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■オープニング本文 少し前に謎のマッチョに歓楽街を半壊させられたボコフでは、ちょっとした騒動が持ち上がっていた。 「……役者が必要なのっ!!!」 赤毛の女性が髪を振り乱して叫ぶ。 「マッチョだかブッチョだかラッキョだか知らないけど、誰が責任取ってくれるのよっ!」 ボコフでは大きな劇場を建設しており、やっと完成したところだったのだ。劇場は破壊されることなく無事に残って、半月後にこけら落としの公演を行う予定だった。演目は『クレイジードッグス!』……犬が数頭、酒場で身の上話をする音楽劇である。 だがしかし。 俳優陣がほぼ全員、怖気づいていなくなってしまった。 「役者なしで、どうやって舞台をやれっていうのよ」 赤毛の女性――演出家のダーマがテーブルに突っ伏して泣き始めた。傍らにはヴォトカのグラスが空になっている。 「あのマッチョをもう一度組み立てるわけにもいきませんしねぇ」 ダーマの横で大きな黒縁眼鏡をかけた男性が頬杖をついてボソリと言った。舞台監督のロベルトだ。 「あんな人形、誰が動かすのよ」 「……ダーマさん、中に入ります?」 途端にロベルトに灰皿が飛んできた。演出家の必殺技である。 「でも、役者が集まってもこの短期間で稽古するのは……」 ロベルトは舞台監督の回避能力で難なく灰皿をかわすと、何事もなかったかのように話を続けた。 「やっぱり延期か中止か、ですかね」 「……話はね、役者自身が面白い経験を話してくれればつなげられると思うのよ」 ダーマが涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。付けまつげが瞼ではなく頬についている。 「即興劇を元にして、それで構成しなおせば。でも、面白い話ができる役者だけを集めるなんて……」 「依頼、してみますか?」 ロベルトがなんてことないような口調で提案した。 「は? 依頼?」 「開拓者に。あの人達の中には、芸達者で面白い経験してる人もたくさんいそうじゃないですか?」 翌日、『急募!』と赤で大きく書かれた依頼がギルドに貼り出された。 さあ、あなたもスポットライトを浴びてみませんか? |
■参加者一覧
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
リスティア・サヴィン(ib0242)
22歳・女・吟
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
ジーン・デルフィニウム(ib9987)
22歳・男・ジ |
■リプレイ本文 『クレイジー・ドッグス!』 作・演出:ダーマ・フィドル 【登場人物】 アグネス(ボルゾイ)…アグネス・ユーリ(ib0058) ニーナ(トイプードル)…ニーナ・サヴィン(ib0168) ティア(マルチーズ)…リスティア・バルテス(ib0242) アムル(柴犬)…アムルタート(ib6632) ファム(ホワイトテリア)…ファムニス・ピサレット(ib5896) フラン(雑種)…フランヴェル・ギーベリ(ib5897) ジーン(ハスキー)…ジーン・デルフィニウム(ib9987) 初冬。犬達が集う酒場。 明かり入ると舞台中央にバーカウンター、上手(客席から見て右側)手前に4人がけのテーブル。カウンター並びの下手(客席から見て左側)側にドア。 カウンターにはスツールが三脚並んでいる。 ドアが開くとバーテンダーの黒服にハスキー犬の耳と尻尾をつけた男性が、水滴を払いながら入ってくる。 ジーン「全く、私としたことが満月を忘れていたなんて……」 ジーンは一つ身震いすると、持っていた紙袋をカウンターに置き、内側からタオルをとって雨に濡れた体を拭き始める。 突然ドアが開き、アル=カマル風のストールを巻いた柴犬の少女が駆け込んでくる。 アムル「冷たい冷たいっ!」(演出ノート:観客が聞き取りやすく名前を短くさせてもらいました。役名ってことで許して) ジーン「すみません、今日は営業は……」 アムル「え、やってないの!?」 ジーン「はい、申し訳ありませんが」 アムル「……また濡れるの、やだなぁ」 ジーン、タオルをアムルに差し出す。 ジーン「どうぞ。そのままでは風邪をひきます」 アムル「……ありがとう。でも、どうせまた濡れるんだし」 ジーン「まだ、やみそうにないですか?」 アムル「たぶん」 ジーン「……では、お嬢さんの雨宿りの間だけ営業しましょう」 ジーンは紙袋を片付けながらカウンターの内側にまわる。 アムル「(尻尾を振りながらスツールに腰かけて)マスター、ミルクとジャーキー一つずつね」 ジーン「かしこまりました」 アムル「お酒は? って訊かないの?」 ジーン「当然です。お子様にはピュアなミルクをご用意します」 アムル「ひどぉい、お子様じゃないわ」 アムルが耳をぴんと立てるが、ジーンは注意を払わずミルクとジャーキーを用意してアムルの前に出す。 ジーン「どうぞ」 アムル「ありがとう。(ミルクを飲みながら)……ねぇ、今日は定休日なの?」 ジーン「……そうですね。満月の夜は店を閉めているので」 アムル「満月の夜?」 ジーン「はい」 アムル「どうして?」 ジーンはグラスを磨いたりして答えない。 アムル「満月っていったら、私達犬にとっては……」 ドアが勢いよく開き、ボルゾイ、トイプードル、マルチーズの若い女性達が駆け込んでくる。 ティア「満月でも雨には濡れるのね」 アグネス「当たり前じゃない、ティア姉、何年犬をやってるの?」 ティア「えー、二十二年?」 ニーナ「ティア姉さん、満月に雨に降られたことなかったの?」(演出ノート:ごめん、聞き取りやすく名前を縮めてね) 三人(三頭?)は話しながら上手のテーブルに座る。 ジーン「申し訳ありません、本日は……」 アムル「私が雨宿りしてる間は営業中なんでしょう?」 ジーン「……そうですね」 テーブルの三人は聞こえなかったように口々に注文をカウンターに向かって告げる。 アムルは三人に興味津々といった風に話しかける。 アムル「ねぇ、皆さん、見たところ全然違う犬種なのに、姉妹なの?」 三人、顔を見合わせる。 アグネス「そうね。ティアがお姉ちゃん、ニーナが妹。毛色の違うあたし達が、どういう姉妹なのかって……?」 三人、楽器を手にして立ち上がり語りだす。 〈歌1〉 アグネス: ある日出会ったちっちゃいマルチーズ 初対面で言われたの「敬えー!」 面白そうだし、いっか、って 放っておいたらいつの間にかお姉ちゃんに ティア姉が友達のニーナも妹にするって言うから いつしか私達は三姉妹 それで良かったの 楽しいもの こうやって楽器や歌をあわせたり ティア姉で、ううん、ティア姉と遊んだり 恋の話とか、恋の話とか、恋の話とか! ニーナ: ティア姉さんが私に惚れたの それでスカウトされて末の妹に 姉妹のスカウトなんて 実家には兄がいるのよ 私に似て美形で背も高くて、誇り高き騎士 家事までこなす理想の男性第一位 でもね、妹大好き過ぎて、自分の世話には無頓着 父さんも母さんも頭を抱えてた そんな兄さんの事、私は大好きなの 小さいときから私の守護者 だけど姉さんが二人も増えて本当に嬉しいのよ 女同士じゃなきゃ分からない事ってたくさん ティア: 両親がやってた孤児院 子供の面倒ばかりみていて時々うんざり でも経済事情で離れてみたら、すごく寂しくて 世話を焼きながら、自分も面倒見てもらってたの 離れてみて初めてわかった 誰も一人では生きられないって、ホントね それでも頑張ってきて、ふと出会った仲間 私の事「ちっちゃくて可愛い」ですって! 年上として一言言ってやらなくちゃね でも、どうしてかしら、義妹にしてた ニーナは何故か私達が可愛いって加わって 今では仲の良い三姉妹 三人: しっかり者でうっかり者のティア 美人で生意気、アグネス ちゃっかりしてても純なニーナ お互いが大事で大好き 出会えてよかった、本当に アムル「素敵な縁なのね」 ティア「ありがとう。……不思議だけど、奇跡みたいなことでしょ?」 アムル「うん。なんだか、固い絆を感じたー」 ジーン、飲み物をテーブルに置きながら顔を曇らせるが周りは気づかない。 ニーナ「あなたは? ええと……」 アムル「アムルよ」 ニーナ「アムルさんは、アル=カマルの出身?」 アムル「私? 私はアル=カマルで生まれてあちこちふらふらしてる根無し犬よ」 〈歌2〉 アムル: 開拓者に交じってゲートをくぐるの 色々な儀をふらついたわ さっと交じって渡るスリルはやめられない 面白いものも色々見たわ 知ってる? 『果菜回転割断撃』 アヤカシを倒す必殺技だけど どこをどう見ても西瓜割り でもそれ以外で倒せないアヤカシもいるんだから 開拓者って大変よね 面白くてワクワクすることばかり このスリルはやめられないわ アグネス「なんとなくわかるわ、その感覚」 ティア「そうそう、開拓者って大変よね」 ニーナ「え、そっちのほう?」 ドアが開くとドレスを着たホワイトテリアの令嬢がおずおずと入ってくる。 ファム「あの…この辺りで、青い髪に凛々しい出で立ち、洗練された身振りの素敵な女性は来ませんでしたか?」(演出ノート:ごめんね、名前縮めます) 全員顔を見合わせるようにして戸惑う。 ジーン「いえ、いらっしゃっておりませんが」 ファム「そう、ですか……」 アグネス「どうしたんですか?」 ファム「……このままだとあの方は縛り首になってしまいます」 アグネス「え?」 ファム「ありがとうございました」 ファム、ドアの外に出て行く。 ティア「縛り首って言ってなかった?」 アグネス「そう聞こえたけど……」 ティア「物騒ね……」 再びドアが素早く開き、外の様子を伺いながら青い髪の野良犬が入ってくる。 フラン「(ドアの陰に隠れるようにして外を見ながら)……行ったようだな」(演出ノート:ごめん、名前……以下略) ジーンが客を守るようにフランの前に立つ。 ジーン「失礼ですが、お客様、どういったご用件でしょう?」 フラン「……ここは酒場じゃないのかい?」 ジーン「それはお客様のご事情にもよります。他のお客様もいらっしゃいますので」 アムル「その人、さっきの女の子が探してた人じゃないの?」 フラン「……女の子?」 ジーン「……」 フラン「女の子って? まさかホワイトテリアの可愛い子犬ちゃんか?」 ジーン「(微かにため息をつき)……お答えできません」 ニーナ「……どうして追われてるの? 縛り首になるって本当?」 フラン、奥にいる客に目を向ける。 フラン「……何故追われているかって?」 〈歌3〉 フラン: ボクはフラン、自由な野良犬さ だが野良犬といえど 食べる為に群れに入る事もある 美味しい仕事があると聞いて行くと 仕事は何と都の令嬢誘拐 くりっとした瞳、細く折れそうな体を 不安そうに震わせる子犬ちゃん ボクはすっかり参ってしまった 「大丈夫、必ず家に帰すよ」 群れの隠れ家に戻る道で ボクは密かに囁いた 皆が寝静まった頃 ボクは子犬ちゃんの手を引き 隠れ家を抜け出す ……気付かれた! (マッチョ犬登場。フランに切りかかるが、逆にやられてしまう。)(演出ノート:役者が間に合わないから、マッチョ犬のパペットは舞台監督が動かすように! きちんと殺陣の段取りつけてね) しかしボク達は官憲に見つかり 子犬ちゃんとは引き離され 誘拐の首謀者とされ追われる身に…… 約束しよう 必ず迎えにいくよ 何ものをも二人の愛を妨げられはしない ファム「フランさん!」 ドアがもう一度開くと、ファムが飛び込んでくる。 フラン「子犬ちゃん!」 ファム「フランさん! 会いたかった!」 フランとファム、固く抱き合う。 ファム「私、役人達の上役に直訴して誤解を解き、貴女の赦免状を出してもらったんです!」 フラン「何だって!?」 ニーナ「あの、その人、あなたを誘拐したんじゃないんですか?」 ファム、笑顔でニーナのほうに向き直る。 ファム「私は確かに誘拐されました。怖かったですけど……でもフランさんの笑顔、優しげな瞳を見ると怖ろしさは消え、むしろ共にいられる事に喜びを感じました。フランさんが庇ってくれたから、何があっても恐ろしくはなかったんです」 フラン「子犬ちゃん……!」 〈歌4〉 ファム・フラン: 二人の愛を妨げるものは、もう何もない! フラン:(ファムと同時に) 愛しているよ! ファム:(フランと同時に) 愛しています! フラン「君のお父さんにお会いしてお願いしよう。必ず幸せにするよ」 ファム「嬉しい!」 フラン「さあ、行こう」 フランとファム、酒場の全員に向かって頭を下げて出て行く。 アムル「……嵐みたい」 アグネス「雨宿りして、特大の暴風雨にあったみたいね」 全員、笑いあう。 アムル、気づいたようにジーンに向き直る。 アムル「そうだ、さっきの話。どうして、満月の夜は定休日なの?」 ティア「え、今日お休みだったの?」 アグネス「満月の夜って? 満月は私達犬には血が騒ぐ、お祭のような時じゃない。商売っ気ないのね」 ニーナ「おねーちゃん」 間。 ジーン「……とある国の話です。高名な貴族の、分家に生まれた男性がおりました」 〈歌5〉 ジーン: 言葉にならない痛みと哀しみ 今でも満月になると思い出す 貴族の分家の身分では 主君としての忠誠を得るのも難しい ならばいっそと家を捨て 主を探して仕えることに やっと見つけた敬愛する主君 満月の夜によく理想を語ってくれた されど行き過ぎた理想は いつしか謀反への種を主の心に植え付ける 言葉にならない痛みと哀しみ 今でもわからない、どうすればよかったのか 正義の名のもとに主に刃を向ける わからない、わからない 忠義を選ぶべきだったのか 正義を選んでよかったのか 満月になると思い出す 言葉にならない痛みと哀しみを ジーン「……酒場の賑わいに一輪添えただけです、お気になさらず……」 ティア、アグネス、ニーナがゆっくりとグラスを挙げて微笑む。 アムルがジーンの腕を軽くポンポンと叩く。 ジーンは一瞬拒絶するように身を固くし、それから微かに頭を下げる。 アムル「……ああ、もう雨がやんだんじゃない? 今日の営業はもう終わりね」 ジーン「……そうですね」 〈歌6:フィナーレ〉 全員(フランとファムもソデから出て加わる): あなたが知っている綺麗なもの 私が知っている綺麗なもの 太陽 空 山 虹 雲 星 いつもそれは綺麗? もっと綺麗なものはないの? それよりももっと綺麗なものを作ろう それはあなたと一緒なら作れるはず もっと綺麗な、何よりも大切なものが あなたと一緒なら 作れるはず あなたと一緒なら、もっともっと (フランとファム、歌が終わると退場) アグネス「美味しかったわ、お酒」 ジーン「ありがとうございます」 ティア「面白かったー」 ニーナ「また来ます」 アグネス、ティア、ニーナがドアから出て行く。 深々と頭を下げるジーン。 アムル「また、来ますね。満月に」 ジーン「……そうですね」 アムル「雨宿りさせてくれてありがとう」 ジーン「こちらこそ、ありがとうございました」 アムルがドアから出て行く。 ジーンは手早く片付け、ぐるっと店内を見回すと紙袋を持ってドアを開け、振り返って微笑むと出て行きドアが閉まる。 溶暗。 ―幕― ● 「ほら、カーテンコールよ、出て!」 ダーマは芝居が終わってソデにいる俳優達の背中を音のしないようにバシバシと叩き、彼らを再びスポットライトへと送り出した。 「……良かったですね」 マッチョ人形を片付けながら、ロベルトが小さくでダーマに声をかけた。 「うん、驚いたけど、最高の俳優達よ」 ダーマが涙ぐみながら言う。付けまつげがまたもや頬の上だ。 「多分ね、この劇場の語り草になるわ。素敵な犬達がいたって」 「それって自画自賛してますよね」 「当たり前じゃない、私が書いたんだもの」 軽口を叩きながら二人は舞台上で観客にお辞儀をする七匹の犬達を見つめていた。 いつまでも。 「ほら、いつまでも舞台にいないで早く引っ込みなさい!」 |