【浪漫茶房】―裏
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/16 19:22



■オープニング本文

 幼い頃は、どこへ行くにもまとわりついてくる妹を面倒くさく思っていたが、今はむしろ、

「兄さまをお慕いしているご学友がいらっしゃるかも」

 と訳のわからない理由で距離を置かれることが辛く感じ始めている。
 以前のように、「兄さま、兄さま」と追いかけてくれないだろうか。
 ――そんなことはどうでもいいのだ。いや、あまりよくはいや、げふんげふん。
 俺のことはどうでもいい。とりあえず――。
 事件は、一通の文が妹、吉野冬海に届けられたことによる。
 兄として、

「内容を確認するのは当然だ」

 達筆な筆運びでつづられた冬海への思いに、俺は大きく動揺した。
 そして何より俺を驚かせたのは、それが連名だったことだ。連名であることの理由として、互いに抜け駆けをしない為なのだそうだ。
 気持ちはわからなくもないが、いかがなものかとも思う。
 だがしかし――。
 時節柄、皆の思いを七夕の晩に告げるというのが問題である。
 俺の冬海は可愛い。当たり前だ、俺の妹だからな。男が惚れてしまうのも致し方ないだろう。だが、それと「思いを告げる」ことは同義ではない。
 惚れるのは万歩譲って許しても、

「愛の告白など許せるはずがない。そうは思いませんか」

 どん、と拳で机上を叩かれて、ギルドの受付嬢は苦笑する。
「妹さんはまだお若いようですから、ご心配ですね」
 心の声を口から迸らせていた為、吉野武人のシスコンぶりはその場にいた開拓者らの耳にも届いた。失笑すら買っている武人だが、妹を守る(冬海としては、いい迷惑かもしれないのだが)という大儀であるから、少しも恥ずかしいとは思わない。
「それで具体的な依頼内容は、どういった」
「俺は暴力は好かない。だから、いっさいの暴力を使わず、七夕の晩、妹をその不埒な男共から守っていただきたい。むしろ、そいつらを近づけさせないでくれ」
 武人がにやりと笑い、
「手段は選ばない」
「……」
 受付嬢はわずかに首を傾げたが、すぐに営業スマイルを浮かべた。
「かしこまりました。それではすぐに手配いたしますね」



■参加者一覧
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ロゼオ・シンフォニー(ib4067
17歳・男・魔
ルシフェル=アルトロ(ib6763
23歳・男・砂
ミカエル=アルトロ(ib6764
23歳・男・砂


■リプレイ本文

 ぽつねん、と前庭にひとり佇む吉野武人。あえて光量を落としたランプを提げた武人は、心中で毒を吐いていた。
(「貴様らごとき、塵になってしまえ」)
 にやりと笑うその顔は、さながら悪事を企む悪代官か商人のようだった。

 寄宿舎の玄関灯の灯りが僅かにかかる植木の陰に、エグム・マキナ(ia9693)は立っていた。灯りに集まる羽虫を忌々しそうに手で追い払いながら、
「ふむ――私はあまり否定できませんね……」
 顔を顰めつつも自嘲気味にエグムは笑う。武人の行動にはエグム自身、共感を得ていた。大切な存在に、よからぬ者は近づけたくないものである。
 だからこそ――ただ互いを牽制し合っての今回の告白は感心できないのだ。
 ふと、玄関の扉向こうが賑やかになる。すぐに扉は開き、三人の少年が姿を現した。前庭にいる人影に気づき、校舎裏から行こうと囁きあっている。
「そこのお三方――よろしいでしょうか?」
 突然発せられた声に、三人は驚いた。特に堀田良輔に至っては、飛び上がって驚いている。
「アンタ、だれ」
 今清四郎が突っかかるように訊ねた。
「失礼、名乗っていませんでしたね――浪漫茶房より参りました」
 浪漫茶房と聞いて、三人は互いの顔を見合った。学年の壁を越え、女子の間でもっぱら話題の茶会が確かそんな名前だったな、と馬場秀彦が小声で話す。
 しかも、その茶会の主催者は吉野冬海――これから自分達が告白する相手のはず。
 三人は首を傾げつつ、視線を闖入者へ戻した。
「なんでも、あなた方は『抜け駆け禁止』を守る為に、皆で告白を使用としているとか? いけませんね、それは……多対1でグループ交際でもするつもりですか?」
 エグムの問いに、またも顔を見合わせる三人。これは何かの謎解きか? 答え如何によっては冬海への心象が悪くなる。迂闊な答えはできないと馬場達は逡巡した。
 畳み掛けるようにエグムが言葉を続ける。
「全員が同じ重さを持たなければ、恋愛は不幸になります。グループならば、全員が全員を同じ程度に愛さねばなりません」
 心なしか、彼の顔に浮かぶ微笑に邪なものが見え隠れする。
「告白をする程です。選ばれる自信があるのでしょう? 1人ずつ順にどうぞ。選ばれた方からお通しします」
 すべてはエグムの想定内。
 そして、これを冬海からの試験であると勝手に解釈した三人のうつけ者は、自信満々に答えるのだった。
 まず挙手をしたのは堀田だった。
「個性的な雰囲気を持つ冬海さんの調子に合わせられるし、彼女の笑顔を曇らせない自信があります」
 他の二人に負けたくないという理由で、今回の告白に臨む彼にしては及第点クラスだろう。エグムは少しもったいぶった態度を見せながら、
「では、堀田くん。貴方からどうぞ」
 恭しくこうべを垂れた。
 自分が思っていたよりもすんなり通れた事に驚いた堀田だが、エグムに小さく頭を下げ、冬海の下へと駆け出していった。
 下げていた頭を戻し、闇の中に溶け込んでいく少年の背中を一瞥したエグムは、残りの二人へ向き直る。
「さて、残るお二人の答えはいかがなものでしょうか」

(「前庭に、提灯持って、バカ兄貴、人が見たら只の変質者ぁ……字余りぃ……って、おぉ? なんだアイツが先発か」)
 村雨 紫狼(ia9073)は、この日の為に洗濯を念入りにした“まるごともーもー”の角部分を、ぎゅぎゅっと整えた。
「本当に冬海ちゃんが好きなら、他人に先越されようも動じはしねーよ」
 紫狼は呟く。対抗心だけで告白を決断した軟弱野郎の肝を試すのだ。
 けして動じぬ心。それが男――いやさ、漢なのだ!
 寄宿舎の壁に張り付き、耳を澄ます。足音が次第に近づいてくると、距離を測る為に顔を僅かに覗かせたが、すぐに引っ込める。
「おっと、せっかくの角が倒れちゃしまらねーぜ」
 顔を引っ込めた時に角が倒れてしまった。紫狼は急いで角を立て直す。
(「よおし、後少しだ。ほーれほーれ……さあ、そこから姿を見せた時がお前の最後だ」)
 いよいよ足音が間近に迫ると、
「悪いご、いねがぁぁ……!! いねがぁぁぁ……ぁ?」
 まるでいたいけな少女を脅かす変質者の如く、バッ、と暗がりから躍り出た。
 堀田が漢らしければ、すかさずここで反撃に転じるはずだ。仮にも好きな女の子がいるのだから、悪漢を撃退する事など造作もないはずである。
 造作もない――はずなのだが。
 紫狼は視線を泳がせた。少年がいたと思われる空間には誰もいない。その代わり、足元から、「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンナサイ」と念仏のような謝罪の言葉が縋りつくように上ってくる。
 視線を下ろすと、果たしてそこには堀田少年が蹲っていた。
「少年!」
 もーもー男もとい紫狼が堀田を呼びつける。
「お前の気持ちは、暗闇から着ぐるみが現れただけで萎える程度かーっ!」
「ごめんなさいィィィッ」
「冬海たんに告白するのは、冬海たんが好きだからなんだろー? 他の奴らなんてどーでもいーじゃねーか! それなのに対抗心だけで告るとか、冬海たんへの気持ちがまだまだ弱い証拠だぜ」
 どうにも解せなかった堀田の行動を叱り飛ばした紫狼だが、足元の少年がなにかを呟いているのに気づいた。
 言い過ぎたつもりはないが、傷つけてしまったかと声を掛けようとした矢先である。がしりと腿に縋りつかれ、
「冬海たんって。冬海たんってどういう事ですか! 冬海さんは牛が好きなんですかぁ?!」
「そこは牛じゃなくって、俺だろっ」
 べしっと堀田の脳天に蹄……手刀を落とす。
「ダメだ、こいつ」
 勝手な勘違いなのだが、紫狼を冬海の彼氏と疑わない堀田は、
「牛男がタイプだったなんてぇぇぇ……。僕には絶対ムリだぁぁぁぁ。こんなヘンタイになんてなれないィィィ」
 失礼極まりない事を口にしながら、泣き出したのだった。
 フードを下ろし、左手で顔を仰ぎながら涼む紫狼は、懐に仕舞ってあるお宝本を着ぐるみの上からそっと撫でた。
(「バカな堀田少年よ。冬海たんはもっと奥が広いのだ〜」)

 堀田良輔。本人の勝手な勘違いにより脱落。

 泣き叫ぶ堀田の声で収束を知ったエグムが、こほんと小さく咳払いをして、残る二人に同じ質問をした。
 挙手したのは馬場だった。
「悪の道に進まぬよう、自分がその都度軌道修正をかけ、冬海さんの笑顔が穢れないように細心の注意を払う事ができる」
 武人と同じ臭いを発する男だ。気持ちはわからなくもないが、当然、このような答えでは通せない。
「悪の道とは失礼ですね。彼女が惹かれる世界も、彼女が彼女たる所以ですよ。残念ですね。今の回答ではここをお通しするわけにはまいりません」
 にこりと微笑むが、馬場の行く手を遮り、微動だにしない。
 馬場は必死に考えた。脳内を様々な情報が駆け抜けたが、ようやく一つの答えに到達した。
「少しぼんやりしているところのある冬海さんを、引っ張っていける自信がある」
 エグムは何も答えない。まんじりともしない時間が数秒経つ。
「……もう少しひねりが欲しいところですが、よしと致しましょうか」
 ガッツポーズを決めながら、馬場は駆け出した。自分は堀田のような失敗はしないと信じて。

 壁に背を預け、途方に暮れている堀田を尻目に馬場は先へ進んだ。寄宿舎を離れ、校舎裏へと向かう。
「あの」
 薄闇からとつぜん声を掛けられ、馬場はぎょっとなったが、その姿を見てさらに度肝を抜かれた。
 磨かれた漆工細工のような髪と、そこから覗く大きな獣の耳。ロゼオ・シンフォニー(ib4067)の、初夏の日差しを受けて輝く青葉のような瞳に馬場は見入ってしまった。
「夕涼みにでも付き合っていただけませんか?」
 なぜか必死の表情で誘ってくる謎の美少女に、馬場は困惑した。もちろんロゼオは少女ではないが、それと気づかない馬場は、
「夕涼みって……見知らぬ人について行ってはダメだと教わらなかったのか?」
 お前は何歳児だ、と問いたくなるような事を言って美少女からの誘いを断っている。
「夕涼み」
 ロゼオは呟くなり、大きな瞳いっぱいに涙を溜めた。
「あ、いや、待て。なにも泣かなくても」
 あたふたと両手を振り回し、少女を慰めようとする馬場だったが、鼻腔を掠めた梅の香りに気づき、周囲を見渡した。
「知人を訪ねて参りましたが、迷ってしまいました。どうか出口まで道案内をお願いできませんでしょうか」
 またも現れた美少女に馬場は驚いた。今度は道に迷ったから出口まで案内してくれと言う。
「……」
 馬場は、見た事もない美少女二人に挟まれて、あろう事か恐怖を覚えていた。
 夜の校舎、突如現れた美しい少女、なんの脈絡もなく自分を誘う二人。
 こめかみを汗がだらだらと流れ落ちていく。
「いや、俺は大事な用があってだな、夕涼みも道案内もできな」
「ひどい」
 迷子の少女は厚みのある虎耳をぺたりと伏せ、袂で涙を拭った。その影で、羽喰 琥珀(ib3263)はくすりと小さく笑う。
「……わかった。では君達の要求を呑むから、終わったらきちんと成仏してくれ」
 ロゼオと琥珀は視線を合わせて首を傾げた。
 どうやら馬場は二人を幽霊だと思っているようだ。それならば好都合とばかりに、二人はぱっと華やいだ笑顔を向けた。
 ずいと身体を寄せた琥珀が馬場を見上げて名前を訊ね、大事な用はなにかと問うと、馬場ははにかんだ様子でそっぽを向いた。
「その方、女性ですか? ……私達の誘いを断ってまで行かなければならない程、本当にその方が大切なのですか?」
 琥珀が迫る。
「……うっ」
 答えに窮する馬場は琥珀の視線から必死に逃げる。だが、逃げた先にはロゼオの青葉の瞳が待ち構えていた。
 無言でみつめられると、なぜだか酷い罪悪感に駆られた。行かなければならない場所が自分にはあるのだ。そこには冬海が待っていて、自分の告白を待っているはずなのだ。
 こんなところで幽霊の誘惑に負けるわけには――。
「道ならぬ恋の炎に焼かれるのも、また人生だな」

 馬場秀彦。美少女の幽霊に勝手に誘惑され、脱落。

 すでに通過儀礼を済ませている清四郎が、待ちくたびれた様子で訊ねた。
「なあ、浪漫茶房から来たって事は冬海ちゃんから頼まれたって事か?」
「……」
 エグムは静かに微笑を浮かべた。
「じゃなきゃ、なんで今夜俺達が告白するって事を知ってんだよ。妨害とか、マジで迷惑なんだけど」
「……」
 エグムはゆっくりと視線を落とし、そして同じくらいの速度で視線を上げた。
「なに――執事ですから」

「フユウミに告白? それは、黙っておけないよね〜」
「ま。フユウミは可愛いから、引手数多って所か」
 じゃり、と砂を噛む音と共に掲げられたランプが照らし出したのは、悪戯っぽく笑う二つの顔だった。
 程なく清四郎が通りかかると、待ってましたとばかりに二つの影が現れる。
「あれ? こんな夜に人がいるなんて珍しい……」
 長身のルシフェル=アルトロ(ib6763)は腰を折り、清四郎の顔を覗きこんだ。清四郎は思わず後ずさる。
「こんな時間に学生がうろついて良いのか?」
 どん、と背に当たった障害物から声が降る。見上げれば先ほどの青年と同じ顔があった。ミカエル=アルトロ(ib6764)である。驚いたように二人の顔を交互に見遣り、双子だとわかると胸を撫で下ろした。
 と同時に腹立たしさが胸に湧いた。それは甘やかされた末っ子には酷く気に食わない事だった。明らかにそれとわかる表情を見せるが、相手が悪かった。
「俺達、フユウミの知り合いでね〜……ああ、フユウミ知ってる? 可愛いよね〜。フユウミがどうかした?」
「フユウミ人気者だよな……本当に」
 単純に人の邪魔をするのが好きなのか。二人は目を細め、清四郎の反応を窺う。
「知ってるくせに性格が悪いな、アンタ達」
 口吻を尖らせ、横を向いた清四郎は小さく一人ごちた。
「こんな美形が傍にいたんじゃ、俺、勝ち目ねぇじゃん」
 ルシフェルとミカエルは顔を見合わせた。
「ん〜、君、格好良いけど……もうちょっと……。例えば、女性の口説き方とか、知ってる?」
 ルシフェルは首を傾げ、
「俺達、ちょっと時間あるし……教えてあげよっか?」
 艶然と笑いながら、顔を近づけた。
「口説き方を知ってる方が、振り向いてくれる可能性は高いかもな? 知ってて損はない。色々知る事も必要……だろ?」
 戸惑う清四郎の肩から腕を回したミカエルは、爽やかな微笑で囁いた。
「ぐぎ」
 奇妙な声を上げた清四郎は全身を強張らせた。一体なにが始まるのかと恐ろしく緊張する。他の二人から抜きん出る事ができるのならば、それに越した事はない、が。
「ねぇ、俺の事を見て? ちゃんと、目を見て……伝えたい事が、分かるかな? 俺の気持ち、分かる?」
 正面から伸びるルシフェルの手に顎先を捉えられ、持ち上げられると、これから己の身に起きるだろう悲劇が容易に想像できた。
「ほら、目を見ないと……相手の気持ちも、自分の気持ちも……分からないだろ? ――俺の目もしっかり見て、読み取ってくれるよな?」
 先まであった肩の手はいつのまにか腰へと回されている。
 清四郎は目を剥いた。血の気を失った頬に汗がだらりと流れる。
 そして、「あ〜れ〜」的な悲鳴をあげ、失神したのだった。

 今清四郎。気絶の為戦線離脱。

 茫然自失の三人の若者を寄宿舎玄関へとそろりと捨て置いて、浪漫茶房からの使者達は前庭で突っ立ったままの武人の下へ集まった。
 武人の依頼は完遂した。
 が――。
「兄さま、酷いです」
 ロゼオに連れられてやって来た冬海は、本気で怒っている。しかも手紙を読んだ事も知られているようだ。握り締めている手紙を持つ手が震えている。
「人の手紙は読んだらダメですよ?」
 ロゼオが言う。
「おしおきなら俺達に任せて」
 言うなり、ルシフェルは武人を抱き寄せた。
「何をす……る……ッ」
「俺『も』、タケヒトの事大好きだよ?」と頬にキス。
 酸欠の鯉のように口をパクパクさせている武人へ、ミカエルが止めを刺す。
「俺はルーと違って甘く優しくじゃないからな。――ま、最初だから飴と鞭……どっちが良いか選ばせてやるよ」
 誰か止めてくれ、と視線を皆へ向けるが、一様に知らん顔である。妹に至っては、
「さあ、どうぞ」
 と両手で兄を差し出す仕草をしていた。
 天の川が瞬く夜空に、シスコン男の悲鳴はよく響いたのだった。

 冬海はホクホク顔で帰路に就く。腕には紫狼から贈られた本があり、美エルフ二人に悪戯される兄の戸惑いも格別だった。
「冬海様、いいですか?」
 ふいに声を掛けられ、振り向くとロゼオがいた。女装は解いているが、やはり可愛い。
「冬海様にとって萌えるとはどういうことなのでしょう?」
「明日を生きる活力ですわ」
 即答だった。
「何もないところから多くのものを想像すると幸せになりませんか? それはもう無限大に。ふふッ」