芳野の桜
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/05/21 19:00



■オープニング本文

「あぁ、今年も花の綻ぶ季節になりましたか……」
 怒濤のような日々の忙しさから漸く一段落。
 綾風楼の窓からふぅと外を眺めて呟くのは、近々、東郷実将から芳野の領主を代行ではなく完全に引き継ぐこととなった伊住穂澄です。
「と言うことは、花見の宴を盛大に行わなければならないじゃないですか!」
「……いや、今頃というか、忘れてましたね」
 心地よさそうに芳野の街を眺めて居た穂澄はっと我に返るとあたふたしていましたが、入り口から駆けられる声にきょとんとして振り返ります。
「あ、あれ、なんで利諒兄さんが……」
「忙しくて祭りどころじゃないだろうって、東郷様が」
 色々あって泰国にいた、開拓者ギルド受付の青年利諒ですが、用事が済み次第急遽出身地である武天へ戻って来てお祭りの手配などを手伝っていたそうで。
「ああ、おじ様も色々と大変なのに……」
「まぁ、兎に角、お祭りとかの手配自体は済んでいるので……初仕事ですね、領主としての」
「……うん」
 ちょっぴり心細そうに頷いた穂澄ですが、利諒は笑みを浮かべて。
「大丈夫、穂澄ちゃんなら立派にできるよ」
「……うん……そうね、頑張らないと! あ、じゃあ、警備とかもそうだし、何より賑やかになりますから、利諒兄さん、開拓者ギルドの方にもお誘い出しておいてくださいね」
「解りました。早速戻ってお誘い貼り出しておきますね」
 さらさらとお誘いの文を認めると、利諒は早速開拓者ギルドへと戻っていくようで。
「よしっ、初仕事ね。おじ様のように立派な領主になるための第一歩だから、頑張らないと」
 そう言ってから穂澄はもう一度だけ眼下に広がる桜を見てへを細めてから、急ぎ祭りの準備に向かうのでした。


■参加者一覧
/ 劉 天藍(ia0293) / 羅喉丸(ia0347) / 嵐山 虎彦(ib0213) / ジークフリード(ib0431) / 劉 那蝣竪(ib0462) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / レティシア(ib4475


■リプレイ本文

●引き継がれてゆく
「これで一区切りか、長いようで短かかったな」
 幾つかの手配を済ませた後で、のんびりと窓の外を眺めながらお猪口を引き寄せるのは羅喉丸(ia0347)。
 眼下に広がる桜を眺めながら呟くとしみじみ思い出すのは長きにわたって関わってきた事柄で。
「俺が関わったのは綾麗さんの奪われた物を取り戻したときからだから、約3年と4ケ月……ついに、奪われた篭手から始まった物語も終わったのか」
 初めてあったときには荷も記憶も失い途方に暮れどうして良いのか分からずにいた綾麗を思い出せば、八極轟拳との戦いで自身が仲間の元へと戻ったのを泣き笑いで迎えた姿を思い出してつい小さく笑みを浮かべる羅喉丸。
「羅喉丸よ、何やら面白そうな話をしておるの。語ってみるがいい」
「なんだ、蓮華、知りたいのか? それじゃ、酒の肴にでも話そうか」
 ひょいと杯を渡せば受け取ると自身の瓢箪を傍らへと置いてさぁとばかりに杯を差し出してくる人妖の蓮華に酒を注いでやりながら、楽しげに目を細めた羅喉丸は改めて口を開きます。
「新たな清璧の龍による救村の英雄譚を」
 そうして羅喉丸は長いようで短いような、自身の大切な思い出である英雄譚を話し始めるのでした。
「穂澄さん領主就任おめでとう」
「ああ、お二方とも、態々いらして下さって……」
 劉 天藍(ia0293)がそう告げれば、警戒のためと考えすぎのためにちょっと難しい顔をして居た伊住穂澄の表情がぱっと明るくなります。
「本当に領主就任おめでとう、穂澄さん……いえ、もう穂澄様、とお呼びしなくちゃかしらね」
「いいえ、今迄通り、様なんて呼ばないで下さい」
 ふふ、と微笑して言う劉 那蝣竪(ib0462)に首を振ると、祝いに来てくれたことに本当に嬉しそうに笑って応える穂澄。
「これはお祝いだ」
「こちらは私からね」
「可愛らしいもふらの像ね、それに……この文鎮もとても素敵……本当に嬉しいです」
 天藍からの手作りもふらの像と、桜餅が詰まったお重、そして那蝣竪からの文鎮は桜の意匠を凝らした素晴らしいもので喜ぶ穂澄、その様子を微笑ましげに見ていた天藍が、そういえば、と言えばちょっと照れが入った様子で口を開いて。
「そう言えば報告を……今更ながらではあるのだが……俺たちは結婚をしたのだ」
「まぁ、そうだったのですか? お祝いも何も無くてごめんなさい、本当におめでとうございます」
 まるで我が事のように笑みを浮かべて天藍と那蝣竪にお祝いを告げる穂澄、天藍は照れた様子で続けて。
「俺には勿体無い位の人だけどね、うん」
「うふふ、天藍君たら」
 那蝣竪もほんのりと頬を染めて笑うと、暫し楽しげに茶や茶菓子で話しながら最近の様子はどうだああだと話も弾むようで、
「そういえば、東郷様はどうしてらっしゃるの?」
「上で祖父と話をしている……筈なのですが」
「……まぁ、言葉ではなく何を交わしているかは容易に想像が付くな」
「自重してくださいと告げてはいるのですが、これで楽隠居だから気兼ねしなくて良いなんて」
「思ったよりも調子が良さそうで良かったわ」
「お二人を見ればさぞ喜ぶでしょう、寄ってあげてください」
 穂澄に勧められて上の階へと上がれば、上の階では果たして、東郷実将とその叔父である伊澄宗右衛門翁がのんびりと話しつつ軽くいっぱい引っかけていたようで。
「ご無沙汰しております」
「おお、良く来たな」
 にと笑って部屋へと促す二人に天藍と那蝣竪は歩み寄れば。
「東郷様は、お体のお加減いかがかしら」
「ま、怪我自体は良いんだがな、やはり色々とガタが来たらしい。だから若いのに任せて楽隠居と決め込んだわけだ」
「お顔の方は、じっとしているつもりはないように思えますけれど」
「これにはもっと言ってやって貰えんかの」
 那蝣竪の言葉に笑う実将とさも楽しげに笑っていう宗右衛門翁。
「にしても本当に久しいな。近頃はどうだ?」
「世界も随分平和になって俺も開拓者業から随分遠ざかってますが、東郷様から手伝ってくれというお話があればいつでも行きますので」
 声をかけてください、そういう天藍ににぃと笑って頷くと、実将は口を開いて。
「それはありがたい。が、まぁ、それ以外にも何か、言うことがあるんじゃねぇか?」
「え……あ」
 揃ってきてりゃ察するがな、と笑う実将に、指摘されて先に聞かれたのがそちらの方だったと解って少しだけ頬に朱が差しつつも、改めて二人に結婚の報告をする天藍と、幸せそうににこりと微笑む那蝣竪。
「ま、急な話でまともな祝いの支度もできてねぇが……」
 実将がそう笑って軽く呼べばやってくる宿の者に何事か言いつけ、きちんと座り直すと、運び込まれるのは美しい桜の細工の入った杯が二つと同じ柄のお銚子で。
「せめてその祝いを、二人には是非一献を」
 そう杯をそれぞれに勧め銚子で酒を注げば、それぞれが杯を飲み干すのを見ながら、僅かに目を赤くして何度も頷く実将と、しみじみと長生きはするものだと笑う宗右衛門翁。
 改めて食事や酒の肴が運び込まれてくるその場所で、穏やかな様子で始まる宴席。
「寒の戻りもありますから、どうか御自愛下さいね」
 お酒だけでなく、と那蝣竪が言うのに操作なぁ、と返す実将ですが、那蝣竪は笑みを浮かべ続けて。
「巡る季節ごとに、こうして宴で東郷様達とお酒を酌み交わすのが楽しみですから♪」
「おお、夫婦揃って顔を出してくれ、いつでも歓迎するぞ」
 ほどほどに気をつけることとするか、そう笑って実将が言えば、天藍と那蝣竪は実将の言葉に微笑を浮かべて頷きあうのでした。

●心を癒す
「あっ」
「これは……レティシアさん」
 桜の祭りの警備中である少年と遭遇して目を瞬かせたのはレティシア(ib4475)、その少年は傭兵砦を無有羅に滅ぼされたときにレティシアが関わった、実将と穂澄に仕える少年です。
「ご無沙汰しています。レティシアさんもお祭りに来て頂けたのですか?」
「ええ、前にあった楽譜を利用してあちこちの傷ついた人の心を癒すために回っていて……ですので、その、どうしているのかと思って」
 傭兵砦出身である黄昏丸に気遣うように、無有羅の残した傷跡のことを言えばちょっとだけ困った笑みを浮かべた黄昏丸ですが。
「助かった人も、そうでない人も居ますけれど……大丈夫です。いつか、また傭兵砦を再建できればって思ってます」
「そう……」
 黄昏丸の言葉を聞いていたレティシアは、ふっと気になったのか口を開いて。
「そういえば、東郷さんから、穂澄さんに領主が変わって、このお祭りが初仕事だって聞いてきたのですけど」
「あ、そうです、東郷様もお元気ですよ。ちょっと身体の治りも遅くなってきて、それに普段から出てばかりで、それならって……」
「それを聞いて安心しました」
「多恵も元気にやっているのですよ。完治はしていなくても、ゆっくり時間をかければ、実将様もまた、問題なく刀を握ることができるという話ですし」
 そう言いながら、すっかり引き留めてしまいました、そう言って準備されていた費用の免除について言いかける黄昏丸ですが、レティシアは笑うとちっちっと指を振って口を開きます。
「限られたお小遣いで悩んで選んだものだから美味しいのです」
 どやっとしたレティシアの表情に目をぱちくりさせた黄昏丸ですが、思わず笑いを漏らし。
「ああ、確かに、そう言われると解ります」
「でしょう? 警備も大事ですけど、黄昏丸さんも楽しんでくださいね♪」
 お祭りは皆で楽しむのが一番、レティシアの言葉に頷くと、黄昏丸もそうします、と頷いて答えて。
 ずっと気にかかっていたことが晴れたかのように軽やかな足取りで広間へと進めば、幾つかのお囃子や踊りの舞台も休憩中で、飛び入りを係の人へと声をかけて告げてから、白く木目が美しいことを取り出し、一つ二つと音合わせに爪弾いてから。
「皆様の心を和ませることができますように……」
 言って爪弾くとあふれ出てくるのは春の穏やかな日差しの中によく染み渡る、穏やかで優しい音の調べ。
「良い祭りは治める者の人柄が出るってぇもんだ」
「ああ、東郷様の頃も良かったが、伊住様が治めるこれからも良いものとなるだろうな」
 曲が終わり次の曲に入る前に耳に入る言葉にちょっぴり誇らしい気持ちになるレティシア、途中で歌で鳥や猫などが集まってくるのに感嘆の声が漏れたりと、楽しいひとときを人々へと提供してわぁっと起こる歓声。
 演奏が終わってから街を回ってみても、あちらこちらから素敵だったよ、楽しい気持ちになったわ、とかけられる声、レティシアは嬉しそうに微笑を浮かべて、やはり弾むような足取りで、満開の桜に沢山建ち並ぶ屋台の街を歩いて行くのでした。

●変わらぬ絆
「お? なんでぇ、とっくに始まってたのか」
 酒だ屋台の肉だ魚だ肴だと沢山買い込んでやって来たのは嵐山 虎彦(ib0213)、綾風楼では更に穂澄自身も加わってすっかり花見の宴は始まっていたところで。
「おう、嵐山か」
「顔も見せられずにすまねぇ、東郷の旦那。宗右衛門翁に……穂澄の嬢ちゃん、そういやなにやら偉くなったって聞いたぜ! めでてぇな!」
 先客の天藍と那蝣竪にも、よぅと声をかけて入って来ると嵐山は楽しげに声をかけて。
「お久し振りです、嵐山さんもお元気そうで何よりです」
 呵々と笑うと開けて貰った席へと着いてお酒を注いで貰うと楽しげに口を開きます。
「酒の肴は……この数年の話だな! いやぁ、泰国で色々とやってたりしてなぁ」
「泰国……あぁ、綾麗さんの方は、無事に決着が付いたと聞きましたが、詳細まではまだ知らないのですよね」
「お、利諒から聞いてねぇのか?」
「利諒兄さんはお祭りの支度ばかりしてましたからねぇ」
 私が忘れていた所為ですけれど、ちょっと困ったように笑って言う穂澄に、丁度先日決着が付いたんだぜ、と最終決戦の話をあれやこれやと話していて。
「いやぁ、俺ぁこうして生きてるだけで幸せだな! つっくづくあのときは死んだかと思ったけどなぁ……」
「無事に皆さんお帰りになって本当に何よりですね」
「無事……ま、まぁそうだな、無事に戻ってこられたってなぁ何よりだよな」
 先の戦いを思い出してちらりと色々と過ぎったようではありますが、実際に生きて無事に戻って来ていることを考えれば、無事と言っていいよな、嵐山は頭の中でそう割り切ることとして。
「ま、ちとやすんだら次だな! この生き方だけは辞められねぇ!」
「そうですか、では、また芳野で困ったことがあれば声をかけさせて頂きますね」
「おお、任せとけ」
 にぃっと笑って頷く嵐山は、領主になっても気負う必要はねぇからな、と笑って続けるのでした。

●想い繋ぐ
「どうだ? 綺麗だろ」
「ええ、本当に綺麗ですね」
 屋台通りよりももう少し先、穏やかな風の中、ひらりひらりと花びらが舞い落ちる、静かな桜並木、ジークフリード(ib0431)そう言えば、レジーナ・シュタイネル(ib3707)は思わず見上げて微笑みます。
 ジークフリードはギルドでお祭りのお誘いが上げられたのを見かけて、レジーナの顔を思わず思い浮かべて、彼女に見せてやりたい、そう感じたよう。
「レジーナはいつも思いつめた顔をしてる事が多いし、俺がいらんこと言って硬くさせた事もあるからな……」
 小さく思わず口の中で呟くジークフリードに、レジーナは少しだけ不思議そうに見て。
「どうかしましたか?」
「いや……」
 軽く首を傾げて尋ねるレジーナに何でも無いと応えると、こっちだ、と更に道を進んで行くジークフリード。
 歩いて行けば、やがて少し開けた桜に囲まれた小さな広場、立派な桜と、腰がかけられるようになって居る縁台のあるそこは、お祭りが賑やかな間はそちらに人が行っているようで、今は他に誰もおらず貸し切りの状態。
「お花見ですから、天儀風にお弁当を作ってきました」
「そうか……旨そうだな」
 広げられたお弁当を勧められるままに食べてみれば、うん旨い、とひとつ頷いてから、辺りをぐるっと見渡すジークフリードは、偶然こんな静かでゆっくり出来る広場があることを聞いてきたものの、レジーナが気に入るか、それがどうしても気になるようで。
 美しい桜の景色でレジーナの笑顔が見られたら、そう思いながらのんびりとお弁当を共に頂き、暫しの間穏やかな時間が流れていて。
 ジークフリードは暫し考える様子を見せますが、やがてゆっくりと深呼吸をすると、レジーナに向き直ります。
「俺は、あんたが好きだ」
 ジークフリードの言葉に目を瞬かせると、言われた言葉を自身の中で確認するかのように驚いた表情を向けるレジーナ。
「昨日今日思いついた訳じゃない、ずっと思ってた」
 真剣にじっとレジーナを見つけて告げるジークフリード。
「笑顔が見れたらいいなって。笑ったら綺麗だろうなって」
 顔を僅かに赤くしながらゆっくりと続けていたジークフリードは、それでも、じっとレジーナを見つめ。
「……笑わせてやりたいって」
 ジークフリードが告げる言葉、好きというのにとても驚くも、レジーナは今迄のことをじっくりと思い返して、そしてその言葉がすとんと胸に落ちてくる思いで。
 ジークフリードの、不器用だけれどその強い気持ちと、真剣に伝えられる言葉が嬉しく、胸が温かくなる思いのレジーナ。
「保証なんかないけど、力不足なのもわかってるけど、絶対強くなる。レジーナより姉きより、どこかの傭兵団長よりそれに何よりも」
 強い決意と想いを伝えながらレジーナの手を取りレジーナの瞳を見つめながら力強く告げる言葉。
「幸せにする。絶対笑顔にするから」
 今のジークフリードの偽りのない誓いの言葉。
「俺と付き合ってくれ」
 ジークフリードに、何と応えて良いのか考える様子を見せて、レジーナはゆっくりと口を開きます。
「ありがとう、ございます」
 そう言いながら、直ぐにそれを受け容れられないためか、迷う様子ではあるものの、それでももしかしたらと、いろんな想いで揺れ動いていたレジーナは、ほんのりと頬を染めながら微笑して。
「もっと、ジークさんの事、知っていけたらなって思います」
 そうか、小さくレジーナの言葉を受けて、これからゆっくりと歩みを合わせて行けば良い、それを受け止めれば、焦っちゃいけないな、そう微苦笑気味にジークフリードは呟いて。
 暫しの時間、桜を眺めながら並んでゆっくりと過ごして。
 ふと、ジークフリードはレジーナがちょっと悪戯っぽく笑みを浮かべたのを見て目を瞬かせて見れば。
「ただ、私、幸せに『してもらう』より、してあげたい方なのと……結構鍛えているので、私より強くなるの、簡単じゃないですよ?」
 それは吃驚させられたため、ちょっぴり、レジーナの意地悪で。
 それでも。
「なるさ、必ずな」
 微かに笑みを浮かべて応えるジークフリードに、レジーナは楽しみにしています、そう微笑むと。
 いつかいつか、この人の事を好きになれたら素敵だな、そんな風に思うも。
「どうした?」
「何でも無いです」
 でも、それはまだ、口には出さず、そっと胸の内にしまっておいて。
 穏やかな春の日差しの中で、レジーナは何処かその日が早く訪れるのではないか、そんな予感を感じながら、ひらりと舞い落ちる桜の花びらを見つめているのでした。

●いつまでも傍らに
「すっかり遅くなってしまったわね」
「そうだな……」
 那蝣竪と天藍は宴席を辞すと、ほろ酔いの心地好さでちょっぴり寄り道をしてから帰るようです。
「芳野の桜は、3年ぶり、なのかしら」
 天藍と手を繋ぎながらゆっくりと歩いていた那蝣竪は、はらはらと薄い灯りの中非図化に佇んでいる桜たちを眺めて小さく呟きます。
 その顔には静かな微笑が浮かんでいて、天藍はほっとすると共にしみじみと幸せを噛みしめていて。
「昨日の事のようなのに……時の過ぎるのは早いものね」
「ああ。来る度に、重ねた日々を改めて実感できる」
 来る度に、見上げる度に違っていたであろう距離が、こんなにも近く、傍らにあることを改めて強く感じるようで確りと握りしめた手に少しだけ思わず力の入る天藍。
 それは那蝣竪も感じていること。
「こうして今は貴方の妻として並んで歩けるのだから……重ねた月日も愛おしいわ」
 これからの距離は、決して離れることなく、ただ違う色々な表情をお互いに見ることが出来るのだと確信すれば、くすりと思わず笑みを零して天藍を見上げる那蝣竪。
「少しは私を照れずに見つめ返してくれるようになったかしら?」
 悪戯っぽい那蝣竪のその笑みが何よりも愛おしくて、天藍はそっと那蝣竪を引き寄せて抱き締めると。
「こうして一緒に来ることが出来て、本当に良かった」
 そう言って照れ混じりで見つめる天藍は、これが答えだ、とばかりにそっと優しく口付けて。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
 頷いて夜桜の下をゆっくりと共に歩いて行く二人。
「次は子供が生まれた時にご報告したいわね」
「っ……」
 思わず赤面して噎せる天藍にくすくすと笑う那蝣竪ですが、その笑みは本当に幸せそうで、改めてまたこうして共に来ようと心に誓うのでした。

●芳野の桜
 すっかりと日もくれて来た頃、レティシアはこの日最後の演奏を終えて、そこに立っていました。
 まだまだ賑わいを見せる祭りの屋台通りは夜の時間を迎えていました。
「砦の人達も、村を失った人達も……」
 幾人か、大怪我はしていても命を長らえることが出来たもの、狂気に触れるもいまは静かに穏やかにその傷を癒して、そうしてこの芳野の祭りに来ていた人達がいました。
「本当に素敵な曲でした。行ってしまった人達も、喜んでいます」
 片付けを終えたレティシアに、多恵が感謝の言葉を継げて、そうして、彼女と別れ、芳野の入口の大きな桜の下。
「……」
 暫しそこに佇むのは、楽しかったお祭りの名残惜しさと、それでいて何処か感じられる安堵から。
 レティ差は振り返り大きな桜を、そして、灯りに彩られた、沢山の桜たちへと視線を向けて。
「素敵な時間をありがとう」
 そうしてぺこりと頭を下げると、さよならという代わりに。
「またね」
 まるでレティシアに応えるかのようにさぁっと風に揺られる桜たちに、にっこりと笑うと、レティシアはゆっくりとした足取りで次の目的地へと向かうのでした。
「長く短い戦いを越えて、清璧の新たな龍は弟の赤蛇と共に対に勝ち得た平和の中で人々を護り、清璧の山へと戻って行くのでした、と」
「色々あったのじゃな」
 羅喉丸の話を聞き終え、蓮華は楽しげで上機嫌に杯を傾けていました、羅喉丸も頷きます。
「まあ、悪党は倒れ、英雄譚はめでたしめでたしと終ったのだから、英雄から一人の人間に戻って、残りの人生を好きに生きてもいいと思うけどな」
 そこまで語ってから、羅喉丸は笑みを浮かべればふと何か疑問が浮かんだようで。
「それとも、第二幕が開演するのかな」
 それはそれで楽しみだ、そうしみじみと言う羅喉丸に、お酒を頂きつつも何処か楽しげに聞いていた蓮華が首を傾げて。
「結局、新しい英雄は、龍であったのか、人であったのか?」
「龍であり人である、なのじゃないかな。彼女は彼女だよ」
「次があるなら、妾も……」
「流石に次があったとしても、直ぐにどうこうというのはないだろうな」
 だがきっと彼女は会えたら喜ぶよ、そう言って笑うと、羅喉丸は杯を卓に置いて、ごろりと横になって広い部屋の天井を見上げます。
「まあ、俺もそれまでは少し休むことにするかな」
 羅喉丸の言葉に同意を示すかのようにさぁっと流れた心地良い春の夜風が頬を撫でて。
 穏やかな春の一時を、羅喉丸は天華と共に今暫くの間楽しんで居るのでした。