雪見とぬくもり
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/21 21:49



■オープニング本文

 貌佳領主が捕縛されてから繚咲の領主である鷹木沙桐はとても不機嫌だった。
 はたから見れば、繚咲の小領地を守る領主自らアヤカシを隠匿していた事に憤り、苦悩する領主という図に見えるが、沙桐をよく知る人物は呆れていた。
 もう一つ繚咲には有力者達にある情報が駆け抜け、どよめいていた。
 現在の繚咲を統治する鷹来家当主である沙桐には平民には伝わっていない秘密がある。
 表向き、沙桐の母親は不明となっており、沙桐の父親の死後、見つかったとなっている。
 父は鷹来家の始祖の弟の血筋を持つ折梅の長男だが、母親は理穴の名門家である羽柴家の令嬢であった。そして、沙桐には双子の姉もいた。純血を重んじる繚咲の有力者達はこぞって抹殺せよと声が上がったが、当主代行をしていた折梅の次男である緑萼が母親の事は公表せず、沙桐のみを鷹来家に受け入れ、双子の姉は追放の処置をとった。
 双子の姉は理穴の羽柴家に引き取られ、沙桐とは生き別れとなった。
 彼らは数奇な縁を辿り、再びめぐり合った。

 その追放された沙桐の双子の姉が繚咲にいる。しかも、アヤカシ討伐に関与していたとのことだ。

 しかし、有力者達はその姉に危害を加える事などできなかった。
 姉は先述の通り、理穴の名門家の令嬢であり、庇護している人間は理穴の政の要の一つと言われている人間。
 その者の名代として理穴の女王と共に理穴東部の魔の森の大アヤカシ討伐の司令官として参加したとか。
 万が一危害を加えられれば消されるのは自分達。
 故に、有力者達は監視するしかない。
 それすら儘ならない状態にある。
 現在彼女が滞在しているのは小領地の一つである高砂の領主の屋敷だ。
 天蓋に次ぐ強力なシノビ集団を纏めるかの屋敷には早々入れない。
 有力者達はただ只管に遠目から悔しがるしかなかった。



 高砂領主の屋敷で客人としている噂の令嬢こと、羽柴麻貴は火鉢を抱えてだらけていた。
 その表情は悲しげで後悔の色すら見えている。
「儀弐王様にチョコレート‥‥」
 麻貴は理穴の女王である儀弐王をとても敬愛しており、密やかにチョコレートを贈っていたが、去年もこの時期は儀弐王にチョコレートを贈れなかった。
 今年もまた贈れない事が悔やまれる。
 心の中で土産に米粉カステラを買っていこうと決意したようだった。
「客だ」
 声もかけずに高砂領主が麻貴のいる部屋に入って来た。
 顔を上げた麻貴が見たのは沙桐や自分とよく似た壮年の男‥‥見ただけで麻貴は誰か理解した。
 そう、鷹来家当主代行の鷹来緑萼。
 自分を生かしてくれた男であり、自身の叔父‥‥


 沙桐は天蓋のシノビ達の介護の手伝いをしていた。
 当主自らとシノビ達は申し訳なさそうだが、沙桐は気にしないでとだけ言ったが、背後から膝を蹴られた。振り向いたらそこにいたのは壮絶な笑みを浮かべる倉橋医師だった。
「患者さんの前でそんな顔しない」
 多分、ろくに寝てない。食べるだけ食べて只管身体を動かしている。
「ごめん‥‥」
 しょんぼりしている沙桐に葛は「しかたないわね」と微笑む。
「家族関係に関して私が言えた事はないけど、あなたは麻貴の事になると、一直線だからね。他の面から物を見なさい」
 葛に慰められた沙桐は肩を落とす。
 要は高砂領主に麻貴をとられて悔しいらしい。
「貌佳領主の件、どうするの?」
「うん、出来たら開拓者にも列席してもらおうと思う。麻貴の護衛をかねて。とはいえ、もう少し後かな」
「あの子の事も決着つけるのね」
 葛の言葉に沙桐は頷く。
「祝言をあげる。何が何でも。約束は果たしたんだ」
 しっかり見据える沙桐に葛は「そっか」と微笑む。
「ばぁさまも結構気疲れしてるっぽいし、ちょっと休ませてあげたいなって思うんだ。泉ちゃんのこともあるしね」
「いいんじゃない? 麻貴のことも心配してるし、開拓者の皆と遊んだら気も晴れるでしょう」
 うんうんと笑顔で葛が微笑む。
 最後の決着までもう少しだが、小休止をするべく沙桐はギルドに依頼を出した。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲
白雪 沙羅(ic0498
12歳・女・陰


■リプレイ本文

 繚咲に到着した開拓者はシノビである架蓮の案内で高砂領主の屋敷へと向かう。
 屋敷の正門前で緊張した面持ちで控えめに手を振るのは貌佳の紡績工房の主の娘、杷花とその屋敷の主、大理。杷花の緊張が偏屈な小領主と一緒だったからかもしれない。
「杷花、久しぶり。いい顔色ね」
「はい、皆さんによくしてもらってます」
 零れるような微笑を浮かべるのはユリア・ヴァル(ia9996)。杷花も開拓者達に会えるのが嬉しくて仕方ないようだった。
「大理様、先日はありがとうございます」
「頼まれれば動くのは当然だ」
 ぺこりと白野威雪(ia0736)が大理に会釈をした。
「おじゃまします」
 お行儀よく頭を下げた珠々(ia5322)は待ちきれないように俊敏をあげた。
「客間に香雪殿と貌佳の娘がいるぞ」
 言い終わった頃には珠々の姿は消えていたが、聞こえてるだろうと残りの開拓者に視線を向ける。
「よく来た、歓迎する。まずは温かい茶でも飲んでいってくれ」
 立春を過ぎた頃とはいえ、やはりまだ寒い。
 奔刃術で俊敏をあげた珠々を咎めるシノビはこの屋敷にいない。
「おかあさーーん!」
「おわっ!」
 まったりとしている麻貴は気が抜けて珠々がどこから入ってきたのか全く分らなかった。
「かすてら買いに行きましょう!」
 まくし立てる娘に麻貴はあれよあれよと羽織を着て出かける用意をした。
 大理と杷花に案内された開拓者達は客間にいる折梅と泉と会っていた。
「大丈夫ですか」
 雪と沙羅が尋ねると泉は大丈夫と微笑んだ。
「折梅様、御無沙汰しております。溟霆様、御樹様、輝血様は高砂の街に先に向かってます」
「久しぶりですね。教えてくれてありがとう。皆さん、来て頂いてありがとうございます」
 セフィール・アズブラウ(ib6196)が折梅に伝えると、彼女は嬉しそうに微笑む。
 廊下より、侍女が新たな来客を伝えた。

 今回、開拓者が来るにあたり火宵の面会依頼があった。
 その一人である御樹青嵐(ia1669)は内心言葉を失う。
 殆どの皮膚が布に覆われて前に見たあの男前の様子は見られない。虫唾が走るほどの覇気と邪気も消えているように見えた‥‥
「あなたは何故、あのような事をしたのですか。どれだけの想いでいたのですか」
 十年以上時間を金をかけ、人の命を道具としてきた目的が母親の故郷を滅ぼしたアヤカシ退治。
「百響討伐はお袋の悲願だ。俺はお袋が言うならとやってたが、満散が百響のせいで消えて火がついた。俺は満散が本当に好きだ。好きでどうしようもなくて、だから百響を殺してやろうと思った」
 火宵の苛烈な想いを青嵐は感じ取れずにはいられない。
「何か違う道は会ったのではないですか、何故、私達開拓者を頼らなかったのですか‥‥っ」
 頭の中で打ちつけられるような感覚に襲われながら思い浮かべるのは輝血の姿。彼女は百響の食事にと狙われていた。
「あいつがいなくなったら自分で探そうとか思うだろ」
 ぎりっと、青嵐は歯を食いしばる。
「貴方を羨みます。ですが、貴方は間違っている。私は信じるに値する親友と仲間がいます。例え、輝血さんがいなくなっても道を違えたりしません」
 言い切る青嵐は手を差し出した。火宵は目を細めて嬉しそうに笑ってその手を握り返した。


 溟霆(ib0504)は一人高砂の花街に顔を出していた。
 目的の店に入ると、溟霆の顔を見た遣り手が「おまちになって」と言って次に出てきたのは楼主。
「太夫、空いてるかな」
「申し訳ありません、今は‥‥ですが、夜は空いております」
 今は昼見世時分なので、仕方ないと自身に言い聞かせて溟霆は頷く。
 夜が空いてるなんて、何かあったのかなと溟霆は店を出て、不思議そうに傾げた。
 気持ちを切り替えて溟霆は花街を出て昼の目的へと出かける。
「あ、お兄さん!」
 街を歩いていると、声をかけられてその方向を向けばどこかで見たことがある茶店の看板娘がいた。百響の食事になる為、死んだとされて寺に運ばれた遊女だ。
 元遊女は元気よく溟霆に挨拶をする。
「元気でよかったよ。何かお勧めのお菓子ってある?」
 そう問うと彼女は隣の上菓子屋を勧めた。

 場所は高砂領主の屋敷に戻る。
 新たな客人は皐月と名乗る少年であり、泉と杷花が反応した。
 彼は貌佳で布を主とする大問屋の店主。一昨年、父を亡くして皆で一丸となって働いている。皐月は泉の遠縁の親戚でもあるので、面識はある。
「知り合いなの?」
 ユリアが杷花に問えば、自分の家の工房で作った絹糸の一部を売っている取引先と応える。
「本日は高砂領主のお招きで上がらせていただきました」
 店員だろう女性達が広げたのは色とりどりの柄の入った反物。
「絹ね、かなり上質な」
 ユリアが言えば、皐月はこくりと頷く。
「杷花さんの工房で作られた糸で作った反物はこちらとこちらです。杷花さんの所は楽器の弦を主に作っておりますので、とても繊細です」
 ユリアの前で広げられた反物は百花の如く咲き乱れている。
「赤のお召し物が映えそうですので」
 さっと引かれたのは色留袖用だろう赤地に白花と流水の反物だ。
「気が利くわね」
 ここで見れるのはありがたいとユリアはじっくり見ている。
「大理様は‥‥?」
「手前どもは白野威様にお会いに来ました。沙桐様より一昨年に御注文の品を納品に参りました」
 折梅が怖くて雲隠れした大理を探そうとする雪を皐月はやんわりと静止する。店員の女性達が雪の肩に広げた布をかける。それは反物ではなく、仕立てられたもの。
「花嫁さんのようです!」
「一度、同じ白無垢を見た事があります。折梅様と初めてお会いした宴の花嫁が着ておりました」
 白雪沙羅(ic0498)がそう言えば、セフィールが折梅の方を向くと老女は嬉しそうに頷く。雪も見た事がある。柄は少し違うが、武天に住まう沙桐の親友の花嫁が着ていたのを自分も見ている。
「前に言ってたわね。百響と戦う理由」
 思い出したユリアが雪に笑いかけると雪の瞳からじわりと涙がにじみ出る。
「はい‥‥」
「あと少しです」
「はい‥‥」
 ぎゅっと、沙羅が雪の手を握ると、雪も握り返した。
 脳裏に自分と沙桐を応援してくれていた天女のように美しい青年を思い出す。


 輝血(ia5431)は俯いてただ、青嵐を待っていた。
 雪を踏みしめる音ですぐに青嵐のものとわかる。歩き方は一様に違う。
「お待たせしました」
「うん」
 今、真直ぐ向いているなとか分る。自分がシノビでなくてもわかりそうだと思ってしまう。
「手土産持って行く?」
「お菓子が喜びそうですね。限定物は大事です」
「青嵐、この騒動終わったら、どうしようか」
 ぽつりと呟く輝血に青嵐が彼女の方を向く。
「あたし、最近、これからどうしようって考えるようになった‥‥今までこんな事なかったのに‥‥」
 何時も刹那の中で生きていた。
 いつの間に色々自分の中に入って来て今すごく困っている。
「‥‥なんでもない。きにしないで」
「これからも共に歩いたり、戦ったり、酒を飲みましょう」
 身体がふわふわする気がする。
 きっと、これが楽しいんだと輝血は学習する。

 高砂の街を早歩きで向かうのは珠々と麻貴。
 無表情のままの珠々であるが、その目の輝きは楽しそうそのもの。
「理穴の王様はとても人気者なので文をつけるといいですよ! 小間物屋でおしゃれな紙を買いましょう!」
 きらきらと目を輝かせる珠々に麻貴はうんうんと頷く。
「おとうさんに書くので手渡しお願いします」
 しっかり者の娘とその母親にしか見えず、通行人に微笑まれていた。

 一方、沙羅とセフィールは共に買出しに街に現れていた。
 あのお団子が美味しそうだ。餡に薄く生地をつけて焼き色をつけた金つばの甘い香り。甘辛く煮付けた根菜類は肴によさそうだ。それならば塩辛もあればもっといいのでは。
「沙羅様、お持ちします」
 見かねたセフィールが沙羅の荷物の一部を引き受けてくれた。
「たくさんありすぎて何を買えばいいのかわかりません」
 しゅんと、白くふわふわな耳を垂れ下げる沙羅。
「沙羅様が一生懸命考えたお土産は喜びますよ」
 きりっと真顔で言ってくれるセフィールに沙羅は行きましょうと心を決めたようだ。
「セフィールさんは何を買われたのですか?」
「野菜チョコを作ろうと」
 中を見せてもらえば、色々な野菜があった。その中を見て、「タマちゃんにあげたいです」と呟いた。
「可愛らしく包みます」
 おしゃれに目覚めている珠々に応えるべくセフィールは承ってくれた。

 ユリアと杷花は外に出て、宴会場へと向かう。
 道すがら最近の事を聞きながら向かう。
 今は貌佳に戻って工房の仕事を一から学んでいると杷花は告げた。とても大変だけど、工房のみんなは平気だという。他の工房とは違い、ある程度の生活が守られているからという。それは母親が守ってきたから、自分も守ろうと思ったようだ。
「主な加工が弦なのは少し残念だけど、本当に楽しそうでよかったわ」
「はいっ」
 輝かんばかりの杷花にユリアは心より応援したいと想う。



 宴会場となる料亭にいち早くきたのは沙羅とセフィールだった。
「折梅様、たくさんあってとても悩みました」
「まぁ、こんなにも? 嬉しいわ」
 折梅はもうきており、泉と共にゆっくりしていた。
「折梅、お招きありがとう」
「来てくれて嬉しいわ」
 ユリアの声に微笑む折梅は今宵も彼女と会えたのが嬉しい。
「お土産は薔薇酒よ。今年仕込んだの」
「まぁ、素敵。一緒に頂きましょう」
 渡された酒は入れ物も瀟洒で送り主のように麗しい。
「ばあさま、それはいいよ」
「俺達にも飲ませて!」
 薔薇酒を聞きつけた麻貴沙桐が祖母にねだる。
「ユリア様の分もお酌いたしますね」
「楽しみにしてるわ」
 雪が声をかけると、ユリアが頷く。
「折梅様、宴の準備が整いました」
 メイド長なのかと錯覚しかねない様子のセフィールが生真面目に折梅に報告する。
「さぁ、宴を始めましょう」
 折梅がそう言えば、杯が配られる。
 今回の宴は天蓋の子供達も呼ばれていた。折角の宴だからという事で、開拓者の心遣いだ。親から言われているのだろうか、一生懸命にお行儀よくしているが、美味しいものの前では元気も良くなる。
「沢山食べてください」
 セフィールは休み無く給仕を続けており、彼女の指揮の下、料理が運ばれていく。
 今回も青嵐の料理があり、皆は舌鼓を打っている。
 沙羅は楽しげな宴を少し戸惑ったように見つめていた。
 確かに百響はいなくなった。
 これで沙桐の結婚も麻貴の籍の事も片付くだろう。
 でも、これで終わりなのだろうか。
 自分達が見つめるべきところはどこなのだろうか‥‥と不安に襲われる。
「おねえちゃん?」
 天蓋の子供が沙羅に問いかける。この子達を不安にさせてはいけないと沙羅は折梅の肩を叩いていた珠々の手をとる。
「二人でうたいまーっす!」
 今宵は祝いの前哨戦。沙羅はうじうじ悩むのを後にした。
「雪、沙桐、あと少しだね」
 二人の子猫の歌が和楽器伴奏フルコーラスで流れている中、輝血の言葉に雪は彼女の異変に気づいた。
「あたし、どんな依頼でも駆けつける。ちゃんと、言ってよ。やりたい事」
 無垢な輝血の瞳に沙桐は頷いた。
「一気に色々とできそうですね」
 青嵐が折梅に酌をすると彼女は嬉しそうに杯を重ねる。
「ええ、これもすべて、皆さんのお陰です。この老いぼれもおちおち死ねません」
「でも、今日はゆっくり飲みましょ」
 ユリアが声をかけると折梅は薔薇酒が美味しいから難しい相談と微笑む。
「せめて、チョコレートはつまんでくださいね」
「頂いてますよ、美味しいわ」
 折梅の傍らに現れたセフィールの言葉ににっこりと微笑むが人参がない事に気づく。
「沙羅様の友チョコになりました」
 その後、黒猫の鳴き声が聞こえたと証言があった。


 宴を抜け出した雪と沙桐は互いに見つめあっていた。
「衣装、ありがとうございます」
 何のとはまだ気恥ずかしいようであり、沙桐も「あたりまえだよ」と笑う。
「雪ちゃん、次、依頼を出す時は貌佳領主の裁きの顔合わせの時、雪ちゃんを花嫁って紹介したい。嫌な思いさせると思うけど、怖い思いはさせない。俺が守るから」
 沙桐が一気に言えば、雪は首を振る。
「一緒に立ちます。麻貴様を沙桐様の姉と認めさせるために私も戦ってきたのですから」
 静かに決意を決める雪に沙桐は目を瞬かせる。
「一緒に行こう」
 本当に強い人だと心から沙桐は誇らしく、嬉しく思い、手を握る。

 うとうとしている沙羅は折梅の膝に甘えていた。
「折梅さま‥‥これでおわりなんですか‥‥」
「繚咲にやるべき事はまだありますが、急いでも成果があるものではありません‥‥この地を心配してくれありがとう」
 折梅に撫でられて沙羅は眠りへと入っていった。
「貴女もいつもありがとう」
「メイドですから」
 そっと目礼をしてセフィールが沙羅を抱きかかえて客間の寝室へと連れて行く。


 人参から復活した珠々は一人天蓋へと向かう。
 酒とつまみになる料理を持って。
「どうぞ」
 珠々が杯を渡したのは火宵だ。
「頂く」
 珠々がぽつりぽつりと話したのはキズナの事。初めてお金を稼いで依頼を出したこと。彼が今立っている岐路。
 火宵は静かに聞いていた。
「そうか」
 その声は珠々が父と思う人物によく似ている。この人もまた、父なのだ。キズナの。
「‥‥私達が引き渡しますから」
「ああ」
 この人は覚悟をしてるんだ。珠々はただ、そう思う。

 珠々がいなくなった後、火宵は気配に気づいた。
「よう」
 黙らせたかった。聞きたくなかった。
 だから夜の間に夜を引きずり出して火宵を殴った。
 火宵は悟ったかのように顔で受け止める。それも腹立つ。今までいろんな人間がどんな目に遭ってきたか。
 違う。
 自分だ。
 こんな思いをさせるようになった一因がこいつにある!
「生きて‥‥生きて蛇の所に帰れ‥‥っ!」
 火宵の首を襟で絞め殺さんばかりに締め付けるのに自分が苦しい気がする。
「お前達の下にいたくなくていたくなる」
 その蛇は悔しそうに襟から離れた。


 ぽんやりと溟霆は一人待っていた。
 障子が開けられるとそこには繚咲一の華が立っていた。
 艶やかな微笑みを浮かべた柳枝は浮き世離れたように緩やかに溟霆の隣に座る。
「闇霧様、逢いとうありんした」
 どこか遠慮がちな彼女に溟霆は「どうかした?」と尋ねると彼女は気まずい表情を見せる。
「‥‥泣いた姿を見られては‥‥」
 無かった事に出来ないほど嬉しかった事であり、開き直って堂々とするのも恥ずかしかった事。
 溟霆の心から滲むように笑みがこぼれる。
 さっきまで戸惑っていた心の靄は少し残るけど、それでも伝えにきた。
「貴女が好きです。柳枝」
「闇霧様に会えなくなるのが恐ろしいでありんす‥‥よく、無事で‥‥」
 泣くのを我慢する柳枝に溟霆は彼女の一面を知って嬉しそうに柳枝を抱きしめる。

 花街の駆け引きなどこの場にはなかった。