片翼を伸ばして
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/29 18:44



■オープニング本文

 理穴監察方にも年の瀬は来る。
 一年の締め括りに激務をこなす組員を労う為に一晩だけの宴を催すのはここも同じだ。
 調査も仕事の内なので、全員が一度に会して宴を催すというのは難しいが、手が空く者は出来る限り参加しているのが慣例だ。
「‥‥あれ、羽柴の奴、またか?」
「ええ、今回も俺と変わって張り込みしてくれてるんですよ。些少だがって、こんなにくれて」
 差し出されたのは皆の呑み分への差し入れにしては十分な額だ。
「あの人が一番働いているんだからさぁ」
 全員がうんうんと頷いている。その人物とは理穴監察方第四組主幹羽柴麻貴。
 監察方でも遊軍である四組はその仕事は多岐に渡り、他の組の人員補充の仕事もやるので、その中心である主幹はいつも組員がどの仕事についているか確実に把握し、他の主幹とも連携を組んでやっている。
 麻貴は常に前線にいる。今日も本来は仕事であった部下を気遣い、自身が張り込みを行っている。
「一日くらいは羽を伸ばしてほしいよなぁ」
 一人が言えば、全員が頷く。
「いつも男の格好ばっかりじゃなく、たまには女らしい格好とか着飾って歩かせてやりたいよな」
「主幹になるまでは休みの日は普通に女の格好をしてたんだけどな」
 四組に長くいて、麻貴を知る人物達はうんうんと頷いている。
「じゃぁさ、開拓者に頼んで、羽を伸ばすようにしてもらうってのはどうよ」
「あ、いいじゃないですか」
「明日にでも上に掛け合ってみるよ」

 上に掛け合った所、一日くらい休んでも罰は当たらないというお言葉を貰って、依頼料や必要経費の足しにしてくれと言っていくらかを渡してくれた。


■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862
22歳・男・サ
陽胡 恵(ia4165
10歳・女・陰
月酌 幻鬼(ia4931
30歳・男・サ
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
春金(ia8595
18歳・女・陰


■リプレイ本文

●どこを伸ばそうか思案する
 依頼内容を見て開拓者はそれぞれの楽しみを見出していた。
 着飾る事と美味しいものを食べ飲みする事。
 特に女性陣は両方が楽しめる事に心を躍らせている。

 紫雲雅人(ia5150)の案内で理穴監察方第四組主幹の部屋に通され、言葉通りの男装の麗人、四組主幹羽柴麻貴が涼しく厳しい表情で書類決済を行っていた。そんな標的の姿を見て呆然としたのは珠々(ia5322)だ。
 何故かといえば、見た事がある顔がそこにあるから。だが理穴で役人をしているとは言ってはいなかった。
「何でいるんですか」
 珠々の言葉に麻貴は怪訝そうな顔をしたが、ああと、頷いた。
「この顔は元気だったか?」
 穏やかに微笑まれる緑玉の瞳に珠々は頷くしかなかった。雅人の姿を見て、麻貴は彼等が開拓者である事は理解できた。
「今回は依頼を出してはいないのだが?」
 首を傾げる麻貴に一歩前に出るのは佐伯柚季葉(ia0859)だ。
「本日、麻貴さんはお休みになったのです」
「は?」
 ぽかんとしている麻貴に続けるのは春金(ia8595)の言葉。
「いつも仕事をしておる羽柴さんにお洒落や美味しいものを楽しんでもらおうと思っての♪」
「は? 誰から?!」
 依頼人の名前を玖堂羽郁(ia0862)が言えば、麻貴はがっくりと肩を落とす。どうやら、監察方でも生き字引のような古株からだったらしい。現在は麻貴が上司とはいえ、頭が上がらない模様。
「どおりで妙に仕事がないと思ったよ」
 依頼人達の方からも何か手引きがあった模様だ。麻貴が最後の一枚を終わらせると、陽胡恵(ia4165)が麻貴の傍らに立つ。
「麻貴お姉ちゃん、行こう!」
「いや、しかし‥‥」
 麻貴はそういった気分ではないのだが、恵が右手を引っ張り、珠々が左手を取る。
「ぐいぐい引っ張らせてもらいます」
「どこまで引っ張る気だ!」
 真顔で引っ張る珠々に麻貴が即座にツッコミを入れる。

●宴の準備
 とりあえず各班に分かれて宴の準備。
 恵、春金、柚季葉は麻貴を引っ張りつつ、彼女の自宅へと向かう。カッコいい男が可愛い女の子を侍らせているのは羨望の的だ。
「何か、慣れちゃっているんだね」
 呆れたように柚季葉の隣を歩く羽郁が呟く。麻貴は男の格好をして気張って歩いているというよりは随分と自然体でいる事が伺える。
 麻貴の家は随分と立派の屋敷だ。
「ただいま戻りました」
 一言麻貴が言えば、軽やかに足音を立てて出てきたのは麻貴より年上の女性。淑女というに相応しい美しい女性だ。麻貴が言うには従姉らしい。彼女は麻貴が連れてきた恵達に興味がある模様。
「すぐに出ますので、お構いなく」
 今から持て成す気満々の従姉を止める羽郁。ついでに依頼の事を言えば、更に彼女は顔を輝かせた。
 ついでにいい店はないかと持ちかけると、羽柴家が懇意にしている離れつきの店があるので、そこを紹介して貰う。
 麻貴の部屋に入り、三人は箪笥を漁る。麻貴は随分と衣装持ちである事が判明した。
「椿に菊に‥‥凄い綺麗です」
 うっとり溜息をついて柚季葉が着物を見つめる。
「小物も沢山あるね」
 菊を模した簪を手に取った恵が呟く。他の段には帯揚げや簪、帯締めを飾る装飾品などという小物が綺麗に眠っていた。
「羽柴さんにはどれが似合うじゃろか」
 色とりどりの着物を広げて春金が首を傾げる。折角のお洒落だから何より似合うものを着て欲しいと思うが、自分の感性に自信がない春金は首を傾げる。
「山茶花なんかはどう?」
 悩んでいる春金に助け舟を出したのは柚季葉だ。冬の花であり大振りの花である山茶花は成人した女性に似合う花の一つ。それを柚季葉に託したのは羽郁だ。
「あ、綺麗だよね!」
 恵が言えば、春金も満足そうだ。三人が山茶花の柄を探せば、淡い水色の地でうっすら雪化粧をした紅色の山茶花柄の着物が現れた。
「これにこの帯を当てて‥‥これも面白そう!」
 箪笥の中を漁っていた恵が取り出したのは異国の飾り布を使った半襟と襦袢だ。襦袢の袖は異国の飾り布をあしらっており、随分可愛らしい。
 春金も柚季葉も頷き、三人が振り向けば、少し離れた所でちょこんと座る麻貴の姿が。
「では羽柴さん、楽しいお着替えの時間じゃ♪」
 楽しいのはお前達なんじゃないのかという言葉を飲み込んだ麻貴は腹を括るしかなかった。

 お菓子の買出し班である雅人と珠々はギルド職員のお勧めの菓子屋や甘味処を回っていた。
 手で摘める煎餅やおかきを吟味し、その後で見目のいいお菓子を見ている。
「あ、すみません、味見お願いします」
 珠々が雅人にそう言うと、彼は不思議そうな顔をする。そんな雅人の表情に感づいた珠々が困ったような表情をする。
「私はあまり味が分からないんで、代わりにお願いします」
 頷いた雅人が買ったお菓子を味見する。
 煎餅を買った後、花の形をした和菓子をはじめとする可愛らしいお菓子を買い、店員に台所を借りられるいい店はないかと尋ねた。店員は幾つかの店を挙げてくれて、雅人がメモをする。
 一軒、通り道にあるとの事なので、ちょっと中を覗く。高級料亭の佇まいといったふうで、雅人は玄関が綺麗に掃除されているかとか、庭の手入れとかを見ていたが、珠々は忍び込むのはどこからがいいだろうかとか少々不穏な事を考えていた。今見るべきところが違うだろう。
 下見を終えると、ギルドの掲示板のような所を借りて雅人が壁に紙を張る。まだ見たいお菓子があると珠々が言い二人はまたお菓子や巡りに出る。

 酒の準備をするのは月酌幻鬼(ia4931)だ。麻貴が酒豪との話で楽しみであったが、会ってみればかなりの美人に化けてくると察した幻鬼は機嫌よく酒屋に入る。恰幅のいい女将が声をかける。
「おう、今日は美人を持て成す年忘れの宴でな、景気よくぱーっとやりてぇんで、それに見合った酒はねえか?」
「樽酒なんかどうだい?」
 女性を持て成すものなら、樽に赤白の飾り注連縄や梅や葉牡丹の飾りをつけたものだと見た目もいいと女将が声をかけてくれた。
「それはいいなぁ。ただの樽酒よりかはずっといい」
 頷く幻鬼に女将は樽酒の飾り付けを他の店員に言う。華やかな樽を担ぐ大男という図が出来上がり、通行人の目を釘付けにした。

 食料の買出しは羽郁の担当だ。
 着物を運ぶのを手伝うと言っていた柚季葉を思って一緒に羽柴家へついて行ったのだ。柚季葉の荷物を受け取ると二人は先に買出しの為、出て行った。
 まずはギルドに向かい、珠々達が何か伝言を置いてないか見ていると、店のリストがあった。その中の一つに麻貴の従姉が教えてくれた店の名前があり、その旨を貼ってある紙に書き込み、外に出る。
「食材は鮮度が落ちるから、先に柚季葉ちゃんの物を買いに行こう」
 向かった場所は小間物問屋。首都にある一番大きな店だけに店にあるものは種類が豊富だ。
「あ、この箸置き綺麗」
 水仙を模った箸置きに柚季葉の瞳が奪われる。
 他のも見ていて、店を出る時に柚季葉は白地に赤模様のと白地青模様の蜻蛉玉がついた根付けを二つ羽郁に渡す。羽郁も買い物をしていたらしく、鼈甲で小花が溢れ咲くような意匠の簪を柚季葉に贈る。
「ありがとう」
 ふんわり微笑む柚季葉に羽郁は少しだけ頬を染めて少し視線を反らす。頬の赤みや胸の高鳴りに気づかれないように。
「なんで行かないの?」
「しー」
「馬に蹴られるからそっとしておくのじゃ」
 いつ出ようか悩み、店の物陰から二人の様子を見る麻貴や春金に恵が首を傾げて疑問をぶつけている。

●戻ってもあなたはいないけれど
 宴は麻貴の従姉がツテを使って押さえてくれた離れだ。ここでは小さいながらも厨房が備えており、いつでもできたての料理を出せるようにしている。本来は板前以外使う事はないのだが、羽柴のお嬢様がという事で使わせて貰う事になった。
 女性陣の手で着飾られた麻貴は凛とした青年から華やかなお嬢様へと印象を変えていた。
「ほー! 想像以上に美人だな、姉ちゃん!」
 幻鬼がいち早く麻貴を誉める。男装姿の麻貴しか知らない雅人も驚いている。寒色系の着物であるが、紅色の山茶花が血色をよくする為の視覚効果があり、薄く白粉を叩いて艶やかな紅が唇を彩っている。髪も纏めており、赤い簪は春金よりの贈り物だ。
「‥‥驚きです」
 ぽつりと呟く雅人に麻貴は笑う。
「冷静さを必要とする読売屋より一本とるのは中々面白いものだな」
 そう麻貴が言えば、雅人は少し悔しいような複雑そうな表情を見せる。
 宴の準備はそろそろ終わっていて、料理も揃っていた。
「ほう、これは君が作ったのか?」
 美しく盛られた料理を見て、麻貴が興味津々に羽郁に尋ねる。
「料理が好きなんだ」
 土鍋を持ってきた羽郁がにっこり答える。
「切り口が見事な刺身だな」
 旬の素材の魚を使った寿司は綺麗に切られており、それを切ったのも羽郁だ。
「こちらの和菓子は珠々さんが選んだのですよ」
 そう言ってくれたのは雅人だ。
「麻貴お姉ちゃん、この兎のお饅頭かわいいよ! 珠々ちゃんがやってくれたんだよ」
 皿に盛られた雪兎の形をした饅頭の周りに色とりどりの金平糖を敷き、花の形をした上和菓子が咲いている。
「ああ、これは綺麗だ。雪兎も可愛いな。ありがとう」
 満足そうに麻貴が皿のお菓子を見てから珠々に微笑みかける。こういった事に慣れていないのか、珠々は無表情のままであるが、気持ちがこそばゆいのか、肩を竦めている。
「嬢ちゃん達も着飾ってるんだな」
 幻鬼の言葉に春金が頷く。
「羽柴さんの従姉さんがの、皆で着飾りなさいと着物を貸してくれたのじゃ。見立ては羽柴さんなのじゃ」
 よく見れば、恵や春金、柚季葉もさっき見た時の着物ではなく、華やかに着飾っている。麻貴は女性にしては背が高いので、あまり袖を通していない三人の背丈に合う着物を出してくれた模様。そして、全員の視線が珠々に向けられる。
「え」
 何かを感じ取った珠々がそろりそろりと一歩引く。
「いや、私は給仕をするので動きにくい格好は‥‥」
「動き辛い格好で動けるようにならないとな」
 逃げの姿勢であった珠々を抱きしめるように麻貴が捕獲する。
「可愛い簪も用意してあるから安心しろ」
 優しく笑う麻貴であるが、先ほど散々弄られたせいか、笑顔が黒いのは否めない。
「春金ちゃん、柚季葉ちゃん、恵ちゃん、とびきりに」
 障子の向こうにもう一室あり、珠々はそこで着替えさせられた。襖が閉められている間、男性陣はご愁傷様と言わんばかりに心の中で合掌した。
「君等も着飾らせればよかったなぁ」
「いやいやいや、こっちはいいから」
 麻貴が腕組して言えば、雅人と羽郁が声を揃えて返す。
「おっさんは旨い酒と料理と美人がいれば最高だからな」
 もう呑み始めている幻鬼は麻貴に酒を勧める。
「あー、もう始まっちゃってるー」
 珠々の着替えが終わったのか、酒を飲んでる所を発見した恵が声を上げる。
「着替え終わったんなら始めよう」
 羽郁が言うと、女性陣も出てきた。可愛らしく仕上がった珠々はどこか疲れているようである。
「葉牡丹に真珠の簪がよく似合うな」
「‥‥見立ててくれてありがとうございます」
 いつもの自分とは違うようで勝手が分からない珠々であるが、麻貴の見立てに照れながら彼女の隣に座る。
 宴会が始まると、皆は羽郁の料理を堪能した。
 見目が綺麗で味も旨い。
「んー、美味しいね」
 幸せそうに掻揚げを食べているのは恵だ。さっくりとした衣に野菜の甘みが染み渡る。
「鍋もよさそうだな」
 くつくつ音を立てている土鍋の蓋を開けようとする麻貴に珠々が止める。
「今日は持て成される側なんですから」
「そうそう、今日は気を使う事なんてしなくていいからね」
 お玉を持った羽郁が蓋を開けてお玉で野菜や肉が鍋に張り付かないように静かにかき混ぜている。煮込みもいい頃になっていて、取り分けている。
「ん、お鍋美味しい」
 にっこりと一口食べた柚季葉が微笑むと、羽郁の表情も和らぐ。
 鍋を肴にし、幻鬼に酌をしてもらいつつ、のんびりと酒を飲んでいた麻貴であったが、ちょこんと恵が麻貴の膝に手をついて顔を覗き込んでくる。
「お着替えの時間なのじゃ♪」
 後ろから春金が顔を覗き込んでにっこり笑う。杯も箸も麻貴の手を離れ、柚季葉に手を引っ張られて隣の座敷へ入る麻貴。抵抗が無駄だと感じた麻貴は素直に応じている。
 戻ってきた麻貴は水仙の着物に変わっていて、一息つくように酒を飲んでいる。隣に座ってきたのは雅人だ。
「お疲れ様です」
「楽しいのは否めないな」
 楽しそうに笑って麻貴がおかきを頬張る。
「例の賭場は‥‥」
 やはり職業病が抜けないのか、宴でも雅人は気にしていたようだ。
「年明け早々となろうが、仕事を頼む事になる。後、銀の首飾りの人物はまだ身元が分からんのでもう少し調査の手を伸ばそうにも時間が足りん」
 仕事の表情で麻貴が言うが、話の内容や表情と全体の外見のギャップに雅人はくすりと笑う。
「どうした?」
「いや、随分見た目と内容が違うなと」
 首を傾げる麻貴に雅人は答える。
「春金ちゃん達の見立てだから、可愛らしいのは仕方ないだろう」
 自信満々に麻貴が言うと、恵が二人の中に入る。
「今日は麻貴お姉ちゃんのお休みなんだよ」
 めっと、二人を咎める恵に二人は笑う。
「ねぇ、麻貴お姉ちゃん。女だからって思う人はいるだろうけど、男の格好ばかりしなくてもいいんじゃないかな」
「そうですね。着飾った麻貴さんもよくお似合いですから、両方の姿を大事にしてほしいですね」
 恵と雅人の言葉に麻貴は何度か瞬きをしたが、意味に気づき、苦く笑う。
「義務感からしているわけじゃないんだ‥‥その‥‥願をだな‥‥」
「麻貴、もっと呑め!」
 幻鬼が俯いている麻貴に杯を渡すと、一気に酒を注ぎ、麻貴はぐっと飲み干す。幻鬼が囃し立てると、横笛の音がする。柚季葉の演奏に合わせて羽郁が舞を見せている。
「これは美しいのぉ」
 うっとり聞き見入るのは春金だけではない。皆が羽郁と柚季葉に視線を向けている。音が止むと同時に羽郁の舞も終わる。見事な舞に皆が拍手を送る。
 それからも宴は続き、頃合になって、お開きとなった。片付けは店の人がしてくれるらしく、必要な物だけ持って撤収する。
 帰り道に珠々が麻貴に袋を一つ渡す。
「これ、監察方の皆さんに‥‥楽しいを御裾分けしてください」
 容量から見てきっと、お菓子だろう。麻貴はにっこり笑顔で頷いた。
「ありがとう、珠々ちゃんも皆も。また、明日からより一層仕事に励む事が出来る。また、私の方から依頼を出すだろう。その時は宜しく頼む」
 麻貴が言えば、全員が頷く。
 冴えた月は皓々と美しかった。