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■オープニング本文 つい、数ヶ月前に理穴監察方で追っていた事件の一つが片付いた。 とはいえ、いくつもの仕事を抱えるのはどこの部署でも一緒。その中の一つで監察方の遊軍である四組の年少組がある詐欺行為を行っていた極道者を追っていた。 「欅、結界だ!」 「はい!」 書生風の青年、椎那が言えば、名を呼ばれた袴姿の少女が応えて結界を展開する。剣を構えた剣士風の青年、樫伊が少女を護るように立つ。 「え!」 弾かれたように驚いた少女、欅はかっと目を見開く。 「どうした」 椎那が尋ねると彼女は困ったような視線を送る。 「たくさんいるみたい‥‥数え切れないよ‥‥」 しかし、目の前にいるのは理穴首都から少し離れた沿岸沿いの森。 「もしかして‥‥」 察した椎那が符を取り出して召還したのは一匹の小鳥。機敏に羽を翻して欅が感じた方向へと飛ばせた。 意識を集中させて様子を見に行けば、うろついていたのは蜂だ。 一匹二匹ではない。おびただしい数の蜂。 「まさか‥‥」 「どうしたの?」 椎那の様子に気づいた欅が声をかける。 「蜂がいる‥‥」 「蜂だと?」 樫伊も眉をひそめる。 「欅が見たアヤカシは蜂だ‥‥俺達が追ってるやつらは向こうに行っている」 「じゃぁ、欅の浄炎で」 「一人じゃ間に合わない」 即答する椎那の表情は浮かない。まず、この三人では追いつけない。 向こうが数ならばこちらも数が必要だ。 「この先は行き止まりの鍾乳洞だったはず。細工されてなければだけど。とりあえずは人を来させないようにしてギルドに連絡だ」 椎那の言葉に二人は頷いた。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 開拓者達を待っていた椎那と樫伊は待ちきれない様子であり、欅は久々に開拓者と会えるのが楽しみな様子であった。 「皆さん、こちらですっ」 知った顔もあり、欅の笑顔が明るくなる。 「おう、俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 「今回は来て頂いてありがとうございますっ」 ルオウ(ia2445)の言葉に欅は丁寧に頭を下げる。後ろの男子二人組は「宜しく」とそれぞれ挨拶をする。 「欅ちゃん、大丈夫ですか」 珠々(ia5322)が真っ先に欅を気遣うと、彼女はうんと頷く。もう妙齢の娘であるが、このあたりはあまり変わらないようだった。 「珠々ちゃん、元気そうね。お兄様には会えた?」 「今日は欅ちゃんのお手伝いです」 ふるふると首を振る珠々に椎那が文句言いたそうだが、とりあえずこらえておく。 「しっかし、すごい音が向こうからするね」 ため息まじりにここより離れたところに視線を向けるのは輝血(ia5431)だ。 「ハチノコとか食べたいけど、アヤカシは無理だよね」 蜂の幼虫は珍味や漢方として珍重されているが、今回はただのハチではない。 「それも確かにだけど、そもそも騒音はいけないわ。美容には疲れを取り、しっかり睡眠をとるのが大事なんだから」 ぐっと拳を握り締めるのはユリア・ヴァル(ia9996)。 「刺されたらやっぱり腫れるのかなぁ」 「普通のハチでも別物のように腫れるだろうからな」 うーんと、考えるのは溟霆(ib0504)で、記憶を探りつつ、ケイウス=アルカーム(ib7387)が答えた。 「僕ら男性陣が刺されたとしも、どうって事はないけど女性陣は美しい顔を守っておくれよ」 溟霆が女性陣に注意を促す。 「何を言ってるんですか。きれいなひとを待たせているんですから、気をつけてください」 じとりと珠々が溟霆に言い返すと、溟霆は意外な切り返しに困ったような照れを隠したような笑みを浮かべる。 「話を聞いてると、虫柱と言うか、虫壁みたいだね」 まだピンときていないモユラ(ib1999)が頭の中でイメージをしながら呟く。 「とりあえずは案内します」 樫伊が案内をかってでた。 ● 海に面した森は意外と深かく、新緑の時期ともあり葉が茂り始めていた。 「枝も伸び始めてきたなぁ」 ちょんと、枝に指をかけたルオウが呟く。 「あまり人が入ってないようね」 一般人が入り込むところなら、犠牲者が出かねない。 「極道者が犠牲となるのは監察方のよしとするところではないね」 ため息混じりに溟霆が音の方向を見やってから欅の方を向くと、彼女は瘴索結界「念」を発動していた。 「戌の方向に大群がいます。巣があるかは分りません」 小さい虫型アヤカシとはいえ、その大群を感じる欅には負担があり、瘴気に当てられている状態だった。 「私の耳にも痛いほど羽音が聞こえてきます」 超越聴覚を使用している珠々達シノビも瘴気というよりも大量の蜂アヤカシ達の羽音が鼓膜へ叩きつけている。 「椎那、樫伊。欅を守って」 「はい」 欅の負担を感じたユリアが男子二人に声をかける。 瘴索結界「念」で欅が探した方向へ走るのは輝血たちシノビ組。 見えてくるのは黒い霧のような何か。 個々の規則でうねり飛び回るそれは正しく蜂だ。 聴覚が羽音に奪われていたが、この三人には異常を理解した。 自身の嗅覚が異常を感知し、伝えている。腐食ということ。 やつらは虫であって、アヤカシだ。 アヤカシの餌は人間‥‥ 虫アヤカシに刺され、もはや人とは言えない赤黒い何かを蜂達が囲んでいる。 微かに見えるのは法被だったような物だ。 「捕らえるのは三人のようだね」 冷静に先を見据えた輝血に二人は肯定した。自分達がするべき事は被害者をこれ以上出さない事。 もう少しで仲間が駆けつけるだろう。 それまでシノビ達は散開して他の離れた蜂アヤカシを追う。 「う‥‥」 人間の本能には逆らえず、ケイウスは声を上げてしまうが、視線は欅の方を向けば結構膝が震えていた。しかし、倒そうと思う気持ちは消えていないのを察したケイウスは負けてられないなと思いつつ、蜂の動きに集中する。 体の中のイライラを取り除くように息をついたのはユリアだ。 予想通りの騒音に聴覚が衝撃を受けているようだ。騒音が酷ければ集中力も欠けてしまう。 「ゆ、ユリアお姉様っ」 声が震えている欅がユリアに呼びかける。 「予測では女王蜂はあの蜂の波の向こうにいると思います。今向かっている大群の他に大きな集団の蜂はおりません。存分にやってくださいませっ」 瘴索結界「念」の結果を伝えた欅が膝から崩れ落ちそうになっているが、樫伊と椎那が欅を支える。 「わかったわ」 簡潔な言葉であったが、ユリアの瞳は闘志が灯っている。 ゆっくりと掲げたのは錫杖「ゴールデングローリー」。先端に月桂冠に似た飾りがある黄金色の杖だ。その名の通り勝利を齎すがためにユリアは詠唱を始める。 練力が杖の先端に集約されていく。 ぽつりと小さな炎の宝石のようなものが浮かんでいるようにも見える。 大気がユリアの詠唱に反応しているかのように震え始めていく。 蜂アヤカシも開拓者達に気づいたようで、ゆらゆらと黒い壁が揺れている。 モユラからみる蜂アヤカシは間合いを詰めようと動く黒い波のようにも見える。 「ああ、波も音が凄いんだよね」 ぽつりとモユラがつぶやく。 先行隊宜しく数十匹の蜂アヤカシ達が開拓者達へと飛んできた。 ユリアの術の発動を阻止するため、女王蜂を護るためにアヤカシは排除に向かう。先ほどまで自身が喰らっていた人間のようにするために。 しかし、その針は使われることはなかった。 一陣の風が走り、蜂達の中に飛び込んでいく。 風が蜂を抱きこむように渦巻いた。 「邪魔はさせねぇぜ。数が多かったって、結局は虫だろ」 にやりと笑みを浮かべるのはルオウ。 彼が発動させた回転切りの風だったようだ。 他の蜂アヤカシ達が向かおうとした時には、ユリアの頭上に真紅の薔薇の如くに炎を重ね纏う火炎弾が召還されていた。 旋律的な詠唱が終焉すると共にその火炎弾は蜂アヤカシの波へと向けられる。 火炎弾は黒波に着弾した途端、炎の花弁が咲くかのように広がり炎の花弁が舞い散り、黒波を焦がしていく。 蜂アヤカシも一部から炎より逃れて始めているが、開拓者達は逃がす気などはない。 「でか‥‥」 目で確認できる距離に立つケイウスは自然の中にいる蜂よりもはるかに大きい蜂アヤカシに引いてしまいそうだが、そうもいかない。 自身の手の中にある詩聖の竪琴を軽やかにかき鳴らす。 奏でられたのは魂よ原初に還れ。 荒ぶる神霊を鎮めるための曲であり、志体を持つ吟遊詩人が奏でられると、アヤカシ達を決して傷つけることなく倒してしまう。 ぽと、ぽとと音が重なり、飛ぶという事を奪われた何十匹という蜂アヤカシが地に落とされる。 術者は術を発動させる為に動きや時間を要する。その間は無防備な状態であり、アヤカシ達は隙あらばと言わんばかりに向かってくる。 術を発動させようとしていたケイウスを護ったのはモユラのウィップ「デッドリーキッス」の赤い鞭が蜂へ斬り込む疾風となる。 イムヒアを発動させて数を数える事すら放棄したくなるほどの蜂アヤカシ達の動きに合わせて、軽やかなステップは蜂の攻撃を受けることなくこなしていき、腕を靡かせる度に鞭を撓らせて蜂を叩きのめしていった。 モユラが顔を上げるとユリアがもう一度大火の薔薇を咲かせようとしていた。 黒い蜂の壁が再び咲く火炎の薔薇に飲み込まれて焦がされていく。蜂アヤカシに啄ばまれていった人間の上にアヤカシがのしかかっていく。 深い蜂の波は薄らぎ、森の景色が視界に飛び込んできた。 まだ残るアヤカシをケイウスが排除してしまうと、再び欅が瘴索結界を発動させて巣の捜索を行った。 「ここから奥にアヤカシの反応があります」 欅の言葉に全員が向かえば、少数の蜂達が開拓者に襲ってくる。 早駆を使って溟霆が刀を振るい、薙ぎ落としていく。彼の背後にいた珠々が蜂が斬られた事を確認して奔刃術で一気に速度を上げて蜂達をふるい落としていく。 それでも追いすがろうとする蜂達を払ったのは輝血の刃とモユラの鞭だ。 大群は先ほどの戦闘で九割は壊滅した。個々が連携さえすればもう敵わぬものではない。 蜂を振り切った珠々が目にしたのは縦横ざっと五尺はある大きな蜂の巣。 巣の大きさに表情をしかめたのはケイウスだった。即座に曲を奏でたのは高らかに遠くまで響く軽快な旋律。 仲間を鼓舞させるのは義侠を貫いた聖人達が成し遂げていった武勇の旋律‥‥「泥まみれの聖人達」だ。 まだ巣の周りに蜂は飛んでいない。大隊が殲滅された事に気づいていないようだった。 即座に溟霆が煙遁を発動させた。 蜂は色で識別する。今回のアヤカシもアヤカシの本能と色の識別で動いているものと推測した。 ほぼ視界が白となれば、動きも取り辛いだろう。 前に出たのは樫伊だった。納刀状態のままで居合いの構えで巣を見据える。 蜂が飛び出してきて、ルオウが先に駆け出して回転切りを使って蜂をなぎ倒していった。ルオウの動きを見極めた樫伊が駆け出し、巣に一閃を入れる。 硬い巣に傷をつける程であったが、溟霆には十分な斬り口だ。 早駆で勢い付かせて三角跳びで跳躍した溟霆が構えるのは忍刀「鈴家宗直」と飛苦無「暁の月虹」。 飛苦無で更に傷を入れ、忍刀で深く引き裂いた。 更に珠々も入り、今にも飛び出さんとする巣の中の蜂達に気づいて一気に剣を暗器の要領で削いで動きを止めた。 全員が気づいたのだ。 巣の主‥‥女王蜂の姿に。 自分達が戦っていた蜂達より更に大きい蜂は正しく女王蜂だ。 椎那が呪縛符を発動させて動きを鈍らせる。 「足りなかったね」 輝血が呟いて発動させたのは夜だ。 女王蜂へ一気に間合いを詰めて針のある尻を斬りおとす。 ぼとりと、尻が落ちると同時に時が動き出し、察した珠々が頭を割り、溟霆が女王蜂の胴を真っ二つにした。 当面の危機に勝利はしたが、椎那達にとってはアヤカシとの戦闘はあくまでついで。 本来は極道者を捕縛に来ていたのだ。奴らを捕まえない限りは椎那達の仕事は終わらない。 「極道者、取り押さえにいっちゃおー!」 気分が上がっているのはモユラだ。彼女でなくても気分が上がるのは仕方ない。 頭の芯まで揺さ振られていた騒音が消えたのだ。 鍛えられる事はできないことはないが、あるのとないのとは全く違う。 「よく聞こえるね」 「よく聞こえます」 超越聴覚を発動している輝血と珠々が声を掛け合う。 「じゃ、行こうか」 ケイウスが声を掛け合うと、皆でその方向へと向かった。 道中、人の気配は特になかったので、鍾乳洞の方にいるとシノビ達は推測する。 ようやく着いた鍾乳洞の中は一本道に見えて小さなわき道が見える。 「足元気をつけて」 ケイウスが後ろを歩く欅に声をかけると彼女は小さく返事をした。 最初を歩く溟霆がいくつかめの小さな小道へ抜ける場所を通過しようとした時、彼は不意に足を止めた。 溟霆は小道の方に片手を向けて何かを掴むと一気に自分の方へ引き倒す。 「抵抗はよくないよ」 低く呟く溟霆の声が合図となり、残り二人が出てきた。 女の姿がない事から、あの犠牲者は女だったのだろうと考えられる。 「往生しろぉお!」 軽やかに飛び出したのはルオウだ。相手は極度の緊張で疲労している。 あんな大群のアヤカシを目の当たりにしたら当然だ。 斬るまでもなく、男の一人がルオウの手によって地に伏せられる。 「ん?」 きょとんとしているのはモユラだ。最後の男はモユラを狙って匕首を構えているも彼女は即座に察して鞭をしならせた。 鍾乳洞の中で歩く事すら不安定であり駆け出すのは更に危険が増す。その足元に鞭の先端を叩けば簡単に男の足をふらつかせて転ばせる。 「おいたはいけないよー」 足元の安定が取りづらい中、モユラは軽やかに自分が転ばせた男の方へと向かい、後ろ手に取る。 「それで全員ですね」 珠々が言えば全員がもと来た道を歩く。 外からの攻撃がないように立っていたのはユリアと輝血。 男達を確認してユリアが依頼完了と確信する。 「それじゃ、蜂蜜を使った甘いものでも食べに行きましょ♪」 明るくユリアが言えば皆が頷いた。 ● 海が近いところで茶店というか、旅館も兼ねた店があったので、皆でそこに入る。 「へぇ、景色がいいな」 お茶を飲みつつ、ケイウスが海の景色を眺める。 「風が気持ちいいわね」 窓際で長い銀の髪を風に遊ばせているのはユリアだ。 お店で蜂蜜を使った菓子は蜂蜜と生姜の寒天とサツマイモを素揚げして蜂蜜を絡めたものしかなかったようだが、何か作りますねと言ってくれた。 「あたしは酒で」 すかさず輝血が言えば、女将さんは笑顔で答えてくれる。 お銚子二本と杯一つが載った盆を見て輝血は微かな違和感を感じざるを得ない。 「美味しいねー」 幸せそうにモユラが寒天を飲み込む。寒天はちょうどいい弾力でつるりと入っていき、蜂蜜の甘さと生姜の辛味が程よい後味となって後を引く。 「サツマイモもうまいぜ」 熱々のサツマイモの素揚げも美味いようで、芋の熱と戦いながらルオウが美味いと声を上げる。 「そういえば、最近どうですかー?」 蜂蜜仕立ての甘辛団子を頬張りつつ珠々が男子組に尋ねる。 「何がだよ」 報告書を書いている椎那がつっけんどんに返す。 「イイヒトいないんですかー?」 「そんな暇ない」 それだけ言い残して椎那は報告書書きに戻る。そんな様子に珠々はつまらないようで、無表情のままで抗議をしているが、椎那は見ないふり。 想い人であった人の養女となる珠々なのだから仕方ないかもしれないと樫伊は黙ったまま茶をすする。 「樫伊は?」 「そこそこに」 ぎらりと標的を変えた珠々が見やると、樫伊はさらりと答える。 「どんな人ですか!」 「かわいい」 「それじゃわかりません!」 「すごくかわいい」 押し問答のような事をしている二人だが、樫伊の視線は欅に向かっているのを溟霆とユリアは気づいていた。 一方的にぎゃんぎゃん騒ぐ珠々を横目に輝血は一つため息をつくと、椎那が視線をよこす。 「ようやっと終わったのに、忙しないね」 それが何を言っているのか、椎那は理解していた。 「我々の仕事は多岐にわたります。一つ一つこなしていたら時間が足りません」 「そうだね」 それを理解しているのは輝血であったが、今日の彼女は精彩に欠ける気がした。 「代わりにもなりませんが、どうぞ」 銚子をとった椎那が輝血に酒を勧める。何を言いたいのか分った輝血は「そんなんじゃない」と心の中で抗議しつつも椎那の酒を受けた。 やっぱり、なんだか‥‥空回る気がするのはどうしてかな。 窓の外を見て輝血がそっと心の中で呟いた。 |