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■オープニング本文 開拓者が杷花を此隅の開拓者ギルドへ送り届けるという依頼が終了した数刻後、ある団体が此隅に到着した。 杷花の治療時は待っているのも勿体無いので、沙桐は久しぶりの此隅の街を回っていた。 友人に会い、此隅にある家も少しだけ寄っていた。 皆元気そうだと沙桐が満足してギルドに戻ると、愛しい片翼がいた。 「麻貴! 何できたんだ」 「‥‥主席に無理を聞いてもらった」 来ていたのは理穴監察方の面々。柊真、檜崎、沙穂、麻貴と他、四組でも護衛能力に長けた役人が四名ほど来ていた。 沙桐は麻貴や柊真を介して監察方の面々は知っているが、熟練の開拓者と変わらない者達と理解する。 今回、彼らが理穴より現れた理由は一つ。 松籟を理穴へ護送する為だ。 奴は理穴名門の羽柴家当主とその養女‥‥羽柴麻貴を殺害しようと他人に強要させた罪がある。 理穴の方にて裁きにかけなくてはならない。繚咲の方でも罪は犯してはいるが、まずは理穴の方が先になった。 その護送役として理穴監察方が来たのだ。松籟は腕が立つ為、監察方でも強い者をつれて来た。 逃がすわけには行かないからだ。 「それでも、麻貴を繚咲に入れるわけには行かないよ」 「‥‥」 沙桐の言葉に麻貴は唇を噛む。 麻貴と沙桐は双子であり、父親は武天の領地である繚咲を纏める鷹来家の長男で母親は理穴の名門羽柴家の令嬢だった。 両親は駆け落ちをし、二人を産んで育てていたが生後まもなくアヤカシに襲われ死亡と記録されていた。 沙桐だけ繚咲に引き取られ、麻貴は繚咲に必要ないということで殺されかけたが、羽柴家の当主である伯父に引き取られたのだ。 繚咲は麻貴を鷹来の娘である事を拒否をし、繚咲の民には秘密となっていた。 土地の有力者からは麻貴の事を「呪花冠」と忌み名で呼ばれている。 麻貴は命と引き換えに繚咲の土地を踏む事を許されていなかった。 「それでも、いい。近くまで行かせてくれ」 麻貴の言葉に沙桐はため息をついた。 「杷花という娘が瘴気感染をしてしまった。俺達は先に帰って引継ぎをするから、蓮誠と一緒に開拓者を連れてきて」 沙桐の言葉に麻貴が首を傾げる。 「松籟はアヤカシと通じている。アヤカシは多分、杷花も松籟も取り戻す為に現れるだろうから」 繚咲の北部には魔の森が存在する。 最近分かったことだが、その魔の森には高知能を持つアヤカシが複数存在する。 人間の心を操るアヤカシだ。予想を越える事も多々あるだろう。 「‥‥わかった」 麻貴は一つだけ頷いた。 繚咲の北の方では愉しそうに笑う声がする。 「くやしい」 「ふふ。悔しいならば、取り戻すがよい。松籟が居なくてはつまらないからの」 くつりと闇の中に笑みがこぼれた。綿帽子の奥の双眸が見下ろすのは兎耳の幼女となんとか判別する絵。天香のお土産のようだった。 「再びあの山を火の海にしてみせようか。我の受けた無聊の分、混ざり者の苦しみを持って払ってもらおうぞ。さぁ、駒共、いくがいい」 愉しそうな笑い声が闇に響いた。 |
■参加者一覧 / 音有・兵真(ia0221) / 鷹来 雪(ia0736) / 御樹青嵐(ia1669) / 黎乃壬弥(ia3249) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 霧咲 水奏(ia9145) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / ニクス・ソル(ib0444) / レティシア(ib4475) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / Kyrie(ib5916) / 霧雁(ib6739) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 弥十花緑(ib9750) / 白雪 沙羅(ic0498) |
■リプレイ本文 麻貴と共に繚咲近くまできた開拓者達は杷花を麻貴に託された。 「私は繚咲にはまだ近寄れない。杷花嬢を頼む」 開拓者達は杷花を預かった。 繚咲に入り、先行していた沙桐と理穴監察方の面々が引継ぎを行っていた。 その中には一人の老女が開拓者を見つけ、新緑の瞳をまっすぐ向けた。 「開拓者の皆々様、ご足労でございます」 老女とは思えない張りのある声。 「折梅様‥‥」 彼女を知る開拓者の一人が呟いた。その声に反応するように老婆が微笑みを浮かべる。 「山越え、どうぞ宜しくお願いします」 鷹来家管財人、折梅の言葉に開拓者は無言で肯定した。 誰もが奥の方を見た。 薄汚れた狩衣姿の男が天蓋の者達の手によって歩かされていた。 食べていないのか、こけた頬。 尚も妖艶さが伺える。 緊張と警戒の中、風が奔る。 「くるわ!」 瘴気を感じたユリア・ヴァル(ia9996)が叫ぶ。 「上だ!」 次に叫んだのは竜哉だ。その言葉を信じ、狙ったのは霧咲水奏(ia9145)の乱射。周囲に余計な矢で味方や無関係な領民に傷つくのは不本意だ。 松籟護衛組が松籟の前に構えるもその白き牡丹は松籟を通り越し、狙うは‥‥ 「誰一人としてわたしません‥‥」 この場で唯一俊敏さを上げる術を身につけ、天蓋の者よりも速かった珠々(ia5322)が呟く。 自分と殆ど似た背丈の白牡丹を睨みつける。 「もらうよ」 白き牡丹の幼女が笑い、更に奔ると同時に珠々は白牡丹とすれ違った方とは逆側の腕の痛みに膝を地に着ける。 幼女の背後についていたのは剣狼。幼女に勝らぬとも劣らぬ速さで狙うは松籟にかけられている縄。 「させるか」 竜哉(ia8037)が剣狼に狙いを定め、斬り倒すも剣狼は松籟ごと縄を切っていた。 白牡丹には刀が握られており、折梅の前に立つ天蓋領主ことシノビの蓮司の肩を刺し、更に押して刃を貫かせる。 狙うは唯一つ。 「折梅様!」 白野威雪(ia0736)と白雪沙羅(ic0498)の叫びと共に夜が迎える。 白牡丹こと、天香の袖を掴むしかなく、輝血(ia5431)が美しい顔を顰め、時が進むと天香は刀ごとその袖を振りほどく。 視界には蓮司の下敷きになって崩れる折梅の姿があった。見事な友禅の袖が血に染まっている。 「天香ーーー! よくも折梅様をやったにゃーー!」 かっと、目を見開き、叫びと共に斬撃符を繰り出すのは沙羅だ。 「咲主様と同じ顔で繚咲を汚し、老いていくものなど死ねばいい」 斬撃符が天香の首元をえぐったが、天香はものとしていない。沙羅は厳しく翠の瞳を天香に向けた。 ニクス(ib0444)は静かに剣を抜いた。道を外れたものを斬る為に。 「来ます!」 珠々の叫びに反応した開拓者達が動く。 「街がやられるな」 「その前に麻貴が待っているはず。ばあ様を頼む!」 黎乃壬弥(ia3249)の言葉に頷いた沙桐が声をかける。 「分かったわ!」 駆け出したのはフェンリエッタ(ib0018)と珠々だ。蓮司の下から折梅を引きずり出し、力任せに袖を引きちぎり、傷口を確認する。 天香は折梅の心臓を狙おうとしたが軌道が反れて刀がかすれる程度で済んだようだった。 「雪さん、行って‥‥!」 折梅の方へ向かおうとした雪に気づいたフェンリエッタが振り向く。 「貴女のやるべき事、護らなくてはならないものがあるのでしょ」 「フェンリエッタさん‥‥」 「ここは任せて」 雪にユリアが言い、天香と交戦している夫の方へと向かう。 「行きな」 更に輝血に言われ、雪はぎゅっと唇をかみ締める。 「深見草にやられる私ではありません‥‥どうか、繚咲を民を護ってください!」 着物は血と土に汚れ、優雅に結われていた髪も乱れた折梅が叫ぶ。 「行って来る」 先に折梅の言葉に頷いたのは音有・兵真(ia0221)であり、それに続く開拓者がいた。 堪えきれない思いを抱いて雪は沙桐を追うように駆ける。 「雪さん」 先を行っていたレティシア(ib4475)が雪を待っていてくれてたようだ。 「行きましょう」 絶対に護ると心に秘めたのは誰もが同じだった。 ● アヤカシが松籟を取り戻すが為に街に攻めてきている。 開拓者達の力は確かにあるが、押さえきれるかは話は別だ。 自分達がするべきなのは松籟を守り抜き、理穴の裁きを受けさせることだと竜哉は思う。 とはいえ、現状はまず捕り押さえだ。 先程天香と共に現れた剣狼のおかげで松籟の縄はほどけてしまった。 即座に取り押さえようとした監察方の者が松籟の組み手にまんまとやられ、刀を抜かれた。 開拓者達は即座に三班に別れ、アヤカシと罪人の相手をする事になる。 夜を使ったのか、間合いを詰めた理穴監察方の上原柊真と檜崎が部下の失敗を取り戻すかのように松籟と交戦していた。 陰陽師と聞いていたが、剣の腕前も立っている。 霧雁(ib6739)もまた戦いに入っている。 「‥‥広い所があれば‥‥」 ケイウス=アルカーム(ib7387)の呟きに反応した竜哉はこの乱戦で派手な術は危険だと認識している。 「ならば‥‥」 意を決めた竜哉はバダドサイトを発動し、周囲の人間の距離を把握する。 「右へ誘導させろ」 小さな声で竜哉が呟く。霧雁と柊真は動きを変えて松籟を誘い出すように攻撃を変えた。竜哉も攻撃に参加し、誘い出す。 「引け!」 狙いの場所に誘き出した途端、竜哉が声を上げる。霧雁と檜崎がその場を脱した瞬間、柊真が松籟の間合いに入り、松籟の刀の切っ先を腕に受け、そのまま松籟を捉えた。 「やれ!」 柊真の言葉にケイウスは戸惑ったが、上空に大きな鳥が旋回してケイウスの視界を影で遮った。本能で危機を感じて竪琴を奏でる。 重厚な低い音が奏でられ、ケイウスが狙ったのは松籟と柊真がいる空間だ。 二人とも声は出さずともその苦しみで動きが鈍くなる。 「大丈夫でござるか‥‥!」 霧雁の言葉に柊真は頷いて荒縄を出す。 「頼む」 流石に結ぶのは霧雁に任せ、柊真はケイウスと竜哉ににやりと笑いかける。 「いくぞ」 「ああ」 こくりと二人が頷いた。 ● 生きている折梅を見て「ちぇ」とかわいらしく拗ねたのは天香だ。 「おばあさまと蓮司さんを中へ」 「貴女も治療するから中へ!」 珠々の訴えに音もなく出てきた天蓋のシノビ達が折梅と蓮司を中へと運んでいく中、珠々は天香の方へ駆け出そうとしたが、フェンリエッタに止められた。 「大丈夫で‥‥」 「珠々さん‥‥フェンリエッタさんの言うことを聞いてください‥‥」 先程、叫び声を上げた反動か、囁く折梅の声は珠々の耳に聞こえてた。フェンリエッタは歌声を負傷者に捧げる。 薄緑色の燐光が見え、唄と掛け合うようだ。少しずつであるが血が止まり、傷がふさがっていく。 「次は攻撃などさせませんよ」 Kyrie(ib5916)が言えば、天香は可愛らしい表情を顰め、じっと開拓者達を見やる。 「咲主様は怒っている」 じっと天香が見やるのは折梅の方だ。 「折梅さんは渡しませんよ」 御樹青嵐(ia1669)が天香を見据える。彼が呪いを送り、何かを再構築した。その反応で天香は苦しそうに呻いている。 天香は青嵐を見て何かを思い出したようで、狙いを青嵐に決めて駆け出す天香だが、再び足を止めた。 「それを再構成できるのは彼だけではありませんよ」 静かにKyrieがささやく。玲瓏な銀の双眸は苦しむ天香をみている。 「く‥‥」 だが、天香の狙いは青嵐に絞ったようで彼の方へと走る。 「青嵐‥‥!」 駆け出した輝血は瞬間的に足を伸ばし、天香の首ごと蹴り落とさんとばかりに蹴りを繰り出すが、天香は風でたわんだ袖を残すように身体をひねり、輝血の側面を殴る。 「女の顔は命なのよ」 一気に間合いを詰めたユリアが天香の背後に回り武器を振るうも、天香はすんでで交わしたが髪を切られた。 「女の髪も命だと咲主様が言ってたぞ」 「そうですね。でも、女の戦いというものがあります」 フェンリエッタの精霊の唄で傷が治った珠々が俊敏を上げて天香を攻撃する。 「勇ましい戦女神ばかりですね」 後方に立つKyrieが静かに口元を笑みを湛える。 「負けてはいられん」 ニクスが言えば、前衛へと駆け出す。青嵐も頷き、繰り出したのは幻影符。 動揺はしていなく、天香は手刀を横に薙いで幻を滅ぼすがその一瞬でも十分な隙だ。 沙羅が殴られた輝血の側面を見やれば皮膚がえぐれ、血が流れている。 「輝血! 動くにゃよ!」 治癒符を発動させて、符ごと輝血の患部に当てて治療をする。 「折梅さん、出血が多かったわね。安静にしてて」 「ありがとうございます。助かりました」 治療を施していたフェンリエッタが折梅に声をかけると彼女は静かに礼を言うと、視界が影に翳される。その影は鳥の形をしていた。 フェンリエッタが顔を上げると、怪鳥が役所の上空を旋回している。 「いけない‥‥!」 目を見開き、フェンリエッタが天香と交戦している仲間へ声をあげる。 「上空に怪鳥がいるわ!」 同じく珠々も気づいたのか、フェンリエッタの声と同時に開拓者を狙う怪鳥へと鑽針釘を投げていた。翼の付け根を貫通したが、衝撃が強くて飛行を続けられなくてそのまま墜落させた。 鳥は計四羽。珠々が一羽落として別の鳥の動きが鈍くなった。その動きと同時に神槍「グングニル」が怪鳥の首を貫き、くるりと主の手に柄が戻る。穂先には絶命寸前の鳥が刺さったままだ。 「退路は‥‥塞がないとね」 ユリアの視線は残りの二羽へと向けられる。 ● 「麻貴!」 沙桐が叫んだ先にはアヤカシと戦っていた麻貴がいた。 「伏せて下され!」 鋭い水奏の声に麻貴は反応して伏せるが早いかの速度で水奏が乱射を放つ。 水奏の矢を追って走り出したのは兵真。一気に兵真が間合いを詰め、アヤカシを蹴り倒し、兵真はひょいっと麻貴に肩に抱えあげてしまう。 「皆様、避けて下さい!」 後ろから駆けつけた雪が言えば、白霊弾をアヤカシに放つ。 「援護、しましょ」 更に花緑が烈風撃で麻貴を狙い、追撃しようとするアヤカシを払いのける。 だが、尚もアヤカシ達は侵攻をやめようとしない。 フルートを奏でていたリィムナ・ピサレット(ib5201)がアヤカシ達にキッと、視線を向ける。 瞬間にしてその曲でアヤカシ達が倒れていった。 「お届けものだ」 ぽいっと、兵真が沙桐に麻貴を渡す。 「食い止め、お疲れ様です」 レティシアが声をかけると、麻貴は「ありがとう」と微笑む。 「また厄介な事になったなぁ、おい」 タマの奴が世話になってるからなぁと壬弥が呟くと麻貴は楽しそうに笑顔を浮かべる。 「柊真と私の娘になるのだからな」 「いつの間に口説き落としたんだ」 じとりと壬弥が言えば麻貴は柊真に言えと答えた。 蠢くアヤカシの数は相当なもの。 我先にと繚咲に押し寄せる。 レティシアが黒猫白猫の音を奏でつつ、雪はその音に乗せて神楽舞「護」を舞って前衛を中心に付与している。 「これは、助かります」 そっと目を伏せて礼を言うのは花緑だ。 「何だか、楽しそうな神楽舞だな」 兵真が言えば、水奏がそっと笑むも彼女の見据える方向はアヤカシの来る方向だ。 「沙桐様、麻貴様。どうぞ、無事に‥‥」 雪が麻貴と沙桐に神楽舞「護」を付与する。 「二人に何かあれば、私‥‥泣いちゃいますからね」 悪戯めかした口調の雪に二人は困ったように笑う。 「ばあさまに殺されるね」 「全くだな」 うんうんと似た顔の二人は頷いた。 「そろそろ‥‥」 レティシアの聴覚が危険を察知する。アヤカシ達はもう距離を詰めている。 「んじゃ、回復と支援、頼むぞ」 首をコキッと鳴らした壬弥が前に出ると、沙桐、兵真も前衛、壁役についていく。 「一気にやっちゃうからね」 リィムナがフルートを唇に当てて音を奏でる。 「行こうか」 「お供、します」 麻貴も出ると花緑も出た。 ● 天香は小さな身体を駆使して開拓者をいなして戦っていた。 どうにも隙を狙って中の折梅を狙っていたようだった。 「折梅様は渡さないにゃー! 沙羅様の刀の錆になるにゃ!」 天香の動きは開拓者達にはお見通しであり、沙羅が怒りの斬撃符を繰り出していた。 「お前、刀もってないだろ!」 即座に天香が袖を上げて斬撃符を防ぐ。何度も袖で防いでいるので、ぼろ切れになっていた。 「ぐぬぬにゃ‥‥」 それなのに優雅さすら見受けられるのは天香の武芸の動きが磨かれているからだろうとフェンリエッタは分析する。 「噂に聞くアヤカシ、百響の手下‥‥拍子抜けね」 ぽつりと呟くフェンリエッタの声を聞いたのか、天香の兎耳がぴくりと立った。 「咲主様をわるくいうなーーーー!」 面白いように天香はフェンリエッタの方向へ一直線に走る。 挑発に乗ったのならばこちらの攻撃。フェンリエッタは即座に雷鳴剣を発動させる。空を走る紫電の燐光に開拓者達は本能で危機を感じ、自然と間合いを作る。 殲刀に紫電をまとわせ、フェンリエッタは自身の剣を振った。 「うぁああ!」 雷を受けたが、また突き進む。フェンリエッタが許せなかったようだ。咲主‥‥百響の悪口は耐え難い屈辱だったのか。 「アヤカシなのに、主への忠誠心があるのでしょうか‥‥ですが、倒れてもらいます」 Kyrieが再び呪いを発動させて何かを再構築する。 再び立ち止まった天香だが、まだその動きは止められない。 「人型のアヤカシならではの耐久力だな」 一歩前に踏み出したニクスが斬りつけるが腿の外側を傷つけるだけに留まった。天香の気合の叫びと共にニクスは反撃をわき腹に食らう。ニクスのわき腹を起点に三角跳の要領で飛び上がる天香の頬を掠めるのはユリアのグングニル。 「逃がさないわよ」 後方で鳥アヤカシと交戦しているユリアだったが、新緑の瞳は天香の動きは見ていたようで、槍を天香に投げつけたのだ。丸腰となったユリアを鳥アヤカシが嘴で突こうと急降下する。 扇「精霊」を開いたユリアが扇をかざしてアイヴィーバインドを発動させる。軽やかにユリアが自分の間合いを取り、手を上げるとグングニルは主の手に戻る為、大きく自身を回転させて最後の鳥アヤカシにぶつかると柄がユリアの手に戻った。 「随分、咲主を大事にしているようだね」 輝血が落下し、交差している天香の腕を刀で受け止める。 「あたりまえだ」 きっぱり言い切る天香に輝血は目を細める。 「松籟も大事なんでしょうね」 青嵐が斬撃符を繰り出すと、天香は片手で斬撃符を払う。 「あいつは咲主様を喜ばせる。人間にしか出来ないことができる奴だから、咲主様は気に入っている」 天香は輝血から離れるが、ぴったりくっついてくるのは珠々だ。 「人間にしか出来ないことですか‥‥他所の国のひとをころそうとしたりすることですか」 「そうだ。沙桐と呪花冠のおやもころした」 天香から出た言葉に開拓者達の動きが止まる。 「何故知っていたのですか。二人の居所を」 沙桐と麻貴の両親はそれぞれ開拓者同士で双方の家から反対されて駆け落ちをしていた。そして人知れず葛の手によって双子は産み落とされた。 「松籟は開拓者だったんだぞ。あの二人も知っていた。だから咲主様はころすように命じたんだ。白狐を使ってな」 「何故」 フェンリエッタの問いに天香は目を瞬かせる。 「あいつは繚咲を捨てた。繚咲を護る鷹来家の当主となるべき者が何故、他国の娘と子をもうけなくてはならない? そんなのは許されない。繚咲に産まれた者は繚咲の為に生き、死して礎となるんだぞ」 開拓者達の様子に天香は首を傾げると、傾げた方向から蹴りが繰り出され、不意の攻撃に天香は吹き飛ばされる。 「ゆるしません。お前も、百響も‥‥」 蹴りを繰り出したのは珠々だ。 吹き飛ばされた間に夜がもう一度訪れ、吹き飛ばされた天香の腹は輝血の一閃によって斬り裂かれる。 「もう‥‥消えな」 皆の気がついた時には輝血は蹲る天香の前に立ち、見下ろしていた。美しい顔のままだが、その様子は彼女が持っている刀の名前と同じ雰囲気のようだった。 「致し方ありませんね」 数名の戦女神の様子が明らかに怒気がはらんでいる事に気づいたKyrieが呪いを発動させる。 「外道の所業は食い止めなくてはな」 ニクスの黒色の剣が紅蓮に纏われ、彼は集中する。 「地獄の底から二人の両親に、苦しめてきた人達に詫びて来るにゃ!」 沙羅がいち早く斬撃符を発動させる。続いて青嵐も斬撃符を発動した。 フェンリエッタも雷鳴剣で追撃した。 開拓者達の猛攻撃に天香は苦しむがまだ向かおうとする。 「この地に‥‥我妻に‥‥勝利を与える」 ニクスの声と共に秋の冷たき水の如くの一撃が天香に下される。 「終わりにするわ」 夫の想いに応えるようにユリアが槍を振るう。 白牡丹はもう見る影もなく、瘴気が渦巻いている。もう、命が尽きかけているのだろう。 最後の命の灯火を吹き消さんが如く、輝血と珠々が前後から天香を斬りつけた。 声なき声を上げて天香は変わりゆく繚咲の礎となるべく地に伏した。 ● 繚咲を出る際、三名の監察方の役人とはぐれてしまったが、山を越える頃には合流していた。 松籟と一緒に居た監察方は柊真、檜崎とあと一人若い役人とケイウスは記憶している。沙穂という役人がいたが、麻貴の方へいくといって分かれた。 ゆっくりとケイウスは全員を見た。 「いかがしましたか?」 はぐれていた役人の一人がケイウスに声をかける。快活そうな青年だ。 「いつアヤカシが出てもおかしくはないと思って、耳を澄ましているんだ」 役人から目を離さずにケイウスが答えた。 「そうですか。向こうではやりあっているようですからね」 役人が言う方角で何が起こっているのかはわかっていた。 「零れたアヤカシも殲滅せぬとなりませぬ」 霧雁もまた外から来るアヤカシに警戒しており、耳を澄ませていた。 「あの上位アヤカシも多数のアヤカシも囮かもしれない」 ポツリとバダドサイトを発動していた竜哉が呟く。 「繚咲には天蓋という小領地があります。そこの者はすべて傭兵と諜報の部隊です」 ちらりと、竜哉が役人を見た。 「その里は他の小領地より地位が低く、鷹来折梅が繚咲に輿入れするまでは人として扱われていなかったのです」 「シノビとは土地によってはそういう差別を受けるものでござる」 同じシノビである霧雁が呟いた。 「彼女が来てから天蓋の者の地位が向上したようです。天蓋の者は鷹来折梅、鷹来沙桐の命でなくては動けなくなったそうです」 「革命だな」 くつりと役人が笑うとケイウスが竪琴の弦に指をかける。 「天蓋の地位向上はともかく、他の土地の娘を輿入れを許そうだなんておろかだ」 一転して女の声に変わったと同時にケイウスは重力の爆音を発動させた。 柊真と檜崎が驚いたのはケイウスが役人に向かって術を発動させたことではない。彼の重低音をものとせずにいることだ。これ以上の演奏は無意味と思い、ケイウスは演奏を中断した。 「百響‥‥かな」 ケイウスの双眸が役人を見つめる。「彼」は静かに発光していく。熱を瘴気を含んで。 「いかにも」 白灼の焔が役人の身体を焼き尽くし、元の姿へと戻る。 その温度に全員が退いた。ただ、松籟だけは動かなかった。 百合の刺繍の白無垢姿の人型アヤカシ。 「敵か。誰が相手だろうと渡しはせぬでござるよ!」 霧雁が天狗礫を投射する。その礫は疾風に散る花弁の如くに百響を狙う。 「勇ましい」 愉しそうに笑う百響の言葉と同時に礫が払いのけられ、数個消えるかのように溶けた。 「それほどこいつが大事か」 竜哉の言葉と共に狼の唸り声が聞こえてくる。この人数でやれるかはわからないが、松籟を取り戻すのが優先だ。 「然様」 百響の顔自体は綿帽子で見えないが、ようやく見える口元は笑みを浮かべている。 「だが、今はより魅力的な者がおるからな」 竜哉との会話を断ち切り百響は松籟に口付けを落とした。 「何をするでござるか!」 即座に霧雁が百響と松籟の中に割って入ると、百響は気づいていたかのように軽々と飛び退る。 「さて、我は向かおうかの。松籟を手荒にするでないぞ?」 くつりと百響が笑うと飛んで行ってしまった。麻貴と沙桐がいる方向へ。 「随分強欲だな」 竜哉が顔を顰めたが、また此隅へと向かった。 自分達の仕事を終わらせるために‥‥ ● リィムナの魂よ原初に還れの音で数は撃破出来るが、それでも簡単に削れるものではなかった。 「男には用はねぇよ!」 目の前に霧から吸血鬼に変わったアヤカシを目にした壬弥が本音と共に太刀で斬り倒す。 「壬弥さーん、欲まみれだよー」 「いつもの事だろ」 同じ壁役の沙桐が呆れつつ豪速で駆ける鹿アヤカシを一撃で切り倒せば、グングニルでアヤカシを跳ね飛ばし、他のアヤカシにぶつからせている兵真がきっぱりと言う。 「男に言い寄られるより女がいいだろ」 戯言なのか本気なのか、壬弥は口で話すより以上にアヤカシを斬っている。 「ようよう、体力はだいじに」 彼らより少々後方にいた花緑が穏やかに声を出しつつ、荒童子を発動させてアヤカシを払い、斬る。 「不死型二体、狼型三体抜けます!」 前衛でも押さえきれない数もある。花緑が瞬時に判断し、警鐘を上げる。 「不死はお任せください!」 花緑の声に反応したのは雪だ。後衛より前に出て白霊弾を撃ちだす。敵に見事命中し、残りの一体は沙穂が仕留める。 「狼型いきまする!」 水奏が即射で三体を的確に仕留めていく。 アヤカシの方角をレティシアが把握し、彼女の声を聞き、麻貴が斬り倒おす。 更に零れるアヤカシはリィムナのフルートの音色により消された。 随分と倒しているはずなのにアヤカシの勢いは衰えない。 むしろ‥‥ 「威力が増しているな」 直に斬っているからこそ感じる手ごたえに壬弥は訝しむ。 「いるのかな」 ポツリと兵真が呟く。 音を聞いていたレティシアは後ろから聞こえる音に反応した。 身構えるように振り向けば、そこにいたのは監察方の役人。 彼は松籟護送に入っていたのではないか。 ぞわりとレティシアの肌が粟立ち、身体が竦んだ。 「レティシア様、その方は‥‥!」 悲鳴のような雪の声にレティシアは必死に身体を動かし間合いを取り、麻貴が入れ替わりに役人に刃を振り上げた。 容赦なく斬り倒された役人は発光し、真の姿を現す。 「くくく、穢れ者め」 白灼の白無垢姿の人型アヤカシだ。 「百響か」 顔を顰める沙桐に百響はふんと鼻で嗤う。 「混ざり者共が揃っておったか」 百響の姿を見てリィムナは術を発動させる。微動だにしない百響にリィムナはあきらめずに音を奏でる。 「何をしに来たのですが」 「掃除にな」 雪の問いに答えたその言葉に開拓者達に緊張が走る。 「この地を護っているとすれば、繚咲を守らんとする者達を傷つけるのはいかなる了見ですか」 厳しい雪の口調に百響は声を上げて嗤う。 「この地がよそ者の足跡をつけるのを黙ってみておれというのか」 「随分この地に入れ込んでいるが、面倒なことはよそ者にやらせて、後は掃除ってか?」 都合がいいこって‥‥と壬弥が睨み付ける。 「我らは見守るのが丁度よいのではないのか?」 「そのまま消えた方がよろしかと」 戯言のように笑う百響に花緑が静かにアヤカシを見やる。 「手ぶらで帰るのもつまらんな」 ふむと考える百響は虚空より焔を走らせて刀の形を模った。 「我が故郷に連なる者は渡しませぬ!」 故郷、理穴の為に戦う麻貴への危機を察知して水奏が矢を放つ。 矢は百響の頬を掠め、肩耳がぼとりと落ちた。無痛覚なのか、百響はそのまま刀を握り締め、一歩踏み出し、麻貴を狙う。 麻貴も構えるも速過ぎた。麻貴のの肩口から斬られ、そのまま地に膝を突く。 烈風撃が発動され、術を追いかけるように間合いを詰めたのは兵真と沙桐。せめての目くらましにと花緑が術を放ったのだ。 槍と剣を一度に捌き、跳ね除ける。女の姿とはいえ、アヤカシだから出来る事だ。 「今は引いてもらおうか」 すぅと、目を開いた壬弥が手を柄にかけ、一気に刀を引き抜いた。 百響の綿帽子の端を切り裂いたが、その中に隠れていた美貌に目を見開く。 綿帽子の中の額は水奏の矢が刺さった跡があった。艶やかに結われた黒い髪、涼やかな新緑の瞳、通った鼻筋‥‥ 「麻貴‥‥?」 いや 開拓者達の口調で感情が揺れるのが分かる。 「折梅‥‥様‥‥」 開拓者の驚いた顔に百響は愉快な気分になったのか、笑顔を見せる。 若い頃はこのような顔だったのだろうか。 「天香を貴様らに奪われて腹の虫が治まらなかったが、いい様を見せてもらった。今日はこれでやめにしよう」 くつりと百響は綿帽子を脱ぎ捨てた。地に触れる寸前で綿帽子が発火し、豪焔の壁に開拓者達は自身を庇う。 炎が収まりかけた時、あんなにもいたはずのアヤカシが消え失せた。きっと百響の仕業だろう。 ひやりとした風が残された開拓者の肌を撫でる。 秋空は夕暮れと差し掛かり、赤い夕日が厚い雲に隠された。 |