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■オープニング本文 漸くに暖かな日々が続くようになってきた武天芳野、綾風楼に呼び出された開拓者ギルド受付の青年利諒は、季節のことも考えてそわそわいそいそとやって来ていたのですが。 「あらら、桜、大分散っちゃいましたねぇ」 そういう利諒は、毎年この時期のお祭りですからねぇ、と頬を掻いてから綾風楼へと入っていけば、窓辺でどこか遠くを見て微妙な笑みを浮かべているのは、芳野領主代行、伊住穂澄嬢です。 「あー……、ほ、穂澄ちゃん、どしたんですか?」 「いえ、うん、吹っ切れました、お花が無くなっちゃいましたが、前倒しにするには時機を逸してしまったんです! そうなれば別の手段しかないですよね! 利諒兄さん!」 「あ、やっぱり桜香のお祭りをどうするのかで困っていたんですね」 「そうなんですよー……まさか、梅が散る前に桜が一気に来て去っていくとは……あ、お花見は、皆さんされて居たようで、それはそれで賑やかだったのですけれどね? 街中も」 そう言って溜息をつく穂澄、元々真面目な気質の彼女ですが、祭りを中止にするか行うか悩んだ末、最終的に開き直って、代案を考えて祭りはやろうと言うことで落ち着いたそう。 「で、町の方は町の方で、花がない桜香祭をどうするかっていうのを考えた結果が……」 「桜尽くしのお品書きでお持てなし、となったようです」 桜自体は山桜くらいで、八割方散ってしまっては居ますが、街中を桜の飾り物などで華やかに装いをしようとしているようで。 「折角ですので、開拓者の皆様も、咲いているもの以外の桜を堪能して頂ければと……」 「分かりました、その様にお誘いを出しておきますね」 利諒が言えば、お願いしますと頭を下げてから、穂澄は深々と溜息をつくのでした。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 拾(ia3527) / 慄罹(ia3634) / 菊池 志郎(ia5584) / 叢雲・なりな(ia7729) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 紅 舞華(ia9612) / 尾花 紫乃(ia9951) / 尾花 朔(ib1268) / 叢雲 怜(ib5488) / 澤口 凪(ib8083) / 墨雪(ic0031) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) |
■リプレイ本文 ●穏やかな昼下がり 「今年はたくさんお花見をしましたけど、たまには花より団子というのもよいですね」 しみじみというのは柚乃(ia0638)、花はあっという間に駆け足で去ってしまう、良く晴れた空と若葉萌える様は非常に心地良いもの……なのですが。 「食べるもふー、美味しい物でお腹も心も満たされるもふっ」 「見て愉しみ、食べて愉しむ…そして心は満たされる。甘味万歳なのですっ♪」 ちびもふらの八曜丸が言えば、穏やかに微笑んでいた柚乃の目に映る白い雲もどうやら和菓子に見えてきてしまっているよう。 「どんな和菓子が楽しめるのか楽しみなのです」 心底楽しみそうに呟くと、柚乃は期待で弾けそうな八曜丸を宥めつつのんびりと芳野の街へ足を踏み入れていくのでした。 「舞い散る桜は勿論風情があって趣き深いですが、葉桜も俺は好きですよ。緑が清々しいし、この時期は天気が良くて温かい日が多いですしね」 「確かに葉桜は清しくて良いですよねぇ」 芳野の参拝道でのほほんと会話をしている男性二人、菊池 志郎(ia5584)が笑って言えば同意を示して頷くのはギルドの受付の青年である利諒。 「桜のお品書き、どんなものがあるか楽しみです。……そういえば、留守番をしている相棒達にも何かお土産を持って帰りたいのですが……」 「桜の羊羹がお勧めとか……そうそう、確か開拓者の方が作る洋菓子や屋台の和菓子が良いとか、覗いてみると良いかもしれませんねぇ」 「なるほど……ちょっと寄ってみますね」 頷き利諒と別れると、菊池はゆったりと参拝道へ向けて歩き出すのでした。 「わがしキレイ、まゆき、これもつくる?」 「練りきりは流石に無理なのよ。職人芸にはどうしてもかなわないからね。これは一流の、それを作る職人さんのを目で楽しむ方がよいの」 まずは市場の偵察にやって来ていたのは礼野 真夢紀(ia1144)、かくりと首を傾げて真夢紀に尋ねていたのは相棒のからくり、しらさぎです。 桜の花を象った練り切りの和菓子を、職人さんがお客さんに見えるようにと目の前で作ってくれており、さっさっと綺麗に形を作っていく様に感心しているようで。 真夢紀は良く屋台やお持てなしに来ることが多いためか、あまり似たようなお店を出してもと思ったようで、今日は食べ歩きに専念して、お持てなしや屋台をするのは次の日以降とした様子。 「マユキ、あとはなにみる?」 「後はご飯かな? 花見用の弁当、毎年作っているとどうもこう……品揃えが毎回同じになりそうだから、新しいのを学びたいし」 定番も良いけれど飽きがあると困るし、と答えながら真夢紀はしらさぎと共に幾つかのお店を見て回るのでした。 「甘くて美味しくて、可愛いもふ」 ふんわりとした真っ白なお饅頭に、ちょんと桜の花の塩漬けが載せられていて、見た目にも愛らしいもので、御茶屋さんの軒先にある縁台でほわーと幸せそうな笑みを浮かべている八曜丸。 柚乃はお皿に載った寒天の中に、川に流れる桜の花びらを象った和菓子を見て目を細めているところで。 「これこそ、見て愉しみ……」 柚乃は竹楊枝でちょんと綺麗に切り分けて、一かけ楊枝に差してぱくり。 「食べて愉しむ……ひんやりほんのり甘くて幸せですね。はい、八曜丸も」 「むぐむぐ……美味しいもふ〜幸せもふ〜♪」 柚乃に一かけ貰って食べれば、頬が落ちそうだとばかりに縁台の上でもきゅもきゅと転がる八曜丸に、くすりと笑うと柚乃ももう一口、と欠片を食べては嬉しそうな笑みを浮かべるのでした。 「花はなくとも花見は出来るか。上手い事を考えたな」 笑みを浮かべながらのんびりと活気ある祭りの通りを歩く羅喉丸(ia0347)がそういえば、相棒で羽妖精のネージュも頷くと、きょろきょろと周囲を見渡しては、桜という文字があちらこちらに見受けられる屋台や御店のお品書きに目を奪われているよう。 「羅喉丸、あれは何だと思いますか?」 「ん? なんだろうな、ちょっと覗いてみるか」 あれやこれやと楽しげな様子のネージュに笑みを浮かべて歩く羅喉丸。 取り敢えず、桜餅なんぞを二つ買って、食べてみたりすれば、桜の風味や香りが、葉桜になったその場ですら華やかに感じられるようで。 「花がないと伺っていましたが、賑やかなものですね」 「やっぱり祭りがあると楽しいからな」 奥の方も見に行ってみようか、羅喉丸の言葉に嬉しげに頷くと、ネージュは境内の方へと目を向けるのでした。 「桜が散っても祭りを、か……」 小さく呟くと、墨雪(ic0031)は店主や町の人の心意気と工夫に感じ入っているようで、そぞろ歩き、途中幾つか甘味などを買い求めながら歩いていました。 穏やかな気候、賑やかで楽しげな祭りの喧騒、その中で、繁盛しては居ても落ち着いた様子の蕎麦屋が墨雪の視界へと入ってくると、時は既にお昼時、丁度良い頃合いです。 蕎麦屋の座敷に上がり卓へと着けば、頼むのはこの桜の時期にだけ用意されるというさくらきり。 塩漬け桜葉を刻み、蕎麦生地へと練り込んで、それを打ち切るこれは一種の代わり蕎麦、添え物は独活の酢味噌和えです。 出されたそれを、まずは蕎麦の香りと、桜の香りがよく混ざり合って墨雪の鼻から食欲をそそります。 まずは少しだけ摘み口へと運び、ゆっくりと噛みしめて。 ………ほぅ……そばと桜、両方の風味が絶妙だな……どちらかに傾くかと思ったが、これはいいぞ……。 しみじみ思い、今度は汁にちょんとつけて一気に啜り込みます。 ……また、つゆが美味い……さくらきりの華やかな風味を邪魔しないまろやかさだが、ボケてはいない……引き締まった味だ……だしは鰹と、干し椎茸か……。 確りと蕎麦を堪能し、今度は蕎麦猪口を置いて、箸を延ばすのは独活の酢味噌和え。 ……独活…この時期にしかない……山野の香り……この味……実に、春だな……。 心の中で呟けば、噛みしめる独活の、この時期独特のしゃきっとした歯応えと酢味噌の調和をじっくり味わい、そして再びさくらきりを啜る墨雪。 食後に頂くほうじ茶に心底心を和ませると、墨雪は桜の青葉を眺めて、これはこれでいいものだなと小さく呟くのでした。 ●屋台の人々 「さてと、そろそろ戻るか……」 周囲を見渡して頃合いを確認すると、慄罹(ia3634)は一つの屋台へと足を向ければ、そこには悪戦苦闘しながら焼餅を作っている拾(ia3527)の姿があります。 「腹が減っては……って言うしな 奢るぜ」 「おにーさん! あっちも美味しそうなのですっ! あ、それからあのお店からも良い匂いがっ!」 と物凄い勢いであちらこちらの屋台を制覇したのは少し前の話、その後拾は気合を入れて仕込みに入っていました。 最初はとっても大変だったのが見て取れる焼餅の数々、一つ目は恐る恐る作ったのかこぢんまりとしていて、二つ目は皮と中身のバランスが少々崩れてしまっていたり。 三つ目四つ目と越えて、今五つ目を真剣な表情で作っている拾に、慄罹は笑いながら手を洗うと木匙と皮の生地を手に取ります。 「もう少し肩の力を抜いて、そうそう……で、こうしてこうやって」 「え、えっと、こうですか?」 おっかなびっくりではありますが、最初に作って見せて貰ってしっくり来なかったところが、二つ三つと作るうちに動きの意味も感覚も掴めたようで、綺麗な形になったのが分かると、拾はきらきらと目を輝かせてから嬉しそうに笑って慄罹を見上げます。 「おにーさん! これすごくきれーにできましたっ」 「おお、上手い上手い」 慄罹は前日に仕込んでおいた自身考案の和菓子『浮き桜』を並べているところで、えっへんと拾が見せた焼餅を見て笑みを浮かべて頷いて。 「あー……あのっ……できたら味見していいですか……?」 「お? ああ、味を知っとくと、その分売り込む時も説明しやすいからなっ」 笑って頷くと綺麗に並べて行く『浮き桜』、一通り並べ終わった慄罹に拾は綺麗に形作った焼餅を焼いて貰って。 ぱくりと囓れば口の中に広がる海鮮のスープと豚肉の肉汁が混じり合い、香りは桜海老の粉が練り込まれているため香ばしく、目には桜型に薄切りされた人参が鮮やかに映え。 「おいしいです……」 幸せそうにほわっと笑う拾いを見て、慄罹もちょっぴり誇らしげに笑みを浮かべるのでした。 「朔さん、こんな感じで宜しいでしょうか?」 「そうですね、綺麗な色になっていますね」 寄り添って仲睦まじくクレープ用のクリームを作っているのは泉宮 紫乃(ia9951)と尾花朔(ib1268)。 ちょうど苺味のクリームを作っていて綺麗に混ぜ込んである苺の果汁が桜色に染まっていて目にも楽しく。 「さ、桜のクッキーに、クレープなど如何でしょうか?」 どきどきしながら紫乃がお客さんに声を掛けて進めてみれば、通りかかるのは菊池。 「美味しそうですねぇ、お一つお願いします」 「あ、は、はい」 「中身はどうしますか? 抹茶ゼリーや餡子に白玉、それに果物などもありますが……」 「そうですねぇ……」 ちょっと考える様子を見せた菊池、取り敢えず一番桜に合いそうなものと言うことで、紫乃や尾花とちょこちょこ相談して、餡と白玉を選んだよう、最後にちょんと桜型のクッキーと、桜色のクリームが添えられてとても目でも楽しめるもので。 「あ、お土産用もあるのでしたら、クッキーも頂きますね」 丁度相棒達にお土産に上げたかったこともあるようで、更にクッキーを購入して、クレープを手にのほほんと歩き去っていく菊池を見送ると、クッキーを補充しいそいそとクリーム作りに戻る紫乃。 ちょっぴり一生懸命になりすぎたのでしょう、紫乃の頬にクリームが飛んで、くすりと笑う尾花。 「あ、紫乃さん、頬に生クリームが……頑張りすぎですよ?」 「え……? あ……」 言われて気が付いた様子の紫乃ですが、拭うよりも早く尾花が指でクリームを拭うとはむっと食べてしまい、それを見て目を瞬かせてから、かぁっと顔が赤く染まる紫乃。 その様子を微笑ましく見ながら、クレープとクッキーを売るのに戻ると、傍らで一生懸命に立ち働いている紫乃にしみじみと感じることもあるようで。 「いつか、こんな風に一緒に……」 呟きは紫乃の耳に入ったようですが、きょとんとした顔で見上げる紫乃。 「いつも一緒に作っていますよ?」 二人はお隣さん同士で住んでいるのもあって、一緒に食事を作って食べることが多いため言葉の意味まで思い当たらない紫乃に、尾花も目を瞬かせるも微笑んで。 「紫乃さんらしいです……」 微笑のままひょいと紫乃の頬へと口付ければ、紫乃は耳まで赤く染めてあわあわと手に持っていたクッキーを取り落とさないように慌てることとなるのでした。 「桜でも梅でもお好きなのを作って進ぜよう」 八壁 伏路(ic0499)が手を器用に動かして絞り細工の簪を作って呼び込みを行っていれば、七塚 はふり(ic0500)はちょっと驚いた様子でそれを眺めて居ます。 八壁とはふりがやっているのは花かんざしの出店、しかもどうやら八壁は注文を受けてから希望の品を仕上げているようで。 「家主殿にそんな才能があったとは意外であります」 「フハハ、内職で鍛えた腕を見るがいい」 なかなかに手際良くちゃきちゃきと作るのにはふりが感心する様子を見せれば上機嫌で得意げな八壁。 「芳野の桜を花かんざしに、思い出と共に持ち帰りませんか?」 はふりの売りの文句もなかなかのもの、折角の花の代わりに花かんざしというのはなかなか受けも良いようです。 「やはり、桜といえば花かんざしがですね」 最初に提案した時には、あくまで商品として提案していると言ったはふりですが、試作品を手に取ったりどうにも気になる様子、ふと気が付くと手が止まっている八壁。 「作るの飽きてきたのう……」 「儲けが出るまでキリキリ働くであります!」 「うう、そんな大声を出すな、わかっとるわい」 溜息を吐いてちょいちょいと作業を続けていれば、流石にお昼時、はふりはお昼を調達に出かけていきます。 「先日梅を見たと思ったらもう桜が散ってしまうとはな。時の流れは早いものだのう……」 呟いていれば食べ物を抱えて戻ってくるはふり、桜の塩漬けの載ったら桜あんパンを受け取りぱくりと食べると八壁は頷いて。 「うん、うまい」 「それで、買ってくる道々思ったで有りますが、桜だけでなく鈴や垂れ房、蝶などの飾りも良いのではないかと」 「そうだのう……と、そうそう」 あんパンを食べ終えると、手が開いた間にちょこちょこと手を入れていたようで、華やかで愛らしい簪を一つ取りだして。 「ほれ駄賃だ」 「ぁ……」 受け取った簪を似合わないと言われそうとか暫くちょっと考え込んだようですが、休憩の後売り子をしていたはふりの頭には、一際愛らしい花かんざしが揺れているのでした。 ●甘味の桜 「あれはなんでしょう、羅喉丸」 ネージュの言葉に羅喉丸が振り返れば、そこには桜包み、そこからひょこっと見えるのは半円型のお魚顔の焼印入りのもの、甘い香りが鼻をくすぐります。 「御亭主、これはどう見ても魚に見えるんだが……」 「これは鮎ですよ、旦那」 「鮎……」 はて、と首を傾げる羅喉丸、袋には小魚といえる小ぢんまりとした魚の焼き菓子がちょこちょこと並んでいて、ほんのりと桜の何かを生地に混ぜているのか、香りはするような気がします。 「桜の香りがするから桜、という訳じゃ……」 「いえいえ、小鮎は桜魚ともいうじゃありやせんか、鮎菓子をこうして小さくすれば、桜魚の出来上がりと」 「見事だな。一本取られたよ。確かに桜と関係がある」 「中に桜風味の求肥がはいっていやしてね、なかなか評判がいいんですよ」 「一つ貰おうか」 出来立てほこほこの小鮎達が袋から覗いて小さく笑みを浮かべる羅喉丸、と。 「羅喉丸、これも頼んでみませんか、きっとすごいに違いありません」 ネージュが指した先は慄罹と拾の屋台、『浮き桜』と書かれ見に行けば、透明の錦玉に浮いて見える桜、見た目も美しく清しいお菓子です。 「これは抹茶外郎の土台に綿玉かんを流して、途中に桜の蜜漬けを置いて更に流し固めて作ったものだ……味も保障するぜ」 「一つ貰うよ。ほら、ネージュ」 「羅喉丸、これ、とても綺麗ですね」 慄罹が作り方などを披露すれば、その綺麗なお菓子に夢中なネージュに羅喉丸は笑みを浮かべて買ってやることにしたようです。 「ありがとうございます」 小箱に入れて渡す拾にネージュは頬を染めて嬉しそうに笑って受け取るのでした。 「食べるのが勿体ない気がするもふ」 言いながらももきゅもきゅと桜クッキーを堪能している八曜丸、柚乃と一緒にちょうど小鮎菓子の桜のところへやって来ました。 「おいら、食べ物には少々煩いもふっ」 「お? うちの菓子は絶品だぜ?」 うりうりと八曜丸の鼻先でひらひらしてみたおじさん、ぱくりと思っていた以上に素早く食いつかれて引っ込める間もなく。 「もきゅもきゅもきゅ……」 「……嬢ちゃん、もふらは求肥とか、でぇじょーぶ、だよな?」 「はい、問題ありませんよ」 嬢ちゃんもおひとつと鮎のお菓子を渡しつつちょっぴりどきどきしているおじさんですが、八曜丸が満足げにもふぅと息をつくのに一安心。 「とても美味しいです」 満足、という顔の八曜丸を代弁するかのように柚乃が笑みを浮かべれば、おじさんも笑ってお土産の袋を渡してくれるのでした。 「穂澄殿、招待感謝だ」 「舞華さん、いらして下さって嬉しいです。楽しんでいってくださいね」 芳野の領主代行、伊住穂澄に挨拶するのは紅 舞華(ia9612)、桜尽くしに桜色のワンピースと、見た目も華やかな舞華に、桜のお祭りらしくて嬉しいですと穂澄は笑って。 「利諒との待ち合わせまで時間があるな」 「でしたら、おじ様や御祖父様にもお顔を見せてあげてください」 「勿論です」 穂澄に頷くと舞華は祭りの様子を眺めている東郷実将と、伊住宗右衛門のいる座敷へ足を向けるのでした。 ●甘く綻ぶ桜 「万が一来なかったら一人でやけ食いかな〜」 そんなことを呟くのはなりな(ia7729)、結構な長い時間を参拝道の入り口にある縁台に腰を下ろして足をぶらぶらさせながらお茶やお菓子も食べずにいます。 とはいえ、待ち合わせの相手がすっぽかしたということは全くなく、何故なりなが長い時間待っているのかといえば。 「なりなー待った?」 ほぼ時間通りに満面の笑みを浮かべてやってきたのはなりなの恋人である叢雲 怜(ib5488)。 「ううん、今来たところだよ」 満面の笑みを返して嬉しげにぴょこんと縁台から降りるなりなは、実はこれを言ってみたかったようで、嬉しげにぎゅーっと叢雲の腕に抱きついて笑えば、手を繋ぐつもりだった叢雲はちょっと顔を赤らめるもにこにこしながら参拝道へと足を向けて。 「わや、美味しそうなお菓子が沢山なのだぜ♪」 「嬢ちゃん坊ちゃん、逢引きかい?」 「今日はね〜……なりなと一緒にお菓子の食べ歩きなのですよ」 「デートなの♪」 「そいつは良い、楽しんでいきな」 屋台のおじさんがからかうのにも楽しげに笑って答える二人、おじさんがくれる桜団子を受け取ってもきゅもきゅ食べながら辺りを見渡してにっこり笑う叢雲。 「色んなお菓子があって目移りしちゃうな……なりなは何か食べたいお菓子、ある? 特に無さそうなら、俺がお菓子を選んであげるのだぜ♪」 「んー……そうね、怜に選んで貰おうかしら♪」 幸せそうにはしゃぐ二人に、周囲も微笑ましく見ているよう、あれも美味しそうこれも良いかも、と言っているうちにてんこ盛りの屋台のお菓子達。 「大丈夫かー? そんなにいそがねぇでも、菓子もお寺さんも逃げやしねぇぜ?」 「『逃げやしない』なんて通用しない、時間は限られてるんだから目一杯遊ぶの!」 「……あぁ、確かに違ぇねぇ」 笑って声を掛ける屋台の人に、境内に座って食べられる場所があると教えられてやってくれば、程良く落ち着いた、桜が咲いていれば絶好の花見の場所だったのだろうなと思われる場所にある縁台。 「はい、あーん♪」 「んゆ? 食べさせてくれるのか?」 「うんっ」 にこにこしてほくほくの桜のあんまんを割ってから、少しだけ冷ましてから叢雲に差し出すなりな、叢雲はちょっぴりわたわたとするも。 「えとえと……あ〜ん♪」 はむっ、と口にしてからちょっぴり照れるも嬉しそうで、叢雲も桜のクレープをはいと差し出して。 「なりなにも……あ〜ん♪」 「あ〜んっ……んむんむ……美味しい!」 嬉しげに笑って、次はどれをと手もちのお菓子に目を落としたなりな、そこへちゅ、と頬に不意打ちで口付ける叢雲。 目を瞬かせるも赤くなって満面の笑みでぎゅっと抱きつくなりなに、叢雲も赤くなりながらも嬉しそうにぎゅっと抱き締め返すのでした。 「桜がもう散ってしまっているのは残念だが……」 「花が無くても花まつりとは商魂たくましいねぇ……」 紫ノ宮 蓮(ic0470)は葉桜となった木々を見上げて、澤口 凪(ib8083)はごった返して居る通りを見て、思わず呟く一言。 どうやら紫ノ宮は凪を妹の用に可愛く思っているようで、対す李凪は、どうにも年上の男性から、それがどういう意味合いであっても好意を向けられるのに慣れていないのか、微妙な距離が保たれている様子。 「花はここにいるしね」 にっこりと微笑んで見る紫ノ宮ですが、凪はそれに対して目を瞬かせてちょっと怪訝そうに見上げて。 「あれ、これはデート……ではないの?」 「ぶ、ぶしゃれなさんなよ、あにいさん」 照れ隠しだからか、ちょっぴり機嫌悪い様子でぷいとして言うのですが、それには笑って早速茶店を見て見ようと促して。 「ちょいと、あにいさん」 「どうしたの?」 「桜尽甘膳つうんが……」 それそこに、と視界に入る一軒の茶店を指す凪、いくつか評判の甘味を盛り合わせてお茶とともに出す御膳のようで。 「入ってみる?」 そう聞きながらも促しつつ紫ノ宮、どんなものか気になるのか凪も興味深げに足を向ければ、絵入りのお品書きはなかなかに凝っていて、座敷の窓からは葉桜がよく見え心地よい場所で。 「評判の菓子の盛り合わせが、桜尽甘膳と……凪ちゃんはどれが食べたい?」 「……」 「ふふ、ゆっくり選ぶと良い」 あんまりがっついても作った方に失礼、とどれを選べばいいか悩ましい様子の凪は真剣にお品書きを見つめており、紫ノ宮はのんびりとそれを見守っている様子。 「この、桜羹を……」 「では、それと桜尽甘膳、あとは一つ」 くいとお猪口を見せるようなしぐさ、直ぐに運ばれてくる、桜色の羊羹とお膳にいくつもの小皿菓子が並んだもの、それにお銚子。 「幸せそうに食べるから、食ってない俺まで何か幸せ」 にこにこと、美味しそうに食べている凪に笑うと、じとっと見る凪に、照れ隠しなのが分かるからか笑ってから。 「俺のも一口いかが?」 からかってないといいつつも、反応が見たくてか、口元についつい笑みを浮かべて、紫ノ宮は凪を微笑ましく愛でているのでした。 「どうしましたか?」 「あ、いや……」 綾麗が尋ねれば、ゼタル・マグスレード(ia9253)は少々気まずげに何でもないと微苦笑を浮かべて。 ゼタルは綾麗を誘って祭りにやってきていましたが、どうにも少し落ち着かないよう、甘味に目がないようなのですが、女性の前ではしゃぐのもどうだろうかという気持ちと、甘い良い匂いとで少々落ち着かない様子。 「泰国では桃ですが、やはりこちらでは桜なのですよね。満開の桜も楽しみでしたけれど……ゼタルさん?」 綾麗があたりを見渡していれば、ついついゼタルは周囲の屋台や茶店に並ぶお団子や御餅、御饅頭などに目が奪われてしまいます。 「ぬ……すまん」 「あのお菓子ですか? お好きなんですか?」 「いや、あれがというか、甘いもの全般なのだが……甘い物を好む男というのも、どうにも照れくさくて言いだせなかった。……変、だろうか?」 気まずげに言うゼタルに、ちょっと小首を傾げると、綾麗はくるりと方向を変えて。 「ぁ……」 困ったような戸惑ったような様子でゼタルが綾麗を見れば、直ぐにいくつかの包みを抱えて戻ってくる綾麗は、にこりと笑うと。 「一緒に同じ物が美味しいって思えるのは、良いことだと思いますよ?」 ちょっと買いすぎたかもしれませんが、そう笑いながら包みを抱える綾麗に、目を瞬かせてから微笑むと、ゼタルは抱えているうちのいくつかを受け取って、空いた手をぎゅと握ります。 「じゃあ、行こうか」 「はい」 手を握られてちょっと顔を赤らめるも、笑みを浮かべて歩き出すのでした。 「しらさぎ、今日はどうだった?」 「おもてなし、むつかしい?」 真夢紀としらさぎは今日は綾雅楼にお泊まり、部屋には風呂敷で器用にそして華やかに包まれたお酒の包みと、日持ちするという桜のお煎餅やクッキーなど、お買い物と共に、綾雅楼のお持てなしを見学して、言葉遣いより何より心だとしみじみ感じた様子の二人。 「しらさぎには良い経験になったね」 微笑んで言う真夢紀に、しらさぎはこっくりと頷くのでした。 確かに今年の桜はあっという間に過ぎた感はある 桜の季節は桜を見るだけじゃなく桜にちなんだ物を 見たり食べたりするのも楽しい 「そろそろ綾雅楼が見えてきますね」 舞華と並んで歩くのは利諒、合流して、まずはあちこち回って買い込んだりしていて、綾雅楼に近付いてきて漸くちょっと落ち着いて来たよう、舞華は利諒と手を繋いで歩きながらもちょっぴり今日の服装について聞く機会を逃してしまっていて。 「あっ」 「あ、大丈夫ですか!?」 ちょっぴり慣れない踵の高い靴で蹌踉けてしまうと、咄嗟に利諒は抱き止めて心配げに聞き、舞華はちょっと赤くなりながらも有難うと笑んで答えて。 「その、慣れてない靴だったから……」 「履き物は慣れていないとちょっと不安ですよね。でも、よく似合っていると思いますよ、その、靴もですが、服も、簪も」 心配げに見ていた利諒は、舞華の言葉に照れたように笑いながら、凄く素敵だと思います、と告げて。 何となくそれを伝える機会を逃していたのは利諒も同じだったよう、こうして一緒に居られるのが何より幸せだと、照れたように笑いながら二人は言うのでした。 綾雅楼の一室、ゼタルと綾麗は、まだ賑やかでお菓子の甘い香り漂う通りを眺めながら、桜の塩漬けに焼酎のお湯割りを注いだ桜酒を頂きながら眺めて居ました。 「今年の桜は、随分と駆け足であったようだな」 「少し残念ですね」 「だが、また季節は廻る……隣に薫る花の君がいれば……僕はそれで満足なのだけれどね」 ゼタルの言葉に目を瞬かせて見る綾麗。 「再び訪れる春の日も、君とこうして過ごせたならと心から願う」 夕暮れに染まる景色の中、自身を見つめるゼタルに、綾麗は頬を染めるもほんのり微笑むのでした。 |