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■オープニング本文 「いい? まずは武器を手に入れなくちゃ駄目なのよ」 ライサが頭上高く結った赤い髪を揺らして断言した。 「私、父さんの宝剣を持ってくるわ」 ジルベリアの南部に位置するこの村は、昔から収穫の時期に星祭をするのが慣わしだった。祭では川に灯りを流したり、広場でダンスをしたりと大人も子供も楽しむ催しが目白押しだが、それに加えて村の中心にある小さな野外劇場での剣の舞の披露が見事で、毎年近隣の村からも見物人が押し寄せる。 だが今年は村から少し離れたところに野犬の群れが出るようになり、これが問題だった。 「ほ、宝剣って、舞姫の使うやつでしょ?」 アレクが大きな目をさらに剥いてライサに尋ねた。 「お、おじさんに怒られちゃうよ」 「大丈夫よ、祭が始まる前に戻しておくから」 「じゃあ、俺はじいちゃんにもらった弓矢を持ってく」 レフがニカッと大きく笑いながら楽しそうに両手を大きく広げる。 「こんなに大きな弓なんだぜ」 野犬のせいで祭りに人が来ないかもしれない――ライサが村長である父の話を盗み聞きしてしまったのが始まりだった。 自分達で野犬を退治に行こう。 小さな可愛らしい戦士達がそんな計画を立てたのは、ある意味避けられなかったのかもしれない。 「それじゃ、明日の朝、武器を持って集合ね」 ライサが男の子二人の顔を交互に見て言った。 「親には内緒よ」 「わかってるよ」 「アレクは? 誰にも言っちゃ駄目なのよ」 「う、うん……」 「大丈夫か? おじさんに『武器を作って』とか言うなよ」 「言わないよ、そんなこと!」 アレクは幾分ムキになってレフにつっかかる。八歳と十歳の男の子の差は、案外大きい。 「アレクもちゃんと武器を持ってきてね。持ってこないと置いてくから」 本当ならお姫様でもおかしくないライサは、嬉しそうに笑う。 「すっごく楽しみ!」 半熟卵のような戦士達の中で、彼女が一番勇ましかった。 「そっ、村長、どうしましょう!」 翌朝。村長が野犬退治の依頼を受けてギルドからやってきた開拓者達に詳細を説明していると、慌てた女性が駆け込んできた。 アレクの母親だった。 「……ブルコフ夫人、今は取り込み中でしてな……」 「こっ、子供達が、野犬退治に……」 「……いつ?」 「今朝、マルタが泣いて騒いでいたので訊いてみたら、お兄ちゃん達がでかけたと」 「……うちの娘とレフも一緒なんですな?」 「はい……」 「あの半熟たちめ!」 怒ったように激しく言うと、村長は開拓者達に向き直って真剣に告げた。 「お恥ずかしい話ですが、お聞きの通り村に冒険好きの子供達がおりまして、どうも自分達で野犬をどうにかできると思って退治に行ってしまったようです。ここから野犬のでる場所までは大人の足でも一時間以上かかるので、今から急げばどうにか野犬と遭遇する前に捕まえられるかもしれません。申し訳ありませんが、野犬討伐に加えて子供達も助けてやってはくださいませんか」 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
禾室(ib3232)
13歳・女・シ
愛染 有人(ib8593)
15歳・男・砲
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 「無茶するなぁ……」 愛染 有人(ib8593)が呆れたようにつぶやいた。 村役場の奥、村長室で野犬について確認していた開拓者達は、突然入ってきた女性と村長のやり取りを見て驚いていた。今回、依頼を受けた開拓者達はそのほとんどが世間で言う子供――この村の冒険好きの子供達と同じくらいの年恰好に見えるが、それでも開拓者である以上、己の力量も周りの状況も見極める力を持っている。 「そう年齢が変わらぬわしが言うのもなんじゃが……無鉄砲じゃのぅ」 禾室(ib3232)も鼻の頭にわずかにしわを寄せて言った。口調は老人のようだが、どこからどう見ても可愛らしい子供にしか見えない。 「村長殿、生肉を分けてもらえんじゃろうか?」 「生肉?」 「野犬の気を子供達から逸らすためじゃ」 村長は少し考えると子供達のことを報告にきた女性にうさぎの肉をもらってくるように命じた。普段はつましく干し肉などの保存食ばかりを食しているこの村でも、祭が近いこのときは運良く新鮮な生肉が手に入るらしい。 「野犬が出るのは街道に向かう道沿いの森から、ということですね?」 アーディル(ib9697)が村長に念押しするように尋ねた。子供達ばかりに見える開拓者達の中で、唯一の二十代だ。 「そうです」 「では、肉をいただいたらすぐに出発します。子供達が通りそうな道順はわかりますか?」 「一本道ですので……どうせピクニック気分でいるでしょうから、道々遊びながら向かってるでしょうな」 憎々しげに、だがかなりの心配をにじませて村長が告げる。だが遊びながらということはゆっくり進んでいるだろうから、野犬と向き合ってしまう前に子供達を確保することができるかもしれないと、その場の全員が内心安堵した。 「勇気と無謀は違う。――教育が必要だな」 からす(ia6525)が素敵に黒い髪を揺らしてひとりつぶやく。黒いことでも考えているのか、口の端がわずかに持ち上がった。それを見て愛染が心なしか表情を引きつらせた。 「む、無茶はよくないよねっ!?」 愛染が隣のルオウ(ia2445)に話しかけるが、ルオウはうずうずしたように突然立ち上がった。 「早くみつけないとなっ!」 全員が驚くほどの大声で叫ぶと、ルオウはいきなり部屋をとびだした。 「みつけたら呼子笛で知らせるーっ!」 「ルオウ!?」 「どこへ行く?」 仲間達が慌てるのも構わず、ルオウは走り去った。残された開拓者達も急いで立ち上がる。どうにか間に合った生肉を禾室が受け取ると、次々と部屋を出て行った。 「……無茶するなぁ」 しんがりについた愛染が再びポツリとつぶやいた。 ● 「お腹空いてきちゃったよ……」 アレクがこの世の終わりのような顔をしてライサとレフの顔を交互に見た。 「もう、帰らない?」 「えー、森の近くまできたのに?」 「帰りたきゃ帰れよ。俺とライサは退治に行くからさ」 「ひっ、一人で帰るのは嫌だよ」 右手に見える鬱蒼とした森を目の端に捉えて、アレクは更に泣きそうな顔になる。 「本当に退治するの?」 「当たり前だろ?」 「野犬がこのまま通る人を襲うと、お祭に誰も来なくて、なくなっちゃうかもしれないのよ?」 「でも、僕達だって襲われちゃうかもしれないよ……」 アレクが消え入りそうな声で言うと、今初めてそれに気づいたというようにライサが立ち止まった。 「――そうか。どうしよう?」 ライサがレフの顔を見て首をかしげる。今更といえばあまりに今更な言葉だが、内心ライサの可愛さにノックアウト気味だったレフは赤くなりながら、いやそれは、などとブツブツ言っている。 ピィィィィィーーーーッ。 突然甲高い音がすると赤い髪の少年が物凄い速さで近づいてきた。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 半熟三人組より少し年上の男の子の登場に、レフが無意識に身構える。 「何だよ、お前」 「村長に頼まれて野犬退治に来た。俺がきっちり守ってやるからなっ」 ルオウはこの上なく元気に宣言するが、然程歳の変わらない少年が野犬退治をすると聞いて三人は内心面白くない。 「何よ、あんたみたいな子供にそんなこと頼むわけないでしょっ!?」 「お前らだって子供だろ? ほら、武器、見せてみろよ」 ルオウは全く気にもせず、ライサの持っていた宝剣を奪い取った。すらりと鞘から抜くが、案の定、刃は潰されて使い物にならない。 「んー……これじゃあなぁ」 「なっ何よ」 ライサが食って掛かろうとしたとき、低い唸り声が聞こえた。 涎をたらした犬が数頭、体を低くしてじりじりと近づいてくる。 「やべっ」 ルオウが宝剣を投げ捨て、瞬時に殲刀『秋水清光』を構える。 「来いよ、お前ら纏めて相手してやんぜ!」 半熟戦士達を背に庇ってルオウが不敵に野犬の群れを睨みつけるが、そっとライサが宝剣を拾ったことに気づかなかった。 「――えいっ」 ライサが宝剣を振り回して前に飛び出る。 あまりの無謀さにルオウの反応が少し遅れた。一頭の野犬がライサに狙いをつける。 「きゃあっ」 野犬を間近に感じてライサが思わずしゃがみこんだ。野犬が跳び上がるが、その時音もなく矢が犬を貫き、後方へと吹き飛ばす。 「こっちじゃ!」 ふわふわ茶色の愛らしい子供がうさぎの肉を掲げ、野犬の目を引くようにゆっくりと遠くへ投げた。半数ほどの犬が生肉に群がる。 その間に到着した開拓者達が子供達に走り寄る。 「勢いだけで突っ込んだって碌な事にならないと思うよ?」 マスケット銃『バイエン』で生肉をかじる野犬に狙いをつけながら、愛染がライサに声をかける。 「……下がって」 落ち着いた声でアーディルが子供達に命じると、まさに跳びかかろうとしていた犬を魔槍砲『アクケルテ』で一突きし、そのまま横薙ぎに振り投げる。 「きゃっ」 「うわぁあ」 野犬が槍の先から血を噴出して落ちるのを見て、レフが思わず青い顔で悲鳴を上げた。 「相手は病気持ちだ。絶対に触れるなよ」 先程、呪弓『流逆』でライサを救ったからすが、その大弓を再び構え、淡々と告げる。 生肉を放った茶色い禾室も傍に寄ってきて、懐から手裏剣『風華』を取り出しながら言う。 「先に言っておくがの、わし、怪我は治せても狂犬病はどうにもならぬからの。絶対に噛まれるでないぞ」 「いやー、子供って怖いなー!」 ルオウがあっけらかんと笑う。 「おぬしが言うなっ!」 「無茶だよね」 「ルオウ殿も教育が必要だな」 ルオウにツッコミながらも、全員手際よく武器をあやつり、確実に野犬を仕留めていく。 アーディルが最後に野犬を薙ぎ払うと、八体の犬の死骸が物言わず横たわっていた。 ● 「己の力量どころか、武器の状態すらわかっとらん者に野犬退治なぞ百年早いわ!」 禾室が耳と尻尾を逆立てて半熟戦士達を怒鳴った。頭からは湯気でも出ていそうな勢いだが、如何せん、その幼い容貌からは全く迫力がない。 「ねぇ」 実際、禾室の怒声は物ともせずライサが不思議そうに尋ねる。 「どうして子供なのに、おじいさんみたいな喋り方するの?」 わなわなと禾室が震えて発した言葉は。 「わしはおじいさんじゃなくておばあさんじゃっ!」 突っ込むところはそこですか。 開拓者全員が胸のうちで同じことを思いながら、野犬の死骸を一所に集める。 「何、してるの?」 アレクがやはり不思議そうにからすに尋ねた。 「荼毘に伏す。アヤカシになったら困るからな」 「可哀想な気もしますが、人に危害を加える動物は処分しなきゃいけません」 横から愛染も付け加える。 「簡単ですけど、弔ってあげましょう」 炎に焼かれる死骸を見ながら、開拓者達はそれぞれのやり方で祈りを捧げる。 半熟戦士達もこの時ばかりは静かにそれを見つめていた。 故あって命を奪わなくてはいけなかった獣を思って。 ● 「では、教育を始めようか」 からすがにっこりと微笑んだ。息をすうと吸い込む。 「ライサ、刃をよく見よ。宝剣とは祭器であるため刃が潰れているのだ。レフ、弦が緩い。そのまま引くのは難しいだろう。矢が明後日の方角に行きかねない。アレクの鎌がよほどマシに見える。が、あくまで農具である」 一気にまくしたてるとからすはライサ、レフ、アレクの顔を順番に見て言った。 「勇ましいのは結構。自分達の力で解決しようという姿勢は立派といえる。が、勇気と無謀は違う。己が力を過信する事は災厄を招くだろう」 途端にしぼんでしまった半熟戦士達を気遣うように、ルオウが慌てて尋ねる。 「何でこんな事したんだ?」 三人は顔を見合わせると、ライサが口を開いた。 「……お祭に来てほしかったの。みんな、楽しみにしてるから、たくさん、見に来てほしかったんだもん」 しぼんだ三人を見て、開拓者達の胸にも暖かいものが流れる。 「その心意気はすげえって思うぜ。でも皆に心配かけたんだからそりゃ駄目だろ」 ルオウがにっと笑って言った。 「どうしても冒険したいのならば、きちんと親御さんに話した上でしっかり訓練してからじゃ」 禾室も口を尖らせて半熟戦士達に言い聞かせる。 「ちゃんとした使い方を知らないまま武器を持つのはかえって危ないのですよ」 愛染が目を細めて三人を眺めた。 「子供の頃は多少、冒険をしてみたいもんだけど」 アーディルがライサの頭を撫でてから、同じ目線の高さまで屈んで苦笑した。 「流石に、野犬退治っていうのは……ちょっと無謀かな」 ライサは赤くなりつつ、少し膨れたように尋ねる。 「どうして、みんな子供なのに……」 「ああ、俺ら開拓者だから」 ルオウの答えに微笑みながらアーディルが立ち上がった。ライサが咄嗟に彼の上着の裾をつかむ。 「私、開拓者になるっ!」 「……え?」 開拓者全員が固まった。レフが焦ったように小声で駄目だよとライサに言うが、ライサはまっすぐアーディルを見たままだ。 「私、開拓者になって、あなたのお嫁さんになる!」 「は!?」 冷静なアーディルにしては、どこから出たのかわからないような声を出す。 「じゃ、じゃあ、俺も、俺も開拓者になるっ!」 「あー、僕もー!」 「いや、開拓者は志体持ちじゃないと……」 驚いて口を挟もうとしたルオウにからすが肘鉄を食らわせて黙らせた。そして、ため息を一つ。 「これから精進すればいい」 不純な動機でも、半熟戦士達の冒険はまだ始まったばかりである。 |