掌の赫
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/14 22:25



■オープニング本文

 千代が原諸島をのぞむ朱藩の一角に位置する小さな漁村。小型の船を操舵して、仲間との連携で漁を行っていた。海が少しでも荒れれば漁は止まり、丘で網の修理に明け暮れるような村だった。
 長雨が止み、待ち望んでいた漁の再開だったが梅雨時期は天候が俄かに変わる。

 ゴォォォッ‥‥――と海鳴りが激しい。
 晴天であったはずの空が一転、暗雲垂れ込める鈍色に染まる。強くなった潮風に背を押され、赤子を背負った少女は思わず浜に手をついた。
「痛っ‥‥」
 背の赤子が一際大きく泣き声を上げた。
 少女は掌の砂を払い、慌てて赤子をあやしつける。
「おお、よしよし。坊ちゃんは良い子、良い子」
 わずか八歳の身に、もうすぐ一つになろうかという赤子は重い。少女はよろめきながら立ち上がり、身体をゆさぶって子をあやした。
 轟々と風が唸る。浜に寄せる波も高く、沖では白波が立っていた。
「見て、船が帰ってくるよ」
 漁に出ていた村の船が、ばらばらと戻ってくるのが見えた。あまり大きくないここの船では、荒れた海にいつまでもいられやしないのだ。
 風の中から声が聞こえた。振り返ると、干した網を取り込みに女衆が出てきていて、少女に浜から上がるように呼んでいた。
 強い潮風に長く当たっていると疲れてしまう。少女は踵を返し、上りになっている砂浜を上がっていった。
「‥‥? 痛い」
 掌がズキズキとあまりに疼くものだから、少女が見てみると、中指の下辺りに赤いものが付いていた。先ほど転んだ時に貝にでも当たって切ったのかしら、と思った。だがよくよく見ると、それは血ではなく、珊瑚のような色をした小さな貝殻だった。
 美しい光沢の貝殻は丸みを帯びていて、網元の奥方が常にしている指輪のように美しかった。
「貝にしてはきれい。珊瑚が流れ着いたのかなぁ」
 子供とは言っても、絢爛な宝飾品に憧れるのは当然のこと。
 うっとりと掌をみつめる少女。大事そうにそれを握り締めた。
 刹那、掌に違和感を覚えた。何かが手の中で蠢いた気がしたのだ。少女は手を広げ、貝殻を見る。
 赤いそれは少女の手の上でくるくると螺旋を描き――そのままずぶりと肉の中へ沈み込んだ。
「あっ。――アアァァァッッ‥‥‥‥ッ」
 焼けるような痛みに耐えかねて、少女はその場で蹲った。背中で赤子が泣き喚く。
 助けを呼ぼうにもあまりの激痛に言葉が出ない。
 風に煽られ、一つに結わえた少女の黒髪がばらけた。綿入れのねんねこが、まるで薄い布キレのようにバタバタと砂の上ではためいた。

「ありゃ、なんだ?」
 浜に船を上げていた漁師の一人が、丘を指差した。誰かが横になっているのか、蹲っているのか知らないが、もうじき嵐が来るというのに。
「ん? あのねんねこは網元ンとこのじゃねえかい。なんだい、こんなところで転寝かい? おいらがちょいと起こしてくらぁ」
 片手を額の上で翳し、目を細めた漁師が言って少女の下へ向かった。
 少女も赤子も静かに眠っている。
 吹きすさぶ風の中でよく眠れるもんだと男が少女の肩を揺さぶった。
 ごろりと仰向けになった少女の顔は土気色をしていて、すでに事切れていた。ねんねこに包まっていた赤子も同様の有様だった。
「た、た、‥‥たいへんだぁぁぁっ。網元に、すぐ知らせろぉ!!」
 男は振り向いて叫んだ。その足元に、赤い珊瑚色した貝殻が二つ転がっていた。

 嵐が明けた。
 海に程近いこの漁村の被害状況を調査しに来た自警団の前に現れたのは、廃れ寂れた村だった。



■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
明智珠輝(ia0649
24歳・男・志
蘭 志狼(ia0805
29歳・男・サ
千王寺 焔(ia1839
17歳・男・志
吉田伊也(ia2045
24歳・女・巫
空音(ia3513
18歳・女・巫


■リプレイ本文

 早朝とはいえ、真夏の海岸で潮風に吹かれれば、気分も浮かれてきそうなものだが、一行の前に現れた厳重な柵が現実を見せ付ける。
 一行の中で長身を誇る緋桜丸(ia0026)と蘭志狼(ia0805)が手を伸ばしても届かない高さである。即席での設置だが、侵入者を拒むには十分だった。
 だが、アヤカシ殲滅の依頼を受け、訪れた村への道を塞がれて、滋藤御門(ia0167)が嘆息を吐く。
「これほどの警備とは、よほど‥‥なのですね」
 自警団の一人が足早に近づき、準備は柵外で行うようにと告げた。
 近くにある岩場へと移動し、小さな貝殻状だというアヤカシ対策の為に、各々持参した包帯やサラシで補強する。
「海風が強いかと思ったが、岩のおかげで身支度がラクに済む」
 緋桜丸は、顔以外の露出箇所を包帯で覆った。最後になった左足首を巻き終えると、ぐるりと周囲を見渡す。
「亡くなった方々には申し訳ないが、被害がこの村だけで済んでいることは救いでしょう。ともあれ、これ以上アヤカシの好きにはさせません」
 同じく、露出部位にのみ包帯を巻いた高遠・竣嶽(ia0295)は、初手の要となる蘭志狼へ視線を移した。それを受けた蘭が、
「任せろ‥‥」
 そう口にしながら不安げな顔で周囲を見渡す。
「どうしました?」
 髪を飾る羽飾りを揺らしながら、明智珠輝(ia0649)が蘭の肩に手を乗せた。
「‥‥忘れた」
 ぽつりと呟いた蘭が、がくりと頭を垂らす。
「ウフ。どんな形でお返ししてもらいましょうか」
 言いながら、自分の荷物の中から包帯を取り出して差し出す明智。朱唇を舐めながらのセリフは、少し怖い。
「‥‥すまん」
 汗をたらりと流し、それでも防御に不可欠の包帯を貰い受けた。
 そんなやりとりをよそに、手際よく支度を済ませたのは滋藤御門。通気性の良い生地で誂えた着物の袖口をきっちり縛り、更に手袋で覆う。下肢も同様の完全防備だ。
「しまった!」と突如、声を上げたのは壬生寺焔(ia1839)。
 嬉しそうに振り返る明智を右手で制しつつ、誰か包帯が余ってないかと訊ねる。
 見れば、下半身が不足しているようだ。
「どうぞお使いください」
 白くしなやかな手が差し出される。開かれた掌には二つの包帯が乗っていた。古田伊也(ia2045)である。彼女も、すでに包帯を巻き終えていた。どうやら多めに用意していた包帯を貸してくれるらしい。
「急所、ですものね」
 他意はないが、にこりと微笑まれながらの意味を、少しばかり深く読んでしまいそうになる焔だった。
 んしょ、んしょと包帯と孤軍奮闘しているのは、今回が初仕事だという空音(ia3513)。足元の強化には自信があるようで、出来栄えを見ると、ぐっ、と親指を立てた。
「準備もできたようだし、それじゃ行くか。午前中には粗方数を減らしておきたいからな」
 ギルドで配給してもらった油壺を抱え、緋桜丸が先頭を切って歩き出した。

 柵を過ぎ、村へと続く道を進んだ。足元には風で飛ばされてきた砂が溜まり、歩きにくいことこの上ない。
 十五分ほどで拓けた場所へ出た。潮風もかなりきつい。前方に簡素な柵が見える。丘側から砂浜へと伸びていた。境界線のつもりなのだろうか。一行は無言でその柵を越えた。
 少し高台になる現在地から、下方に村が見えた。砂浜には砂防用の植林があるが、ところどころ歯抜けのようになっている。
 掘っ立て小屋のような家が、軒を連ねていた。その奥にある大きな家が、村長の屋敷だろう。
「まずはここらで誘き出すか」
 蘭が大きく息を吸い、十分に気を込めると一気にそれを吐き出した。
「奪った命の重さ‥‥覚悟はいいか! 蘭志狼、参るッ!!」
 ビリッと空気が振動し、やがて周囲は異様な雰囲気に包まれる。ひとつひとつは小さいが、群れとなったアヤカシの蠢く音は怖気が立つ程の身近で湧き上がった。
 高台に立つ彼らへと向かい、砂地が徐々に赤く染まる様は圧巻である。
「きれいな色に染まりますねぇ。‥‥ですが、見た目の美しさなどマヤカシ」
 くるりと手斧を回し、「では、さっそく」と駆け出す明智。
 砂を散らしながら、赤い絨毯へ斬り込む。
「はっ!」
 双刀流の焔が、長槍で朱に染まる砂を巻き上げた。スッ、と両目を眇めて突きを連続で打ち込む。槍の穂先は寸分の狂いもなくアヤカシを貫いた。
 突けども突けどもぞろりと続く赤い珊瑚に、身震いしそうになる。焔は、自らを鼓舞するように拳で腿を打った。
「恐怖を忘れろ。恐怖心を持てば、それだけアヤカシが寄ってくるぞ」
 喪服さながらの戦闘衣を風になびかせ、気力で命中率を高めると、獅子の勢いでアヤカシの只中へ突っ込んでいった。
「おい! 平気か?!」
 声と共に背中に強い衝撃を受け、高遠が振り返る。こちらに背を預けるようにしながら、アヤカシに対峙しているのは緋桜丸だった。彼のすぐ脇には空音もいる。
 高遠へと蚤のように飛びついてくるアヤカシを、緋桜丸が刀を反転させて一閃。
「竣嶽!」
「あ。――すみません。迷惑をかけました」
 常に冷静を保つことを信条としてきた高遠だったが、アヤカシによって皆殺しにされてしまった無人の村を目の当たりにして、抑えきれない感情が漏れ出したようだ。
「迷惑だとか口にするな。一人で戦っているわけじゃないんだからな。そう思うのなら、これから巻き返せ」
 緋桜丸はそう言って、周囲に散り始めたアヤカシの追撃を始めた。
 高遠は、視線をわずかに水平線へずらし、小さく息を吸う。
「後悔は我らの仕事ではございません。いざ――」
 ゆらり、と彼を取り巻く空気が変わった。
 蘭の咆哮によって誘き出されたアヤカシ達の数も、やがて半数ほどに減った。それでも油断することなく、滋藤が呪縛符を放つ。
「今です! 一掃してください!!」
 滋藤の掛け声に呼応し、前線で戦っていた緋桜丸と焔、そして蘭がそのすべてを刻む。
 その隙間を縫うように、数匹のアヤカシが抜け出てきた。空音へ向けて跳躍する。
「っっ!」
 父様――という呟きと共に、武器でもない扇を翳す。
 空音の一寸先で、アヤカシは血のような欠片を撒き散らした。駆けつけた緋桜丸の刀と伊也の放った飛爪が粉砕したのだ。
「ありがとうございますっ」
 涙を滲ませながら礼を言う空音に、
「いや。前線で守りながら戦うのは無理だと、後衛に下げすぎた俺の失策だ」
 顎先を伝う汗を拭いながら、緋桜丸も頭を下げた。
 そんなことはありません、と彼の非を否定する空音の横へ伊也が並ぶ。
「緋桜丸さんは前線での貴重な戦力ですし、空音さんは私が責任を持ってお守りします」
 同じ巫女として経験を積んでいる伊也は、自分の胸に手を置き、微笑んだ。
「それに」
 前方を指差し、「ほぼ殲滅し終えたようです」と言った。

 更に砂防柵を越え、村内へ入る。
 けして豊かとは呼べない小さな漁村。それでもそこには暮らしがあったのだ。無残に奪われた命と平穏の日々――。
「アヤカシが攻撃してこないのは何故でしょうね」
「こちらの動きを見ているのか?」
「喰らう好機を待っている、というところでしょう」
「それでは予定通りに班にわかれましょう。――私と蘭さん、明智さん、空音さんは丘側から火を放ち、討ち漏らしの確認ですね」と高遠。
「私たちは海岸へ下りて海側から火を放ち、挟撃という形で残ったアヤカシをすべて討つ――」滋藤は小さく頷きながら言った。
 互いの油壺を確認し、二班に分かれた開拓者達はそれぞれ歩き出した。
 少量の油を地面へ垂らし、山沿い側から点火した。海からの風は乾燥していて、火は一気に燃え広がる。
 退路を断つ為に、距離がある廃屋には火矢を用いた。
 パチパチと火が爆ぜ、更に潮風がそれを大きく煽る。この状況に、燃え上がる炎よりも赤いアヤカシがざわざわと逃げ出してきた。だが、そこへ餌としての人間がいると気づき、瞬時に襲ってきた。喰らうことが存在意義のヤツらにとって、逃げて生き延びることよりも今の空腹を満たすことが大事らしい。
「く、ふふふ、ふはははは‥‥! こんなにたくさん‥‥殺りがいがありますねぇ!」
 ぞくりと背筋が寒くなるセリフを吐きながら、明智は凄絶なまでの攻撃を加える。それはもう理性を失ったのではないかと思うほどだが、明智なりの楽しみ方なのだ。楽しそうに、赤く小さな膨らみをぷちぷちと潰していく。
 周囲のアヤカシが減ると、心眼を使い、「見ぃつけた♪」と囁いて、切っ先を地面に突き立てた。
「きゃっ」
 熱風に煽られた空音が、思わず尻餅をついた。
 待っていたとばかりにアヤカシが飛びかかる。
「空音さん!」
 高遠がとっさに腕を伸ばす。引き上げるつもりだったが、アヤカシ共はこぞって高遠の腕にへばりついた。衣服を食い破る力はないと聞いていても、気持ちのいいものではない。
「チィッ」
 蘭が空音を抱き起こしたのを認めながら、舌打ちしてアヤカシを振り払った。バラバラと零れ落ちていく赤い塊を、次々と串刺しにしていく。だが、集中力が途切れた瞬間をアヤカシが見逃さず、俯く高遠の隙をついて顔面へと跳躍した。
「しまっ‥‥!」
 潜り込まれては終いである。アヤカシを摘み、引き剥がした。刹那、激痛が走る。
 動揺が広がったわけではないだろうが、この時、空音を庇っていた蘭もひどい手傷を負った。目尻と両頬から出血したまま、怯まずに戦っている。対手が矮小な分、集中力は切らせない。多少の流血など、いっさい気にする素振りも見せずに剣を振るう蘭。
 このままでは足手まといになってしまう。空音は、唾を嚥下して神風恩寵を詠唱した。精霊の風は熱風を押し戻し、僅かではあるが、高遠と蘭の傷を癒した。
 一方、海岸へと回った別働隊も、戦闘の真っ只中にあった。
 油撒きと点火作業を伊也と滋藤の二人が済ませ、燃え広がっていく集落の横を迎撃しながら移動する。
 前衛に焔を置き、殿を緋桜丸が務める。二人の間に滋藤と伊也が挟まれる形で配置されていた。
 アヤカシの出現場所は足元だけとは限らない。すでに頭上から数匹降ってきて、泡を食った。最前線を歩いていた焔がその攻撃を喰らい、あやうく頭から喰い散らかされるところだったのだ。
 心眼で見つけ次第、片っ端から潰していく。
「滋藤! 集団をみつけたっ。縛ってくれ!」
 焔が班のすぐ右を指した。そこには橙色に燃え上がる炎しか見えないが――。
「わかりました。飛び出してきたらすぐに縛りますので、壬生寺さん、緋桜丸さん。頼みましたよ」
 柔和な滋藤の顔が険しくなる。数秒も待たずに、炎の中からアヤカシが集団で飛んできた。すかさず滋藤が呪縛符を発動させる。
 縛られ、砂浜でびくびくと痙攣しているアヤカシへ焔の突きが止めを刺す。別の塊は、縦横に走る緋桜丸の剣で絶命した。
「まったく‥‥小さいっていうのは厄介だな」
「ほんとうに数が減っているのか、疑問に思ってしまいますね」
 滋藤が額の汗を袖口で拭いながら、溜息を吐いた。
「比較的集団で現れてくれるので、そこが救いと言えば救いでしょうか」
 それならば、と伊也は次に現れた赤い集団へ向けて力の歪みを使った。
 歪みに囚われたアヤカシ共を、志士とサムライが蹴散らした。
「弔いの酒も用意したからな。きれいサッパリと浄化させようか」
 緋桜丸が言って、短刀を宙へと投げつける。剣の先には赤いアヤカシが刺さり、霧散した。
「ふん、アヤカシめ‥‥」
「後少しで終わるはずだからな。集中力を切らさずに行こう」
「ええ」
 と呪縛符を構える滋藤。これまでの戦闘で受けた傷を癒す伊也。
 すべて燃えて、後にはまっさらな土地が残ればいい。人がまた、ここで安心して暮らせるように――。

 白い砂浜を漂う煙。今は微かに燻っている状態だった。燃え落ちた集落を見るのは胸が痛んだが、仕方がない。赤子と少女が倒れていたと聞いた場所に、明智が立っていた。手を合わせ、彼女らの冥福を祈っているようだ。
 討ち漏らしの有無を確認していた焔と明智、高遠が戻ってくる。
「さすがに、真夏に包帯でぐるぐる巻きは辛いものがありましたね」
「明智ミイラというのも愉快ではありますが‥‥さすがに」
「犠牲者が出た場所で海水浴、というのも気が引けるが‥‥汗は流させてもらおう」と、すでに蘭は褌一丁である。
「愉しむ気マンマンなのでは?」
 微苦笑するのは滋藤だ。包帯を外して着衣を緩ませ、手拭いに海水を沁み込ませて軽く汗を拭う姿は、紳士である。
「あの‥‥私は真水で身体を拭きたいので」
 褌一丁になれば気軽に海へ飛び込める男共と違い、伊也は困惑した表情を浮かべながら少し離れた岩場の方へと歩いていった。
「俺も汗くらいは流すか」
 村人の遺体があれば埋葬をと思っていた焔だったが、村にはなにも残っていなかった。どこか心残りでもあるのか、包帯を解く焔の表情には暗い翳が差していた。
 波打ち際で一息ついている仲間を一頻り眺めた高遠は、村へと踵を返す。まだ、彼らの冥福を祈っていないことを思い出したのだ。
 海から明智の楽しげな声が聞こえた。
「うふ、ふふふふ。この開放感‥‥!」
 ほっそりした身体にはりつく褌の白が眩しい。
「きゃあ」
 岩場から伊也の悲鳴が上がった。
 思い思いに汗を流していた開拓者達は、そのままの格好で伊也の元へ駆けつけた。
 そこには――。
 珊瑚を手にして寝こけている空音と、その珊瑚をアヤカシと見間違えて、まさに今攻撃を加えようとしている伊也の姿があった。
「ちょちょちょ、待て待て! それ珊瑚だからっ」
「お待ちなさい」
 慌てて止めに入る焔と滋藤。
 腕組みして傍観者然の佇まいを見せる褌一丁の蘭。その尻を凝視している明智とさまざまである。
 ――と空音の目が開いた。
 きょとんとした顔だ。緋桜丸から一連の説明を受けると、
「母様にお土産ができたと思って喜んでいたんですけれど。‥‥すみません。誤解させてしまったようです」
 しゅんとうな垂れる空音。
「何事もなければいいんだ、気にするな」
 褌一丁の男、蘭が空音の傍へ歩み寄り、頭を撫でた。
 言うまでも無く、空音は顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでしまうのだが、一人不服そうに意見する男がいた。
「蘭さんの尻は素晴らしい尻ですよ。引き締まった筋肉で、少しばかりここにえくぼができるでしょう? ほらココです、最高ですね。しかも鍛えられているから尻の肉が下がってもいない。許しが頂けるのならぜひ触感を確かめたいと思うほどです」
「うむ。褒められることは良いことだな」
 まんざらでもない様子の蘭だったが、それはきっと明智の趣味を知らないからである。
 そこへ、村に戻っていた高遠がやって来た。
「そろそろ出発しないと、日が暮れてしまいますよ?」
 言われた一同は、慌てて岩場を飛び出した。
 静かに打ち寄せる波の音を聞きながら、もう一度、この海が漁師の掛け声でにぎわう日々が訪れることを願う開拓者達だった。