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■オープニング本文 「おじ様からの連絡が途絶えた、ですか?」 青い顔をしてその報告を受け取っていたのは、武天芳野の領主代行、伊住穂澄。 じっとりと汗ばむ陽気になりつつあったその室内においても、穂澄は薄ら寒さを憶えて小さく身体を震わすと一つ深く息を吐いてから改めてその知らせをもたらした相手へ目を向けました。 「僕達は繋ぎのためにそれぞれ宿場に行った後で、合流地点へ戻り待機していたのですが……」 「予定を過ぎても実将様は戻られず、連絡もありません。私達はこの一件を穂澄様にお伝えするようにと指示を受けて戻りました」 それぞれ報告をするのは、きりりとした十二程の少年と、落ち着いた様子の十六程の少女の二人。 「黄昏丸はおじ様にどのような指示を?」 「僕は、近頃徘徊しているという噂のある、黒い姿の青年について、確認に行くように書簡を預かっていました」 穂澄の問いかけに答える少年の黄昏丸は、傍らの少女へと目を向けて。 「多恵の方は付近の村で気を違えてしまった人の事を聞きに行っていたんだよね」 「ええ、近頃、集落より離れて一人暮らしている者たちの失踪が相次いでいた為、その事を、宿場の者たちに確認に行って……」 「おじ様は、何処へ向かわれたのですか?」 「……傭兵砦です」 ちらりと目を合わせてから、黄昏丸が答えて。 黄昏丸は本当に幼い頃より育ち、また多恵は住んでいた村が滅んでから数年間傭兵砦で修練を積み、二人は黄昏丸の兄と違い開拓者ではなく、武天芳野の領主、東郷実将とその代行である伊住穂澄に仕えるために出てきていました。 「私達も落ち合うはずだった宿で、実将様が砦へ向かい戻られていないことを知ったので……申し訳ありません」 二人の所為ではないと言ってから、考える様子を見せる穂澄。 「黒い青年と、気を違えてしまった者……もし、これがおじ様が戻られない事柄と関連しているとすれば……」 「僕達、一度傭兵砦に戻ろうかと思います。何か事情があってあちらで足止めされている事も有り得ますし」 「いえ……念の為、開拓者と一緒に向かってください。もし、その黒い青年が無有羅でしたら、大変なことになって居るかも知れませんから」 その言葉の意味をそれぞれが良く理解しているからか、表情を曇らせるも、黄昏丸と多恵は頷くと、支度のために部屋を辞して。 「……おじ様のことです、大丈夫とは思いますが……」 祈るように呟くと、穂澄は直ぐにギルドへと依頼を手配するのでした。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●傭兵砦へ 「結構入り組んでんだな」 「うん……砦ですから」 ルオウ(ia2445)の言葉に頷く黄昏丸、それは黄昏丸の先導で砦に向かう抜け道の一つを通っている時のことです。 「小さな頃から居る子供達の中には、外に興味があって自分だけの道を持っている奴もごく少数だけれど居て……」 「あなたもそのうちの一人という訳ね」 微かな笑みを浮かべて言うフェンリエッタ(ib0018)は、歩きにくい山の中を慣れたように案内する黄昏丸に言うと。 「じゃあ、いざという時の道はあるのね?」 「うん、砦の誰にも教えていない場所が三カ所はあります。その、大人が通れる道と言う意味で」 子供とか小柄な人だけが通る道なら他にもあるけれど、言いながら素早く周囲を見る黄昏丸、その道は殆ど人が足を踏み入れた様子は無いところで。 「もっとも、それも敷地までで、砦の中へ踏み入れる事が出来る場所や隠し通路は知っているのは誘導する立場の一部の人達だけで……僕含めても片手で足りてしまう人数です」 「文など何が書いてあるにしろ怪異の起こる周辺に何気ない調子で赴くのも理としてどうか……何かしらの心があったか、既に狂気にでも侵されていたか」 「繋ぎもありますし、普段から落ち合う小屋があって砦の者が迎えにくるものでしたから」 私も黄昏丸も出る前には大人達と幾度か迎えに出ていました、成田 光紀(ib1846)に、背負った弓の具合を確認してから言う多恵はいつもの情景を思い出しているようで。 「基本砦の人間は戦などの必要がなければ中で文武を磨くので、何かしらあるときには実将様に来て頂いていました」 落ち合う場所も基本街道沿いなので人の目がある場所ですし、多恵が言うのに普段の煙管を懐へと収めて少し考える様子を見せる笹倉 靖(ib6125)。 「だから一人で出かけて行ったと……まぁ、文を受け取って出掛けるまで供と一緒で、そちらは普通だったならそういうもんかね。ただ、砦の方で狂気に陥ってないとも限らないからなぁ」 「その場合、これで効果が有れば良いんだけど」 たびたび耳を澄ませて周囲を伺うケイウス=アルカーム(ib7387)も言えば、強く頷きながらのレティシア(ib4475)はどうやら非常に立腹中のようです。 「人の心を無有羅は玩具にしています。激おこです」 「げきおこ?」 「とっても怒っているという意味だと思うわ」 「とにかく、この楽譜が無有羅に効果が有れば、被害を減らすことも出来ますし、対抗する大きな力となります」 「正直な話、何処まで効果があるのかが……いや、効き目の範囲って言う意味ですけれどね」 戸惑うように黄昏丸に見られて言うフェンリエッタ、こほんと小さく咳払いをして楽譜の写しの事を言うレティシアに、イデア・シュウ(ib9551)は楽譜の効力の方が依頼内容よりも寧ろ気になるようで。 その中で、この先にいるのではと推測される無有羅を想ってほぅと息をつく者が。 「あぁ……日々、会いたいと……想いは募るばかりで御座います……」 何処か夢想するかのようにうっとりと笑みを浮かべて呟く月雲 左京(ib8108)は、心底愛おしげに太刀の柄に指を這わせて呟くと砦の方へと目を向けて。 「それにしても、狂った者が文を書けるかと思うと難しい気もするんだよな……」 「実将様が疑わず出かけて行くような文をとなると、文が書かれた後で何かが起こったのでしょうか?」 「それはそれで、都合の良すぎる偶然じゃないか?」 ケイウスに首を傾げて聞く多恵ですが、笹倉は僅かに口の端を持ち上げて。 「……そろそろ砦に着きます」 黄昏丸の囁くような小さな声に、一同は一度そこで止まり伺えば見えてくる古くも立派な砦の姿、成田はちらりと目を落とした懐中時計の示す濃厚な瘴気を確認すると符を一枚引き出して。 「一つ中の様子を拝むとしよう」 呟くと成田は符を放つのでした。 ●狂気の砦 「静かだな」 抜け道の待ち伏せは無く入り込む一同、辺りを見渡してルオウは盾と脇差しを改めて握り直して慎重に先へと進みます。 「出来るだけ傷付けたくないのだけれど……」 フェンリエッタが結界を張り周囲を確認すれば、濃厚な瘴気と共に瘴気ではない気配がそっと忍び寄るのを感じて。 「……っ、周囲に居るのは人です!」 気付かれたことが分かったか幾つも降り注ぐ矢を黄昏丸と多恵が連携して払うも、一拍遅れて懐に入り込もうとでも言うかの素早く繰り出される短刀が迫れば、割って入るようにイデアが盾で受け止めます。 「っ、と……」 「どうやら、亡くなられて操られた訳では御座いませんね……」 その首を狩ろうとでも言うかのように連携して振り抜かれた刀は左京の太刀が受け止めていて。 「おっと」 左京の顔を狙い投げられた小刀を盾でさっと受け止めるルオウ。 「やはり、戦い慣れて、居る……」 「厄介、で御座いますね……」 間髪入れずに猛攻してくる相手に、死んでいるなら兎も角狂気に陥っているだけのため、殺さないでの対峙はなかなかに骨の折れるもので。 「楽譜に狂気を収める力があるのなら……」 前衛とは別に、背後を狙う砦の者を相手にフェンリエッタが守る中、竪琴へと指を滑らせるケイウス、深く美しい音色が瘴気から仲間達を守ればレティシアへ眠らせるか試すか迷うような目を向けて。 視線を受けたレティシアもバイオリンへと弓を当て、流れ出るのは心地良く何処か暖かい、穏やかで何処か懐かしい、そんな不思議な旋律。 直ぐにケイウスも竪琴を爪弾き、奏でられる『禍神を律する曲』の効果は、直ぐに目に見えるように現れてきました。 動揺と混乱とを顔に浮かべて動きの止まる砦の者たち。 「今のうちに動きを封じてしまいましょう」 イデアは言えば目の前の男を取り押さえに入り、黄昏丸と多恵は矢の出所へと駆け寄り相手を引き倒し取り押さえて連れて戻ってきて。 「舌も噛めないようにして……間隔も開けた方が良いだろうな」 言いながら笹倉は取り押さえた者の身に付けた物で武器や自傷に使えるものはないか調べて、多恵と黄昏丸は指示通りに縛り上げていって。 「一足飛びに治るわけではないみたいだが……」 「無有羅によって狂気に陥った者の、症状緩和に使えるように御座いますね」 「あとは無有羅自体にどれほど効果があるか、だよね」 一通り縛り上げたあとで笹倉が言えば、左京は対峙していた男が止まったことを思い出して言い、ケイウスは直接試す事になりそうだけれど、と微苦笑を浮かべて。 「ここに入れておくのが良いであろう、連れ歩けるわけも無し」 開いている建物一つに縛った砦のものを収めると、改めて続ける探索、辺りに転がる遺体に、黄昏丸はぎりと唇を噛みしめるも、悔しさと怒りで震える多恵の肩に手を置いて宥めているようで。 「狂気に陥って、同士討ちがあったようですね……」 痛ましい有様に顔を曇らせるレティシアは、ふと気が付いた事があったのか目を瞬かせてから、改めて確認するように遺体を見比べて。 「何か、動物か何かに噛み千切られたような、痕が……」 「砦の中にいる動物は主に馬と龍は少数……」 「龍の噛み跡と言うようにも見えぬが」 見れば幾つかは食い千切られたようで、龍のものとも思えない余り大きくないものです。 「無有羅が人を囓って食べると言うことは聞いたこともないですし、資料でも見た記憶が無いです」 無有羅だけでは無いのでしょうか、と首を傾げるレティシア。 「この状況で動物が入り込んで喰った、とは思えないよなー」 「狂気を帯びて尚連携されて居るように御座いますし……」 何とも言えない表情で言う一行は改めて周囲をぐるりと見渡すのでした。 ●暗鬼と無有羅 「だいぶ、砦の人間は見つかったと思いますが……」 子供も大人も大半が同士討ちか、何者かに喰われた様子があり、砦にいた二人は気丈に振る舞ってはいるものの苦渋が見て取れます。 「黄昏丸さん、この場合、立て籠もるとしたら最適な場所とか、東郷さんが立て籠もったり身を隠したりしそうな場所とか、分かりますか?」 念の為安らぎの子守歌で癒そうと試したものの、狂気へと陥れた無有羅の力が相手では狂気を晴らす迄はいかなかったようでそう尋ねるレティシア、 「僕が思いつく場所は砦の人間にも思いつく場所ですから危険かと……多恵だったらどうする?」 「外に出られないなら……武器庫。抜け道はないけれど、籠城するには頑丈だし入口は一つだし、一人で籠城するなら、私はあそこに行くと思います」 「じゃ、行こうぜ」 促すルオウに案内をしながら進む黄昏丸、武器庫は長の屋敷の裏手側、石造りのがっしりとした建物で、その周囲には血と争った跡はあるものの遺体が転がっていると言うことは無く。 「扉に血がべったりと……ちょっと中を窺ってみるとしよう」 符を放ち言う成田、人魂は百足に姿を変え高い位置にある小窓から入り込むと、戸には内側から閂がかけられており、更に奥の暗がりに人らしきものは見えるのですが、近付こうとした瞬間何かが光ったかと思うと人魂は消え去って。 「ふむ……式が落とされたか」 「中に誰かしら居る可能性が高いなら、ここを開けるのが先決だな」 言ってルオウが扉の前に立てば、脚が盛り上がるように太くなると、勢いのままに扉を閂ごと蹴破って。 「……開拓者ってみんなあんな……」 「一部だけだから」 黄昏丸に即座に訂正するフェンリエッタ、警戒するように中へと踏み込んでいくルオウと左京、と間一髪ルオウが盾で受け止めたのは匕首。 「……外し、ちまったか……こりゃ、年貢の……」 微かに聞こえる低い笑い声、ですが直ぐにくぐもった咳に言葉は途切れて。 「もしや……」 弾かれたように駆け寄る左京は武器庫の通路奥、血塗れの人影に駆け寄ると、それは壮年男性であることが分かって、芳野の祭りに行ったことがある左京には見覚えがある人物であることに気が付きます。 「状態は如何でしょう……命に別状は……」 咄嗟に身体を一通り触れてみれば、右腕と左の太股に深く傷があり布できつく縛ってあり、失血と無数にある浅い傷の血が目に入った事とで視野がはっきりしていない様子。 「実将様!」 「おぅ、嫌ぁな所に来させてすまねぇな、黄昏丸」 黄昏丸が声を掛ければ現状を認識しているか言う実将、一通り確認して安堵と共にはたと我に返って左京は慌てて下がって。 「……っ!! も、申し訳ございません! 失礼を……!!」 「なぁに、別嬪さんが、具合を見てくれるのに、失礼も何もねぇよ。とは言え、この様だからな」 よろりと立ち上がろうとするのにルオウが手を貸すと、大凡の事情を穂澄から受け取った書類をさっと見せて説明する笹倉に頷いて布で血を拭ってから、足手纏いになるなら置いて行けと普段なら言うが、と厳しい表情の実将。 「気ぃ付けろ、記憶も姿も丸々乗っ取る奴が入り込んでやがった」 「長!」 理穴より流れてきた暗鬼というアヤカシのことを簡易的に説明する実将、その言葉を遮るように武器庫の外で聞こえる声、気が付いたのは多恵ですが、駆け出しそうな多恵をフェンリエッタは半ば抱き止めるように引き留めて。 「あれは人じゃない、アヤカシよっ」 「人を模するアヤカシと……」 物珍しいものを見るように成田も目を向ければ、その後ろ、長の屋敷の方からゆっくりと姿を現すのは、黒い肌に赤い瞳の青年。 「おや、お客さんか、やあ、なかなか楽しいだろう? この狂乱の砦は♪」 「うわ、出た……!」 ケイウスが下がりイデアが対峙するように向けば、よいしょとばかりに実将を担ぎ上げるルオウ、左京は守るように前に立ちます。 「人を操り、貴方様はそのような場所で……何をされていらっしゃいますか……?」 「宴さ」 さも愉快とばかりに愉悦の笑いを漏らすと瞳を爛々と光らせる無有羅、その前で業物と分かる刀を手にした、長と呼ばれた老人もにたりと笑い。 「相変らず趣味の良い事だな」 「お褒めに預かり光栄だよ。折角の宴なのに、主賓を連れて帰ろうだなんて悪いお客さん達だ」 「領主の肉は、上手いかのぅ、折角の友の肉、持ち帰らせると思うかぇ?」 そこへ叩き付けられたのは成田の符による呪い、引き攣った不快な長の笑い顔がぐにゃりと爆ぜ、無有羅の腕がぶわっと瘴気へ一度戻り、触手が再びうねうね集まって黒い腕を構成して。 「わたくしと少々、手合わせをお願い致しましょうか……」 そして殺意で恋い焦がれている左京が自身を押さえつつ太刀を構えて後ろを庇えば、レティシアとケイウスが多恵と黄昏丸に守られつつバイオリンと竪琴で音を紡ぎ、その曲を聞いて浮かべていた無有羅の顔が、愉悦から激怒に染まって。 「私の楽譜に何をした! 混沌を御せるとでも思い上がるのか、人間風情が!!」 「楽譜を奪われさぞ業腹でしょう……今回は主賓までも逃がすのですから」 フェンリエッタの言葉に激昂したか瘴気が吹き出し……まるでその旋律に押さえ込まれるかのように噴き出す勢いが削がれて。 意識が逸れているのを確認して黄昏丸と多恵に先導を頼み、ルオウは実将を担いで駆け出すと、イデアは長の姿を再び構成し直す暗鬼を牽制し、激昂しレティシアとケイウスへ寄ろうとした無有羅には左京がうっとりとした視線を向けて。 「ああ……とても強く……とても、とても……素敵な、方……わたくしだけ、見て下さればいいのに……!」 鋭い左京の、淡く輝く太刀の一閃、その薙ぎ払う鋭い一撃が無有羅のいなすように動いた触手を切り飛ばし、落ちた触手は瘴気に、瘴気から更にさぁっと消えるのに苦々しく見るも、とんと飛び退って距離を取ると。 「興が削がれた……」 「追わずと、良いのか?」 ずるりと崩れた長の姿が薄笑いを浮かべた青年のものへと代わり無有羅へと尋ねるも、ふんとつまらなそうにふらりと歩き出す無有羅、後ろを守るかのように後を追う青年を見送ると。 「さっさと帰りましょう。ここを元に戻すのは別の方の仕事ですし」 イデアの言葉に少しだけ名残惜しそうに無有羅達が去った方を見る左京ですが、実将を担いで先に離れたルオウ達を追って歩き出すのでした。 ●救われたもの潰えたもの 「傭兵砦の方々は保護しましたが……あそこは閉鎖し悪用されないように管理することとなりました」 これだけの被害が出たため、無有羅の脅威の認識は跳ね上がるであろう事を告げる穂澄。 「楽譜に効力があることは分かったし、色々と有力な情報は手に入ったけれど……」 早く何とかしないと、そういうケイウスに頷く一同。 「力を完全に封じたと言うよりは、ある程度押さえられる、と……」 それも踏まえて対策を考えませんと、そうレティシアは言うと漸くに横になり手当をされた実将の側に静かに控えている黄昏丸と多恵へ目を向けます。 「ともあれ、皆様、おじ様を……領主を助けて頂き有難う御座いました」 穂澄はそう言って改めて一同へと礼を告げるのでした。 |