霧雨の宴で
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/27 19:30



■オープニング本文

 その日、ギルド受付の青年・利諒は、武天芳野の景勝地、六色の谷に呼ばれてやって来たのは、雨に煙るとある昼下がりのことでした。
「あれ、今日は穂澄ちゃんが依頼主なんですか?」
「ええ、今日は、お誘いを出して貰おうかと思いまして」
 利諒がやって来たのは老舗のお高い温泉宿の一室、そこで依頼主である芳野領主代行の伊住穂澄嬢が待っていました。
「お誘いですか?」
「実は、女将さんからこの時期なかなか客足が良くないとのことで……」
「緑月屋さんは温泉宿ですからねぇ。あ、でも、部屋に備え付けてあったり貸し切りされる露天風呂は屋根とかありましたよね」
 宿の様子を思い返して言う利諒に頷く穂澄は口を開いて続けます。
「雨の宿もなかなかに風情があると思うのですが……そこで、この緑月屋と、川縁の麗月亭それぞれで、雨を見ながらのんびりと過ごして頂こうと幾つかお誘いをしていたので、宜しかったら、開拓者の皆様も如何でしょうと」
「なるほど、ここ緑月屋と、船宿の麗月亭ですか。確かに、この霧雨の中でゆっくりと過ごすというのもなかなか乙なものですよねぇ」
 風情がある、と笑みを浮かべて頷く利諒に、私は知人とささやかな宴でもと思っているのです、と穂澄は言うと。
「緑月屋さんでも麗月亭でも、話は通しておきますので、利諒兄さん、お誘いの張り出し、お願いしますね」
「わかりました、出しておきますね」
 穂澄に頷いてから依頼書を取り出すと、利諒はさらさらと筆を走らせて、雨の六色の谷へのお誘いを書き上げていくのでした。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 草薙 慎(ia8588) / 和奏(ia8807) / ローゼリア(ib5674) / セシャト ウル(ib6670


■リプレイ本文

●雨の宿
「天儀は、本当にこの季節じめじめしてるわね! 自慢の尻尾が湿気ちゃうわよ……」
 ほうと溜息をつきながら小さくぼやくのはセシャト ウル(ib6670)。
 セシャトはちょっとおめかしをしててこてことやってくると、目的のお屋敷の前でちょんと自身の尻尾を見ているところでした。
 早速屋敷の門をたたけばすぐに中へと案内され、暫し客間で待っていればすぐに顔を出すのは柔和な笑みを浮かべた御老人。
「宗右衛門さん、雨の風情の楽しみ方を教えて貰いに来たわ!」
「おお、そういえば緑月屋と麗月亭でお客を呼んでいるといっておりましたな」
 そのお誘いかと嬉しげに笑う伊住宗右衛門翁にセシャトも笑顔で頷くと。
「こっちの人は雨の風景も風情が良いだなんて言うんでしょう? そのコツ、ちょっとばかり教えて貰おうかしらと思って♪」
 セシャトに頷いてから、家人へ何やら話してから、直ぐに支度をしに部屋へと戻ると、支度を終えてから客間のセシャトを促して玄関へと向かう宗右衛門翁。
「では、早速雨の道行と洒落込みましょうかのぅ」
 そう言って大きな傘をさして笑みを浮かべる宗右衛門翁に、セシャトは笑ってその傘に入ると早速と腕をとって歩き出すのでした。
「私、ローゼリア・ヴァイスと申しますの。よろしくお願いしますわね」
「ようこそおいで下さいました、どうぞ、ご緩りとお過ごし下さいまし」
 緑月屋にやって来て、お出迎えの女将さんに丁寧に挨拶をするのはローゼリア(ib5674)、その直ぐ後を、濡れた傘の水を軽く切って纏めた草薙 慎(ia8588)も入ってくると、二言三言ローゼリアと談笑していた女将さんに名前を告げて。
 笑顔で迎える女将さんは、濡れたところを拭う手拭いをと差し出してから荷物を預かり、二人を客室へと案内します。
「さて。お手並み拝見……ですわね」
 女将さんに案内されて先に立つ草薙にくすり悪戯っぽく笑うと、こっそり聞こえない程の声で呟いて。
「へぇ、落ち着いた良い部屋だな」
 草薙が声を漏らせば、ローゼリアは窓の方へと歩み寄って庭を眺めて。
「でも、今日はどういう風の吹き回しですの?」
 くすりと笑って振り返るローゼリアに、ちょっぴり言葉を探して頬を掻くと、口を開く草薙。
「んむ……たまにはさ、こういうのもいいかな。と思ってさ」
「こういうの?」
「こうしてローザといるのってあんまり無かった気がするしな」
 二人でゆっくりと過ごすのも良いかと思って、そう言ってちょっぴり照れているようにも見える草薙は、自身も窓際に歩み寄ると、なでなでとローゼリアを撫でるのでした。

●川辺の宿
「初夏の雨は風情がありますね……」
 おっとりとそんなことを呟きながら、川辺の船宿、麗月亭にやって来ていた和奏(ia8807)はのんびりと御茶を頂いていました。
「お待たせしました」
 そこへ顔を出したのは受付の青年の利諒、宿の顔見知りでもあったためかお手伝いがてら、ちょっと準備の遅れていたもの運んできたようで、御茶のお代わりと運ばれてきた枇を受け取ってから、何処か機嫌が良さそうに川へ目を向ける和奏。
「何だか楽しそうですね」
「向こう岸の柳が煙って見えるのが良いです。それに、川を見るのも面白いです」
「川を?」
 利諒が聞くのに頷くと、霧雨なので雨粒は分かりにくいけれど、そう言って辺りを見てから、改めて川へと目を戻すと、和奏は続けます。
「霧雨も水面に落ちると波紋を作るので降っているのが見えるのです」
 成る程、と頷く利諒に、川へと目を向けていた和奏は、何かに気が付いて小さく溜息をついて。
「……でも、水面が揺れると小さなお魚は見えなくなってしまうので、ちょっと残念……」
 小さな影がちらちらと見えていたようですが、それもいつの間に過見えなくなっていて、気が付けば川面を小さく揺らす霧雨に
「小さい頃は浮御堂から芽吹いた柳の柔緑を眺めるのが好きでしたし……」
 実際は大人の集まりの中に着飾って同伴されているお座敷犬状態だったようで、園遊会などに引っ張り出されても雨を眺めるぐらいしかなかったようなのですが、それはそれ、こうしてちょっとぼーっと眺めて居るのはとても和奏にとってしっくり来ることのよう。
「窓辺の睡蓮も煙って見えて……」
 窓の側、睡蓮の鉢を眺め、そして手元の枇杷に目を落とすと、笑みを浮かべて竹楊枝を手に取るのでした。

●雨霞に揺れて
「……」
 川の水音を聞きながら、静かに窓辺に凭れるように窓の外をぼんやりと眺めて居るのは柚乃(ia0638)。
 柚乃はぶらりと一人六色の谷へとやって来ると、緑月屋へと入り、一人静かに過ごしていました。
「思えば、一人でいる時間が減ったような……」
 小さく呟く柚乃、決して、誰かと一緒にいるのがいやというわけではなく、寧ろ感謝しているのですが……。
 窓の外に見える庭の池が小さく揺れているのを眺めながら、色々と思うのは、自身の周囲の人々の事であったり、共に行動する相棒達であったり。
 つらつらとそんなことを考えて居れば、いつの間にか無心に池を眺めて居たようで、ふと気が付けば大分時間が経ってしまっているよう。
 柚乃は小さく息を吐くと立ち上がり、宿の人に声を掛けてから、屋根のある露天風呂を借りることにしました。
「ふぅ……」
 霧雨の中湯船へと浸かれば、じっとりと何とも言えなかった気温と感覚が、温泉の暖かさが、そんな不快感を洗い流すようで、緩く息を吐いてから微かに笑む柚乃。
 心も、身体も温泉の暖かさだけではなくゆっくりとした時間のお陰で十分に休息も取れたようで暫し霧雨のその霞のような景色を眺めると、ふと何やら思い立った様子の柚乃は、小さく首を傾げて。
「そういえば……どこかに……?」
 呟いて考えて見るも、直ぐにそれが思いつかなかったようで、うん、と小さく頷くとお湯から上がり身支度をすると、ほこほこの暖かさや心地好さのままに宿の人間の元へ。
「あの……何処かに紫陽花は咲いていないでしょうか…」
「紫陽花ですか? 庭にある東屋の周囲は、紫陽花が自慢なのですが、そちらの方は如何でしょうか?」
「有難う御座います、行ってみます」
 一枚羽織り傘を手にゆったりと歩き出すと、庭へと足を向ける柚乃、雨のに歩いて見れば、中庭とは違った趣、件の東屋は落ち着いた雨の景色に紛れて、静かに佇んでいました。
 東屋へと踏み入れ、備え付けられていた座敷へと腰を下ろして周囲を見れば、そこから眺められる雨霞の向こう側に、青、赤、紫の色彩が揺れていて、それが心を和ませて。
「……うん、綺麗……」
 小さく口元へ笑みを浮かべると、柚乃は暫し紫陽花の色彩を眺めながら、静かでゆったりとした時間を過ごしているのでした。

●霧雨に煙る時間
「船で近くまで来るって言うのも、なかなか素敵だったわ♪」
 嬉しげにセシャトが言えば笑みを浮かべる宗右衛門翁、二人は麗月亭から屋根船で川を上り、降りた船着き場からぶらりと歩いて緑月屋へと向かっていました。
「雨の合間に見える雲も格別、さぁっと、微かな雨音を聞きながらこうそぞろ歩くもまた良し、と」
「あんまりそんな風に考えたこと無かったけれど……」
 そう言って笑うと、蒼い傘を差したセシャトは雨に濡れて輝く石畳の上を軽やかに渡り、くるりと回って微笑をして。
「故郷では雨の踊りはほとんど無かったから、新たな境地ね♪」
 悪戯っぽく笑ってふわりと霧雨の中を軽やかに舞うのは、それは異国情緒と天儀らしい風情とが相まって幻想的なもので。
「これは見事」
 ぴたりと止まって、雨の中でも晴れやかな笑みを浮かべるセシャトに、柔和な笑みのままに頷いてみせる宗右衛門翁。
「ふふ、でもちょっと、お腹が空いちゃったわ」
「はは、この時期だとそろそろ鮎が出て来る頃かのぅ?」
 ぺろりと舌を出して笑うセシャトに、宗右衛門翁も思わず笑いを漏らして、緑月屋へと再び歩き出すのでした。

●静かな一時を二人で
「流石に一緒には入れないよなー……」
 湯上がりでほこほこしつつ、窓辺でぼーっとローゼリアが上がってくるのを待っている草薙、流石に何となく一緒に温泉に浸かるのは遠慮したようで、女性用と男性用別の露天風呂を楽しんできた後のよう。
 ローゼリア自身、温泉が初めてというわけではないですが、天儀に来てから三年は経っているという彼女でも、どうにも宿の色々なものやことが興味深く映っているようで、目にもおしとやかな様子の中にも楽しげな色が滲んでいて。
「とても気持ちが良かったですわ」
 そう言って浴衣で戻って来たローゼリアにちょっぴりどきっとしたりしながら少し話していれば、夕食の膳が運ばれてきます。
「料理はこちらの方がジルベリアのものよりも口にあうようで楽しみですの。」
「川魚と野菜の天麩羅に、ご飯はこれは……鮎飯、かな? お吸い物と茶碗蒸しと……」
 献立を確認しては目を瞬かせて見たり、興味深げに作り方などを一緒に話したりしながら夕食を終えれば、微かに聞こえる雨音だけで、外はすっかりと日も落ちていて、静かに御茶を飲みながら、言葉はなくとも何処か心地良い一時を過ごす二人。
「ローザー」
 そんな静けさの中、窓辺で部屋の灯りでぼんやり禹版で見える中庭の池を眺めて居たローゼリアに声を掛ける草薙。
「なんですの?」
 振り返って微笑で聞き返すローゼリアに、草薙も笑みを浮かべると、ぎゅと抱き締めて。
「……好きだよ、うん、大好き」
「ぁ……」
 ほんのりと頬を染めて、抱き締めて優しく撫でる草薙に軽く凭れるように寄り添うローゼリア。
 二人は心地良い雨音の中、暫しの間そうして、穏やかに庭を眺めて居るのでした。