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■オープニング本文 一日の稽古を終え、道場の片付けをしていると、ふいに誰かの視線を感じた。陽が傾き始めると、あっという間に気温が下がるこの季節。そんな時季的なものとは違ううすら寒さを感じ、百瀬光成はぶるっと全身を震わせた。 気のせいだと思い込むことにして、竹刀の点検を始める。――が、やはり刺すような視線は変わらず百瀬に纏わりついていた。 「気持ちわりーな。‥‥って、夜那?! うおい!! なにやってんだ、そこでっ」 周囲を見回している途中、数十センチ程開けた戸板から顔を半分だけ覗かせて、夜那が恨みがましげに見ていたのだ。用があるのなら声でもかければいいのにと、百瀬は文句を垂れながら夜那の方へ向かう。 焦点が合っているのかも怪しげな表情である。 「気味が悪いだろ!」 手入れが途中までしか終わっていない竹刀をくるりと回し、怒鳴った。心臓がバクバクいっているのは内緒だ。竹刀を忙しなく回すのも、平静であることを誇示しているだけである。 そんな百瀬の心拍数などお構いなしに、夜那は踊り出るように板戸から飛び出した。 「な、なんだよ」 今度は、鼓動が太鼓みたいに力強く打ち始めた。 「う」 夜那は、一度顔を百瀬に向けた後、道場の床へ突っ伏し、声を上げて泣き出した。 「どうした?!」 なにも言わずに、ちらと見ただけで泣かれては、なんだか自分が悪いことをしたような気にさせられる。恐る恐る手を差し出してみたが、 「うわーんっ」 子供でもあるまいに、うわーんと言っている。百瀬は困ったように、差し出した手を引っ込め、頭をぽりぽりと掻いた。 「言わなきゃわかんねーだろ?」 「‥‥こが」 「“こ”?」 「きのこが高い」 「‥‥はぁぁぁあっ?! なんだよ、それ。きのこ高けりゃ別のなんか食えばいい話だろ‥‥って、そんな泣くほどのことか、それ」 「松茸が食べたいのに、きのこが皆高くて買えないのっ」 ドン、と床に握り拳を叩きつける。 「‥‥そもそも松茸自体が高けーだろ」 他のきのこに比べて破格の値をつけるものだ。きのこ、と一括りにするのはあまりに大雑把過ぎる。 「きのこが食べたいの!」 「だーかーらー。椎茸でもしめじでも」 「松茸ぇぇぇぇぇぇぇぇっ」 額を床にグリグリと擦りつける夜那。 こうなった夜那は手がつけられない。さて、どうしたものか――。百瀬は長い溜息を吐いた。 あれから、顔を合わせれば、「松茸」と念仏のように唱える夜那に辟易していた百瀬は、てっとり早く稼いでくるかと贔屓にしている口入屋へ向かった。 いくら高い高いと言われていても、少々危険の伴う仕事を二口三口とこなせば買えなくもないだろう。懐手に鼻歌交じりで町中を駆けた。 だが、道中に見聞きしたのは山で起きている異変だった。 「なんだよ。まーたアヤカシのせいか」 山へ入ればアヤカシに襲われるので入れないらしい。ということは、きのこ類の収穫もないということで。高値になった経緯を知ったところで百瀬の考えはいささかも変わらない。 「じゃあ、仕事をいくつもこなして買うよりも、直接手に入れればタダってことだな。んー。たぶん口入屋にもこの情報は入ってんだろうから、アヤカシも退治しちまえば報酬もらえるし――ツイてんじゃねーの」 というわけで。 口入屋に顔を出した後は、さっそくギルド前で仲間探しを始めた。 どうせなら、採れたきのこで美味い飯を皆で食べれば――。 「楽しいじゃねーか!」 まずは声をかけてみないことには始まらない。百瀬は、トレードマークの黒の着流しで風を切り、通りすがりの開拓者の肩を叩いた。 「よ! 山できのこが呼んでるぜっ」 「は?」 事態を飲み込めない開拓者は、首を傾げ、「は?」と訊き直した。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
時雨 風夢(ia4989)
17歳・女・泰
ナナツモリ ミコ(ia5299)
13歳・女・巫
ジョン・D(ia5360)
53歳・男・弓
忠義(ia5430)
29歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●いざ 黒羽道場の門前で、黒羽夜那は上機嫌な顔で開拓者達を見送っていた。両方の鼻の穴に落し紙を詰めた百瀬光成が、必ず松茸を持って帰るぞと手を振る。 「俺はてっきり山出木野子って人が呼んでるのかと思っていたんですけどね」 飄々とした表情で呟いたのは、ジルベリアからはるばるお嬢様とやらの行方を探しにきている忠義(ia5430)である。 「木野子さんて人が仮にいたとして、会ってなにするつもりだったんだよ」 鼻の穴からニョキッと突き出た落し紙が、じわりと赤く滲んでいく。――間抜けな顔だ。 「ナニって‥‥山の茸情報を得て丸儲け、などと思うわけないでしょー」 抑揚のない物言いは嘘臭かった。百瀬が目を細めると、三笠三四郎(ia0163)がやって来て、確認なのですがと切り出した。気にしないようにしているが、視線は百瀬の鼻に釘付けである。 「アヤカシを退治して得た茸は、後で食べるんでしたね」 「そうだけど」と百瀬は首を傾げて答えた。 おかしなことを訊くヤツだと言わんばかりに怪訝な顔をして見せるが、その顔も間抜けだ。 「アヤカシの体内に取り込まれたモノを食べるのはいかがなものかと思いますが」 現状放置は多方面において被害が及んでしまうので、きっちり退治するつもりですけれど、と付け加えた。 そこへ、ツーステップを踏みつつやって来たのは、サイドの髪をぴょんと一房跳ねさせた時雨風夢(ia4989)と、 「茸料理を食べる為にも、まずキノコ狩りだね!」 緋色の髪を一つに結わえた小柄な少女、星風珠光(ia2391)の二人。季節は秋だというのに浴衣に身を包んだ彼女は、こう見えて旅館の女将だったりするから驚きだ。話は前後するが、それを聞いた百瀬が、不躾にも珠光の全身を舐めるように見てしまい、「失礼やろー!」と時雨の拳を顔面で受ける羽目になったのだ。おかげでアヤカシ退治の前に鼻血塗れになり、止血と称して落し紙を鼻に突っ込まれたというわけである。 「光成君の鼻血。止まったみたいで良かったね」 「‥‥どーも」 手際よく捻り落とし紙を突き刺してくれたのが女将――珠光だった。 「そういや女将と一緒に依頼受けるのって初めてやなぁ」 光成と珠光の間にグイと割り込む時雨。彼女の中で、百瀬は要注意人物と設定されたようだ。 「楽しみだね! ね、ミコ君!」 「は、はひっ」 ふいに声を掛けられたナナツモリミコ(ia5299)は、飛び上がるほど驚いて返事をした。初の依頼という事もあり、傍で見ていてわかるほどに緊張しているものだから、珠光は肩の力を抜かせる意味も含めて声を掛けたのだ。 「ミコ‥‥頑張ります!」 両手で拳を握り、ガッツポーズ。 ●山道入り口 アヤカシ跋扈の件の山へ到着した。一見しただけでは普通の山である。アヤカシが放つ特有の瘴気も、麓までは届かないのだろうか。 山を見上げる一行を差し置いて、先陣を切ったのは――。 「もふらって何か役に立つのか?」 意気揚揚と落ち葉を踏みしめて進むもふらを指差し、百瀬が不躾に訊く。松茸狩りにもふらさまは必須よね、と水鏡絵梨乃(ia0191)は周囲を見渡して同意を求めたが、それどころか微苦笑を浮かべられた。 「そんなん初耳だぞ、絵梨乃」 水鏡の友人、酒々井統真(ia0893)がすかさず突っ込んだ。うんうんと頷く皆の顔を順繰りに見ながら、 「何ッ?! 松茸って、もふらさまの鼻を頼りに探すんじゃないのか?」 どこ情報なんだろう? 皆が失笑する。 唖然としつつ、もふらを自然へ返す水鏡をみつめた。 「茸の目利きに心得はありませんが、怪しい茸でも良いから食べたいと仰る方には喜んで腕を揮いますよ」 白銀の長髪を天儀風に結ったジョン・D(ia5360)が、柔和に微笑む。 怪しい茸と聞き、開拓者達の間に異様な緊迫感が広がった。玄人、とまではいかないが、麓の村で注意すべき毒キノコを教わった皆である。恐ろしい中毒症状も聞いて、肝に銘じたのだから、敢えてそれを食そうという強者はいないはず‥‥が、――皆の視線が一人へ注がれる。 もふらを逃がしたばかりの水鏡が、両腕を突き上げて、 「片っ端から採るぞー!」 などと叫んでいるからだった。 「い、ち、お、う。――選べよ!」 髪の毛を逆立てて、統真が突っ込む。 鋼鉄のような内臓を持ってしても、かなり危ない茸があるのは事実。死に至らないまでも、口にすれば数日は寝込むかもしれないのだ。 ぶるっと誰もが身震いした。 ●ぞろりぞろりと 統真、時雨、忠義、珠光が通常の茸班として雑木やブナが群生している場所へ向かい、三四郎、ミコ、水鏡、ジョン、百瀬は松茸班としてアカマツが生えているという森へ向かった。 雑木林へ向かった斑の前に、粘泥がぞろりと現れた。身体の一部を突き出してみたり、地面の上で水溜りのようになってみたりと変化に暇がない。 動くたびに、納豆を捏ね回す時と同じ粘っこい音がリズミカルに聞こえてくるのも可笑しい。 などと油断していたら、いきなり一匹の粘泥が身体の一部を棘のように鋭く尖らせて攻撃してきた。 「ぅお!」 咄嗟の背拳で回避した統真。コイツらおっかしー、と指を差して笑ったのが気に障ったのか。 ともかく。 薄く透けた身体の中に、茸を取り込んだアヤカシとの攻防は始まった。 統真を先頭に、呼子笛を所持している連絡係の珠光をカバーする形で左に時雨、右に忠義が立ち、戦闘モードに突入。 「俺は毒キノコなんかにゃ負けねえ!」 威嚇するように統真が叫ぶと、 「‥‥紫色の何かが透けて見えるね」と珠光。 「え?! 紫色してんの? なんや怪しいんとちゃうの、それ〜」 闘う気満々の時雨だが、手に入ったキノコが毒なのは嫌だと素直に思う。 「素性のわからないブツには手を出さない方が身の為でしょ」 珠光を挟んで忠義が時雨へと意見する。 「せやからってアイツら放っとくんは良くないしやなぁ」 「つーかさ。火遁でもしたら良い感じに焼けていいんじゃないですか? ここで茸の素焼きが食べられますよ」 さすがジルベリアでの執事経験者は言うことが違う。アヤカシ退治がいつのまにかピクニックかバーベキューになっている。 間に挟まっている珠光が、右を見て、そして左の時雨を見て一言。 「食べるのはこの際後でいいとして。統真くんだけだよ? 戦ってるの」 言われてはたと気づく時雨と忠義。慌てて構えてみたものの、怒気を含んだオーラが統真から発せられていた。 「火遁はや、め、ろ。そんでもって‥‥――ちったぁ、戦えぇぇっ」 泰拳士、酒々井統真の烈火の如き鉄拳が粘泥の身体を突き破る。指の隙間からゼリー状の肉がはみ出る感触に鳥肌を立てつつ、容赦なくアヤカシの腹の中を掻き混ぜる。 「よっしゃ、おらぁぁ! 茸採ったぜぇぃ!」 粘泥の破片をぶち撒けながら右腕を突き上げ、勝ち鬨をあげる。象牙色した茸が高々と掲げられた。 「これだけ粘泥がいりゃ、茸採り放題じゃないですか。市場で売れば丸儲けだぜ、グヘヘ――あ? 嫌だなぁ。そんなこと思っていませんよ? ホントですよ」 時雨と珠光が、思いきり疑いの目を向けていた。 「さ〜てと。キノコガリキノコガリっと」 さすがにいたたまれなくなったのか。脱兎の如く走駆して粘泥の背後へ素早く回る。両手を胸の前で交差させ、指を広げると扇状に手裏剣が現れた。鈍く光を返して、忠義の元から放たれる。 「牙狼拳!」 素早く駆け出した時雨が、横薙ぎに一蹴。上部へ攻撃が集中する為、足元が疎かになってしまう諸刃の拳。別の粘泥が掬うように棘を突き出してくる。 「我が式よ‥‥焔を纏いし骨となりて敵を喰らいなさい」 両手を合わせるように構えた珠光が詠唱すると、幻想的な青い炎を纏った頭骨が現れた。闇色の矩形は、時雨を襲う粘泥を噛み砕いた。 「さあ、“茸狩り”が始まるぜっ」 嬉々とした声に合わせ、珠光は呼子笛を吹いた。甲高い笛の音が山に木霊する。 百瀬の耳が、ピクンと反応した。笛の音を探るように空を仰ぎ見る。 「松茸だ!」 「笛ですね」 冷静なツッコミ、というより訂正が三四郎より入る。こちらは松林のせいか、木々はさほど群生しておらず、足元にもそれらしい茸は見当たらなかった。 「とにかくアヤカシ狩りが優先、だよね! んじゃ、さっそく」 と、水鏡が懐から取り出したのは水筒。周囲の視線を物ともせずに一気に飲み下す。 「行っくよー!」 古酒臭い息を吐き、水鏡が駆け出した。アカマツの間を蛇行で走る泰拳士を追い、三四郎達も続く。百瀬はすでに水鏡と並走していた。 「若い方は元気がいいですね」 小さくなりつつある仲間の背をみつめ、ぽつりと呟いたジョンは悠然と後を追った。 絶え間なく続く笛の音。駆けつけた百瀬達の眼前に、薄透明のアヤカシが林立していた。 「あれ全部松茸かな?」 今にも涎が垂れそうな顔で百瀬が訊く。 「むしろ、そう思える百瀬さんの脳内が松茸ではないでしょうか」 ほんのちょっぴり嫌味を込めて三四郎は答えたが、 「俺は松茸なのか!?」 「ふっふっふ。若いというのは‥‥思考が柔らかくていいですねぇ」 遅れて追いついたジョンが、小麦色の頬を弛緩させて呟いた。その横へ、水鏡が並ぶ。着物の袖を肩までたくし上げ、俄然やる気の彼女が吼える。 「ボクは拾う! たとえ笑いが止まらなくなる茸だったとしても!!」 言うや、アヤカシの群れへと突撃する。四方から粘泥の固い触手が襲いかかってきたが、なんなく捌き、水平に足刀を食らわして粘泥の上半分を吹っ飛ばした。 前線へ飛び込んできた水鏡に、先発で戦っていた統真が笑顔を返す。 そこへ一陣の風が吹き抜けた。身体の最奥から漲る力に、前衛組が不敵な微笑を浮かべた。 粘泥同士を遮蔽物に利用して、その隙間を縫い三四郎が縦横に駆ける。ジョンの盾になるよう立ち位置を意識しながら抜刀し、横一閃に振り抜いた。斬り難い粘質を断ち割った三四郎が、拾い上げた茸を手に表情が曇らせた。 「‥‥この茸。紫色してる」 知識を総動員して脳内検索をかけた。足が止まった三四郎めがけて粘泥の二手が襲う。 サクサクッと軽快な音がして、伸びる触手を地面に縫い止めたのは、ジョンが放った矢だった。 「茸第一ですから‥‥とにかく、幸せな食卓の邪魔は許せませんな」 アヤカシが多い内は即射を使いたかったが、それで得るものがないのであれば意味がない。ましてや松茸を粉砕したとなると本末転倒だ。 ミコの神楽舞が再度舞われ、最前線で戦う五人すべての攻撃力があがった。 「後衛からでも攻撃できるんで、す、よっと!」 血気盛んな泰拳士の横をすり抜けて、走駆で突出した忠義が跳躍と同時に半身を回転させた。遠心力によって投擲された手裏剣が、等間隔でアヤカシの身体に突き刺さる。白線が飛び、その下を掻い潜るように疾駆するサムライ。 瞬く間に茸の山が出来上がる。その中でも松茸を採集できたのは、忠義だけだった。 ●お食事会 夜那の私室と続き間の客間で、茸を食す会が催された。料理の品数が多いということで、襖は取っ払われ、膳ではなく長机が口の字に置かれてある。庭を介して、台所から香ばしい茸の素焼きの香りや、炊き込みご飯のいい匂いが漂ってくる。 給仕役も兼ねるジョンが着替えも済ませた上で、すべての――すべての茸の下ごしらえを終わらせていた。 「やっぱりボクも料理しないとダメ?」 持ち込んだ鉄の大鍋で茸を炒めている時雨に、珠光が甘えた声で訊ねると、 「一緒に料理なんて楽しみやなぁ」と、聞く耳はないねんと言わんばかりに即答した。 「せやけど、本気なんやな」 「量は加減しますし」 とジョンがにこり。 村人からの注意事項を確認しながら、“ツキヨ”と呼ばれる毒キノコ料理に取り掛かった。 松茸“様”を採ってきた忠義を上座に座らせ、夜那は零れんばかりの笑みを浮かべていた。だが、忠義は元々執事畑の男。どうにも尻の座りが悪いらしく、早々に場所を移動した。今は廊下に近い下座にいて、松茸酒の支度をしている。 「お待たせしてしまいましたね」 行事用の大きな漆塗り盆に人数分の小鉢を乗せて、ジョンが部屋に入ってきた。続いて秦国の漁特料理に茸を入れた特製スープに、辛味の効いた茸入り辛滋料理。香草のいい香りが部屋を満たす。料理はダメだからお皿運びだけでも、と小柄なミコは必死になって台所と部屋を往復する。 様々な料理が運ばれてきて、長机の上はさながら天儀のお料理博覧会のようだ。 「まずは松茸酒で乾杯といきましょうや」 リレー形式でぐい飲みが運ばれていく。全員に行き渡ったところで乾杯の大合唱。 「みんな、今日はアリガトな!」 泣き上戸か、百瀬。目を真っ赤にして感涙に咽ぶ。 「あれだけじゃ、さすがに気持ちよくは酔えないから、ボク」とグイグイ遠慮なく松茸酒を喉へ流し込む水鏡。 その勢いで、横で炊き込みご飯をかっ込んでいる統真に向き合い、 「ほら、食べさせてやるから口を開けろ。あ〜ん」 酔っているから命令口調になっている。統真は差し出された茸を凝視して、逡巡したものの、毒見は自分の役回りだと諦めて口を開けた。 ――卒倒。 「え!」 ぱたりと倒れた統真を見て、皆の箸が一斉に止まる。紫の茸がダメなんじゃないかとか、アタリハズレをジョンが作ったんじゃないかとか喧々囂々のやり取りが始まる。 その中で、表情ひとつ変えず冷静に、統真が口にした料理を静かに机の下へ隠す三四郎。安全だと断言できる茸の料理のみを口に運び、他の面子が口にして何事も起きなかった皿にだけ箸を伸ばす三四郎。 百瀬が、自分の前に置かれた茸料理を口へ運んだ。シンプルな味付けが茸の風味を壊さず‥‥。 「ぐはっ」 壊れたのは百瀬のどこか、だった。部屋の隅へ移動した百瀬は、彼にしか見えない誰かに向けてひたすら土下座を繰り返していた。一頻り謝罪が終わると笑い始めた。 その横では土気色した統真が、白目を剥いて寝ている。 「なんやなんや、めっちゃヤバイ雰囲気やで。女将も気をつけな、アカンで‥‥って。女将?!」 惨劇を目の当たりにした時雨が、珠光に注意を促そうと肩を叩くと、女将もパタリと倒れてしまった。 粘泥なんかより、遥かに攻撃力が高いかもしれない。自然の産物、毒キノコ。 夜更けに患者を運び込まれた町医者は、手酷くやられた開拓者二名と志体持ち一名に苦笑を浮かべた。 「とんでもない強敵だったんだねぇ」 「‥‥」 行儀良く並んだ三組の布団。敗北したんじゃない、毒キノコのせいなんだと言いたいが腹に力が入らないから口をパクパク開閉させるだけ。 天高く食べたキノコで激細り――。誰とはなしに呟いた。 |