【秋市】鍋の中味
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/05 21:43



■オープニング本文

 武天の都、比隅で毎年秋に行われる市がある。
 野趣祭だ。
 聞けば、店を構えていない者でも寄り合いから木札をもらいさえすれ屋台を出すことが可能なのだということで。
「ここはひと稼ぎでしょう!」
 黒羽夜那は襷掛けをしながら、んふふと妖しげな含み笑いの後、こう叫んだ。
 家は剣術道場だが、ほとんど無償で行っているためにいつも米びつは底が見えている状態なのである。
「美味いめし出せば懐もぬっくぬくってモンだもんな。そしたら俺にもなんかご馳走してくれよ、な!」
 同じく襷掛け‥‥とは少々趣が違う紐を背中から回しているのは百瀬光成。この黒羽道場の師範であり、居候だ。
 その背にいるのは、チョロチョロされては危なっかしい三歳児。光成の幼馴染である秋月刑部から、しばらく預かってくれと頼まれた道明寺本家の若殿だった。
 なにも背負わなくても、と光成は抗議したが、
「アンタは少し鍛えなさいよ。食っちゃ寝ばかりしてないで」
 と一蹴。光成が口で夜那に勝てるわけもなく、今に至るというわけだ。

 子連れが評判、夜那の味付けも評判で、用意していた材料はすべて午前中の早い段階で使い果たしてしまった。
 眉を潜めてうなる夜那。ちらりと横目で光成を見る。
(「この男に金を預けて買い物に行かせるのは、かーなーり不安だけど。店を任せるのはもっと不安よね。仕方ない。ここは一応、オトナとしての良識と判断を信じて」)
「光成」
「なんだ?」
「材料がないわよね」
「すっからかんだな」
「買ってきてよ」
「おう、いいぞ。金くれ」
「‥‥」
 この即答が恐ろしい。
 だが、そうも言っていられない。一番の稼ぎ時の昼までに材料をあらかた揃えたい夜那は覚悟を決めた。
 袂から出した巾着を光成へ差し出す。
「材料は見てるから覚えているわよね、もちろん」
「バカにすんな。子供じゃねーんだから」
「じゃあ、任せたからね」
 おう! そう言って光成は一乃介を背負ったまま、ごった返す人ごみの中へと消えた。

 勢いよく駆け出したはいいが、光成は途方に暮れていた。
 夜那が準備した材料はみな記憶していたが、それらがすべて揃わないのだ。
 唸っても、頭をひねっても良案は浮かばない。
 そこで光成はふと気づいた。
 噛めばみな同じだということに。要するに――
「食えりゃいいんじゃねえか?」
 名案とばかりににこやかな顔で両手を打った光成は、さっそく材料を集めに山へ入ったのだった。



■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
氏池 鳩子(ia0641
19歳・女・泰
東 千重朗(ia0707
43歳・男・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
すずり(ia5340
17歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
凶 猛(ib4381
25歳・男・騎


■リプレイ本文

 空は快晴だった。心地いい秋風に吹かれながら、一軒の屋台の前に一人の男が立つ。
「へぇ、屋台か。丁度腹も減ってきたし、今日はここで食うかな」
 風になびく暖簾に手をかけ、くぐるのは風雅哲心(ia0135)。
「いらっしゃいませ!」
 威勢のいい声に目をやると、子供を背負った若い男と、女性と呼ぶには少し幼さを残す少女が一人。
 卓の奥へ移動し、腰を下ろすと一番美味いものをと注文する。
 差し出されたのは蓋付きの椀で、訊ねると、普段は剣術道場をしているという。
 まず一口目。料理人ではないと聞いていたので、さほど期待はしていなかったが存外に美味い。
「‥‥お、こいつは中々‥‥」
 小さく感嘆の声を漏らすと、後は一気に流し込む。
「これはまさか、葛のつる芽か? だとしたら汁に入れるのはいただけないな」
 哲心には料理の心得がある。葛のつる芽なら、天ぷらかおひたしが美味いぞと教えると、男の方は理解できなかったが、少女は手を打って納得した。すぐ横で男が「イテッ」と痛がったが、まさか少女の踵が彼の足の甲を踏みつけているとは気づかない。
「ごめんよ!」
 威勢のいい声が屋台に響いた。氏池鳩子(ia0641)だった。
 店の前を通りかかったところで夜那の屋台に気づき、顔を覗かせたというわけだ。
「夜那も屋台を出していたんだね。表で声を聞いて入ったんだ。夜那の飯は美味いから楽しみだよ」
「ああ、美味かったぜ」
 先客の哲心が太鼓判を押す。鳩子はさらに期待を膨らませた。
 哲心の横へ腰を下ろし、出された碗を受け取るやすぐに蓋を取った。昆布と鰹の出汁の香りがいい。鳩子はくんくんと匂いを嗅ぎ、嬉しそうに笑う。
 俺も手伝ったんだぜ、という光成の言葉は一瞬鳩子を真顔にさせた。
「百瀬に手伝わせて大丈夫なのか?」
 つい口に出てしまったが、出汁の香りに負けて箸を進める。
 何かの葉らしきものをみつけ口に含む。奇妙な舌触りに、鳩子は怪訝な顔のまま咀嚼を始めた。
「!」
 突如目を見開いた鳩子だったが、苦悶の表情を湛えつつ、
「う、汁は‥‥いい‥‥な」
 どうにか褒め言葉を搾り出す。別の葉付き茎を口へ。これがトドメだったらしく、鳩子はがくりと項垂れた。
 横から哲心が碗を覗き込み、食材を確認する。
「食用だが、相当クセのある食材をえらんだものだな。独特の酸味とぬめりは好む者を選ぶ」
「シルハウマイナー」
 卓に突っ伏し、目を明後日の方へと向けながら、鳩子は抑揚のない声で呟いた。

 自らが足を踏み入れようとしている屋台の中で、そのような惨事が起こっていようとは露知らず。
「何かおいしそうな匂いがする‥‥」
 出汁のいい匂いに誘われて、そよぎ(ia9210)は夜那の屋台を訪れた。
 卓に突っ伏した緋色の髪の女性を横目で見つつ、反対側の奥へと移動した。
「お兄さん、お鍋の中身は何が入っているの?」
 そよぎの問いに光成は笑顔で応えた。屈託のない笑みはそよぎの中から疑念の感情をすっかり奪い去り、それじゃあ、と出された碗の蓋を瞳を輝かせて取った。
 初めに汁を一口啜る。
「美味しい」
 呟いて具に移った。舞茸や椎茸などきのこ類が中心で、地鶏の歯ごたえのある食感も堪らない。
「その辺の料理屋さんよりずっと味がいいと思う」
 批評家というわけではないが、美味い不味いははっきり言うそよぎ。
「あれ? なんかまだ具が残ってる。なんだろう」
 道端でよく見かける形状のそれを箸で摘み、ぽいと口に放り込んだ。
「ちょっ! これ」
「うん。ねこじゃらし。可愛いから入れてみたんだ」と光成はなぜか得意げ。
 そよぎの口中はワサワサした感触でいっぱいである。
「アホかー!」
 持っていた扇子を振り上げ、光成の頬目掛けて打ち抜いた。バチンと爆ぜるような音が屋台に響き渡る。
 客に出した汁の具に、そんなものを入れていたのかと夜那からも制裁を喰らう光成。
「何で?! 入れただけだし」
「言い訳無用っ」
「おぶっ」
 反論にさえなっていない光成に、容赦ないそよぎの扇子チョップは再度炸裂した。
 そんな様子を端から眺める哲心。衝撃的な屋台に入ったものだと苦笑いしている。汁物でアドバイスできればと、腰を落ち着かせることにした。

 やけに賑やかな屋台をみつけた東千重朗(ia0707)は中を覗いた。
 気風のいい女将と子供を背負った旦那がなにやら口げんかをしているが、美味ければ関係のない話である。小奇麗で小ぢんまりした屋台と百文という手頃な値段も気に入った。旦那の頬が腫れているのは少々気にかかったが、まあいいと東は思った。
 注文を終えた東は火種を発動させ、煙管に火を点ける。煙が他の客の迷惑にならぬようにと風下の席を選んだ。
「お待ちっ」
 威勢のいい声で差し出された碗を手に取る。
 蓋を開けると出汁のいい香りが立ち上り、腹の虫は堪えきれずうるさく鳴き始めた。まあ待て、とは誰に対しての言なのか疑問だが、東は小さく呟いて口をつける。
 先客たちに注目を置かれているのは不思議だったが、構わず具の一つを口へ放り込む。もぐもぐと咀嚼し、素晴らしい味を堪能‥‥堪能? 東は瞼を閉じて、今しがた口に入れた具が何かと想像を巡らせたが答えは出なかった。
 確か葉の形はセリだったのだが、どうも違うらしい。
「‥‥うっ」
 みぞおちが急に差し込んできた。さしもの東も脂汗が噴き出してくる。
「喉に詰まったのか?」
 慌てて差し出された湯飲みを受け取ると、東は一気に飲み干した。
「‥‥にがっっ!!」
 飲んだ茶のあまりの苦さに、東千重朗四十三歳。喉を反らして後方へと吹っ飛んだ。
「この茶ってそんなに苦いのか。すげーな」
 光成は反省どころか感心しきりの様子。
(「セリの葉に似ていたのか。‥‥なるほどそいつぁ拙いものを出したもんだ」)
 哲心は、必死の形相で自らに神風恩寵をかけている男をみつめ、苦笑した。
「やっぱり百瀬さんでしたか。今日はお祭のお手伝いですか?」
 暖簾がふわりと舞い、青年の爽やかな声が飛び込んできた。
「志郎じゃねーか。祭っていうか、屋台の手伝い? もう俺がいなきゃ話になんなくてよ」
「それは大変ですね」
 惨状を知らない菊池志郎(ia5584)は、光成の労を労った。先客たち、特に被害を被った鳩子や東、毒こそ混じってはいなかったもののネコジャラシを食べさせられたそよぎは、ギロリと光成を睨みつけている。
 志郎は、そんな彼らを不思議に思いながら席に着いた。
 よくこの屋台に俺がいるってわかったな、と言われ、
「百瀬さんの叫び声が聞こえたもので――なんで叫んでいたんですか?」
 それはそよぎの扇子チョップを喰らっていたから、とは言えず、ゴホンと光成は白々しい咳払いで誤魔化した。
 光成が汁を碗に注ぐ為、志郎から離れた時である。鳩子の治癒を終えた東が隣の椅子へ腰掛け、いきなり具を口にしてはいかんと忠告した。
 毒牙にかかりやすそうな風体の志郎だからこその助言だった。
「百瀬さんとは色々お話しもしたいので‥‥ご心配いただきありがとうございます‥‥??」
 忠告の意味はわからなかったが、自分を案じての事だというのは確かなので、志郎は素直に謝辞を述べる。
 お待たせ、と光成の声がして顔を向けると、漆塗りの碗がずいと目の前に現れた。受け取り、さっそく頂く。
「美味しそう‥‥おや? これはいったい」
 イチョウ切り大根に人参、地鶏。ここまでは普通である。その中に混じって、何やら蔓らしきものが入っていた。
「よくわからないものが入っている気がするけれど、食べ物を出す屋台で食べられないものを出すはずがありませんからね」
 蔓を箸で摘み、勇気を出してパクリ。周囲の皆が固唾を飲んで見守っている。
「あ、意外にイケます。これ少し甘みがあって‥‥美味しいです」
「よかったな。アンタ、当たりを引いたんだ。運がいい」
 東は目じりに涙を浮かべると、何度も「よかったなぁ」と言いながら志郎の肩を叩いた。
 食材に興味がある哲心がやって来て確認する。甘みが特徴の、きちんとした食材であるということを口にすると、
「へー」
 光成が目を剥いて感心していた。すかさず、そよぎの扇子が光成の右頬を派手に引っ叩いた。
 目の前で、不細工な顔に変化した光成を驚いた顔でみつめる志郎だったが、その背中で一乃介が大喜びしているのでさして心配はしなかった。

 ヘビが出るか蛇がでるか。知らぬ御仁が又ひとり。
「いろいろ見て回っているうちにもう昼か、腹も減ってきたな。せっかくの祭だ。屋台で腹ごしらえでもするか」
 グゥと鳴る腹を押さえ、ちょうど目に留まった屋台へ足を向けた凶猛(ib4381)。
 まだ見て回る予定なので、食事は軽く済ませようと思っている。
 屋台の中は少人数ながら賑わっているように見えた。
 凶は軽く周囲を見渡した後、席に着いた。すかさず蓋付きの碗が出される。漆塗りのそれはなかなかの出来で、
「屋台にしては凝った器だな」
 一見客の凶が、夜那や光成を知るはずもなく、まして二人が剣術道場の道場主と師範代などとわかろうはずもない。
 これからの予定もあり、凶は蓋を取ると急くように箸を運んだ。汁は最後に具を飲み干すために取っておき、まずは妙にどっさり入っている大根と地鶏を頬張る。
(「全体的に茶色い印象を受ける汁物だな」)
 ちらりとそんなことを思ったが、構わず食べる。
「しまった。彩りにコレを入れンの忘れてた。ほいよっ」
 とつぜん菜箸が現れて、真っ赤な実がコロコロッと碗の中へ投入された。
「それはすまないな」
 心の中を見透かされたかと思って驚きはしたが、凶はおくびにも出さず、赤い実を口へ放り込んだ。
 二、三回ほど軽く咀嚼する。これはなんの味だ? としかめっ面になる凶。これまで経験したことのない味を、確かめるようにまた噛み始めたのだが――
 ごくりと一気に飲み下し、
「いったい何を使っているんだ。自分で食べてみたらどうだ」
 碗を突き返しながら文句を言う。声を荒げないのは騎士としての品格が疑われるからだが、一瞬それすらも忘却してしまいそうなほどの拙さなのは確かだった。
「口直しでもするか」
 周囲にもそれとわかるほどの不機嫌さを表情に浮かべ、凶が席を立つと、屋台の裏から夜那がすっ飛んできて、
「申し訳ございません。お口直しにこれを」
 深々と頭を下げた後、湯飲みを差し出した。
 汁は拙くても茶ぐらいは普通だろうと、凶はなにも疑わずにそれを飲み干した。
 瞬間――
 指先の色が変わるくらいに湯飲みを握り締め、何かを必死に堪えている。いっそ吐き出せたら楽になるのだろうが、それはさすがに礼を欠く。眉間に皺を深く刻み込んだまま店を出た。
 そよぎが急いで凶の後を追う。彼が飲んだのは苦いだけの茶だから問題はないが、食した赤い実が良くなかった。料理に長けている哲心は食える食えないの食材を熟知しており、あれは腹を下す成分があると教えてくれたのだ。
 店を出ると、蹲っている凶をみつけ、すぐに解毒した。
「気を使わせたな。すまなかった」
 うっすらと汗を額に滲ませてはいたが、顔色は戻っていた。わざわざ心配して来てくれたそよぎに礼を言うと、凶はごった返す人波の中へ消えていった。
 それと入れ替わるようにして屋台へ入ってきた巫女姿の少女、礼野真夢紀(ia1144)。
 誰かに文をしたためるつもりなのか、小さな文箱を取り出し、卓に置くと筆を走らせ始めた。
「姉様、ちぃ姉様‥‥」
 ことり、と碗が置かれたことに気づくと、ぱっと華やいだ表情を光成に向けた。頬を腫らした光成も笑みで応える。
 筆を置き、蓋を開ける。まずはお汁から、と一口。
「おつゆは‥‥うん美味しい」
 次は、と期待に胸を膨らませた真夢紀が具のひとつを箸で摘んで怪訝な顔をした。
「‥‥あの。ここ、食べる所じゃないですの? 闇鍋ですか?」
 箸を突き出すのは行儀が悪いので、碗を差し出して件の具を指した。
 未だ頬の腫れが引かない光成は首を傾げ、どこか変か? といった抜けた表情で真夢紀を見つめ返す。
「おつゆ美味しいのに‥‥あの、予備の割烹着とかありませんか?」
 幼いながらも食にはこだわりがあるのか、真夢紀は席を立つと鍋の作り直しを提案した。
「じゃあ、俺も手伝うよ」
 手を挙げたのは事の成り行きを初めから見ていた哲心である。夜那は、光成に任せたことを激しく後悔して、二人に屋台の裏へ来てもらうことにした。
 拗ねる光成に、誰も慰めの言葉はかけない。特に鳩子は。
 そこへ――
「ヤッホー! 一乃介君の様子を見に来たんだけど、折角だし、食べて行こうかな」
 食べ物屋でしょ? と言いながら賑やかに入ってきたのはすずり(ia5340)だった。
 食べ物屋と聞いて、席に着いていた四人は複雑な面持ちになる。
「光成さんて良い所のお坊ちゃんなのに、何だか色々適当な感じだし。一乃介君の面倒、ちゃんと見てるか心配だよ」
「ちゃんと見てるし」
 不服そうに口を尖らせる光成は、扇子チョップの衝撃から回復できてなく腫れたままだったから、
「拗ねてるの?」とすずり。
「拗ねてねぇ」
「腫れてるの?」
「腫れてるの」
「‥‥ぷっ」
 右手で口元を押さえ、目を細めてすずりは吹き出した。
「お待たせしました」
 声が三つ重なり、すずりは顔を上げて首を傾げた。黒羽道場の新しい門下生かとも思ったが、周りの様子から判断して光成がなにかしでかしての結果なのだろうとすずりは理解した。
「少々問題がありまして、具材は新しいものですけど、おつゆは夜那さん手ずからのままです」
 にこやかに真夢紀が言う。
 詳細を隣席の東から聞き、妙に納得したすずりは、それならば安心とばかりに箸を進めた。
 面倒ばかり起こして、と思ったすずりは、
「ちゃんと捕まえておかないと、他の人に盗られちゃうよ?」
 すかさず夜那が反論する。
「すずりちゃんこそ、こんなので良ければ婿にどう?」
 すずりは笑顔のまま顔を強張らせた。

 哲心と真夢紀のおかげでこれ以上の被害は出なかったものの、光成は志郎からこんこんと説教を喰らう羽目になった。いつも怒鳴り散らされている光成には、意外とこのテの小言がよく効く。
 しゅんと項垂れた光成は、深々と土下座した。その背中で、やはり一乃介はきゃっきゃとはしゃいでいる。
「まあ、一度君も体験してみるといい」
 東は隠し持っていた自身の残り汁を光成に強引に飲ませた。
 すさまじい味に目を白黒させている光成に、東のトドメの一言が投げかけられた。
「その食材は惚れ薬にも使われているものだ」
 もちろんハッタリだが光成には十分である。冗談だ、と肩を叩いた時には、
「俺はこの四十男に惚れるのか?!」
 不安でいっぱいの光成に、じいっと凝視され、自身も脂汗が滲む東だった。