霧の籬で喰い尽くす
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/23 22:11



■オープニング本文

 川へ漁に出た男達が戻らない。
 そんな日は決まって濃い霧が出ていた。
 桟橋に、小舟が一艘帰ってきた。報せを聞いた女房達が、自分の亭主の舟かと駆けつけると、そこには血まみれの網だけが残されていた。
「ああァァッ‥‥!」
 漁師達は川に舟を出すのを怖れた。だが、それでは生活がたちゆかない。
 勇気のある男が一人、川へ出た。良く晴れた日だった。
 この陽気なら大丈夫だろう。
 男は意気揚揚と網を投げた。いつになく大漁で、引き揚げるたびに網には多くの川魚がかかっていた。
 欲が出た。
 もう少し漁をしていこうと再度網を投げ、待った。
 俄かに霧が現れ、男の舟はすっぽりと隠れてしまった。男は慌てて網を引き揚げ、櫂を手に身構える。息苦しい程の朦霧の中、男は四方に睨みをきかせた。前方に、うっすらと黒い染みが見えた。それはやがて大きくなり、男の眼前に来たところで、ギョロリとした目玉に変わった。
「ア、アヤカシ‥‥」
 震え出す男の四肢に霧がまとわりつく。男の悲鳴は霧の籬に響き、桟橋で不安げに集まり出した漁師仲間の耳には届かなかった。

 ギイィッ ギイィッ ‥‥ッ
 血まみれの投網を乗せた無人の舟は、翌日みつかった。


■参加者一覧
氏池 鳩子(ia0641
19歳・女・泰
パンプキン博士(ia0961
26歳・男・陰
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
千王寺 焔(ia1839
17歳・男・志
雲野 大地(ia2230
25歳・男・志
凪木 九全(ia2424
23歳・男・泰
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
小野寺 さくら(ia3102
19歳・女・志


■リプレイ本文

 川の流れは、すでに得ていた情報通り穏やかだった。小さな漣を立てながら、四艘の船が進む。先頭を走る一艘めには氏池鳩子(ia0641)と小野寺さくら(ia3102)が乗り、左後方に二艘目が連なる。
「さてさて、霧状のアヤカシとやら。早くその姿を拝みたいね」
 氏池が不敵に笑う。
「まあ、興味は尽きないが油断はしないように、と」と櫂を握る手に力を込めた。
「みなさん、索敵は任せてください!」
 先陣の前衛を担当する小野寺さくら(ia3102)は、自らと仲間を鼓舞するように声をあげた。
 二艘目に乗る凪木九全(ia2424)が「アヤカシは‥‥一匹残らず退治する」と言えば、前衛担当の壬生寺焔(ia1839)が、
「全力を尽くそう」と答える。
 互いの右手をパンと弾き、そして固く握手をかわした。
 続いて三艘目、四艘目も左後方に連なり進む。雁行の陣形である。
「これなら敵に追撃を受けても互いにカバーできるのであ〜る!」
 殿とも言える四艘目に乗るパンプキン博士(ia0961)が、「フハハハハハーッ」と高笑いする。
「我は天才的陰陽研究家。操船技術においても右に出る者はいなーい」
 漁師からのレクチャーも、一人残って教授を受けていた程の知識欲の塊である。腕組みしたまま胸を反らし、片足で器用に櫂を操っていた。
 操船を後衛に任せ、火矢の準備に余念がないのは三艘目の雲野大地(ia2230)。
「当たれば目印になるかな‥‥」
 操船しつつ、雲野の盾役に挙手したのが二メートル超えの巨漢、喜屋武(ia2651)。
「すべての攻撃‥‥俺が受けますから」
 偉丈夫でありながら嬉々として敵の矢面に立ちたがるのが少々気に掛かるものの、本人の希望であるから「どうぞ」と雲野は言うしかない。怪我なんてしないで済むのなら、それが一番だ。
「‥‥喜屋武さん、不思議」と雲野は呟きながら、黙々と作業を続けた。
 最も霧が深く集まる場所だと焔と雲野が集めてきた調査結果に基づいて、開拓者達は、村より数キロ上流へと移動し、停泊してアヤカシを待った。
 残念ながら生還者がいないので、アヤカシについての有力な情報は得られなかったが、そこはこれまでの経験により柔軟に対応していく流れになっている。
 どこからともなく川面に霧が現れた。這うように上流から流れてきたそれは、次第に質量を増やしていく。
「足場の確保は無理でしたが、この陣形でうまく立ち回りましょう」
「我の策に問題はないのであ〜る!」
 采配を揮うが如く、右拳を振り上げるパンプキン博士。
 一つの塊に見えた霧だったが、よく見れば個々に別れていることがわかった。さくらが早速心眼で索敵を試みる。
「前方に五体確認!」
 すかさず氏池が矢を放つ。うっすらと浮かぶ黒い塊の脇を掠めた。ざわつくようにアヤカシが互いに距離を取る。内一体が真っ直ぐ向かってきた。
 二艘目がすかさずカバーに入る。アヤカシとの距離を一気に縮め、舳先に立つ焔が二振りの刀を躍らせた。
「セイッ」
 怖気が立つ程の湿度の中、舳先ごと叩き割りそうな勢いで闇色の目を斬り刻む。アヤカシは短く叫んで雲散した。と共に、霧が僅かばかり晴れた。
 水上での戦闘ということもあり、足場の状況は最悪だ。刀を振るう度に、ぐらぐらと揺れる。
 焔を取り巻く空気がビリリと震えた。刹那、雷のように矢が疾る。向かう先にはぎらりと光るアヤカシの目。
 グゲェェッ
 恨みがましく叫びながら散り散りになっていく。耳の残るおぞましい声に、開拓者達は眉を顰めた。。
「アヤカシは‥‥一匹残らず退治するっ」
 弓を構えたまま、九全は威嚇するように叫んだ。仲間をフォローする為に、弓を下ろすことはない。連射と見紛うほどの素早さで矢を射る。
 周囲を霧で覆われ、薄暗い中。灯り取り用に船に掲げた松明から火を移し、火矢を構える雲野。
 瞳を閉じ、呼吸を整える。
「集中」と呟き、かっと両の目を見開いた。
「そこ!」
 弦を弾く。
 橙に燃える矢が霧の奥に消えると、少しして悲鳴が響いた。淡々と作業に勤しんでいた雲野だったが、初手の成功を喜んだ。
「ほぉ‥‥効くのね‥‥」
「距離がイマイチ掴めませんねぇ。‥‥よし!」
 焦れたように喜屋武は言って、大きく息を吸い込んだ。
「ウオォォォォッッ!!」
 野獣のような雄叫びが川面を滑る。さくらの心眼に引っかからなかったアヤカシが、ぞろぞろと喜屋武が乗る三艘目めがけて移動を始めた。
 目視は出来ないが、目を取り巻く霧が流れていくことで矛先がわかる。
「我に任せればよい」と静かに現れたのはパンプキン博士。
 霧の中でも、彼の見事な南瓜頭と小さなシルクハットはよく見える。まるで海賊か水軍のように颯爽と登場し、斬撃符で霧を払った。
 割れるように霧は払われ、川面が覗く。同時に目も露になった。
「‥‥?! ――ぐぅっ」
 晴れてこちらが優位になったと油断したわけではないが、さくらの右上に突如目が出現し、瞬く間に霧に全身を包まれた。
「動け‥‥な‥‥」
 刀を握る右手は、指先を動かすことすらままならない。暴れると船がぐらぐら揺れ、飛沫が派手に立つ。ちりっとした痛みを首筋に感じると、次の瞬間には激痛へ変わった。
「さくら君!」
 氏池が叫び、バランスを崩しつつ、持ち替えた飛手で目を撃破。粉砕されたアヤカシの欠片と共に、船上には飛沫血痕が放射状に飛び散った。吸血されたさくらの血だ。
「あ、‥‥ありがとうございます」
 声を震わせながら礼を口にする。傷口を押さえる指の隙間から、血が滴っていく。
 仲間が襲撃されたのを目の当たりにした焔が、足場の悪さをものともせずに跳躍。二匹のアヤカシ相手へ刃を上段から打ち下ろす。
「‥‥チィッッ!」焔が舌打ちした。
 死にたくない本能がアヤカシにもあるのか。己を滅せようとする開拓者へ最後の牙を向く。手傷を負わされながらも、薙いだ二本刀が目を真っ二つに両断した。
 三艘目からも叫び声があがる。
 咆哮により数を呼び寄せたアヤカシが、雲野を庇うように仁王立ちしている喜屋武へ襲い掛かっていた。
 弾き飛ばされた雲野は、腰を打ちつけて苦悶の表情を浮かべながら、慌てたように相棒へ声をかける。
「大丈夫なんですか?!」
 言って、目の前に広がる光景に息を飲んだ。
「大きな身体に血が有り余っているから、献血と思えば何のことはない‥‥――ハズ」
 さすがの巨躯を誇る喜屋武だったが、同時に三匹のアヤカシに吸血されれば献血どころの騒ぎではない。屈強な身体をくの字に折り、悶絶する。
 雲野は矢を広い上げ、振りかざす。鏃が目の一つを串刺しにした。醜悪な声を上げ、掻き消える。だが、まだ二体が喜屋武の身体にへばりついている。
「そのまま!」
 叫び声がして、喜屋武も雲野もぴたりと動きを止める。
 喜屋武の周囲で空気が弾かれていく。紙風船が割れる乾いた音に似ているが、それはアヤカシだった。
「ふはははは! プロフェッサー・パンプキンの実力を思い知るがいい!」
 砕魂符を放ったパンプキン博士は、マントをなびかせて勝ち誇っていた。
 膝を折ってしまった喜屋武だが、なんだか残念そうに見える‥‥?
「ちょっとイイ感じだった」とぼそり。
 それを間近で聞いた雲野は――。
「次にもっと吸われたらいいよ」とニッコリ。
 毒なのか本心なのか、疑問が残る一言を告げた。

 岸から見守る目がある。村長と漁師達だった。見慣れた川が霧に覆われ、全貌が見えない。ところどころで松明の火が浮かんでいるが、音は一切聞こえない。
 果たしてアヤカシ退治は上手くいっているのだろうか。
 村長の脳裏に、開拓者の言葉がよぎる。
(「開拓者ギルドから派遣されたものだ。急ぎ依頼を完遂したい。全力を尽くす」)
 祈るしかない自分達の無力さが歯痒かったが、相手がアヤカシではどうにもならない。
 ただ、彼らが無事であることを祈り、アヤカシ退治の成功を願うしかなかった。

 二度の心眼で三匹のアヤカシを発見。捕食するしかないアヤカシは、次々に倒されていく仲間を見ても臆することなく向かってくる。そのあまりの数に、終わりがないんじゃないかと思う程だ。
 雁行の陣で互いの死角を庇いあう開拓者達。
 松明が振られた。あれは――助けを呼ぶ合図だ。
「パンプキン博士か!」
 氏池が霧払いに矢を放つ。白い靄が僅かに晴れて、橙色の頭が露になった。目玉がほんの鼻の先で上下に揺れている。
「もっと船を寄せましょう」と喜屋武が素早く自身の腕に練力を流し込んだ。
 肩口がみるみる盛り上がる。
「当たれぇぇぇっ」
 凪木の矢も霧を裂いて飛んでいく。
 バシュッ‥‥――
 射貫かれた目玉が消える間際にぎょろりと睨んだ。
「小賢しいのである」呟いて、船底に転がったパンプキン博士は残りのアヤカシへ斬撃符を見舞う。
「カットカットカットォー‥‥オフッ!」
 小さな衝撃で船底を横へと転がるプロフェッサーの上へ、跳ね上がった水が豪快に降り注ぐ。
 雲野が飛び移り、よろめきながら大事ないかと問うた。
「問題ない。今まさに我の手により葬り去ったところである」
 立ち上がり、マントについた水滴を払う。
「あれ? 霧がかなり薄くなったんじゃないか?」
 聞こえにくかった仲間の声もよく通るようになり、焔の呟きも周囲へ届いた。
 四方へ気を張り巡らせながら、
「アヤカシの数と霧の濃さには関係があったようですね」とさくらが言う。
「じゃ、残りはかなり減ったってことになるのかな」
 氏池がぺろりと舌なめずり。
 敵もやっかいだが、戦闘場所が悪所なのが堪えた。それがようやく終わろうかというのだから、喜ばずにいられない。
「目視できるほどに薄くなったのはありがたい」
 落下防止にと船に繋いだ縄をぎりぎりまで伸ばし、矢の照準を合わせる凪木。
「もう少し襲われてもよかったんだけど‥‥」
 ちろりと相棒の雲野をみつめた喜屋武だったが、
「なんなら縄で括って吊るしてみようか。そうしたら思う存分襲ってもらえるんじゃないか?」
 との切り返しに、汗ばんだ手で松明を握る。
「それじゃ、頑張ってみようかな」と裏返った声で呟いた。
 もちろん、霧がかなり晴れて声がよく聞こえるようになったのだから、このやりとりもご同様。
 聞こえなかったフリで前方の敵へ意識を集中する別三艘隊。妙な空気が川面を流れる。
「さあさあ! 大人しく神妙にぶった切られるのであーる!」
 さすがパンプキン博士。絶妙の機を計っての声。もちろん博士に特別な意図はない。
 気を取り直していざ――。
「右に一体。左前方に一、ニ‥‥左後方から移動してくるのが一体」
 サクラが素早く敵位置を知らせる。
 鯉口を切る志士とサムライ。符を構える陰陽師。弓を構え、見据える射手役の三人。
「討ち漏らしは恥と思おう」
 誰かが呟いた。
 だがそれが合図となり、白刃が煌き、霧が裂ける。炎の鏃と剛毅の鏃が降り注ぐ。
 二重に三重に轟くアヤカシの断末魔の声。
 やがて霧は潮が引くように消え去り、悠久の流れがただあるのみ。
 山鳥の囀りがそこかしこから聞こえ始めた。――と、岸からわあっと歓声があがった。見ると、村長を始めとした村人達が川岸に集まっていて、飛んだり跳ねたり両手を振ったりと大喜びしている。
「まずは一件落着、ってことですね」
「――だね」
 早速方向転換をして、岸へと戻る氏池、さくらは互いを労った。
「男女で優雅な船漕ぎとはいかないが、まずは上々」
 操船役の氏池が鼻歌混じりに言った。

「しっかし、霧のアヤカシとは珍妙だね」
 足拵えしながら氏池が言う。
「形状がどうであれ、人々に仇なす輩は排除しなければなりません」
 背を預けた者同士、顔を突き合わせてにんまりと笑う。
「皆さん‥‥お疲れ‥‥。私も疲れました‥‥」と雲野の視線が喜屋武に注がれる。
「いろいろと」
 続く二の句に込められた響きがまた珍妙。
 そんな目を向けられているとは露知らず、喜屋武は村長から手渡された土産を覗いてニマニマと笑っている。
「なにを頂戴したんですか」
 人数分渡された竹の皮包みを手に不思議そうな顔をしているのは、焔と凪木の二人である。
 くんくんと鼻を鳴らし、嗅ぐ仕草を見せ、「これ、焼き魚だ」とはしゃいだのは焔。ひと暴れしたら腹も空くのだ。
「はい。なにも出来ない代わり‥‥と言っては申し訳ないのですが、途中で召し上がっていただければと山女の焼き魚と握り飯を包みました」
 村長が深々と頭を下げる。
「うむ。大義であーる」
 もっとも、一番嬉しそうなのはプロフェッサーだろう。なにせ魚はすでに博士の腹の中なのだから。
「途中で腹が空いたとゴネてもあげませんよ」
 喜屋武は慌てて皮包みを懐にしまった。その慌てぶりに皆が声を立てて笑う。
「帰りは船で下流まで送りましょう」
 村長が指した先には漁に使うものより、少しばかり大振りの船があった。
「お言葉に甘えるとしましょうかね」
 開拓者達は、船が寄せられている川岸へ向かった。
 静かに流れる川面を、いくつもの銀鱗が跳ね回る。
 そうか。アヤカシなどいなければ、この国はどこも美しいのだな――。
 遠山の頂きにかかる霧を眺めながら、改めて平和のありがたさを感じる一行だった。