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■オープニング本文 五行にある、陰陽寮の一つが青龍寮の寮長室。 「もう五月な訳だが」 「早いな」 「全くだ」 そこでは呑気に茶をすすりながら五行の王にして臨時の青竜寮長である架茂 天禅(iz0021)とその側近、矢戸田 平蔵が思いの外に呑気な会話を繰り広げていた。 「来月はもう新たな寮生を受け入れる為の試験、か‥‥」 「そう言えば進級試験の続きはしないのか」 「‥‥‥」 そんな折にポツリと漏らした架茂の言葉を受けた平蔵、思い出したからこそ尋ねれば‥‥返って来たのは沈黙だけで。 「何か良い案はないか」 次には平蔵に妙案を聞いてみる架茂、決して忘れていたとは思いたくない。 「俺に聞くなよ」 「それもそうか」 無論、それを受けて肩を竦める彼の反応には納得すれば椅子を引いて立ち上がると五行王。 「朱雀寮の様子を見てくる」 それだけ言って寮長室を後にしようとし 「‥‥所でお前、最近はそんなに忙しかったか?」 「聞くな」 背後から響いてきた平蔵の問い掛けには振り返らず、ただの一言だけで応じれば寮長室から辞すると一人残された側近は溜息だけ漏らし、湯飲みに残る茶を最後まで飲み干すのだった。 ●と言う事で 「小論文を書け」 「それ、朱雀寮でも‥‥」 「気のせいだ」 「うぼらぁ!」 とこんな光景も最早青竜寮では日常茶飯事となれば寮生の反応は至って希薄なもの。 「‥‥‥」 あぁまただよこの人、でも今回は斬撃符だなんて手抜きだよなとか誰もが考えたかどうかは分からず‥‥それはさて置き、何時もの様に気を取り直して話を続ける架茂。 「題目は‥‥そうだな」 勿体ぶる様に思案して暫しの間を置いて後、小論文の題目を皆へ明示する。 「『何故陰陽師となりここにいて、これから陰陽師として何を成すか』とする」 果たして響いたその声に直後、ざわりとする周囲の寮生達の反応は珍しく気にしないまま、その意図もまた明らかにする。 「改めて原点を振り返り、これから進むべき道も見据えているかどうかを見る。それを持って上へ進むべき者かそうでない者か‥‥ひいては陰陽師としてあるべきか我が判断しよう。我から見て相応しくなければ、前の試験がどうであれ進級はさせんしこの寮から出て行って貰う事もあるだろう。故に励め、向上心なき者はこの国にいらん」 そして大よそを言い終えればその場を後にしようとする彼だったが、ふと何事か思い出せば最後に一言だけ添えてその場を後にした。 「‥‥あぁ因みに要点のみ簡潔に纏めて提出する事、無駄な前置きやだらだらした話は好かん」 |
■参加者一覧 / カンタータ(ia0489) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 各務原 義視(ia4917) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 宿奈 芳純(ia9695) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / 晴雨萌楽(ib1999) / フレデリカ(ib2105) |
■リプレイ本文 ●最終決戦?! 陰陽寮が一つ、青龍寮に属する一年寮生の皆はそれぞれの教室にて進級試験を目前にしていた。 因みに二年と三年はそれぞれ、別のスケジュールで進級ないしは卒業試験に臨む段取りとなっていて今日この日は皆の進級試験の為、わざわざ寮から離れている‥‥とは言えそうでなくともこの日、それぞれの教室では厳戒態勢が引かれているので別段意味はないのだが、それでも仮の寮長である架茂 天禅(iz0021)の徹底した姿勢は変わらず。 閑話休題。 「準備と覚悟はいいな」 「はぁ、まぁ‥‥と言うかせざるを得ませんし」 果たして最後に回って来た一行が在する教室の教卓に側近の一人を付き従えて架茂は低い声を響かせ尋ねるが、誰かが返した迂闊な回答には鋭い視線でねめつければ 「そう言う中途半端な心境で臨むなら即刻、この寮から出て行って構わない」 次いで一言にて切り伏せると、他にも数人項垂れる者がいて‥‥だがそれより多く、架茂と視線を交わす者の方が多く。 「‥‥皆が皆、そう言う心境で臨んではいない様で一先ずは安心した。が結果を出さなければそれはやる気ない者と何ら変わらない。故に一年とは言え今までに学んだ事から、自身の答えを我に明示してみろ」 だからこそ微かにだけ架茂がほくそ笑んで言えば側近を見やると頷いて彼、この場でも高らかに宣言を発した。 「それでは進級試験‥‥始めます!」 ●自らの掲げし導 と言う事で始まった進級試験、それ自体には興味がないのか側近だけをその場に残して架茂はさっさと場を辞した後、ざわざわと囁き合う寮生達。 「さて、よもや書けぬ者などおるまいが‥‥誰が為の試験、か」 「言うまでもなく、自分の為の試験ですよ〜」 そんな中でポツリ、何を想ってか呟いた成田 光紀(ib1846)だったが次に響いたカンタータ(ia0489)のあっさりした答えを聞けば「それはそうだ」と応じて肩を竦めて。 「少しの手伝いは出来ても、小論文それ自体を書き上げる事は自らでしなければならない事だから」 「まぁそうですねぇ」 胡蝶(ia1199)が次に発した事実にはその通りだと樹咲 未久(ia5571)も苦笑浮かべて頷くと、次には各務原 義視(ia4917)の疑問が周囲に集う皆へ凛と響く。 「‥‥参考までに、皆さんはどうして陰陽師となったのですか?」 果たしてそれを受けた皆は暫し考え込むが‥‥最初にそれへ応じたのは未久と、彼に続いて无(ib1198)。 「何を思い力を求めたか‥‥ですか、そう言えば始めは義弟達に人魂を披露する為に術を構築したのでしたねぇ」 「世界を知り全てと意思疎通せん‥‥これが原点か」 「それぞれに、確かな考えがあるんですね」 「それはそうでしょう。それにしても‥‥全く肝心な時に」 それを聞いて感心する露草(ia1350)に、馴染の御樹青嵐(ia1669)は溜息を漏らし次いでこの場にいない誰かへ嘆息を漏らすが 「他人の心配より今は先ず、自分の心配をした方がいいだろうよ‥‥っと」 「‥‥まさかもう、終わったと?」 一年もの付き合いともなればそれを見抜いて言葉紡いで光紀は大仰に伸びをして見せれば、青嵐の問いへは答えの代わりにニッとだけ笑んで返し。 「慣れない事とは言え、負けてはいられませんね」 「そうですね、時間は十分にあるとは言え限られてもいますし」 その様子を目の当たりにした宿奈 芳純(ia9695)と鈴木 透子(ia5664)が言えば皆、それぞれの机に戻ると改めて架茂が掲げた題目と向き直るのだった。 「うーん‥‥」 「んー‥‥」 それから大分時間が経ち、夕暮れに迫る頃‥‥提出を済ませた者が半分、もう半分がまだ頭を抱えていて、その中で何処からか聞こえてきた呻き声はモユラ(ib1999)とフレデリカ(ib2105)のもので。 「入寮試験と似たよーなこと言ってるケド‥‥志は変わらないんだから、コレが素直な気持ちだァね」 「こんな感じでいいのかな?」 既に二人とも推敲に入っているはいるのだが、それぞれどうにも腑に落ちない所があるのか書き連ねた小論文と長く睨み合っていたのだが、久しく二人が視線合わせれば 『‥‥‥』 あったのは無言の、目だけによる会話か。 実際に会話が成立していたかは当人らにしか分からないが、ともかくそれを経て二人。 「だそっかー」 「そうですね」 声を掛け合えば次いで立ち上がると揃い、教壇にいる架茂の側近の元へ向かうのだった。 それからそれから‥‥月が昇り始めた頃になって出席している一年全員分の小論文が集まれば、皆が帰路に着く中で架茂が入れ替わり寮長室へ赴くと早々と小論文の読破へと臨むのだった。 例年とは毛色が違う進級試験、その本番はこれからである‥‥。 ●何を想うか 「これで全員分か?」 「はい。極僅かですが欠席した者や提出に間に合わなかった者がいて‥‥その扱いは」 「先に言った事と変わる筈もない。在籍を許されるだけでも感謝して貰いたいものだ」 それから夜も更けた頃の寮長室にて架茂、小論文の全てを携えてやって来た側近を見れば尋ねると頷きながら彼、寮生達が気にしていた事を代弁するも架茂の解は予想通りのもので、取りつく島のない回答に側近は嘆息を漏らし。 「ですがこう言った物も‥‥」 それでも別に預かっていた紙片を差し出せば、それを見るなり架茂は表情を厳しいものにして、だがそれ以上は何も言わず机上の隅に置くと改めて小論文の束に向き直り呟くのだった。 「さて、どれだけが自身を省みてこれからを見据えているか‥‥」 『陰陽師になった理由は、巫女では求める技術・知識には辿り着けないと考えたからです』 回収して後、その順番を並び替えて築いた小論文の一つの束の山の上はカンタータのもので、先ず冒頭を読んで架茂は表情を変えない。 なぜ巫女との比較なのかは割愛している以上は架茂でも読み取れず、知識の探求と位置付ければその先へ視線を流す。 『力を借りる、若しくは共生すると言う考え方の精霊術に対し瘴気を解り再構成する陰陽術では、結果が類似しても全く別のものになると考えます。五行国が管理する陰陽寮に所属したのは成果を得る近道だと信じるからです。入寮式に架茂王より受けた祝辞を実践する為、3年目の卒業時までに新しい術式の構築を目指します』 「言わんとする事は分かる、目標もあるが‥‥」 果たしてそれを読んで呟く彼、少し掴み所のない文面に暫し思案した。 『私は『強い力』が欲しい』 そう、シンプルでかつ明確な理由を冒頭に掲げていたのは胡蝶。 『故あってジルベリアから天儀に身一つで渡り、生きる為に余り多くない選択肢から生来の才能を活かす開拓者を選び、適正が陰陽師にあったからこの道を選んだ。そんな私にとって陰陽師そのものへの執着は薄い。ただ、人が恐れるアヤカシは『強い力』の具体的な姿として分かり易い対象で、同じ力を振るう陰陽師は嫌いではない』 次いで綴られていた文字を読み進める内、架茂の眉根は潜められていくが‥‥それでも瞳の動きは変わらず先へ先へ。 『陰陽師として何を成すかは未だ、定まっていない。ただこれまで陰陽術を学び、アヤカシを倒して力を得る中で見えたものもある。なら、もっと強い力を得てゆけば定まっていない道も、次第に見える様になるかもしれない。今はまだ力を得る為に、ここで道から外れるつもりは無い』 「矛盾を孕んでいるな。生きる為ならば執着するのが本来ではないと言うのか‥‥いや、だからこそ薄いと言うのか」 やがて最後まで読み終えればふと思った事を口にするがそれはあくまで途中の経緯。 「‥‥どう評価すべきか」 文面から確かな決意だけを感じて呟いた言の葉の割に、彼はほくそ笑んだ。 『私はそも捨て子の孤児で、私を救ってくれた人が陰陽師であったと言う巡り合わせでこの道を選び、またこの道が興味深く可能性に満ちている事により今までを進んできました‥‥開拓者としてより多くの人を護れる人間に。そして陰陽師としては式の大きな力に溺れない、力に呑まれない心の強い人間に』 今までの道程をそう書き連ねていたのは露草。 開拓者となった経緯としては聞かない話では決してなく、別段気に留めた風も見せずに架茂はその先を読み進める。 『陰陽師として為すべき事は、術系統の発展および実戦での応用を挙げます。開拓者として第一線に立つならば、それは即ち学んだ全てを「使える」と言う事、「使う」事こそが同時に開拓者である陰陽師には求められています。ただしそこには、己の意思による節制が無くてはなりません‥‥自身を律する事ができる者こそ陰陽師に相応しいと思います』 「性格を察すればまぁ無難な解だな、良く耳にする‥‥だがそれ故に実践出来る者もそう多くはないが」 ある種、架茂が言う様に無難に纏められているからこそ高度となる筈の目標を読み取ってさてと思案した。 『陰陽師と言う立ち位置に関わらず何かしら『特別な力』を振るうと言うのは本来危険を伴う。それと向かいあうには何よりも初心に立ち返り足元も固めるのが重要と考えそれを記する』 書き始め、今までの者とは違う形で記していたのは青嵐のそれは自身と開拓者へ常に心の片隅に楔として打ち込んでおきたいものか。 『陰陽師を志した理由は「自分に向いていたから」の一点である。しかしそれは楽をする等の思考ではなくむしろその正反対に位置するものである。自分が最も力を振るう事の出来る分野においてその道を極め最終的に自分をより高めていくのが目的である。青龍寮にいるのも同様で仲間と切磋琢磨していく環境を好んだからである』 その前置きの後に書かれている文章を読み、見た目の割に強い芯を持つ者と察して架茂はその先を読み進めるも 『私にとっての陰陽師は「手段」である、自らがより良くある為に私はこの力を高め自分を磨いていく所存である』 「肝心な所がぼやけている気もするが‥‥まぁ分からん訳でもない、か」 先のカンタータの様に漠然とでも課されている制限故に難しくなる他者への伝達を実感してニッと笑むが、性悪でも決してないので言わんとする青嵐の意を汲めば次の紙に手を伸ばした。 『何故陰陽師になったのかと問われれば氏族出身だからと答えるが、何故今陰陽師でいるのかと問われれば、魔の森発生のメカニズムについて陰陽術からのアプローチによってその原因を明らかにしたいからだ』 義視の小論文を読み、先ず率直で次に使い勝手も良さげだと笑んだ架茂。 『理穴での合戦で大アヤカシを討ち果たし魔の森は縮小したが、必要となったコストや被害は大きく、また、それまでに魔の森に侵蝕された事によって生じていた損失も大きかった。やはり対症療法だけではなく、その元を絶ち更には予防策を講ずる必要がある。陰陽術は瘴気を用いる事から魔の森及びアヤカシと何らかの形で関わっていると考えられ、そこを突破口に理論と実践の二面から研究を継続できれば幸甚である』 「他の者とは違う切り口から攻めていて、意図も理解出来る‥‥まぁ良く纏めている」 やがてその最後まで読み終えると意味深に笑んで机上にそれを置いた。 『最初はただアヤカシの存在・構築の過程に興味を持っただけでしたが、それから瘴気の塊を己の使役する式として構築する事で身近な人達の為に陰陽師の道を進み始めました』 穏やかな面持ちに心情を持つ未久の書き始めはやや意外で、さりとてそれでも驚いた風は見せずに架茂は次の文面に瞳を躍らせる。 『今の私は、大切な人達を護る盾と成り彼らの進む道を切り開く手助けを出来る力、大切な人と肩を並べられる力が欲しいと思っています。その力を学ぶ為に青龍寮の門を潜ったつもりです。未熟な身ですが、この身も力、これからの全て、大切な人達の捧げると言う思いは今も変わりません。この道の過程が彼らに胸を張って伝えられる形であればよいと願います』 「甘い考えだ、反吐が出る‥‥決して現実的ではないそれは‥‥」 だが次にはその表情を厳しいものにして吐き捨てるが、その最後に窓の外へ広がる夜闇へ視線投げた折の表情は。 ● 大よそ山の半分を読み終え、側近から茶を貰い受けては暫しの休憩を挟んで後に小論文の読破に再度取り掛かる架茂。 「次は‥‥透子か」 果たして文字踊る紙を取り、渋面湛える彼の胸中は如何に。 『物心がついた頃には師匠の後について陰陽師の見習いとして各地を放浪していました。だから、自分が人に害を及ぼすアヤカシに対するのは、自然な事だと思っていたし、今でもそう思っています』 それはさて置き、文面に視線滑らせる彼は最初こそありきたりな話に興味こそ示さなかったが 『アヤカシについて自分が本当は、まだ余りよく知らない事に気付いたのは師匠とはぐれてからです。今は、アヤカシを力以外で消滅させる手段を探しています。それらを例えば供養や無念を拭う事で成仏させる方法はないか、模索していきたい所存です』 「‥‥面白い考えをする。まぁ稀にはこの考えを持つ者こそ見掛けるが、その実践はさて」 次いで彼女が掲げる導を読めば、自身が持つ事のない考えに興味深く頷くが‥‥最後には首を傾げて暫く、と言うにはやや長い時間を掛けて考え込むのだった。 『私は瘴気と上手に付き合う為に陰陽師の道を選び結果、力を持ったからこそ適切な選択が出来る様に、必要な事を学ぶ為ここにいる』 芳純が記した小論文は全般、瘴気を中心とした内容で纏められてあった。 『瘴気は危険であり巫女等の浄化で全て消すべしという考えもあるが、生けるものが生きていく以上、瘴気は常に生じる。ならば瘴気を浄化するだけでなく、瘴気を制御し『加工して』人々を守り、助ける力とする技術や知識を得る事も瘴気への1つの付き合い方ではないだろうか』 瘴気が持つリスクを理解して、だからこそその考えに至った事記されたその小論文は最後、確かにそう締め括られていた。 『故に私はここで必要な事を学び、より適切に力を使いより多くの人々を救う事を積み重ねて、瘴気を役立たせる事を目指す』 「‥‥人の手には余るものだ。研究はしても未だその全ては解析出来ず。だがまだ当分は万策尽きた訳でも、なさそうだな」 そして読み終えた架茂は瘴気に対するアプローチから、進めている研究の一つを思い出し‥‥半ば頓挫していても挫折するのはまだ先の話と認識を直すのだった。 尤もそれは彼が上に登り詰めて来られれば、の話でもあろうが。 『異質をより識り未知と疎通する為に』 无の小論文の書き出しとなる、この道程を歩んできた理由はまた誰とも違うものだった。 『陰陽問わず知を入力とし、出力として智と未来を成す』 そして、これから進むべき導もまた然り。 『これは二種あり循環し続ける。一つは未知を解き明かし、既知として残す。未知は良悪混合であり既知は良きだけでなく悪しも悪しとして、書物を起したり人に教えて残す。一つは既知を組み合わせ、未知を創る。例えば瘴気と言う陰と精霊力と言う陽の既存の知を元にし、その混合、境界、根源という未知を見出す。これらの行動は自らの理由にも通じ、周りを含め未来と疎通出来ると考える』 「面白い事を考える。そう言えば同じ様な事を考えていた奴がいたが‥‥あれは今、何をしているか」 やがてそれを最後まで読み終えて架茂は椅子を揺らせばふと、珍しく一人の人物の事を思い出して天井を見上げた。 『自らが陰陽師として成す事。目指すものは、より多くの未知を既知にするものである』 光紀が先ず掲げた導は无のそれと似た様なもので、室内で話が交わせる環境だったとは言え内容を真似るメリットが何もない事を考慮すれば別段その事は気にせず、その先を読み進める。 『生涯を賭しても限り無い未知の中で、専ら今の関心事はアヤカシの限界である。元は形なき彼らは、形を持って以降はその形態の特性に囚われているように思える。その限界を知る事は、我々の限界にさえ通じるのではなかろうか』 そうして自らの導は確かに纏めるも、しかし歩んできた道程は漠然としたもので。 『実の所、何故自身が陰陽師であるかは知る所では無い。気付けば共にあった自身の性向であるとも思えるこの術も、我が事を知るように、此れからも知りたいと願うものである‥‥虫が這い、只管に餌を求める様に』 「虫か、自身を虫と言うか‥‥面白い」 だがそれでも最後の締めを読んで架茂はくつくつと笑った。 『私の父は、陰陽師として学問を修める者でありました。力と知識と徳の全てを持ち、人々を助くにあたっては命を惜しまずして、その大義を成しました。私が陰陽師として歩むは、その父の背を追いかけるが為にあります』 最早残された紙の山は少なく、次いで手に取ったモユラの小論文の冒頭を読んで眉根を潜める。 『されど今の私は無力にして無知、不徳なれば父に遠く及ばない。故に私は、この場所で学びます。アヤカシを知り、アヤカシを御する事によって、アヤカシから人々を助く為に‥‥それが一年前も今も変わる事のない、私が為すと心に決めし事であります』 「詰まらんな、決まりきった言葉を並べて‥‥だが」 やがて表情はそのままに、最後まで読めば架茂はそう言い捨てながらも確かな導があるとも言葉にはせず思い、少し昔を懐かしんで最後には自嘲した。 『私が陰陽師になったのはその特異性に魅かれたからだ。状況に適した式を使い分ければどんな状況にも対応できる選択肢の多さに魅かれた』 開拓者としてその様に考える者がいるのは当然で、フレデリカの小論文を読んで同意覚える架茂。 『それ故に高めれば何をするにも役に立つと思い力を付けてきた。その気持ちは今も変わらない。私は未だ若輩で、この先何を思うかわからない。だから私は自分が何をするべきか見極められるまで、陰陽師として開拓者として成すべき事を成す』 「‥‥良い意味で単純だな。故に悪くはない」 モユラと似て、だがそれ以上にシンプルな下りで纏めている彼女の小論文を読み終え架茂は一笑して呟けばそのまま、全員分の採点に映るのだった。 ●通達 翌日、一行が待つ教室にやって来たのは側近のみ。 「先日はお疲れ様でした、皆さんの小論文については既に架茂王が全て読まれ結果を出されました」 架茂の姿が見えず、不審げな面持ち浮かべる者もいたが次に響いた側近の話を聞けば驚く者もやはりいて。 「が、その結果は私も聞かされておらず合格者へ配布する符の数もそれなりに多い事からその合否通知と進級の証明となる符の進呈は後日、別途執り行うのでそれだけ今日は連絡しておきます。詳細は追って開拓者ギルドを介して連絡しますのでそれまでは各自、自由にして貰って構いません」 だがそんな感心を即座に裏切るのが架茂、結果は出ていても暫くは発表されないままと言うその状況は彼らからすれば生殺しにも等しいが今、非難の声を上げた所で架茂に届く筈ないからこそ側近が話し終えて場を去った後に一行が出来るのは精々溜息を漏らすのみ。 「‥‥一先ずは終わりの様で」 「判定まで済んでいて、教えてくれないのはもどかしいですよね〜」 それでも、と胡蝶が前向きな発言をすると頷きながらもカンタータはやはり我慢出来ずに皆の気持ちを代弁して言えば、居合わせる全員は言うまでもなく失笑零し。 「まぁ、暫くは気長に待ちましょうか」 そんな次に響いたフレデリカの言葉には皆、待つ他にないからと頷けば今度はこれから、それぞれに何をすべきかと早く考えを切り替えるのだった。 ● 「話は済ませてきました」 「ご苦労」 一方、教室を後にした側近はと言えば寮長室‥‥の途中にある何やら寂れた部屋の中へ入って行けば、その中にいた架茂へ簡潔に報告を済ませるも 「しかし、あれから未だに‥‥少し、休まれてはどうですか?」 「後が詰まっている故、これを作り終えたらな」 背を向けて作業している架茂へ言葉掛けるも、素っ気ない五行王の応答には苦笑して次いで自身も知らない今回の進級試験の事について尋ねる。 「それで‥‥実際に、合否の方は?」 「‥‥明確でも漠然でも書いて提出出来てさえいれば合格だ。それぞれの物を読んで思う所こそあったが、事実である事を前提にすればその生い立ちやこれからの導を我が否定出来る筈もない。それと今回、試験を受けなかった者には別途通達をしておく様に」 すると暫しの間を置いて相変わらず振り返らないまま、王の口から返って来た答えを聞けば笑み浮かべる側近ではあったが 「‥‥気が散る故にこの場から離れていろ」 果たして次に紡いだ架茂の言葉は意図を持って発せられたものか何となしに察したからこそ、側近はその場を辞するのだった。 期は変わる、時が進む以上はゆっくりとでも確実に。 いずれは寮を後にする彼らの導が、願わくばそれからもずっと変わらなければ良いと思う。 |