いつものあなた
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2014/09/30 20:43



■オープニング本文

武天が首都、此隅に死罪を科せられた者を収容する場所がある。
 いつ自身に訪れるかわからない死への扉。
 日も射さない場所に隔離され、どれだけ叫んでも届くことはないだろう。時間感覚を狂わされ、生きているか死んでいるかの感覚が消えていく。
 いつかの己が犯した罪を償う為に用意された死という道を辿らせる為‥‥
 神経をすり減らされて狂っていく者も少なくない。
 奇声をあげて騒ぐ者も時にいる。
 濁った空気の中を共をつけて歩く一行。真っ直ぐ前を向き、目的の房へと歩いていく。
「こんなところは体に悪いです」
 ため息混じりに呟くのは若い役人だ。
「死にゆくのは私達も同じです。私は貴方達より早いでしょう」
 その場にいる役人や共は「絶対ない」と心の中で呟いた。
 目的の独房はとても静かで、生きているかも分からないほどだった。
「‥‥香雪さま‥‥」
 消え入るような声音は女の声。
 奥から動く音がする。身体が揺れ、地に落ちる。
 ゆっくりと香雪と呼んだ老女の目に入ったのは痩せこけた女の顔。
「‥‥満散さん」
 格子に顔を寄せる満散の眼前に老女は膝を折る。
 重罪人が一般人の近くにいるのにだれも咎めたりはしない。
「貴女の顔を見に来ました」
「決まったのですね」
 その意図に老女は答えなかった。
「‥‥香雪様、私は今まで、誰かに生きることを願われたことはありませんでした‥‥」
 一人、満散は独白を始める。
「開拓者に生きてほしいと言われたとき、心に響きませんでした‥‥
 でも、今は‥‥彼の言葉が響いています。生きたい‥‥火宵と生きたい‥‥また、開拓者達と共にいたい‥‥」
 声が震えだし、その目に涙がこぼれていた。
 彼女ほどの人間が逃げ出すことをしないのは自身の罪の深さを受け入れているから。
 生へ執着させ、死ぬ事へ恐れを抱かせるこの瞬間もまた受けるべき罰なのだ。
「‥‥火宵さんも同じ想いと思いますよ」
 満散が愛する火宵もまた、同じ想いを抱き、死への扉を待っている。



 少しずつ木の葉の色が薄れゆく長月のころ。
 湿気が減った風が心地よく感じる。身が軽いのは着ている服が小袖なだけではない。
「あ、紅霞さん、こんにちは」
 声をかけたのは開拓者ギルド受付員の真魚だ。
「こんにちは、今日もきました」
 紅霞は先月まで武天の花街にいた花魁。今は開拓者に身請けされて神楽の都に旦那様と住んでいる。
 現在、紅霞は暇を見つければ世間一般的なことや、開拓者についての立ち位置などを真魚から習っている。
 旦那様をはじめ、開拓者の人達からも色々と教わっているが、どちらかといえば、掃除、洗濯、料理といった生活に関する事が多いのかもしれない。
 もともと学習能力が高い紅霞はどんどん娑婆の世界に溶け込んでいる。
「今日はびっくりしますよ♪」
「どんな事でしょう」
 茶目っ気たっぷりに真魚が言えば、紅霞は楽しむように真魚の案内を受ける。要人用の個室がある区域に連れてこられ、ある部屋から聞こえる話し声に紅霞は目を瞬く。
「‥‥真魚、さん?」
 目を丸くした紅霞はその声が誰なのか気づいているようだ。
「流石、シノビの紅霞さん♪」
 失礼しますの一声と共に真魚が紅霞を伴って中に入ると、紅霞が予想していた人物が若い開拓者と話していた。
「それでは失礼します」
 天女のように美しい男性開拓者は入れ替わりで出てしまった。彼の事は旦那様や開拓者達から聞いている。彼もまた、繚咲の為、沙桐や麻貴の為に戦ってくれていた開拓者。
「香雪様、御無沙汰しております」
 紅霞は彼を目礼で見送ると、目の前の人物へ床に膝をつける。
 香雪と呼ばれたのは鷹来折梅。
「満散さんの事で伝言をしてたのですよ。紅霞、こちらの生活は楽しいようですね」
「はい、旦那様をはじめ、皆様に良くして頂いてます」
 顔を上げる紅霞は気づいていないだろう。先ほどは真顔で挨拶をしていたのに、今はとても嬉しそうな顔をしている。
 そんな紅霞に折梅も真魚も目を細めてしまう。
「して、香雪様はいかなる用件でこちらに?」
「先ほどの通り、伝言を伝えにと、神楽の都で観光をしようかと」
「左様でしたか」
「皆さんのこちらでの顔も見たいなと思いまして。急に来たら、驚くでしょう?」
 くすくす笑う折梅は少女のようであり、無邪気な様子に真魚と紅霞は顔を見合わせて微笑み合った。


■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490
22歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志


■リプレイ本文

 個室を後にした折梅達は開拓者ギルドの大広間に出る。
 今は儀ではないもうひとつの大地‥‥旧世界と呼ばれる場所の事で戦いがあり、緊迫した気配を肌で感じざるを得なかった。
「折梅さん?」
 声の方向を見やれば、そこにいたのは御樹青嵐(ia1669)だ。
「今日は、沙桐さんと孫嫁様に?」
 満散の事を青嵐に告げると、彼は「そうですか」とだけ呟いた。
「孫夫婦の顔を見て、神楽の都の観光でもと思いまして」
「呑気だね」
 二人の会話の向こうから姿を現したのは輝血(ia5431)。
「これから、大きな戦いがあるっていうのに」
 そう言う輝血も随分ゆったりしているようだったが。
「大きな戦いがあるからこそ、景気づけに」
 折梅が飲む仕草をすると輝血はしかたないと呟き、青嵐を見やる。
「お会いできたのは縁が導いたものでしょう。是非」
 青嵐の約束に折梅は頷き、二人の開拓者としばしの別れを告げる。
 観光の後によい酒が待っていれば、折梅達の心も浮き立つ。


 とりあえず、孫夫婦の顔を見に行こうとした折梅は架蓮を伴い、神楽の都を歩く。
 神楽の都の街並みはとても賑やかで、一国の首都同等の活気がある。
「ええと‥‥だいこんー、あぶらげー‥‥」
 紙を見つつ、忘れないように声を出して歩いているのは黒猫‥‥もとい、珠々(ia5322)だ。
 前から歩いてくる人影が足を止めたのが珠々の視界の中に入ったのに気づいて顔を上げる。
「珠々さん、今日はご馳走ですか?」
「おばあさまー?! 架蓮さんも、こんにちはー?!」
 無表情なのに目をくりくりと見開くのはびっくりした黒猫そのもの。
「どうしてここに!」
 隠密行動や不意打ちを主に鍛錬されている珠々であるが、折梅の不意打ちに驚きを隠せなかった。
「珠々さんはお買い物途中でしたね。拠点のお夕飯ですか?」
「買い物は後で出来ます。でも、おばあさまの観光についていくのは今しかできません」
 幸い、珠々の買い物はまだ始まっていないのでかごは空。地元でおばあさまの観光に付き合うことにした模様。


 珠々は現在、開拓者‥‥一般人としての「日常生活」を勉強している。
 勤勉な珠々で折梅もしっかりしすぎたひ孫に「もう少し気を緩めても‥‥」と思うが、その匙加減は人それぞれ。
 折梅と手を繋ぎ、歩くというのは初めてではないが、自身の生活圏内でかぞくと歩くのは初めてな珠々は少々緊張しているようでもあったし、どこか自慢げ。
 嬉しいものは嬉しい。
「おばあさま、あちらの方で舞台がありますよ」
「行ってみましょう」
 舞台と聞いて目を輝かせて折梅は珠々を連れて颯爽と足を向けた。
「とざい、と〜ざい!」
 腹の底からの大きな声で呼び込み役が通行人の足を声で止めていく。
 人だかりの後ろにいる折梅の方まで通る呼び込み役の声に折梅は気づいた。
「ご用とお急ぎのない方は聞いてらっしゃい観てらっしゃい!」
 観劇小屋をざっと見やれば、ここに根を下ろしている一座だろう。しかし、その呼び込み役は開拓者ではないのか?
「アヤカシから人々を救う開拓者。しかしその活動は意外と知られていない。当一座がその一端をお観せしましょうっ」
 衣装を身に纏い、一座の紋だろう紋様が入った旗を手にして元気に呼び込みをするのは羽喰琥珀(ib3263)だ。
「琥珀さん!」
 手を上げて折梅が声をかける。
「いよぉ! あっれ、此隅住みじゃなかったっけ? 孫に会いに来たのか?」
 知った顔を見た琥珀が折梅達を見つけて明るく声をかける。
「貴方の顔も会えるなら見ておきたかったですよ」
「口が上手いなぁ! 神楽の都に来たんならうちの舞台見てけよ」
「琥珀さんは一座の方なのですか?」
 率直に折梅が質問すると、琥珀は「昔に世話になった」と答えた。
「臨時で手伝ってる」
「開拓者も色々といらっしゃるのですね」
「ああ、尚の事見てくといいぜ。俺も出るし、絶対後悔させねーからさっ」
「ならば、必見ですね。二人とも見て行きませんか?」
 既知の出演ならばと勢いづいて三人が中に入る。
 折梅達と入れ違いに現れたのは溟霆と紅霞。
 この二人、数ヶ月前に祝言を挙げて神楽の都に住んでいる新婚さん。
「琥珀君じゃないか」
「こんにちは」
 顔見知りの琥珀の姿を見かけて新婚が声をかける。
「おう! こんな真昼間から逢引かー? 熱っついね〜」
 にーんまりと笑みを浮かべて旦那である溟霆(ib0504)の方を見やる。当の溟霆はいつもの笑みで琥珀を一度見やってから妻である紅霞を見つめる。
「離れていた分、共にありたいと動くのは当然の事だよ」
 愛しそうに旦那様に見つめられた紅霞は顔を赤らめ、こくっと一つ頷く。気恥ずかしい様子だが、嬉しさが勝る。
「あー、見せ付けてくれてごちそーさん」
 目論みが外れてしまい、思った以上の甘い雰囲気に苦いお茶が欲しいとばかりに琥珀は腰につけた竹筒の茶を飲む。
「またね」と声をかけられた琥珀が新婚夫婦を見送る。
「琥珀ー! 時間だぞー!」
「了解!」
 一座の兄さんより声をかけられた琥珀は奥へと引っ込む。


 男女が肩を並べて歩くの事に顔を顰める人がいる事もあるこの世界、開拓者が多くいるこの神楽の都はとても自由な街。
 未婚でも既婚でも自由に逢瀬が出来る。
 繚咲しか知らない紅霞にとっては驚きであり、幸せなことだ。
 神楽の都は紅霞にとって、万華鏡のようであり、日々色んな姿を見せてくれる。隣に愛しい旦那様がいるのが一番のときめきである。
 花街にいた頃は両親の行方の事もあり、粋がって突っ張っていて、男達に随分皮肉な態度を取ってしまっていたが、今はそんな必要などはない。
 当初は格好をつけていたが、彼はお見通しであり、彼女のいろんな顔を自分だけに素直に見せて欲しいと言ってくれて、素直に感情を顔に出している。
「溟霆様、開拓者ギルドはやはり、旧世界の事で持ちきりでした」
「だろうね」
 今控えている戦いは開拓者ギルドにとってかつてない戦いとなる。
 生か死か分らない。
「溟霆様」
 紅霞は真面目な声音で旦那様の名を呼ぶ。
「私は、貴方様の妻です。戦う術ある開拓者です。如何なる戦場であろうとも、貴方様と共に」
 妻の言葉に溟霆は目を細める。
「いこう。何時までも共に」
 きゅっと、紅霞の手を握り締めた溟霆は笑顔で愛しい妻を次の場所へと導いた。

 ざわめく会場内だが、拍子木の音が聞こえると、静かに静かに声が引いていく。
 ぱっと現れたのは一人の男。佇まいは貫禄がある中々の男前。
「アヤカシが跋扈するこの天儀。魑魅魍魎なるアヤカシを倒せるのは我ら、開拓者のみ」
 朗々と口上を上げる男に、「よ! 待ってました!」と威勢のいい観客の声が響く。
「開拓者の仕事は開拓者ギルドに飛び込んだ仕事の数々。その一幕をお見せしましょう!」
 歓声と拍手が始まり、受けた依頼の相談が始まる。
 最初はご近所のモメ事や子供の困りごと。
 予期しない展開は喜劇めいて笑いを誘う仕上げになっている。
 次は真打宜しく、意見交わして時にぶつかり、皆でアヤカシ退治へと向かう。
「琥珀さん!」
 舞台にはアヤカシと戦う開拓者役に琥珀の姿もあった。
 琥珀と花形が二人同時に見栄を張ると、沢山の「花」が役者の足元を飾る。
 軽やかに舞台の上で跳躍し、アヤカシを倒す姿はいつも通りの彼の太刀筋や足の踏み具合と遜色なく、基本がきちんと身体に入っているからこその演舞だと珠々は解析する。
 正面舞台だけじゃなく、花道‥‥観客のすぐ近くで交わされるアヤカシと開拓者の戦いは迫力があり、手に汗握る観客達も興奮する。
 日常へと戻るとき、道化役の残念具合や花形役のモテぶりを滑稽に演じられており、皆笑顔で幕を締める。
 客達を役者達が見送り折梅達も琥珀に「とてもよかった」と誉めて劇場を後にした。


 三人は大通りに出ると、青嵐と輝血に会った。
「この先に美味しい栗きんとんが置いてある甘味処がありますよ」
「栗ですか。是非、行きましょう」
 折梅は栗も好きらしく、青嵐の誘いの乗る。
「珠々、そのカゴお菓子が一杯だね」
「‥‥劇を見に行ったら貰いました‥‥」
 本来は、別の用途があったのだが、席に着くと、他の観客‥‥主に年寄りに何故か飴やら饅頭やらおすそ分けを貰ったようだ。
 酒も扱っている甘味処らしく、大人達は酒とつまみと栗きんとん。珠々は栗餡の餡蜜を頼む。
「改まってどうしたのですか?」
 純粋な疑問をぶつける折梅に青嵐が微笑む。
「こうして輝血さんと共にいられるのは折梅さんのご助言のお陰です。私にとって輝血さんは大切な人ですから」
 さらりと言い切る青嵐に輝血は傾けた猪口の酒を噴きそうになりつつも平静を装う。
 青嵐は恥ずかしい事をあっさり言ってしまう。その傾向は今年に入ってから特にと輝血は分析する。
 恋バナと酒が揃った今、折梅に主食が揃っている。おかずは自分だと輝血は確信し、警戒する。
「私と葛さんは信じるしかありません。貴方達がどうなるかは分りません。願わくは、幸福な道であるように。そして、また共に酒を酌み交わしたいです」
「‥‥戻ったらいくらでも。てか、折梅ずるい」
 輝血の赤い唇が拗ねたように窄めて抗議する。その表情が無意識なのは輝血以外が分っているのでとても可愛らしい。
 葛先生の名前を出すだなんて、ずるい。


 青嵐と輝血と別れた折梅と珠々は沙桐の家へと向かったのだが、沙桐も驚かそうとしたら、彼は「新しい家族の事で頭が一杯で、確実に怪我をする為中止の方向にした。
 しかし、沙桐は大仰に驚いてくれてお嫁さまも折梅の来訪をとても喜んでくれた。
「おばあさま、送ります」
 三人で折梅の宿へ向かう時、折梅が口を開く。
「珠々さんは、麻貴さんと柊真さんと一緒に暮らすのですか?」
「‥‥いつか、おとうさんとおかあさんに、自分が作ったものをおいしいって、言ってもらいたいのです」
 自分はシノビ。訓練され、考える兵器として仕上げられたシノビ。顔の筋肉を抑えられ、夜春を使わない限り表情を崩す事が難しい。
 まともな人生はないと思った珠々に家族ができた。
 彼女にとって、大切なたからもの。
「内緒にしておきますよ。勉強は程ほどにして、根をつめないように」
「はいっ!」
 微笑む折梅に珠々は元気よく返事をした。


 晩御飯は料亭で取る事になった。人気の料亭で偶々予約取り下げがあったので、急遽予約を取った。
 食事はとても美味しく、三人で「美味しい」と沢山食べた。
「おばあちゃま!」
 帰ろうと廊下を歩いていた時、明るい声に折梅達が振り向けば、そこにいたのは玖堂真影(ia0490)とタカラ・ルフェルバート(ib3236)。
「真影さんに、タカラさん、夫婦でお食事?」
「はい、たまにはと。おばあちゃま達はもう済ませて?」
 尋ねる真影に折梅は頷いた。
「残念ですが、らぶらぶ夫婦の邪魔ほど野暮はいけません。またの機会に」
「おばあちゃま達はまだこちらに?」
「ええ、もう二、三日は」
 頷く折梅に、真影は顔を明るくする。
「では、明日のご予定が合えばウチに来ませんか?」
「いいのですか?」
「勿論、皆さんで」
 笑顔の真影にタカラも頷く。
「是非、来て下さい」
「喜んで」
 次の日の予定が立ち、折梅はとても嬉しそうだ。


 時間を少し巻き戻し、輝血と青嵐は折梅達と一杯引っ掛けてから、神楽の都を歩く。
 神楽の都は大きな街であり、新鮮な魚や野菜がよく手に入る。
「今時期は秋刀魚かな」
「初物よりは今時期が脂が一番乗ってますね」
「山の幸が好きだな」
 ぽつりと輝血が呟く。今までの生活で海よりは山に接してきたから。
 青嵐は輝血の言葉をじっと聴く。
「何?」
 何処か戸惑う輝血に青嵐は我に帰って微笑む。
「輝血さんが嗜好を口にするのは稀ですから、聞き入りました」
「‥‥茸類、好きだよ。酒、これは知ってるか」
「そうしましょう」
 野菜の美味い店に入り、個室で料理を楽しむ。料亭程気取ってない良い店。
 野菜や肉を堪能し、酒をよく飲む。
 青嵐は最近、輝血がよく食べるような気がした。前は好きな食べ物の事もあまり言わなかった。
 料理の事を重点的に二人は会話を続かせる。
 今日の青嵐はとてもよく飲み、よく喋る。青嵐の会話はとても話しやすい。今日はとても陽気な気がする。とても饒舌だ。
「輝血さん」
「ん?」
 輝血が青嵐の瞳を見ると、彼女は少し、目の動きを止めさせられた。真剣な眼差しに射竦められた気がした。
「この戦から帰ったら伝えたい言葉があります」
 切り替えるように青嵐が杯の中の酒を飲み干す。
 輝血はこの言葉を聴きたくなかったような気がした。

 凄くいやだ。
 死ぬみたいに言わないで。

 脳裏によみがえるのは、用意された償いの死へ自ら首をかけるあのシノビを殴った事を思い出していた。
 帰って来い。蛇の下へ。
 もう帰ってこない。あのうそつき。
 でも‥‥


「青嵐は逃がさない」


「え? 何か仰いましたか?」
「なんでもない。でもさ、二人だけで飲むの、悪くないよね」
 輝血も切り替えるように杯の中の酒を飲み干す。



 翌日、折梅は再び沙桐の家に向かい、真影の家に行く話をする。
 お嫁さまは今日は家で休むので、沙桐に真影達に宜しくと言っていた。
 目的の真影の家に到着すると夫婦揃って出迎えてくれた。
「おばあちゃま、沙桐さん、いらっしゃい!」
 笑顔で出迎えてくれる真影は一度、庭に面する客間へ折梅達を案内する。
「これ、ウチの奥さんがお勧めするお菓子」
 手土産を渡すと、真影も知っているお店の菓子だった。
「奥さまに宜しくお伝えください」
 真影も好きな菓子だったようで、とても喜んでくれた。
「お庭の花々、綺麗ですね」
 ほう‥‥と折梅はため息をつく。
「玖堂家の面々が丹精した花々です。早咲きの菊が育てられました」
「まぁ、この時期に大菊を見られるとは、見事な腕前ですね」
 誉められて真影は嬉しそうに微笑み、「お庭に出てみます?」と誘う。折梅達は喜んで庭に出る。
 三人を出迎えてくれたのは菊だけではなく、秋の花々が彩を添えていた。
「見事です。これだけのお庭は滅多にありません」
「おばあちゃま、私‥‥今、とても幸せです」
 そっと真影が菊の花を見つめ、呟く。
「今日、お誘いしたのは、幸せに暮らしてる所を見てほしかったのです」
 折梅から見て、真影はいつも前を向いて弱い所を他者に見せない強さを持つ。
 彼女が抱えていた問題や悲しみは計り知れない。問題に打ち勝った時、彼女はとてもとても輝いていた。
 今回、真影とタカラに会い、互いを想い、支えあっている事を確信した。
「とりあえずは」
「え」
 真影とタカラが声を合わせる。
「折梅は心配性です。また会って安心させてくださいませ」
 茶目っ気一杯に折梅が言えば、若い夫婦は顔を見合わせて笑った。


 菊香のお土産を貰った折梅は沙桐に嫁様に渡すように伝えた。
「麻貴さんの分もありますし‥‥行きますか」
 折梅が呟くと、架蓮は「お供します」と頷いた。