芍薬の薫りの中で
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/18 21:31



■オープニング本文

 その日、開拓者ギルドの受付・利諒が呼び出されて理穴の保上明征が屋敷へと顔を出したのは初夏の風が心地良い朝方のことでした。
「へぇ、良いですねぇ、植物園」
「あぁ、一度先の魔の森のごたごたでかなりの被害が出ていたのだが、この度修繕も終えて鑑賞に堪えうる状態に戻せたとのこと。花も元のように咲くようになって、今は芍薬が盛りとか」
 大分和やかに話している内容は、どうやら深柳の里にある植物園のことのようで。
「花菖蒲の盛りになる前に、一度人を入れて様子を見たいとか言っていてな」
 深柳の中でそれなりに楽しまれてはいたものの、折角の盛りの花をもっと楽しんでもらおうと思ったそうで。
「なるほど‥‥一般に公開するに先駆けて、とりあえず園の方でも対応などの予行ができればってところなんですねぇ」
「有り体に言えばそういうことだな」
「えぇと、改善策を後で出してもらうとか?」
「いや、園の方が人を入れたときにどうなるかを見て見たいだけのようなので、気張らず適当に楽しんでいって貰えればいいそうだ。まぁ、いきなり大量に人が来ても天手古舞いになるから人数は少し絞らせて貰うとのことだが」
 明征の言葉に、物凄く『良いなぁ』という表情が浮かぶ利諒ですが、次の瞬間にちょっぴりかっくりと肩を落として依頼書へと目を落とし筆を走らせます。
「ん? どうした?」
「‥‥いやぁ、男一人でぽつんと行くのは、傍から見たら凄く侘びしいよなと想像してしまいまして」
「‥‥まぁ、風流と思えば良かろう」
 何ともいえない表情のまま、どこか遠くを見る男二人なのでした。


■参加者一覧
/ 野乃宮・涼霞(ia0176) / 鷹来 雪(ia0736) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ティア・ユスティース(ib0353) / グリムバルド(ib0608) / 蒔司(ib3233) / アムルタート(ib6632) / 不知(ib6745) / 澪奈(ib6896) / 堕天使(ib6905


■リプレイ本文

●植物園へ誰と行く?
「あぁ、ここだな‥‥」
 理穴・深柳の里、その植物園の入り口の木の柵で作られた戸の前で呟くように言うのはグリムバルド(ib0608)。
 その傍らにどう距離を取って良いのか掴みきれない様子のアルーシュ・リトナ(ib0119)がいるのですが、植物園の人間が戸を開けて少し緊張気味に笑みを浮かべながら迎え入れるのに、互いに微かな笑みを交わして共に中へと足を踏み入れていきます。
 暫くして、植物園の入り口で待ち合わせをする女性の姿が。
「穏やかで素敵な日和ですね」
 そう微笑みながら口にするのはティア・ユスティース(ib0353)、良く晴れた空に木々のさざめきを心地良さげに聞いて居たティアに歩み寄るのは礼野 真夢紀(ia1144)とシルフィリア・オーク(ib0350)です。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花‥‥っと」
「本当に、綺麗です」
 入り口で迎え入れる植物園の人間に艶やかな笑みを浮かべて見るシルフィリアは、その笑みと同じく艶やかな着流しにくるりと日傘を回して。
「美人の代名詞に挙げられる花々をゆったりと鑑賞するだけで良いなんて、なんて粋で素敵な依頼‥‥」
 ぱっと場の華やぐ女性二人の後ろをついて歩く真夢紀は、何やら大切そうに重箱を抱えていて、入り口付近に張ってある地図を見ると、そこに書いてある茶屋も気になるようではあるものの、やはり気になっているのはお重のようで。
「まゆちゃん、行きましょう」
「はい。今は芍薬以外では牡丹と紫陽花?」
 どのあたりがそれぞれの花の群生地か、大まかに書いてある地図を見ていた真夢紀は小さく首を傾げると二人について植物園の中へと消えていくのでした。
「わぁ、凄いね!」
 入って早々思わず声を上げるのは天河 ふしぎ(ia1037)、同行者は幼馴染みでふしぎからはちょっぴり複雑な事情の感じられる相手、鴇ノ宮 風葉(ia0799)です。
「あー、はいはい。あんまり騒がしくしたら、係員が来る前にあたしがあんたを追い出すかんね?」
 そういう風葉は口の中で花を愛でるような乙女な趣味は持ち合わせてないけど、そう小さく呟くも、入り口付近で咲き乱れ飾っていたつつじに少しはしゃぎ気味のふしぎを見ればふぅと息をつくと小さく笑って。
「代わりに乙女な男の子がはしゃいでるから、まぁいいか」
 楽しげにしていたふしぎですが、ふと風葉の様子に不思議そうに首を傾げ。
 すぐに風葉に歩み寄ると、おずおずと手をきゅっと握って、歩き出そうとして。
「奥の方にも行ってみよう? なんだか美味しいお団子屋もあるとか言っていたし」
 そう言って歩き出すふしぎが、一生懸命仕入れておいた花の知識を披露するのをこっそり来る前に植物図鑑をざっと流し読みしていた風葉も微笑を浮かべ眺めつつ歩き出すのでした。
「おや、これは野乃宮殿もきていたか 」
「お誘いありがとうございます、保上様」
 植物園の人間と言葉を交わしていた保上明征は、野乃宮・涼霞(ia0176)に気が付いて顔を上げると、微笑を浮かべて涼霞は頭を下げます。
「幸いなことにほぼ昔の状態に戻せたらしい。楽しんで貰えればここの者達も喜ぼう」
 僅かに笑みを浮かべると園内へと目を向けてから涼霞へと目を戻せば、微笑を浮かべる涼霞は頷くと口を開いて。
「保上様、宜しければ、ご一緒に見て回っても宜しいでしょうか?」
「‥‥は?」
 一瞬言われたことに驚いた表情で目を瞬かせる明征、すこしだけ困ったような笑みで涼霞は続けて。
「相手が私などで申し訳ないですけれど」
「ぁ‥‥あぁ、いや、申し訳ないなどと飛んでも無い。ただ、驚いただけだ。喜んでお供させて頂こう」
 女性とこういう場を歩くことが無くてな、と微苦笑気味に言うと明征は涼霞と連れだって園内へと足を踏み入れるのでした。

●茶屋のひととき
「凄い‥‥立派な木ですね」
 白野威 雪(ia0736)は深柳の里の中央へと足を踏み入れて、しみじみと見上げて呟きました。
 その名の元となった柳の木は立派な木で、緑の葉がさらさらと風に流れる様子や木漏れ日に微笑を浮かべていれば、心なしか通りかかる里の人々は誇らしげに見えます。
「あ、あちらが植物園ですね」
 ゆったりと里の中を歩いて人より聞いた方へと足を進めれば、見えてくる柵と門に気が付いて微かに笑みを浮かべてみる雪。
 門は開かれていて、園を管理しているらしき人たちの中の女性が気付いてぺこりと頭を下げると、笑みを浮かべたまま頭を下げて歩み寄って雪は口を開いて。
「素敵なところですね」
「有り難うございます。宜しければ、ご案内しましょうか?」
 聞けば里の人間で、植物の世話などをしている女性とか、雪は女性とともに植物園の中へと足を踏み入れて行きます。
「芍薬はお薬にもなるとか」
「ええ、根の部分が使われるのですよ」
 のんびりとした様子であちらこちらの草花について時に話をしながら、時にただのんびりと花を愛でながら歩けば、ほかに来ていた人たちの姿もあり。
 中には恋人同士で穏やかで幸せそうに寄り添って歩く姿もあり、ふと自身の慕う人のことを思い出し、ほんのりと頬が染まる雪。
「‥‥お側にいても良いと言って下さっただけでも、今は十分」
 小さく呟いて、女性と共に園内のあちこちを見、芍薬の甘い香りや、緑の中に見える色とりどりの花を楽しんで居れば、やがて茶屋が見えてくるのでした。
「ご注文如何致しますか?」
 からす(ia6525)の非常ににこやかな笑顔に迎えられ、琥龍 蒼羅(ib0214)は一瞬言葉無く固まりました。
「‥‥何を、しているんだ?」
「バイト」
 問いかけには普段通りの表情に戻ったからすがきっぱり言うところを見ると営業スマイルだったよう。
「‥‥そうか。俺は一度奥の方まで見に行ってみるつもりだが」
「また、後で寄ると良い」
 そういって奥へと向かっていった琥龍を見送ったからすは茶屋の中に戻っていくと、中には雇われたばかりの様子の娘さんが困ったような何ともいえない様子で居て。
「大丈夫か?」
「き、緊張してしまって‥‥」
 ちょっとどきどきした様子で
「ゆったり、落ち着いて、だ。自分が落ち着かないと客も不安になるからね」
「は、はいっ!」
 深呼吸をしてから用意されたお茶をお盆に乗せると持って行く娘さんを見送ってから、からすも改めてお茶の準備を続けるのでした。
「山吹と藤、牡丹の盛りは過ぎてしまいましたが‥‥」
 ちょっと緊張した面持ちの娘さんがお茶とお団子を運んできたのを受け取ると、茶屋の表にある縁台から、ぼーっとした様子で花を眺めているのは 和奏(ia8807)。
「薔薇とそろそろ紫陽花が咲きだすのかな」
「そうですね、紫陽花は少しずつですが揃い始めています」
 薔薇も種によりますけれど、そういう娘さんにそう、と頷くと、和奏は軽く首を傾げて。
「芍薬といえば、よくお茶席に飾られている花ですね‥‥話題に上がるほど香りがあるとは存じませんでしたけど」
「甘い良い香りがするんですよ」
 和奏の言葉ににこやかに笑みを浮かべていう娘さんは、どうやらがちがちだった緊張も解れたよう、なるほど、と和奏は頷くとお茶を口にするのでした。
「‥‥いいのか? こんなのんびりしてて‥‥」
 んー、と軽く頭に手を当てつつ言う不知(ib6745)は、茶屋の庭の方で腰を下ろしてそこから見える芍薬を眺めていました。
 一度ぐるっと回ってみたところなかなか広い様子の植物園、微かに息をつくと小さく口の中で呟く不知。
「‥‥綺麗だな。‥‥俺の柄じゃないが」
 ほうと小さく溜息をつくと、おもてなしに出されたお団子を食べつつ持ってきた花をかたどった飴細工などを傍らに、暫く野間のんびりとお茶の時間を楽しむことにしたようなのでした。

●穏やかな園内風景
「ふむ‥‥」
 同じ頃、植物園にやってくると、ゆっくりと園内を歩き出すのは蒔司(ib3233)。
 普段の忍びらしい姿とは違い、着流しであちらこちらの草花に微かに口元へと笑みを浮かべていて。
 時折園内で花の世話をしている人間の側を通れば、色々と思うところもあるよう。
「もし‥‥」
 ふと口の中で小さく呟くと暫し思案に暮れた様子で花を眺めているも、小さく首を振って再びゆっくり歩き出す蒔司。
 咲き乱れる芍薬を眺めていれば、シノビではなく別の生き方をしていたとしたら、と一瞬思ったよう。
「善悪も無く、敵も味方もなく‥‥ただひたすらに、懸命に命を咲かせる」
 僅かに目元が和んでいるのは、僅かにほころび始めた紫陽花の鮮やかな赤と青の色彩。
「斯様な穏やかな心持は、何時振りか‥‥」
 穏やかな心持ちで、僅かに口元もほころび微笑を湛える蒔司。
 蕾の花菖蒲などを楽しみ、優美な薄紅の花が揺れる芍薬の中を歩めば、やがて蒔司は茶屋へと辿り着くのでした。
「う〜わ〜ミドリが沢山! 綺麗だな〜♪」
 ぱっと声をあげて辺りを見回すのはアムルタート(ib6632)、園内は広く川や池もあり、池の縁石から覗き込んでみたり、草花に彩られた順路を楽しげに歩いたりしていて。
 手にはギルドで手に入れてきた地図のついたご案内チラシ。
 『植物沢山!? 見たい見たい!』とドキワクしながらのいそいそやって来ていたアムルタート
「メインの芍薬ってどれ?」
「あぁ、芍薬ですね、こちらの方に‥‥」
 花の世話をしていたらしい青年を見つけて声をかければ、こうして人に聞かれるのも久々だったためかちょっぴり驚いた様子を見せるもすぐにアムルタートの笑顔につられるかのように笑顔で答える青年。
「どんな草花があるの? 教えて教えて♪」
「そ、そうですね、どんなと言われますと‥‥一番多いのは、やはり薬になる草花が多いかと‥‥」
 少し考えてから答える青年、こんな花はあれは何、と楽しげに聞く様子のアムルタートに、こちらは至極真面目に、それで居て楽しげな様子に案内して説明する方もちょっと嬉しい心持ちで居るようです。
 ほんのりと香る、緑と芍薬の甘い香りの中を、アムルタートは弾むような足取りで園内を楽しんで居るのでした。
「あぁ、あった‥‥」
 茶屋を離れて暫く歩いていた琥龍、色々な花を見て楽しんでは居たようですが、ふと目宛ての花を見つけて。
 ちょんと上を向く、鈴のような青紫の愛らしい花が咲いているのを見て、すと屈み込むとふむ、と頷いて。
「良い色だな‥‥」
 途中の道にも特別好きというわけではないものの気に入っているという都忘れとこの釣鐘草を見つけたのに、少し満足げな琥龍。
「さてと‥‥もう少し回ってから、茶屋に戻るか‥‥」
 そう呟くと、ぐるっと辺りを見回してから、再び琥龍は歩き出すのでした。
「本当に美味しそうですね」
 お重の蓋を開けて嬉しそうに笑う真夢紀、氷霊結で作った氷のおかげでよく冷えたお重の中に並んでいるのは、竹の容器に収まった白いケーキです。
「檸檬は柚子で、豆乳と寒天を使ってみました」
 シルフィリアとティアから作り方を聞いて作ったようで、良く晴れた中にひんやりと冷えたそれはとても涼やかで。
「本当に美味しそうですね、まゆちゃん」
 そう微笑むと、あたりを見渡せば、甘く香る芍薬が薄紅の花を揺らしていて。
「初の草木の清々しい空気の中で、こうしてお友達と過ごせるのは本当に良いですね」
「ほんと、良い香りねぇ」
 シルフィリアも頷けば、敷かれた花茣蓙の上で楽しげに笑いあう女性三人。
「はい、苺のじゃむも作ってきました、どうぞ」
 にこにこと笑う真夢紀に進められて、最初は何もつけずに一口頂いたティア、勧められて苺で作ったジャムを匙で掬って乗せてもう一口。
「とろりとした口当たりにほんのり香る柚子も良いですが、苺の甘酸っぱさも‥‥とても美味しいです」
「寒天で作るとこんな風になるのね」
 シルフィリアもちょっぴり感心したように頷いて。
 暫し友人たちだけの楽しい語らいの一時。
「‥‥家出同然に家を飛び出してきてしまいましたけど、かあ様はどうされてるでしょう‥‥」
 ふと空を見上げて呟くティア、花と手紙を送ってみようかしら、そう呟きながら空を見上げているも、微かな笑みを再び微笑みに戻して、ティアは真夢紀とシルフィリアへ笑いかけるのでした。

●芍薬の薫りの中で
「心地良い薫りですね」
「そうだな。あぁ、あれは知ってる。熱を下げてくれるんだ。あれは止血で、あれは‥‥」
 まだちょっと歩く距離感を掴み切れていない様子のグリムバルドとアルーシュですが、穏やかな風の中をゆっくりと言葉を交わしながら歩いていれば、知っている草花を見つけたか、にと笑いながらアルーシュへと言うグリムバルド。
「グリムは詳しいのですね」
「子供の頃、父さんが教えてくれた。‥‥生活の知恵ってやつかね?」
 傭兵してた頃は役に立ったぜ、そう笑って告げるグリムバルドにアルーシュも微笑みを返して。
「あぁ、芍薬があったな」
「綺麗ですね‥‥艶やかなのに柔らかい‥‥」
 目を細めて言うアルーシュに思わずちょっと見惚れて言葉を止めるグリムバルド。
「芍薬は、花の宰相で花相、と言うのだそうですよ。牡丹は花の王様で‥‥」
「そっか‥‥あぁ、でも、なんだかわかる気がするな」
 薄紅の花が揺れる度に甘い香りがして、すと側によると、アルーシュはちょんと花びらに優しく指で触れてみて。
「柔らかい花弁は上質のドレスの裾の様ですね」
 アルーシュがグリムバルドを振り返り笑いかけると、グリムバルドも笑い返して頷いて、そっと寄り添うように立つと暫しの間、甘い花の香を楽しむのでした。
 共にゆったりと園内を楽しんで居る姿が、もう一組。
 涼霞と明征です。
 見ていれば、特に会話があるようにも見えないものの、どちらかがふと何かに気が付けば、もう一人がそちらを目で追い、という様子。
 涼霞が明征に合わせて歩こうとすれば、明征も歩調を涼霞に合わせようと努力してはいるようで、何故だかいつの間にやらとてもゆったりと進む形になっていることに互いに気が付くと、どちらとも無く小さく笑って。
「お体の方はもう宜しいようでほっとしました」
「ぁー‥‥先日は世話になった、面目ない」
 情けない姿を見せたことを思い出したか、僅かに照れもあってか少し困った顔をして僅かに小さく咳払いをする明征。
「健康ばかりはなかなか変えがたいもの、お気をつけて下さいましね。後悔してからでは遅いのですから」
「肝に銘じておこう」
 涼霞の言葉が心配すればこそと理解すれば、真面目すぎるぐらいに神妙に頷いて答える明征、涼霞はそれを見て微かに笑んで頷きます。
「それにしても‥‥一人で見るよりも心許せる方と共に見る方がより穏やかで幸せな気がします。ありがとうございますね」
「あ、いや‥‥礼を言われるような、ことでは‥‥」
 予想もしなかった言葉のようで、思わず顔を赤く染めつつ口元を手で押さえる明征、そんな様子に涼霞は小さく笑いを零して再びゆっくりと歩み始め。
「こうしてまた植物園が復活する事で、花に癒される方も多い事でしょう。‥‥本当に綺麗で、これから咲く四季の花も楽しみですね」
「あぁ、季節の移ろいは、普段ふとした庭の隅、道行きの合間に感じるものだが‥‥こうして、たまには四季折々の草木を楽しみに来るのも、良いかもしれんな‥‥」
 暫く静かに歩んでいれば、道の途中、緑の向こう側に見える芍薬の薄紅の花が揺れるのが見えると、そう呟いて、立ち止まり暫しそちらを眺める明征。
 涼霞はその様子に、傍らに立って微笑を浮かべながら同じく、芍薬の花が揺れるのを見つめているのでした。
 一方、少し賑やかな二人組の姿もあります。
「えっと、あの花は‥‥そう、止血に効くんだよ! 確か、葉っぱをこうして‥‥」
 ちょっぴり身振りも交えて、友人や仲間に教わった葉あの知識を総動員して言うふしぎ、その様子を微笑を浮かべてみている風葉は、来る前に野草図鑑を斜め読みしているも、頑張っている間はその知識は出さないでおこうと思ったようで。
「それで‥‥ぁ‥‥」
「ん? どうしたの?」
 ふっと気が付くと言葉を途切れさせるふしぎに、きょとんとした様子で見返す風葉。
「あ、いや‥‥そのリボン‥‥よく似合ってる」
 そう言って笑いかけるふしぎ、ふしぎの言うリボンは、ふしぎが髪の長かった頃に使っていたもの、ちょっぴり切なげな様子で言うふしぎは、口の中だけで小さく続けて。
「僕もね‥‥」
 そっと大切に隠し持っている、誕生祝いに受け取った短剣を小さく服の上から撫でるも、風葉に笑って見せて。
「じゃ、いこっか、あそこに見えるのが、茶店だと思うよ!」
 言って風葉の手をぎゅっと握って歩き出すふしぎ、付き合っていた頃は憧れていてもあまりできなかった、普通のデート。
 せめて今日は、そんな思いを込めて茶屋へと手を握って歩くふしぎに、やれやれとばかりに笑ってそれに付き合う風葉‥‥が。
「おねーさん、あんことみたらしと三色、3本ずつ追加ね? あ、あと、お抹茶も御代わり!」
 最初用意されたものだけではなく、ふしぎの奢りだということで次々に甘味を追加して平らげていく風葉。
「ん、何?」
「えっと、美味しそうに食べるなって」
 ふしぎに、ぱっくりとみたらし団子をくわえつつ首を傾げてみせる風葉、思わずにこっと笑い返して答えるふしぎ、ある意味、これも普通のデートなのかもしれないのでした。

●緩やかで甘い香の時
「ふむ、まぁ、広めの茶屋ではあるも、ちょっと混み合ったように見えるな‥‥いや、実際に一般的に開園すれば、季節季節でもっと混み合うか‥‥」
 少し考える様子を見せる明征、程良く散策もすめば、やはりのんびりとお茶などを頂いてゆっくりするもののよう、とはいえお座敷や二階、庭の方や表の縁台と、ごった返しているわけではないためか、それぞれに穏やか何時間が流れているようで。
「保上殿か、良き誘いを齎して下さり、感謝致す」
 一階中程、程良く静かな席に着いた明征と涼霞、そこに明征に気が付いて蒔司がすと歩み寄ると丁重に礼を告げます。
「いや、花を楽しみに人が来る、園内の者はその喜びを思い出しているようだ。誘いに乗り来て頂き感謝する」
 明征も礼を返せば、微かな笑みを浮かべ表の縁台に戻り、ゆったりとした夕景の中の花々へと目を向けて、静かに運ばれてきたお茶を手に取る蒔司。
「芍薬綺麗だった〜♪ キモノで頭に刺したら似合いそうだよね」
「花の簪は、確かに素敵ですよね」
「さしてみます? ぶちぶち折るのでなければ、根を取るために少し摘みますし‥‥」
 すっかりと茶屋の娘さんや花の世話をしていた青年と楽しげに話しているアムルタート。
「天儀は草花が多くて素敵! こんな沢山の草花が集まるの、良いな〜♪」
 側で園内の女性と花のお話をしていた雪も、楽しげなその様子につられ思わず微笑みながらアムルタートの言葉に頷きます。
「有難うございました。皆様でこんなに綺麗になさっているのですもの、大丈夫です」
「そう言って頂けると‥‥宜しかったら、また来てくださいね」
 雪の言葉に女性は嬉しそうに笑って、来て下さってありがとうございます、と微笑んで言うのでした。
「やっぱり誰かと一緒に来ればよかったか‥‥」
 ぐるりと園内を回ってから戻って来ていた不知は、なにやら楽しげに話している様子を傍目から見て、小さく呟いて。
 花を楽しんでも、和やかな様子にも、不知は何となく柄じゃないよなぁ、と考えてしまうようで。
「うむ、団子、旨い」
 むぐむぐとお団子を頬張り、端的な感想を述べているグリムバルドに、隣に腰を下ろして微笑みながら座るアルーシュは、お店のお姉さんに新茶の季節ですがと訪ねれば、早詰みのお茶だよ、と笑って答えるお姉さん。
「草団子ですね‥‥心地良い緑の香りの中で頂くのは、素敵ですね」
 草団子を楽しんで味わって居るアルーシュ、大分天儀の事も詳しくなって来たかも知れません、そうグリムバルドに笑いかければ頷いてグリムバルドも笑います。
「甘いけぇきも良いですけど、お団子も美味しいです」
 ほわっと笑みを浮かべる真夢紀は、一回中程の座敷、中庭に咲く花をティアやシルフィリアと一緒に楽しんで居ます。
 ふと、風が起こす木々のさざめきを効くと、ティアは微笑んでリュートを手に取ると、軽く音を合わせ、紡がれるのは心の旋律、穏やかで楽しい心持ちになる美しい旋律に、シルフィリアも真夢紀も笑みを浮かべて聞き入っていて。
「グリム‥‥少し‥‥合わせましょうか?」
「ん? あぁ‥‥」
 グリムバルドのバイオリンへと目を向けてから微笑みかけるアルーシュに、グリムバルドも軽く音を見てからゆっくりと弓をバイオリンへと合わせて。
 ティアのリュートの音色にグリムバルドのバイオリンが合わされば、そこにアルーシュの優しい歌声が乗り、伸びやかに流れる歌。
 その旋律に楽しげに微笑みながらステップを踏むアムルタート。
「ふむ‥‥園の者達も気になるのか覗きに来ているな」
「お顔にも笑みが戻って良かったですね」
 当初、不安げだった園内の人間の顔にも、茶屋の様子や来た人々の楽しげな様子に笑みが戻ったよう、涼霞の言葉に明征も少しほっとしたような、安堵も笑みが浮かんで。
 穏やかで楽しげな笑顔のあふれる様子を眺めてから、ふとお茶の椀を手に、琥龍は園の草花へと目を向けると。
「俺は吟遊詩人では無いが、花の事を歌にする気持ちは分かる気がするな‥‥」
 小さく呟くと、ゆっくりとお茶を飲み干す琥龍。
 深柳の植物園、その茶屋では、随分と久しい賑わいを楽しむかのように、今暫くの間、穏やかな旋律は流れ続けるのでした。