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■オープニング本文 「走って! あそこの建物へ!」 転倒した母親とそれに取り縋る子供を庇うように立ち、振り下ろされる蛮刀を篭手で弾いて声を上げるのは、清璧派の後継者、綾麗。 清璧派の若い門弟が母を助け起こし子抱き抱えて、綾麗が指示した石造りの建物へと駆けるのに、その背を守りながら撃ち込まれる拳を受け流し、返す拳でその男を沈めてから、綾麗は周囲を見渡します。 既にこの集落は幾人か犠牲が出た後のようで、通りすがりに遭遇して仕方がなかった状況とは言え、もっと早くにと思えば、綾麗は悔しげに僅かに唇を噛むと、敵の増援が集落を囲むように現れるのを見て、逃げ遅れがないのを確認して中へと駆け込んで。 「畜生、ちぃとばっかおかしかねぇか? いくら奴らが略奪するにしたって、揃い過ぎてる」 「見た様子では、同じ轟拳とは言え集まっている傾向がばらばらです。まるで残党を掻き集めたかのような……」 「残党であんなにいて堪るかよ」 清璧派の若い門弟と、金剛山の若い僧兵が集落の人達の怪我を見たり落ち着かせているのを確認してから、綾麗を端へと引っ張っていき、集落の人間が不安がらないようにと声を落として言うのは、同じく泰拳士の岳陽星。 「ですが、蒼旗軍が動き始めている今、幾つかの残党は当然出てきますし、私達の方でも先日の水月牢で遭遇した者たちで逃げ延びたのも居るでしょう」 「それにしたって、第一に誰かが纏めたんじゃなきゃ態々小さな集落一つにこんな人割かねぇよ。第二に、何でここを統率を取って囲む?」 綾麗と陽星が話していれば、避難してきた集落の人間の中から、一人の女性が女性型からくりに支えられてゆっくりと二人の元へ歩み寄ってきます。 「どうやら、あたしを狙って集まって来た八極轟拳の襲撃に、巻き込んじまったみたいだね」 「……あなたは?」 「あたしは、商人の鷺・俊麗。ガランたちの蒼旗軍を影ながら支援してる商人の一人だよ。こっちは燕。あんたは……綾麗さんだね、清璧派の。噂は聞いているよ」 「いま、あんたを狙ってって言ってたが、どういうことだ? いや、蒼旗軍に協力しているからって言われりゃそれまでだけどよ」 「ガランに頼まれて此奴を見つけ出してきたんだが、どうやらそれが嗅ぎ付けられたみたいでねぇ」 「……シュンレイ様が闇市で酔漢に絡まれたときにやり過ごしてさえいれば、この様な事態にはならなかったのだと思いますが」 懐から包みを取り出すシュンレイに、からくりのツバメがちくりと言いますが、包みが開かれれば、そこにある物は手を模した金属の爪に白と黒が交互になっている細い鎖が繋がれているもので。 爪の部分には青と赤の石が填め込まれており、美しい装飾が施されています。 「飛爪か……って、どうした?」 「これは……清璧山が落ちたときに宝物庫から持ち出されて失われていたものでは?」 「知っているのか?」 「……幼い頃に、見たような気がします」 記憶は戻っていないものの綾麗は雷晃に盗まれた宝物が幾つかあったことを聞いていましたし、と答えると、シュンレイは少しだけ得意げに笑って。 「こいつはね、龍と蛇の武具の力を押さえ込むために、武具を作った者たちの手で作り上げられたものなのさ。龍が武具を悪用されたときの為にと作らせたんだよ」 「ガランさんの受け売りですけれどね」 シュンレイとツバメの話を聞いて、厳しい表情で顔を見合わせる綾麗と陽星。 「……確実に、敵は増えるな」 「集落の人達を逃がして欲しいと言っても聞き入れてくれる相手ではありませんし……恐らく、どちらか、若しくはその両方が来ますね」 「援軍を頼むために血路を開くなら、今しかないな。俺が援護するから……」 「いいえ、陽星さんが援軍を呼びに行って下さい。目的がこの方の持つ飛爪や私の武具ならば……」 「いや、ちょっとあんた達、何の話?」 「あんたの持ってるものがものだから、やばいことになるだろうてこった」 「この篭手も、あなたのその飛爪も、燃えません。ここは石造りで昔は狼煙台にも使われたと見受けられる砦です。普通に籠城するだけならばそう落ちる場所ではありませんが……」 「逃げ道はねぇ。俺たちが予測する奴らなら、ここに火を放ってこんがり蒸し鶏の出来上がりってこった」 陽星と共に脱出をと若い門弟と僧兵に促すも残ると聞かず、シュンレイも怪我をしていると言うことで、ツバメと二人で抜けて助けを呼ぶ事に決まり、綾麗や門弟、僧兵の援護もあって抜けた二人は香春関へと向かうのでした。 「援軍が間に合わなきゃ、清璧派が途絶えるんじゃないのかい?」 「血や武具が大事なんじゃありません、だから大丈夫……それに、死にませんし、誰も死なせません」 シュンレイの言葉に懐へと収めた何かを大切そうに服の上から撫でて笑みを浮かべると、綾麗は門弟と僧兵とでどういう形で見張りをするか相談をしに、物見台へと上がっていくのでした。 「……あそこに青龍が居るんだったら、完膚無きまでに潰す」 「ふふ、まぁ良いですけれど……私としては、燃やしてしまって構わないのですが、少しだけ、待って差し上げますよ」 綾麗達の立て籠もった炎見塞を見下ろす丘の上、木々に隠れて誂えられた天幕にゆったりと腰を落とした男に黒と赤の装束の小柄な人影が言えば、男は薄く笑って告げて。 「ですが、私も余り悠長な方ではありませんので、時間が掛かりそうと判断すれば……分かりますね?」 「後れを取ると言いたいのかっ!」 「いいえ……手間を省きたいだけです。私はここでのんびりと見物させて頂きますよ、暫くは、ね」 憤慨したよう出でていく少年、赤蛇を送り出すと、梁蒼仙と名乗っている男は酒杯を取り上げて、面白い余興でも見るかのように炎見塞を眺めるのでした。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
嵐山 虎彦(ib0213)
34歳・男・サ
迅脚(ic0399)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●炎見塞 「っ、来てくれたか……」 部屋に入ってきた一行に気が付き、岳陽星がほっとした様子で声を上げると、頷いて見せる羅喉丸(ia0347)、炎見塞を望める香春関の望楼の一角で簡易的な手当を受けていた陽星に状況の確認にやってきていました。 「災難だったなぁ、陽星。早速で悪ぃが、状況聞かせちゃくれねぇか」 嵐山 虎彦(ib0213)に促されて現状を聞かされれば、緋桜丸(ia0026)は眉を顰めて。 「籠城する女性達を狙うとは何と下衆な……」 「気になるとすれば、蒼仙なら部下の犠牲を気にするかは兎も角、開拓者が駆けつけるであろうと分かって居て手を拱いている理由だな」 「何か訳でもあるんでしょうか?」 「これは推測だが……赤蛇も居るから篭手と脚甲の両方を狙っているんじゃないかな」 迅脚(ic0399)が羅喉丸に首を傾げて聞けばその答えに僅かに口元を歪める緋桜。 「俺らと噛み合わせて消耗したところで諸共にってことか」 「ほんなら特等席があるハズ……おーおー、思った通りだナ。なんか久々に見る顔もいるし……ちょい挨拶とイコカ」 望楼よりからくりのツバメに借りた望遠鏡で周囲を確認して梢・飛鈴(ia0034)が言えば一つ頷くと。 「あたしが蒼仙を抑えるナ。迅脚、手伝ってくれるカ?」 「は、はいっ!!」 その為に今日最上の状態に身体を持って来ていた迅脚が頷き、動きを確認して居れば、緋桜丸も炎見塞の場所を改めて確認します。 「兎に角炎見塞で合流するのが先決だな」 「予測は置いておいて、最終的に火を付けりゃ……諸共にって奴だねぃと」 「詳細は行ってみないと分からないとしても、囲まれないように確認しておかないとね」 嵐山と緋桜丸があれこれと確認して居れば、星風 珠光(ia2391)も言って。 「虎彦、飛ばし過ぎんなよ?」 「無茶と無謀が男の華さね。ま、心配はいらねぇよ」 緋桜丸の言葉に、嵐山はにぃと笑って応えるのでした。 数刻後、外から塞へ合流するために敵を切り開くのは、存外簡単にできていました。 「まるで招き入れられたかのようだな」 「やはり赤蛇と開拓者を噛み合わせて、纏めて手に入れるつもりのようだな」 包帯や傷薬を若い僧兵へと渡しながら言えば、羅喉丸も頷くとシュンレイへと歩み寄ります。 「シュンレイさん、出来ればその飛爪を貸して貰えないだろうか?」 「あんたが使うのかい?」 「それはお嬢ちゃんが使うのが良いんじゃないか?」 羅喉丸が少し考えて頷くと、提案する緋桜丸。 「しかし、力がかち合うってその娘言ってるけど」 「そんなら俺がお嬢ちゃんの盾になるよ 能力がかち合って自身の十分な力が出せないのなら仲間が補うしかないだろ?」 にと笑ってどうする? とに綾麗へ問いかける緋桜丸に頷きます。 「お願いします。あの子……赤蛇に対抗できるのは羅喉丸さんだと思います。となれば、私と赤蛇とで力を相殺するのが一番良いと思います」 力が押さえられているとしても泰拳士としての実力がないわけではない、それを考えると、危険と照らし合わせてから羅喉丸も綾麗の意志を優先することにしたようで。 「分かった……必ず、赤蛇は止めるよ」 「ま、塞守るなぁ任せろ。な、陽星にツバメ」 「ああ」 「私も、必ずこれで赤蛇を止めて見せます」 呵々と笑って嵐山が言えば陽星も頷き、綾麗も決意を込めて飛爪の縄を握りしめると頷くのでした。 ●血煙と赤蛇 「くっ、ちぃとばかり壁を壊しちまったが仕方ねぇ」 じゅうと激しく肉の焼ける音、油の充満した匂い、そしてぱらぱらとこぼれ落ちるのは、破壊された壁の石のかけらと砂。 見れば酷く焼け焦げた右腕を庇いながらも何とか片手で剣を使い群がる男達を振り払っている陽星と、痛々しく焼けた腕のまままだ火に包まれている人影、珠光を何とか引き摺って塞へ退こうとしている清璧の若者の姿。 「くっ、息は!?」 「息はありそうだ、早く水を、後中へ!」 火を消し止める前に中に入れれば塞自体が燃えるため、やむなく蓄えていた水を抱えて駆けつけ珠光の炎を消し止めるツバメは、申し訳ないと言いながらも嵐山へと水をかけると。 「なぁに、ちぃとばかり熱かったとこだぜ」 にぃと笑ってみせる嵐山、その有様は凄惨極まりないもの、ですが壊れた壁の前に立ちはだかって。 打ち合わせして羅喉丸と緋桜丸、それに綾麗が姿を現した赤蛇と対峙に向かうと同時に、塞の防衛に当たったのは嵐山と珠光、それに陽星と清璧の若者でした。 嵐山と陽星が連携し、清璧の若者が珠光の補助をしつつ闘っていたのですが、周囲に漂う塞のあちこちへと振りかけられていた油よりも更に強烈な油の匂い。 「っ、待て、火は……」 「見せてあげるよ……っ、きゃあっ!?」 嵐山の制止も間に合わず、ほぼ珠光が火炎獣を放つと同時、珠光に躍りかかった男が、その男の服が背負った袋が腰に下げた革袋が凄まじい勢いで燃え上がりました。 珠光にも降りかかる油とそれを追うようにして燃え移る激しい炎。 それは勿論、直ぐ側で背を守るように闘っていた清璧の若者にも、そして、塞にまるで伝うかのように走った炎が塞の壁へと燃え移り……。 「させるかっ!」 割り込むかのようにそこに躍り込んだのは嵐山の巨体、蒼い鬼の顔、振るわれた槍が自身に炎が燃え移るのも厭わず燃え移ったその壁ごと吹き飛ばしました。 「ここは火気厳禁だぜ」 塞に燃え移るのを防いだのを確認してぎろりと敵に向き直る嵐山。 「……とは言え……早く頭を落としてくれよ」 口の中でだけ小さく呟くと、嵐山は火に覆われた後で軋んだ悲鳴を上げているかのような痛みの身体を引き摺るようにして、壁の穴の前に立ちはだかるのでした。 「逃げるか青龍っ!!」 「私は青龍ではない、清璧の綾麗ですっ!」 塞を囲む敵の中から上がる声、一種の異様な様子を醸し出した、黒に赤の装束をまとった少年・赤蛇が一足飛びに駆け寄ってきたのに綾麗が飛び退れば、追撃しようと飛び出しかけた赤蛇の目の前を掠めるように飛ぶ鉛玉。 「野郎がよってたかってだらしねぇな!」 赤蛇のすぐ後ろにいた男が血煙を上げ吹き飛ぶと、綾麗と赤蛇の前へ割り込み護るように立つ緋桜丸はにぃと笑って言います。 「こそこそと隠れず大人しく籠手とその首差し出せ! 青龍ッ!!」 「だとさ、お嬢ちゃん」 「……差し出すことはできません。貴方を止めます!」 きっと見返して飛爪を構える綾麗と、銃をだらんと下ろし剣を担ぐように立って、だとよ、と笑う緋桜丸。 そこに、三人を囲むように立っていた男達の壁が崩れ切り拓かれれば、そこに立つのは羅喉丸です。 「あくまで篭手を狙うか。道具に頼らなければ弱いと認めるようなものだな」 「何、だと……ッ」 色めき立つ赤蛇に真っ直ぐ見据えてゆっくりと歩み寄る羅喉丸は続けます。 「御前は赤蛇を笑えるのか」 静かに放たれる一言。 「る……さ……うるさいっ!! 貴様だけは殺してやるッ!!」 「青龍の心も、赤蛇の思いも、御前は笑えるのか」 「黙れええぇええぇっ!!」 逆上するように羅喉丸へと飛びかかる赤蛇が繰り出す蹴撃は、仰け反るように後ろへと飛び交わす羅喉丸、返す拳で白く輝く金属の籠手を繰り出せばいなすように蹴りで弾かれて。 「あれを何とかしなければやはり通らないか……」 小さく口の中で呟く羅喉丸は、再び打ち込まれる蹴りを構えてぎりぎりで受け流せば。 「綾麗さんっ!」 「破ッ!」 受け流され僅かに赤蛇の身体が逸れれば、そこには待ち構えていた綾麗の姿、極限まで受けきることを意識した綾麗は、籠手の守護は押さえられていても可能な限り衝撃を受け流しつつ肩で蹴りを受けると、脚甲へと絡みつくように食らいつく飛爪が巻き付いて。 「っ、と……大丈夫か、お嬢ちゃん」 「はい……ありがとうございます」 飛爪を放つと同時に、赤蛇の殺しきれなかった蹴りの衝撃で後ろへと弾かれる綾麗ですが、他の男達の背後からの攻撃を薙ぎ倒していた緋桜丸がひょいと受け止めて。 「なっ……」 赤蛇はと言えば、食いついた飛爪はまるで脚甲に嵌め込まれた石を覆うかのように巻き付くと、脚甲は一瞬鈍く抵抗するかのように光るもそのままふと光は消えて。 「くっ、何をしたッ!?」 「青龍と……赤蛇自身も、御前を止めたがっている。だから、ここで決めよう」 羅喉丸が構えれば、構えを取ろうとして、今までと違い脚甲からの溢れ出さんばかりの威圧感や力も感じられず焦りの色を見せる赤蛇。 「はあぁぁああぁあっ!!」 一気に赤蛇へと寄った羅喉丸、渾身の力を込めて繰り出される一撃、かろうじて脚甲の足で受け、間髪入れずのもう一撃は受け流し切れず腕で身を守り、そして、気力を振り絞りすべてを打ち込む最後の一撃が、赤蛇の腹部を捉えて。 「……っ……っ……っ!!」 僅かに肩で息をしながらも倒れ伏した赤蛇の側に立つと、漸くに深く息を吐いてから振り返れば、緋桜丸に蹴散らされていた男達は一人、また一人、すぐにわぁと総崩れとなって逃げ出します。 「良かった……この子を、止めてくださって本当にありがとうございます」 肩を押さえながらも、綾麗は羅喉丸と緋桜丸に笑みを浮かべてそう告げるのでした。 ●白子冥の最期 「見つけたナ」 戦いが始まった頃、それらしいと当たりを付けていた地点を探っていた飛鈴は、蒼仙が何やら遠眼鏡で戦況を窺ってから立ち上がると軽く上着を羽織るのが見えて、傍らの迅脚に声をかけると、迅脚は頷いてこそこそと草に紛れて離れていきます。 「さあて、なにかやられる前に一気にやっちまうのがこの場合正解って気がするナ」 蒼仙の周囲にいるのは三人程の手練れですが、一足飛びに駆け寄る飛鈴の手から放たれるのは、暗く鈍く光る苦無。 「足止めにもならんナ」 左右に身を振り狙いを定められないように駆け寄る飛鈴に気が付いた蒼仙は舌打ちをし腰帯剣を引き抜くと、剣を一降りし繰り出される瘴気に包まれた一撃を放ちますが、それをかいくぐって交わしきる飛鈴。 「ちぃっ!」 飛鈴の勢いに体勢を立て直そうと振り向きのこうとした蒼仙ですが。 「ほわっちゃ―――っ!!」 甲高い声と共に不意を打たれる形で吹き飛ぶのは蒼仙の背後を護っていた男の一人です。 後ろに回り込まれた状況で、正面から飛び込んでくる飛鈴が足下へ着地すると、その勢いのままに抉り蹴り上げるかのように放たれる渾身の膝の一撃。 それは蒼仙を捉えたかに見えましたが、弾け飛ぶ瘴気に模られた蒼仙の姿、瘴気の渦が薄れれば、その中には肩で息をし、砕けた腰帯剣を忌々しげに投げ捨てる蒼仙が現れて。 「コイツで決まるとは思っとらんかったガ……見た以上ここで確実に仕留めさせてもらおカイ」 「ちぃぃ……っ」 禍々しい色彩の符を取り出して構え飛び退ろうとするも。 「あちょーっ!!」 「くっ、邪魔な……っ!?」 ちらりと迅脚へと意識を向ければ直ぐに距離をじりと詰めてくる飛鈴、なまじ直前に見せられたそれの威力があるからか蒼仙自身迂闊に動けないようで。 「逃がすと思ったカ?」 鋭く繰り出される飛鈴の蹴りをぎりぎりで受け流し、何とか呪符を迅脚へと撃ち込み退路を拓こうと窺っていましたが、その迅脚が不意に飛び上がったかと思うと。 「きええぇぇえ――っ!!」 「っ!?」 それは鋭い爪を持った脚甲での、頭部への強烈な一撃。 間一髪で呪符で受け止めかわした蒼仙ですが、それは致命的な間となりました。 「何度も奥義を見せるほど馬鹿じゃないからナ」 今度こそ、本物の蒼仙の懐へと身を躍らせた飛鈴はにぃっと口の端をあげると。 「し、しまっ……」 「これでトドメ、ダ」 蒼仙に最後まで言う暇も与えず、胸を深く確実に抉り打ち抜く飛鈴の一撃。 「か……は……こん、な……私、は、えい、ゆう、に……」 ぐらりと蒼仙の長身が揺れたかと思えば、まるで何か見えているものを掴もうとでも言うかのように手を伸ばすと、どさりと倒れ伏す蒼仙、基、蒼仙を名乗っていた、八極轟拳幹部が一人、白子冥はそのまま絶命するのでした。 ●居場所 「綾麗さん」 肩の手当をツバメにして貰って一息ついた様子の綾麗に声をかける羅喉丸。 一行は塞へと逃げ込んだ村人達を伴い、香春関へと身を寄せ何とか落ち着いたところでした。 「赤蛇が身につけていた脚甲だ」 一瞬の躊躇いの後に綾麗へと差し出されたのは、別室で死んだように眠り込んでいる少年が身につけていた、黒と赤に銀の細工で龍が施された脚甲です。 羅喉丸は籠手と脚甲が揃う事によって、救村の英雄譚の再来として綾麗へ更に負担が増すのではとの懸念もあったようですが、綾麗自身が覚悟を決めているのも解れば信じて託すことにしたようで。 「俺も微力ながら、最後まで力になるよ」 「ありがとうございます。凄く心強いです」 微笑を浮かべる綾麗に羅喉丸も笑みを浮かべ頷いてみせれば、改めて領主の用意した一室へと足を向ける二人。 「嵐山さん、大丈夫なんですか?」 「おぅ、全身に被った訳じゃネェからな、唾付けときゃ治るさねぃ」 「だから飛ばしすぎるなと言ったんだ」 あちこち包帯でぐるぐる巻き状態ではありますが、存外無事な様子の嵐山に緋桜丸は苦笑気味で。 油を前進で被って日にまかれてしまった珠光は別室で治療を受け続けているよう。 「これで陰険なコトしかけてくる奴は倒したことになるナ」 「無事倒せて良かったです」 赤蛇も蒼仙も失った残党は、散り散りに逃げていったようで、直ぐにまた攻め込んでくることは無いだろう、そう思えばやるべきことはやったカ、そう言う飛鈴に迅脚も頷きます。 一人足りませんが、一同が介したところで綾麗は青い布飾りを取りだして。 「せめてものお礼です。ほんの少し、お守り程度ですけれど、護りとなるように願って誂えたものです」 清璧の、後継者のみが織り上げるという護りの祈りを帯びたその布飾りをそれぞれに渡すと。 「今回は本当にありがとうございました」 綾麗は改めて一行へ礼を述べるのでした。 香春関の、領主の館にある小さな庵、そこの寝台に少年は寝かされていました。 脚甲の呪縛に引きずられるように居た少年の目覚めには、綾麗と、そして香春関の領主である髪白眉白髯の老人、程灰零です。 「……なんで、助けた……」 どこか泣き出しそうな声で言う少年に、口を開いたのは灰零。 「赤蛇の……この関を救った男の末裔だからじゃ」 その言葉に何かを言おうとするも言葉にできない様子でもどかしげな少年、綾麗は、少年を暫く見つめると、穏やかに微笑みかけて。 「おかえり、赤蛇」 その一言に小さく震えた少年は、手で顔を覆って泣き出すのでした。 |