【五行】急な来訪者
マスター名:蘇芳 防斗
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 不明
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/11 22:30



■オープニング本文

●青龍寮、寮長室
「どうして、こちらまで‥‥?」
「ここの責任者を登用したからな。その代わりに我が来てもおかしな話ではあるまい」
 夕暮れ時、世の帳が徐々に落ちて部屋の中にまで暗がりが広がる中で何事か言葉を交わす二人。
 尋ねた者は小さな背を更に縮めて恭しく、応じた者は背を丸めては爪を噛み。
「‥‥他にも有能な方がいますから、誰かしらへ任せても」
「どの様な人材がいるか直接把握するのも悪くはないと思った事もあるが、責もある‥‥故に足を運んだ」
 そんな様子だったからこそ、小さな者は爪を噛むのを止めない者へそう言葉を掛けるが苛立たしそうな様子の割、その声音は珍しくも穏やかで。
「少しの間だけだ。気は揉まなくて良い」
「‥‥どれ位、でしょうか」
 更に気遣いまで見せれば困惑する小さな者は次いで具体的な問いを投げ掛けると、爪を噛む者が漸くその行為を止めれば夕日を見つめボソリと一言だけ漏らした。
「まぁ、半年か」

●青龍寮、大講堂
 その翌日。
「急に全体での集会だなんて何かあったのか?」
「きよさん、昨年末位から急に身の回りの整理とか慌しくしていたからな‥‥それに関わる事じゃないのか?」
 青龍寮に属する者全てが一同に介する中、呼び出した誰かが現れるまでの間‥‥ひそひそと囁き、そんな話を交わすのは必然か。
 それもその筈、ここ最近の青龍寮といえば淡々と授業をこなすだけのもので目立ったイベント等、全くと言っていい程になく。
「静粛に!」
 だが突如として響いた声がそれら全ての囁きを打ち消すと、その声の方へ皆が向き直れば
(‥‥あれは、国王付の陰陽師?)
 誰かが内心で呟いた通り、その声の主は五行国王直近の陰陽師だけ着る事が許されている装束を身に纏っていて‥‥場に居合わせた一同が首を傾げたり等する中、再び彼は口を開く。
「五行国王、架茂様から大事な話がある。静かにして暫し、耳を傾ける様に」
 果たしてその口から紡がれた名前には誰しも驚きを禁じえず。
 多忙である事もそうだが、何より王様なのに軽度でも引き篭りだったり等の難ある性格から余程の事でもなければ陰陽寮を訪れる事はないだろうと思っていた者が殆どだったからこそ。
「全体での入寮式以来か‥‥元気そうで何よりだ」
 それでも気にせず意外に器が大きな所を見せる様、場の騒ぎも厭わず言葉紡ぐ五行国王。
「‥‥が少し煩い、黙れ」
 だったがそれも僅かな間だけで、次の瞬間には辛辣な調子で場の皆へ告げれば黙らせると、我健在をある意味でアピール。
「先ず‥‥青龍寮について、ここ最近の不遇については我から詫びておく。済まない」
(詫びている風に見えねぇ‥‥)
 その上で先ずは謝罪の意を述べる架茂ではあったが、相変わらず爪を噛みながらそんな事を言われても‥‥と思ったのは誰か、ではなく誰しもがか。
「国として、必要な席に急な穴が開き震上きよを登用したが故の今回の事態だ。昨今の事情から急ではあるが国の意も汲んで貰えればと思う。それで、ここからが肝要な話になる‥‥が、話を聞く気ないなら陰陽寮から去れ。そこの童共」
「んぎゃー!」
 そんな寮生達の内心等勿論知る筈なく、話を続ける架茂は青龍寮が沈黙していた理由を確かに明示すれば次いで、本題を切り出そうとして‥‥しかし一部で再び囁き声ながらも交わされる話を耳に止めた五行王はその寮生達へ立て続け、召喚した白狐を周囲の被害気にせず躊躇すらせずぶち込み黙らせ、漸く場の沈黙が保たれると
「一先ず、だ。彼女に代わる適格者を探してはいるが‥‥生憎とこの手の仕事を任せられる者が今は不在でな。よって今日から半年の間、我がここを受け持つ事とした」
「‥‥えー!」
 架茂はいよいよ『本題』を言の葉にして紡げば‥‥僅かな間の後、場に居合わせた全員が絶叫を轟かせた。

●困惑する寮生達
 集会から解放されてから暫く‥‥。
「‥‥急に言われてもなぁ」
「そもそも王様、引き篭りじゃないのかよ。ってか寮長登用したから王様が出てくる、って本末転倒な対応じゃないのか?」
「まぁ常時いる訳じゃないから大丈夫じゃないの? 情勢が分かっていない筈はないから、適当な判断だと思っての行動だと思うけど」
「真意は分からないけど‥‥稀に見る国王様直々の手解きがこれから多少でも受けられるなら、悪い話じゃないんじゃない?」
 ぶちぶちとごちる寮生がいれば、前向きに考える寮生もいたりと先までの混乱の極みこそ脱したものの、それぞれの考えが集約されて一丸となるには時間が足りる筈もなく。
 とは言え、前向きな寮生が言う様に上手く応対さえ出来ればデメリットを越えるメリットが得られるのは恐らく確かな事だろう。
「でもまともな講義が受けられるのか‥‥初っ端から、これだぜ?」
 だが寮生の誰かが掲げた紙片を皆が改めて目の当たりにすれば‥‥誰しも、溜息を漏らさずにはいられる筈もなく。
『適当に遊んでいろ。それを見て今後を考える』
「‥‥何だよこれ?」
「さぁ。個人の実力とか、適性とか見るんじゃないのか?」
「‥‥だけで済むかねぇ?」
 無論、殆どの寮生がそれに首を傾げるのは当然だったが‥‥架茂が動き出してしまった以上、様々な意味でただでは済まないだろうと誰もが予想し覚悟を決めるのだった。


■参加者一覧
/ カンタータ(ia0489) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 各務原 義視(ia4917) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 宿奈 芳純(ia9695) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / 晴雨萌楽(ib1999) / フレデリカ(ib2105


■リプレイ本文

●プロローグ 〜架茂様からのお話の後〜
 青龍寮一年の教室が一つでも、他と同じくガヤガヤザワザワ。
「しかし、意外と斜めに飛んだ行動をされる方だったのですねぇ」
 勿論、開拓者だけが集う唯一のここでの話題も先の架茂王の話のもので‥‥それを思い出し、樹咲 未久(ia5571)は物凄く楽しげに微笑むと
「‥‥さすが陰陽寮、読めないなァ」
「あぁ、まさか国王が直々にとはな。中々、面白い事になりそうではないか」
 持ち前のポジティブ思考も全開にモユラ(ib1999)が感心すれば、頷き応じる成田 光紀(ib1846)が纏う雰囲気に言葉は何処か偉そうで
「えぇ、いい機会よね」
「そうそう。貴重な勉強ができる、またとないチャンスだね‥‥うん、ワクワクしてきたっ!」
 しかしそれは慣れているからこそ、気に留めた風も見せずフレデリカ(ib2105)が応じると首を縦に振ってモユラもぐ、と拳を固める。
 どうやらここでは目立った混乱なく、前向きに受け止めている者の方が比較的多い模様。
「そう言えば天儀人形の材料準備について、その進捗は如何だったんですか?」
「え〜‥‥まぁ簡単に言えば〜、無事にこそ終わりましたが何者かから妨害がありましたのですよ〜。骨班の方で実行犯の方から『生っちろいガキ』と言う黒幕の情報こそ得られましたが〜‥‥本当に犯人なのかまでは」
 とは言え、久々にあった寮内の大きな動きから未久ははと今までにあった完全には解決していない案件を未久は思い出すとその一つについて尋ねれば、人差指を顎に当てながら天井仰ぎ見てカンタータ(ia0489)は自身の頭の中に入っているそれを思い出しつつ応じるも
「詳細については色々と話が込み入っているので、詳しくは報告書を見て貰えればと〜」
 量がそれなりに多いので端的に最後はそう締め括って彼女。
「人形作成も途中のままですから完成させたいですよねー」
「そうね」
 部屋の片隅に転がっている、首無地蔵の欠片を見ながら次いで紡いだ願望には素っ気無くも胡蝶(ia1199)は切れ長の瞳を煌かせては同意して。
「そう言えば以前、青龍寮に喧嘩を売って下さった事件がありましたよね‥‥その後、何か分かった事等ないのでしょうか?」
「あれ以来さっぱり音沙汰ないからねぇ。誰かにやられた‥‥ってのは期待しすぎかな?」
「さてはて、どうでしょうね」
 以前にあった、青龍寮の襲撃とも言える事件にも話を及ばせる未久の疑問にフレデリカが首を傾げると彼と、場に居合わせる皆も揃って疑問符を浮かべた丁度その時。
「‥‥あれって、人魂か?」
「偉い目立つ人魂ね‥‥」
 窓の外に堂々と浮いている、自然界には先ず絶対いない不思議な色合いの大鷲を見付けた无(ib1198)がそう言葉を発すれば胡蝶が呆れると同時、それはゆったりした速度を持って窓から離れていき‥‥それを追って一同が窓を開けて去っていった方を見れば、大鷲は隣の教室の窓にへばりついてはやはり中の様子を伺っていて。
「まさか、架茂王?」
 青龍寮では一度も見た事のない人魂故に、光紀が至った推測は誰しも至っていてちょっとだけ背筋が薄ら寒くなったとか。
「‥‥これって少し、困りますよね」
 果たしてその光景を前に呟いた鈴木 透子(ia5664)は自身予想していたとは言え、溜息を漏らさずにはいられなかった。

 さてはて、これから一体どうなる事やら。

●まだ雀が鳴く刻限
「‥‥さて、朝もまだ早いが」
 と呟き、一時的とは言え宛がわれた寮長の部屋から寮内の廊下へ出ては歩き、外の外気に触れた架茂は眩しく照らす陽光を浴び、渋面浮かべる。
 因みに朝早い、と架茂は言うも既に寮生は朝食を終えていて腹ごなしの時間も過ぎた頃なのでお世辞にも早いとは言えない。
「珍しいですね、この時間にもう起きていらっしゃるとは」
「朝でも遊んでいる者はおるだろう。ならああ言った手前、見届けなければならん」
 だがそれでも、今回同道した側近は王の姿を見るなり驚く。
 それなりに近しい者でもこの状況はやはり珍しいらしく、見た目の通り規則正しい生活を送ってはいない様である。
 閑話休題。
「‥‥で、どうか」
「あそこで何やら面白そうな事をしそうですが」
「ふん」
 それから暫しの間を置いて後、周囲を見回しながら側近へ問う王へ果たして彼がある方を指差せば、そちらでは案山子を相手に三人が立て続けに術を放っていて‥‥実戦的ではないからこそ架茂は鼻を鳴らすが、先ず息を合わせると言う意味合いではむしろこちらの方が有効でもあるかとも考えて、五行王は暫しそれを見守る。
「如何に相手の攻撃を封じて有利に持ち込むか‥‥」
「接近戦と言えど、いえ接近戦だからこそもたらされる拘束は肉体以上に精神に打撃を与えるはず‥‥ですよね」
「呪縛符、暗影符等に合わせるならば、招鬼符の低命中もカバー出来そうだが‥‥」
 やがて一息ついてか、掲げた腕を下ろして露草(ia1350)が思案して呟けばそれを受けた御樹青嵐(ia1669)が疑問にはゼタル・マグスレード(ia9253)も腕組みしては考え込むが
「大技には名前が付き物。連術『瞑響縛鎖』『伊邪那美』とかどうだろう?」
「随分と大仰な名前だな」
 唐突に話を突飛な方へ転換すれば、丁度その折に割り込んできたのは言うまでもなく架茂その人。
「架茂王様‥‥お早うございます」
「決まった挨拶はいい、何をしているか?」
 その不意の来訪に、露草と青嵐は驚いたからこそ固まるがゼタルは物怖じせずに応じると、帰ってきたつっけんどんな問いには遅れ、硬直解けた露草が応じる。
「はい。折角の機会だったので友人のゼタルさんと青嵐さんと、共同で出来る練習をしようかと」
「それがさっきのか」
「はい、術の連携について色々と試行錯誤を重ねていた所です」
 そして返ってきた答えに口元へ手をあて、思案した後に架茂は口を開く。
「術それぞれの難点をカバーする使い方、その着眼点は悪くない‥‥がそれ以上は我がいちいち口を挟む事でもない。様々に思考を重ねろ。それが次に繋がる」
「ありがとうございます」
 尤も、肝心の解に関しては一切を触れない。
 基本として架茂、陰陽術に関して教える事はあっても大抵はこの様に答えには一切触れずそのベクトルが正しいか誤りかだけを指摘して後はまた当人に任せる。
 よく言えば型に嵌めず実践で伸ばす、悪く言えば‥‥放置とか、投げっ放しとか、そんな感じとなるだろうか。
「もうおなかぺこぺこ。気合を入れて練習すると、お腹空きますね」
「そうだな‥‥がまだ昼には少し早い気もする」
「そう言えば架茂王様、食事はお済で?」
 とここで先までの調子を崩した露草が苦笑を浮かべながらもそう言うと、天上を見上げた青嵐がやはり苦笑湛えるが、ある事に気付いたゼタルが問いを一つ投げ掛けると
「食べてはいない、が問題も別段ない」
『‥‥‥』
 先までと変わらぬ調子で端的に応じる架茂へ、唖然とした表情こそ三人は返しながら
「僭越ながら、架茂王もお一ついかがでしょう?」
 それでもと次に響いた青嵐の誘いに国王、今度は表情だけ気だるげなものに変えて暫し考え込むのだった。

●太陽が一番眩しい頃‥‥をちょっと過ぎた辺り
 それから近くにあった木陰へ場を移して三人と昼食を頂く、架茂王とその側近。
 不健康に見えるからご飯食べてないんだと思ったけど、ちゃんとご飯食べるんだ‥‥とか突っ込んじゃいけません!
「美味しかったですか?」
「はいとっても!」
「まぁまぁだったか」
 それはさて置き、三段の重に分けて色々と詰めてきた三人の内の調理担当だろう青嵐の問い掛けに露草は明朗に、架茂は素っ気無く応じるが感想を返すだけでも最大級の賛辞‥‥に違いないと思う、架茂の性格からするときっと。
「青嵐君の料理は何時も美味だな。花嫁修業でもしているのか?」
 ともかく、そんな架茂王の代わりにゼタルが僅かなボケを織り交ぜた賛辞を送ればそれに青嵐が答えを返すより早く、王はその場から立ち上がる。
「青龍寮が、王も顔を出して貰い易い場所であれば幸いですが」
「さてな、長くとも半年程度故に‥‥今はまだ何とも言えんな」
 するとその去り際、架茂の背へ率直な言の葉を投げ掛けるが振り返らないままに側近を連れて彼はその場を去った。

「‥‥出なさい、ジライヤ!」
 一方、そこから多少離れた場では胡蝶が初めて行使する朋友を召喚していた。
『久し振りの呼び出しだと思ったら、また可愛らしい陰陽師だな』
「可愛らしくて、悪いかしら?」
『まあ、野郎よりゃ女の方が面白味はあるか‥‥よろしくな、お嬢』
 果たしてそれに応じ、現れた大蛙はぞんざいな口調でじろじろと不躾に呼び主を見つめるが、すぐに返ってきた強気な言葉に感心してかジライヤは頭を垂れて一先ずの忠誠を誓った、丁度その時。
「ジライヤか‥‥興味はないな」
 ポツリと背後から響いてきた言葉に、誰かは分かっているからこそ胡蝶は振り返りながら尋ねる。
「‥‥どうしてですか?」
「所詮は蛙だ」
「‥‥‥」
『ひでぇな、そこの親父。俺をただの蛙だとか言いやがってよ』
 も思っていたより適当なその答えには彼女が鼻白めば、かたやのジライヤは蛙呼ばわりされた事に少なからず憤慨するも
(架茂王‥‥国王としての性格や振る舞いはともかく、陰陽師としては一流‥‥)
 それでも五行を束ねる王だからこそ、彼女は架茂に頭を垂れて願い出る。
「相棒の力を試したいのですけど‥‥指導を頂けませんか?」
「面倒だ」
「いきなり突っぱねるのですか!」
「小娘の蛙が相手では気が乗らん」
 がその申し出はあっさりと一蹴され、理由について語気荒げて問えば理不尽な答えしか返ってこず‥‥いよいよ胡蝶も頬を紅蓮に染め、肩震わせると
『何かひでぇ事言う親父だが、こいつは誰だお嬢』
「五行の王様ですわ」
『ふぅん‥‥今の五行はおもしれぇ親父が王様やっているんだな』
「先から親父とうるさい‥‥細切れにするぞ、蛙」
 同じ心境なのだろう、喚び出されたばかりのジライヤもまた鼻息荒く胡蝶へ問うと返ってきた答えに嘲るジライヤだったが、『親父』と言う単語を苛立たしく覚えていた架茂は先までの雰囲気を変え、鋭利な刀身の様な殺気を身に纏えば言葉紡ぐと‥‥程無くしてジライヤは応じる代わり、地を蹴った。

「まぁ、この程度か」
 それから多少の時間を経て、ボロボロになって地に伏していたのはジライヤだった。
「あぁもう架茂様、流石にこれはやり過ぎですよ。えぇと私の方で治しますから、心配しないで下さいね」
(‥‥これ程とは)
 その光景を前に側近は狼狽してジライヤに駆け寄れば胡蝶へそう声を掛けていたが‥‥肝心の彼女はと言えば、攻撃では斬撃符のみを使って的確に動きが止まるだろう部位を切り裂けば防御においても的確な術を選び、悉くを凌いだ架茂の立ち振る舞いに未だ唖然としていて。
「気が済んだか」
「‥‥胡蝶ですわ。気も済みました、お付き合い頂きありがとうございます!」
「‥‥感情を表に出し過ぎだ。陰陽師なら、冷静に状況を見て時には己も殺せ。出来なければ何れ死ぬぞ」
 故に、架茂に声を掛けられても彼女は僅かな間を置いてしまい。
 だが、強がりだけは精一杯に言えば彼から返ってきたやはり素っ気無い感情しか込められていない言葉を聞いても鼻だけ鳴らして応じるのだった。
「‥‥ふんっ!」

「ヨタロー! ほれほれ、がおーっ!」
『ぎゃおーん!』
「フーガ、白生君に負けずダッシュアタック〜」
『ぅあん!』
「まさか寮長の代わりに五行王が来るなんて‥‥ね。まぁ王直々の手解きなんてそうあるものじゃないし、いい経験になる、か‥‥うにゅ」
 と架茂が術まで行使してジライヤをコテンパンにしていたのとほぼ同じ頃から、モユラとカンタータはそれぞれの朋友と戯れてれば、フレデリカはフラムの翼に包まれる様にして穏やかな眠りに浸っていて。
「‥‥あれは何をしているんだ」
「見たまま、朋友と戯れているのかと?」
「文字通り、と言う事か。詰まらん」
「そも、国王がそう言ったからじゃないですか‥‥」
 やがてそれは架茂の目にも留まる事となれば、尋ねた王へ側近が呆れ声発して応じるそのやり取りをしかと耳に入れた二人。
「あ、架茂王様!」
「ご機嫌麗しゅうございます〜」
 すぐにそちらへ向き直ればそれぞれに頭を垂れて挨拶交わすも、決まりきった応対には飽きてか掌だけ掲げる彼に二人、顔を見合わせ苦笑だけ交わすと五行王の元へ駆け寄ればモユラ。
「早速の質問で恐縮なのですが、おきよさんは‥‥危ない仕事についてるとかじゃ、無いですよネ? お仕事とは言え、ちょっと心配だから‥‥」
「危険な事はない‥‥とは言わん。国に関わる事だ、有事に際してはその様な甘い事は言ってられん。相手が血を分けた肉親でも、必要なら我は使う」
「そう、ですよネ‥‥」
 不躾ではあると思いつつ、側近も近くに控えていたからこそ率直な疑問を第一声にてぶつければ思いの外、あっさり応じる架茂ではあったが‥‥返ってきた答えはモユラにとっては芳しいとは言えないもので、彼女にしてみれば珍しく明るく眩しい表情に雲落とせば
「それで、人の心配を出来る程にここの寮生は強いのか?」
「いえ、まだまだ至らぬ所が沢山ありますよ〜」
 次いで響いた架茂王からの問い掛けと、返すカンタータの答えに果たして彼は溜息を漏らす‥‥その答えが、自身の思っていたものではなかったが故の反応か。
「‥‥ならば考えろ。どうしたいのか、どうなりたいのか、どう強くなりたいのかを。それが出来ぬ者は国が運営するここだからこそ、不要とみなす」
 その真意は明かさないまま、だが最後に冷淡な態度で二人へ言葉を投げれば頭を下げる側近すら無視して、架茂はその場を去る。
「‥‥さて、王の真意はどこにあるのかしら。ふふ」
 尤もその後、実は狸寝入りを決めていたフレデリカがその後姿を見送りながら思案を巡らせ‥‥だがやがて今度こそ本当に眠りの世界へ落ちれば
「‥‥おや?」
 彼女と入れ替わる様、遠目にカンタータとモユラが見える辺りの草原で十分な日光を浴びては朋友の玄冬にもたれ寝ていた未久が目を覚ませば、きゅうと鳴るお腹。
「何時の間にやら、寝入っていた様で。お昼ごはんは‥‥と」
 それを切っ掛け、昼食時は大分過ぎている事に今更気付いた丁度その時。
 唐突に振ってきた声と、目前に差し出される弁当の器。
「良かったら、食べますか?」
「あぁ、助かります」
 それが作る影の中、声を掛けて来た主が无である事に気付けば微笑み弁当を受け取る未久。
「‥‥それにしてもやはり、変わった方の様で」
「今までの寮の雰囲気とは明らかに反する方の様ですからね。手厳しいと言うか苛烈と言うか‥‥」
「これから、どうなるでしょうねぇ」
 そして弁当を頬張りながら遠目から見ても明らかにうな垂れているカンタータとモユラに、去っていく架茂王と側近を代わる代わる見ればポツリ言葉を漏らすと、无も彼の意に頷けば二人‥‥今後の青龍寮の行く末を案じるのだった。

 尤も当人からすればそんな話は知る筈もなく、近くにいたとて聞く筈も無く、気にする理由もなかったりするが‥‥周囲を少しだけ、忙しげにきょろり見回すと
「鬱陶しい蝿がいるな‥‥が、面倒故に無視するか」
「いいのですか?」
「寮生が行使しているのは分かる、見たければ見ていればいい‥‥と言うか陽の中、久しく長く歩き過ぎて疲れた。少し寝るぞ」
 今時期、屋外を飛ぶには相応しくない存在を見止めたからこそ呟けば尋ねる側近にも気だるげに応じて後、漸く寮内へと戻っていく。
(‥‥やはり気付かれている、か。そして判断も早い‥‥が面倒臭がりなのか?)
 果たして小蝿の人魂を行使していたのは光紀、予想通りだったとは言え別段気に留める風も見せなかった国王の様子には余り聞かない話だったからこそ、暫く首を傾げていたとか。

●紅の日差しが辺りを包んでから後
 日も沈み掛け、涼しくなってきた頃合‥‥仮眠から起きて今度は寮内を闊歩していた架茂王は誰かの存在に気付いたからこそ、声を発する。
「誰か?」
「済みませんでした」
 その問いに対して、影だけが伸びるその廊下の突き当たりにある曲がり角の奥から次いで詫びだけが響くと、内心でだけ面食らう彼の前に透子が姿を現せば
「‥‥詫びる理由が分からないが?」
「いえ、その‥‥」
 その理由が分からないからこそ、首を傾げる架茂に彼女は次の句を紡ぎかねていると‥‥果たしてその理由を推測して、側近は口を開く。
「まぁきっと、国王の事ですから人魂だけ飛ばして皆の様子を伺っていると思っていたのでしょう。初日が初日でしたから、そう思うのも必然で」
「失礼な。その様な覗き見など趣味ではない。あの時だけ、例外だ。元来、会話とは‥‥」
「本当に申し訳ありません!」
「‥‥別段構わん。お前が気にする必要はない」
「しかし‥‥」
 すればそれはどうやら的を射ていた様で、こくりとだけ頷く透子に側近は苦笑こそ浮かべるも架茂はと言えば、鼻を鳴らして説教を始めようとし‥‥しかし途中、素でその話の腰を折る様に再三彼女が詫びれば暫しの間の後、溜息漏らして一言だけ返せば今度は言い淀む彼女に頭を掻いて国王。
「調子が狂う‥‥精進しろ、本質見抜く目を養う事に。それが危地を救う事もあるのだからな。見た目だけ、得た情報だけに惑わされるな」
 それだけ言うと、これ以上は付き合っていられないと早々に踵を返し透子へ背を向け歩き出せば、その途中で助言だけすると外にある花壇で暗くなりかけている今時分に何事かしている人影が目に付いて、少し気になったからこそそちらへ歩き出した。

「土弄りか」
 と言う事で、花壇へと足を運んだ架茂の前にはその一角を借り受けているのだろう宿奈 芳純(ia9695)が背を向けたまま座り込み、草花を弄っている様に見えたので一先ずはそのままに問うてみれば
「いいえ」
 それを首を左右に一度だけ振って彼、淀みなく言の葉紡いでその意を発する。
「瘴気に触れる事が学ぶ事の一つならば、植物に触れる事が私の遊びです。学ぶ事で励み、遊ぶ事で息を抜き、両方で自分を調節する。これが私の寮での営みですがご判断はお任せします」
「否定もしないが、肯定もしない。一先ず今日は、問題ある筈もない」
 さすればどちらともつかない答えを返して架茂は彼が弄る草花を見れば一言。
「しかし、面白いものを育てている」
「場が場なれば、むしろ自然かと思いますが」
「そうだな」
 普通の草花ではない、どれも薬用の効果があると思しきそれらに感心こそするも次いで返って来た芳純の語る理を聞けば、苦笑浮かべて納得する五行王。
「まぁ精進しろ。様々に道はある‥‥型に嵌まる必要はなく、己にとって確かな道を進め」
 最後にそれだけを言えば、踵を返す彼と側近‥‥の側近の方を捕まえて芳純。
「宜しければこれを」
「これは?」
「黄ごん・麦門冬・茯苓・車前子・人參・黄耆・甘草・蓮肉・地骨皮を組み合わせた鎮静効果のある生薬です。もし問題なければ、国王へ」
 一つの袋を差し出し言えば、尋ねる側近へ明瞭な声音で応じる彼の答えに考え込みながらもそれを受け取って側近は口を開く。
「預かりましょう、尤もその手元に届くかは確約出来ませんが」
「それで構いません」
 だが次に紡がれた彼からの答えもまた、至極当然のもので‥‥しかしその答えも予想していたからこそ芳純は小揺るぎもせず頷き応じるのだった。

 やがてそれから‥‥夕餉も終え、寮生達はそれぞれに散っていく。
 何時もの住まいへ戻る者もいれば、寮内で宛がわれている部屋へ戻って行く者も。
 とは言え無論、架茂はまだ寮に在していて‥‥そうなると未だ、あった通達は有効な訳で遊戯室にて朋友である人妖の葛 小梅と将棋を指す各務原 義視(ia4917)の様な者もいて。
『手の内読めちゃうんですよねー。私に勝ちたかったら、後十年頑張ってみましょうねー』
「この‥‥っ!」
 尤も人妖の見事な指しっぷりに惨敗を喫するその主、屈託のない声響かせて笑う小梅に義視は歯噛みして唸るが
「まぁでもさっきのあれは、愚の指しだな」
「お前まで‥‥」
 傍らにて最初から最後までを見届けていた光紀もまた、盤の上で駒を並び替えては指摘すると、遂にうな垂れる義視のその視線の先に影が落ちれば
「将棋か‥‥そう言えば近頃、指してもいないな」
 直後、響いた声に振り返れば三人はそちらを見ては不意に現れた架茂へ頭垂れるも
「それならば、お相手して頂けるでしょうか?」
「遊べと言った手前、やぶさかではない」
 先の王の発言から義視がそう願い出ると‥‥意外にもそれに乗って架茂、どかと彼の前に座れば駒を並べ始めたその折。
「所で国王様、何か面白い物は見付かりましたか?」
「どうだろうな」
 傍らにかしづいてそう問うたのは光紀へ五行王‥‥それにはすぐに、しかし曖昧な返事で応じれば歩兵の一枚を掲げ指すと、次いで響いた二つ目の質問。
「それでは‥‥王とは面白いものなのですか?」
「そんなに面白いものではないな、面倒が多い‥‥故に己のしたい事が出来ない、出来る事なら手放したいものだが」
 それにもすぐ、だが今度は側近が近くに控えながらもはっきり言うが
「‥‥そう言う訳にも今更、行く筈はないな」
 直後、鋭くなる側近の視線をその背に受けたと気付いたからこそ鼻を鳴らせば
(‥‥当然と言えば当然だが、やはり背負う責から難儀だな。しかし王がその責を離れ、やりたい事とは)
 暢気に将棋を指す架茂を見ながら、そんな事を考える光紀は二人の将棋の結果しか見る事が出来ず。
「‥‥ぐ、偶然ですよ」
 尤もその勝負の軍配はそれなりに気にして打ったとは言え義視に挙がっていて、何処をどうすればここまで圧倒的な差で負けられるのか最後の棋面と架茂の渋面を見比べ、今度はそれしか考えられなくなったのはここだけの話。

●エピローグ 〜これから後は?〜
 翌日の昼過ぎ、予定より遅れて青龍寮を離れる架茂と側近。
「どうでしたか?」
「手間だな、色々と」
「まぁそれは彼女を登用した王の責任、と言う事で」
「‥‥我が決めた訳ではないのだがな」
 その帰りの道中での側近が響かせた問いに、溜息と同時に応じる王ではあったが次には突っ込まれると渋面浮かべる架茂だったが
「‥‥平蔵に任せるか」
「陰陽師以外の方に陰陽寮を任せると言う前代未聞の話は今回のお話以外、ご容赦下さい」
 妙案得たりと、一つの提案掲げるが‥‥無論それは側近にも即座に却下されると彼。
「‥‥まぁ、色々と調べるとするか。しかしその間の繋ぎも別にしなければならんな」
「因みにこの後、修羅に関する件もありますのでそちらの対応も宜しくお願いします」
「興味のある存在ではあるが、気に食わん存在でもある故に面倒だ。人に近過ぎる存在は、どうにも我が興に乗らん。それならまだ、青龍寮の対応が楽だ」
「‥‥‥」
 すぐにその話は忘れ、厳しい面持ち浮かべ口を開くが側近が挙げた話も重要な案件で‥‥しかし今度は架茂がばっさりと切り返すと沈黙するしかない側近。
「まぁ、今回の所は戻るぞ。大よそは把握した‥‥さて、これからどうするか」
 これで五分五分、と言う事で気が済んだのか架茂は自身がいるべき座へ歩を進ませながらも、思案に思考を重ねた上でポツリと呟くのだった。
「目の当たりにして分かったが‥‥意外と温くなっているな」