大きい事はいい事だ?
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/22 21:02



■オープニング本文

 蒸し暑い晩である。昼間もうだるような気温で、日が暮れたというのに少しも涼しくない。
「あぢ〜っ。夜那ぁ、なんか冷たいモンくれえ」
 団扇で激しく自分を扇ぎながら、図々しくも縁側でごろりと横になったまま道場主へ催促をかます居候。
「はいどうぞ」の言葉のすぐ後に、べちゃっと冷たい布が百瀬光成の顔面へ落とされた。
「ぶぺっ! なんじゃこりゃあ」
 ぐしょぐしょに濡れた手拭いを握って飛び起きた百瀬は、それを勢い良く廊下へ叩きつけた。
「冷たきゃいいってもんじゃねえだろうよ。俺は飲みモンか食いモンのことを言ったんだぞ!」
「あつかましい男ね。そんなに食べたいんなら、稼いでくりゃいいじゃないの」
「なにをぅ‥‥って、どうしたんだ、イチ」
 さも喧嘩の仲裁のように二人の間に割って入ったのは、理由あって預かっている道明寺一乃介だった。その小さくふっくらとした手には、なにやら黒い物体がうぞうぞと動いていた。
「ンぎゃああああああああああああああああ」
 すぐに反応したのは夜那だ。以前、屋敷に出没した、やたら生命力の高い、あの黒い虫を思い出したからだろう。
 だが一乃介が捕まえてきたのは、ソイツではなかった。
 百瀬がひょいと虫を摘み上げ、にやりと笑った。
「コイツぁ、いい金儲けになんじゃねえの? 男の子はみんな大好きだもんなあ」
 一乃介を抱き寄せ、
「よっしゃ、イチ。コイツを捕まえんのは夜が一番なんだ。今からちょっと山へ行ってみるか」
「いくー。イチ、ミツ兄とやまにいくー!」
 いずれは黒塚主家の道明寺を継ぐであろう一乃介だが、すっかり町家の子供のように育っていた。
「夜那、ちょっと砂糖を貰ってくぜ、って。おま‥‥なんでそんな遠くにいんだよ」
 黒い虫を見た夜那は、縁側の端っこの影に隠れ、百瀬と一乃介の様子を窺っていた。ひらひらと二人を追い払うように手を振りながら、
「いくらでも砂糖持って行っていいから、早くその黒いの、どっかやってちょうだい!」
 百瀬は肩を竦め、バカじゃねえのと呟いたが、飛んできた濡れ手拭いが顔面にぶち当たり、即座に暴言を謝罪したのだった。

 幼い子供を連れているので、あまり遠出はできない。百瀬は神楽に程近い山へと入った。
 鬱蒼と茂る山の中、手に持ったちょうちんの灯りには、目的以外の虫ばかりが寄ってくる。
 探していた木をみつけると、一乃介よりも百瀬の表情が格段に明るくなった。頭の中には、ソレを売って儲けた銭で、たらふく美味いものを食う事しかない。
 冷やした瓜もいいな、いやいやいっそここは奮発して茶店で甘味を食うのも悪くない、とよだれが口の端から今にも零れ落ちそうだ。
「おお、この木は粒揃いだな。もっと上には大きいのがいるはず」
 樹上を見遣り、にいと笑う。
「イチ。ちょっと下がってな。ミツ兄の一蹴りでお宝が降ってくるからよ」
「あい」
 一乃介は頷いて、三歩ほど後ろへ下がった。
 気合の入った掛け声を放って、百瀬渾身の蹴りが大木の幹を襲う。
 鈍い音の後、葉がバラバラと降ってきた。樹液にたかっていたコガネムシやカブトムシやらも一斉に落ちてくる。大きさはさまざまだったが、それらを百瀬はうひゃうひゃと拾い集めた。
 ややあって、地響きが起こる。木の裏側からだ。頭上からは葉っぱだけではなく、折れた枝がつぶてのように百瀬たちを襲った。とっさに一乃介へと覆い被さった百瀬が目にしたのは、闇の中にあって尚黒く光るふたつの小さな目だった。
「なんだ、あれ‥‥って。ええええ?! デカすぎ、ムリ、いくらなんでもそのサイズはムリだからあああ!」
 初めて目にする巨大なクワガタを羨望のまなざしでみつめる一乃介を小脇に抱え、百瀬は脱兎の如くその場を逃げ出した。
 後方から、重低音の羽音が追ってくる。
 丸腰ではないものの、一乃介を連れている以上戦闘は避けたい。百瀬はとにかく必死で逃げた。



■参加者一覧
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
夏葵(ia5394
13歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫
射手座(ib6937
24歳・男・弓
オルテンシア(ib7193
13歳・女・サ


■リプレイ本文

 べっとりと重い空気が纏わりついてくる森の中。菊地志郎(ia5584)は依頼を片付け、帰路に就いていた。
「ん?」
 なにやら林の奥が騒がしい。しかも叫び声がする。辺りは漆黒の闇で、足元を照らす提灯だけでは心許無いほどの時刻であるのに、悲鳴とは、もうアレしかないだろう。
 志郎は暗視を始動させ、どこか聞き覚えのある声の方へと駆け出した。

「すっかり遅くなったのですよぉ」
 ふにゃりとして柔らかい声の後、
「姫さんがまだ帰りたくないって言うからだっぜ」
 右手を額にあてて翳し、行く手に目を凝らすオルテンシア(ib7193)がからかうように言う。
 同じ小隊の隊長と部下という関係ではあったが、時間が合えば、夏葵(ia5394)はオルテンシアとこうして遊びにでかけたりもする。闊達に笑うシアといると、特に戦闘後にあっては心が安らいだ。
 ふいに夏葵が表情を曇らせた。どこからか声がしたのだ。
「悲鳴?」
「姫さんと一緒だといっつも戦闘ばっかりだっぜ!」
 嬉しそうに目を細めて笑う友人に、そうとも限らないのですぅと答えた夏葵だが、斜に被っていた狐面で真珠色の肌を覆い隠すと、俄かに様子が一変する。
 真夜中の叫び声を確認してすぐに鏡弦を施した夏葵は、すばやく向かうべき方角へと面を向け、
「左方にアヤカシを感知。シア‥‥思う存分蹴散らしなさい!」
 言うや、二人は地を蹴った。

 ちょうどその頃。巨大クワガタに追い回されている百瀬の前方では二人の開拓者が顔を突き合わせていた。
 黒羽道場を訪ね、百瀬が一乃介を連れて山に行ったと聞かされてやって来ていた斎朧(ia3446)と、寝苦しさの余りに提灯片手にブラついていたら山中だったという山奈康平(ib6047)は、互いの顔をみつめ、同時に首を傾げた。
 そして悲鳴である。
「聞こえましたか?」と朧が言う。
「ああ、聞こえたな」と山奈が答える。
 わあわあと聞こえる叫び声は、どうやら真っ直ぐ二人の方へと向かっているようだ。しかも朧にとっては知った声でもあった。
 なにをやらかしたのやら、と呆れながら、朧は山奈を促し、林の奥へと駆け出した。

「百瀬さん!」
「お! 志郎じゃねえかっ。仕事帰りか? お疲れちゃん!」
 半壊した虫かごから、採集したばかりの昆虫をポロポロ零しながら百瀬は走っていた。
「援護します」
 呑気な事をと思いつつも、志郎は背後に迫るアヤカシを見遣る。まずは自分を盾にして時間を稼ごう。後は加勢に駆けつけているはずの仲間を待てばいい。暗視によって、そう遠くない範囲に開拓者がいる事を志郎はわかっていた。
 クワガタが加速し、その大きな顎でもって志郎を下から掬い上げようとしたが、志郎はそれを難なくかわす。
 刀は差しているが一乃介を抱いている百瀬は手出しもできず、どうにかアヤカシの攻撃をかわせば、握り締めた提灯が上へ下へと舞い踊った。
 クワガタが次撃の為に地面スレスレまで降下すると、何者かが右手の叢から躍り出た。その勢いを殺さずアヤカシの真下に潜り込み、反対側へと滑り出しつつ得物を投擲した。
 弧を描くように、刀身を煌めかせながら放たれた七首はアヤカシの内羽を素早く削ぎ、その付け根を抉ると、さながら体液のように瘴気が音を立てて地面へと溢れ、落ちる。
 アヤカシの動きが僅かに鈍った。
 すかさず矢が射られた。軽やかな音を立て、矢は七首を追うようにすでに裂かれた羽の隙間を縫い、その下で脈打つ腹へと突き刺さる。
「なーんか変な音と悲鳴みてーなのが聞こえると思ったら、すげーじゃん。ソイツ」
 少年、羽喰琥珀(ib3263)は腰に提げた籐の虫かごをさすりながら、重低音でモタつきながらも器用にホバリングするアヤカシを見上げた。その背後――琥珀から射線をうまくずらした位置で、緊張の面持ちのまま未だ矢を番えているのは射手座(ib6937)である。
「異常を察知してみれば、なるほど、あれが音の正体か」
 射手座は更に矢を引き絞った。
 
 はあはあと荒い息遣い。踝辺りでまとわりつく草も気にかけず、和奏(ia8807)は林の奥へと走った。
 簡単な遣いの帰り道。最短距離を選んだ林の中から、突如発生した戦闘と思しき物音と怒声に、和奏は駆け出していた。
 ざざっと草を掻き分け、眼前では灯りが縦横無尽に闇を飛び跳ねている。嫌な予感もする。襲われた人間の提灯が吹っ飛んでいる様かもしれないと思うと、和奏はさらに速度を速めた。
「っ‥‥!」思わず声を飲み込む和奏と、「あ」と細い声を漏らす朧。
「‥‥っとー!?」
 ぶつかるまいと止めた足でつんのめる山奈。
 草むらから開けた場所へ飛び出すと、前方から同様に駆けつけたらしいお仲間と鉢合わせした。
 ほんの数十メートル先では明らかに戦闘が行われている。ここで悠長に自己紹介というわけにはいかない。互いの目を見て頷きあった開拓者は、自らの役割を瞬時に選択し、戦闘の只中へと疾った。

 アヤカシに追われていた百瀬らと合流できたのは、拓けているとまでは言えないが、少し多く木が伐採されていたおかげで戦闘に差し障りのない一画だった。丈の短い草原から数メートル上を、クワガタに酷似したアヤカシが片羽を器用に扱い、ホバリングしている。
 アヤカシの左後方から、夏葵の指示で突出するオルテンシア。アヤカシの影で見えにくいが、すでに鏡弦にて百瀬と一乃介、そして同胞志郎を確認していた夏葵は、駆け出すシアの背中へ続けざまに指示を放つ。
「シア! アヤカシを引きつけ、死角を!」
 狐面の下からくぐもった声が響く。
「やるんだっぜ!」
 手入れのされていない金毛をなびかせ、オルテンシアが気合の入った咆哮で一喝。
 アヤカシは残った羽で器用に、素早く方向を転換させた。名匠の漆器細工のような独特の光沢を見せるアヤカシの大顎が、明らかな憎悪を持って真っ直ぐオルテンシアへと向けられた。
 駆けつけた朧の目に、百瀬を背にして敵前で身構える志郎が映った。
「志郎さん?!」
 攻撃に転ずる間際である。朧は迷わず神楽の進を舞う。
「もう少し頑張って走れ!」
 戦闘に一般人を巻き込むわけにはいかんと、山奈が百瀬を叱咤する。百瀬もそれに応えるように、一乃介を抱え直し、山奈と朧の間を駆け抜けた。この間に、山奈がすかさず地を駆る志郎へと神楽舞の攻で援護する。
 志郎の手より放たれた天狗礫が空を斬る。続けざまに和奏の雷鳴剣がアヤカシの巨躯を疾った。鬼神丸の雷電が直撃し、アヤカシは醜い腹をうねらせながらビチャビチャと瘴気を辺りへ撒き散らした。
「ギィィィ――ヤアアッ」
 大きく吼えると、半回転しながらゆっくりと落下を始めた。地面へ降り立つ間際、狙っていたように琥珀の足元をその大顎で振り抜いた。図体に似合わず敏捷な払いだったが、琥珀はそれを難なく見切ってひらりと避ける。着地するや射手座に声をかけ、次撃を促す。不敵に笑う琥珀の口元を汗がつうと伝い落ちた。
 裾に纏わり付く草をものともせず、射手座は射線を変更すべく移動する。巨躯とその大顎を誇る相手だが手負いである。ここは確実に中てたい。
「(中れよ!)」
 音がするほどに矢を引く。射手座は息を飲んだ。意識が吸い込まれるような鋭敏な感覚で、アヤカシの一箇所が浮いて見えた。刹那、頬を空気が弾いていた。矢は澱みなく飛び、鈍い音を立ててアヤカシの横腹に、ずぶりと鈍い音を立て、深々と突き刺さった。矢筈が僅かに見える程であるから、その威力は凄まじいものだ。
 だが、それはアヤカシの怒りを増幅させた。琥珀のかわした大顎の強打が、今度は射手座を襲う。確実に中てたいと縮めた距離が、アヤカシの有効範囲だったようだ。
 弓で防御するも、そのまま横薙ぎにされる。
 怒りは我を失うものだ。そもそもアヤカシに自我があるとは思えないが、上手い具合に死角が出来た。そこをすかさずオルテンシアが突く。
 愛刀を下段に構えつつ、オルテンシアが踏み込む。その姿がアヤカシの漆黒の目に映った。鉤状に何本も突き出た足の棘を地面に突き刺すと、斬り込んで来たオルテンシアをアヤカシが迎え撃つ。
 煉獄の炎を刀身に纏わせたラ・フレーメを鞘走らせながら、オルテンシアは大木の幹のような大顎をかわし、飛び上がった。宙で反転し、着地した時にはアヤカシ自慢の顎は、根元から無残にも斬り落とされていた。
「突撃はパワーだっぜ!」
 刀の背を肩で弾ませながら、オルテンシアは闊達に笑った。
 続けざま、志郎が地を蹴る。両手には天狗礫が握り込まれている。アヤカシが警戒の為、瘴気を地面に染み込ませながら半身を志郎へ向けた。
 その死角より躍り出る影がひとつ。
 琥珀である。
 志郎より半身ひとつ早く間合いを縮め、平突を叩き込む。狙ったのは僅かに顔を覗かせているだけの射手座が射た矢筈。殲刀、朱天の薄い切っ先はその一点を突いた。電流が走ったように琥珀の頭髪が逆立つ。イチかバチかの連携が功を奏した良い例だった。
 アヤカシの巨躯が痙攣しつつ大きく仰け反り、馬のように嘶いた。
 すかさず、志郎の天狗礫が蠕動を繰り返すアヤカシの腹を撃つ。好機とばかりに、夏葵が手傷を追っている薄羽の付け根へ向け、矢を射った。錬気を練り込んだ矢は、払い落とそうと振り下ろしてきた足の隙間を掻い潜って突き刺さる。
 振り下ろされた足は地響きを立て、柔らかな土へと埋まり、アヤカシはその反動を使って手近にいたオルテンシアを顎で挟むと、一気に締め上げた。片方の顎が短い為に交差する隙間が狭く、オルテンシアの表情は瞬く間に苦痛に歪んだ。
「シア! おのれ‥‥っ」
 夏葵が弦を引き絞り、矢を放つが辛くも的を外す。狐面の脇を一筋の汗が、つと流れ落ちた。
 最後の足掻きだからか。オルテンシアを締め上げれば、己の躯から体液がどろりと溢れ出すのにアヤカシは一向に力を弱める気配がない。
 砂流無の杖を振りかざした山奈が柄にもなく吼えた。直後、アヤカシの顎と言わず触覚と言わず、およそ頭部と呼ばれる部分が真っ二つになる。
 和奏だった。刀身の煌めきさえ見せない、尋常ならざる速さで抜刀し、斬ったのである。
 鯉口を締める残心の今でさえ、山奈の鼓舞がふわりと残っていた。まだ斬れる、という気迫もあった。
 それを引き継ぐようにトドメを刺したのは、オルテンシアである。強烈な圧迫から解放された金色の獣は、ぺろりと舌なめずりをしながら魔剣を逆手に持ち替えた。
 飛び散る瘴気もものともせず、即座に間合いを詰めると、一刀の元に斬り伏せた。

「なんか悪いわねえ。イチを送り届けてくれた上に、冷たいお菓子まで。うーん、贅沢だわねえ」
 木製の匙を口に入れたまま、夜那が感嘆の声を出すと、朧はほんの少し頬を染め、
「涼を求めての虫取りですか‥‥普段からしっかり働いていれば、それぐらいのお金はすぐ出るでしょうに」と笑った。
 彼女同様、縁側に腰掛けている志郎と琥珀の間に挟まって、両足をブラブラさせながら一乃介が掌のカブトムシに魅入っていた。あの戦闘の最中で、唯一手元に残った琥珀の獲物だ。
「ほい、泣かなかった褒美だぜー」
 琥珀に差し出された甘刀「正飴」を、入るだけ口に押し込めてご機嫌な一乃介。
 道場まで手を繋いで送り届けてくれた志郎と、自慢のカブトムシを譲ってくれた琥珀はお気に入りらしい。
「飴も貰ったし」
「代金は百瀬に請求済み! 」
「当然ね」
「今ごろ、ご希望の虫は捕れているんでしょうか。収入が生じれば夜那さんにも何か買ってあげるべきですね」
 志郎が振り返り、夜空を見上げた。星か松明か。闇の中で小さな灯りが瞬く。つられるように和奏も夜空を見上げていた。
「いい事言うわね、志郎くん!」
「採集できてるかどうかはわからねえが、しかけのヒントはしておいたからな」
 氷菓をかっ込みながら、キンキン痛むこめかみを揉む山名が答えた。
 
 百瀬は、山奈の教授通りに仕掛けを施していた。その周囲では夏葵とシアの対虫戦が繰り広げられていた。
「標的、前方よりこちらへ侵攻中。迎撃態勢に入りますっ」
 サクサク歩いてくるクワガタムシへと震える手を差し出す夏葵。狐面がそれとわかるほどに震えていた。
「尚も侵攻中!」
 掌で包み込もうとするも、動けず。夏葵とクワガタムシは恐ろしいほどの気迫で対峙した。その向こうで、松明に集まる雑多な虫を追い掛け回すオルテンシアがいた。
「虫取りを手伝うんだぜ」
 思うようには捗らず、時折地団駄踏んでいるのはご愛嬌である。
(「懐はめっきり寒くなったし、こいつで絶対に大物を捕まえてやる! でもってうっはうっはになってやんぜ!」)
 百瀬の懐が急激に冷え込んだのは、飴の代金を支払ったからなのだが、元を正せば百瀬自身が招いた事である。誰も責められはしない。
「下手な鉄砲数打ちゃ当たるってな」
 その類の虫が好む木、好まぬ木などお構い無しに、そこら中の木に仕掛けを作る百瀬はバカだった。
「コイツで大儲けだあああっ!」
 掴んだ虫はおよそ儲けられるものではなく、その正体に気づいた夏葵は、黒羽道場で振舞われている氷菓よりも冷たいものを背筋に走らせ、固まってしまった。
 その様子を離れた場所から見ていた影があった。すべて終わった事を確認した彼は、軽く手を振りながら踵を返し、帰路に就く。
 静かな佇まいで去る男の背後では、虫捕りに興じる百瀬らの騒がしい声が、一際大きく上がった。