【月露の瞳】誘激
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/04 22:22



■オープニング本文

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 五色老会合の後、大老蒲生は椿に面会を申し入れた。彼女は正式な後継者ではないが、現在の道明寺内で椿以外に話せない問題が起きたからだ。
 火急の件にて候――と伝えれば、椿は五色老すべてを召集せよと返してきた。

 本家に呼び出された五色老の面々の顔色はさまざま。縹だからと、とつぜん舞い戻ってきた百瀬光成に対して不信感を露にしている南雲廣貫は、苦虫を噛み潰した顔で当主が座する正面を睨みつけていた。
 屋敷内に問題を抱えている小幡夕雲は、静かに瞑想に耽っている。
 南雲からあからさまな態度を示されている光成だったが、そんなことはどこ吹く風よとあぐらをかいて鼻をほじくりまわしていた。そんな態度だからよけいに南雲の癇に障るのだろう。
 椿はすぐに現れた。すぐ上の姉を亡くしたときには後を追って自害するのではなかろうかと心配したほどだったが、今は顔色も良くなっていて、蒲生はそのことにだけ安堵した。
「お待たせいたしました」
 椿の一言に一同の目つきが変わる。
 彼女はまだ何も知らないはずだ、と皆は思っていた。だが、彼女の言葉には酷い緊迫感が漂っている。まるで、小幡に起こっている事件を知っているかのような口ぶりだった。
 蒲生の禿頭に汗が浮かび上がる。
「まずは報告から聞きましょう」
 上座に座した椿が言う。
「空席の緑青はいずれかの分家から選出いたそうかと思っておりますが、決定は先送りと致しました。なによりも重大な問題が発生致した故――」
 ここでちらりと椿を見やる蒲生。だが椿の表情はいっさい崩れない。
「小幡でなにやらおかしな事が起こっておるようです。唐突ですが、椿さま――貴女はご存知なのではありますまいか? 五色老の縹だからととつぜん舞い戻ってきた光成は、まだ当主でもない身。それが何故、この機に黒塚へ戻ってきたのか。そして一之介君を本家より、いや、黒塚より遠ざけたのもなにか考えあってのことでしょう。だが、それらは我々五色老には一切の情報提供がないまま秘密裏に行われている。それは何故か」
 無言の椿だったが、年寄りは構わず続ける。
「五色老は本家の指示なくば動けぬのですぞ。我々の存在は何のためか。道明寺家のためではありますが、それすなわち黒塚の平穏のために他ならん。なにが起こっているのか、今この場で、すべてを晒していただけまいか」
 沈黙が重く室内を覆う。
 蒸した風が庭から入り、汗で額に張り付いた椿の前髪をなぶる。
「わかりました。すべてをお話いたします。その為に、この場にいなければならない者を呼びましょう」
 椿は、張りのある声で男の名前を呼んだ。
 すっと廊下に現れ、跪き、こうべを垂れたのは秋月刑部だった。
 刑部の口からこれまでの経緯が語られ、五色老の面々は改めて黒塚を覆っている暗雲の存在を知らされることになった。光成も、よもや自分が呼び出された裏に、このような問題が起こっていようとは夢夢思っていなかった。ゴクリと唾を嚥下し、座を正すのだった。

 実際に事件が起こっている、渦中の小幡を調査、女を見つけ出して成敗するということに決定したのだが、ひとつ問題があった。
 神域とされる小幡最奥部には、女性しか入れないのだ。男は本邸までしか行けない。
 だが刑部と椿は口を揃えて言う。
「小幡にいるというのならば、そこで倒さなければいけないのです」
 そして、まるで当主のように、椿は言った。
「戦闘で神域を侵すわけにはいかないけれど、屋敷が全壊する程度なら問題ありません。神域にいるのならそこから誘き出して――――終わらせます」



■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
空(ia1704
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
羽貫・周(ia5320
37歳・女・弓
すずり(ia5340
17歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ


■リプレイ本文

 白壁の塀を内より眺め渡しながら川那辺由愛(ia0068)は、早衣の逃走経路となり得そうな箇所へ、神剣や独鈷を模した式を配置して回っていた。
(「中々姑息な輩がいたものね。調子に乗ると痛い目を見るものよ」)
 赤い瞳を揺らめかせながら由愛は笑った。
 戦闘場所となる確立の高い本邸内を細工する為、菊池志郎(ia5584)は家財道具の配置確認し、雨戸や襖を、室内の明度に気を配りながら釘打ちしていた。一部には箪笥など重い家具を固定して置く。
「これならそう簡単に外へ逃げることはできません」
 グッと力強く拳を握る志郎。
 本邸へ誘導された早衣を迎え討つ為、待機している羽貫・周(ia5320)と空(ia1704)。周は弓という特性から、攻撃範囲の掌握と早衣の逃走経路を読みながら、邸の中を移動していた。邸の各部屋は基本的に正方形になっており、壁側以外の仕切りはすべて襖になっていた。襖を取り払ってしまえば、大広間のようなだだっ広いひとつの部屋となる。
 周は、襖の配置を頭に叩き込んだ。
 同様に、間取りや障害物(もちろんこれには家財道具も含まれるわけだが、以外にも由愛や志郎が仕掛けている罠や細工)を確認している空。
(「五色老班内は刑部に気をつけさせておくとして‥‥」)
 空は早衣の手下が表を警戒している五色老内に潜り込んでいないかと危惧していたが、そこは秋月に任せておくとして。早衣の手に落ちた者がすべて手下となっているとは考えられなかった。人質としてどこかに隠されているかもしれない。無論、生きていればの話だが――。
 確認できた人数を反芻したが、それを聞いてからも時間は経過していた。増えている可能性も視野に入れながら、空は片目を眇めた。

 囮として神域へ赴く斎朧(ia3446)とすずり(ia5340)は些か緊張の面持ちで、最奥に続く渡り廊下の前に立っていた。
 髪を解いただけの軽めの変装は朧。神子服に手桶、箒を持ち清掃作業にやってきたのだと思わせるすずり。だが、二人の目的はこちらが開拓者であることに気づかせること。そして追わせること。
 どこから見られてもそれとわかるように顔は隠さない。二人は互いに頷きあい、奥へと進んだ。
 薄暗い廊下。明かりは等間隔に据えられている蝋燭だけ。窓のない廊下の先は暗くて見えない。
「椿様、一人で突然ふらりといらっしゃったと思ったら何も言わずに小幡を調べまわって‥‥何が気がかりなのでしょう」
 溜息混じりに呟く朧。
 壁の埃を箒の先で掃き取りながら、「ヘンですねえ」と首を傾げつつすずりが答えた。
 怖気の走る気配を闇の奥の更に奥から感じながら、二人はゆっくりと先へ進む。

 神域と本邸を繋ぐ渡り廊下の入り口付近で奇襲を狙う緋桜丸(ia0026)は、
「いよいよ決着をつける時か‥‥」
 気合を入れるように呟くが、同時に匂いでバレるかもしれぬという不安もあった。
 だが、そこは気の一閃にて焦がし尽くすのみ。緋桜丸は不敵に笑う。
 樹邑鴻(ia0483)も同様に奇襲攻撃を狙っていた。緋桜丸を第一の攻め手とするならば、鴻は第二の攻め手。強いて言うならば双方ともが主攻である。違いを挙げるなら緋桜丸の攻撃によって神域へと後退されないよう、鴻が背後に回り退路を断つところか。
 庭に面した廊下に空が腰を据える。その後方に周が控えた。屋根をぶち抜かない限り、屋外への逃走はこの廊下へ出てこなければならない。それがここに立った理由である。

 クン、と鼻を鳴らして女が顔を上げた。周囲に微かに漂う人間の匂い。女が立ち上がるとゴロリと何かが転がった。呼気のないヒトだったもの。女はそれに目もくれず、口紅よりも赤い血を指先で拭った。
「おぅや、たくさんの餌達」
 ここはいい。餌が豊富にある。しかも人間共は愚かにも互いを疑心し勝手に争うものだから操りやすい。
 陽炎のような妖気を漂わせ、女はゆらりと部屋を出た。
 餌はいくらあってもいい。保存しておけば後でゆっくり喰えるもの。

 かつて早衣だったモノが姿を現す。
「!」
 それが目当てだからさして驚きはしなかったが、ここは“企みを見破られた”と思われなければならない。朧とすずりは、さもしくじったとばかりに怪訝な顔で後退を始めた。策に感づかれては拙いから、あえて逃げ惑う。
 早衣は覚えのある匂いと顔の相手でも、特に意識は働いていないらしい。愉快そうに声を立てて笑いながら、開拓者を追い回した。
 早衣は自分が優位だと思っているのか、追う事を楽しんでいるらしく、致命傷にはならない攻撃ばかりを朧へ向ける。そのほとんどをすずりが引き受けて防御してはいたのだが。
 そんな奇妙な追いかけっこをしている内に、本邸へ続く渡り廊下へ到着した。二人は顔を見合わせ、速度を上げると一気に橋を駆けた。
 響く足音を聞き分け、絶妙なタイミングで戸がガラリと開く。
 まずは朧が抜け、続いてすずりが通過。緋桜丸とすれ違う間際、追ってくる早衣との感覚を小声で伝えるすずり。
 了解お嬢さん、とウィンク交えて返答した伊達男はすぐさま脇差を抜き放ち――
「ッッ!」
 虹彩を炎で滾らせた。部屋に飛び込んできた早衣に向かい、直閃で真横からの突き。ぎょっとした顔でこちらを向いた女の顔は、すでに“女性”とは程遠く、緋桜丸は遠慮なく踏み込むとゼロ距離から更に直閃を叩き込んだ。
 だが、ゼロ距離にも関わらずフワリとかわされた。抉り取るはずの肉片の代わりに着物の端切れが舞う。
 鴻っ――と叫ぶと、飛び退った先で待ち受けていた仲間が空気撃を放った。転倒を狙ったが悔しくも失敗。それならば、仲間がいると信じた方向へ追いやる為の次手へ移行する。無論、肉体の一部を破壊するのも目的に入れて早衣の腰椎へと再度空気撃――!
 先に飛び込んでいたすずりが転回し、攻撃に回る。
 加護結界を自らにかけつつ振り返った朧へ手を伸ばした早衣。
「お前から喰ろうてやろうぞ!」
 四方から攻撃を受けながらも物ともせず、まるで朧を喰らえばいくらでも回復するのだとでも言うかのように一心に向かってくる。
 そこへすずりが割って入る。朱色の袴をはためかせ、死鼠の短刀を逆手に突き上げた。早衣は醜く顔を引き攣らせ、その癖どこか余裕のある表情で後退る。
「ここからが本番だよ。キミは回復の要だからね。守るよ!」
「助かります。これからは他の皆の力に」
 互いの顔をみつめ、コクリと頷いた。

 庭のほぼ中央で、巡らせた策に薄く微笑を張り付かせて立つ由愛。そして屍鬼の存在を確信している志郎達は、邸内の戦況を淡々と眺めていた。
 彼らは手をこまねいているわけではない。すべからく機は巡るのだから。それを見誤ることなく突けばいい。
 志郎は呟いた。斃すべきは早衣という女妖である。その為の障害はすべて、
「倒します」

 矢継ぎ早にけしかけてくる攻撃に辟易したように、早衣が廊下へと飛び出してきた。全ての部屋は襖一枚で繋がっているのに、移動できる経路が一つしかないことに苛立っているようにも見える。
 出番を待っていた空はニンマリと目を細めて笑った。妖の背後に四人の仲間の姿を確認すると、逃げ道なしと判断するや早駆と三角跳で一気に距離を縮める。
 早衣はそれを読んでいたように先んじて、肉食獣のそれのように爪をギラつかせると、空の喉を切り裂い――
 ドンッッ
 女妖の足元に深く突き刺さった一本の矢は、撃ち抜いた床板を細かな木片に変えて舞い上がらせた。
 後ろに仰け反りながら攻撃を回避していた空が小さく口笛を吹く。
 ギリと歯軋りしながら後退する早衣。
「そこらに潜んでいる手下への牽制も兼ねて」
 薄く笑いながら二撃めを番える周。
 鏡弦を使っていた周は邸内に潜む手下の存在を指摘。余力は削ぐのみ。同様に、庭の志郎も気づくなり戦闘体勢を取っていた。
 周の言葉がわかったのか、それとも主人の命なのか。出番が回ってきた端役のように、有象無象がぞろりと登場してきたのだった。
 その屍鬼の数を横目に空は静かに数を数えた。聞いていた人数と差異がある。残りは人質か、と呟き目の前の女狐との戦闘へ集中する。
 
 志郎は、早衣戦に意識を向かわせている由愛が標的にならぬよう、屍鬼はすべて一撃で倒していた。奔刃術で攻撃を回避しつつ、
「これ以上の血は流させません!」
 言い放ち斬り伏せる。
 片や弓術師の周は、屋内に入った邪魔者を瞬速の矢で確実に落としていく。番った姿勢から放った矢の速さはまさに弓聖と呼ぶに相応しい。
 絶妙の機に屍鬼を呼びつけたと思った早衣だったが、それは最初から了承済みである。適材適所の働きで、早衣を追い詰めていく。が、女妖も黙ってやられてくれるわけもなく、その抵抗もすさまじい。両手の爪を更に伸ばし、目は赤く充血させて唇から除く犬歯は顎先にまで届く程で、その姿は異形そのものだった。
 廊下を撃ち抜いたのと同じ音が邸中に轟く。周が放った矢は襖をぶち抜いて、さながら鍛錬場のような一間と変貌した。
 追い詰められた早衣の素早さに翻弄された開拓者達は、まずは動きを封じることに。
 忌々しげに舌打ちする緋桜丸。
 すずりが手裏剣を早衣の足元へ放ち、緋桜丸と鴻の射程内に追い込む。
 飛び退ってきた早衣の足の甲へ緋桜丸が脇差を深々と突き刺して畳に縫い止める。反撃を頬に受け、血水が垂れた。すかさず破軍重ねの絶破昇竜脚で早衣の頭部を蹴り抜く。かわされたが、すさまじい威力は女の顔を一部抉り取った。
 叫びながら逃げた先には空。先回りした空は白梅香を練り込んだ斬撃を袈裟懸けに叩き込む。
「これまでの清算、ここで致しますよ」と朧は反撃で流血している緋桜丸を治療で援護。
 この一戦に集中させてくれた志郎に感謝しつつ、由愛は容赦なく毒蟲を邸内へ放った。空の攻撃でよろめいた早衣を注連縄型の式で呪縛する。
「お前の策謀故に果てた者達の恨みが、あたしに力を与えてくれる」
 苛烈な攻撃にしては冷ややか声音で言い放つ由愛。
 だが、動きを封じられて尚笑う早衣には逃げおおせる秘策でもあるのか。
 庭から怒声がかかる。
「そちらに一体向かいました!」
 と志郎。さすがに一人で複数の対手では討ち漏らしもあるだろう。だが、彼に非は一切ない。多数の裂傷を受けながらも志郎は十人近い屍鬼を倒したのだから。
 運のいい屍鬼が廊下へ足を掛けた時、その運とやらは吹き飛ばされた。矢で射抜かれた腐れた頭と一緒にゴロリと庭へ転げ落ちた。
 ゆっくりと弓を下ろす周に、志郎は安堵の笑みを返す。
「ギぃィィィヤアアッッ――!」
 異形とはいえ女の姿をかろうじて保っている早衣だったが、すでにその叫びはおぞましく、動きを封じ込める脇差から自らの足を引き抜こうと暴れ始めた。
 一匹だけ残った屍鬼が秘策だったのか、それともまだ生き残っているだろう人質なのか。だが今はいいと空は鼻で笑う。
 バラバラと乾いた音がした。空が手裏剣を撒菱代わりに早衣の周りへ撒いたのだ。
「‥‥ソレ踏むト危ねエぜ? 雌狐ガァ‥‥! 腐レ!」
 要はコイツを倒せばいい話なのだ。
「ふうっ。そろそろ観念なさいな」と両腕を組みながら朧。
「だな。喰らえ‥‥我が牙‥‥ 緋剣零式‥‥迅影!」
 畳を蹴り、烈火のように飛び出す緋桜丸。
 アヤカシの意識を僅かでも逸らせればと、周が早衣の後ろにある箪笥を派手に撃ち抜く。一瞬の隙でも必ず仕留めると信じて。
 飛び散る木片の中、すずりの叫びと共に飛び掛る黒い影。
「ヤアアアッ!」
 ――! 
 彼らの放った闘気はそれぞれ鮮やかな色を放ち、援護する別の闘迫が絡み合い、尚も血を啜らんと腕を伸ばす早衣を飲み込んだ。
 地響きは、小幡の屋敷の外で警護していた五色老の隊の足元をも揺るがした。

 黒塚の外からやってきた大工の棟梁や人足達で、小さな通りしかない町は人で溢れ返っていた。
「半端に残っても意味がねえって、全部ぶっ壊して建て直しって。椿様は剛毅だねえ」
 戦わずに済んだ事を心の底から喜んでいた百瀬光成が、顎を摩りながら向かいに座る開拓者へ銚子を差し出した。
「お、こりゃ悪りいな」
 赤い髪の男はすまないと言いつつ猪口で酒を受ける。
 貸切状態の小料理屋の奥座敷では、刑部が皆に頭を下げていた。
「この度の一件、長い間世話になった。これを機会に五色老と本家直下の家臣達との話し合いの場を多く設けて、双方の誤解を解いていこうと思っている」
「誤解、ねェ。で? すべての問題が解決したら椿のことはどうすんだ? ボーッとしてたら俺が夜春で奪うかもよ?」
 酔っているのかいないのか。空は真面目に礼を言っていた刑部をからかう。
「そ、それはこま、困る。椿殿は黒塚にとって大事な方だ。いや、空殿が真剣に、真剣に椿殿を愛愛愛していると言うのならば、ならば‥‥」
 からかわれているとも知らず、必死に本心を殺して平静を努めるが少しも努められていない刑部は額から汗を噴き出していた。
 好きなら好きと言えばいいのによォ、と思っても口に出して助言まではしない悪趣味な空だった。その横から、 鴻が優しく助言する。
「漸く片付いたが‥‥問題は山積みって所か。頑張れよ? 刑部。特に椿の事をな」
 それを踏まえて、
「足の引っ張り合いなどするからアヤカシに付け込まれる。これを機に銘々仲良くすると良いと思うよ」
 周が微笑って言う。
 別の卓では由愛とすずり、朧がお茶請けの漬物をポリポリと齧りながら互いの労を労っていた。
「お家騒動もこれで全部丸く収まる。とは行かないか? やっぱり」
 ほふっと溜息を吐くすずり。
「面識はないけれど、本物の早衣の冥福を祈ります」
 愛用の呪縛符を胸に当て、由愛は亡き婦人の冥福を祈った。
「ここまで随分な時間と、随分な犠牲者を出してしまいました」
 朧も同じように目を瞑り、奪われた命の冥福を祈る。
「お酒ぇ、次は冷で二、三本!」
 酒が入って絶好調の光成が空になった銚子を掲げて叫ぶ。
「はい、ただいまぁ」
 そう言って暖簾から顔を出したのは志郎だった。
 ‥‥?
「志郎殿。何故手伝っておられるのです?」
 刑部が慌てて駆けつけるが、志郎は笑顔で丸盆を持ち、
「なんだか店の人に間違えられるのが続いている内に、いつのまにかお手伝いしてたって感じでしょうか」
 周囲に溶け込むのが一種のスキルならば、志郎のそれは達人の域なのではないかと刑部は思った。
 
 もうしばらく逗留を、と引き止めたが彼らには次の依頼もある。翌日、刑部は再度深々と頭を下げて、一行を見送った。
 その脳裏には椿の姿が浮かぶ。
「俺はまだ未熟だ」
 剣の腕も人としての器も。そして男としても。