敵は花粉?!
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/12 22:49



■オープニング本文

「なんとまあ良い天気だこと」
 庭いっぱいにはためく洗濯物の影から、ひょいと顔を覗かせたのは、少し疲れが表情に見え隠れしている女性だった。歳は二十代後半辺りだろうか。
 燦々と射し込む日差しを眩しそうに手で翳しながら、ふんわりとした笑顔を見せる。
「ここのところずっと悪天候だったものねえ」
 縁側に腰を下ろし、熱い茶をすすりながら一息ついているらしい若い女中が答えた。
「ただ、ちょっとばかし風が強いのが難儀だけどねえ」と溜息混じりの言葉が続く。
「ああ‥‥なんだか、今日はあちこちからクシャミが良く聞こえるけれど、この強い風のせいかしら」
 荒々しく嬲られる前髪を片手で押さえ、空を見上げた。雲ひとつない晴天だったが、真っ青と呼ぶには少しばかり黄ばんで見える。
「風も柔らかくなって、春らしくなったとは思うけれど‥‥この空の色は、なんだか妙よねえ」
 言うや、女中が「くしゅん」と愛らしいクシャミをした。
「ごめんなさい。‥‥は、は、はくしゅん!!! はくしゅんっ。はくしゅんっ。はくしゅんんんっ」
「そ、そんなに?! それってただのクシャミなの? 風邪じゃないといいけれど。今日は私が全部やっておくから、貴女はもう休んでなさいな」
「じゃあ、‥‥くしゅん。お言葉に、くしゅん。甘えっしゅんっ。休ませてっしゅんっ。もらうっしゅんっっ」
 目も痒くなりだしたのか、猫が顔を洗うように何度も瞼を擦りながら、しゅんしゅん、とクシャミも治まらないまま奥へと引っ込んだ。
 耳を澄ませば、あちらの家からこちらの家から、とクシャミが聞こえる。
 洗濯物の残る木桶を抱え上げた塚原梓は、もう一度空を見上げた。薄く黄色い靄がかかったような空に、梓は言いようのない不安を感じる。
「一過性のものなら、まだいいんだけれど」

 翌日。更に風が強く吹いた。
 梓が住まう山村は周囲を山に囲まれた、静かな場所である。ところが――
 くしゅん!
 へっくし!
 ぶしっ
 へぶし!
 へ、へ、へっ‥‥へぶ‥‥っ?!
 中には途中で止まって、微妙な心持ちになる村人もいるようだが、村のほとんどの者がこの原因不明のクシャミに悩まされていた。村に一人しかいない医者も、「なんでかのう?」と首を傾げながら薬を処方した。
 更にその翌日には、クシャミのみならず、
「目が痒い!」
「ばな゛み゛ずがどま゛ら゛な゛い゛ぃぃぃ」
「おいらは鼻が詰まって息すんのがつれえッス」
「「「どうにかしてくれませんかねえ! 先生っ」」」
 目を激しく擦る子供、ちり紙を鼻の穴に突っ込んでフガフガ呼吸しているオヤジ、片手に紙縒りを持った若者は合間合間にそれを鼻に差し込んでクシャミを誘発させている。
 彼ら以外にも、すでに診療所では同様の症状で駆け込んできた村人でぎゅうぎゅう詰めだった。
「日に日に増えますねえ、先生」
 顔の半分を白い布で隠した女性が、困ったように医者の方へ顔を向けると、
「梓くん。なんだか僕も、鼻がムズムズするんだが、マズイかもしれない」
「は?!」
「すまっぶしゅっっ」
「先生!!」
 梓は、訪れた患者と村でただひとりの医者を診療所の奥へと連れて行った。
(「毎年、何人かの人がこういう症状で診療所を訪ねて来てはいたけれど、今年は異常だわ。それに時季が少し早い気もするし」)
「村長さんはまだお元気のようだったから、相談してみましょう。このままでは村のみんなが病気になってしまうわ」

 梓が訪ねた村長も、自分一人を除いた家族皆が同様に症状で診療所に行っているので、おおよその現状を知っていた。
「みんなが訴える症状は、毎年のものと同じなんだけれど。どうにも規模は大きいし流行が早すぎると思うの。山に何か異変でもあったのかしら。もしそうだとしても、山に入って行ける人が誰もいないから‥‥」
「明日は我が身だしな。うん、すぐにも頼もうか」
 村長は自ら出張る為、膝をポンと打って立ち上がった。
 空は前日に比べ、明らかに黄色く染まっていた。
 早駆けで激しく揺れる馬の背から村長が振り返ると、山から吹き降ろす風に乗った黄色い粒子が村をすっぽりと包み込んでいるのが見えた。
 確かにこれは異常だ、と呟き、馬の尻へ鞭を振るった。



■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077
18歳・男・巫
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
神凪 蒼司(ia0122
19歳・男・志
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
九条・亮(ib3142
16歳・女・泰
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
ルカ・ジョルジェット(ib8687
23歳・男・砲


■リプレイ本文

 開拓者達が件の村に到着すると、そこら中から聞こえるくしゃみと鼻をすする音で――煩かった。
「あそこまで行くと嫌がらせを通り越して災害に近いような」
 手拭いで口と鼻を覆い、目にはゴーグルをかけた朝比奈 空(ia0086)がぽつりと呟く。彼女の美貌も厳重装備によってすっかり隠されている。
 ドーム状に村全体を覆いつくしている花粉の中に入るのは躊躇われたが、村人の現状を確認する為には致し方なかった。
 くしゃみ鼻水で重篤、というのは大げさだが、なにせひっきりなしに出てくるくしゃみと、垂れてくる鼻水のおかげで会話も満足にできやしない。そんな村人達は、みな診療所に担ぎ込まれていた。
「俺はそのような症状がないから解らぬが‥‥相当苦しいのだろうな。早めに原因を絶ってしまわねばならないな」
 煩わしそうに眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、所狭しと座敷に転がり、くしゃみで海老のように跳ね回る村人達を見回して神凪 蒼司(ia0122)が言う。
 そのすぐ後ろから、夜空の星を二、三個映し込ませたような純粋無垢な瞳を神凪に向ける少年がいた。両手を胸の前で組み、
「蒼ちゃんはやっぱり恰好いいから何でも似合うよね♪ 防止用と云わず、ずっとかけててくれたら良いのにな」
「わかったから、あまり見るな。ほら、行くぞ」
 たらりと汗を垂らしながら、神凪は煩わしくも愛らしい従兄弟、櫻庭 貴臣(ia0077)の手を引き、一足先に診療所を後にした。
 二人と行き違いに診療所へ戻ってきたのは、鈴木 透子(ia5664)だった。花粉の脅威から逃れる為に村からの避難を提案したのだが、捕らえた餌を逃すまいと花粉の一部が追ってきて、逃げ切れず結局村へ戻る事になったのだ。
「ダメでしたか、残念ですね。――ああ、そんなに気を落とさないでください。避難を考えるのは当然ですから、ね?」
 がくりと肩を落とした透子を菊池 志郎(ia5584)が慰める。彼は今、症状の最も重い患者を中心に解毒を行っているところだった。物は試しと始めた事だが、幾分か状態が改善される事がわかった。すべての村人に効力があるわけではないのが残念だが、こればかりは手当てしてみないとわからないのが難点だった。
「ハックショイ!」
「くしゃみ‥‥Kyrieさんも、ですか?」
 患者に混じって派手なくしゃみをかましているのはKyrie(ib5916)だ。懐から銀の手鏡を取り出し、自慢のゴシックメイクを確認したところで悲鳴をあげた。
「 メイクが鼻水で流れてる! 酷い‥‥台無しじゃないですか」
 心配そうな顔でみつめる志郎と透子へ右手を翳し、「ああ、お気になさらず」と言い置いて、
「止むを得ませんね」
 と徐に頭巾を被った。さらにもう一枚被る。隙間からの花粉の侵入を防ぐ為に顎の下を紐で縛った。その仕上がりに志郎と透子の表情が俄かに曇る。――何かに似ている。
 てるてる、と言いかけた二人の前でKyrieの瞳がギラリと憎悪に光った。僅かな沈黙の後、
「許さない、絶対に!」
 メイクの恨み、晴らさでおくものか――。

 若干一名が不穏な空気を醸しつつ、居並ぶ開拓者の面々の装備は一様に怪しかった。時間と現れる場所を間違えれば、確実に捕縛されるスタイルだ。
 横一列に並び、花粉の侵入を防ぐ為に覆った口元の手拭いを通して、「ふしゅう」と実に息苦しそうな息遣いも聞こえる。皆が見上げた山は紅葉の季節でもないのに黄色く染まっていた。それがすべて花粉だと思うと、考えただけで――
「ハックショイ。ええい、忌々しいっ」
 細かな刺繍入りのハンカチーフを握り締め、Kyrieが唸る。気の毒そうに彼を横目で見つつ、
「人海戦術だけど、ボクは風上から麓へ降りてくる格好で探すね!」
 九条・亮(ib3142)は最終確認とばかりにゴーグルをキツく締め直し、別方向からの探索に駆け出した。
「九条さん、私も風上から参ります」
 これ以上の苦痛は嫌だとばかりに、その実、背後から塵にしてやるつもりのKyrieが続くと同様に透子も後を追った。
「俺達もくしゃみだらけになる前に、何とか早く見つけたいですね」
 気のせいか鼻がムズムズし始めた志郎が言う。
「花粉が飛んでくる方がアヤカシの居るところなのだろうが、とりあえず術を使って探すか」
「花粉という目印があるのは都合がいいですから、極度に濃い場所を目指すのも良い方法でしょう。けれど」
 朝比奈がちらりと視線を寄越したのは志郎である。
「志郎さん、目が赤いですよ。大丈夫ですか?」
 花粉の只中に向かうわけだが、志郎にどうやら症状が出始めていた。
「平気です。行きましょう。行って、そんなアヤカシ、叩き斬ってやりましょう」
「もう遅いかもしれないですが、ないよりはマシだと思うので」
 たたっと駆け寄った貴臣が、抵抗力をあげようと神楽舞・抗を詠唱した。風上へ向かった三人にはアヤカシとの戦闘前にかけても十分間に合うはずだ。
 ともあれ目指すははた迷惑な偽杉の木である。黄色くモヤっとした山中に、怪しい集団――もとい開拓者は分け入った。

 風上に回ると、実に視界が良好でアヤカシのいる位置は一目瞭然、バレバレだった。他の杉の木はまだ花粉をつけていないので、枝葉は青いままだからなお更目立つ。風下である村へとまるで川の流れのように花粉は下っていた。
「避難した村人を花粉が追ってきたって?」
「まるで生き物のようでした。結局、諸症状で村の方々の体力は落ちていましたから、それ以上は逃げられず、村へと戻る羽目になりました」
 透子はしょんぼりと項垂れた。
「そんなやり口までもが忌々しい。きっと弱って動けなくなってしまったところを喰らうつもりなのでしょう。ですがそんな事は許しません!」
「何体いるのか、まだわからないけど。ボクらに掛かったら悲惨な最期を遂げるんだって思い知らせてやろう」
「絶対に逃がしません!」
 麓を見下ろす小高い丘に立った三人は、すでに勝ったかのような高笑いをして、一気に山を駆け下りたのだった。

「ああ、もうこのモヤッとした感じがすごく嫌ですね。うーっ」
 長い間花粉の中にいたせいか、志郎の症状が次第に悪化していた。それでも村人よりは緩やかな進行であるのは開拓者としての基礎体力と、貴臣の術のおかげである。他の三人は今のところ無事だった。全員が洟垂れになる前にアヤカシを見つけ出し、駆逐せねば危険極まりない。健康体の三人の脚が自然と早くなる。
 神凪は黄色い靄の中心に意識を集中させる。眉間に皺を寄せ、掛け慣れない眼鏡の位置を直した。そんな従兄弟の些細な仕草にも「蒼ちゃん格好いい」と呟く貴臣は、呆れ顔の“蒼ちゃん”に無言の圧力をかけられたにも関わらず、
「え。声を大にして言ってもいいの?!」
「‥‥そんな事、一言も言ってないだろう」
 だって蒼ちゃん格好いいモン、と貴臣は至って普通の事を言っているつもりのようだった。自慢の従兄弟に負けじと貴臣が 瘴索結界を張ると、微笑ましいなと思っていた志郎も別方角へ向けて結界を張り探索を開始した。

 そして戦闘は、突然開始された。轟音と共に花粉が突風に攫われ、舞い上がった。風下にいた神凪らは咄嗟に顔を両腕で隠し、花粉状の濃い瘴気から呼吸器官を守る。
 竜巻のように湧き上がる黄色い渦の中を、黒い棒状のものが横走りしていくのが見えた。
「蒼ちゃん、木が走ってるよ!」
「あれは木じゃなくてアヤカシだ!」
 信じられないものを見たように瞠目する二人の横で、鼻水を啜る志郎が素早く影縛りを唱えた。
「動くのであれば、それを封じなければ‥‥ずび」
 術がかかったアヤカシは、ぴたりと走るのを止めた。無論、アヤカシ自身の意思ではないが。その隙に朝比奈は風上へと位置取りを変更した。
 動きを制限されているせいか、動きが急激に鈍るアヤカシだったが、それでも攻撃の手は緩めない。鞭のように枝をしならせ、透子へと襲い掛かる。
 短く見えた枝が途中から、ぐん、と伸びて透子の顔面を打ち付けた。歯を食いしばり、激しい痛みに耐えながら透子は白狐を召還する。白狐は左右に裂けた大きな口を開け、牙を剥いた。柔らかな肉を食むように枝へとその牙を食い込ませると、右に左にと大きく頭を振った。反動で枝が折れる。折れた先からは真っ黒な瘴気がドロリと流れ落ちた。
 すかさず朝比奈が右手を翳す。掌から一メートル程先に数え切れない程の氷の矢が一斉に出現した。ずらりと並んだ氷結の矢は圧巻である。その鏃の照準がすべてアヤカシに定まっていた。朝比奈の唇に僅かな笑みが浮かぶや――氷の矢がアヤカシめがけて一気に放出された。命中した矢は次々に破裂し大きな爆音と爆風を起こした。辺りには吹き飛ばされた枝や葉が散り、花粉も派手に巻き上がる。
 怯むアヤカシへ神凪が一気に攻め込んだ。その足元を細く尖った枝がいくつも突き刺さる。一発でも受ければ確実に足を貫通するだろう。苦笑に頬を攣らせながら鞭を丁寧にソツなく避け、そして確実に斬り落としていった。だが頭上から襲いくる攻撃に集中していただけに、その一発は直撃だった。
「ぐはぁっ‥‥ッッ」
 打ち下ろされる枝に気を取られ、地を走る程の膂力を持った根の攻撃に対して反応が鈍った。横殴りに脇腹を打ち抜かれ、神凪の身体が宙を飛ぶ。
「返す返すも憎憎しいッ」
 未だ燻るメイクの恨みを今こそ晴らす! とばかりにKyrieの清浄なる炎がアヤカシを包み込んだ。邪悪な存在は地を這うような低い声で唸る。見た目は木だが、やはりアヤカシだ。清廉なこの炎がよほど苦しいと見える。
 恨みの念なら負けぬとばかりに、炎に焼かれた憎しみで攻撃力を増幅させるとKyrieに向かって太い根を水平に振り抜いた。殴打されたKyrieは紙人形のように軽々と吹き飛んでいく。ひらひらと肩の辺りではためく頭巾の白さが眩しい。
「蒼ちゃん! Kyrieさん! すぐに治すからね!! ――テテッ。痛ッッ」
 足をアヤカシの根に掬われ、転倒した貴臣だったがくるりと回転して起き上がり、すかさず白霊癒を詠唱。優しい真綿色の光に包まれる神凪。術者が無防備になる瞬間だったが貴臣は構わずKyrieにも白霊癒を施す。その背をアヤカシがあざとく狙う。
「甘いッ」
 瞬脚で一気にアヤカシの懐まで飛び込んだ九条が、ニッコリと笑って言った。どこが顔で、どこからが腹かわからない、まさに杉の木ソックリのアヤカシの幹中央へ拳をねじ込む。少し窪んでいる場所――一撃目と寸分違わぬ位置への攻撃に、走る木がたじろぐように後方へと後ずさる。
 しかし、そこには透子が仕掛けた地縛霊がいた。土煙を上げながら誘爆する自縛霊がアヤカシの足を止めた。
「逃がしませんよ」
 志郎が再度捕らえに掛かる。足元から伸びる影は獲物を狙う蛇のように音もなくアヤカシめがけて忍び寄り、四本の根に絡みついた。
 もう逃げられない。
 だらだらと瘴気を垂れ流しているアヤカシの命は、もはや風前の灯である。
 朝比奈の氷の槍が、重く、鋭くアヤカシを貫いた。
 貴臣によって九死に一生を得た神凪の二振りの刀がアヤカシの根を膾斬りにする。同じく貴臣に救われたKyrieはメイクを散々に崩された屈辱を晴らす為、念を込めた清浄の炎で攻撃する。
 ぱらぱらと頭上からアヤカシの残骸が降り注いできた。だが、このアヤカシはしつこかった。
「っくしゅ!」
 九条のくしゃみが辺りに響く。縞々のしっぽが俄かに膨らむと、
「いい加減に‥‥しろぉぉぉぉっ」
 怒り心頭の拳を一点集中させ、肩から一気に振り抜いた。腰を軸に回転を利かせた渾身の打撃に、巨木が大きくよろめいた。
「もう、怒りました!」
 透子の白狐は、涙目でグシグシのその思いを代弁するように、ガブリとアヤカシの幹へ噛みついた。ぎしぎしと幹は軋み、アヤカシが苦悶の呻きをあげる。白狐の牙はさらに食い込み、終には噛み砕いたのだった。
 粉砕された木屑は小さな瘴気の靄になり、やがてさらさらと風に流されると、ふつりと消えた。
 瘴気の痕跡が消えると、まるで夢でも見ていたのかと錯覚してしまうほど、山は元通りになっていた。もちろん、本物の杉の木はそこら中に林立しているわけだが、アヤカシと違い、殲滅する必要はない。
 ただ――。
 これがきっかけで“本物の花粉症”に罹患しなければいいのだが。

 村に戻り、無事にアヤカシを殲滅した事を報告する。アヤカシの影響下でなくなった今、あれほど酷い症状を見せていた村人達だがケロリと治っていた。
 戦闘中に感染してしまった志郎や九条、そして透子も今はすっかり治まっていた。
「 この体験を機に本当に花粉に弱い体質になってしまったら災難ですよね‥‥って、それは僕達にも言える事ですよね。何だか春が待ち遠しいような怖いような」
 志郎はぶるりと震えた。今は治まったが、実際、鼻の下がガビガビで痛いのだ。花粉が飛散している間、この状態がずっと続くのかと思うと‥‥志郎はさらに大きく身震いした。
「いい加減しつこいアヤカシだったにゃあ。ボクの拳を喰らって平気な顔してたなんて‥‥って、そういえば、どこが顔かわかんないアヤカシだったね」
 九条は、ん〜と伸びをしながらあのアヤカシの姿を思い返す。走るわ枝が鞭みたいに伸びるわで、厄介な相手だったと溜息を吐く。
「さすがに息苦しかったですね」
 ゴーグルや口元を覆っていた布を外した朝比奈が、一息を吐く。まだ粘るようであれば灰塵にしてやったものを、とその美貌を妖しげな微笑で綻ばせた。アヤカシ相手だと容赦のない女性である。
 病も癒え、畑仕事に戻っている彼らを眺めながら、ようやく眼鏡を外せることを喜んだ神凪だったが、貴臣の激しい抵抗に合う。
「いっそ、ずっとかけていてくれない? 可愛い従兄弟の頼み、きいてよ」
「可愛いって自分で言うか? ‥‥どうしたKyrie」
 眼鏡を外す口実をどう作ろうかと思案していた神凪は、往来の真ん中で蹲る黒い塊に声をかけた。
 ぼそぼそと小さな嘆きの声が聞こえる。その様子に気づいた他の仲間も駆けつけた。Kyrieを囲み、肩を叩く。
「この頭巾、粗悪品だったようですぅぅぅ‥‥」
 膝を抱え込み、皆を見上げたKyrieの顔は激しい戦闘の後という事もあり――――アイメイクは汗で流れ落ちて頬に何本もの黒い筋を作り、唇の端には血糊のように紅い口紅が垂れ下がっていて、
「「‥‥」」
「「ぅ‥‥」」
「「ぇ‥‥」」
 一同の表情を瞬時に強張らせるほどの代物になっていた。
 Kyrieのアヤカシへの憎悪が、これ以降激しくなったとかならなかったとか‥‥。