【浪漫茶房】我愛‥
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/17 23:38



■オープニング本文

 春に色めきたつのは本能なのかしら。
「ふぅ」
 吉野冬海は小さく溜息を吐いた。庭に咲いた桜も散り、今はすっかり青々とした新緑が我が物顔で枝を占拠している。
 枝のひとつが小さく揺れた。僅かに残っていた花びらが、儚げに風に乗り、はらはらと冬海の下へと舞い込んだ。
 揺れた枝には一羽の鶯がとまっている。辺りの様子を窺いつつ、ケキョケキョ‥‥と美しい声で鳴いた。
「春ね。私にはそれらしい気配は微塵もなかったですけれど。恋のひとつくらい、したかったですわ」
 ふくれた顔で踵を返し、縁側に腰を掛けると、一陣の風が冬海の髪を攫い上げた。吹き上がる突風に驚いた刹那、脳裏にそれは鮮やかに思い出された。
 級友が話していた不可思議な薬の話だった。
「あれって、本物なのかしら。もしもそうだとしたら‥‥私にも春が来るということですわよね」
 番を求める鶯の声が二度三度と冬海の鼓膜を揺らす。
(「確か、彼女からせがまれていた物があったわ。それと交換するという条件で譲ってもらいましょう」)
 善は急げとばかりに冬海は縁側を駆け上がった。その勢いのまま自室へと走る。目的の“装丁が変わっている薄い本”は自分の部屋に置いてあるのだ。
 一度、兄、武人にみつかってこっぴどく説教をくらったが構いやしない。内緒で買い集めた蔵書の中から一冊を手に取り、冬海は級友の家へと急いだ。

「綺麗な赤‥‥」
 感嘆の声を漏らす冬海の横で、武人がやれやれと肩をすくめた。
「惚れ薬だと? そんな眉唾ものを嬉しがるとは、ほんとうにお前は子供だな」
「眉唾かどうか、試飲してみればわかりますわ。はい、兄さま。どうぞ」
「俺で試すな! いかんだろう、兄妹で‥‥そんな‥‥い、色恋沙汰は」
「信じてるんじゃありませんか」
「信じてはいない! おおおお俺、俺で試すなと言っているんだ」
「‥‥」
 妹の刺すような冷たい視線に堪り兼ねた武人は、逃げるようにリビングを出て行った。
 その背を呆れ顔で見送った冬海は、戸が閉まるや視線を掌の小瓶に戻した。掲げると、ガラス瓶の中で赤い液体が静かに波打つ。
 透明感のある赤い色は葡萄酒のようでもあった。蓋を開けて匂いを嗅ぐ。香りは絞りたての果実酒みたいにフレッシュである。くん、と深く吸い込んでみる。喉の奥で酸味が広がった。少し酸っぱいのかもしれない。
 量にしてワイングラス一杯分ほどしかない為、試飲にも限界はあった。ただ、友人が言うには小さじ一杯で効果は十分なのだと断言していたから、少人数で試せば、本番に使う分は残るだろう。
 ここで問題なのは誰に被験者を頼むかである。
 武人は早々に逃げ出してしまったし、自分が飲んでしまっては客観的検証ができなくなってしまう。
「う〜ん。ここはやっぱり身体が丈夫な開拓者さんの出番ですわよねぇ」
 最近の冬海の中で、開拓者の役割というものがいささか違ってきている気がするが、人の役に立つという点では一致していた。ただその一点のみだが。
「本物だとわかれば試飲だけでも楽しいものが見れますし、本番でもきっと私の役にたちますもの」
 ぱん、と両手を打ち、冬海はすっくと力強く立ち上がった。
「おい、冬海」
「なんですの? 腰抜け兄さま」
「そんな得体の知れんものの試飲を断っただけで腰抜け呼ばわりなんだ。最近、俺に冷たくないか、冬海」
「私、忙しいんですの。用がないのでしたら、これで」
「待て待て。もしも、仮にだぞ? 万に一つもその可能性はないが、それが本物だったとして、効果が切れるのはどれくらいなんだ」
 冬海は友人から聞かされた注意文を思い出した。
「四、五分だったかしら。一時間だったかしら。‥‥一日だったかもしれませんわね。よく覚えていませんわ」
「大事なことだろう、そこは!」
 武人は頭を抱えた。
「大丈夫です。協力を仰ぐのは開拓者さん達ですから!」
 瞳を輝かせて「大丈夫」と言いきる根拠を聞きたかったが、武人は諦めた。
 妹をよろしく、と心の中で呟いて、
「まあ、人様の迷惑にならないようにするんだぞ」
「春ですもの」
「‥‥あまり無理は言ってやるなよ」
「では行ってまいります」
 冬海はお気に入りの巾着に小瓶を入れ、ギルドへと向かったのだった。
「ただの葡萄酒かなにかだろうがな。ん? これは冬海の忘れ物か? やけに薄い本だな。‥‥ってこっちの“春”かよ!」
 手に取った薄い本をバシィッと畳に叩きつけ、顔を真っ赤にした武人は足を踏み鳴らしながら部屋を後にした。



■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
ルシフェル=アルトロ(ib6763
23歳・男・砂
ミカエル=アルトロ(ib6764
23歳・男・砂
八条 高菜(ib7059
35歳・女・シ
イーラ(ib7620
28歳・男・砂


■リプレイ本文

 明らかになにかを期待しているような椅子の並びの応接室。開拓者らはいろいろ気づいていたが、知らないふりをした。このイケナイ遊びの為に。
「お久し振りです。冬海お嬢様」
 一分の隙もない所作で軽く会釈をしたエグム・マキナ(ia9693)は、ぴしりと執事服を着こなしている。
「今回はまた変わったおもちゃをみつけられましたね」
 エグム執事は困ったように笑った。
「おもちゃではありませんわ。惚れ薬です。媚薬です! さあ、皆さま」
 両手を広げた吉野冬海の頬は上気していた。薔薇色の液体が本物であれば、素晴らしい光景が見られるのだから。そして実践で証明された暁には――ふふ、と冬海は微笑む。すべてが終わった後に、おしおきが待っているとは知らずに。

 執事役のエグムが、それぞれの前に置かれた小さなグラスに少量ずつの媚薬を注いだ。
「では」
 全員が同時にグラスを煽る。
 冬海の前に置かれた二人掛けの長椅子には、六条 雪巳(ia0179)と羽喰 琥珀(ib3263)が座っていた。
「はふっ」
 そう小さな息を漏らしたのは六条だった。元々酒に弱い六条は、さっそく頬を染め始めていた。まだ瞼は開けてはいないが、右手が宙を数回掻くと、ふと柔らかな毛が指先に触れた。
「おい、こらっ」
 急に怒鳴りつけられて驚いた六条が目を開けると、しっぽの毛を膨らませた琥珀が覗き込んでいた。
「いきなり握るなよ、ビックリするだろ? ……な、なんだよ。俺の顔になんかついてるのか?」
「ええ、ついていますよ。とても愛らしい瞳が。宝玉のように輝く金の瞳に、私が映っています」
 そろりと両手で琥珀の頬を覆い、陶然とみつめた後、堪えきれずにぎゅうと抱き締めた。
 いい加減にしろ、と六条の袖を激しく叩く琥珀だったが、
「心地いい体温です。抱いたまま眠ると、きっと朝までぐっすりでしょうね。いいでしょう? このままいても」
 耳元で甘えた声でねだられると、観念したのか。態度を一変させた。照れくさそうに、
「今まで気付かなかったけどキレーな瞳してるんだな。ずっと見てたら引き込まれそう」
 ぐいと六条の襟を引き寄せ、
「髪にも触ってみたいな。ううん、髪だけじゃなくって手も合わせてみたい、頬に触れてみたい、もっともっと触れ合って体温感じていたいな」
 六条の腕にすっぽり収まり、袖の間から顔を出して熱っぽく言った。
「こういう事、誰にでも言ってるって思うなよ、……な」
「もちろんですよ、可愛い人」

 冬海、久々の大興奮である。無言のまま拳を太ももに叩きつけている。痛くないのだろうか。
「こ、これはっ。信憑性、星五つ!」
 いきなりの星五つ宣言だ。それだけ六条と琥珀の演技は素晴らしかったということなのだろう。恐らく。
 さて。甘え攻めにデレで返した偽カップルの右側に置かれた一人掛けソファには、まだグラスを開けていない者がいた。エグムである。その目は驚いたように見開いていた。グラスを持つ指先が白くなるほど、強く手首を握られていた。
 握っていたのはイーラ(ib7620)だった。彼もまた瞠目している。やがて眉根を寄せ、思いつめたように告白する。
「お前の全部が欲しい。これ、俺の手で飲ませてもいいか? 絶対に俺を見て欲しいから」
「そんな無理やり……っ」
 首を振って抵抗するエグムだが、イーラは強引に飲ませた。エグムの白い喉が上下に動き、媚薬を飲み干した。
 ゆっくりと開いた空色の瞳に、小麦色の肌が映る。
「……」
 唇を引き結んだまま何も話さないエグムに、
「…辛ぇ、よ。薬の効果だって解ってるつもりだけど……今は、効果が切れるのが、怖え。この気持ちが消えるとか、信じらんね。消えちまったら……俺、空っぽになっちゃうんじゃねぇかな。それくらい、お前が、今の俺の全部、だ」
 エグムの膝に顔を埋め、苦しそうに胸を掻き毟った。
「いけません、無理をしては。すぐに休むところを……ッ!?」
 苦しそうに喘ぐイーラの肩へ手を添えると、ふわりと抱き寄せられた。
「私は、皆様の介抱をしようと。ですから、たったお一人の方だけに尽くすわけには」
「俺のこの思いも薬のせいなのかな。嘘っぱちなのかな。なあ、見てくれよ、俺の手。こんなに震えてる。あんたに触れただけなのにさ」
 ごくり、と冬海が生唾を飲み込む音がした。台無しである。
 エグムの細い指先が、そろりとイーラの胸を押し戻した。
「仕方ありませんね……お嬢様。どこかお借りしてもよいでしょうか?」
 ぱああっと華やいだ表情を見せたイーラと冬海。
「隣へどうぞ!」
 冬海は、勢い良く隣室へ続く扉を指したのだった。

 額の汗をハンカチで拭いつつ、溜息を吐いた。これは想像以上の代物である、と冬海は思わずお嬢様らしからぬ「ぐふふ」と下品な笑いを漏らした。
 まだ小瓶には薬が残っている。アレを使えば――よからぬ妄想を巡らせた冬海の意識を引き戻したのは、妙齢の女性、八条 高菜(ib7059)の艶っぽい声だった。
 同性である冬海でさえ思わず目を隠したくなるほど、肌色の目立つ衣装の女性だ。生地のやたら少ない着物は肌蹴ていて、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)にしなだれかかっていた。
 長い漆黒の髪を一房摘み、毛先でフランヴェルの顎先を撫で上げる。
「高菜を、どうか可愛がってくださいまし……♪」
 潤んだ瞳は部屋の明かりを反射して、小さな星をいくつも瞬かせていた。
 フランヴェルはなにも言わず、高菜のしたいようにさせている。ただ視線だけはずっと彼女を追っている。ほんの些細な挙措さえも見逃すまいと、フランヴェルは熱い視線を送り続けた。
「高菜ばかりが思いを募らせているようで、悲しゅうございます。見ているだけでは先へ進めませんのよ? ギーベリ様」
 構われないのがつまらないのか、高菜は爪の先でフランヴェルの胸元で光る貝の釦を軽く弾いた。すかさずその指をフランヴェルが掴む。
「奥さん、少し汗をかいているね。ボクの手に馴染むこの肌に、濡れて張り付いた髪を指で掬いあげるのもいいものだけど、どうだろう。もっと汗をかいてみない?」
「ギーベリ様ったら♪」
「禁断の恋だけど、これは薬のせいだ。罪である程、奥さんの香りが甘くボクを惑わすよ。イケナイお人だ」
 互いの指を絡め、ひしと抱き合うフランヴェルと高菜を見た冬海は、思わず身震いした。
(「こ、この薬は性別をも超えるのね」)
 ここで冬海は油断していた。自分はあくまで傍観者だと高を括っていたのである。だが、それは大きな間違いだった。

 するりと背後から腕が伸びてきて、そのまま後ろへと倒された。
「え?」
 ぽすん、と誰かの腕の中に収まった冬海は、自分を抱き締める腕に手をかけながら振り仰いだ。そこには艶然と微笑むミカエル=アルトロ(ib6764)の顔があった。
「あぁ……フユウミは今日も可愛いな。フユウミ、今日はどんな事して、楽しみたいんだ? 俺に聞かせてくれよ」
「ミカエルさん、まさか私を見たの? ……きゃっ」
 軽々と抱き上げられ、そのままミカエルの膝上に下ろされた。まるで小さな子供にでもなったみたいで恥ずかしい。冬海は火照る頬を両手で押さえた。
「俺はいつでもフユウミを見ているからな。惚れてしまうのは必然だ」
 当たり前の事を聞くなと、頬に宛がっている冬海の左手を優しく引き剥がした。
 これでは観察できない。そもそも自分へ媚薬の効果を発動されては恥ずかしくて堪らないではないか。普段の彼からは想像できない程にスキンシップを求めてくる。
「なんだかルシフェルさんみたい。……えっと。ルシフェル、さんは……あ」
 きょろきょろと視線を動かすと、じっとりとした目でこちら――というよりミカエルをみつめているルシフェル=アルトロ(ib6763)がいた。
 うぐ、と冬海は息を飲む。合わせるようにルシフェルがソファの上に飛び乗り、にじり寄ってきた。
「ねぇ〜、ミカちゃん、俺も構ってよ〜。ミカちゃん、俺の事、嫌い? 俺、こんなにミカちゃんが好きなのに〜」
 駄々を捏ねる子供のようにソファの上で跳ねるルシフェルに、
「今はフユウミと遊んでるだろ。ルーの事は好きだ。けど、今はフユウミの方がより好きなんだよ」
 顔も向けずにミカエルは素っ気無く言った。
 上着の裾を掴んで強く引っ張ってみても、背中をぼすんぼすんと叩いてやっても見向きもしないミカエルに、とうとうルシフェルが切れた。
 ソファを下りて回り込むと、ミカエルの膝から冬海を下ろそうと袖をぐいと引っ張り、
「ちょっと、ミカちゃ〜ん? 俺とフユウミと、どっちが大事なわけ!? そんなにフユウミが良いわけ〜!? んもう、俺のミカちゃん〜っ」
 ルシフェルが冬海の袖を引くほど、ミカエルはそれ以上の力で冬海を抱き締める。二人の間で冬海は「あわわ」としているだけだった。
「もう、いい!」
「い……っ、何すんだ!いきなり髪引っ張るな……!?」
 冬海ばかりを構うミカエルに怒ったルシフェルの仕返しは、至近距離でそれを目撃した冬海を硬直させた。無論、不意打ちのキスに固まったのはミカエルも同様である。
 さすがに人様のキスシーンを間近で見る機会のない冬海は、思考回路も停止していた。ぼんやりとした脳に、どこか遠くからコトリコトリとグラスを置く音が響く。
「何の音?」
 衝撃覚めやらぬまま首を動かす。視界に飛び込んできたのは、空になった小瓶だった。まだ半分近くはあっただろう媚薬は、あと数滴くらいしか残っていない。その数滴すらエグムが飲み干したのである。
 冬海の表情が一変した。
 開拓者をもメロメロにさせた代物である。本物に違いないのだ。それをそれを――。
 きっ、と開拓者を睨みつけ、文句を言ってやろうと口を開きかけた時だった。
 皆の様子が変わっていたのだ。
「おいおい、俺のフユウミに手を出してくれるなよ。お前ら――」
 奪われて堪るか、とミカエルは冬海を抱き締める腕に力を込めた。
「ちょっ! ミカちゃ〜ん! ……って、うわっ」
 冬海からミカエルを奪い返そうと腕を掴んだルシフェルだったが、軽くいなされてしまい、コロリンとソファから転げ落ちた。
「あれ? 落ちて……な、い?」
 誰かに抱きとめられたルシフェルが、両脇に差し込まれている腕を見た。女性かと思うようなすらりと細い指先だが、それは――
「小さな身体を抱き締めるのも良いのですが、逞しい殿方ですと妙な安心感が……うふふふ」
 少し離れたところから「小さい言うな!」という怒鳴り声が上がる。
「ユ、ユキミ?」
 ルシフェルの脳裏にちらりとよぎる本音混じりの黒い影。
(「妬いてくれるかな」)
「慰めてくれるのか? 嬉しいな〜」
 グラス二杯目にして泥酔状態でしがみついてくる六条を、これみよがしに抱き、ほうらほうらとミカエルに見せ付ける。次第にぐったりと脱力していく六条にも気づかない。
「ルシフェル君、雪巳君がぐったりしていますよ? あちらで休ませてあげますので、その手をお離しなさい」
「ミカちゃんと交換してくれたらいいよ」
「仕方ありませんね」
 振り返りざま、エグムは冬海へ「お嬢様、彼をいただいてもよろしいですか?」と断りを入れ、皆の中で一番長く冬海に触れていたミカエルを呼びつけた。
 渋々冬海から離れたミカエルが、エグムへ囁く。
「手が震えてるけど、どこまで抵抗できるかな?」
「!」
 薬の効果を表に出すまいと必死に正気を保っているエグムは、見抜かれていた事に驚いた。それでも平常心を心がけ、むにゃむにゃと何か呟いている六条を抱え、空いているソファへ下ろした。
「タンマッ。むぐ」
 琥珀の必死の制止の声に冬海が振り返ると、そこには豊満な胸に顔を“埋めさせられている”少年の姿があった。驚きのあまり、琥珀のしっぽは竹箒状態である。
 高菜は大喜びで琥珀をぐいぐい自身の胸へ押しつけていた。
(「酒池肉林?」)
 他人事のように首を冬海は首を傾げた。
「‥…ねぇ、冬海さん。こんな薬を使って、人を惑わせて……いけないお嬢さんですね。薬などに頼らなくても、貴女は充分に魅力的ですのに。この騒ぎ、どう収拾をつけるおつもりです?」
 覚束ない足取りでやって来た六条は、冬海の鼻先をツンと指で弾くと、糸が切れたみたいに冬海に覆い被さった。後には「すうすう」という寝息が聞こえる。
「わかるかい……? どうしようもない程、君が欲しくて胸が弾けそうになってるんだ。ボクを本気にさせた君が悪いのさ」
 気づいた時には真横にフランヴェルがいて、冬海の手は彼女の心臓の上へ押し当てられていた。
 まさか自分が人様の膨らみを、布一枚とはいえ触れるとは。フランヴェルの手は冬海の身体をゆっくりと辿っている。あわあわしているところへ、イーラが跪いた。
「なぁ、こっち向けよ。他の奴見てんじゃ、ねぇ。野郎同士の絡みも、噂に聞く薄い本も……全部奪ってやりてぇ。何処へも行かせねえ……無理やり、お前さんが夢中にさせたんだ、其れっくらいの対価は払ってもらわねぇとな」
 低く鋭い声のイーラ。
「イーーーーラさん! ……え。皆さん、え? ええ?!」
「本当可愛い……滅茶苦茶にしたくなるくらい」
 ウィンクといっしょに高菜が投げキッスを送ってくる。
 その足元でゆらりと琥珀が動いた。手には匕首を持っている。
「俺の冬海姉様に……冬海姉様が好きなのは俺なのに。それなのに冬海姉様に近づく奴は……生まれてきたことを後悔させながら逝ってもらう」
 高菜の渓谷のような谷間から脱出してみれば、冬海は他の仲間に奪われそうになっている。ライバルではないだろうと思っていたフランヴェルまでもが、くすぐったくなるようなセリフを吐いていた。
 冬海はじりじりとソファの端へと追い詰められていく。本気の男性に迫られてはどうしようもない。男性でなくとも、ここにいる女性二人も十分危険だった。
(「おかしいですわ。これでは観察できません。わ、私を対象にしては」)
「らめぇぇぇ……へっ?」
 頬を横に引っ張られた冬海の唇からは、間抜けな言葉が零れる。左右にはミカエルとルシフェルがにんまりと笑い、冬海の頬を引っ張っていたのだ。
 そして覗き込む開拓者らの表情を見て、さすがの冬海も理解した。
「ぜんぶ、嘘なんですね?!」
「どのような事をするにせよ、薬ではなく自らの行動で――うっ」
 説教をし始めたエグムがわざとらしく薬の効果を体現したが、すぐにいつもの彼に戻り、
「冬海お嬢様なら、そのままで十分ですよ」
 そうアドバイスする執事の手は、ひたすら六条の背を擦っているのだった。
 酔いが醒めた時が――楽しみだなと意地悪な事を思う冬海は、役者顔負けの演技力を発揮した開拓者の恐ろしさを知ると共に、
(「本。返してもらうんだから!」)
 呆れるくらいにちゃっかりしているのだった。