配されて抱きつかれた溟霆の姿があった。 「珠々」 「はい?」 「約束、守るよ」 「え?」 「正月終えたら、繚咲の白無垢を着る」 「本当ですか」 「ああ」 ぎゅっと、麻貴が血の繋がらない愛娘を抱きしめた。 |