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■オープニング本文 田吾作は、裏の畑で奇妙なものをみつけた。黒くてひょろりとした一本の毛。毛といってもそれなりの太さがあるので、果たして毛と呼んでいいものか田吾作は悩んだ。 「オラの畑さ、韮しかねえはずだで?」 濃い緑色をした韮が、真っ直ぐ均等に並んで生えている畑の一箇所で、ソイツはくねくねと曲がった根性のように生えていた。 当然、田吾作は雑草か何かだと思った。 「こげなモン、とっちめえ」 黒い葉(だと思われる)の付け根をがっしと掴み、 ぶっちいいいんッ―― と抜いた。 ふんっと、いい気味だこの雑草め、と田吾作が勝ち誇った次の瞬間。 きいぃぃぃぃいやああああぁぁアアアアッッッ!!!!!! 鼓膜が破れる程の悲鳴が畑中を襲った。と同時に田吾作の膝ががくりと折れる。両耳からは激しく血が流れ出していて、泡も吹いていた。 くるん、と田吾作は白目を剥いた。そして数秒後、何かが破裂する衝撃音が轟いた。 『畑から生えた毛を抜いたら死ぬ』 そんな噂がまことしやかに流れ出した頃、豊作で喜んでいたとある村の刈り取り真っ最中だった畑に、その異変が起きていた。 畑一反を、太くて長い縮れっ毛が所狭しと生えているのだ。風に吹かれてうねる様は、ちょっと‥‥いやかなり気持ち悪い。 しかも、噂を信じるならば一本でも抜けば死ぬのだから始末におえない。 畑の持ち主は村の大地主だった。集まった小作人達を前に、腕を組む。 「こいつは迂闊に手は出せねえ。試しに引っこ抜いてみてもいいが、死ぬかもしれない役目なんか誰もしやしないだろう。そもそも――あの毛みたいなのはなんだ?!」 「村長の呪いか?」 「バカを言え。毛が薄いといってもてっぺんだけで、他はまだ生きてるゾ」 いきなり薄毛の話になったものだから、名指しされた村長は生きている左右の毛を何かから守るように両手で押さえた。 「とにもかくにもワシらには手が出せねえのは確かだ。今のところ害はないが、広がってもらっても面倒だからなあ。こいつぁ、開拓者さまの力を借りるとするか」 「そいつが一番だ」 集まった者は、一様に頷いた。 「毛、ねえ」 貼り出された依頼の一枚を手に、開拓者のひとりが小馬鹿にしたように鼻でせせら笑う。 「頭の薄いおっさんの呪いか何かじゃねえの?」 別の青年が依頼書を横から覗き見て、小作人の一人の同じようなことを口にして笑った。 「害はないっていうが、補足に気になることが書いてあるな」 「引っこ抜いたら死ぬ‥‥――え」 青年の笑いが引きつった。さすがに“死ぬ”と明言されていれば笑えない。 「うーん」 唸るしかない。報酬は割りといい。そりゃあ死ぬかもしれないのだから当然だ。 「引っこ抜いただけで人間を死に至らしめるくらいだから、ただの毛ってわけじゃないなあ。アヤカシの類ってことで依頼が出されたんだよなあ‥‥」 さて、どうしたものか。 笑うに笑えない、畑に生えた“毛”。これを畑から一掃しなければ、市場へ野菜を出荷できず、それに伴った損害は甚大なものになるだろう。 これからの季節に欠かせないお鍋料理から、野菜が姿を消すかもしれない。 ぜったい阻止せねば――! 毛め、見ておれ。 開拓者は立ち上がった。 |
■参加者一覧
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
辺理(ia8345)
19歳・女・弓
にとろ(ib7839)
20歳・女・泰
華魄 熾火(ib7959)
28歳・女・サ |
■リプレイ本文 妖しげな縮れ毛が豊作になったという村へ到着。少しわくわくしながら村長の家へ向かうと、開拓者らが思っていた以上の熱烈大歓迎ぶりだった。藁葺き屋根のてっぺんから横断幕が垂れ下がっている始末。 おいでませ毛退治の玄人さま。 かなりの達筆で書かれた文字を見上げつつ、華魄 熾火(ib7959)が田吾作の安否を気遣うと、毛の増減の差が激しい頭をぺこぺこさせながら村長が一歩前へ出た。 「身体の方はどうにか‥‥」 ニヤニヤした笑いが下品極まりない。 「全身がつるん‥‥ぷっ」 口を押さえ、込み上げる笑いを必死で誤魔化しているが目の形が三角になっているのでモロバレだった。きっと、自分以上に毛が抜けた事が愉快なのだろう。 だがそんなふざけた根性を華魄がツッコまないはずがない。 「ふむ、噂に違わぬ‥‥いや、しかしとて気になされるな。殿方たるもの避けて通れぬ道、堂々となされよ」 あえて真顔で言ってやる。その方が信憑性が増すからだ。案の定、村長は両手で残ったサイドの髪を押さえつけ、堂々どころか戦々恐々とし始めたのだった。 華魄が喉を鳴らして小さく笑う。 だが、田吾作の悲運を嘆く男もいた。 「くっ。かわいそうな田吾作の仇を取りましょうぞ!」 相馬 玄蕃助(ia0925)である。思うところあるらしく、一人鼻息が荒い。 「知り合いか?」 その憤り具合に銀雨(ia2691)が呟く。 「田吾作の代わりに里長が毟り取られた方が、いっそ諦めもついただろうにの」 と華魄の村長いじりは続く。 「せめて下は許してやれよ」 さすがの銀雨も哀れと思っ‥‥いや、頭でさえこの嘆きようなのだから、全身脱毛となると想像するだに恐ろしかった。美麗な男子なればこそ許せる全身脱毛だが、こんなジジイのなんぞは見たくもない。 ミイラのように枯れ果てた村長を小作人達に丸投げし、毛退治の玄人達は畑へと向かう。 はらり、と村長の側頭部から数本の毛が抜け落ちるのをみつけたが、見てみぬフリをする一行だった。 「これは‥‥壮観ですね」 思わず菊池 志郎(ia5584)は呟いた。 秋風に吹かれ、そよそよと靡いているのは紛れもない縮れっ毛だからだ。見渡す限りの毛、毛、毛。 食えもしない毛ばかりだ。 そんな縮れっ毛とは格段の艶を見せるしっぽが左右に優雅に振られ、にとろ(ib7839)が口を開くと、 「い、いんモガフニャフガニャン。何するにゃんすぅ!」 肝心の4文字が言えずにぷんぷんと憤慨するにとろ。さすがにそれは言ってはならんだろうと銀雨が口を塞いだのだ。 「心で呟け、心で。そんな、いん」 「モー」 びっくりしたのは“モー”と言った辺理(ia8345)だった。自分の前に陣取っていた3人が、突如振り返ったのだから。だが3人にしてみれば思いも寄らない所からの“モー”に、困惑気味でもある。 「? ? ? 相馬様が、牛の鳴き真似を、と――」 全員の視線が一斉に相馬へと注がれる。 「ん?」 唇に挟んだ煙管を上下に揺らしながら、 「一人だとマズイなら二人で言えば良かろうと思っただけでござるよ。スッキリしたでござろう?」 悪びれずに言う相馬だったが、にとろは不満ありありの様子。自分の口から告げてこその―― 「極太のいん○ー」 にゃふんと満足そうに目を細めてツッコミを待ったが、なぜか誰も触れてくれなかった。 「とりあえずあの毛は略してまんだら毛な」 にとろの危険発言は完全スルーの銀雨が言う。 「上手い事を言いますな銀雨殿。更に略してまん毛でござる」 相馬の発言のせいだけではないのだろう。辺理の顔が真夏のトマトのように真っ赤になる。 「あ、いえ、そんな想像してませんから!ほんとですよ! 黒くて縮れてるなって‥‥だ、だってほら、癖毛っぽいじゃないですか! 私は猫毛なので、こういう、しっかり、した、毛は」 赤いほっぺたを両手で冷ましながら否定したが、ひとしきり黒々縮れ毛畑を見ると、 「憧れ‥‥ないですね、別に」 冷めきった声で言いきった。 さあ、縮れ毛退治――もとい、マンドレイク的ななにか退治の開始である。 あれやこれやと作戦を練っている仲間の足元で、 「これ、黒いから気味が悪く見えるのかもしれませんね」 と、志郎が器用に縮れ毛を三ツ編みしている。 「ちょっと試したい事があるので、これを」 傍にいた辺理と銀雨へ耳栓を手渡し、浄炎で毛を焼ききってみた。10M四方が一気にさっぱり小奇麗になる。 なんだ簡単じゃないの、今回の仕事。などと思ったのも束の間、開拓者らの眼前でそれは起こった。 にゅ。 にゅにゅにゅっ! にゅにゅにゅにゅ! と縮れ毛が――、太さを増した縮れ毛が生えてきたのである。 やはり、毛を刈った程度ではダメらしい。肝心なのは根のようだ。だがこの広さを一本一本引き抜いて歩くというのは骨が折れる作業だった。 「毛をしばれるだけ縛ってぇ、荒縄をしっかりと括りつけてぇ‥‥これをぉ綱引きの要領でぇ、ひーっ張り抜くにゃんす」 にとろが自信満々に提案した。 開拓者らは顔を見合わせ、致し方あるまいと賛同した。 だが彼らは大切な事を失念していたのである。――やつらは自爆するという事を。 せっせせっせと縄で毛同士を繋ぎ合わせ、綱引きよろしく皆で引く。 「ふう。とりあえずこんなもんでいいにゃんす」 「量が多すぎる気もしますが、とりあえず引き抜いたらすかさず根を攻撃という方向で」 志郎はふむと頷いた後、予防とばかりに仲間へ加護法を施す。ただ、加護法がどれだけ彼女を守ってくれるだろうかと、志郎は視線を移して銀雨を見た。そして、バッと顔を背ける。――恥ずかしい。見ているこちらが照れてしまうくらいあられもない姿を銀雨はしているのだ。 風がシャツの裾を撫でる度、銀雨の―― 「俺は相馬さんとは違いますからっ」 思わず蹲る志郎。彼は畑の縮れ毛とも戦わなければならなかったが、別のものとも死闘しているようだった。 辺理と少しでも接近したい相馬だったが、シャツに草履のみという、軽装にも程があろうという格好の銀雨の後ろにも回りたかった。 うーんうーんと唸りながら真剣に悩んでいたら、気づけば、 「玄蕃助は俺の後ろな。しっかり引っ張れよ」 銀雨が縄の先を相馬へと差し出していた。 「‥‥」 めくるめく妄想が相馬の脳内を駆け巡る。 「うむ」 鼻の下に赤い何かが顔を覗かせたが、しゅるんと奥へと引っ込んだ。相馬の意識が、妄想を理性の箱へ押し込める事に成功したようだ。 志郎、にとら、華魄、辺理、銀雨、相馬の順に縦列に並び、 「ではではぁ〜、一気に引き抜くにゃんすー」 せえのと掛け声が上がった時、にとらの呑気な声も続く。 「もしかしてぇ、絶叫とかぁ爆発もぉ、とんでもないこ」 ギィヨォォォォォォォォエエエエエエエッッ ドッゴォォォォォォォッッッ――――ン!!! ‥‥ぼふんっ 幾重にも折り重なる絶叫。地面を揺るがす大音響。その轟音と衝撃は近隣の村にまで轟いたという。 空にはドクロ型の巨大なキノコ雲が立ち上った。 舞い上がる土煙の中に浮かぶ6人の珍妙なシルエット。 「変な頭でにゃんすよ?」 志郎の頭を指差すにとろ。 「え?」 言われて頭を擦る志郎は、次第に妙な表情になった。後ろで括っている髪の様子がおかしい。消えているわけではないが‥‥まるで使い古した箒の先っぽのような手触りだった。 「ちょ、なんですか、コレ」 ガッサガサのボロ箒である。にゃはははと笑うにとろへ、今度は志郎が逆襲する。 「にとろさんだっておかしな髪ですよ。耳のとこだけモッサリしてますから!」 「にゃ!?」 にとろが慌てて両耳を握る。 「にゃんにゃんすぅぅ〜? これ」 ふわふわ絹素材だった耳周りの毛が、丸く剪定された植木みたいになっているのだ。 どうやら、元もとの生命力、耐久力が常人離れしている開拓者はアヤカシの影響は薄いらしかったが、あまり嬉しくない状況ではある。 「銀雨‥‥そなた、愉快な頭になっておるぞ」 「なに?!」 「今なら風に乗ってどこかへ飛んで行けるのではないか?」 「人をたんぽぽみたいに‥‥って、ぅオイ! たんぽぽじゃね? 俺の頭、今、たんぽぽじゃね?」 「うむ。見事なたんぽぽの綿毛ぶりよの」 そういう華魄も見事な縮れ具合なのだが、自分の姿は見れないので一頻り銀雨で遊ぶ。 「たんぽぽとか、そういう、問題以前だと、思いますよ!」 両手をグーにした辺理が、ぱたぱたと銀雨の元へ駆け寄ってきた。 「そうですよ! 早くこれを着てください!」 両目を固く瞑った志郎が自分の羽織をぶっきらぼうに突き出した。 「どこかおかしいか?」 銀雨は首を捻ったが、その姿は全裸に草履である。女性だが実に男らしい振る舞いだ。 そして他の意味で男らしい存在が、畑の土に半分埋もれていた。髷の先が爆発して小さな花が咲いている相馬である。畑にはしっとりと彼の鼻血が浸みていた。 やはり、地味だが一本一本処理していくほかない事が判明した。――思い出すのが遅い。 志郎に借りた羽織を身に纏う――それでも素肌に陣羽織――銀雨と志郎、華魄が一組。少し離れた一画ではこれを機会に更なるお近づきを望む相馬と、意外にも同じ思いを愛らしく胸の中に潜ませていた辺理が組む。 丸々耳毛のにとろはというと、 「いい案だと思ったにゃんすけどねえ。世の中上手くいかないもんにゃんすー」 唇をツンと尖らせながら毛をぎゅっと摘み上げ、マンドレイクモドキを引っこ抜くと、泣き叫ぶ根なんぞ知るかとばかりに二股の股を裂いていった。 ギョエエエエエエエエエッ 裂いては、 ギョエエエエエエエエエッ 猫耳向け耳栓がなければどうなっていることやら、である。ただ、これが存外に楽しいようで、にとろの表情が次第に悦に入っていく。 「これもいいにゃんすー!」 ギョエエエエエエエエエッ‥‥ そんな異様な光景を、キラキラした瞳で見ている銀雨がいた。 「あんなのもありか! いやむしろアレなら俺の得意分野だな。ちょっと試してもいいか?」 握っていた荒縄をぽいと放り出し、おもむろに両足を広げる銀雨。 「ナニスルツモリデスカ」 思わずカタコトになる志郎。 「とりあえず殴るぜぇ」 「エ?」 銀雨が取ったポーズはまさに正拳突。畑に向かって拳を突き出し、ふぉぉっと気合を入れていくが、当然ながら盛大な制止が入る。 「あなた、そんな格好で正拳突とか、やめてください!」 すでに志郎は泣きが入っている。その横では涼しい顔の華魄が、 「早よう、薙ぎ払いたいものよ」 とそ知らぬ顔だ。 「華魄さんもツッコめよ」 腰に志郎をぶら下げながら銀雨が言えば、 「やめるがよかろう」 「遅いわっ」 不思議コントを尻目に、こちらではこってりした甘い空気が流れている。アヤカシ退治のはずなのに、である。 「その茶色い毛糸玉のような髪型も、可愛いでござるな」 言いながら素早く気を引っこ抜く。 「的が小さいです、が‥‥日頃の鍛錬の、成果を、お見せします! えいっ! ――可愛いだなんて、イヤです、相馬さま。あ、でも、イヤというのは、本音では、ないわけですけれど」 しゅぱっと空を裂いて一直線に根を射抜く。まさに瞬殺だった。土から顔を覗かせた瞬間に、叫ぶ間もなく辺理の矢が撃ち込まれるのである。 ギ、すら言えていない哀れなマンドレイクモドキ。 「それがしは別に辺理の尻だけを好いておるわけではないのでござる」 毛を抜く。 「好いていてくださるのですね、えいっ!」 瞬殺。 顔を赤くした相馬が、もじもじと抜いた毛をすかさず射抜く辺理のこの阿吽の呼吸は、すでに夫婦レベルではなかろうか。 心無しか、根の瘴気がハートを象って消えている気がする足元のにとろなのだった。 早く薙ぎ払わせろと小うるさい華魄の為に、銀雨が縄を引く合図を引き受けた。 「いち、に、さんで引くぞ」 右手を掲げ、指折り数える。 「いち」 「に」 「声が聞こえる前にこちらも身構えて気を強く持っていれば、影響を受けないかも」 「――っせいや!!」 「‥‥って、ちょっ、抜く前に声をかけてください!」 いきなり縄を引いたものだから、タイミングがずれた志郎はしこたま顔面を銀雨の背中で打った。 「へへ、先手ひっしょうだ。合わせんかい! 味方に先手とっても意味ねーだろボケ‥‥ん?」 「ボケってあなた、仮にも女性なんですから‥‥え?」 冷気がどこからともなく忍び寄ってきたので、二人揃ってそちらを見ると、まさに今、華魄の大薙刀が振り抜かれようとしているところだった。 ひい、と短い悲鳴を上げながら首を竦めた二人の頭上を刃が掠めていく。 何をするのかと問い詰めると、華魄はしれっとした顔で、 「よく叫ぶ二つの根っこだのう」 と言った。 「俺は叫んでねえし、根っこでもねえよ!」 飛んできた裏拳があまりにも痛そうだったので、華魄はさらりとかわした。 「いいですから、さっさと抜いて倒しましょうよ」 「そなたの言うとおりぞ」 「っっ!」 せっかくのツッコミをかわされた銀雨は、持って行き場のない怒りを縮れ毛に向けた。地引網のような勢いでどんどん毛を引き抜く。 辺理同様、畑から根が顔を出した瞬間に、土から数センチ上をぶんと薙刀が横薙ぎにされていった。 「なかなかに楽しめたぞ、で‥‥こやつ、食せるのかの?」 小気味良く、軽い破裂音を立てて根っこは消えていくので、それは明らかに無理だった。 人海戦術とはいえ、少人数での作業は時間を大量に食った。すべての毛を抜き終わったのは――違う。アヤカシ退治が終わったのは、とっぷりと日が暮れた後だった。 土を被り、汗をかき、腹も空いた。気を回した村長は開拓者達を持て成した。 「どうぞ、湯浴みしてきてください。その間に夕餉の支度をしときますんで」 一行は、案内されるがままにそれぞれ女湯男湯へと向かった。 「しかし毛と言うのはアレでござるな。要らんトコの毛ばっかり生えよりますな」 しみじみと真顔で言う相馬だった。 ミミズクの鳴き声しか聞こえない村の闇に、その叫び声は響いた。 驚いた小作人が風呂場へ駆けつけ、戸口から声をかけた。 「どうなすったね。毛抜きの達人さま達」 微妙に呼び名が変わっているが、今はどうでもいい。 白い湯気の向こうで、がくりと膝を折っているのは志郎だった。 「え‥‥どうしてこうなったんですか」 壁にしなだれかかった状態で自分の全身を隈なく触りまくっている。 「頭以外の毛がつるんつるんなんですが」 「これは見事につるんつるんでござるな、志郎殿」 豪快に笑う相馬だが、とある妄想がよぎったらしく、 ブバッ とこれまた豪快に鼻血を噴き出した。 何を妄想したのかは言わずもがな、である。 かたや女湯では、ちょっと嬉しいかも、などという呟きが聞こえたり聞こえなかったりしたのだった。 |