君だけだよ
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/07 20:26



■オープニング本文

 ウリ坊との別れに傷心のレイ・ランカンは、ゆったりと白い雲が流れる空を見上げていた。その中を、優雅に飛ぶ龍、小気味良く滑空する龍と、平和を楽しむ開拓者とそのパートナーの姿があった。
 恨めしげな表情で龍を目で追う。
 ウリ坊が立派な大人イノシシになったら、地を駆ける友になれたかもしれないのに。レイは瞼を閉じて、イノシシの背に跨る己の姿を想像した。――なかなか様になっているぞ。
 だがウリ坊は去ってしまった。はふん、と溜息を吐いて再度空を見る。編隊を組んで飛行していく龍の一群を見て、レイは、はたと自分の“空の相棒”を思い出した。
「‥‥うむ。こういう時こそ、空を飛ぶに限る」
 上空はきっと身を切るような冷たさだろうが、へたれている今の自分にはちょうどいい。レイは、「よし!」と膝を叩き、くるりと方向転換する。
 ここは神楽の都のはずれ。小高い丘の上に佇んでいたへたれ虫は、転げるように坂を駆け下りた。目指す場所はもちろん――。
「待っていろっ。玉紅!!」
 レイの頭の中に、躰を摺り寄せて甘えてくる玉紅(ユゥホン)の愛らしい姿が浮かんでいた。

 繋留場でみつけた玉紅へさっそく駆け寄ったレイだったが、今は途方に暮れていた。周りにいた龍たちはそれぞれのパートナーと共に思い思いの場所へと移動して、親睦を深めていた。
「ど、どうした玉紅。我だぞ? レイだ。よもや忘れたわけではあるまいな?」
 ぎこちなく笑いながら、玉紅の顔を覗き込む。
「フンッ」
 顔面に鼻息を吹き付けられ、そっぽを向かれた。
「なにゆえ、そのように拗ねているんだ。誰かに苛められてでもいるのか? それとも‥‥我がしばらく会いに来なかったから、か?」
「‥‥キュッ」
 玉紅は瞼を閉じて小さく鳴いた。その大きな体躯に似合わない小鳥のような声に、レイが堪らず飛びついた。
「すまなかった! けして放っておいたわけではないのだ。けして他の者に心を奪われていたわけではないのだっ‥‥や、確かに少しばかり奪われかけてはいたが、――ウリ坊はまた別の可愛さがあってだな。あ、いや違うぞ、あれは鬼に捕まってあわやという場面に出くわしたのだから、けしてそのような浮かれた気持ちがあったわけでは‥‥」
 ジロリと相棒に睨まれ、
「わかった。我の気持ちを正直に言おう。我はウリ坊を欲していたのだ! ――うわ、玉紅っ。なにを」
 ゴッッ!!
 顎を頭に乗せられて潰されそうになっているレイ。
「玉紅、機嫌を直してくれぇ」
 こんな状態の一人と一匹(?)に親睦を深め合うことはできるのだろうか‥‥?



■参加者一覧
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
花流(ia1849
21歳・女・陰
紅蓮丸(ia5392
16歳・男・シ
玖守 真音(ia7117
17歳・男・志
千羽夜(ia7831
17歳・女・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志


■リプレイ本文

 繋留場は閑散としていた。空中散歩を楽しむ姿を仰ぎ見た後、繋留場内に目を向けると、思い思いに相棒と過ごす開拓者達がいた。
(「‥‥か、刀で爪を切っているのか? 素晴らしい技だな。腕を傷つける事無く寸分違わずに斬るとは‥‥双方の信頼関係があってこそ出来る技だな」)
 しみじみ思いながらレイ・ランカンがじっとみつめる先には、相棒疾風丸の爪切りと爪研ぎに至極の技を披露する花流(ia1849)の美姿があった。
 それに比べて我ときたら――玉紅を見遣る。彼女は未だそっぽを向いたきりだ。
「よっ、お久しぶり。様子見に来たよ。玉紅ははじめましてだね」
「江流殿」
 知った顔を見て、レイの表情が和らいだ。ウリ坊救出に力を貸してくれた海神江流(ia0800)だった。
「なんだか困っているようだけど?」
 言いながら、そっぽを向いている玉紅の頬に手を添えた。
 瞬間、レイの口が顎が外れそうになるほど開いた。
「何故だ‥‥我には触れさせてもくれぬのに」
 そして、よよよ‥‥と膝を付いた。
 
 真っ赤な髪を揺らし、鼻歌交じりにスキップを踏む紅蓮丸(ia5392)が目指すのは炎龍・紅灯雅の元。
「紅灯雅ぁ〜♪ また会いに来たでござるよ〜♪ って何でそこでそっぽを無くでござるかっ!」
 紅蓮丸もレイ同様に、相棒からそっぽを向かれていた。縋るように紅灯雅へ手を伸ばすと、突如ふわりと横風が吹き、紅蓮丸の半身がほぼ直角に曲がる。
「ぐはっ! 尻尾で叩くのはやめるでござるよっ! もしかして拙者が嫌いでござるか〜?」
 衝撃で噴出した赤い筋を鼻の下に垂らしながら、紅蓮丸は叫んだ。

 繋留場の端の方。スイヨスイヨ、と甲龍の黒焔と一緒に安らかな寝息を立てているのは天ヶ瀬焔騎(ia8250)。日陰は寒いが、日当たりのいい場所でゴロリと横になり、こうやって日光を浴びていればつい転寝してしまう。その安息の時間を破る声に、焔騎の瞼がゆっくりと持ち上がった。
 騒がしい方へ目を向ける。赤い髪の少年と仮面の少年が自分の相棒の傍らで、何か激しく訴えていた。その傍らでは、何だか楽しげな顔で傍観する青年がいた。
 焔騎は立ち上がり、相棒に優しく声を掛けて起こす。寝起きの黒焔は少しぼんやりとしながら、先を歩く主の後を負う為にのそりと起き上がった。
 3人と3頭の下へ行って事情を聞いてみれば、相棒との意志の疎通がうまく図れず途方に暮れているのだと言った。レイの事情に到っては、聞いた限りではほぼ彼の責任だろう。
「誠心誠意、行えば必ず仲直りできる。君も傷ついているのだろうが、玉紅も傷ついている事をお忘れなく」
 言って焔騎は黒焔に身体を摺り寄せた。グルルと低い声で鳴いた黒焔が、嬉しそうに口をパカンと開けた。
 はむっ。
 閉じられた相棒の口の中に、半分頭を収めた格好の焔騎。はみはみと黒焔に甘噛みされながら、
「ご機嫌だな、黒焔」
 焔騎は幸せそうに目を細めて微笑んだ。
 その様子をじっとみつめる一人の女開拓者がいた。レイがその美技に惚れ惚れしていた花流である。
(「あんなにしょげているレイさん‥‥らしくありません。なぁ疾風丸?」)
 問い掛けるように相棒へ顔を向けたが、
「‥‥」
 黙々と草を食む疾風丸は無反応だった。
「むぅ。知ったこっちゃないねぇというその態度は、い、か、が、な、ものでしょうかね」
 嫌味っぽく言ったつもりだが、それでも疾風丸は我関せずと草を食んでいた。
 諦めたように嘆息し、もう一度レイを見た。秦国で見た、生き生きと武芸を披露する彼の姿が花流の脳裏には浮かんでいた。目の前のレイとはまるで正反対の姿である。
 きっと事情があるのだろうと、花流も疾風丸を連れてレイ達の元へ向かった。
 同じことを考えた者が他にもいた。
「龍とはいえ女の子ほったらかしにしちゃ、そりゃ駄目だろ‥‥」
 齢13歳にして人生の先輩的立場を持つ玖守真音(ia7117)だ。
「女の子は一途に想ってくれなきゃダメなんだから! レイさん改造計画の始まりよ♪」
 人差し指をリズミカルに振りながら歩み寄ってきたのは、千羽夜(ia7831)。
「まずは美味しい果物でご機嫌回復作戦よ」
「くだ‥‥も、の?」
 玉紅の容赦ないシカトっぷりに、けっちょんけちょんに打ちのめされていたレイが顔を上げた。
「そう。この子達が美味しそうに食べてる所を見れば、玉紅も食べたくなる筈」
 軽くウィンクして見せて、掌に赤く熟した果物を乗せ碧維へ差し出せば、舌を伸ばした彼女が嬉々と飲み込む。
「よっ! お前が玉紅!? 俺は真音、こっちは夜芸速。な、お前もこれ食わない?」
 玖守は夜芸速と食べようと用意していた干し柿を、玉紅の前に突き出した。
 玉紅は、硝子玉のような瞳をくるくると動かして周囲を見渡した。自分の周りに、なぜこんなに人と龍が集まっているのか不思議でならないようだ。
 ゆっくりと頭を起こし、玖守が差し出している干し柿の匂いを嗅ぐ。
「これから皆で遊びに行くんだ。玉紅も一緒に遊ぼうぜ!」
「ギャウ」 
 相槌を打つように、また説得するような声で夜芸速が鳴いた。
 玉紅がちらりとレイを見る。許してもらえたと思ったレイが跳ねるように駆け寄るが‥‥まだまだ許さないんだからと言わんばかりに、玉紅は他の龍の後をついて歩いたのだった。

 繋留場近くの河川敷に移動したレイに課せられたのは――。
「朴念仁なレイさんに強制女心講座よ。希望者さんも聞いていってね♪」
 講師役の千羽夜は、こちらに背を向けて無関心を装っている江流へ声をかけた。
「私はアシスタントね」
 花流は少し緊張した面持ちで生徒達の前に立った。
 もちろん“生徒”とはレイと紅蓮丸、そして江流。
「長々と話したってきっと無理だから、重要な事だけを言うわね」
「はい!」
 相棒との関係を修復したいレイと紅蓮丸の返事はすこぶる良いもので、しかも正座でかぶりつきだった。
「ひとーつ!」
 高らかに声を張り上げた。
「女性は常に大好きな人の1番でありたい生き物なり! ふたーつ!」
 右腕を突き上げて上がるテンションそのままに叫ぶ。
「女性は愛の言葉を囁かれないと枯れてしまうので注意すべし! でも口先だけの“愛してる”に1文の価値もないわ」
 突き上げた拳をぐっと引き戻す様に、恋愛に対しての強い拘りを感じる。
「すまぬが、一つ質問してもいいだろうか」
「はい、そこの朴念仁1号くん」
「ぼくねん‥‥その、人間と龍とでは違うのではないか?」
「女心に種族の隔たりなしっ!」
 千羽夜と碧維は両目をくわっと見開いて、鼻息荒く言い切った。やはり龍とはいえ、乙女心に変わりはないということだろうか。
「おおいっ」
 辺りが急に暗くなるのと同時に頭上から焔騎の声が降ってきた。上空を黒焔が旋回している。
「ご注文の花を運んできたぜッ。黒焔、いけ!」
 頭に枯草や草の種をたくさんくっつけた焔騎が叫ぶ。その掛け声に応えて黒焔が口を大きく開けると、咥えていた花が一斉に地上を目指して落ちていく。甘噛み能力を最大限に生かし、咥えて運んできた秋桜は無傷だった。
「こんなにたくさん――天ヶ瀬殿ぉ! ありがとう!!」
 焔騎に花輪作りの材料を取ってきてもらうように頼んでいた花流は、上空で大きく旋回する甲龍に向けて両手を思いきり振る。青い空を背景に、黒い影からにゅっと腕が伸びてきて、ひらひらと振り返した。
 綿雪のように空から降る、白やピンクの花に感動を覚えながら拾い集めるレイと紅蓮丸。右往左往する2人と江流の姿もあった。
「江流殿」
「海神殿もでござるか」
 両手に花束のように秋桜を抱えながら、レイと紅蓮丸が声を掛けた。
「ほら、可憐な花が地に落ちて傷つくなんて悲しいじゃないか」
 と江流はニコリ。
 皆が必死で秋桜を拾い集めている間、玖守と夜芸速は河川敷より少し離れた上空を飛んでいた。
「夜芸速! 久々に空中ダイビングキャッチするか♪」
 ポンポンと相棒の首筋を叩く。
「ギャウ!」
 OK! といった具合に夜芸速が鳴くと、すかさず玖守は相棒の背に立ち上がった。両手を左右に開いて伸ばし、軽く飛び上がれば、足元にあったはずの相棒の躯はなく、地上へ向けて一直線に落下する玖守の小さな身体は弓術師が放った高速の矢のようである。
「来い、夜芸速!」
 速さを誇る駿龍が瞬く間に玖守の足元へ現れた。掬うように主を背に乗せて、夜芸速は得意げに、「ギュルル」と鳴いた。
 呼吸が合っていなければ絶対に出来ない芸当である。

 その頃地上では、花輪作りが佳境を迎えていた。
 どんな些細なものでも、心を込めたものに女子は弱いのだという花流の言葉に従い、生徒達は懸命に花輪を作っていた。
「出来ましたよ」
 最初に仕上げたのは江流だった。女心講座では聞き耳生徒に徹していたが、ここではちゃんとした受講生なのだ。真面目に講義を受けた成果は、全体のバランスと色合いを考えたなかなか良い出来栄えらしく、千羽夜と花流にこぞって誉められた。
「身に付けてくれた姿を想像しながら作ると、もっと気持ちが篭るよね」
 ここでもニッコリと微笑む江流に、ニイィッと一緒に笑って見せる蒼幻。
 次に手を挙げて終了を宣言したのは紅蓮丸だった。
「拙者こういう細かくて地味な作業は大好きでござるからな」
 得意げに掲げた花輪はやたら長いもので、理由を訊ねてみると、
「三連の腕輪になるでござるよ」
 紅灯雅の腕へ巻きつけてやる。嬉しそうに鼻先を埋めようとした紅灯雅だったが、紅蓮丸が見ていると気づいてプイとそっぽを向いた。紅蓮丸が背を向けて落ち込んでいると、嬉しそうに腕輪へ鼻を近づける紅灯雅。少し天邪鬼な彼女、なのかもしれない。紅蓮丸が見てない所ではしっかり甘えた仕草を見せる不器用な炎龍(女の子)だった。
 殿はレイなのだが果たしてその出来栄えは如何に――。
「‥‥うん。レイさん、仲直りの締めは甘い言葉よ。花流さんで練習してみる?」
 花輪の出来には触れず、締めの甘いセリフへ講義を進める千羽夜。
「は?!」
「えぇ!?」
 互いにみつめ合うレイと花流。
 愛しい玉紅の為ならと甘い言葉にチャレンジするレイ・ランカン。千羽夜が教えたセリフ、“我にはお主だけだぞ”を復唱する。
「ワレニハオヌシダケダゾ」
 出てきた言葉はカタコトだった。
 身を固くした花流の漆黒の髪が、風もないのに舞い上がる。疾風丸の鼻息だった。
「ぐふぉん♪」
 冷やかすように両目を眇めた疾風丸は、もう一度花流の頭めがけて鼻息を吹きかけた。おかげでグシャグシャだ。
 カタコトの愛の言葉と疾風丸の鼻息に呆然としている花流を尻目に、レイは玉紅の前へ歩み寄る。異常なくらいの緊張感が辺りへ漂い、ごくりと誰かの唾を飲み込む音がした。そして、失敗は出来ないという重圧はレイの心を極限まで追いやった。
「ワレ、ワレハ‥‥」
 有り得ない程に真っ赤な顔の主人を見かねたのか、玉紅が動いた。ゆっくり顔を近づけて頬擦りしてくる。草の汁で緑に染まったレイの指先をペロリと舐めた。
「玉紅だってレイ君が好きだからこそ拗ねてるんだろうし、可愛いもんじゃないの」
 にへら〜っと笑う江流を見て、レイは玉紅に目を向けた。表情を隠すはずの仮面は、何の役にも立たなかった。口元はそれとわかるほどに脂下がっていた。
「我は玉紅が好きだ!!」
 彼女が言葉の何割を理解しているかは不明だが、身をくねらせる様子はさながら初めて恋を知った乙女のようだ。喜びに任せて身をくねらせたら反動で尾が振れた。刹那、そこにレイの姿はなかった。
「あれは痛いでござるよ」
 紅蓮丸は、川に頭から突っ込んでいるレイに憐憫の視線を向けて語る。横に座る黒焔が、落ち着きのない様子で尻尾を小さく振っていた。

 レイと玉紅。紅蓮丸と紅灯雅の仲が元通りになったところで蹴鞠大会が始まる。
 提案した千羽夜が最初に鞠を蹴る。鞠は勢いをつけて江流の前へ転がった。
 遊びのノリで参加を決めた蹴鞠だったが、いざ鞠が転がってくるとふつふつと湧き上がる感情に従い――本気モード突入。
「ほらっ、蒼幻!」
 相棒へ向けて鞠を思いきり蹴る。メンバーの中で最年長の江流だが、さすが開拓者といったところか。鞠は蒼幻の足元を猛スピードで飛んでいった。
 あれ? といった顔で自分の股の間を覗き込む蒼幻に、頭を抱えつつ江流が声援を送る。
「おおおい。蒼幻。がんばれよっ!! ぶきっちょでもやれば出来るっ!」
 川の方へ飛んでいく鞠を追って、玉紅と蒼幻がドスンドスンと走る。空の覇者は陸上では動きが鈍くなるのか、それともこの二頭だけの問題なのかはわからない。
 なんとか口で咥え取ろうと試みる蒼幻。それを横取りしようと鼻先で邪魔する玉紅。
 ギャウギャウと言い合いながら鞠を追いかけ、どうにか先手を打てた蒼幻が尻尾で繋ぐ。それを受け取ったのは千羽夜。ポンと蹴り返したが、その先には誰もいない。もちろん碧維も――と誰もが思っていた空白のその位置に駆け込んできたのは、紛れもなく碧維だった。大きな一歩で踏み込み、首を傾けて鞠を次へ繋いだそのプレイは、主人のミスを完璧にフォローしたものだった。
「私と碧維は阿吽の呼吸よ。だって私のパスミスを修正してくれるもの」
 自慢にもならない事実を得意げに宣言する千羽夜。
 だがこの蹴鞠。鞠を追って返球するという単純な作業が奏功した。集中していく内に、噛みあわなかったコンビネーションも決まるようになったのだ。パスが途切れることもなく、リレーは続いた。
「ランカン殿! その調子です!!」
 裾を上げて川に入っていた花流が声援を送った。水浴びにはしゃぐ疾風丸も川面を尻尾で叩きながら応援する。
(「かなり元気が戻ってきていますね、レイさん。あの様子なら‥‥」)
「飛べそうですね」
 空を見上げ、呟いた。

 薄雲を突き抜けるとなだらかな稜線が見えた。眼下に神楽の街を起き、Vの字に編隊を組んで飛ぶ7体の龍。駿龍も炎龍も甲龍も、息を合わせて滑空を始める。
「ん! なかなかいい手綱だね。蒼幻も苦しそうにないし。良かった」
 新品の手綱の好感触に、満足げな江流が笑う。
 相棒との見事なコンビネーションを空中で見せた玖守が、夜芸速の頭を撫でながら、
「夜芸速、大好きだ。ずっと一緒にいてくれな?」
 判り合っているからこそ敢えて言葉で伝えるのだと、玖守は思う。
「女心講座はさすがだなっ、千羽夜の姉様ぁ!!」
 並行して飛行する千羽夜へ、叫ぶように話し掛けた。
 突如声を掛けられた千羽夜は、ポッと頬を朱色に染めた。実体験が圧倒的に伴っていないのが現実だけれど、この超乙女理論は、いずれ近い未来に、たぶん‥‥きっと、いや、おそらく‥‥。千羽夜は少し涙ぐみ、話題を摩り替えようと碧維に話し掛けた。
「レイさんは可愛いものに目がないだけの正直過ぎる人なのよね‥‥グスン」
 風になぶられる髪を押さえつつ、レイをちらりと見遣る。仮面から露になっている口元だけを見ても、空中散歩を楽しんでいることがわかった。
「玉紅もホントはわかってるのかも。でも愛情を確かめたい女心ね」
「ギルルルぅ」
 碧維が歌うように鳴いた。千羽夜はそれを同意と取った。やはり女の子の気持ちは女の子同士でなければわからないのだ。
 その千羽夜の目の前を、脳天気な男が赤い軌跡を残しながら疾っていった。
「漆黒の悠翼を狩る、志士。天ヶ瀬イヤッホウ!」
 通り過ぎていく黒焔の目が爛々と輝いていた。焔騎の相棒は機嫌が良くなると一回転する。
 編隊を崩したこのコンビが先頭へ踊り出た。瞬間、黒焔の躯がくるりと回る。それを見てぎょっとしたのはレイだった。何とか落龍せずに済んだ焔騎だったが、自分達が同じ事をしたらどうなるだろうかと考えてみた。――落ちることもなく、仮に落ちたとしても玉紅が上手く拾ってくれるかどうか自信が持てない。
「今は出来ぬとも、我らもいずれはあのように秀逸な技を習得しよう。まずは今日のこの空中散歩と蹴鞠を良き糧として、明日からの日々を共に過ごそうな、玉紅」
 スウッと横に並んだ紅蓮丸。
「拙者もレイ殿と同じ思いでござる」
 何事か考え込んだ後、紅蓮丸がゆっくりと口を開いた。
「拙者には紅灯雅だけでござるよ」
 蒼天の如く爽やかさで思いを伝えた。それを見たレイも心を決める。
「玉紅。我にはお主だけだぞ」
「キュウ」
 この言葉のどこに玉紅の心を満たすものがあるのか、レイにはわからない。
 だが――。
 凍りそうな程冷たい風を受けているにも関わらず、心が温かい感情によって満たされている事実に笑みが自然と零れた。
「ところで紅蓮丸殿。その鼻の下の赤いものは‥‥なんだ?」
「紅灯雅の愛故でござるよ〜」
 けして鼻血だとは答えない紅蓮丸だった。
 高らかな7人の笑い声が、寒風吹く蒼天に響き渡る。