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■オープニング本文 野趣祭 武天首都にて行われる収穫祭の名だ。 基本的には秋に肥えた野生肉が多く扱われる市で、猪、鹿、野鳥‥‥様々な肉が軒を連ねている。 他にも米や野菜も売られており、暴力的な肉の匂いから少しでも開放されようと買いにくる者もいる。 領主代行として此隅に出向しているという高篠という少年は少々困った様子だ。 去年より領主代行をしている父親より領主の代わりに此隅に行けと言われ、此隅にある屋敷に住んでいる。 首都に慣れた高篠だが、ちょっとだけ変化があったがそれは後程。 困った事というのは、領主よりとある怪我人を預かれという命令だ。 その怪我人、領主とそっくりの理穴の役人。しかも女性。 妙齢の下働きの女性も此隅の屋敷に住んでいるが、何が問題かといえば、その女性は自分が住まう領地の主の双子の姉であり、赤子の時に追放された女性である事。 領地では名を呼ぶ事すら憚れるのだ。 純血主義とも言える領地は少しでも他領地の血を流す者は穢れ者、混ざり者として差別を受ける。 他国の血筋などもっての外。 双子の弟は男であるが故に育てられたが‥‥ とにかくそんな面倒くさい‥‥もとい、ややこしい人物の預かりなどやりたくはなかった。 その怪我人、大人しくしているかと思えば、大体の怪我は開拓者に治して貰っているので、普通に動ける。 アヤカシ退治でもない限り暴れられる。 そう、暴れるのだ。 祭りに繰り出しては騒ぎに乗じて喧嘩をする一般人、志体持ちをいなして場を治めてどんちゃん騒ぎしたり、女性の危機を助けては何故か両手に花で祭りを回ったり。 捕縛されるような問題ではないが、なんというか勘弁してほしい。 一番の問題といえば、その女性、領主と祖母と共通の友人がちらほらいる。 自分が此隅に来た当初から気にかけてくれる橘夫妻とか、祖母の友人達‥‥ その中の一人、市原緒水とも仲が良く、正直な話、高篠には面白くない。 緒水が自分と似た顔の者と一緒に歩いているのが。しかも女が男装しているのだ。 「麻貴様。一緒にお祭り回りませんか♪」 「緒水ちゃんの誘いならいくらでも」 当の緒水はその似た顔の理穴の役人‥‥羽柴麻貴を祭りに誘いに鷹来家屋敷に赴いていた。 緒水や鷹来家の侍女達のおかげもあり、今日の麻貴は垢抜けた令嬢となり、周囲の目を奪っていった。 「麻貴様、素敵です♪」 嬉しそうな緒水に麻貴は「それはよかった」と微笑む。 美女二人が歩いているという話は瞬く間に街に広がってしまう。 祭りを管理する為に色んな任侠一家が裏にいて、よその悪い連中から祭りや町民を守る事もある。 人が多い所に出向いた緒水と麻貴はお目当ての肉を食べにきていた。 「お嬢、こんな所に」 「堅気つれたらいけないと、お嬢がいつも口酸っぱくなるまで言ってるじゃねーですか」 「お姫さん、ウチのお嬢がすいやせんでした」 「え? 彼女は私の友人だが」 いきなり現れた任侠者らしい法被を来た男達がへこへこしつつ二人の話しかけ、緒水をお嬢と呼んでいる。 「いやいや、お嬢にはやる事があるので!」 緒水も何がなんだかわからない状態で連れて行かれた。 人混みだが、麻貴は法被の柄はしっかり覚えており、捜索にでる。 ふと、緒水に良く似た娘を見つけるが、その美しい顔立ちは似ていても眼光からして違う。 その娘も誰かを探しているようであり、うまく進んでいないのか、舌打ちとかしている。 「お嬢かい?」 大体の答えを麻貴は考え出しており、娘に声をかける。 「あ、お前たち何し‥‥え‥‥」 振り返ったお嬢と呼んだ娘は確認もろくにしないで声の主である麻貴を殴ろうとしていたが、麻貴はあっさりとその拳を掌で受ける。 「任侠者のお嬢さんかい?」 背が高く美人で着ているものも上等な娘が自分の拳もいとも容易く受け止める麻貴にお嬢は不審を抱くが、殴ろうとした無礼の代わりにお嬢は文句も言わず、頷いた。 「君と同じ顔の友人が連れて行かれた。君と間違えたのだろう」 麻貴がそう言えば、娘は裏路地に麻貴を引っ張っていった。 「あのお嬢さんを連れてったのはウチのもんだよ‥‥」 「何か訳が?」 はーっとため息をつく娘は千島という。 「ウチ、この辺の任侠一家じゃ小さいところでね。父さん達が抗争で亡くして‥‥あたいと連中しかいなくなったんだ」 ぽつりと千島が身の上話を始めた。 「連中、腰抜けでね‥‥父さんも生前から鍛えたりとかしてたけど、イマイチでね‥‥ちょっと怒って家出してたんだ‥‥」 「ああ‥‥」 これには麻貴も納得した。 凄く弱そうだった。 因みに、最近、千島の代になってシマを拡大しようとしている他所の任侠一家に何かと目をつけられているそうだ。 「それでも悪い連中じゃないからさ‥‥あたいのほうで何とかしようと思ったんだけど‥‥まさか、市原のお嬢さんを連れてくなんて‥‥」 がっかりする千島に麻貴は何か思い立ったのかにんまり笑顔になる。 「開拓者を呼べばいい」 「ウチにそんな金ないよ」 「私が払う。頑張る君達の助けになりたいんだ」 さわやか笑顔の麻貴に千島は絆されて頬染めて頷いた。 一方、任侠者に連れてかれた緒水は任侠の兄さん達に頭を下げられていた。 「お嬢、すいやせん!」 「いえ、多分、ひとちがいと‥‥」 「ああもう、そんな意地の悪い事言わず! 機嫌直してくださいよ!」 「機嫌悪くないですよ‥‥」 「俺達、やりますから! ちゃんと、連中追っ払ってみます!」 「お嬢は後ろで立ってるだけでいいですから!」 「‥‥困りごとですか?」 「知ってるでしょう! 越至の一家がウチにちょっかい出してるの! もう、ナメられませんよ!」 大体内容がつかめた緒水は人助けと思い、頷く。 「分かりました。ついて行きましょう」 「よっしゃ! 野郎共行くぜーーー!」 おおー! と叫び声があがり、男達は盛り上がっている。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
源三郎(ic0735)
38歳・男・サ
リリ=ホーランドロップ(ic1324)
16歳・女・弓 |
■リプレイ本文 此隅のギルドにて待機していた麻貴と千鳥は集まってくれた開拓者に声をかける。 「いよ!」 元気よく声をかけるのは羽喰琥珀(ib3263)だ。 「来てくれてありがとう」 「美味そうな匂いが着いた時からするな」 「今は野趣祭りだからな」 祭りの騒ぎにわくわくしている琥珀に麻貴は微笑むと、その後ろで何ともいえない顔をしている輝血(ia5431)を見つける。 「どうした?」 「緒水、大丈夫かなって、思ってるだけだし」 「心配しているのか」 「別に心配してるわけじゃない。ただ、荒事に巻き込まれないかなって思ってるだけ‥‥」 その場にいた全員が「それを心配と言う」と心の中で思うが誰も口には出さなかった。 代わりに口を開いたのは音有兵真(ia0221)。 「麻貴、自ら首突っ込んだろ」 ちろりと麻貴を見やれば、麻貴は困ったような笑みを見せる。彼女ならばあっさりと緒水を回収するのも可能だろう。 「ややこしい事にはなってしまいましたが、任侠者の陣取り合戦が街の人々への危険にならないように早く終わらせるべきですね」 ため息をついた御樹青嵐(ia1669)が言えば、千鳥は一度唇を噛む。 「お恥ずかしいお話で申し訳ない。市原のお嬢様を巻き込む時点で非はあるが、奴らの男気‥‥勢いを今落としてはいけないと思って‥‥宜しく頼みます」 千鳥は悔しそうに唇を噛む。 「姐さんのお気持ち、お察ししやす。あっしらが必ずやお守りし、仁義をとおしやす」 力強い源三郎(ic0735)の言葉に千鳥は頷く。 「だ、‥‥誰かが‥‥あ、危ない目に遭うのはいけないのです‥‥」 おずおずと呟くのは黒うさ耳の少女リリ=ホーランドロップ(ic1324)。 「そうだな。だから君達に来てもらった。宜しく頼むぞ」 麻貴がリリに言えば、彼女は麻貴を見て俯いてまた見て俯いてぽそりと恥ずかしそうに頷いた。 「おかあさん、いってきます」 珠々(ia5322)の言葉に麻貴は笑顔で頷く。 小紋の上に金鈴一家の半被を袖通す緒水はなんだか奇妙に可愛らしかった。 「お嬢、いきやしょう」 組員の一人が言えば、からりと引き戸が外から開けられる。 「金鈴一家の御宅はこちらでござんすか」 引き戸を開けた張本人は鋭い目の壮年に差し掛かりそうな男だ。その雰囲気より彼が自分達と同じものを瞬時に感じ取り、「手前です」と一人が答えた。 尋ねてきた男‥‥源三郎は組員達からの警戒に気づき、腰を落とす。 「手前より発します。お控え下さい」 静かだがよく通る声に組員達も彼に応える。 「下拙も当家のしがない者でござんす。御控えください」 源三郎は組員と仁義を切り、身を明かす。 「お控えありがとうござんす。手前は東房より参りました源三郎と申します。ご賢察の通り、しがなき者にござんす」 天儀の中であっても遠い国の名を出され、緒水は声に出さず、「まぁ」と口元を手で隠す。 「十年も昔、ここいらを通った折、御先代千寿さんにお世話になった者でござんす。久しぶりでこっちの方へ流れてきたので、お尋ねしてえとうろついておりました所で、道々の噂で越至一家の話を聞きました」 この場にいる組員で十年以上前の事を知るものはいない。 「姐さん、あっしにご恩返しさせてくだせえ」 緒水はこくりと頷いた。 組員は源三郎の後ろにいた琥珀と青嵐に気づく。青年の青嵐はともかく、獣人の少年琥珀に不思議そうだ。 「私達は開拓者、源三郎さんとは縁あって共に行動しております」 開拓者の言葉に組員も納得した。 「だから、お手伝いしますよ。千鳥さん」 どこか謎めいた艶っぽい笑みを浮かべる青嵐だが、当の緒水は知っている顔が来てくれて嬉しそうだった。 「ここを使うといい」 そう言ったのは麻貴。リリもその場に弓を構えると納得した。同じ弓術士ゆえに狙撃には丁度いい場所だった。 「ありがとうございます‥‥」 「分かっているが‥‥手加減頼むぞ」 「はい」 麻貴に言われてリリは頷き、麻貴は「またあとで」と言ってその場を去った。 よい場所を提供してもらったリリはもそもそと矢の改造に勤しむ。 矢じりの金具を外し、代わりに綿を巻きつける。当たっても怪我をしないようにする為の工夫だ。 用意が終わったら、麻貴から借りた毛布に包まりつつ、騒動が起きるのを待つ。 秋からそろそろ冬へと移行する時期。歩いていると温かくなるが、じっとしてるのは少々冷える。 「冷えはいけません‥‥」 毛布の温もりにほっこりしつつ、ぽそりとリリが呟く。 輝血は外で情報収集のため、街をめぐる。 緒水側の方は青嵐がいるからまずは安心だ。 そこまで思うと、輝血は足を止める。その顔は自分が今、何を考えていたかだ。 確かに青嵐は実力があるし、緒水も知っているから安心できるだろうし‥‥再び輝血は思考と理解が噛み合わなく、戸惑う。 「緒水さんが金鈴一家に!」 自分がいる向こうに麻貴や沙桐と似た顔が緒水の名を言った。双子より若いなと思いつつ、輝血は青年役人を見つめる。 同僚の役人より緒水が連れ去った事を知った役人が慌てている。 「呪花冠‥‥いや、麻貴さんは何をして‥‥ああもう! 緒水さんは僕が助けます!」 その単語に繚咲関係者確定それに付け加え、輝血は目を光らせる。 「あ、高篠さーーん!?」 同僚役人がその青年の名を呼ぶも、高篠青年は走り去った。 声に出さず、輝血は緒水のために血相を変える青年の名を覚える。遠めで見てた兵真が一発で輝血を見つけた。 どうやら輝血が恐怖のオーラを纏っていたからどこにいたかすぐ分かったそうだ。 越至一家の方にこっそり入り込んだのは珠々。 人数を足音で数えていたが、野趣祭もあり、組員の出入りは激しいようだ。 「なにぃ、金鈴一家の千鳥が戻ってきただと」 頭と思しき男が組員の報告にいかつく声を上げる。 「ち、女の癖に楯突きやがって‥‥」 舌打ちする男は千鳥が疎んでいるようであったが、横から若い声が入る。 「そうがなるなよ、親父。千鳥だって女だ。窮すりゃこっちに擦り寄る。そうなりゃ、俺の情婦にでもしてやるさ」 くつくつ笑う男の様子に親父と呼ばれた男が「しょうがねぇやつだ」と笑う。 大体の人数を把握したので珠々はその場から脱した。 兵真はのんびりと野趣祭の中に飛び込んでいった。 祭会場の一部は各任侠一家のシマがあり、どうやら越至一家と金鈴一家は隣接しているらしい。 金鈴一家の窮状はシマの中で店を出している者達にも伝わっているのか、あまり元気がなかった。 越の文字が入った法被を着た男達が金鈴一家の方を威嚇するように見ている。 「一つもらおうか」 金鈴一家の陣地で焼き串を買った。何も買わずにいるのも不審に思われると判断しての事。 話によれば、金鈴一家側の出店はあまり売れていないようだ。 人のざわつきに気づいた。 壮年から老人のくらいだろう男がいかつい男達を引き連れて歩いてきた。金鈴一家の陣地をわざと通るように。その様子を兵真はしっかりと見据える。 「ち、金鈴のシマはシケてんなぁ。祭客の皆さん、越至一家のシマに来てくんなせぇ」 「言いがかりをつけるな!」 越至の頭が言えば、その後ろから若い男の声が飛ぶ。 「ああ?」 越至一家が振り向けばそこには金鈴一家がいる。 「ここで逃げたら負け犬だよ。けど、兄さん達は立派な心と矜持を持ってる任侠者だろ」 琥珀が小声で組員に声をかける。 「金鈴の残りクズが何しにきた。越至にシマを渡しにきたんか」 鼻で笑う越至一家の数人が手近な出店を蹴り倒すと金鈴が「なにしやがる!」と叫ぶ。 「てめえらしっかりしろい! 先代さんに街の人、何より姐さんに対して申し訳が立たねえだろうが!」 即座に叫んだのは源三郎だ。 「ここは金鈴が代々護ってきたシマだ! 勝手に暴れるんじゃねぇ!」 「てめぇらシバくぞ!」 金鈴の組員の一人が言えば他の組員も叫ぶも越至の頭は特に気にも留めてない。 「犬がキャンキャン鳴こうがそっちとこっちじゃ、おめえらの歯も爪も立たねぇよ!」 「金鈴のシマとっちまえ!」 越至の組員達が自分達のシマにいる組員に声をかけると倍の人数となる。こちらは緒水を抜かせば八人。 斬り込み隊長宜しく越至一家の若い者が殴りかかるが木刀で迎撃した琥珀が払いのけ、切り込んだ組員が地に伏せられる。 「やっちまえ!」 その言葉と同時に乱闘が始まった。 開拓者のやるべき事は金鈴一家を盛り立てる事。自分達が力で越至一家を叩きのめすのは容易と開拓者達は瞬時に理解できた。だが、金鈴一家には自分達でやりこめる力がない。 だからこそ、立ち回りをこちらで支えなければならない。 源三郎が払いのけをしつつ琥珀と青嵐と連携しようとしていると、横から入ろうとする役人らしい姿が源三郎の視界の隅に入ってきた。 こんな時に‥‥と顔を顰めた源三郎だが、旋風が走る。 輝血だと源三郎は察した。 「お‥‥」 若い役人こと、高篠が緒水を見つけ出して叫ぼうとした瞬間、背後から衝撃が走り、緒水を呼ぶ声は防がれた。輝血が視線を向けた先にはリリがおり、輝血は「よくやった」と言わんばかりに頷く。 「‥‥み、水をさすのは‥‥いけないのです」 リリが隠れ先より矢を放ったのだ。その証拠に高篠の足元にはリリが細工した矢が落ちていた。輝血はそのまま高篠を裏路地に引きずっていく。 「な、何を‥‥! 緒水さんが‥‥!」 「静かにしな。緒水は弱小任侠一家の為に手を貸しているんだ。その気持ちを汲めないのかい?」 じろりと高篠をみやる輝血は奇妙に攻撃的だ。 「もし、緒水さんに怪我でもしたら‥‥」 「あんたがその場をダメにしたら緒水が悲しむ」 厳しく輝血はそれだけ言うと、高篠は黙り込む。琥珀が緒水と千鳥を取り替える為、青嵐と連携していた。 「輝血さんの言うとおりです。高篠様」 「蜜利」 知った顔を見た輝血は高篠を蜜利に託し、緒水と千鳥の取替えの手伝いに入る。 取替えの方に移行するのを確認した源三郎は同時に越至一家の者の一人が刃物を抜いた。 「馬鹿な真似するんじゃねえ!」 剣気を発し、怯ませると即座に「俺が相手だ!」と咆哮で自分が相手だと気を反らさせる。決して、緒水と千鳥が取り替える所は見せてはいけない。 「こっちもだな」 他にも刃物を出してきた奴がいたようで、兵真が乱闘の中に入り、軽々と手を捻る。 「こちとら、素手ごろでやってんだ! 刃物持ち込み何ざ、シラけた真似をさすんじゃねぇよ!」 緒水と入れ替わった千鳥が檄を飛ばす。 「輝血様! 信じてました♪」 「もー、緒水は‥‥」 一仕事を終えた緒水に抱きつかれて輝血は呆れつつも満更ではなかった。 「金鈴一家は皆さんを護る為に戦ってます。辛抱してください」 屋台の一部を壊された女将さんに青嵐が声をかける。 「分かってるよ‥‥あたしゃね‥‥先代の頃から世話になってるんだ‥‥」 ぽつりと女将さんが呟く。 「店が危ない時もあってね‥‥先代達がよくしてくれたんだ。千鳥ちゃんも小さい頃から知ってるんだ‥‥」 ふるふると女将さんの肩が震える。青嵐が目を細めると次の女将さんの行動に目を丸くした。 「このシマから出てけぇーー!」 女将さんはまな板を引っつかんで越至一家の一人へ投げつけた。勿論、改心の一撃だった。 これがきっかけとなり、金鈴一家のシマで店をやっている人たちも物を投げつけたり乱闘に加わる。 やけくその応援に開拓者達はもう大丈夫かなと手を引いていく。 「おい、先生はどうした!」 越至一家の一人が叫ぶと通りすがりの珠々が袖を引っ張る。 「あそこで寝てますよ」 珠々が指差すと寝てるというか、のびてる。気絶してる。 その原因は勿論、珠々だ。 「お、おぼえてろーーーーーー!」 越至一家が尻尾巻いて逃げ出した。 「やれやれ、残った連中は肥やしの中にでもつっこんどくか?」 兵真が振り向くと、千鳥以外の若い衆が蹲っていた。 「‥‥けんか‥‥両成敗です‥‥」 リリの仕業のようだった。 騒動が終わり、源三郎は周囲に騒がせたということで若い衆と一緒にあいさつ回りに駆けずり回っている。 「いやぁ、兄さんの啖呵、よかったよー!」 「よ! 男前!」 周囲の人達は金鈴一家と源三郎をはじめとする開拓者達に拍手と声かけをしている。 越至一家は金鈴一家以外にも難癖つけていたようだった。 「そう言っていただけて有難い事です」 源三郎はぺこりと頭を下げた。 この世界でこのような晴れ晴れした思いはあっただろうかと逡巡しながら。 あいさつ回りは源三郎に任せて兵真は屋台直しを手伝っていた。肉をくれるというから。 「これで大丈夫だろ」 「助かるよ」 こちらとしては肉が食えるので文句はない。 「兄さんは他に回らないのかい?」 「んー、まぁ。悪いかなと思ってさ。青嵐と輝血と緒水とかさ」 思案する兵真に女将さんは首を傾げる。 「じゃぁ、ウチで食っててよ」 カラカラ笑いながら千鳥が声をかけた。 人ごみの中でふるふる震えているのはリリだ。 「あれ、なにしてんだ?」 挙動不審なリリを見つけて小首を傾げるのは琥珀。黒いうさ耳をピクリと震わせてリリが振り向く。 「あ‥‥人ごみが怖くて‥‥」 「これから買い食い行くけど、行くか」 琥珀が誘うと、リリは目を輝かせてついて行った。 色々と買い食いしていくと、二人の可愛らしい容姿におまけやら物を貰ったりして行った。 「砂糖菓子‥‥おいしいです‥‥」 「次、あの肉食いに行くぞ!」 「ま、待ってください〜」 あわあわしつつリリは元気よく進む琥珀の背中を追った。 珠々は麻貴がお世話になっているから菓子折りを持っていった。珠々の事を知っているのか、高篠はやたら緊張していた。 きっと、折梅の教育の賜物だろう。 麻貴を見つけると、珠々はこっそりつけてみる。気づいてくれるかどうか。 「珠々にも食べさせたいな」 ポツリと呟く麻貴の手には橙があった。 「にゃーーー! いりませんーーー!!」 「はは! 行くぞ」 反射で叫ぶ珠々に麻貴が笑って手を差し伸べて二人で歩く。 輝血と青嵐と緒水は一緒に歩いている。 「ほんとにもう、人違いならちゃんと言えばよかったのに」 緒水がきちんと伝えなかったから事態がややこしくなったのは事実だ。 「でも、頑張ろうとしてたんですから、お手伝いしたくて」 「そういうところもよいところですよ」 二人分の甘酒を買ってきてくれた青嵐が声をかけると、緒水は嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。 「青嵐様」 「はい?」 「お変わりになられましたね」 緒水の言葉に青嵐は微笑む。 「いつまでも負けてるわけにはいきませんよ」 「輝血様のこと、お願いします」 こっそりと呟く緒水に青嵐は頷く。 「二人とも?」 輝血が言えば、緒水は季春屋さんに行こうと輝血の腕を取り、歩き出す。 そんな二人を見つめ、青嵐はこれからの季節に思いを馳せる。 秋の空は冬へと移り変わっていく。 |