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■オープニング本文 つい先日、鷹来家に大きな動きがあった。 鷹来と言う家が繚咲を統治し始めた頃から鷹来家当主花嫁は繚咲の土地の娘であることが慣習となっていた。 その土地以外の者と婚姻を結ぶのは禁忌とされていた。 だが、現当主の父親はその禁をやぶり、他国の娘と駆け落ちしてしまった。 当主の父親には弟がいたが、その者は当主になることを拒み続けている。 半身に他国の血を流す子供が当主となっていたのは弟のせいだと誰もが言う。 子供は当主となり、繚咲出身ではない女性を花嫁にと選んだ。しかも、双子の姉を鷹来の籍を与えるようにと言ってきた。 当然のことながら有力者たちは大反対。皆、自身の娘を嫁にとして考えていたのだから。 そして、誰もが鷹来家に半身の血が混ざる人間を置いておきたくないと考えている。 とある条件を出したのだ。 誰もが無理だと思う事。 繚咲北部の魔の森の主、百響を倒すこと。 条件を出す前、百響に因縁を持つ他国の男が義勇兵を集め、戦を仕掛けた。 しかし、アヤカシの力の前にほぼ壊滅。 繚咲の森林の一部も焼かれた。 そんなアヤカシを一年で攻略しろと言い渡したのだ。 誰もが無理と思ったが、その当主、沙桐は姉の麻貴と開拓者と共に討った。 悪あがきした者もいたが、もはやこれまでと観念したものも多く、新しい花嫁を静観する事になった。 もう一つ、幕を下ろさねばならない。 ● 男は小さな幸福をかみ締めていた。 女もまた、短い幸福を心に身に刻んでいた。 一組の男女は罪人だ。 男はアヤカシを討つ為の武器を作る為、金を作る為に罪を犯した。 女は生きる為、人を殺し続けてきた。 二人は裁かれなければならない。 男は理穴、女は武天。 互いの道は見えている。 故に一瞬を刻むのだ。 引き渡される時が来た。 罪人は縄で拘束されることはなく、質素な旅人姿だった。 繚咲の管財人である折梅と鷹来家当主代理の緑萼、三つの小領地の領主達からの心遣いだ。 「ありがとうございます」 罪人の男、火宵は深々と頭を垂れた。隣にいる女、満散も同じく。 「外で何をしてきたであろうとも、私達にとって貴方達は繚咲を助けてくれた恩人です。心より感謝しております」 折梅が言えば、二人は謙虚に受け取った。 「開拓者の皆様、どうか宜しくお願いします」 頭を垂れた折梅が言えば開拓者たちは頷いた。 「麻貴」 緑萼が理穴に向かおうとしている麻貴を呼び止めた。 「如何されましたか」 「持っていけ」 布捌きの音がし、麻貴の肩に羽織られたのは白い打掛。 「よき殿方を見つけたとあの方から聞いた。時には遊びに来い、主人と娘とな」 「はい」 こくりと麻貴が頷けば、拗ねている沙桐の姿があった。 「寂しいか」 「寂しいさ、俺の姉だからな」 「お姉様と呼べ」 「どうかしたのかお兄様」 軽口の後、双子はくくっと笑いあう。 「またな、沙桐」 「ああ、またな」 仲のよい双子はまた離れ離れになった。 一方、理穴ではとある警戒が強まっていた。 強いシノビの監視が理穴監察方を狙っていた。そして、上原家の方でもそれはあった。 狙いは旭と考えられる。 繚咲から理穴へと搬送され、黙秘を続けていた松籟が口を割ったのだ。 百響の残り香を吸っている者が自分を殺しに来たと。そして、火宵に百響への仇討ちを刷り込みさせた旭を殺すためにと‥‥ 知った監察方の上の者達は急ぎで開拓者ギルドに連絡をとった。 神楽の都の開拓者ギルドにその知らせがついた時、麻貴も知り、同行してくれた開拓者に声をかけた。 「すまない、このまま理穴に行ってくれ。助けてくれ!」 その言葉に開拓者たちは応じてくれた。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 開拓者に呼ばれたキズナは顔なじみの開拓者を見つけて顔を綻ばせたが、彼に背を向けていた旅人の姿に彼は足を止めた。 声をかけたいのに喉から声がでない。 御樹青嵐(ia1669)の呼びかけのような視線に応えたその旅人がキズナの方を振り向いた。 顔の左半分が布で覆われているが、キズナには分かる。 「でかくなったな」 ずっと、会いたかった人。 「かよい‥‥さ、ま‥‥」 キズナの呼び声は涙声だった。 大きな涙粒をこぼすキズナに白野威雪(ia0736)が手をさしのべる。 「キズナ君、共に行きますか」 その手をキズナはしっかりと握った。 今回は飛空船の定期便で理穴へと戻る。 船の中で事情を聞いたキズナだが、彼はあまり取り乱すことはなく、静かに聞いていた。 「ぼくは、旭様を護りたいです」 真摯に自分の意志を告げるキズナに開拓者達はひとつ頷いた。 その様子に静かに紫雲雅人(ia5150)と火宵が驚いて目を瞬かせた。 キズナはもう、ただ生きているだけの人間ではないというのを知ら示すのに十分の言葉だった。 理穴に入るにあたり、火宵にも護衛がついた。 自分には護衛は必要ないと火宵は言ったが、雅人は首を振る。 「貴方は監察方が追い続けてきた重要参考人です」 何年にも渡る捜査の上、見つけたのはいいが、他国の領地に居座るアヤカシ討伐の挙句に生死不明という状態なので生かして法の下で裁かせたいというのが開拓者の意見でもある。 「裁きを受けてもらうよ。死なせなんかしない」 輝血(ia5431)が言い終わると同時に視線を青嵐によこした。 「雪。無理するんじゃないよ」 「はい、輝血様も怪我のないように」 言うだけ言うと輝血は自分の持ち場に向かう為、溟霆(ib0504)と麻貴と共に監察型の役所へと向かう。 「なんだ?」 火宵が問題にしたのは輝血のご機嫌ななめぶり。いつもの自分に対して苛つきをぶつけるようなものではない。 「とりあえず、上原様のお宅に行きましょう」 雪が言えば、残りの開拓者達は上原邸へと向かった。 上原邸の近くへ向かうと物陰に数名の気配を感じたのは松戸暗(ic0068)。 珠々(ia5322)と目が合うと暗は機微を伺って一行から離れた。 依頼人である麻貴と開拓者達から聞いた敵の可能性が二通りあるときいた。 今は理穴監察方に捕らわれている男の配下と百響というアヤカシが捕らえ、魅了の能力で手足となっているシノビの可能性。 後者ならばアヤカシに弄ばされただけの操り人間ゆえ、命を奪うのは忍ばれると麻貴は言う。 暗はシノビ故に依頼人の考えを受け入れようと動く。 保護対象へは他の開拓者が護ると理解しているので、暗は護衛と敵の排除につとめようとし、物陰に潜む。 「お、おばあさまっ」 「まぁ、珠々ちゃん♪」 上原邸の主の嫁である美冬は柊真の母なので、珠々にとって祖母にあたる。 折梅より若いおばあさまにちょっと緊張しつつ珠々が声をかけると、美冬は嬉しそうに珠々を抱き上げ、旭がいる部屋へと走る。 「み、美冬様! 火宵さんのことも忘れずにー」 ぱたぱたと雪が後を駆けるとキズナも追った。 「旭様ーー、火宵様が戻りましたー」 火宵の生還に旭は声を殺して涙をこぼしていた。 いくつもの罪に塗れた息子は開拓者と共に母の悲願を果たす。旭の感謝の念は火宵にしっかりと届いている。 母子の再会を確認し珠々は踵を返す。 誰一人として理不尽な刃の犠牲者にはさせない。 珠々の動きで察した雪と青嵐も庭へと視線を向かわせる。 敵にも声は聞こえていたのだろう。 物陰からいくつかの気配が動いた。 上原家の屋根には侵入防止の針がいくつもある事に気づいた暗は屋根の近くには潜まなかった。 その影達は屋根へと飛び、獲物である火宵と旭の方へと走る。 入念な下調べでもしたのかと思えば、針の上をお構いなしに走っているではないか。 目に光はない事に気づいた暗はすぐに唇を開いた。 「魅了されたものが向かうようじゃ」 「了解」 常人には聞こえない会話はその場にいた味方のシノビ達にしっかり展開されていた。 屋根の軒下に移動し、潜んでいた暗は鋼線を足音にあわせて放った。一人の足にかかり体勢を崩し、そのまま軒下へと引っ張り込む。 相手のシノビの足が見えた瞬間、シノビの本能が暗の身体を動かせる。 一瞬前まで暗がいた場所はシノビの鉤爪が壁をえぐっていた。 息を呑みかけた暗は整えるように息を吐き、一度瞳を瞬かせる。 整ったと暗自身に命令すると同時に駆け出ていった。再び襲う鉤爪に暗は鋼線を確認するように握り締める。 暗の声を聞いた珠々が前に出る。 金属が壁を傷つける音がしたので、交戦が開始したと認識した。 「旭さんは任せますよ」 護衛対象である火宵にそう言い放ったのは青嵐だ。前の討伐の時も変わらずの動きだった。 「いいのか」 「適任でしょう? とりあえずは守りますよ。満散さんを悲しませたくはありませんから」 素直ではない青嵐の言葉に雪はそっと緩む口元を袖口で隠す。 「来ますよ」 雪の言葉と同時に黒い影が屋根伝いに現れた。 影は三つ。 気配が一つ足りないのは暗が相手をしているのだろう。 動き出した珠々は自身の身体が軽い事に気づく、雪の心遣いを受け、一気に奔刃術を発動する。視界に入って来たシノビ達の黒い足元が濡れていた。正気を失わされたものだからこそ、針の屋根も伝い、獲物を狙う獣のように走るのだろう。 先に術を発動したのは青嵐の呪縛符だ。 小さな式がシノビの足に絡まり、動きを阻害するも拘束までは行かない。動きが鈍くなってもなお駆けるシノビの足が白い発光に払われる。 青嵐達に倒されたシノビの後ろにぴったりとついていたシノビが珠々へと狙いをつけ、手裏剣を投げつける。よけた動きを計算に入れているのか、相手も奔刃術を使って投げた手裏剣に追いつくように珠々へと苦無で斬りつける。 剣で受けるには遅く、珠々は左腕で手裏剣を弾いた。距離の近い投射は手裏剣の刃よりも当たった衝撃の方が強く、珠々の腕を痺れさせる。帷子がなければ珠々の腕の骨は砕けていただろう。 手裏剣の衝撃に気にせずに珠々が相手の様子を窺うと、相手は足を止めて静かに肩を震わせる。 「珠々様!」 悲鳴に近い雪の警告と同時に放たれた白霊弾の行方がどこにあるが理解した珠々はゆっくりと頷き、跳躍した。 頭上を跳ぶシノビの手足には青嵐の呪縛符が纏わりついている。更に珠々が自身の剣を相手に投げつけると、続けて青嵐が召喚した小さな式はパチりと紫電を走らせている。 小さな式が走らせた雷は珠々の剣を伝い、シノビへ雷撃を走らせた。 鍵爪のシノビと対峙していた暗は相手の動きを静かに見ていた。 素早い動きであるが、動きはもう見切れるが、シノビの口元がゆっくりと動いているのに気づいた。 「たの‥‥む‥‥」 たどたどしい声音に暗は柳眉を寄せる。 「ころして‥‥くれ‥‥」 正気を失いかけているわけではないのだろうか。そっと、暗は目を閉じて瞬きのように瞳を見開き、駆け出した。 暗の手には鋼線ではなく、忍刀があった。シノビは暗の手にかけられたい本能と、獲物を殺せと植えつけられたアヤカシの残り香との戦いで身体を硬直させている。 「シノビとは‥‥主の命を全うする事じゃ」 そっと呟いた暗の背後には膝を斬られたシノビが地に倒れた。 「開拓者の方ですか! 麻貴さんよりお話を聞きました」 麻貴が属している理穴監察方の面々が現れ、シノビ達は奏生の開拓者ギルドへと駆け込まれた。 一方、暫くぶりに雅人に会った柊真は元気そうで何よりと笑顔で迎えてくれた。 溟霆と雅人が案内された場所は地下牢の最奥。 美しかった外見はもうどこにもなく、腫れるだけの筋肉も脂肪もないやせ細った男がいただけ。 厳しい拷問を長く受け続けてきたのだろう。それも仕方ない、理穴国の重鎮暗殺を教唆した罪を持った松籟は理穴監察方主席直々の責め苦を受けていただろう。 枯れ細った声で松籟は歌を唄っていた。とても上手いと二人は感じた。 雅人は鎖に繋がれている松籟に加護結界を施す。 「いかす‥‥ためか‥‥」 「罪人を殺すこともまた‥‥です」 雅人の言葉に松籟はぎこちなく笑み、溟霆の方を向く。 「目は、いかがされ‥‥たか‥‥」 その問いに溟霆は答えない。 「ほ‥‥ずきのきみ‥‥は‥‥いる‥‥よう、だな‥‥」 「当たり前だ、百響の手にかかるような奴じゃない」 「麻貴君」 溟霆と松籟の前に立ったのは麻貴だった。彼女を気遣うように溟霆が名を呼ぶと、麻貴は大丈夫と笑いかけた。 「清流のものと‥‥むすばれても、いないようですね‥‥ざんね、ん‥‥です‥‥」 笑おうとする松籟に麻貴は首を傾げる。 「輝血はいらないのか?」 「あの、ひとが‥‥満たされれ‥‥ば、いい‥‥」 「ひとの恐怖はアヤカシにとって最大の調味料だからな」 「君にとって、百響とは」 地蔵を決め込んでいた溟霆が尋ねると、松籟は遠くの何かを見る。 「利用したかっ‥‥た‥‥あんな思いをさせた‥‥折梅を‥‥ころしたかった‥‥そうすればよろこぶ‥‥から」 松籟の目の色がふと、和らいだ気がした。 地下牢の外では理穴監察方の者達が非常警戒を行っている。 麻貴達が来たと同時に年少組が上原家の応援へと走って行った。 「いるね」 「ええ」 無遠慮に輝血がその方向を見やる。地上に戻った雅人が見慣れている監察方の役所を見れば、戦闘しやすいように色々と片付けられている。 全員が戦闘態勢だ。 監察方は全部で五組まである。各組それぞれの役割はあれど、今日は総務担当の五組全員は理穴城にて非難していると柊真から言われた。 遠方にいるもの以外は全員、この件を最優先して戦闘配置についているという。 敷地内のどこかに監察方の主席がいるとの事だが、長く監察方に出入りしている雅人もまだ見たことがない。 地下牢へ繋がる戸がわざと開け放たれており、松籟らしき声と麻貴の声が聞こえる。 報告書を読んだ時は行動力のある男という印象を受けたが、憔悴で声がやつれていた。麻貴と溟霆が地下へ降りる前に歌が聞こえており、その声に魅かれるように気配が動いたのを雅人も輝血も気づいた。 「あのかた‥‥の、もと‥‥へ」 地下から聞こえるその声に反応したのか、気配が動いた。 前に出たのは輝血、雅人、柊真だ。 出てきたのは三人のシノビ。 人数を確認した輝血は即座に夜を使う。他に敵がいないか確認する為だ。 今の所は確認されてない。 シノビならば、変装の可能性も考慮し、輝血は夜が終わるのを待つ前にシノビの確保に走る。 瞬く間の夜でもシノビである輝血には十分な時間だ。 三人の中で一番遠い場所にいるシノビの相手を輝血が引き受けた。 夜の終わりが告げると、雅人と柊真は瞬時に輝血が夜を呼び込んだ事に気づき、残りのシノビの確保に入る。 八枚の刃をもつ手裏剣が四枚を投げられる。 両手にそれぞれ苦無を持つシノビは内二枚を苦無で弾いたが、雅人にしては想定内だ。即座に隠し持っていた苦無「獄導」へ切り替えて八握剣を弾いた無防備状態で動きを止めるのが狙いだ。 獄導は足を中心に命中し、シノビの動きが鈍っても雅人への攻撃を諦めず、苦無を投げるも、雅人は頬すれすれの風圧を感じるだけであり、更に間を詰めて腕を取り、地に伏させた。 柊真も恙無く捉えていたが、輝血も雅人も音に気づいた。 地下牢に走る音が一瞬聞こえた。 「変装していたか!」 輝血が叫ぶと雅人もまた、近くの監察方の役人にシノビを任せて地下へと走り出した。 地下へ進入したシノビに気づいた溟霆は松籟を守るように立ちはだかる。 「お前か」 シノビは溟霆を見知っていた。記憶の片隅にある深見の騒動の時、溟霆に松籟の目的を教えたシノビの声だった。 「残りのシノビは何人いるんだい?」 溟霆の言葉にシノビは首を振る。 「俺一人だ。百響の残り香ももういない。百響より命が下されている。松籟が人間の手に堕ちたら殺すようにと、旭と火宵もその対象だ」 シノビはだらりと垂らした自身の忍刀をゆっくりとあげると、自身の首に刃を当てる。 「もう、繚咲に楯突くのは疲‥‥」 言い終わる前に溟霆が夜を展開した。 駆け出してシノビから刀を奪い取り、後ろ手に回す。 「君もまた、法の下に伏してもらうよ」 地上から輝血と雅人が駆けつけてシノビは地上へと追いやられた。 シノビは松籟の片腕的存在であり、元は繚咲の有力者のシノビと後日語っていた。 非常警戒が解かれた夜もやはりそれなりに警戒はしているものの安堵の雰囲気が優先されていた。 雪は麻貴と共に杉明に呼ばれて緑萼の事を話していた。 緑萼と大理は昔から仲がよく、二人で極秘に百響の存在を調査しており、何人もの配下のシノビを百響に明け渡してしまっていたようだった。 「麻貴と沙桐が出生を知るなり、緑萼殿は先を見越して私に手紙をよこしたのだ。麻貴は百響に狙われないよう、有力者達に狙われないよう、羽柴家にて預かってほしいと」 「え‥‥」 きょとりと、雪は瞳を瞬く。 「当主代行ともあり、色々な体面を立てるには沙桐には辛く当たるしかなかった。あの男なりに麻貴と沙桐を想っておる。面倒な連中だが宜しく頼む」 雪が思い出すのは繚咲を出る時に祝言の日取りを快く了解してくれた雪に見せた緑萼の笑みだった。 彼は折梅によく似ていた。 上原家では火宵との最後の夜をゆっくりと皆で過ごしていた。 監察方からのささやかな手配に旭は息子とキズナと過ごせる事に嬉し泣き顔だった。 ただ、満散が心残りだったが、生きて、一年間共にいた火宵は何も心残りは無かった。 「遅くなりましたが、おとうさん、ばれんたいんです」 繚咲の米粉かすてらを珠々から貰った柊真はとても嬉しそうであった。 「いいな」 キズナの呟きに火宵がくすりと笑う。 「しかし、こうして貴方とこんなゆっくりとした時間を過ごせるとは思いよりませんでした」 「杉明殿と折梅殿の計らいだ」 雅人の言葉に火宵は目を伏せて微笑む。 「暗君。警備もそこそこに温かいものを頂かないかね?」 溟霆が暗に言えば、そうさせてもらおうかのうと中に入る。 輝血と青嵐は雪を待つため、理穴城の控え室で二人向かって座っていた。 目の前の青嵐を紫の双眸が捉える。 「ねえ、青嵐?」 「はい」 まっすぐな輝血の瞳は依頼の時とは違い、心揺れているのが分る。 「あたしと一緒に居たいと言ったよね」 「はい」 その気持ちに偽りなどはない。 「きついよ。あたしが背負っているのは闇そのものだから」 輝血の言葉も素直な言葉だ。 「それでもいいなら、もうちょっと待ってて。色々‥‥あたしのこと、教えるから」 ふわりと微笑む青嵐に輝血は少しだけ目を見張り、彼を見つめた。 桜も咲き始めたころ。 人の心も咲き始めるのだろうか。 |