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■オープニング本文 荷は揃ったが、当初の注文数からは程遠く、その旨をしたためた書簡が先に黒塚を出発した。 輸送ルートも新たに確保され、書簡から遅れること3日。池田唯三郎ほか、雇われ開拓者たちは神楽を目指した。 出発時刻は、まだ夜も明けきらない午前4時。休憩は昼と夜の2回だけ取ることにして、就寝の為に野営を張ることはしないことになった。 護衛の人数が少ないことから、南雲廣貫が難色を示したが、それを池田が取り成した。 「開拓者と言えば練達の士。夜間の護衛はこの人数でも十分です」 暗がりの中での戦闘ともなれば、大人数ほど同士討ちの危険が増すのでちょうど良いのです、とも池田は言った。 老獪な南雲は顔を顰めはしたものの、黒塚周辺の地理に詳しいのもこの男であり、盗賊とも直接手合わせしているのも、またこの池田という男なのであるから、渋々老人は承諾した。 「先方もかなり焦れていらっしゃるようですから、昼夜問わず運んでくださることはとても感謝いたしますが、くれぐれもよろしくお願いしますよ。もし、今回までも奪われたりしたら、あちらから賠償金なんてものを要求されかねませんから」 荷主は、祈るように手を組んで懇願した。 どうやら、取引先から最終通告を言い渡されているらしい。詳細を知らない開拓者たちへ、秋月が小声で告げた。 「よそにも同様の鉱石を扱う大店があったようで、そこと競り合って得た取引ですから、いつまでも荷を届けないのは信用問題に関わるんです。盗賊に二度も三度も襲われましたというのは、偶然にしてはおかしいですからね」 池田がちらりと視線を寄越したが、秋月と目が合うと、するりとかわした。 「とにかく! 失敗は許されないと思って運んでくださいね!」 護衛の一同が、それぞれ頷いた。 「それでは、これより俺の指示に従ってもらうがいいか?」 無口だった男が饒舌になった。 12畳程の部屋に、人相の悪い男共が顔を揃えていた。部屋の四隅に松明を掲げ、また中央には大きくて長いろうそくが1本立っている。揺れるろうそくの明かりの下で、右目が潰れた四十絡みの男がふいに訊ねた。 「あんな男のどこがいいんだ。仲間が斬り殺されていくのを黙ってみていた腰抜け野郎じゃねえか」 「腰抜けなんかじゃないもん。イケさんは、あたいを庇ってくれていたんだもん。そんなことばっかり言う父さんなんかキライだよ」 明るい山吹色の着物が暗がりに浮かんだ。頬を膨らませているのは、盗賊の頭領であるハシゾウの一人娘、ヒルガオ。 「だからお前はついてくんなって言ったんだよ」と父。 「あたいだって盗賊の娘に生まれたからには、ちゃあんと盗みが出来るってところを見せないとね。いずれはあたいがこの一味を率いるんだからさ」 「そんなこと言ってると、腰抜け野郎に捨てられんぞ。いくらこっちの片棒を担いでるとは言え、元々向こうは堅気なんだ。しかも片棒を担ぐ気になったんだって、ヒルガオ。お前ぇに足を洗わせる為じゃねえか。だから雇い主裏切って、俺との約束を守り通してる――お前ぇだって、惚れてんだろ? 襟元に挿してるそれがいい証拠じゃねえか」 ハシゾウは娘の胸元へ、煙管を突きつけた。 池田が繋ぎの梅の枝へ括り付けていた文の一枚である。いつもと同じ輸送ルートの情報や護衛の人数が記された文だが、池田は必ずヒルガオ宛に一枚別に文を書いていた。彼女が大事に襟元にしまい込んでいるのが、その一枚なのである。 「お前ももう16だからな、好いた男ができたって文句は言いたかねえが、池田はやめた方がいい。仲間を裏切ってこっちについた男だ。次は俺らを裏切る番かもしれねえ。お前も、そのつもりで用心しておけよ」 頭領は、池田からの報告にあった雇われ開拓者達に備え、自分達にも志体持ちを揃えた。その数は10人。ハシゾウ自身も昔は開拓者であったが、身を崩してしまってから盗賊暮らしである。だが、その腕は衰えていない、と自負していた。 「ま、今回ばかりはお前は姿を見せるな。正直、足手まといだからな。志体持ちとの戦闘となりゃあ、お前を庇ってる暇はねえ。いいか、ぜったいについて来んじゃねえぞ」 言い置いて、ハシゾウは思い思いに寛いでいた仲間へ出発の意思を告げた。 得物を腰に差し、盗賊らはアジトを後にした。 ひとり、ぽつねんと取り残されたヒルガオは俯き、呟く。 「だってアタイは盗賊の中で育ったんだもん。外の世界なんか‥‥知らないもん」 だから―― ヒルガオの脳裏に、初めて出会った晩の光景が蘇る。周囲には埃と血の匂いが充満していて、さすがに気分が悪かった。そんな中、池田が真剣な表情で言ったのだ。 「まだそんなに若いのに。やり直せ。その為に俺は何だってしてやるから」 世迷言だと思ったその言葉を、池田は今も守っている。 どうして仲間を裏切ってまで――? 幼い頃から血の繋がらない盗賊達をひとつの家族として育ってきたヒルガオには、池田の裏切りの理由がわからなかったが、同時に嬉しくもあったのだ。 “何だってしてやるから” 護衛仲間の剣からヒルガオを守り、時には斬り伏せたこともあった。血煙が上がる中、池田はヒルガオの手を引いて安全な場所へ向かう。その背を見ながら走ったヒルガオの胸に、ぽつ、と赤い恋の花が咲いたところで誰が責められようか。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
羽貫・周(ia5320)
37歳・女・弓
すずり(ia5340)
17歳・女・シ
コトハ(ib6081)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 街道を歩く一行の足取りの重さとは対照的に、空は快晴。頬をなぶる風は春の暖かさをふんだんに含み、すこぶる心地よかった。 (「首根っこを捕らえたとは言い難いですが、尻尾を掴んだぐらいは言ってもよいでしょう‥‥そこから一気に手繰り寄せられるかは、私達の腕次第。団長もおられますし、不手際なくこなしたいところです」) 荷を山積みにした馬車と並んで歩いていた斎朧(ia3446)は、小さく愛らしい唇を固く引き絞る。 「んー、暇よねぇ‥‥ねぇ、早く襲撃来ないわけ? あによ、仕事に来て仕事出来ないなんて退屈もいートコじゃない!」 路上の石に車輪が乗り上げ、ハデに立て揺れた馬車の上で鴇ノ宮風葉(ia0799)は、両手を後頭部で組み直しながら一人ごちた。その愚痴は、しっかり部下の耳に届いていた。 「‥‥はぁ、団長」 朧は盛大な溜息を吐いたのだった。 馬車を中心に等間隔で警護にあたっていた開拓者と、池田が用意した新参の護衛の間には、盗賊襲撃とは別の緊張が漂っている。 「腕には覚えがあるから、足手まといにはならないよ」 池田に紹介された羽貫・周(ia5320)は、小さく会釈しながら言った。 僅かな挙措からそれを感づかれたくない周は、あえて皆とは距離を取り、無表情に淡々と足を運ぶ池田と肩を並ばせ歩いた。 周が長い一人身の理由を雑談的に訊ねてみたが、池田は口の端をあげて苦笑しただけで終わる。 池田の心中が表情に現れることはない。苦笑したのだって、特に深い意味はないのかもしれない。周はそれ以上訊ねることはせず、顔を前方へ向けた。 池田にとって、今もっとも注意し思案しなければならないのは今夜の襲撃についてである。今回、開拓者が警護をするということはすでに盗賊側には知らせてあり、彼らはそれに対抗するべく志体持ちを雇ったと聞いた。だが、何度か手合わせをした緋桜丸(ia0026)の実力がどうにも腑に落ちないのだ。なにか隠していると池田は思った。こちらの手の内を探るような、加減した剣捌き。池田はちらりと赤髪の男を盗み見た。 飄々と歩く緋桜丸。時折見せる鋭い眼光は襲撃を警戒してのことだろうか。池田はその眼にぞくりとするものを感じた。 しかし――。 怖れることはあるまい。いつもと何ら変わらない襲撃が、これより数刻後に粛々と実行されるだけなのだ。これまで同様に、機を見て掌を返せばいい。 日が高いうちは、何事もなく当初の予定通りに夜営を行った。もちろん、“予定通り”なら今夜襲撃が行われるはずである。 馬は近くの木へ繋ぎ、荷車の側近くで火を焚いた。夜間の見張りには、緋桜丸と池田があたる。とはいえ、周やコトハ(ib6081)はもちろん風葉も朧も仮眠程度に押さえていた。 悟られぬように、緋桜丸は池田の様子を窺った。合図でもあるかと思ったが、見受けられない。視線をそのまま宙へ移動させ、意識のみをコトハへ向ける。闇に乗じた緊張感がじりじりと皆を覆い尽くしていく。 頭上の枝葉が風に揺れた。 池田の切り札となったすずり(ia5340)だろうか。 いや、やはり違う。緋桜丸は素早く立ち上がると、焚き火に砂をかけ消した。池田も同時に立ち上がっていた。燃え盛っていた火の名残か、すぐさま降りてきた闇に目が慣れぬ。 荷の傍で衣擦れの音がした。周、朧、風葉、そしてコトハが起き出し身構えた音だろう。砂を食む音、空気が揺らぐ感覚で、彼らは互いの位置関係を頭に叩き込んだ。 「やっぱり開拓者ってぇのは敵に回すモンじゃねーな、おい」 うっすらと闇に目が慣れた頃、前方に男が現れた。面倒臭そうに引きずる足取りだったが、口調は真逆で、むしろ楽しそうでもあった。 「しっかりコッチ見ていやがんのな」 ぞろりぞろりと男の背後から仲間が姿を現す。 「おいおい後悔するのが少しばかり早いンじゃないか?」 緋桜丸の蛍が鈍い音を立て、鞘から抜かれる。 風葉はニィと双眸を細めつつ、蛇神を詠唱した。うねうねと左右に太い胴体をくねらせた大蛇が闇に乗じて盗賊の側面へ回る。 と同時に敵も攻撃を開始。すでに抜き身にしておいた刀で上段より斬りかかる盗賊を迎え撃ったのは、他ならぬ池田であった。鉄が擦れる鈍い音とほとばしる剣閃。 ぬうと漆黒から生え出てくる槍の穂先を、風葉はモノリスで防いだ。その脇を駆け抜け、盗賊と護衛の間に割って入ったのはコトハだった。 背後では朧や周が各々、敵の攻撃を上手い具合にやり過ごしている。その最中であった。 「コトハ?!」 叫んだ緋桜丸の鼻先を、コトハのマキリが疾る。深くはないが、一文字に斬られた傷口からは鮮血が飛び散った。裏切ったコトハの攻撃をかわしきれず、手傷を負った緋桜丸という構図が出来上がる。 「緋桜丸様が最も脅威と判断いたしました。悪く思わないで下さい」 「チィッ。俺は女には手ぇあげない主義なんだよ。しくじったな」 コトハへの攻撃を躊躇っている隙に、雇われ志体持ちの士気が俄然あがる。必死に揃えた荷を奪われまいと、風葉は孤軍奮闘した。とうぜんだが、向こうは本気で仕掛けてくる。アジトを突き止める為とはいえ、実力の半分以上を押さえながらの戦闘は開拓者といえどキツい。 血糊でどうにか誤魔化したと、緋桜丸が安堵の表情をうっすらと口元へ浮かべた時である。 深く内側まで入り込んだコトハの刃をはばきで受け、力を拡散してやろうとくるりと刃を返したサムライの目に、闇よりもさらに深い漆黒が飛び込んできた。 十字に交差させた両手には短刀と手裏剣が握られている。気配を察したコトハは身体を反転させ、死角からの攻撃をかわしたが、宙を突く切っ先は緋桜丸の喉元を襲った。咄嗟に手甲で短刀を跳ね上げるが、どろりとした血が緋桜丸の手首を伝い落ちていく。 「‥‥っ!? 池田様!! どういう事ですか!?」 突如襲い掛かってきた少女へ威嚇の目を向けつつ、池田を詰問するコトハ。 池田は刀をすでに鞘へ収めていた。なに、と事も無げに答え、 「殺しを仕事と割り切るこの女に信を置いただけのことだ。“何故盗賊に手を貸すのか”と訊いてきたのが運の尽きだったな」 読まれたとは不覚、とコトハの表情が大きく歪む。 そして、池田は目だけを動かし、牽制の為に矢を番いている周を見た。彼女も視線を重ねる。池田の目に、巻き込んだ事を詫びる色を見た気がしたが、シノビの少女へ向けた「殺れ」の合図を見て取ると、周は覚悟を決めた。池田の裏切りの理由が何であれ、想像で感傷に浸るべきではない。 ただ粛々と仕事をこなすだけだ――周は矢を引き絞り、コトハと少女の戦闘への不可侵を志体持ちらへ知らしめたのだった。 重い音を立てて矢が地面へ突き刺さるのとほぼ同時に、シノビ――すずり(ia5340)が跳躍。投擲された手裏剣をコトハは軽やかに避けて見せるが、先回りしていたすずりの短刀が素早く斬りつけてくる。右、左と白刃が空を切る。 「上手く取り入ったと思ってた? 残念だったね」 すずりが笑う。 一方的な防衛に回っていたコトハだが、単調になりつつあったすずりの攻撃を掻い潜り、その細い胴へと蹴りを入れた。かわされる。だが先刻承知とばかりに反動を使って半身を捻り、回し蹴りをくれてやった。 「!」 咄嗟に下げた腕へ蹴りが思いきり入る。上半身がくの字に曲がり、さすがのすずりも苦悶の表情を浮かべたが、己を蹴り抜こうとしている脚を掴むと、腱へ向けて刃を突き刺した。 短い悲鳴があがる―― 「あちらの方が一枚上手、でしたか。命あってこそですね」 朧は仲間の傷を癒しながら、安堵のため息をついた。実力はこちらが上だと承知していても、やはり流れる血を見るのは気分のいいものではない。 「血糊が精巧なので心臓に悪いですね」 緋桜丸の腕やら腹やらには本物の血と混じって血糊もべったりで、治療を終えたコトハや濡れ手拭いで後始末を手伝う周も苦笑を浮かべた。 志体持ちらはあくまでこちらの命を狙ったが、なぜか池田がそれを止めた。無論、周の支援あっての撤退ではあったが。 「しっかり荷はアイツらが持って行ったよぉ」 ガサガサと茂みから出てきたのは風葉だった。目を丸くして自分をみつめる仲間へ、「あによ」と唇を尖らせた。 面倒だと口にしていた割に、荷の確認をしっかり行うところはさすが小隊を率いるリーダーである。それを知る朧が小さく微笑んだ。 「後はヤツらを追い詰めて一網打尽で終了、だな」 目印はすずりが残しておく手筈になっている。 僅かな時間の接触ではあったが、池田が盗賊の手引きをする理由を知り得たコトハは複雑な思いだった。捕まればどうなるかは火を見るより明らかである。ふいに肩を叩かれてコトハが振り返ると、周が首を横に振った。 「コトハが気に病むことはないよ。罪は償うべきなのだからね」 一方、無事開拓者をやり過ごした盗賊達は意気揚揚とアジトへ戻っていた。いつものように奪った荷は別の場所へ隠し、時を置いて回収に行く。 雇われ志体持ちは、自分等の実力で開拓者を押さえ込んだと思っていた。アジトを突き止める策とも知らず、脳細胞が筋肉で出来ている男共はサムライの腕を切り落としたのは俺だの、陰陽師にトドメを刺したのは儂だのと自慢しているが、もちろん緋桜丸の両腕はしっかり胴体に付いているし、風葉も元気に面倒くさいを連呼しているので彼らの言い分は皆嘘ばかりである。 「血止めが効かなかったの?」 すずりの腕へ包帯を巻いているヒルガオは蒼白だった。池田は無傷だし、今回初めて顔を見た男達も大きな手傷は負っていないのに、彼女だけが深手なのだ。ヒルガオは不安で仕方ない。いつもの快活さは形を潜め、根拠のない恐怖で小さな胸を震わせていた。 ハシゾウがすずりを呼びつけた。 「向こうには巫女がいるって言っていたな。態勢を立て直すのにかかる時間を、オマエはどう思う?」 少し含んだ物言いに、すずりはギクリとしたが、ここは時間を稼ぐべく考え込む仕草を見せた。ハシゾウは池田同様、すずりも信用していないように見える。 「どれぐらいの手傷を負わせたかによるけど。ボクの意見、参考にするの?」 暗視を使って血痕を道すがら残してきた。朧の治癒能力の高さと仲間の手傷から考えて、もう、そろそろ―― ダアァァンッ ど派手な音を立てて、引き戸が内側へ吹っ飛んできた。 「来たよ」 すずりが指を立てニコリと笑う。 「さっきのお礼はたっぷり受け取りな!」 自らは土埃や木屑をたっぷり浴びながら、緋桜丸が叫んだ。怒声と共に剣を振り下ろしてきた刀使いを、瞬時に抜いた二本の愛刀で斬り伏せた。 「やっちまったなァ。すまん!」 片手で合掌するが、あまり謝意は篭っていない。 派手、という表現ならば風葉も負けてはいなかった。逆三角形の大きな頭で、鎌首を持ち上げた蛇神が盗賊共を一気に蹴散らしている。背後から逆襲されるが、床から壁を引き摺り出してニヤリと不敵に笑う。 優勢だった事もあり、脳筋男共はまるで勝ち鬨のような雄叫びを上げて飛び掛ってきた。 治癒に専念させる為、周は朧を背に隠し、攻撃範囲の広い槍持ちから彼女を守りながら戦う。捕縛の為、逃げられないように足だけを撃つ。距離を縮められると、すかさずコトハが援護に入った。 「ここまでか」 池田が呟いた。死んだ父親から譲り受けた、銘のない鈍ら刀を抜く。どうせ逃げられないんだ、とも呟いた。 「イケさん!」 戦闘の只中へ向かう男の背へ手を伸ばし、駆け出したヒルガオの前へ風葉が立つ。「んー」と眉を顰めつつ、巻き込まれぬよう彼女を守っていたが、ふいにその腕を掴み、コトハへとポイッと投げて寄越した。真意を理解したコトハが当身を食らわせると、ヒルガオは涙を滲ませながら意識を手放した。 「それで、だ。池田に雇われたはずのオマエはなんで俺の傍から離れねーんだ?」 手下共の戦いを遠めに眺めながら、ハシゾウが言った。 「ヤダなあ。もう全部お見通しなんだよね」 トン、と一歩を下がり間合いを取る。ハシゾウから只ならぬ怒気が立ち上ったからだ。だがしょせん男に能力はない。すずりは、日向で伸びをする猫のようなしなやかな動きでハシゾウを捕らえると、躊躇うことなくその関節を外した。 激痛に顔を歪ませ、盗賊の頭領は額を床に擦りつけながら呻いた。 能力者ではない盗賊一派を捕らえることは造作もなかったが、志体持ちに限ってはそうもゆかず、激闘の末に果てた二名を除き、手を貸したすべての人間を捕らえる事に成功した。 南雲廣貫の屋敷へ秋月刑部が訪れたのは、盗賊らが捕らえられた翌日の事であった。 「早い裁決だったとお聞きしましたが」 「ハシゾウとかいう頭領他雇われ者もみな、斬首だ。今回の一件以外の罪状もあったようだからな」 「池田、という男の処遇が軽くはないかと不平を言う者もいるようですが」 「‥‥」 廣貫は、渋面のまましばし考え込んだ。 「極刑止む無しと思ったが、ハシゾウの娘の今後を考えてやってくれと‥‥椿様の口添えで十五年の強制労働って形になったわけだ。あの人はまだ甘いなぁ――」 秋月は、視線を庭へと移した。 「十五年を甘いと捉えるかは、池田の本質次第でしょう」 空気は乾いていたが、風の中に春の匂いを感じつつ、賑やかな声が蒼天に響いた。 「んー、疲れたな‥‥斎ぃ、帰りに茶屋寄ってこーよ?」 疲れているのは朧も同じだったが、彼女はそんな素振りを一切見せずに、「構いませんよ、団長」と笑っていた。 極刑を免れた池田を思い、複雑な表情を見せたのは周である。少なからず、彼女はこの面子の中で唯一、素の池田と接していたからだ。更に言うならば、周も「待つ身」であったりするから、ヒルガオにはこっそりと助言をしておいた。 池田の友人として「待つのも女の器量だよ」と。 「お嬢さん? なにをそんなに考えているのかな?」 皆の列から少し距離を置き、黒塚を振り返るコトハへ緋桜丸が声をかけた。 コトハは何かを口に仕掛けたが、ふるふると頭を振り、 「生きていればこそ、です」 次こそはヒルガオの為だけに生きてほしい。その言葉をコトハは飲み込んだ。察した緋桜丸がその大きな掌でコトハの頭をくしゃりと撫でた。 「あ! ボクもそれやって!」 すずりが割って入ってきて、賑やかさがグンと跳ね上がった。 「いいぜぇ。刺されて斬られた数だけ撫でてやろう」 その言葉に一瞬の間が開いて後、どっと笑いが起きた。 |