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■オープニング本文 理穴にアヤカシの動きが活発になっているのは明白となり、儀弐王は軍を集結させた。 広大な魔の森の境界線から突然瘴気が大量に溢れ出し、広範囲にアヤカシの侵攻が始まったという‥‥ 羽柴杉明が頭を垂れて話すのは自分の上の娘と変わらぬ年齢の女性だ。 凛とした風貌は中性的で美しい。 この国を治めるに相応しい知性と力、人柄を持つ彼の御方。 報告しているのは自分の末娘、養女の麻貴が開拓者達と共に確認してきた東部の状況。 予兆はどこにでもあったものと同じだが、東部の魔の森が近いこともあり、アヤカシがいつ現状以上の侵攻を始めるかわからない。 「先日救出された者より更に魔の森に近い場所に村があるという情報を得てます。救出に向かった開拓者達よりアヤカシの動きも各地に確認されております」 「民を放っておくわけには行きませんが、あなたが行くのですか」 王の言葉に臣下は「いいえ」と答えた。 「我が末娘、麻貴を使わそうと思っております。私の名代として」 先日の救出にも彼女は関わっており、今回も開拓者と共に向かって貰うつもりだ。 ゆっくり瞳を瞬かせた王は「わかりました」と言った。 一礼をした臣下は戻っていった。城を空ける訳には行かない存在だから。少ない供をつけてここまで来るという無鉄砲は落ち着いてはいないようだった。 瘴気に晒された森のアヤカシ達は気が狂ったかのように歓喜し、理穴を侵食しようと、人間を捕食しようと動き出す。 その数は星を数える事のようだ。 魔の森の近くに現存する村は少ないが存在する。 救出する為に動き出す兵も多い。 魔の闇中、冷たく鈍い輝きが見隠れする。 アヤカシと戦う人間を見て食事だと喜んでいるかのように‥‥ ● 麻貴は杉明が管理する兵達と共に行動していた。 指揮官として。 いつもの彼女は男装の君として理穴の闇を飛び回っている影の存在であるが、今の彼女は理穴有数の名門、羽柴家の令嬢として姿もそれになぞった格好をしている。 武天や朱藩の増援も来ると聞いている。 「助けなくては。皆、開拓者達もじきに来るだろう。それまで耐えてくれ!」 そろそろ開拓者達も来る頃だろう。 理穴の兵ならば彼等の強さを知っている。他国の兵も士気を保ってくれるが開拓者の存在は無くてはならないものになっている。 逸る気持ちを抑え、麻貴は魔の森を睨み付けた。 |
■参加者一覧 / 劉 天藍(ia0293) / 羅喉丸(ia0347) / 龍牙・流陰(ia0556) / 鷹来 雪(ia0736) / 柳生 右京(ia0970) / 星乙女 セリア(ia1066) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 黎乃壬弥(ia3249) / フェルル=グライフ(ia4572) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / 和奏(ia8807) / 霧咲 水奏(ia9145) / フェンリエッタ(ib0018) / 无(ib1198) / 晴雨萌楽(ib1999) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / クアンタ(ib6808) / 玖雀(ib6816) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シリーン=サマン(ib8529) / ディヤー・アル=バクル(ib8530) / 楠木(ib9224) / 月夜見 空尊(ib9671) / 八咫郎(ib9673) / 秋葉 輝郷(ib9674) / 木葉 咲姫(ib9675) / 啼沢 籠女(ib9684) / 須賀 なだち(ib9686) / 須賀 廣峯(ib9687) / 稲杜・空狐(ib9736) / 姫路 佐保(ib9739) / ジョハル(ib9784) / レオーネール・セクメト(ic0042) / 御雷 猛(ic0265) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 鶫 梓(ic0379) / 徒紫野 獅琅(ic0392) / シルヴィオ・ローレンツ(ic0394) / 白雪 沙羅(ic0498) / 庵治 秀影(ic0738) |
■リプレイ本文 開拓者の姿を見た理穴の兵士達は安堵と共に志気を取り戻した。 姫武士といった出で立ちの今回の指令官、羽柴麻貴の姿を見て興味深げに感嘆の声を上げるのは黎乃壬弥(ia3249)。 「見事なもんだなぁ。ほい、祝いの天儀酒だ」 目を瞬かせる麻貴に壬弥の後ろから劉天藍(ia0293)が声をかける。 「天藍君! 元気そうでなによりだ」 「祝言をあげたと聞きました。俺も先日に‥‥」 照れる天藍に「え、いつの間に?」などと言う壬弥に天藍が肩を落とす。 「麻貴様もよきご家庭を築いて下さい。お子さんもいらっしゃると聞きました。この度は祝言まことにめでたく存じます。素敵な旦那様ですからさぞお嫁様も可愛らしい方でしょうね」 星乙女セリア(ia1066)が微笑みを浮かべて祝いの言葉をあげる。 麻貴が旦那様の場合、お嫁様は柊真となる。 きょとんとなる麻貴に天藍は壬弥が渡した天儀酒を見る。 「俺はいつから嫁になったんだ」 ちょっと静かになる場にセリアは真っ赤に頬を染める。美形同士であるがその関係は大人すぎるとぐるぐる思考が巡る。 「タマから聞いているんだが」 「これから娘になるんだよな」 こくっと、珠々(ia5322)が頷けば壬弥の早とちりが判明。 呆れる御樹青嵐(ia1669)であったがそれよりも気になるのは麻貴の姿。 「よくお似合いで」 「青嵐君の艶姿にはかなわないよ」 麻貴が切り返すと、弖志峰直羽(ia1884)が恭しく一礼を捧げる。 「理穴に生きる全ての者の安寧の為、微力で御座いますが、最後まで戦いましょう」 「ありがとう」 微笑む麻貴に直羽は陣営へと向かう。「またね」と茶目っ気たっぷりに片目を瞑って。 ● アヤカシの侵攻をくい止めるのが目的であるが、魔の森の近くに住まう村の住人の保護も今回は兼ねている。 「は、謀ったなー!」 後方支援と聞いてのほほんと入ったら最前線の後方支援だった事に気づいたのはアヤカシと対峙している現場。 ディヤー・アル=バクル(ib8530)の叫びもアヤカシの雄叫びにかき消されそうだ。 「いけます」 人魂で周囲の様子を窺った白雪沙羅(ic0498)が声を上げると一歩前に出たのはセフィール・アズブラウ(ib6196)。 「道を開けます」 全長約五尺の爆連銃を構え、迷いもなく轟音を四度あげた。 否応なく大穴を開けられたアヤカシの軍勢の中に飛び込んだのは龍牙流陰(ia0556)と輝血(ia5431)。それに続くのはディヤーを守りつつクアンタとシリーン=サマン(ib8529)、レオーネール・セクメト(ic0042)。 クアンタ(ib6808)が爆発を起こして敵の混乱も誘う。 爆風の中、シリーンとレオーネールがアヤカシ達を確実に倒していった。村人達に指一本触れさせないように。 「助けにきました」 村人達はアヤカシの侵攻に気づき、一カ所に固まっていた。 開拓者達と一部の兵が村人達を村から救出した。 戦場の中で意外な再会もあるものだ。 无(ib1198)は味方の開拓者の中に学友モユラ(ib1999)を見つけた。 「おや、奇遇」 「来てたんだ。あたいは前線に行くけど」 「では、いきますかね」 ふわりと无は人魂を飛ばして様子を確認する。 眼下に広がるは昼の闇。 蠢く闇の奥中に日の光を反射する何かを見つけた。 「随分とまぁ‥‥」 ごくりと无が生唾を飲み込む。 その軍勢は何よりも勢いがあった。 侵攻は扇形になっており、確実にこちらより多かった。 无は即座に同じ前線担当の者に伝えるように声を張り上げた。 麻貴が率いていた理穴の兵より弓部隊を構成し受け持った霧咲水奏(ia9145)は兵士と共に土豪を準備していた。 その後方に戦陣を作り、天幕を用意させていた。 リィムナ・ピサレット(ib5201)が明かりを点けていき、夜戦開始となったが‥‥ 曇天であった空は雲の厚みを増していっている。 夜となり、雨が降り始めた事に開拓者達は気がついた。 超越聴覚を使い様子を聞く須賀なだち(ib9686)は目を細める。 夜になり、曇天の空はなき始めてしまい、どんどん雨音が強くなっていく。 【天叢雲剣】のなだちがそっと空を見上げて柳眉を細める。 「なだちさん、敵は側面から。近いです」 アヤカシの動きを把握していたのは木葉咲姫(ib9675)であるが、魔の森に差し掛かる場所での瘴索結界は過敏に反応し、眩暈に襲われてしまってよろけてしまうと月夜見空尊(ib9671)がそっと支える。その姿を見て安堵してなだちはゆっくり頷いた。 「八咫郎様は咲姫様の護衛を。空尊様と御雷様は私の指示の下お動き下さいまし」 おっとりとした容貌からは想像できないほどてきぱきと仲間に指示を与えるなだち。 「まっかせてください!」 くるりと身軽に八咫郎(ib9673)が地を蹴り、咲姫の傍らに着地する。 「お願いします」 咲姫が言えば二人は笑い合う。 前に出たのは空尊と御雷猛(ic0265)。 「生憎、貴様達はここで通行止めだ!」 大見得を切った猛と静かに武器を構える空尊。槍の間合いの長さを使い、アヤカシ達を凪ぐ。 「こい」 空尊の言葉に呼応するようにアヤカシ達が群がると、彼はゆるやかに体重移動し、払い抜けで狒狒アヤカシの首を斬る。 前線で食い止められている分後続のアヤカシは横に流れて来ている。 前の猛と空尊の隙間を狙うアヤカシもおり、それに気付いた咲姫が浄炎を発動させる。 「八咫郎様、西です」 「お二方、避けてくださいー!」 八咫郎がなだちの言葉に答えるように自身の名に似た銃を構える。前線二人が軽やかに端によければ、八咫郎が即座に強弾撃を打ち放った。 楠木(ib9224)は空を見上げる。肌を冷やしていく雨はどんどんその雨音を強めていく。 アヤカシ達は雨に濡れても何も気にせずに人を喰らおうと侵攻を続けているのだ。 守らなきゃ‥‥! 楠木は強くそう想うとぬかるんだ地を蹴り、アヤカシの中に飛び込む。奔刃術で俊敏さを上げていき、耳を頼りに只管無心に斬り倒して行く。 一匹の狼アヤカシを斬り倒し、片足を着地しようとした瞬間、楠木は足を滑らせる。他のアヤカシが一瞬の隙を逃そうとせず、楠木に襲い掛かろうとする。 無意識に小太刀をぎゅっと握り締めた瞬間、そのアヤカシは思い切り吹き飛ばされた。 楠木が顔を上げるとそこにいたのは輝血だった。 「行くよ」 静かに輝血が言えば、楠木はきゅっと、口元を引き締めて頷いた。 攻撃は最大の守りと言わんばかりに輝血は脚絆の力もあり、軽やかに雨に濡れた地を駆ける。アヤカシの頭や目玉を狙って苦無を投げ、前を遮ろうとするアヤカシを愛刀で斬り伏せる。 血と雨に晒された忍刀はぬらぬらと妖しく光っている。 雨雫を拭おうとせず、輝血は更に駆け抜けていく。 無数に現われるアヤカシとの戦闘は夜でも変わらない。 思いっきりやれると思い、理穴の兵達と一緒に夜戦に加わっているのは闇野ハヤテ(ib6970)だった。 バラで狙うよりは固まってやる方が効率がいい。 魔槍砲を構え、兵士達がいない事を確認し、素早く装填させてアヤカシの軍勢に打ち込むのは魔砲「メガブラスター」。 着弾の一瞬後の轟音と暴風に晒されるが、その威力は高い。 「さぁて、根比べだね」 穏やかな言葉と裏腹にハヤテはもう一度狙いを定める。 ● 夜出ていた者達が陣営に戻ってくる。 【華夜楼】のよい匂いの炊き出しを軽く腹に収めた秋葉輝郷(ib9674)が仲間の帰還に気付く。 「お疲れ、旨いぞ」 「頂こう」 疲労が表面に出ている戦前二人‥‥空尊と猛が椀を貰う。 「桜の君、温かいよ」 啼沢籠女(ib9684)が空尊に支えられ、寒さに震える咲姫に椀を渡すと咲姫は安堵したように微笑み礼を言った。 あれ、櫛様がおらぬときょろきょろしているのは稲杜空狐(ib9736)。猛があちらだと天幕を指差す。 天幕の中でぐっすり寝ているのは須賀廣峯(ib9687)。 「廣峯様、暴れる時間に御座いますよ」 優しいなだちの声に眠たそうにも反応して起きる。 「とっとと着替えて休め」 そう言って愛しい妻に毛布を渡すと妻は「行ってらっしゃいませ」と微笑んだ。 廣峯が天幕から出ると八咫郎が気休めソングとやらを歌い出し、奇声を上げつつ右腕は右手がこめかみに触れるように折り、左腕は斜め四十五度に天を指す。 雷は落ちました。 その横で輝郷が夜組と淡々と情報交換が行われていた。 炊き出しの椀を見つめていた珠々がピクリと肩を震わせる。 「珠々、どうした」 壬弥が声をかけると珠々が「きます」とだけ呟いた。珠々は臨戦態勢にはなっていなく、壬弥はまったり構えていた。 ややあって、飛び込んできたのは理穴監察方の沙穂だ。 「伝令に来たわ。麻貴起きてる」 珠々が即座に彼女を促した。 「そうか、援軍が来たか」 沙穂が持ってきた情報は武天の援軍の事だ。 「でも軍を揃えるには時間がかかるわ。もう少し待ってて」 「わかった。こちらに来る司令官には六を前線へ。人型アヤカシの存在も見受けられていると聞く」 「伝える」 こっくり頷いた沙穂は再び戻っていった。 入れ違いで報告に現われた柊真が今入った情報を聞く。 「吉報だな。此方はまだアヤカシの動きは変わらん。雨で随分はけがわるい」 「‥‥そうか、皆にももう少しと言ってくれ」 麻貴の言葉に柊真は頷いた。心配そうに見上げる珠々に柊真は微笑んで珠々の頭を撫でる。 「いい子でいるんだぞ」 「いつもいいこです」 減らず口で珠々が言い返すと柊真は笑って前線へと戻った。 雨は夜が明けてから少し弱まったがまだ降っており、地はぬかるんでいる。 「少し崩れてしまいましたか‥‥」 苦い表情を見せる水奏であったが、羅喉丸(ia0347)が「この雨だからな」と言った。 「雨はいつか止む。今は目の前のアヤカシを止めようぜ」 「そうでありまするな」 ようやっと光が見えた理穴に大きな闇が呑み込もうとしている。それだけはくい止めなければならない。 「ここではどこもかしこもアヤカシだらけでありまするな」 呆れたように呟く水奏は理穴の兵達に声をかけて弓の用意をする。 自身も弓隊の中に入り、矢の矢を降らせる。 前を走るアヤカシ達が矢の雨に射られて倒されていく。 矢から逃れたアヤカシ達が更に前に走ろうとすると、飛び込んでいったのは和奏(ia8807)。 瞬風波を使い、更にアヤカシ達を吹き飛ばしていく。 それに続いて飛び込んでいったのは【翡翠】の徒紫野獅琅(ic0392)とシルヴィオ・ローレンツ(ic0394)だ。 「醜い、消え失せろ」 秀麗な顔を顰めてそう言い放つのはシルヴィオだ。その言葉と共に幅広の黒灰色の刀身を閃かせて肉を求め飢えるアヤカシを斬り倒す。 「無茶するなよ」 軽口めいてシルヴィオを気遣う獅琅が彼の隣について薙刀でアヤカシとの間合いを計る。先端の刃は炎が纏われ、斬られたアヤカシの傷口は火傷を負ったようだった。 「ふん、心配される事などない」 シルヴィオが気を強く言い放ち一歩前に出て狒狒アヤカシの肩を突き、そのまま刀を振り下ろす。 前を二人に任せ、後衛から援護射撃するのは鶫梓(ic0379)だ。彼等の間合いに届かない敵の足を止めていく。 「二人とも、前方右から更に来るわよ!」 梓が言えば二人はその声に反応し、間合いを計り、敵を倒して行く。 雨の寒さやアヤカシの恐怖に晒されていた村人達は体力を随分消耗していたようだった。 玖雀(ib6816)が先頭となって炊き出しを行い、開拓者達も持参していた菓子や食料を村人達に分け与えていた。ジョハル(ib9784)と玖雀は夜担当だが、炊き出しが終われば休みに入る。 「安心するがよい! 余が守ろうぞ!」 保護された村人達は小さな村であるが、子供もそれなりにいた。後方であるが、戦場の激しい気合は肌で感じており、堪えるようであった。 同じ子供といえる年齢の開拓者は複数見られ、その中でもディヤーは勝気に不敵に振る舞い、元気を分け与えていた。 元気よく威張りちらすディヤーをいつもは諌めるクアンタであるが、その元気が村人達のささくれそうになる心を和らいでいる事に気付いているので村人の世話をせっせとしている。 「ご飯も出るからいいかなー」 尻尾をぱたぱたさせて小さな子供をあやしているレオーネールが顔を上げると雨が小雨となった。 雨が上がったとしても、水はけが悪い地の中での戦闘だ。地の不利は変わらず、文字通りの泥仕合が繰り広げられている。 昼から前に出たのは羅喉丸と右京だった。 「こっちも負けらんねぇな!」 ここから少し離れた村でも戦いがあるだろうと思いを馳せるのは羅喉丸だ。アヤカシが背後から襲い掛かろうとすると彼は勢いよく足を振り上げて踵から落とす。 軽々と跳躍した狒狒アヤカシが踵落としをした直後の羅喉丸の頭を掴もうとしたが、彼はアヤカシの腕を取り、技を繰り出した不安定な姿勢から地を蹴り足をアヤカシに巻きつけ、手を離し、器用にアヤカシを地に叩きつける。 羅喉丸自身も地に叩きつけられる為、即座にアヤカシから離れるも周囲の地の動きがおかしい事に気付いた。 「下がれ」 低い声に羅喉丸は即座に飛び退く。彼にも見えた。日の光に異様な反射をしている水溜りのようなものを。 入れ替わりに入ってきたのは柳生右京(ia0970)だ。剣は鞘に収まったままであり、柄に手をかけていつでも抜けるような体勢で走ってくる。 羅喉丸が動いた事の認知するまで時間がかかる粘泥アヤカシでったが、それは粘泥ではない。 透明な粘度のあるアヤカシ。 泥と雨水に紛れて人を襲おうとしているのだろう。 「甘いな」 ぽつりと右京が呟いて瞬間、涼やかな音を立てて紫の刀身が雨上がりの日の下にさらされる。 軸足に重心をかけて両手にしっかり力を入れて力強く刀を凪ぐと透明な粘泥アヤカシ達がびしゃびしゃと音を立てて地に落ちる。 甲高い笛の音が聞こえると、右京も後ろへ下がる。開拓者達がいなくなり、追うアヤカシ達に矢の雨が降らされていく。地に倒れるアヤカシ達をすり抜ける何かに水奏が気付く。 「雨に流れておりまするな‥‥」 低く水奏が呟いた。 「どっいてーー! 火炎獣使うよー!」 叫んだのはモユラだ。 式を錬成していき、炎の獣が目の前のアヤカシを焼き倒す事に歓喜し炎の息を吐いた。 「奥に何かがいる!」 人魂で何かに気づいた无が叫ぶと引きずり出そうと更に水奏達弓部隊が矢を降らせていくと、奥から低い笑い声が聞こえた。 ● 空を翔るのは空狐の人魂。 アヤカシの勢力は広く地幅を取り、まだ勢力は衰えていなかった。 扇状となって横へ押し流されるようにアヤカシが広がっているのは変わりない。 アヤカシの群れの中からより大きな何かが前に出てきていたのに気づいた。 「輝様! 氷人形が前から来ます!」 空狐の声にアヤカシと交戦していた輝郷が「わかった!」と叫び、廣峯の様子を見るとシールドでアヤカシを払いのけ、足元を狙って噛み付こうとするアヤカシを蹴り飛ばしていた。 「暴君、とっととさがって」 淡々と術を発動させつつ、さらりと籠女が言う。 「なんだとー!」 戦いの最中でもあり、気が高揚している廣峯のカンに障った模様。 「籠女、廣峯をこれ以上興奮させるな」 軽やかに前に出る籠女にすれ違いざま輝郷が注意を投げるも籠女は理解はしてくれているようだ。 「わわわ、落ち着いてください‥‥っ」 怒っている廣峯におろおろとする姫路佐保(ib9739)だが今のうちに神楽舞を舞って前衛二人に敏捷の恩恵を授けた。 ブリザーストームを発動させた籠女は即座に後ろに下がり、空狐の様子を見る。 「くるよ‥‥!」 空狐の呟きの次に聞こえるのは全てを砕かんとする氷の地響き‥‥ 村人組の方でも前線組達から零れたアヤカシが人間を喰らおうと現われてくる。 前に出ているのは流陰だ。ちらりと後ろを向けば、村人達は怯えている。村人からアヤカシを守る為、流陰は村人達から引き離す為に走り出す。 アヤカシにとって恐怖は無意識に引き付けてしまう。 「こっちだ!」 咆哮を上げてアヤカシの気をそらすのが手っ取り早い。 アヤカシ達は流陰の咆哮に反応してその声の方向へ駆け出して行く。アヤカシが流陰の方へ駆け出し、間合い入るまで流陰はじっと待つ。 鼓動と呼吸を合わせ、間合いに入った瞬間を流陰は逃さない。 瞬間、長巻直しの刀身に焔が走った。足にしっかり力を入れて思いっきり刀を振り薙ぎ斬り倒す。 それでもアヤカシはまだ現われる。 アヤカシとはいえ、斬られる所はあまりよいものではない。 戦闘とは子供には辛いものであり、沙羅は無意識に小さい子を庇うように耳を塞ぐように抱きしめていた。 腕の仲の子供は酷く震えていた。 まだ二日目の日が傾きかけているこのまま三日目を迎えられるのかという不安と恐怖が村人達を支配していく。 「アヤカシにころされるのかな‥‥」 「守りますっ」 他の子供が呟けば他の子供が泣き出した。沙羅が気を強く言ってもその恐怖は子供たちの中にある恐怖が外へと漏れていく。 「やだ‥‥しにたくない‥‥」 「守りますから‥‥」 沙羅があやそうとしていた時、流陰の咆哮から逃れたアヤカシが沙羅達の方へと走り出した。 悲鳴にもならない悲鳴を上げた子どもたち。 「狩りの時間にゃ」 アヤカシの攻撃は一陣の斬撃符によって遮られる。 「安心するにゃー! この沙羅様が守るにゃー!」 立ち上がって叫ぶ沙羅は戦闘時の高揚が一気に上がって狩りの本性が出てしまっている。 「その通りだね。いくよ沙羅」 「はいにゃー!」 十分休んだらしい輝血に沙羅がついていく。 「いってらっしゃいませ」 二人のお嬢様を送り出すセフィールが涼やかに一礼し、アヤカシから村人を守る為に銃を構えていた。 粘度の高そうで青く透明な人型を模したアヤカシが多数現われた。 雨や水に擬態したアヤカシとは違い、より不気味さと強固さがあるように思えた。 青い擬人アヤカシに守られるように別の何かがいる事に気づく。水奏が即座に前衛を下がらせて矢を飛ばせば、あっけなく崩れてしまうが奴等にとっては気にせず進んでいる。 矢の雨はそれなりに見渡せたようで、青い擬人アヤカシに守られているアヤカシが開拓者の目に晒される。 背に甲羅を背負った女に見える人鬼型アヤカシ。何か粘液を被ったかのように全身が濡れている。 「お出ましだな」 柊真が言えば呼子笛を吹いた。 「今出ている奴は即交代だ! 身体を休めて日が暮れてから出ろ!」 まだ昼とはいえ、雑魚アヤカシと戦っていたのだ。それなりの疲弊はある。 「上原殿は」 「交代の連中に状況だけ伝えてすぐ休むさ」 水奏が声をかけると柊真は笑う。 呼子笛の音に一番先に駆け出してきたのは庵治秀影(ic0738)と紫ノ眼恋(ic0281)だ。 夜戦っていて休んでいたが、呼子笛の音に気付き、即座に対応してくれた。 「やれやれ、随分と大物だなぁ」 眠たげの秀影であったが、その視線はアヤカシに向けている。 「逃げるか‥‥」 ぽつりと呟く人鬼型アヤカシの声に呼応すように彼女の粘膜が重力に逆らうように動いた。 瞬きも許されない時間の中、粘膜が無数の矢となり、開拓者達を襲う。 「おっと!」 前に出ていた開拓者達は飛び退って矢の粘膜を逃れたが、撤退している理穴の兵が一部矢の流れ弾を受けてしまった。 痛み自体はさほど強くもないが、受けた反応に水奏は気付いた。 「毒‥‥!」 梓もその異変に気付き、負傷した理穴の兵の腕を自身の肩に回す。 「そいつ、毒があるぞ!」 こちらも負傷した理穴の兵を抱えつつ獅琅が叫ぶと、人鬼型アヤカシはゆっくりと口元を笑みの形に引いた。 「やれやれ、とんでもねぇのが来たなぁ。こいつぁ、終わったら一杯奢れよ」 髭を撫で付けつつ、秀影が柊真に笑いかける。 「葉月の頃に片付けられればな」 月を一つまたいだ回答に秀影がおやっと、目を瞬くと柊真は「お楽しみに」っと笑う。 「今は目の前の敵だ」 「ははっ! そりゃそうだ。恋君、頼むぜぇ」 秀影が傍にいる恋に声をかければ彼女はもう臨戦態勢だ。腰に差している黒塗りの柄を手にして音もなく刀身を抜く。 「問題ないぜ! さぁ、派手にやろうかッ!」 夜戦時の昂ぶりがまだ燻っていたのか、その青い瞳は目の前のアヤカシに熱視線を送っている。 重厚な赤みのある刀は凛然とした恋の容姿とは正反対のようである。深呼吸をするように瞳を瞬き開いた時、その瞳は爛々と輝いている。 前に出て行った恋に青い擬人アヤカシが恋を襲おうと前に出る。 「はぁ!」 気合一閃、恋の一撃は擬人アヤカシを斬り伏せた。 「負けてらんねぇなぁ!」 秀影もまた、恋に負けじとアヤカシを斬っていく。 理穴の兵の声に二人が声のままに避けると、交代の理穴兵の矢がアヤカシ達に降り注ぐ。人鬼型アヤカシはくるりと背を向け、甲羅を前に出すように丸くなった。 「結構頑丈だなぁ‥‥」 ぽつりと秀影が呟けば、青い擬人アヤカシが次々と異様な反応を見せていた。何事かと秀影が周囲を見やれば背後にリィムナがいた。 「二人とも! 青い粘膜アヤカシはこっちに任せて。あの人鬼型アヤカシを食い止めて!」 「なるほどな。そっちは頼まぁ! つぅか、あんたは休めよ!」 納得した秀影はリィムナと柊真に声をかける。 「また来るさ。後は頼む」 柊真がそう言うと軽やかに下がった。リィムナは理穴の兵士たちに守られて演奏を開始する。 「魂を砕いてあげるよっ」 その言葉が開始の合図となり、リィムナは唇にフルートを当てた。 人鬼型アヤカシの出現と同時に下がった開拓者達を迎え入れたフェルル=グライフ(ia4572)は開拓者達に抱えられている理穴兵に気付いた。 「毒‥‥外傷は‥‥矢?」 フェンリエッタ(ib0018)が呟けば、シルヴィオが答える。 「人に近い鬼のアヤカシが粘膜を矢にして飛ばしてきた。その矢には毒が混入されているようだ」 「解ったわ。雪さん、回復をお願い」 即座にフェンリエッタが白野威雪(ia0736)に声をかけると同時に彼女はもう術を発動していて淡く輝いていた。その姿を見てフェンリエッタはすぐに解毒を発動させる。 「フェン、雪ちゃん、練力が回復次第私達も出ます。前線にも毒矢を受けた方がいるかもしれません」 フェルルが言えば二人は頷いた。 「右京様も少しお休みくださいませ」 閃癒の合間に雪の言葉に右京は頷き、天幕へと入って行った。 前に出てくる青い擬人アヤカシは際限なく現われる。 それを逐一相手にしているのはリィムナだ。 一心不乱に曲を奏でられるのは理穴の兵士たちがリィムナを囲んで盾を構えており、飛来するアヤカシ達は弓兵の矢によって叩き落されている。 青い擬人アヤカシ達が倒れた隙に人鬼型アヤカシの前に出て来たのは和奏だ。瞬風波を繰り出せば、人鬼型アヤカシがまともにくらって動きを止める。 すかさず隙を狙って入ってくるのは恋だ。思いっきり振り下ろすと袈裟懸けに命中した。更に秀影が入ってきて腹を狙って薙ぐ。 まともに入っているが、相手は他のケモノ型、粘泥型とは強度が違うようでまだ動ける。 二人の攻撃の合間にも随時アヤカシ達が人鬼型を囲むように前に出てきているので、二人は飛び退る。瘴気感染の危険性も本能で考慮しているようだった。 「楽しませてくれるぜ!」 更に士気を高めるように秀影が笑った。 氷人形は高さは八尺ほどであり、大振りの氷の岩を人間の筋肉のように組み合わせたような身体だ。 「あ、あんなの‥‥ぶつかったら一溜まりもありません‥‥」 後ろで怯える佐保であるが、廣峯の戦意は失うどころか燃やすばかり。 「やってやろうじゃねぇか! 来いよ。相手になってやるぜ!!」 後方でぴょんと跳ねるのは空狐。符を指に挟み、召喚するのは狐のような幽霊だ。 「いきますよー!」 式を操ると式は氷人形の方へと呪いの声を響かせた。 恐怖に身を竦める佐保であるが、なけなしの勇気を振り絞り、三味線を構え、剣の舞を前衛二人に与える。 動きを止められた氷人形へ輝郷が駆け、一閃を振り下ろす。氷と真紅の刀身が真っ向からぶつかってしまい、振動を払いのけるように輝郷は剣を振って飛び下がった。 機微を掴み、理穴の弓兵達が氷人形とその周辺の雑魚アヤカシ達へ援護射撃を行う。 氷人形には微々たる攻撃であったが、獣アヤカシには十分な牽制と攻撃となっていた。 「援護射撃はお任せくだされ!」 理穴の兵が雑魚アヤカシを相手してくれることに輝郷は頷き、氷人形へと意識を集中させる。 「うぉおおおお!」 気合と共に廣峯が前に出て氷人形の相手をする。両手には大きさ不揃いの一対の斧だ。大きく振り上げて氷人形が突き出す拳に真正面からぶつかる。 鈍い音を立てて拳と斧が拮抗し、両者が動かない。廣峯はその拮抗に甘んじてはいない。余った小さい方の斧を腹の繋ぎ目部分を狙って叩きつける。 もう一度叩きつける為、大きい方の斧を振り上げた。氷人形は余った腕で廣峯の側面を叩きつける。 「ぐぁあ! 野郎‥‥!」 痛みを堪え、廣峯はもう一度斧を叩き付けたが、更に氷人形が廣峯の腹を叩くと廣峯は衝撃でよろけてしまった。 「ねぇ‥‥」 吹き飛ばされる廣峯を目にし、紫水晶の瞳が冷たく輝く。 「調子に乗らないでくれるかな?」 声音が硬くなった籠女が氷人形へ意識を向け、術の練成に集中する。彼女の前で風が渦巻き、真空の刃となる。 繰り出されたウィンドカッターが狙ったのは廣峯が叩き付けた腹の割れ目だ。叩き込まれる真空の刃は更に氷の岩にヒビを広がらせる。 更に攻め立てるのは輝郷だ。 輝郷は氷人形が拳を繰り出す機会を見極め刀を返して拳を払い、懐へと飛び込んだ。剣は透明な瑠璃色の光を帯びており、その刀身を廣峯と籠女がつけた割れ目へと叩き込む。 氷人形は叩き込まれる攻撃に均衡が取れていないようであった。 「いくぞぉおおおおお!」 戦意を失っていない廣峯が再び氷人形に攻撃をかける。 空狐もまた呪声で直接攻撃を加える。 廣峯の攻撃に巻き込まれないように輝郷が懐から横に飛び退ると、氷人形の側面までヒビが入っていた事に気づく。 輝郷と廣峯が同時にヒビへ渾身の一撃を与えると氷人形は真っ二つになり、地に倒れた。 ● 二日目の夜が来た。日はもう暮れてしまい、雨上がりの夜に下弦の半月の夜だ。 「先に出る。順次来いよ」 そう言い放ったのは柊真だ。 「柊真様、早いですよっ」 雪の声に柊真はもう休んだと笑う。 俺も出るぜと言ったのは羅喉丸。柊真は「頼む」と答えた。 「此方は編成が終わり次第出陣しまする」 水奏が言えば柊真が頷く。 人鬼型アヤカシ達と戦っている開拓者達は疲労を隠せない。 理穴の兵達とも戦ってはいるが、雑魚アヤカシの数が半端なく多い。 「まだ楽しませてくれるなぁ‥‥っ! 恋君、楽しんでいるか!」 「いッくらでも叩ッ斬ってやらァアッ!」 荒い息を吐き、秀影が叫ぶと少し離れた所にいる恋は沸いてきた狼アヤカシを叩き斬っていた。 恋の叫びは咆哮となり、更にアヤカシ達が寄ってきている。彼女の刺客を狙うアヤカシに一本の矢か刺さる。 はっと恋が振り向くなり後方から少女の叫び声が聞こえた。 「よけてーーーーー!!」 その声に秀影と恋がアヤカシ達を蹴倒し、下がった。 再び火炎獣が戦場を駆ける。青い擬人型アヤカシ達が火炎獣の炎に溶けて行く。 火炎獣が駆けていった方と別の方向から和奏が瞬風波を繰り出す。 「戦況は」 柊真が秀影に声をかけると「わんさか出てくる。的確にこっちを狙ってな」と答えた。 「わかった」 秀影が恋をつれて交代する。柊真は和奏やリィムナにも労わりの声をかけた。 ややあって、フェルル達が現われ、フェンリエッタは後衛で毒矢を受けた兵士の解毒を行う。 「若葉の姫さん」 フェンリエッタが顔を上げると柊真が梵天丸を彼女に放った。 「頼むな」 受け取ったフェンリエッタは頷いた。 水奏と理穴の兵達が現われ、後衛たちの前に陣取る。盾を前に置き後衛にて術を使う者の護衛を兼ねる。 「行くぞ!」 羅喉丸が前に出る。それに続くのは獅琅とシルヴィオ。 目的は人鬼型アヤカシだ。 前を遮る雑魚はいない。狙いを定めてシルヴィオが人鬼型アヤカシに振りかぶる。人鬼型に纏われている粘液が震えた瞬間、シルヴィオははっとなったが、彼等より早く前に出たのは羅喉丸だ。 気合と共に拳から繰り出されたのは紅色の衝撃波だ。粘膜の槍が繰り出される紙一重で衝撃波を受けた人鬼型はぐらりとよろめく。 更に梓と无が矢で脹脛から地にかけて突き破り、腹を刺して動きを鈍らせる。獅琅が薙刀に刃を纏わせてもう片方の脛を払い、体勢を崩させる。 懐に入ったシルヴィオが流しきると、ぐらりと人鬼型が体制を崩すがまだ動く。もう一度毒矢の雨を振らせようとする人鬼型アヤカシの動きに気付いのはフェルルだ。 「傷などつけさせません!」 普段は優しいフェルルだが、戦いとなれば戦女神となり敵の中へと飛び込む。剣気をアヤカシに叩きつけ、ベイルを掲げて粘膜の動きを無効化させる。 フェルルが即座に味方を退かせると、水奏が弓兵達、梓、无と共に矢の雨をアヤカシ達に降り注ぎ、動きを阻害し、倒して行く。 再び前衛達が前に出て人鬼型を中心にアヤカシを倒しに駆ける。 「周囲の雑魚は任せろ」 そう言ったのは神楽舞の加護を受けた右京だ。彼は雑魚アヤカシの群れに飛び込み、回転切りで一気に斬り伏せた。 「雪さん、畳み込みましょう」 梵天丸を飲み込んだフェンリエッタが雪に声をかける。 「はい!」 フェンリエッタの殲刀に雷がぱちりと走ると雷の刃が人鬼型アヤカシへ走ると同時に雪の白霊弾も発動される。 更に兵達の矢が降り注ぎ、動きが鈍くなっていった事に気付いた柊真が早駆で人鬼型アヤカシの背後を取り羽交い絞めにした。 もがくアヤカシだが、柊真は羽交い絞めの状態で印を結んだ。 アヤカシの粘膜が炎に抱かれる。 「柊真様!」 叫ぶ雪だが、柊真は「早くしろ!」と叫んだ。この間なら粘膜の毒矢は飛んでこない。 「その根性悪くない!」 羅喉丸が駆け出すと前衛達も駆け出す。これ以上激しい戦いを続けてはいけない。 獅琅が薙刀でアヤカシの胸を突きさして動きを止める。甲羅が当った感触がしているから柊真には届いていない。続いてシルヴィオがポイントアタックで腹を斬り裂きすぐ飛び退る。 横から右京が両断剣で斬り左肩から腹にかけて身体が裂かれる。 「これで終わりだ」 それでも動こうとするアヤカシを羅喉丸が骨法起承拳の一撃を与えると、不知火の炎と共に人鬼型アヤカシは地に崩れ熔け落ちた。 村人達の恐怖と緊張は更に膨れ上がっているのは開拓者達も感じている。 開拓者達が守ってくれようともアヤカシへの恐怖はぬぐえ切れるものではない。眠気は来るも浅いものだ。 そんな緊張感を感じているのは玖雀だ。 「くじゃく‥‥おにいちゃん?」 炊き出しを作ってくれているお兄ちゃんが鎧を身につけ歩いている姿を見たのは寝ぼけ眼の村の子供。 「ちぃっとアヤカシ退治して来るから寝とけ」 「ごはん、作ってね」 「はいはい」 どうやら、玖雀の炊き出しがお気に入りの子供のようで、玖雀が言えば、とぼとぼと天幕に戻る。 「心の昂ぶりは眠りを妨げるものだな」 村人達の心境を呟いたのはギルドから借りた照明器具を持ったジョハルだ。 「料理だけの開拓者とは思われたくはないぜ」 ふーっと、疲れたような親友の呟きにジョハルはくすくす笑みを零す。 「右は任せたよ。玖雀」 ジョハルの言葉に玖雀は頷いた。 昼間動いていた輝血の話に寄れば、前線の方で激しい戦闘が行われているようで其処から零れるアヤカシが此方まで足を伸ばしているという。 月の光に反射する目の光に玖雀が気付く。 「ジョハル、北西だ」 玖雀の言葉と共に狼アヤカシ達が彼等に気づく。餌が見つかり、飢えたアヤカシ達が二人を襲う。 二人で一つの視界だ。横並びで戦う。 間合いにアヤカシが入った瞬間、玖雀の七節棍が狼アヤカシの頭を叩き割る。 「それでも料理をする玖雀が似合うね。戦闘でも」 ジョハルの軽口に玖雀がはっと笑う。 「そりゃ、俺達が料理されてるってことじゃねぇか」 シャムシールを振り下ろすジョハルに玖雀が次のアヤカシの来る方向を伝える。 「奴等に料理という事は出来ないだろうけどね」 射程内に入ってきた狒狒アヤカシにジョハルが短銃を皮膚に当てて撃つ。 「それならあまり音がしないな」 納得した玖雀にジョハルは「暴発がちょっと怖いけど」と笑う。 月夜はまだ大人しい。 ● 兎が魔の森を駆ける。 強い人間がいると。 森の奥で青い擬人化アヤカシが凍って強度を増す。 そして、もう一体それと同時に動き出した‥‥ 昨日、氷人形と共につけた兎が帰ってこない。 面白い事をする人間へのお返しだ。 ● 昨日、氷人形が討伐されたと聞いたが‥‥と呟いたのは天藍だ。 「つぅか、あんなの聞いてないぞ」 呆れるのは壬弥だが、臨戦態勢は変わらない。 目の前にいるのは昨日倒したはずの氷人形と青い擬人化氷アヤカシだ。後者は人鬼型アヤカシの周囲にいたアヤカシと少し似ており、大きさも人間と変わらない。 「まだ奥に何かいるって事かねぇ」 壬弥が見通すのは前衛が戦っているだろうその奥であるが、今は本命の氷人形。 「涼しげなアヤカシが揃っておりますね。ですが、暴挙は許しません」 手にしている薙刀の銘の如く、戦乙女に相応しくセリアが前に立つ。 「珠々、私の耳となれ」 まだ傷の癒えていない珠々は麻貴の言葉に頷く。 氷人形や擬人氷アヤカシはさほど知能がないと考えれば、兎アヤカシが近くにいるのは確実。 「また潰します」 ぽつりと珠々が呟いた。 「終わったら理穴で美味しいお店で一杯やりたいねぇ。天ちゃんのお祝いも一緒に」 直羽が軽口を言えば、天藍は少し照れているようであった。 「お前の祝いだってしな‥‥」 口が滑りかけた天藍がさりげなく口を噤む。氷人形にやられる前に秋水にやられたくない。 「とにかく、いきますよ!」 先制したのは青嵐の氷龍が獣系アヤカシを狙う。氷系は仲間にやってもらう。凍てつく息が吐き出されると獣アヤカシ達の動きが鈍り、所々凍っている。 そこを一気に理穴の兵士たちの矢が飛び、動きの鈍ったアヤカシ達を倒して行く。 氷人形の周囲にいる擬人アヤカシ達を狙って直羽が浄炎を放つ。人間とアヤカシ以外害を与えない清らかな炎が擬人氷アヤカシにまとわり、蒸発していく。 続いて周囲を確認した天藍が炎の狼を召喚し、氷人形の間合いに入るか否かの距離で炎を発動させる。 火炎獣の炎が消えるか否かの瞬間を狙い、セリアが飛び込んで氷人形の足を強打で打ち払う。ぐらりと体勢を揺らした氷人形に壬弥がセリアとは逆の方向から入り込み、手にした殲刀が水平に抜かれ氷人形の氷岩を斬る。 乾いた音を立てて氷岩に亀裂が走るが致命的ではないが取っ掛かりには十分なものだ。 「直羽さん、青嵐さん逃げて!」 気付いた珠々が叫ぶ。 氷人形はその辺にいた仲間だろう擬人氷アヤカシを開拓者達に投げつけてきた。 難を逃れた直羽と青嵐だが、自分達目掛け飛んできたアヤカシは地にぶつかり粉々となっていた。 「お構いないしかっ」 ぎりっと歯噛みした天藍が再びアヤカシを投げようとする氷人形に火炎獣の息を再び召喚する。 「天藍君、直羽君、足を狙ってくれ!」 麻貴の言葉に応えて天藍と直羽の炎が足元を狙う。炎と氷の温度差と先ほどのセリアの強打のヒビが大きくなっていく。 弓兵が足元を狙って集中射撃をすれば、足首が砕けた。 「容赦しません!」 セリアが厳しく叫び、氷人形へと駆ける。足が砕けただけでアヤカシは滅したりはしない。 腕を振り回す氷人形の腕を薙刀で払う。もう一つの腕もセリアを狙うがそれは青嵐の斬撃符が払ってくれた。その衝撃の隙を狙い、胴体を斬りつける。 ピシピシと亀裂が大きくなっていくのを壬弥は刀を鞘に納めつつ見ていた。 「もう、仕舞いだ」 閃くのは初夏の戦場には似合わない秋の静けさ。止水の如く澄みきり、その刃はの速度を見破れる事はない。 重く鈍い地響きが一度だけした。 その音を聞いた珠々は少しふらついて麻貴の下に戻る。 「お疲れ様」 麻貴がそっと珠々を抱きしめる。 兎が主の下へ戻る事はなかった。 ● 三日三晩、戦いは行われた。 途中、援軍が入り、戦況は上々ではあったものの、開拓者や理穴の兵の疲労は強いものだった。 村人達は無事、戦前を脱出した。 前線組が撤退し、麻貴がいる陣営が殿となり、撤退を始める。 その中、なだちが何かに気付く。 「なだちさん?」 咲姫が声をかけると彼女はごくりと生唾を飲み、森を見ていた。 魔の闇から冬の煌きが見えた気がすると言う者が次第に出てきていた。 じっと、此方を見ている。 「次はあれか」 ぽつりと猛が呟けば、空尊はそっと咲姫の傍らに立つ。 初夏に真冬の音が聞こえる。 あの森の奥から。 理穴という国を確実に飲み込もうとしている。 |