【浪漫】お口にどうぞ
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/14 21:46



■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文

 春はまだしばらく来そうにない、そんな底冷えのする朝だった。吉野房江は、着物の帯止めを選びながら溜息を吐く。
「確かに数は揃っているけれど、そろそろ新しいのを買おうかしら。どれも飽きてしまったわねぇ」
 藍鼠色に雪輪紋が散りばめられた着物に合う帯止めを決め、着替えを済ませた。表はうっすらと雪が積もっていたが、房江は構わず傘を差し、
「少し出かけてくるわね」
 と一言を声をかけると、
「え! 外は雪ですよ、おばあさま」
 止める孫の声を聞き流し、いつもの小間物屋へと向かった。思い立ったが吉日、というのが房江の性分だった。
 雪が降っていても神楽の都の賑やかさは翳ることもなく、いつもと変わらない。贔屓の店に着いた房江は、傘は横へ立てかけておき、閉店の札が下がったままの戸を遠慮なくからりと開けた。閉っている理由を知っているからできることである。
「忙しいところ、お邪魔するわね」
 閉店しているはずの店内は、届いたばかりの荷物や荷解きの途中のものまでと、さまざまな荷が所狭しと置かれていた。その荷の影から、ひょこりと顔が現れる。
「吉野の奥様。いらっしゃいませ。外は雪でしたでしょう?」
 それこそ雪のように白い肌をした女性は、襷を外しながら房江の方へとやって来る。切れ長の瞳を笑みで細め、ふっくらとした唇は艶やかな桜色に濡れていた。女も見惚れる器量よしである。
「貴女のお店、今度展示会するでしょう? それで、もし私のわがままを聞いてもらえるなら、帯止めを少し入れていただきたいのよ。今日のこの着物‥‥気に入っているのだけれど、そろそろ同じものばかりではつまらなくなって」
「いくつか手配はしてありますが、ご希望がございましたら新たに準備させていただきます。なにか石の指定はありますか?」
「手配済みの品はもう入荷しているのかしら。――見せてくださる? ってねだったりしたら、やっぱりダメよねぇ?」
 房江は子供のような駄々を捏ねてみた。ダメ元なのだから、断られても気にはしない。だが店主は快く了承し、帯止めが入っている箱を持ってきてくれたのである。
 その中に、果たして房江の希望通りの品はあった。展示会の日に購入することを条件に取り置きを頼むと、彼女はそれも快諾してくれた。
「私ばかりわがままを聞いてもらって悪いわねえ。なにか私に協力できることがあれば言って? 出来ることならなんだってするわよ」
 房江は上機嫌に胸を叩いた。すると店主、中井和歌子は神妙な顔つきになり、
「せっかくの展示会ですから、趣向を凝らしてみたんですが‥‥店の者からは少し不評で」
「どういった趣向なの?」
 従業員から不評ということは、彼らに負担がかかる趣向ということなのだろうか。房江は、和歌子に促されるように奥の部屋へ連れ立って向かった。差し出された椅子に腰を下ろし、言い渋る和歌子にもう一度訊ねると、
「二月はチョコレートに関する催し物があちらこちらで行われますでしょう? それにあやかって、うちも展示会にチョコレートを出そうかと思うんです」
「いい案ね。それのどこが不評なのかしら」
 和歌子は言い難そうに、視線を彷徨わせた。そして意を決して口を開いた。
「招待客の皆様への贈り物をチョコレートの中に隠しておいて、それを食べていただくんです」
「物に寄るとは思うけれど、口の中を怪我される方が出るかもしれないわね」
 そこが不評なのだろう、と房江は思ったが、話には続きがあった。
「怪我をされないように、チョコをお渡しする際にその事をお客様に伝えてほしいんです。ただ、事務的に伝えるのでは、せっかくの展示会が台無しですから、そこはみんなに考えて欲しいとお願いしたら‥‥みんな、それは難しすぎると言うんです」
 房江は首を傾げ、小さく唸った。
「そこは普通に“中に心ばかりの贈り物が入っております。お気をつけて”ではいけないの?」
「ダメですよ。中にはなにが入っているのかしら、ってワクワクしていただきたいんです。確かに中身はうちで扱っている小間物ですが、皆さんが喜んでくださるように特別に選んだ品々なんです。チョコレートも中の贈り物も、展示会も‥‥すべて楽しんでいただきたいんです」
「そうねえ。まあ、心当たりがないわけではないから‥‥私に任せてくださるかしら。きっと和歌子さんも満足する展示会になるから」
 房江は言って立ち上がった。
 そういうことなら任せてちょうだい。房江はもう一度、胸を叩いたのだった。



■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
利穏(ia9760
14歳・男・陰
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ルシフェル=アルトロ(ib6763
23歳・男・砂
ミカエル=アルトロ(ib6764
23歳・男・砂
イーラ(ib7620
28歳・男・砂


■リプレイ本文

 小さな店構えの和歌子の店。まだ周囲は暗い。うっすらと空が白み始める頃に、何やら賑やかな声が靄に紛れて聞こえてくる。
 こうするとアクセサリーみたいだよ――
 貴方はすぐに噛んでしまうのですね、それでは舐め溶かす時間が計れません――
 時折、笑い声も混じるその楽しげな声はやがて治まると、店の引き戸がからりと開かれた。和歌子の代わりに顔を覗かせたのは、六条 雪巳(ia0179)。すでに店の前では招待券を手にした客が待っていた。
「ようこそおいで下さいました。奥様のために特別にご用意したチョコレートをどうぞ」
 柔らかな招きの声に誘われ、女性達の視線が店の中へ注がれる。煌めく照明の中に、この季節には珍しい色とりどりの花々に飾られたアクセサリーと甘い香りを漂わせるチョコレート。
 そして。
「この出会いが貴女の心へ美しく刻まれますように」
 秀麗な青年達が、手を差し出して迎えてくれたのであった。

 招待客の一人、松本茜はそのぽっちゃりとした身体を精一杯縮こませ、長椅子の中央に浅く腰掛けていた。握られている券はすっかりクシャクシャになっている。
 ものすごく落ち着かない。茜はぎこちない笑顔を張り付かせ、自己紹介を始めた。
「あの、松本茜、です」
 言った途端、場違いだったかと自分の頬に両手を宛がい俯いた。
「アカネ‥‥夕焼けの空の色、だっけ? はじめまして、アル=カマルから来たイーラ。こういうとこで働くのは初めてなんだけど‥‥あんたみたいな、魅力的なお客さんに会えるのは、嬉しいねぇ」
 健康的な小麦色の肌にとても似合った爽やかな微笑で、イーラ(ib7620)が答える。滑るように茜のすぐ横へ腰を下ろした。その真っ直ぐな瞳をみつめ返せず、茜がそっぽを向くと、
「ね!」
 と今度は肩口から大きな瞳を輝かせた少年が顔を覗き込ませてきた。思わず怯んで背中を逸らせば、「気をつけて」とイーラが支える。
 その様子に少年、羽喰 琥珀(ib3263)が口吻を尖らせつつも、
「チョコを食べてる間だけ、俺達が客じゃなくお姫様にしてあげる。噛まないで舐めて溶かすのが時間長くなるからお勧めだよ」
 ちなみにチョコは俺らの手作り、と得意げに笑う顔はさながら夏の向日葵のようだ。椅子の陰からちらちら覗く琥珀の虎縞しっぽも嬉しそうに振れている。
「んじゃ、ちょっと練習な」
 それが合図らしく、先ほどから傅いているように床に膝をついていた青年の手がテーブルへと伸びる。懐紙で器用にチョコを摘み、
「はい、あーんしてください。舌触りを味わって頂きたいので、お口の中で転がすように溶かしてみて下さいな」
 口元に差し出されたチョコを持つその指の可憐さに見惚れながら、茜は言われるままに「あーん」と口を開けた。
 何とか噛まずに舐め溶かそうとしたが、何せ三人からの視線が熱い。意図したものではないにしろ、人妻たる茜がこうも若く美しい青年にみつめられる経験などあるはずがない。よって――
 こくん。
 あと少しで口の中で溶けてなくなるはずのチョコを飲み込んでしまった。しかも、こくりと音までさせた。
「俺のは失敗しないでね」
 齧っちゃダメだからね、とぼそりと茜の耳元で呟くと、年甲斐もなく茜は「はひ」と裏返った声と共に頷いた。
 スプーンから転げ落ちたチョコを舌で受け取り、次こそはと必死に舐める茜。そんな彼女の思いを知ってか知らずか琥珀が肩越しに装飾品を試着させてきて、
「鴉の濡羽色っていうんだっけ? すっごく艶があって綺麗な黒髪。ちょっと見惚れちゃった」
 などと誉めそやすものだから、小さな欠片になったチョコをこっそり齧ってしまった茜だった。
「舐め溶かすコツは掴めましたか? 茜さんがちゃんと舐めて下さっている間、私は手のマッサージを施させて頂きますね」
 もう一度六条からチョコを受け取り、次こそはと一人心に誓う茜。彼らの口ぶりからどうやらここからが本番らしい。
 ふっくらとした茜の手を取り、丹念に揉み解す六条。柔和な微笑を絶えず浮かべ、
「体の末端を温めると、代謝も良くなるそうですよ。女性らしい、柔らかな手ですね。ふふ、ずっと触れていたいくらいです」
 六条の施術が心地よくて舐めるのを忘れていると、
「貴女も私にずっと触れていたいと思っているのですか? いけないひとですね」
「そ、そういうわけではけして!」
「なあ。さっきから俺と視線を合わせないのってわざと?」
 焦れたようにイーラが口を挟んできた。異国の色を纏うイーラの視線は茜には刺激が強すぎて、つい目を逸らしていたのだ。そんな思いが唇を固く結ばせてしまう。
 ふうん、とイーラの目に独特の色が浮かんだ。つ、と茜の頤を持ち上げ、
「出来たら‥‥ゆっくり食べてくれないか? 舐めて、じっくり溶かすくらいで、さ。あんたの柔らかそうな唇、好みなんだ。出来るだけ長く」
 指先で軽く摘んだチョコで茜の唇をゆっくりとなぞり、最後につんと弾く。琥珀色に染まった自身の指を舐めながら、「一人占めしたいんだよ」と囁く。
 イーラの指と茜の唇の熱でチョコが半分溶けてしまい、中の包みが見えてしまったのはご愛嬌。
 無事に和歌子からの心づくしを口から取り出すと、茜の顔もようやく綻んだ。丸みのある頬に両手を当て、
「お菓子以外にも甘いものってあるのね」
 待っていたように、
「はい」
 差し出される次のチョコレートは、さて誰から受け取るのか。

 明るい色合いの毛先を外に跳ねさせた三国八雲は、切り過ぎた前髪を必死で手で押さえ込んでいた。少し膨れっ面に見えるのは、短く切ってしまったのが自分だから。気合い入れ過ぎちゃった、と一人ごちていると、
「その髪型、清楚な感じがして僕は凄く好きですよ」
 と、給仕係にしては愛らしい少年が、チョコがたくさん乗った皿を手にしてやって来た。利穏(ia9760)である。やり場のない感情を持て余している八雲の前に皿を差し出し、
「少し大人の味をご用意させて頂きました。ゆっくりと味わって頂くと香りも楽しめて、より美味しいですよ」
 和歌子からのプレゼント入りのチョコには特別なラッピングを施している。間違って噛んでしまわないように練習も兼ねて、一粒一粒味わって貰おう。
 皿を捧げ持つ利穏の後ろから、膝掛けを手にした青年が恭しく八雲の足元へ跪いた。柔らかな生地はふわりと八雲の膝の上へと広げられる。
 両サイドの髪を後ろで括った千代田清顕(ia9802)は、少し首を傾げ、きょとんとした表情で訊ねた。
「貴女のこと何と呼べばいいのかな‥‥奥様? それとも八雲さん?」
 突然現れた美青年に一瞬目を奪われたが、そうと気取られるのは何だか悔しい。つんとそっぽを向いて、「八雲でいいわ」と冷たく返した。もちろん本当の気持ちは真反対なのだが。
「そう‥‥」
 千代田は視線を落とし、悲しげに呟く。
「あ、貴方が素敵だったから見惚れただけよ‥‥って別に慰めてるわけじゃないから」
 言い繕う八雲に見えないよう、千代田はこっそり笑みを零していた。
「まずは一粒頂いてください」
 何やら禍々しい色をした液体が注がれたグラスをテーブルに置き、エルディン・バウアー(ib0066)はチョコを一粒スプーンで掬い上げた。
「ゆっくり溶かしてくれたら、貴女のために私の心も溶けるかもしれませんよ」
 はい、と口元へ差し出すと、条件反射なのか。八雲は艶やかな唇をほんの少し開けて、
「神父さまがそんな軽薄なこと言って‥‥ッ! 何これ、すごく美味しいっ」
 あまりの美味しさに両足をじたばたさせる。
「すぐ溶けちゃう」
「ダメですよ」
「‥‥ふ」
 涙目で押し切られてしまったエルディンは、更にもう一粒を利穏の皿から取り、八雲の口内へ優しく押し込んだ。
「手品を見せてあげますから、ゆっくりと溶かしてください」
 なんでよ! と抗議の視線をがっつり寄越す八雲だが、今の神父にそんなものは通用しない。先ほどのグラスと妖しい液体を使って手品を披露するエルディン。
「八雲殿、美しい瞳に私は虜になりそうです。貴女に見つめられたら何でもできそうな気がします。この水すらも飲み干せそうな‥‥」
 やおら手を握られた八雲は、こきゅんと喉を鳴らして口内のチョコを飲み込んだ。いつのまにか自分の手がハンカチでグラスを覆い隠しているし、神父は愉快そうに笑っている。
「ぜ、全部溶けたから飲んだのよ。私は悪くないわ」
「おばかさん。怒ってなどいませんよ」と言いつつ、こっそりキュアウォーターを発動させる。
 すっかり透明になった水を八雲に見せた。あの毒々しい色をした液体がまるで湧き水のように澄んでいる。
「憎まれ口をすぐに言ってしまう唇を塞ぐ行為は、罪だと断罪されてしまうのでしょうか」
 何を言っているのこの神父は、と千代田に視線で問う八雲だが、彼はまた寂しげな表情で、
「彼のことばっかり見てるね。俺には興味ない?」
 などと言ってくる。そんなことはないと答えてみると、霧が晴れたみたいに晴れやかな笑顔で、「そう、よかった」と安堵の溜息を吐く。何か企んでいるのでは? と繁々みつめていると、
「チョコならまだたくさんありますよ、どうぞ‥‥って、やっぱり食べさせてもらう方がいいですよね」
 一度は皿を差し出した利穏が、間が悪いな僕、と俯く。
「君がそうしたいならすればいいと思うけど?」
 口調はキツイが八雲の指先には落ち着きがない。素直に「食べさせて」とは言えない性格なのだ。
「はい! そうします」
 チョコを摘んで八雲の口へポイと入れる。指についたカカオパウダーをペロリと舐めながら、「えへ☆」と笑うと、八雲もつられてへにゃりと笑った。その微笑は天からの贈り物だと八雲は思ったが口にはけして出さない。
「うん。どちらから落とすか悩ましい所だね」
 そんな言葉を真剣に吐いたのは千代田だ。身の危険を感じた利穏がささっと八雲の影に隠れる。
 やっと俺の番だね、と少し大振りのチョコをスプーンで掬い、例の「あーん」を強制する。ここまできたらやるしかない、と八雲も言われるままに従う。
「ゆっくり、舌で溶かして。歯を立てないで。そう、ゆっくり舐めて味わってほしいな‥‥だってチョコレートが全部溶けてしまったら、貴女は帰ってしまうだろう? もうちょっと一緒に居ようよ」
「‥‥」
 ポーカーフェイスを装っているが耳の先まで真っ赤なので、八雲が照れているのは丸わかりだった。
 必死の思いでチョコを舐め溶かしたら、中から紙がコロンと出てきた。掌に落とすと、千代田が気を利かせてハンカチで中身を拭う。
「無垢な水晶か‥‥貴女みたいな石だね」
「‥‥バカ」
 最後まで素直になれない赤い頬の八雲なのだった。

 嬌声混じりの歓声も、シェリルを悦ばせる為の演出程にしか思っていないルシフェル=アルトロ(ib6763)とミカエル=アルトロ(ib6764)。長椅子に腰掛け、すらりと伸びた足を無造作に投げ出しての接待だが、妙に板についているのが不思議だ。そんな二人を遠巻きにみつめる他の招待客らからは溜息が零れる。
「ようこそ。会えるのをずっと待ってたんだよ?」
 純白の執事服も眩しいルシフェルが、ミス・シェリルの手を取り、軽く唇を押し当てる。
「ふふ。上手ね」
 碧の双眸を緩やかに細めるシェリル。片方の手はミカエルに絡め取られているのに、まったく動じていない。
「ようこそ。今日は心行くまで楽しんでくれ」
 甲にキスを落とされても、シェリルの表情は実に楽しそうだ。ジルベリアから一人嫁いできた心細さの反動からか、目に馴染んだ蜂蜜色の髪を懐かしそうに眺めている。
 テーブルには三つに振り分けられたトランプがそれぞれの前に置かれていた。唇を寄せ、これから始まるゲームのルールを囁くルシフェルと、
「甘くて楽しいゲームだ。乗ってくれるか?」
 乗るしかない遊戯の誘いをミカエルが畳み掛けるように言う。白地に苺の実と花が散らされたティーカップには紅茶が満たされていて、
「ミルクはたっぷりなのがいいだろう?」
 鼻歌交じりにミルクを注ぐミカエル。
「さあ、どうぞ。ミス・シェリルの望む数字が出るといいね」
 悪戯っぽく笑うルシフェルがトランプをとん、と軽く小突く。
「大きい数字が出たら何でも言う事を聞いてくれるのよね」
「出たら、な」
「どっちにしても美味しい思いをするのは俺達の気がするんだけどね」
 三人の手が一斉にトランプへと伸び、表に返したカードを卓上へと置く。ミカエルはジャック、ルシフェルが七のカードを引き当て、ミス・シェリルはと言うと――
「え。二とか有り得ないわよね! うっそ! なんて事っ」
 悲嘆に暮れているような言葉ながら、満面の笑顔である。
「ねえ、チョコの趣向って何なの? 教えて。知らないと怖くて口に入れられないわ」
「趣向は何かは教えませ〜ん。ちゃんと味わわないと、分からないかもね?」
 はい、とシェリルの瞳と同じ色のリボンが括られたミニバスケットを差し出す。コロン、と中には大振りのトリュフチョコが入っていた。
「「俺から先に食べる?」」
 二人の声がユニゾンとなってシェリルの耳殻を震わせる。
 シェリルはバスケットの中を見遣り、やはり二つ同時というわけにはいかない事を痛感し、さんざ悩んだ挙句、「ミカエルから」と白燕尾の青年を指した。
 理由は至極簡単だった。彼のカードが一番大きな数字だったから。
 せっかくの雰囲気を壊したくない、とスプーンは使わずにチョコを食べさせてもらう事にしたシェリル。
「なぁ、ゆっくりと‥‥優しく溶かしてくれよ‥‥? 心行くまでな‥‥?」
 シェリルの肩に手を回し、白手袋を外した左手でチョコを摘む。はむ、とシェリルがチョコを口に含むと、ミカエルは顔を斜に傾けて、まるでシェリル自身が甘い菓子であるかのようにみつめた。
 最後までチョコを溶かしきると、今度はルシフェルが身を乗り出す。早くシェリルに食べさせたくてウズウズしているようだ。
 手作りのチョコを意外な場所で楽しめる事に感動しているシェリルは、ルシフェルの視線にドキリとした。ミカエルもそうだが、彼らには独特のムードがある。それを二人は知っていて、じわりじわりと取り込んでいく。
「誰が見ていたって構うもんか。さあ、口を開けて、もう少し大きく‥‥ふふ、まるで雛みたいだね」
 軽口を言うルシフェルは、すぐにチョコをシェリルの口へと放り込む。
「ね、美味しい? 俺の想い‥‥たっぷり味わって、ね?」
 息がかかる程の至近距離で囁き、美味しそうと言ってペロリと自分の唇を舐めたのは、きっとチョコレートが食べたかったからなのだと、シェリルは思う事にした。

 茜、八雲、シェリルは和歌子からの贈り物を身につけて店を後にした。宝飾品よりも、もっと鮮烈で、甘く切なく、どこか懐かしい感情を胸いっぱいに満たして――