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■オープニング本文 「おじさん! 悪いことしたら謝るんだって教わらなかったの?」 突如目の前に現れた幼女に、松本彦佐は目を丸くさせたが、すぐに眉を顰めると、犬でも追い払うようにしっしっしっと手で払った。 「わけのわからんことを‥‥。榎本、どうにかしろ」 「かしこまりました」 痩せて顔色の悪い男が、細長い手を伸ばして少女を抱え上げた。いつのまにやら出来てしまった人だかりをかき分け、主人から離れた場所へ女の子を下ろし、彼も松本同様にあっちへ行けと追い払った。 「おじさん達が父さんと母さんにごめんなさいするまで、あたし、ぜったい離れないから!」 少女は地面に下ろされるや榎本の腕へすぐに飛びつき、足が付かないように膝を折ると、ひしとしがみついて離れなかった。 「まったくどこのガキだ」 松本は持っていた巾着から財布を取り出し、数枚の硬貨を取り出した。 「金欲しさに言いがかりでもつけているんだろう? ほら、これをやるから、いい加減榎本から離れるんだ」 松本は、握っていた小銭を少女へ向けて叩きつけた。沿道からどよめきが起こる。 「おい」 ざわめく人だかりの中から、怒気を含んだ青年の声が飛んできた。人をかき分け姿を見せたのはレイ・ランカンである。 腕に子供をぶら下げて嘆息している榎本を見遣り、 (「相も変わらずいけすかない男だな」) 松本を一瞥する。 「子供相手に大声を張り上げることはないだろう。それに金を叩きつけるなど、言語道断だな」 仮面だけでは隠しきれない怒りが、ゆらりとオーラとなってレイを包んだ。彼らは嘘で村人を恐れさせ、結果的にそれが原因でアヤカシを呼び寄せた男達だった。 アヤカシ退治からまだ日は浅く、彼らの暴利を貪った行為の記憶は未だ鮮明で、レイは忌々しそうに下唇を噛んだ。が、そんなレイの様子に気づかず、まるで汚らしいものを見るような冷たい目をした松本は、 「いきなり現れて、謝れだのと言いがかりつけられて、迷惑を被っていたのは私らの方ですよ」 「おじさんが父さんを騙したから、うちの店がなくなっちゃったんだ。嘘をつくのは悪いことだって父さんが言ってたもん。だから謝ってよ!」 少女は榎本の腕に噛み付く勢いで叫んだ。レイは、松本らがこれまで行ってきた悪どい商いの正体を知っていたから、少女の言葉に嘘はないと感じた。 榎本に近づき、少女に手を差し伸べる。 「我もいっしょに頼んでやろう」 自らが拘る正義の為に、レイは少女と共に頼むつもりであった。拳士の拳は闇雲にふるうものではないと教わったばかりだからだ。 急に現れ、手を差し伸べてきた仮面の男を少女は訝しんだが、レイがにこりと笑った瞬間にはその手を取っていた。 「そなたらがこれまで私腹を肥やす為に行ってきた商いが、到底まっとうな代物でないことくらい我も知っている。この娘の両親にしたであろうこともおおよその見当もつく。金ではなく謝罪を求めているのだから、そのくらい真摯に受け止めても良いのではないか?」 レイがきっぱりと言い放つ。だが、松本はそれを鼻でせせら笑った。 「一度でも謝罪をすれば、際限なく頭を下げつづけなきゃならんじゃないか。その内、金をくれと言い出す輩も出てくるだろう。――商売には成功も失敗もつきものなのに、失敗の度に文句をつけてこられる私の方こそ被害者だよ」 肩をそびやかし、ひどく冷たい目でレイと少女を見た。怒りで震え始めたレイの拳に気づくと短い悲鳴をあげ、逃げるようにその場を後にした。榎本も慌てて主人の後を追うが、レイはただそれをじっと睨むに留めた。 数日後。松本彦佐の周辺が俄かにきな臭くなった。少女からの謝罪要求のみならず、やはり貶められて身代を奪われた者、それにより道を外した子を持った親らが松本の元へ大挙して訪れたのである。 中には命を奪おうと言う輩もいた為、松本は榎本と共に神楽を離れることを決意したわけだが―― 「なにが厄介って、仮面の男だよ、仮面の! 毎日毎日女の子といっしょにやって来て、“謝ればよし”‥‥って、こっちもいい加減面倒だから頭を下げれば誠意がないとか言うし。明日には神楽を出るように馬車の手配もしたから、なんとかその仮面の男と女の子を引き止めておいてもらえんか」 うんざりしたように机を叩く松本へ、「はあ」と受付が答える。 「それで依頼内容はけっきょく“仮面の男と女の子の引止め”のみで、街道で待機している馬車までの護衛は不要なんですね? なにか命を狙われてるっぽいこと仰ってましたけど」 「だから、そっちも大事なんだよ。開拓者だから出来るだろ、そのぐらい」 「‥‥開拓者はべつに身体がふたつに分離できる生物じゃないですよ」 若い受付嬢がむすりと答えたが松本には伝わらず、 「まあその辺は適当に‥‥おっと‥‥頑張らせていただきます」 松本らの悪行は報告書内で触れられていたせいか、彼女も把握しており、とっととお帰り願おうと、嘘臭いがとても愛らしい笑顔でもって依頼を受理したのだった。 |
■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058)
21歳・男・志
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
ナプテラ(ib6613)
19歳・女・泰 |
■リプレイ本文 レイ・ランカンが少女の手を引き、松本らが滞在しているという宿屋へ向かう。霧深い早朝のことであった。 「よう、少し構わんか」 少し歩いたところで、路地から男が声をかけてきた。姿を見せた柄土仁一郎(ia0058)は至極真面目な顔で、レイの前へ立つ。 「少々頼みたい事がある。今回の騒動に絡んだ話だ」 怪訝な表情のレイへ、歩きながら話そうと促す。 彼が何を言いたいのかをレイはすぐに理解した。不安げに見上げてくる少女へ、「味方だ」と微笑んで見せると、少女は次に柄土へ視線を移し、はにかみながら頭を下げた。 柄土は少女の無垢な笑顔に改めて気を引き締めた。 松本らの悪事に関する証拠集めをする為に協力してくれと言い置いて、 「今後の布石だ。もし明確に犯罪が行われているなら役人に話を通せばいいし、そうでないならまたあくどい事をやらかしたときに風評から行動を封じられる」 「我はこの子へ謝ってくれさえすればいい」 自身の中にある苛立ちの正体がなんであるかをレイは承知している。それ故、謝罪以上は望まないつもりだ。 「今日は冷静みたいだな」 「ルーティアか」 「久しぶり。自分とも散歩に付き合ってくれよ」 計ったようにルーティア(ia8760)が顔を見せた。そこでレイは、ギルド絡み――つまり松本が自分達を遠ざけるように依頼したのだと察した。柄土の話だけを取ってみると、少女同様に松本から私財を搾取された被害者からの依頼かと思えたが、違っていたようだ。 レイと少女を間に挟むようにして、柄土とルーティアが歩き出す。 「依頼とはいえ、二人も大変だな」 ギルドへ救いを求めるのは善人ばかりではない。レイは正直な気持ちを吐露した。レイの行動はギルドを通していない。少女の思いを酌んでのものだ。彼女は被害者であり、また同様の人々も多いと聞く。レイの心が、ざわざわと騒ぎ始めた。 「気に入らないからって怒鳴ったり、殴ったりするのは簡単だ。けど、誰だってわかり合うための心と、言葉を持ってるんだ。自分はそれを信じたい。レイ、それをぶつけてみないか」 心の揺らぎを見透かしたように、ルーティアが言った。 「商売なんて、頭を下げてナンボだと言うのにな。それをしたがらないのでは、こんな事しなくても勝手にとは思うが‥‥ま、念の為だ」 拳以外にも奴らを懲らしめる方法など、いくらでもあるのだと二人は言っているように聞こえた。 「我の腕は所詮、二本しかないということなのだな」 レイの返答に、柄土とルーティアが顔を見合わせ、首を傾げた。 「この腕二本だけで守れるものは少ないが、友の数を入れれば守れるものはもっと増える。知恵を借りればさらに増える――我はいったい何を意地になっていたのか」 「人手が要るなら‥‥どうも松本達の被害者が、店に大勢押し寄せているそうだ。彼らの力も借りられるだろう」 柄土はルーティアへ目配せをし、四人はダミーの馬車が待つ宿屋へ急いだ。 玄関の真上に位置する部屋から見下ろすと、松本らが出てくるのを待ち構えている集団がいた。当然、裏口にも数人が張っており、逃げ場はないといった様子だ。 夜もすっかり明け、あれほど深かった霧も嘘のように消え去っていた。 戸口の傍に控えていた宿屋の若い衆へ、ディディエ ベルトラン(ib3404)が人差し指をくいと立てて合図すると、無言で頷いた男らは部屋を飛び出した。 「打ち合わせどおりにお願いします。神座さんの演技如何で真実味が増しますからねえ」 玄関先へ馬車が横付けされたのを確認すると、ディディエはフードを目深に被った。 「まかせとき」 神座真紀(ib6579)がドンと胸を叩いた。部屋を出る仲間の後姿を見送って、神座は視線を表へと戻す。わあわあと、最早なにも聞き取れない、ただの喚き声をあげるだけの集団である。そんな彼らであるが、怒りで我を失ってしまうのも頷けた。松本にいいように騙されて借金を作らされ、身代を奪われたりしたのだから怒って当然である。 だが――。 神座は、この宿へ向かってきているレイへ思いを馳せた。 (「ランカンさん、暴力を使わずに女の子の思いを叶えようと頑張ってるんやね。その頑張りを無駄にせんよう、あたしも少しでもお手伝いできたら、と思うわ」) フードで顔を隠したディディエが、若い衆の助けを借りて馬車の中へ滑る様に駆け込んだ。その時にはすでに馬車の周囲は人々に取り囲まれていて、前にも後ろにも動けない状態になっていた。神座も部屋を出て、自らは仲裁役といった風に皆の前へ姿を現す。 もちろん彼らにとって、松本に味方する者はすべて敵と映る精神状態だったが、神座はけして彼らを傷つけたりはしなかった。彼らの心情がわかるだけに、松本といっしょくたにされるのは嫌だったが、これもひいては被害者たる彼らの為でもあるのだ。 彼らを宥めながら、レイと少女を待った。 神座がうまく商人達の気を引いてくれたおかげで、馬車の中にいるのが偽者だとは気づかれなかった。 やがてレイと少女、柄土、ルーティアが宿を訪れる。 集団がふたつに分かれ、馬車までの道筋ができた。それまで騒がしかったのが嘘のように、辺りは静まり返ると少女の一歩を誰もが固唾を飲んでみつめていた。 少しばかり不安そうな顔を見せた少女へ、手を繋いでいたレイが微笑みかける。二人は馬車の中にいるのが偽者であることは承知していたが、少女が怖れたのは周囲の圧倒的な悪意に対してだった。 少女がぐるりと大人の顔を見回す。 この様子に、被害者の面々がざわつきだした。 おかしい――街中であれほど松本に食ってかかった二人であるのに、どうしてこんなに落ちついているのだと。 ただのざわめきは次第に怒声に変わる。 少なくとも少女をかばって飛び出した仮面の男は自分達の味方だと思っていたのに、これでは話が違う。開拓者でもある男の助勢あったればこその強行なのだ。怒りの矛先が、姿を見せない松本からレイへと摩り替わった。 集団がどっと押し寄せてくる。レイは少女を背にして庇うが、無言を通した。 だが、レイの背後から発せられた少女の素直な言葉が彼らの行為を踏みとどまらせた。 「ごめんなさいを言ってくれるだけで、私はいいの。たくさん望みを言ったって、おとうさんもおかあさんも帰ってはこないから」 我慢を――していないはずがない。証拠に少女の眦にはじわりと涙が滲んでいた。レイの手を握る小さな手は強く握り過ぎて色を失っているほどだ。 少女は、謝罪以上のものは要らないという。贖罪を期待してはいないが、それはけして穿った感情からではない。大人が求めるもの対価と少女の求める対価が違うだけなのだ。 少女自身が欲さないものを、レイが出張ってまで求めるわけにはいくまい。それに、とレイは自分を囲む開拓者を見た。仲間の顔もそれを求めてはいないのだから。 レイは少女の言葉を継いで商人達を説得した。そして、神座が言う。 「この中には松本のおっちゃんらを殺してまお、って人もおるみたいやな。あのおっちゃんらに酷い目に遭わされて、恨んだり腹立てたりしてるんは間違いないんやろ。けどな、その為にあんたらが法を犯して私刑をして、それでええんか?法を犯してない相手にあんたらが法を犯したらあかん。それに一度法を犯したら、きっとまた何かある度にこれくらい、これくらいって気になってまう。あたしは皆にそうなって欲しくないんや。懲らしめるなら、胸を張って堂々と誇れるやり方でやって欲しい。頼むわ」 合法的に松本らを断罪させる為の協力を求めると、彼らは喜んで証言したのだった。 「何かをきっかけとしてですね、大事に大事に築き上げてきた価値観を捨て去ってしまう、新しい物の見方を持ち合わせるようになる、そういったことがあの二人にも起こり得ると思われますか?」 馬車から降りたディディエはフードを外しながら、 「私は起こり得ると考えております、それが何時かは分りかねますがねぇ。そうとでも信じなければ〜。いっそ消し去ってしまった方が清々するのでは、という気持ちに歯止めが効かなくなってしまいますですからねぇ」 ララド=メ・デリタをわざと発動しかけ、いつもの、少し困ったような人のいい笑顔を浮かべて止めた。空恐ろしい冗談である。 その頃。 松本彦佐、その部下榎本が用意した本物の逃走用馬車の元へ、護衛を含む一行が到着していた。 ようやく神楽から逃げ出せると言うのに、松本は酷く不機嫌であった。 「貴方方は命を狙われているのでしょう? それならば慎重に越した事はありません。それに御二人ともこうして無事に馬車まで護衛いたしました」 巫神威(ia0633)は呆れ顔で言った。 「慎重はわかるが、時間がかかって追っ手に追いつかれでもしたら元も子もないじゃないか。話のわからん女だな」 苛立ちのせいで松本は巫へ食ってかかるが、追っ手が間に合うよう仕向けているのだから、巫はぐっと堪えて返す言葉を飲み込んだ。 道中では、長谷部 円秀(ib4529)と共に商売の成り立ちから新天地までも聞き出した。無論、機嫌を損ねたり勘繰られたりしないように細心の注意を払ってである。勘のいい松本にいささか危ない局面を見せはしたものの、そこはやんわりと長谷部がうまく言いくるめて難を逃れた。 さっそく馬車へ乗り込もうとする松本へナプテラ(ib6613)が声をかけた。 なんだね、とうんざりした顔で松本が振り返る。 「儲けること利益を求めることが関心事のようだけど、みんな商人ではなくて、同じ考えではない‥‥と、今回の一件でわかってもらえたのかなって」 松本が片眉をぴくりと上げ、 「今回の一件? 私の命が狙われてることかい。そんな言いがかり、話にならないよ」 一行の最後尾で聞いていた巴渓(ia1334)が、聞こえる程に激しく歯噛みした。その双眸は怒りに燃えてはいたが、もっとも怒っているだろう男が現れるのを巴はじっと待った。 街道筋の安全確認だと称して松本をその場で待機させ、さらに時間稼ぎをすること数十分。 追いつくはずのない追っ手が現れた。それを見た松本の狼狽ぶりは酷いものだった。護衛の開拓者らを口汚く罵り、謗る。 だが、松本が叫べば叫ぶほど惨めに見え始め、集まった一連の被害者達の怒気は次第に削がれていった。 長谷部が軽く右手を掲げながらレイへ近づく。 「彼らはただの金の亡者ですね。手段を選ばない金への執着ぶりに何かあるのかと思いきや、純粋な“物欲”しかありませんでした。――が、それを断罪する正義は果たして純粋な正義でしょうか。表裏一体、正義とはいえ、絶対ではないでしょう」 ああ、もちろん、と頭を掻きつつ、 「私の考えを押し付けるものではありませんよ」 と笑うがすぐに真顔に戻り、声を潜ませた。 「レイさんは正しいです、しかし万人に共通ではないのですよ。強要は悪にもなります‥‥その上でどうするかは考えてください。ですが、それでもレイさんの正義は真っ直ぐだと思います」 レイは無言で頷き、繋いでいた少女の手を離す。少女は一瞬、戸惑った顔をしたが、すぐに後方で控えていた開拓者――柄土らの元へと駆け寄った。 「レイ」 怯える松本へと一歩踏み出したレイを、渋面の巴が呼び止めた。 溢れる闘気を隠そうともせず、巴は訊ねた。まだ――護衛の立場である。レイのそれが精忠無二なのだとしても依頼を引き受けた以上、護らねばなるまい。 さりとて松本の所業は、道中の仲間との会話から巴も把握していた。追ってきた被害者を見れば、その非道さも理解できる。 「激情にかられた脅迫的な正義は許されん。だが」 巴の口角が、くっと上がる。だがその目は何かを探るようにレイをみつめる。 「正しい怒りを胸に秘めた拳は、間違いなく必要なものだ」 「我もここへ来るまでにあれこれと考えた。考えたが答えは出なかった」 周囲は二人の様子を固唾を飲んで見守っている。しんと静まり返っていたが、それを破ったのは松本だった。 「高い金を払ったんだから、早くその仮面の男をどうにかしてくれ!」 その場に居合わせた誰もがぞわりと肌を粟立たせた。自分勝手にも程があると思ったが、依頼を受けている以上、堪えるしかない。 レイが拳を握り込むのを見た柄土が、ゆっくりと柄に手をかけ、身構えた。柄土やルーティアの目には、レイの中に未だ迷いがあるように映っていたのだ。 ディディエも聖杖を握り締める。次は冗談で済ますつもりはない。 痺れを切らした榎本が、主に代わって、「ここでこそ時間稼ぎをすべきでしょう」と巴を急かしたが、彼女の一瞥に痩身の男は首をすくめて馬車の陰に隠れてしまった。 (「今の奴は、冷静にちゃんと目の前の善悪を判断出来るはず。ここはひとつ‥‥一芝居打ってみるか?」) 迷いの炎をちらつかせるレイに、巴は賭けることにした。 右拳に全神経を集中させ、レイへと間合いを詰める――突如始まった戦闘に、少女を含めて多くの者がどよめいた。 巴の胸中は誰にもわからず、ただ、居合わせた人々から危険を回避させることにのみ開拓者らは専念した。攻撃力のある長谷部や柄土、ルーティアは人々の盾になるよう立ち回り、後方支援可能なディディエと神座、ナプテラが間に立つ。 初めて間近に見る開拓者同士の戦闘――と言ってもレイは防戦一方だが――に震える少女を抱きしめる巫。 確実に急所を狙ってくる巴の攻撃を、レイは遠慮なく受け止める。 巴との戦闘は――実のところレイ自身が望んでいたことであった。 「我が向ける正義が拳でしかないのは道理。それが正しいかどうかの見極めの為――巴殿。すまぬ――そなたの拳を借り受ける‥‥っ」 戦闘とは呼べぬものが収束したのは、巴の鋭い一蹴がレイを蹴り抜いた時だった。 少し湿り気のある草の上で大の字になっているレイを、仲間が呆れたように見下ろしていた。 松本と榎本は巴とレイとの戦闘の合間に、いつのまにやら姿を消していた。巴が戦いに乗じて何箇所か破損させておいたのだが、松本らの逃げ足だけは別格のようだ。 「頑張った事、無駄にならんでよかったね」 神座の言う頑張った事というのは松本に対して暴力に訴えなかった、事であろう。 結局、少女らに謝罪はなかったが、 「迂闊に今後の事を喋っていたようですし、恐ろしい目に合うのはこれから、でしょうねえ。ええ」 ディディエの呟きこそが恐ろしい。 身を起こしたレイへ言葉が降りかかる。 「見極められたか」 「いや。だが迷いは捨てた。ただしそれには仲間が必要なのだ。我の背を押し、我を罰し」 差し出された手を、レイは迷わず取った。 「共にゆく仲間がな」 腫れ上がった瞼のせいで良くは見えなかったが、皆の顔が笑っているように、レイには見えた。 |