守り袋の中の名は
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/13 17:21



■オープニング本文

「心当たりは?」
「一欠片たりともない」
「……だよねぇ」
 そこは理穴の保上明征の屋敷、庭に面した廊下でひそひそそんな話をしているのは当の明征と、居候の中務佐平次です。
 二人がちらりと部屋へと目を向ければ、泰拳士の綾麗と屋敷で世話になっている陽花の二人にちょこちょこと世話を焼かれ、戸惑ったようなはにかんだような様子で猫の胥をだっこしている少年が一人。
「しかし、明征も本当に良くいろんな人を拾うねぇ」
「いや、訪ねてきたので、敢えて拾ってきたわけではないのだが……」
 取り敢えず廊下に座布団を敷いて男二人顔を付き合わせて状況を確認することに。
 どうやら少年は二年程前に母を亡くし、それ以降は祖父と二人で暮らしていたとのこと、さらっと聞いた範囲のことと訪ねてきた時の身形で、貧しい生活をしていたのは疑いようがないとのこと。
 その祖父が亡くなる時に、一生懸命蓄えたらしいお金とともに守り袋の中に書いてある名前が父親だと言い残したとのことで。
「十年前ねー……僕ら何してたっけ?」
「馬鹿をやって騒いでいた自覚はあるが、せいぜい爆発騒ぎぐらいだ。そもそも我々の周囲に女性の影なぞ存在していなかっただろう」
「うん、あの頃は容赦なく実験とかしてたよねぇ。あぁ、なんだかうずうずしてきた」
「……取り敢えず目の前にある問題を解決してからにしようじゃないか」
 守り袋に入っていた紙には『明征』とかなりよれた字で書いてあって、母親が亡くなる前に言っていた、理穴の立派なお家の方だった、と言う話から辿って辿って、辿りついたのが、明征の屋敷だったとか。
「幸いというか何というか、母上は『この子にそんな甲斐性があればどんなにか』などと言って無実を信じては下さっているようだが……」
「寧ろかなり切ないかもねぇ、それって」
 笑う佐平次は、ふと考える様子を見せると口を開きます。
「でもさ、明征自身の心当たりじゃなくて、別に、心当たりってないのかな?」
「何者か男が私の名を騙る可能性か、それともその母親が知っていた男として私の名を書いたか、ということか……」
 しかし十年程前と言われても、と戸惑った様子で明征は考える様子で少年へと目を向けるのでした。


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
紅 舞華(ia9612
24歳・女・シ
向井・奏(ia9817
18歳・女・シ
にとろ(ib7839
20歳・女・泰


■リプレイ本文

●守り袋の中の名は
「で、明征殿。ついカッとなってしまったという事は?」
「……かっと……? いや、特にこの件に関して手をあげるなどといった事は一切憶えがないのだが……」
 互いに微妙に意思の疎通が取れていないで怪訝な顔のまま見つめ合うハメになるのは向井・奏(ia9817)と依頼人である明征。
「カッとなったって言うと、きっと意味が違うのでは……」
 ゼタル・マグスレード(ia9253)の言葉に奏はおやとばかりに首を傾げて。
「保上様に隠し子とか、ほほう」
 少し面白がるような紅 舞華(ia9612)は、溜息をつく明征に冗談だと微笑を浮かべていて。
「存外落ち着いて居られるのですね」
「まぁ、身に覚えもなければ慌てる理由もないからな」
 野乃宮・涼霞(ia0176)が少しほっとした様子で言うのに、それには気が付いていないのか苦笑を浮かべて返す明征。
「だが、父親に指名されるとは、保上様も中々隅にはおけないな。心当り云々は置いておいて、要は保上様がその女性に信頼されていたという事だろう」
「あの時屋敷に年が近いのは私と弟ぐらいであったし、そういうのもあるのかも知れないな」
 自身には身に覚えはないものの、時期的に里に帰ってしまった娘以外思い当たる節はないとなれば、頷きつつ舞華が言うのに、信頼されていたのならばいいのだがな、と少し懐かしむように明征は言い。
 そんな会話を耳にしながら、鈴木 透子(ia5664)は少年の様子を窺ってから、少年と明征それぞれの似顔絵を描いてみて、相似点は無いかと見て見ると、少年は少し引っ込み思案な様子で可愛らしくはあるも、明征に似ているかと言えば微妙なところで。
 涼霞と透子で覗き込むように紙を見れば、確かに紙に書いてあるのは『明征』と言う文字。
「そうそう同名の人がいるような名ではありませんし……母親が子を案じて元奉公先の保上様に託した……?」
「まぁ、明るく征するなど、普通は付けぬ名だからなぁ」
「この件に関して、あの子にもお話を伺っても?」
「ああ。身寄りが亡くなったという不安はあるようではあるが、ああ見えてなかなかしっかりしている」
 涼霞と明征の会話をちらりと横目で見ると、少し考える様子を見せる透子は、心当たりがないなら何故門前払いにしないのだろう、と言うことが少し気になるようです。
「いきなり見知らぬ子の父親呼ばわりされればぁ、男性ならその子やぁその母についてぇ、知りたくなるのは当然にゃんすかねぇ?」
「んー場合によるとは思うけど、すっきりしないんじゃないかなぁ? 名前騙られても困るし?」
 にとろ(ib7839)の言葉に肩を竦めるのは佐平次。
「でもぉこれだけはぁ私でもハッキリとー言い切れるにゃんす。『母親は信用できない人物には絶対に我が子を託さない』」
「うん、それに関しては同意かなぁ」
「さて、では私は里の方に当たってみることにする」
 にとろに佐平次が頷くと、舞華は立ち上がってこちらの方は頼むと言って出かけていくのでした。

●武家の子ってどんなもの?
「あなたのお名前は?」
「ぼ、僕……ゆきひで、って言います。えと、こんな感じの……」
 指で畳の上に、自分の名前の字を頑張って思い出しながら現そうとする少年、それを見て微笑みながら名を聞いた涼霞は紙に書き出してみて。
「幸秀くん、ね? もし良かったら、お母様のお話、聞かせて貰っても良いかしら? どんな方だったの?」
 そう優しく尋ねかければ、幸秀は凄く困った顔で考える様子を見せると口を開いて。
「昔はたらいていたところはすごく良いところだった、って言ってました。村長さんのおうちに通いでお手伝いに行っていたり、夜は、よくいろんな話、してくれました」
 いつもせっせと働いていて、夜ぐらいしか話せなかったようですが、なんとか自分の名前のを書いて読んで位はできるようにと教えてくれたり、
 何かあったときにはお守り袋を開けるように言っていたとのことで。
「祖父ちゃんが、中の名前は父親だって言ってたけど、母さん、開けるようにとしか言ってなかったから……」
「そうだったの……」
 訪ねてきても困惑した様子だった明征を思い出したのかそういうと、でも親切にして貰えるので、僕も頑張らないととちょっとはにかんで涼霞に言う幸秀。
 微笑ましく涼霞が見つめていれば、そこに入ってくるゼタル、手には幼い子のための物から、少し少年より上の年頃までの手習いの本を抱えていて、それを部屋に置くと、寄せてあった小さな卓を部屋の中央へと置きます。
「保上殿が昔使っていた物の一部を借りてきた」
 言ってゼタルが見れば、興味津々といった様子で幸秀は歩み寄ると、手習いの本を捲って開き、紙と筆の用意の仕方を大切に使っていた様子の文箱を渡して教えるゼタル。
「今後どう生きていくにせよ、読み書きや簡単な計算などはできて損はない」
「僕、これを使っても、良いの?」
「ああ、保上殿の母君が保管して置いた物だそうだ。後で顔を出して礼を言うと良い、きっと喜ぶ」
 明征も、明征とその弟の母親も、少年がどうするか出来る限りしてやろうと思ってはいるようですが、自分たちが干渉しすぎて気兼ねさせてしまってもいけないと思い見守って居ます。
 それでも可愛らしい子供がと聞けばどうにも気になってしまうのが親心のようでもあり、寂しいようでもあり。
「はいっ」
 嬉しげに頷くと、幸秀は早速ゼタルから正しい姿勢や筆の用意、持ち方などを習うのでした。
「それにしましても……保上様?」
「ん? なんだ?」
 幾つか必要な書面に目を通していた様子の明征は、それでいて幸秀の姿が見える位置にいるようで、幸秀から離れた涼霞が声を掛けると目を書面から上げて。
「保上様、知らずに好意を無にしたお心当たりはないですか?」
「は……?」
 涼霞の言葉に目を瞬かせると質問の意味を計りかねた様子の明征ですが、あぁ、と一つ頷くと。
「恐らく年が近かったため兄のように感じていたのであろう、それ以上の感情はないだろうな」
「そう、ですか……?」
「それに……知らずに無にしていたのなら、心当たりにはならんと思うぞ」
 小さく笑って言う明征に涼霞は息をつくと、当時の事について何か記録はないかと尋ね、明征は少し考えてから書庫の奥に当時の記録がいくつかあるやもと立ち上がるのでした。

●十年前の面影
「そういえば、あの頃ちょくちょく、日が暮れてからこっそりと出て行く姿を見ましたねぇ」
 透子が昔居たという娘さんの話を聞いてみれば、思い出す様子を見せてしみじみというのは長く暮らしている勘二。
「こっそりと出かける、ですか?」
「あぁ、勿論、こっそり出かけるといっても、直ぐに戻って来ていたので」
 てっきり少し散歩にでも行ってその辺をぶらりと回って戻って来ているのだろうと思ってあまり気にしていなかったと勘二は言います。
「訳も言わずに帰ってしまい、わたくしも心配しておりましたが……」
 そう頬に手を当てて緩やかに息をつく女性は妙蓮と言い、白いものの混じった御髪を一つに纏めてゆったりと垂らしている初老と言える年頃の、明征の母親。
「一度使いを送ったのですが、何も聞いてくれるなと……ですので、驚くと同時に、やはり何かあったのかとあの娘にもお父様にも申し訳なく」
「先程夕刻に外にとありましたが、普段の外出はどうだったのですか?」
「普段……そういえば、お昼の後の空いた時間に、よぅく出かけていた気もします。お参りにとか何とか言っていた気もしますが、何分昔のことでちょっと、はっきりとは……」
 それを確認して出かける透子に、改めて妙蓮はお手間を掛けますがお願いしますね、と声を掛けるのでした。
「そりゃあ働き者で、良い人でしたがね……」
 舞華が訪ねて行ったのは突然に帰ってしまったというその娘さんの暮らしていた村。
 声を潜めて、女性にこういう話はなどと言いながらも、何処かにやにやと良くない噂を話せるのを楽しんで居るようで。
 村長宅でせっせと働いて子供を頑張って育てていたようですが、父親の他に身よりはなく、身重で帰って来たためか奉公先から追い出されたなどと言う風な噂が立ち、舞華の目から見れば娘さん自体は辛い生活が窺えて。
「いつだったか、父無し子とひで坊を小突き回していた子供を酷く叱りつけてから孤立して、その挙げ句におっ死んじまったんだよ」
 自業自得さねとせせら笑う村長、舞華が村長宅を後にして他の話を聞いてみれば、閉鎖的な村のようでどれも似たような話ですが、特に村長が言い寄ったのを突っぱねてから、いびられ苦労したようで。
「見ていて可哀想だったけれど……助けたらあたしらも住めなくなるからねぇ。少し調子を取り戻したらここを離れるつもりとは聞いていたんだけど」
 お隣さんがこっそりと舞華を迎え入れて話してくれた内容では、『悪い人間に騙されてこんな事になってしまい、奉公先の皆様に合わせる顔がなかった』と言っていたそうで、孤立する前は、奉公先で良くして貰ったと懐かしそうに話していたとか。
「ひで坊、無事に一人で頼りの先に、着いたんですねぇ……」
 そう僅かに涙ぐんで言うと、お隣さんは幸秀の事をお願いしますと繰り返すのでした。
「こんな名前の人に心当たりはないでゴザルか?」
「あぁ、保上様の……」
「ごめんなさいねぇ、私は読めなくて……」
 奏が守り袋の中の紙を書き写して見せて回れば、字が読める近隣の人は大抵明征のことを差して。
「そうでゴザルか……ところで、その、昔のことでゴザルが……」
 そう切り出して幸秀の母親と祖父の名を出して心当たりを聞いて見るも、なかなか十年前のこととなると心当たりも何もとなって居たのですが、その中の一人が、ふっと口を開いて。
「名前はわからねぇけど、夕暮れ時にそんな感じの娘が居たのを何度か見かけたな。ちょっと妙な光景に見えたんで憶えてるねぇ」
 その男が言うには、嬉しそうに出てきた娘と武家のような男が顔を合わせると、何やらいつも男が娘に何事か話しかけていた様子で。
「何故憶えていたかと言えば、一度だけ、無理です、出来ませんって娘さんが言ったのがはっきり聞こえたからなんだけれどねぇ」
 いつも男とちょっと会ってから直ぐに戻っていたようで、ただ、この屋敷の周囲に済んでいる男ではなかったとのことを聞くと、奏は少し考え込む様子を見せるのでした。
「そ、そうか……」
 ゼタルはその時、ご近所の奥様の怒濤の会話に呑まれて、少々引き気味になりながら話を聞いていました。
「でも、十年前って言ったら、あそこの若様にきゃんきゃん吼えてたのが居たわねぇ」
「それそれ、保上の坊ちゃん、ぜーんぜん気が付いていなかったみたいだけれどね」
 らいしわよねぇと笑うおばちゃん方のその様子に調子を崩されながらも見ていれば、学問所で一緒だった男が何かと突っかかっていって、勝手に恨んだ挙げ句に今に見ていろ、等と脅していたのを見たとか。
「では、あちらのお屋敷の方に遊ぶお金を集ろうとして……?」
「あぁ、そうなんだがね」
 同じように近くの町で薬売りの姿で話を聞いていた透子、長くそこで蕎麦屋をやっていたお店で休憩を入れているように見えてそれとなく聞いていけば、保上家に子供が転がり込んできたという噂を面白がって話している人達がいて。
 聞いて見るも透子の年格好を見て口籠もるのに微かに笑って首を振る透子。
「他人には話しません。それに気にしないで下さい」
「そうかい……いや、『必要なものなら手も貸そうが、何故お前の遊興費を払ってやらねばならん』とか言っていたら、凄い形相で睨んでたっけな。何にでも噛みついていた彼奴も、今じゃ酒屋の婿養子でへこへこしててね」
 なるほど、と頷く透子は頃合いを見て戻るのでした。

●先の見えない月夜に
「少なくとも父親の元には行けそうにないでゴザルね」
「婿養子だったみたいだし隠し子が分かっただけでも追い出されそうな様子だったよ」
 皆の話と総合して確認していけば、どうやら明征に馬鹿にされたと思ったその男が、娘さんを騙して弄んでいた様子は町で、家に引き込ませようと脅していた姿は周囲のおかみさん方に見られていたとか。
「幸秀はなかなか良い子だし、保上様が養子に引き取るなどが可能ならばそれが一番良いのではないかな」
 舞華が言えば頷くのはゼタル。
 縁側に座って透子と話している様子の幸秀を見れば、物語や童話が集められている本に筆記用具を添えて贈ったのに、嬉しそうに一生懸命勉強しますと言った姿。
 透子が噛み砕いて現状を説明すれば、小さく頷いてちょっと泣きそうな顔ながらも微かに笑んでお礼を言う幸秀。
「どうするの?」
「僕……僕があいに行って、お父さんがお家を出されちゃうんだったら、行きたくない……」
 今までもずっとお父さんになかったし、透子の問いかけに縁側に座っていた幸秀はそう言って足元へと目を落とすと、そこにやってきたのはにとろ。
「一緒にお風呂にぃ入るにゃんす」
「ひ、一人で入れますっ」
 屋敷の人間ともやって来た他の者とも問題なかった一方で、どうにも噛み合わない様子なのがにとろと幸秀。
 母親が余程に心を砕いて育てていたのか奉公中に習ったことなどを良く教えていたのか、幸秀は年の割に、そして良い言い方ではありませんが、貧しく育てられていた割には礼儀正しい子供でした。
 大人の都合で連れてこられたのではなく、もしかしたらという希望を持って来ただけに、にとろのみる嫌々来たという認識や複雑な心境が渦巻くと見られるのはとりわけ辛くて堪らないよう。
 それが嫌だと言っても、渦巻く心を広い心で受け止めると嫌がっていると理解して貰えないのが尚のこと苦しかったのか、仲良くなろうとついて回るにとろに堪えられなくなったようで逃げ回り。
「……先日の一件は、機嫌を損ねたとか言うものではなかったのだが、どうにも、その様な話を聞いてな」
「……」
 その様な会話をしていた明征と涼霞の居る中庭の方まで逃げてくると、流石に泣いている様子の幸秀を見て、いい加減にしてくれとにとろから庇い、涼霞と二人で何とか宥めれば、泣き疲れてしまった様子で眠りに落ちるのを見ていて。
「幸秀君、今のところこちらに留まることになりそうですね」
「当人がそれが良いと思うなら、出来る限りの事をしてやらないとな」
 部屋に寝かせてこなければ、と微かに笑って抱え直す明征に、頬に手を当ててほぅと息をつく涼霞。
「そうなると、母親代わりとなる方は保上様に頑張って探して頂くとしましょう」
「……そう、だな」
 涼霞に言葉に笑みは消えて、ことりとそこに小さな包みを置いて幸秀を抱えて立ち上がると、一度だけ、雲で霞がかった月を見上げてから。
「気を使わせた詫びのつもりだったのだが……迷惑ならそのうち返してくれればいい」
 言って、明征は幸秀を抱えて奥へと戻っていくのでした。