祈りがこだまする時
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/20 23:12



■オープニング本文

 ひっそりと存在するその村は、比較的標高の高い山の中腹にあった。
 まだ霧が立ち込める早朝、いつものように野菜を麓の町へ運ぶため村を出発した男たち。
 標高のせいか野菜は大きく育たないが、凝縮されたような旨味は評判で高値で取引してもらえるのだ。
 見送る家族。
 彼らが帰ってくるときには、荷台に子供や妻への土産。肉や魚などの生鮮食品がどっさりと積まれてくる。子供たちはそれらを期待して大きく手を振った。
 だが――男たちは日が落ちても戻らなかった。
 翌朝。
 村に残っていた青年が様子を見てくるといって出かけたが、彼も戻っては来なかった。
 村から町への道はひとつしかない。何が起きたのか調べたい気持ちはあったが、恐怖がそれを凌駕した。助けを呼びに行くことも出来ない村人は、ひたすら祈る。
「誰かこの異変に気づいて」
 と――。

 運搬の仕事を終えたレイ・ランカンは、相棒の玉紅の背で秋の空を堪能していた。予定よりも早く納品できたことを客に喜ばれ、それがさらにレイの心を浮き立たせていた。
「玉紅、少し降下してくれないか」
 何気なく見下ろした山中に小さな村が見えたのだが、様子がおかしい。
 畑と思われる場所に複数の人、それも女性や子供、老人ばかりが出て、こちらへ向かって両手を振っているのだ。
 龍に乗っていると、よく子供たちに手を振られたりはするが、今回ばかりは趣が違う。必死に何かを叫んでもいた。
 玉紅はレイの言葉に従い、出来うる限り降下した。
 その村には玉紅が着陸できるような広場はなく、低空で旋回するしかない。
 レイの耳に、小さく「助けて」と聞こえた。誰もがそう叫んでいた。
 さらに低空旋回したレイは、
「陸路から行く!」
 そう叫ぶと一気に上昇し、村から離れた。
 速度を上げ、山を下り、龍の繋留地がある麓の町へ到着したレイは玉紅を預けると、先ほどの村への道程を教わり、全力疾走で向かった。
 それから遅れること数時間。
 ギルドから派遣された開拓者たちが町に到着した。



■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
空音(ia3513
18歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
浄巌(ib4173
29歳・男・吟
シルビア・ランツォーネ(ib4445
17歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

 麓の街に到着した際に聞かされた、血相を変えて山村へと走った仮面の少年を思い浮かべながら、
「たく、どっかぁの突っ走ったやつがぁいるみたいだぁが、‥‥俺達も遅れねぇようにいそがねぇとな」
 犬神・彼方(ia0218)は、息を切らすことなく砂利が混じる山道を駆けながら呟いた。
 僧姿の浄厳(ib4173)が、
「童が一人先に行ったか はてさて往く先どう転ぶかや」
 動かぬように指で摘む深編笠の中でくつくつと笑った。
「まったく、世話の焼ける男ね」
 シルビア・ランツォーネ(ib4445)はあきれ果てた口ぶりだが、心配の裏返しらしく、その声音に剣呑としたものは含まれていない。
 先を走る彼らから僅かに遅れて走る、息も少々乱れ気味の空音(ia3513)が前方に見える山を指差し、
「きっとまだ生存者がいる筈です。急ぎましょう」と言うや、大きく息を吸って速度を上げた。

 わき道ひとつなく、目指す山村への経路は確かに一本しかなかった。回収できた少ない情報に中でもっとも怪しい箇所、トンネルが口を開けていた。
「襲われ易そうな場所…。となるとこのトンネルが怪しいわね。ふふん、どうよあたしの名推理?」
 得意げなシルビアだったが、周りからは、「‥‥え」といった今更感満載の空気が帰ってくる。
 笑顔だが無言の空音は、そんな少女騎士を放置したまま瘴索結界でトンネル内を索敵。効果範囲内にアヤカシらしい姿は発見できなかった。
「事情が知れねえ以上火急だな」
「それでは偵察行動に移ります」
 崔(ia0015)と菊池志郎(ia5584)は互いの顔を見合わせ、こくりと頷く。同時に矩形の中へと飛び込んだ。
 二人へ神楽舞「防」をかけた空音は、両手を胸で組むと駆ける二つの背を見つめた。
 捕らわれた者がいる可能性を鑑み、偵察組がアヤカシを発見し次第、誘き出し作戦へ移行することは道中での決定事項だった。
 残った開拓者達は、迎撃に備え待機する。

 外の明かりが届く内は良かったが、さすがに奥へ向かうにつれて暗くなると、二人は松明に火を点けた。
 崔はトンネル内を移動中、村人の痕跡がないか、特に真新しさに注意しながら進んだ。少し前を行く志郎は、暗視を使用して念入りに周囲を偵察する。
 更に奥へ行くと、周囲の空気が変わった。崔が背拳で死角をフォローする。敵の形状や性質がわからない以上、警戒を怠るわけにはいかない。
「崔さん、これ」
 志郎が松明で壁を照らした。そこには真っ白な糸が等間隔で編みこまれていた。見覚えのあるそれを凝視した後、次に崔は天井を照らした。そこにもびっしりと糸が張られている。
「ここは巣なんだな」
 トンネル内はすでにアヤカシに占拠されているようだった。
 仮面の少年が先行して巣へ突入したのはわかったが、その安否を気遣っても闇雲に奥へ向かう事はしない。
 彼が奥で戦闘中ならば、そして捕らわれているだろう人々からアヤカシを引き離す為にも外へ誘き出す策が最善だ。
 当初からの作戦に何ら変更はない。
 巣を作る蜘蛛の大半がそうであるように、糸の振動でエモノがかかったこと知る特性を生かし、二人は糸へ指を伸ばした――その時だった。
 奥から叫び声と共に駆けてくるレイ・ランカンを発見した。声をかけようと口を開けた二人だったが、すぐに絶句する。
 レイは、身の丈2mは軽く越すであろう女郎蜘蛛を連れ立っていたのである。
「おのれ我をたばかったなぁ」
 身体に絡まっている糸を剥ぎ取りながら叫ぶレイは、崔と志郎に気づくや、
「気をつけろ! あれは捕らわれた女性ではなくアヤカシだ!」
 緊迫した中にありながら二人は妙に冷静になると、アヤカシの人型部分を見て被害者と間違えたのかと失笑した。
(以前依頼でご一緒した時にはこんな慌しい人だとは思わなかったのですが)
 志郎は眉を寄せて首を傾がせた。
 エサがさらに2匹増えたと喜んだアヤカシは、スピードを上げて三人に迫る。その表情たるや濡れ髪の夜叉の如く。
「どぅわあぁぁっ」
 崔とレイは瞬脚で、志郎は早駆で入り口へと全力で駆けた。

 初めは小さな揺れが次第に大きくなり、明らかな地響きとなってトンネルの外で待機していた開拓者達の足元を襲った。
「くぅるねぇ」
 斥候二人と違い、外の彼らにはアヤカシの正体は不明のままだ。ぞわりとした緊張が背筋を走る。
 構えろ、という怒声が響く中、トンネルから影が飛び出してきた。志郎、崔、そして仮面の少年レイである。
 表の明るさに目を瞬かせていた三人だが、すでに陣形を取って構えている仲間を確認すると、崔が素早く入り口脇へと身を隠し、挟撃に備えた。志郎はその対角へと位置取りをする。勢い余ったレイは一旦飛び出したがすぐに転回。攻撃体勢へ移った。
 地響きは更に大きくなる――が、開拓者の気迫に気づいたのか。危険を察知したアヤカシは、入り口付近までやって来たもののそこで踏みとどまった。開拓者達は息を殺して敵の出方を窺う。ヤツのテリトリーへ飛び込んで戦闘にもつれ込むのは得策ではないのだ。
 自らの土俵へ誘うつもりか、果ては逃げか。アヤカシは奥へ戻ろうと移動を始めた。すかさず犬神が咆哮し、敵をこちらへと誘う。轟く雄叫びに、アヤカシはまんまとその巨躯を日の元に晒す事になった。
 びっしりと細かな毛を生やした長い足が、トンネル入り口の壁をなぞるように伸びてくる。美女を丸い腹の上に乗せた女郎蜘蛛が姿を現した。
「ふわ‥‥大きな蜘蛛です‥‥気持ち悪い‥‥」
 顔を引き攣らせて空音が呟いた。
「無鉄砲はよしてくれよ?」
 視線を敵から外すことなく、相手もわからず単独で飛び出したレイに緋桜丸(ia0026)は注意を促した。凝視したまま、ゆっくりと蜂針の弓を構える。射線から仲間の姿が外れると、直閃絡めての一矢を撃つ。
 足先に突き刺さった矢は、蜘蛛を地面へ縫い止めた。ぎゃあぎゃあと喚きながら、巣の中へ戻ろうと蜘蛛はもがいた。どうにもここでは分が悪いらしい。
「非業悲憤の魂よ」
 浄厳は背に人魂を張りつけさせ、周囲への警戒を強化させる。対アヤカシだけでも厄介であるのに、そこへ山のケモノなどが介入されては面倒だ。人魂とは別に笠の中から己の目も光らせる。
「げっ、こっちの儀にもアラクネっていたのね…こいつ生理的に苦手…」 
 大きく舌を出した後、駆け出して蜘蛛の腹目掛けてスマッシュを打ち込むシルビア。デカいだけあって打ち応えがある。
 足を地面へ止められ、その上、腹に一撃を喰らった女郎蜘蛛が反撃に出た。片方の前足をマルカ・アルフォレスタ(ib4596)へ突き下ろす。鈍く光る爪先へ刀身をすり合わせ、自身の身体を回転させながらアヤカシの攻撃を払い上げたマルカ。
「これは命奪われた方々の怒りの刃ですわ!」 
 炎の幻影に彼女の姿が揺らめく。
「アルフォレスタの銘と誇りにかけて罪無き民を苦しめるアヤカシを成敗いたします!」
「我も同じだ。同士よ」と親指を立てるレイだが、周囲からは「だからって先走るんじゃねーよ」の声やオーラが飛び交う。
「お前に退路なんかないってことを教えてやるかな」
 瞬脚で蜘蛛の背後へ回り込む崔。蜘蛛女の目がぎろりと睨むが崔は不敵に笑うだけ。そこへレイの疾風脚が入る。ぐぼっと黄色い吐瀉物を撒き散らして、耳障りな声を上げるアヤカシ。
 苦痛と怒りで半身を縦横にくねらせるアヤカシの隙を突き、志郎が瞬時に懐へ飛び込んだ。低く構え、見上げた先には紛らわしい程によく出来た女の豊満な谷間がある。焼きつけるように凝視する先――心臓めがけて素早く跳躍し、忍刀「暁」の薄い刀身を刺し込んだ。溢れ出す瘴気に前衛組が顔を歪ませた。
 更に怒るアヤカシは糸を吐き、シルビア、マルカ、犬神を襲う。犬神は難なくかわすがシルビア、マルカは糸の粘膜に捕らわれてしまった。
 追ってくる糸をかわしつつ、霊青打で十字槍「人間無骨」をふるう犬神の穂先はシルビアを拘束する糸を掠めるが、完全に斬りさばく事はできなかった。
 緋桜丸が、捕らわれたもう一人――マルカ救出に矢を放つ。守るべき「お嬢さん」に傷ひとつ付けぬよう細心の注意を払った一矢は、紛うことなくマルカを吊るす太縄の糸を射抜いた。ぶつんという音と共に落下し、地面へ叩きつけられたマルカへ、空音がすかさず神風恩寵を唱える。
「お礼を言いますわ」
 震える声で礼を言うマルカに、空音がニコリと笑顔で返した。
「瞳を逸らせば烏がその目を掠め取る」
 浄厳が眼突鴉を詠唱。召喚された鴉は、女の漆のように黒い目へと嘴を差し込み、眼球を取り出すとギャアと一鳴きした。浄厳の目潰しは効果が高く、アヤカシはもはや巣へ戻ることも自らの命を狩る者達の姿を確認することもできなくなった。
「あんた如きの糸なんかに負けてたまるもんですくぁぁ!」
 糸ごとトンネル横の壁へと張りつけられたシルビアは、ギリギリと歯軋りしながら力技で糸を引き千切り、自力で脱出、着地したものの精を吸い取られていて膝をつく。その悔しさで更にギリリと歯軋りする。
「お返しですわ!」
 マルカが渾身の一撃を打ち下ろす。
 両目を失い、敵をも見失った女郎蜘蛛は闇雲に鋏角を振り回し、それでも足らぬとばかりに歩脚までも使い蹴り上げてきた。
 大振りだが当たれば最悪の結果も有り得る。
 アヤカシの意識が後方にないことを確認した崔は、瞬脚で反撃の隙を与えないよう縦横に駆け回り、蜘蛛の足を龍札で捌いて距離を測った。揺れる前髪の下で緑の瞳が細められる。集中させた気を鋼拳鎧に乗せて渾身の打撃を腹部へ打ち込んだ。
 地面へめり込むようにして倒れこむアヤカシへ、レイの拳も叩き込まれる。
 間髪入れずに志郎も影を発動させ、急所をさらに狙った。
 しぶとい女郎蜘蛛は、更に粘力の強い糸を吐き出して抵抗する。今度の糸は白ではなく、青とも紫ともつかない不気味な毒々しい色味をしていた。厄介なのは、標的を定めずにやたらに吐き出すところである。先が読めない攻撃は回避も難しい。
「これぇで、一発をかくじつぅに当てぇて仕留めぇてやぁるか」
 陣羽織の裾をはためかせて、犬神が呪縛符を詠唱してアヤカシを拘束するた。
 押さえ込まれた感覚から逃れようと、ゾワゾワと足を蠢かす女郎蜘蛛に、
「おい、逃げんなよ? 楽しみはこれからだぜ」 
 緋桜丸が咆える。
 砂流無の杖をぎゅっと握り締め、緊張の面持ちで音がみつめる中、
「欲望業に覆われた 深き息吹は刃に変わる」
 浄厳の詠唱が読経のように響き渡り、現れたカマイタチが蜘蛛の全身を上へ下へと斬り刻んでいく。
 憎い眼前の敵へ、神々しいまでの山吹色を纏ったシルビアが、焔を振りかぶり大きく飛び上がる。
「アヤカシのくせに何よその胸ぇぇっ!」
 続いてマルカも跳躍した。
「成敗ですわ!」
 着地したマルカがシルビアを見ると、
「別に気になんかしてないんだからね」
 そっぽを向いて口を尖らせていた。

 レイが見たという村人捜索の為に、一向はトンネルの内へと走った。
 数名の生存者を発見したが、残念ながら半数はすでに絶命していた。食われてしまっていた者もいれば、糸の重圧に負けて命を落とした者もいる。
 浄厳が斬撃符で糸を切り払う。
「生きる者が居るならば、生かして見せようこの腕」
 呟きながら次々に村人を解放していく。
 その脇では生存者の救護に懸命の空音と、軽傷の村人の治療に奔走する志郎とマルカの姿があった。
 彼らが引いていたと思われる荷車の補修を終えた緋桜丸や崔が、重傷者から順に乗せていく。
 戦闘後の登坂はキツかったが、彼らを早く家族に会わせてやりたい一心で開拓者達は山道を登った。

 村に到着したのは午後を大きく回ってからのことだった。
 ケモノ避けらしい柵の向こうから、開拓者達をみつけた村人の一人が駆け寄ってくる。荷車の男の中に親族がいたのか、縋りついて泣いていた。
 その声が人を呼び、わらわらと集まってくる。
 ようやく村内へ男達を運び終えた開拓者達は、状況説明の為に長老の元を訪れた。
「すでに危険は解除済みですから、安心してください」
 崔が老人の横へ腰を下ろし、耳に顔を近づけて話した。老人は大きく深く、何度も頷いて、涙を流した。それは失った者への哀傷かもしれないが、生還した者への喜びの涙かもしれない。
 崔と同様に状況説明していたシルビアも、夫や息子を亡くした妻や両親には喉を詰まらせ、俯いてしまう場面もあった。
 犬神が、村で一番の年寄りの傍で煙管を吹かしている。大所帯を抱える一家の頭の顔を持つ彼女にも、身内を失う辛さは深く理解できた。
 村の中心から少し外れた傾斜の緩やかな場所で、埋葬は行われていた。男手がずいぶん減っているから、開拓者が代わりに鍬を手に穴を掘っている。それに混じり、巫女服を泥まみれにさせながら遺体の埋葬を手伝う空音に、身内を失った女や老婦は繰り返し礼を言っていた。
 暗くなる前に下山しようと、一行は村のもてなしを丁重に断ると村を後にした。
「今後は思慮深く行動することを誓おう」
 アヤカシに捕らわれかけ、エサにされそうだったレイはさすがに肝を冷やしたらしい。仮面の上からでもその落ち込みようは見て取れた。
「本当にそうしてくださいね」
 常に笑顔でいるはずの志郎が、心配そうに眉を潜めて言った。
「あたし達はお世話係じゃないんだからね」
 対してシルビアはツンと顔を背けて言い放つ。
 両極端な二人の言葉に、
「志郎殿、シルビア殿はもちろんのこと。皆の危機にはかならずや馳せ参じよう。‥‥この世にアヤカシがはびこる限り」
 しん、とする開拓者一同。
 森の中で、けして浄厳が召喚した鴉ではない一般のカラスが、気の抜けた声で「カア」と鳴いていた。
 平穏が戻った夕暮れ近く。犬神の吐き出した煙管の白煙が、ぷかりと茜色の空へと昇っていった。