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■オープニング本文 「マッチョ、いりませんか?」 無駄に色気を振りまきながら、その女は言った。 「赤青黄緑ピンクの五色セットですのよ」 ジェレゾから少し離れたボコフという街。宿場町のような役割のそこは当然のごとく歓楽街もあり、それなりの賑わいだった。 「マッ……チョ、ですか?」 歓楽街の端にある、少し落ち目の酒場で初老のマスターが訊きかえした。人は良さそうだがそれだけの、目立たないオヤジである。 「そう。ピチピチの出来たてなんです」 「出来たてのマッチョ……」 「見たところ、女性客が少ないようでしょう? このマッチョ達に給仕をさせたら、それこそ入りきらない程に女性が詰め掛けますわよ」 見事なプラチナブロンドのウエーブヘアを指に絡ませながら女がたたみかける。 「今なら一週間無料お試しレンタルをやってますの。食事も睡眠もなしで、勝手に動きますわ。いかがです?」 言いながら女が何気なく胸元のボタンを一つ外すと、オヤジが眼鏡の奥で目を瞬かせた。 「無料お試し、ですか」 「ええ。お気に召しましたら一週間後に料金は応相談、ということで」 女が更にボタンを外す。お約束のようにオヤジが喉を鳴らした。 「今、外に連れてきていますの。呼びますわ」 女が怪しげなフード付きマントを羽織った五人組を招き入れた。小声で何かブツブツとつぶやいている。 マッチョ、マッチョ、マッチョ、マッチョ、マッチョ……。 「な、何を言っているんですかな?」 「何でもありませんわ。単なるおなじないみたいなものですのよ」 女はとろけそうな笑顔でそう言うと、五人組に向かって命じた。 「さぁ、マントを外して姿を現しなさい!」 どどーん。 鮮やかにマントを脱ぎ捨てると、そこには筋肉隆々、スキンヘッドでビキニパンツをつけただけのまさしく『マッチョ』がポーズをつけていた。 それぞれ、赤青黄緑ピンクのパンツで色分けしている以外は見事にそっくりである。 「……………マッチョ、ですね」 何とも他に言いようがなく、オヤジがつぶやく。 「ええ、見事なマッチョ加減ですわ」 「はぁ……」 かなり引き気味のオヤジににっこりと微笑むと、女は更に高らかにマッチョに命令する。 「では、お給仕しなさい!」 オキュウジシナサイ。 マッチョ達は一瞬凍りつくと、おもむろに片腕を外した。 外れた腕からはムチや蝋燭、ナイフ等が生えてくる。 「な、何だ!?」 「ちょっとあなたたち、どうしたのっ!?」 女が叫ぶのも聞かず、マッチョ達はムチや残った腕で辺りを叩き壊し始めた。わずかだった客が悲鳴を上げて店を飛び出ていく。 「どういうことなんだ!」 オヤジが真っ赤な顔で女に詰め寄るも、マッチョ達の破壊行動が激しく、慌てて店から逃げ出した。 「……どういうことか、私が訊きたいわよ」 女はため息を一つ吐くと、ブロンドの髪をむしり取る。その下には黒々とした黒髪のボブカット。 オキュウジマッチョ、オキュウジマッチョ。 「……やっぱり空き家で拾ってきたパペットじゃ、お金にならないかぁ」 意味不明なことを叫びながら破壊を続けるマッチョ達を見て、女はこめかみを押さえた。一体、どんな用途に使われていたからくりだったのだろう。 「まぁ、いいか。ばっくれちゃおうっと」 女は胸をパンパンと叩くと、足元に落ちた詰め物を拾い上げ、黒髪のスキニーな美女となって出て行った。 翌日、食事も睡眠もなしで他の建物まで破壊を続けるマッチョの討伐依頼がギルドに貼り出された。 その依頼の隣には、ガラクタ屋ジェニーという黒髪の女性の手配書があったが、そちらに注意を払う者は殆どいなかった。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 開拓者達がボコフに着くと、歓楽街には黒山の人だかりができていた。 「今回も俺様の美女センサーがビンビンに――ん? おかしいな。微妙に不調だ」 喪越(ia1670)は破壊を続けるマッチョ達を遠巻きに見ている野次馬に混じって、首をかしげていた。 「こいつはもしかして――残念な美女フラグ?」 残念な美女フラグというものが何かはさておき(!)、マッチョを視界の中心に置きつつ周囲に意識をぐるんとさまよわせる。 今のところ、特に引っかかるような気配もない。 (わざわざマッチョの姿に作るなんて、製作者は俺とは一生仲良くなれなさそうだ) 腕から武器を生やしているマッチョ達に内心かなりゲンナリしながら、喪越は暴れているのはからくりだろうと当たりをつけた。 「自分の思い通りに作れるんなら、パッツンパッツンの金髪美女だろオイ!?」 頭二つ分くらい高いところから思わず呟いた喪越を、周囲の野次馬達が一斉に見上げる。 「あー……よぉ、アミーゴ!」 何となく愛想笑いをして、喪越は周りにひらひらと手を振って見せた。 「鍛え上げられた男性の肉体は、美術品の様な美を有する事を知っている」 幼い少女にしか興味がないと豪語するフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は、傍らの少女達にため息をついて告げた。 「だが……肉付き良すぎてアレは駄目だ」 だがリィムナ・ピサレット(ib5201)はそんなフランヴェルには慣れているのか、全く意に介さずマッチョを眺めていた。 「あはははっ、マッチョ狩りだー!」 「なんか可愛いかも……」 反応は多少違えど、双子の妹、ファムニス・ピサレット(ib5896)も案外楽しんでいるようだ。 だが浮上してこないフランヴェルを見て、リィムナがファムニスに耳打ちする。 「……え、お姉ちゃんどうしたの? やる気を……?」 わかった、とファムニスが頷くと、リィムナはフランヴェルに向き直った。 「ねぇフランさぁん♪」 上目遣いでフランヴェルを見上げると、心臓を打ち抜く笑みを浮かべた。 「頑張って前衛やってくれたら……今夜はファムと二人で……ね♪」 「フランさん、だ、大サービスしますよっ!」 ファムニスも横で頬を染めながら見上げる。 「……え? 本当に!? いやっほう! テンション上がってきた!」 現金なもので、少女達のツボを心得た操作術に簡単にはまってしまうフランヴェルだった。 「覚悟したまえマッチョくん達!」 元気百倍、勇んでマッチョ達に向かっていくフランヴェルの後ろでリィムナが独り言ちる。 (まぁ、約束守るつもりはないけど) 双子、恐るべし。 (んで。こんな人形共が街中に地面から湧いて勝手に暴れてるわけもねぇわな) 野次馬の群れから離れると、喪越は符を『人魂』として飛ばした。持ち込んだ者を探すためである。 既に逃げたのなら仕方がないが、残念な美女フラグという微妙な反応も気になった。 「――『毒蟲』を忍ばせりゃ捕まえる事も出来るかな?」 言いながら六尺棍を取り出すと、改めて暴れているマッチョ達を見る。 既に少女達にたきつけられて走っていくフランヴェルの背中を見て片眉を上げ、自分も手近なピンクのパンツのマッチョに向かっていった。 ● フランヴェルが黄色パンツのマッチョの背後から魔刀『アチャルバルス』で切りつけた。 「さあ、こっちだ!」 黄色マッチョはダメージを物ともせず、フランヴェルに向かっていく。だがそれを適当にあしらいつつ、被害が拡大しないようにここからマッチョ達を誘導するのがフランヴェルの狙いだった。 マッチョにちょっかいを出しては、既に破壊された店舗跡に連れていく。 『咆哮』も使いながら注意を自分にひきつけていると、黄色マッチョからムチがとんできた。 盾で受け流すも、今度は赤パンツのマッチョから蝋燭がとんでくる。単なる蝋燭ならあたっても大したダメージはないが、どういう構造になっているのか飛んでも火が消えることなく、溶けた蝋を撒き散らした。 「痛っ……ムチとか蝋燭とか……熱っ!」 絶え間ないムチや蝋燭の攻撃に、大ダメージではなくとも煩わしさが募ってくる。 「これがマッチョでなく、小さな女の子だったら……」 突然フランヴェルの妄想が炸裂した。 戦闘中にかなりの余裕なのか、それとも現実逃避なのか。 「……! そうか!こいつらは中に幼女が入ってるんだ!」 どこからその発想が湧いて出たのか、突然フランヴェルの目が爛々と輝きだした。 「よーし掘り出すぞ! あはははは!」 見事にマッチョという視覚的暴力からの逃避を果たすと、高笑いをしながら『柳生無明剣』で反撃に転じる。 さあ、夢の幼女ゲットだ!!! 「よ、幼女?」 突然叫んで笑い出したフランヴェルに戸惑いつつも、喪越はピンクマッチョの関節部分を狙って六尺棍を振り下ろす。 右足、左腕、左肩。 ガシガシと殴っていき、右肩を砕いた時に砕かれた破片の中からナイフが喪越に向かってきた。 「うわっ!」 咄嗟に出した喪越の左腕をざっくりと切り裂いてナイフが落ちた。 フランヴェルがマッチョを誘導してくると、ファムニスはリィムナに神楽舞『心』をかけて知覚力を強化した。 「食らえ、雷の牙・ライトニングブラストー!」 リィムナが叫んで緑パンツのマッチョに『アークブラスト』を連射し始める。 幾筋も迸る電撃に、なすすべもなく緑マッチョの四肢が砕け散った。 動かなくなったパペットに、念には念を入れてとリィムナはもう一発電撃をお見舞いした。 「痛い痛い痛い」 ピンクマッチョのナイフに引き続き、青パンツのマッチョにもムチの連打をくらって、六尺棍を振り回しながら喪越は情けない声を上げていた。 ダメージは大きくない。大きくないはずなのだが、痛いものは痛い。 すると『神風恩寵』の優しい風が喪越を包み込んだ。傷がすうっと癒されていく。 「ありがとよ」 喪越がニッとファムニスに笑いかける。 「鞭、痛そうですね……。一番上のお姉ちゃんの平手打ちの方が痛そうだけど……」 はにかんだように笑うと、ファムニスは敵の攻撃を警戒して素早く離れる。 喪越は六尺棍を握りなおすと青マッチョの肩に叩きつけた。砕けたところをもう一度狙って、そのまま振り下ろす。 ムキムキの肢体が砕けて四方に散った。 「……ハズレ! これもハズレか!」 黄色マッチョと赤マッチョを『柳生無明剣』で切り捨てると、フランヴェルは叫んだ。 「幼女はどこだあああ!」 ……夢の幼女はみつけられないようである。 「ライトニングブラストー!」 リィムナが最後のピンクマッチョを電撃で破壊した。 マッチョ達はもうピクリとも動かない。 ファムニスがフランヴェルを『神風恩寵』で癒すと、リィムナも喪越に『レ・リカル』の聖なる癒しをもたらす。 「――あとは頼むわ」 「どうしたんですか?」 「んん……美女センサー?」 リィムナには意味不明の言葉を残すと、喪越は挨拶もそこそこに駆け出した。 ● 「幼女ぉおおお!」 「だ、大丈夫……もうマッチョいないですよ」 ファムニスが健気にもフランヴェルに抱きついた。 「はっ……ボクとしたことが」 幻の幼女よりもファムニスの温もりが強烈だったのか、途端にフランヴェルは正気に戻った。 いや、妄想から別の妄想へ移ったというべきか。 「そうだ、ボクには子猫ちゃんたちが! ふふ、二人とも約束を!」 フランヴェルが感極まったように叫んでリィムナとファムニスに向かってダイブする。 「ちょっと! 何するの!」 「きゃー! フランさん、こんな明るいうちから駄目ですー!」 リィムナからは正拳突きをくらい、ファムニスには魔杖で殴られ、フランヴェルはその場に崩れ落ちた。 「寝てなさいっ」 追い討ちをかけるように、リィムナが『アムルリープ』をかけ、強制的にフランヴェルを眠らせる。 「幸せそうに寝てるね……」 「めでたしめでたし♪ 」 天使のような双子は無邪気な悪魔の笑みを浮かべるのだった。 「あー、何だか随分派手にやられちゃったなー」 黒髪のスキニーな美女がボコフの外れの高台から、歓楽街を眺めて目を細めた。 「さすがにもう直せないかしらね」 「直してどうするんだい、アモーレ?」 女性の背後から陽気な声がしたかと思うと、彼女の腕が後ろ手に捻りあげられた。 喪越だ。 「いたた、痛いわよ」 慣れているのか見知らぬ男の出現には驚かず、黒髪美女は自分の扱いに文句を言った。 「女性には優しくしなさいって、お母さんに教わらなかったの?」 「いやこれは失礼」 喪越は笑顔になりながらも腕の力を緩めようとはしない。 「で、あんたがあのマッチョ達を持ち込んだのか?」 「……どうかしらね?」 「酒場のオーナーはパッツンパッツンの金髪美女だって言ってたが……」 黒髪の女性はにっこりと微笑んだ。 「間違いない、あんただな」 「どうしてそうなるのよ」 喪越が笑って黒髪美女を引き寄せた。 「残念な美女でも美女は美女。そして俺の愛はどんな美女相手でも等しく降り注ぐ」 そして無謀にも女性の耳元で囁いた。 「そう、たとえ『大平原の小さな胸』でも差別なんてしないさ!」 黒髪美女は艶やかに微笑むと、喪越の向こう脛を思い切り蹴り上げた。 「うわったたた!」 思わず女性の腕を離してその場に蹲る喪越に、その女性は子供っぽくべえっと舌を出してみせる。 「最低!」 小さな包みをどこからか取り出すと小走りに離れてそれを喪越に投げつけようとする。 「おい」 「また縁があったらね」 狙い過たず包みが喪越の肩に当たると、もうもうと粉が舞い喪越は盛大にくしゃみを始めた。どうやら胡椒がつめてあったらしい。 「な、なまえ……」 くしゃみの中、かろうじてそれだけ喪越が言うと、去りかけていた黒髪美女が振り返って考えるように言った。 「ジェニー」 ジェニーの駆けて行く背中に、夕焼けが赤く映っていた。 |