金木犀の木の下で
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/24 22:25



■オープニング本文

 山から降りてくる秋の風に乗り、金木犀の芳しい香りが宿場町を駆け抜けていく。
 住まう者、旅の疲れを癒す者。それぞれが、鼻腔をくすぐる芳香につられて空を仰ぎ見た。抜けるような青空に鱗雲が映える。
「祭りの季節になったの」
 誰とはなしに呟いた。
 春に桜を愛でるように、この小さな町では秋に金木犀を愛でるのだ。酒を煽り、一つの皿を皆でつつく。太鼓を叩き、笛を吹き、歌を歌って舞い踊る。
「今年も黄金の花を眺めようぞ」
 ぞろりぞろりと、町外れの丘へと町民が集まり始めた。
 夕暮れ時になり、ぽつん、ぽつんと雪洞に明りが灯り、町から丘へ橙色の行路ができる。
 甘い香りと笛の音は風に乗り、武天の空を駆け巡る。

「ん?」
 一人の青年が、十本並ぶ金木犀を見上げた。彼の掌には、降り積もった金木犀の花で猩々緋に染まっていた。
「風も無いのにこんなに花が散るなんて」
 着物の裾を払い、立ち上がる。散ったばかりだというのに、変わらず花は芳しく香っていた。
 だが、花が降り始めたのは青年の傍だけではなく、そこかしこから怪訝な声が上がっていた。
「おかしいね」
「どうしたというんだろうか」
 囃子はまだ賑やかに響いている。丘の中央から離れた場所で踊る一団には、この異変は伝わっていない。
 青年が幹に手をやり、「いったいどうしたというんだ」と呟くと、その指先に固いなにかが触れてきた。
 なんだろうと首を傾げつつ、青年が幹の裏を覗き込む。
「っっ――!!!」
 思いがけない強い力に引き寄せられ、声を上げる暇もなく青年は絶命した。
 ボトリ――。
 猩々緋に染まった腕が木の根元に転がった。
 揺れる雪洞の明りの中に、鎌首をもたげた二つの黒い影が伸びる。
 刹那、悲鳴と断末魔の叫びが宵闇を切り裂いた。
 甘く芳しい金木犀の香りでも、消せない程の臭いが丘に充満した。
 放射状に飛び散った――血に丘が染まる。



■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
孔成(ia0863
17歳・男・陰
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
伊崎 ゆえ(ia4428
26歳・女・サ
葛葉 京(ia4936
18歳・男・志
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ


■リプレイ本文

 宿場町に到着した一行は、暗く沈んだ空気を直接肌に感じると、慰めの言葉も出なかった。対抗し得る力を持たない者は、強大な力に食い殺されるだけなのか。
 ――否。
「町中が悲しみに包まれていますね」
 紫雲雅人(ia5150)は、やるせない思いで呟いた。この真実を伝える為に俺はここにいるのだ、と二の句を継ぐ。
 そんな町中を、柔らかく甘い香りが風に乗って通り過ぎた。一同は、指し示したように空を仰いだ。
「アヤカシに風流を解せっていっても無駄なんだろうけど、まあなんというか、無粋だよねぇ」
 阿見の目抜きを指でなぞりながら、首を振る時任一真(ia1316)。香りが甘いだけに神妙な空気が沁みる。
「お。戻ってきた」
 路地を挟んだ向かいの建物から、孔成(ia0863)が駆けてくるのが見えた。
 通りを渡り終えた少年は息を切らしながら、
「篝火と水桶の準備は、町でしていただけるそうです」
「それなら安心だな。せっかく大百足を始末しても、町が全焼‥‥なんてのは洒落にならないからな」
 篝火の中での戦闘故に、火事の不安はどうしてもついて回る。崔(ia0015)、孔成はその心配を取り除くために協力を申し出ていたのだ。快諾されて何よりである。
「俺は先に現場へ向かうが、そっちはどうする」
 鷲尾天斗(ia0371)はサーコートを翻し、くい、と首を動かした。
「俺も一緒に行きます」
 紫雲は右手を軽く挙手し、鷲尾の下へ歩み寄る。
「台座の組み立てと草刈があるんだったな。台座の確認をしたいから、俺は少し遅れていくよ。――ゴホゴホッ。腰にくるから草刈はパスな〜」
 急に老け込んだ声を出し、時任は緩い笑顔を見せた。
 柊沢霞澄(ia0067)と伊崎ゆえ(ia4428)は、ほぼ同時に手を挙げ、
「私は草刈班で」
 発言もほぼ同時だった。二人は顔を見合わせて「ふふ」と笑う。二人きりの女性陣だから息が合うのかもしれない。
「じゃ、また後で」
 現場である憩いの場で落ち合うことにして、一行は二方向に分かれた。

 町の男衆が篝火の設置準備を手伝っていた。どの顔も一様に暗い表情をしている。
「全く、迷惑な話だ‥‥」
 長槍、羅漢を地面に突き立て、鷲尾が吐き捨てるように言い放った。隻眼の虹彩が、射干玉のように黒く光る。
 槍を握る手から手首にかけて包帯が巻かれていた。百足の毒対策で持参し、装着した。
 ふ、と怪しげな微笑を浮かべ、
「さて、祭を始めようかね。危険な祭をな」
 くつくつと笑う。ゾッとするその嗤いに、気づく者は誰もいない。
 鷲尾から少し離れた場所で、小高い丘の方へ向けて手を合わせ、頭を垂れる紫雲の姿があった。その先には金木犀が立ち並ぶ。
「楽しさの絶頂から‥‥か。酷いものです。無念は晴らしますよ」
 拝した手を下ろすと、一礼して踵を返す。そのまま、台座設置に励む崔、孔成、時任の下へ向かった。
 組み立てが終わると、篝火の準備は終了である。集まった一同は、憩いの場から外れた周辺で草を刈っている柊沢と伊崎へ視線を向けた。二人だけということもあってか、捗っていないようだ。
「昼間のうちに終わらせておきたいですから‥‥草刈の手伝いに向かいます‥‥」
「事前準備の重要度も書き記さなければいけませんからね」
 孔成と紫雲が急くように向かう。
「体力には自信があるんだけどさぁ。腰はねぇ、大事だからねぇ。役割分担てことで」
 腰を叩きながら、時任がにこやかに言う。腰は確かに大事だけれど、果たして何の為に温存しているのだろうか。
「俺は篝火と雪洞の位置確認してから、草刈に混ざるよ。俺たちが動きにくいのは厄介だからな。協力して終わらせようぜ」
 崔は軽く手を振りながら、設置したばかりの台座と雪洞の綱を見に行く。
「‥‥」
 物言いたげに口を開いた鷲尾だが、すぐに唇を引き結ぶ。代わりに、風が殊更に雲を早く流していくのをみつめ、歩き出した。

 支度は夕暮れ前に済んだ。加勢してくれた町の男達は、これから起こるであろう苛烈な戦闘に幾許かの思いを馳せつつも、帰路に就く。
 折しも時刻は惨劇時と重なった。刈られていない山側の草むらが、ザザザと激しく波打ち、対雄、対雌と別れた開拓者達に緊張が走る。
 空は満点の星に彩られている。時任曰く、実に無粋なアヤカシである。
 激しく燃え上がる篝火の一つが、揺れた。橙色の明りが左右に触れる。その台座の足元から覗く赤黒い頭。平べったいそれの先端で、二本の鎌を向き合わせて付けたような顎が小刻みに揺れていた。全身はまだ現れておらず、雌雄の区別がつかない。
 開拓者達は己が持つ獲物へと手をかけ、臨戦態勢に入っていた。町へと続く雪洞の花道を背に、崔、時任、柊沢、孔成の雄班がやや右手に陣取り、対雌班である鷲尾、伊崎、紫雲は左へと展開していた。無論、アヤカシがその前へ出るとは限らないから、素早く移動できるように踵を僅かに地より浮かせて立つ。
 金木犀の木立を抜けるように、ずるずると腹を引き摺りながら、もう一匹が姿を現した。篝火の下より顔を出した赤黒い頭の持ち主よりも、一回り大きい頭部をしている。よく磨かれた漆器のように艶やかな頭だ。
 大百足の雄は右辺に、雌が左辺で鎌首をもたげた。美味そうな餌が、いい匂いを垂らして現れたぐらいにしか思わない程度の知能。危険察知など皆無。
「来い来い〜。射程内突入と同時に地断撃をお見舞いするからさ」
 飄々と呟きながら、鯉口を切る。と同時に赤黒い雄の頭が突っ込んできた。だが時任ではなく、撹乱行動を予定していた崔へと向けられた攻撃だった。地を這うように放たれた時任の地断撃は、大百足の横腹を抉るように裂いた。背拳を発動させ、機敏に身体を捌いた崔は、大百足の突進を間一髪避けた。地響きと土煙を上げて百足が地面に激突する。その勢いのまま崔へ喰らいつこうとするアヤカシを、霞澄が力の歪みで捻じ伏せた。
 思い通りにいかないことが余程腹立たしいようで、百足は頭を激しく振って威嚇する。後方支援の霞澄が喰らいやすいとでも思ったのか。前衛二人の間を抜け、節目をくねらせて襲い掛かる。センサーの触覚が的確に霞澄を指していた。
「呪縛符!」
 指の間に符を挟み、式を召還する孔成。刹那――骨の腕が地面から突き出され、大百足の頭部と尾を掴むとそのまま叢へ縫いとめた。大百足は、忌々しげに多足を波立たせ、毒液を撒き散らした。
「ぐはっ」
「‥‥っっつぅ」
 尾側にいた時任と崔が直撃を食らった。二人はその場で膝を折る。神経毒に冒され、襲いくる激痛に思わず顔を歪ませた。
「大丈夫ですか‥‥?!」
 駆けつけてこようとする霞澄を制止し、
「毒は怖いから早めに切り上げようって思っていたのになぁ。うまくいかないねぇ」と時任が苦笑交じりに呟く。それでも痺れるような痛みを堪え、アヤカシを挑発する。百足の触覚が時任へ向き、攻撃態勢を取ろうとするが、頭と尾を押さえ込まれている。うねうねともがくアヤカシに、棍を振り上げる崔が跳躍して打ち込んだ。鎖を軸に威力を増した打撃は、百足の動きを封じ込めるに十分である。素早く後ろへ飛び、反動で跳ねた節の後部で再度打ちこんだ。
 崔が攻めている間に隼人を発動させていた時任は、浮いたアヤカシの腹側に回り込み、青白い節目を業物で刺し貫くと、抜かず、残したまま直閃を叩き込んだ。
 優勢に見える局面だが、毒に冒された崔と時任の様相は明らかに変わっていた。毒のかかった首元と頬は赤く腫れ上がり、小さな水疱が蟲の卵のようにいくつも出来ている。
「すぐに解毒します‥‥もう少し、辛抱をお願いします‥‥」
 霞澄の言葉と共に、二人の身体は淡い光に包まれた。毒が抜ける瞬間だ。重曹を浴びたように、何かが弾け飛んでいく。
 畳み掛けるような攻撃で、なるべく早く決着をつけたい孔成は、斬撃符でやっかいな足を切断した。半数しか落とせなかったが、時任が残した業物が功を奏し、アヤカシの動きは大幅に制限された。
 孔成の攻撃の後、完全復活を遂げた時任が阿見で柔らかい節を突き上げると、申し合わせたように崔の七節棍が打ち下ろされた。その手応えが肉なのか骨なのかわからないが、確かに切り裂く感覚を受けた。大きく跳躍して、二つに分かれた百足から、跳び退る崔と時任。
「うわ」
 着地に失敗したのは時任で、
「体力には自信があったのになぁ」と一人ごちる。もちろん、毒で奪われた体力は霞澄の神風恩寵で戻りはしたが、ちょっと拗ねてみせる時任だった。
 
 一方、雌と対峙している班では、最前線に鷲尾を据えて激しい攻防を繰り返していた。鎌首を持ち上げ、全身をバネに鷲尾へと襲い掛かる百足。隻眼ながらその瞬間を捉えた鷲尾は、腰を低く構え、足を踏ん張らせると、穂先を左下から右上へと流し斬りにする。突っ込んでくる百足の威力を利用したが、するりと躱された。
「チィッ」思わず舌打ちしてしまう。
「近くで見ると気持ち悪いです」
 サムライの伊崎も前衛を担っているが、さすがに間近に見た大百足のグロテスクさに素直な感想を漏らした。
「でも、そうは言っていられません」
 地断撃の射程に入ったと見るや、長柄斧をぶんと振り回し、一撃を見舞う。が、雌の背を掠めただけで、深手には至っていない。
「神楽舞!」
 攻めあぐねている二人を見て、紫雲が石鏡の杖を頭上に翳した。巫女の衣装は纏っていないが、そのまま剣舞を舞う。彼が捧げた祝詞は、大百足の激しい呼気にかき消されて聞こえなかったが、鷲尾と伊崎の瞳に新たな炎が宿る。
「伊崎さん、本体の方を頼む。俺はあの邪魔くさい足を落とすからさ」
 言って、鷲尾は波状にうねる足を大きく薙ぎ払った。
「迷惑なんだよ、お前の足はよ!」
 叫んだその目端に、雄の毒にやられて後退る仲間が映った。その視界を複数の足が吹っ飛んでいく。紫雲の支援により威力を増した激槍は、次々に百足の足を切断していった。
 胴体を任された伊崎は、銀色の髪を振り乱し、豪快に長柄斧を振りかざす。斬るというよりは、叩き割るといった具合だ。さしもの百足も、悲鳴をあげて地面へ倒れた。
 が、すかさず尾の一撃を開拓者達の死角から繰り出した。とっさに伊崎が駆け出して、紫雲の前へ出る。斧を構え、攻撃はどうにか捌いたものの毒足が僅かに触れ、彼女の白い肌にぷつぷつと水疱が浮き上がっていく。
「熱っ」
 焼けるような痛みに、伊崎の表情が苦悶に染まる。彼女のカバーで直撃を免れた紫雲でさえ、地面に叩きつけられ、全身に激痛が走る。
「伊崎さん! 紫雲さん! まだイケるか?!」
 鷲尾は視線を眼前のアヤカシに縫いとめたまま、訊ねた。その答えを聞く前に、尾の跳ね返しがきた。槍を横一文字に振り、遠心力を横踏に加えて躱す。万全とは言い難い体勢のまま、再度流し斬り。逆袈裟に振り上げた穂先は、見事アヤカシの腹を抉った。
 足の大部分を失った大百足は、大蛇のようにのた打ち回っている。次の攻撃が来る前にと、足元をふらつかせながら立ち上がった紫雲は、自分と伊崎へ神風恩寵を唱えた。柔らかい治癒の風に包まれながら、
「傷は癒しますので、安心して‥‥戦ってくださ‥‥いね」
 僅かに残る痛みに口元が歪む。
「雅人さんの方へ行かれると、すごく困るんです」
 顎先を伝う汗を袖口で拭い、伊崎も立ち上がる。弱っていると判断したらしく、百足は伊崎へ反撃に出た。迎え撃つ伊崎。色の違う節目へと斧を叩き込んでやる。固い殻を破り、長柄斧はずぶりと肉に沈んだ。
 ズン、と崩れ折れた百足に向かい、石鏡の杖が振り翳された。
「力の歪み」
 微笑を浮かべているようにさえ見えた紫雲の口上。捩じ上げられ、太縄がちぎれるみたいに、赤黒い胴体はブツンと両断される。シューシューと唸る大百足の頭元で、鷲尾が仁王立ちになった。
「確か、化け百足は左目が弱点で、人間の唾が苦手と昔話にあったな」
 ふんっと鼻で笑うと、たちまち羅漢が炎に包まれた。
「炎魂爆符」
 漆黒の瞳を細め、ビクビクと痙攣を始めた百足の頭に深々と槍を突き立てた。

 柊沢に解毒治療を施してもらった伊崎は、少し遅れて後片付けをしている仲間の元へ走った。
 戦闘により金木犀の花が少し散ったものの、幹には損傷もなく無事だった。
 皆が集う場所だからと、開拓者達は戦闘で荒れてしまった憩いの場を片付けた。柊沢は、犠牲者の弔いや百足に荒らされた箇所を入念に、人付き合いの苦手な孔成は後片付けの輪から少し離れ、事前準備で大量に用意してもらった水桶の後始末に回った。火の手が上がらなくて良かったと、孔成は思う。愛でてくれる人達がいる傍にいるからこそ、金木犀はいつまでも美しく咲けるのだ。
「金木犀の香りに包まれて逝くなんて、アヤカシの癖に生意気だが‥‥仕事の結果だからしょうがないか」
 トドメを刺したくせに、少々感傷的なセリフを言ってみる鷲尾。その手には、親を失った子供達から貰った金木犀の枝が握られていた。
 草が風に揺れる。
「さすがに、もう祭は無理かな?」
 花はまだ盛りだが、悲しみが強すぎて催事は無理だろう。
「残念だねぇ」
 時任は、礼の金木犀を一枝持ってきてくれた少女の頭を撫で、微苦笑を浮かべた。
 一本の金木犀の傍らへ立つサムライ。そっと手を添え、
「無事でよかったです」
 意識して戦闘していたとは言え、多少の被害は覚悟していたから、この現状はとても嬉しいと思う伊崎だった。

「これだけ見事な金木犀ですから、アヤカシが出たからといってこの場所に人が来なくなるのは勿体無い。もう安全であるという事をシッカリ伝えなくては」
 ペンと手帳を持ち、紫雲は一人、戦闘場所に立っていた。情報屋として、記者として真実を伝えなければならないのだ。
 霧散したアヤカシの痕跡の上を指先でなぞりながら、ふむと紫雲は思案しつつ、気づいた事柄を書き留めた。
 やがて訪れるであろう平穏の日々の為に、馥郁とした香りは猩々緋の花々と共に秋の空に映え続ける。
 一仕事を終えて帰路に就く開拓者達の手には、それぞれ一枝の金木犀が握られていた。